消えた過去からこんにちは 作:雪解けの宵王
「おはよう、光」
「おっはよー! 光!」
「あ、おはようございます」
四月の十七日。今日という日も学校はある。祈ちゃんと二人の登校を経て教室で授業の準備をしていると、始業数分前に幼馴染たちと空森さんの声が耳に入った。顔を上げて笑顔で挨拶を返すと三人もにっと笑う。
「そういえば、訊きそびれてたんだけど、その光っていうのは?」
ふと、訊き忘れていたことが脳裏に蘇った。今まで呼ばれたことのない類の呼び方のそれに、最初は疑問を抱いていたのだ。色々あって今まで訊く機会がなかったけど。
「あぁ、光明を縮めて光。光が俺たちのことを遊君とか翔君って呼ぶだろ? アレ、お前が考えたんだぜ」
「そうだったんだ」
そして判明する衝撃の事実。どうやら、幼馴染の渾名を付けたのは僕だったらしい。今の翔君は何やらかっこいい呼び名になっているけど。
「……ん? えっと、それって幼馴染同士の呼び方だったんだよね?」
「まぁ、そうだな」
「それで、僕が空森さんと会うのは転校してから初めて」
「んぇ、そうだにゃー」
妙な違和感……と言うほどのものではない。ただ、繋ぐ会話で何かおかしなところがあった気がする。突然話を振られて驚く空森さんを見てそう思った。
「何で空森さんも僕のことを光と?」
「あー」
抱いていた違和感。その正体を口に出すと、遊君と翔君が同時に納得の声を上げる。あまりに自然に呼んでいたので気付いていなかったみたいだ。
「何でって言われても、遊たちの幼馴染ならあたしの