消えた過去からこんにちは 作:雪解けの宵王
「あり、えっと確か……そう、光!」
「あ、空森さん。上月さんもこんにちは」
またまた知り合いと再会した日から翌日。日付で言えば四月十六日という晴れの日に、僕はまた祈ちゃんと一緒にお昼ご飯を食べていた。
中庭で食べる昼食──今日はパンの日だ──を二人で楽しんでいると、そんな僕に声をかける影が一つ。声の方に振り返ると、そこには同じクラスの空森さんの姿が。後ろには彼女を追従する上月さんの姿も見える。
「何してんだ? こんなとこで。遊たちと一緒じゃないのか?」
「見ての通りですよ。遊君と翔君とは別々ですけど……そう言う空森さんたちは?」
「あたしたちは仕事だよ。し、ご、と」
首を傾げる空森さんに返しながら、僕は制服とは装いが違う二人を見比べる。風で翻りそうなほどに丈の長い学ラン……のようなものを着ているけど、果たして何の仕事用の服だろうか。まさか二人揃って学内でコスプレするのが仕事というわけではあるまい。
「これか? これは……アタシたちが所属してる委員の正装みたいなもんだ」
視線で服装について気になっていると分かったのだろう。そう言いながら、空森さんは腕章を見せつけるような形で羽織る学ラン……いや、マントかな。とにかくそれを見せてくれる。赤い安全ピンで留められたそれには"鈴ヶ丘学園仕分け委員"と銘を打ってあった。何だか物々しい名前だ。
「教えてやりたいのは山々なんだけど……今から忙しいから、詳しいことが知りたかったらまた今度な」
「あ、はい、お勤めご苦労様です」
「うむ! 苦しゅうない!」
気になることは色々あるけど、今は時間をもらうわけにもいかないらしい。なので、僕はお昼から仕事に精を出す二人に手を振って見送る。上月さんもぺこりと頭を下げてから空森さんの斜め後ろを歩いていった。
「大変そうだねぇ」
「ゆっくりお昼を食べる時間もないのはちょっと嫌かも」
遠くなっていく背中を見ながら僕は呟く。便乗するように祈ちゃんもそう言葉にしてから、手にしていたコロッケパンに齧りついた。
「あっ」
「ん? どうかした?」
そんな折、祈ちゃんは何かを思い出したような声を上げる。その視線はもう見えなくなった二人の行き先に向いていた。
「あの方向……昨日のプレハブ小屋と同じだなって」
「あー……」
続く祈ちゃんの言葉に僕は納得の意を示す。そう言われるとあの先にはそこぐらいしかないか。単に他を知らないだけでもあるけど。
それでも何だか嫌な予感が背中を奔った。
「おじゃましま……」
「ん、おっ、光じゃないか。どしたんこんなとこで」
挨拶をしながら部室にお邪魔するのと同時に、何故か美味しそうなケーキを頬張る空森さんが視界に入って固まる。空森さんはそんな僕にお構いなしでこちらにさっきと同じような言葉をかけてきた。委員の仕事とはいったい……?
「えーっと……?」
「あ、いらっしゃい光ちゃん、祈ちゃん」
「玖音さん、この状況は?」
困惑する僕たちに気付いた彩乃お姉ちゃんがこちらに手を振る。幽霊部と仕分け委員が向かい合ってるような状況だけど、だいぶ余裕はありそうだった。何だろう、仕分けされてる真っ最中なのだろうか。全然そんな風には見えないけれど。
「うーん……平たく言えば部活の危機ってとこだね」
と思えば、結構な状況だった。彩乃お姉ちゃんは人数が足りてないんだよねーと間延びした声を漏らす。そう言われると、部活という割に三人という人数は少なすぎた。前の学校では部活の創立に五人以上の部員と顧問の教師一人が必要だったけど、ここではどうなのだろう。
「職員会議で部員不足が指摘されて、期日までに部員が集まらなければ廃部という状況ですね」
「なるほど……ありがとうございます上月さん」
黙考していると、上月さんは遅れてやって来た僕たちにそう教えてくれる。やはり、部員が足りていないらしい。
「じー……」
「あ、彩乃、お姉ちゃん? 何?」
再び視線を中心のテーブルへと戻す。すると、いつの間にか隣に来ていたお姉ちゃんの視線が僕へと突き刺さっていた。驚いて一歩引くけど、その分お姉ちゃんも一歩こちらににじり寄る。
「確保ーっ!」
「のわーっ!?」
「ちょっ!?」
何をされるのかと思うのも一瞬、大きな声を出しながら突っ込んできた彩乃お姉ちゃんに僕と祈ちゃんは捕獲された。抱き着かれたまま後ろに回られて、結構強めにホールドされてしまう。残念ながら、僕の非力な腕では振り払えそうにない。祈ちゃんも訳が分からず抵抗するかしないか悩んでいるようだった。
「というわけで、これで五人になりました~」
「お~」
怒涛の急展開に疎らな拍手が上がる。どうやら、様子が気になって見に来た僕らが頭数に入れられたらしい。
「流石に本人の意志を無視して入部させるのはどうかと思いますが……」
そんな微妙なムードに上月さんのド正論が突き刺さる。琴吹さんも遊君の隣であわあわしていた。何だろうこのハチャメチャな空間は。
「ちなみに、幽霊部ってどんな部活なんです?」
「あ、そこからなのか」
訪れた沈黙──何故か彩乃お姉ちゃんは後ろでずっとむふふと笑っていた──に僕が控えめに手を挙げながら質問すると、凄くナチュラルに空森さんからツッコミが飛んでくる。いや、うん、そうなんですよ。昨日秘密の部屋まで入ってお菓子ももらったけど、肝心な部分は全然知らないんです。
「ふっふっふっ、教えてしんぜよう」
「あ、はい、よろしくお願いします」
すると突然、ずっと僕と祈ちゃんを確保していた彩乃お姉ちゃんが意味ありげな笑い声と一緒に離れていく。行き着く先は、部室の端にあるホワイトボードだ。
「よっと、さぁ二人ともこれを見て」
掛け声と共にホワイトボードが一回転する。そうすると、裏に書かれていた数行の文字列が僕たちの面前に晒された。一番上には"幽霊部部則"と書かれているようだ。
「まず、幽霊部は簡単に言うとだらだらする部活です」
「だ、だらだら?」
「そう、だらだら」
急に説明口調になったお姉ちゃんの言葉に、僕は思わず聞き返す。それは部活と言っていいのだろうか。いや、でもちゃんとした名前の部活であっても、実態は集まってただ身内で駄弁るだけの部活なんてのもあるのだし、寧ろ最初からそのつもりなのは逆に健全なのかな。考えていて分からなくなってきた。
ただ、それを仕分け委員とやらの前で言っていいのかはもっと疑問である。そんな部活速攻で仕分けされてしまいそうだ。
「それで、そんな部活にもいくつかルールがあります」
ホワイトボードに彩乃お姉ちゃんの指が向く。
「その一、部員は未練があるものでなければならない」
「未練……」
なるほど、幽霊と銘を打つだけはある。素直にそう思った。ただ、部則にするのはちょっとどうかとも思ったけど。
幽霊部員ということは、三人にも未練があるのかな。何となく視線が不安で揺れる。
「その二、部員は他の幽霊を労わり、言葉を大切にしなければならない」
「コミュニケーションを大切にしろってこと?」
「そういうことっ」
思ったままを口にしてみたけど、ずばりその通りだった。機嫌良さそうにするお姉ちゃんは、僕にピンっと指を立ててから説明を続けていく。
「その三、部員は怠惰でなければならない」
何となく、遊君へと視線を送った。見られていることに気付いた彼は自信満々に親指を立てる。隣でそれを見る祈ちゃんが溜め息を零した。
「その四、部員は未練を失ったら去らねばならない」
退部規定まであるのか。意外と厳格な部活なのかもしれない。…………いや、それはないか。ノリノリで説明しているお姉ちゃんを見て、失礼ながらそう思った。
「そしてその五、部員は桜の木の下で立ち止まってはならない」
少しだけ、彩乃お姉ちゃんの雰囲気が変わる。それもすぐに戻ってしまったけど。あまりに一瞬だったので見間違えだったかもしれない。
思考にノイズがかかった気がした。煤けた灰が────
「その他にも、部内で多数決を取る時はその決定は絶対に守ってもらうってルールもあるね。例えば、光ちゃんが"私のおっぱいを滅茶苦茶にしたい決議"を出して、それが賛成多数なら私は光ちゃんにおっぱいを滅茶苦茶にされないといけない……みたいな♡」
「……っ」
そんな中、もう少しだけ続くお姉ちゃんの説明。だけど、例に出された内容に僕は息を詰まらせる。意地悪な顔のままこっちを見て、自分の胸を持ち上げる所作を見せつけてきたせいで、その決議の先を少しだけ想像してしまった。
「むぅ……」
右から感じる無言の圧力。腕を抓られて、僕は顔から熱を引かせていく。でも、あんなことを言われたら想像くらいしてしまう。湧き上がりそうな煩悩を頭を振ることで振り払った。
「でもそれ、僕は入部できるの?」
「んー? 何で?」
気まずさから脱却するために、僕は部則を聞いていた時から思っていたことを口にする。尋ねられた彩乃お姉ちゃんはこてんと首を傾げた。
「だって、僕は
「そっかそっか……じゃあ一次審査は合格!」
「へ?」
思っていることを正直に話す。そうすると、返ってきたのは予想だにしていないことだった。一次審査──多分未練の有無の確認で合格の判定を下される。肝心の未練を探している最中なのに。
「未練っていうのは"諦められないもの"のことでもあるんだよ。記憶を必死に探す光君は、その失った
それが顔に出ていたのだろう。彩乃お姉ちゃんは優しい顔でそう口にする。その言葉は何故かストンと胸に落ちたような気がした。
「…………空森さん」
「んぉ、どした?」
数秒の黙考。それを経て、僕は静観していた空森さんに声をかける。まさか今話しかけられると思っていなかったのか、彼女はキョトンと表情の色を変えた。
「さっき上月さんが言ってた期限っていつまでですか?」
「待てて連休前までだな。それ以上は無理」
問いに提示された答えは二週間ほどのタイムリミット。真剣な顔の空森さんの言葉に嘘偽りは感じられない。
「なら、それまでにちょっと考えてみます」
噛み締めるようにそう宣言する。見えた表情は皆真面目に受け取ってくれたようだ。
資格があるとは言っても、真剣に考えないといけないことだと僕は思った。
「じゃあ、祈ちゃんはどうする?」
「私は光明君次第ですね」
肯定の微笑み。それから、彩乃お姉ちゃんは祈ちゃんへとターゲットを移す。そういえば祈ちゃんも勧誘されてる最中だった。その祈ちゃんは問いに対して即答したけど。
「私にも
「そっか」
僕の腕を取りながら、祈ちゃんは彩乃お姉ちゃんにそう宣言する。それを聞いて、お姉ちゃんは何かを分かっているような顔を見せた。
「とりあえず! 期日までに部員はどうにかするよーに! 行くぞ柑南」
「はい、隊長」
部員候補の意思を確認して満足したのか、空森さんはにっこり笑ってから上月さんを伴って部室を後にする。人口密度が低くなった部室に、妙な沈黙が訪れた。
湧き上がってくる不思議な感覚。できるだけ早く決断は出そう。
桜の木の下で立ち止まる二人を迎えに来た稲光。脳裏に刻まれた閃光は、あの日と同じ優しさを宿していた。返り咲いた桜の花は、きっと綺麗な色だ。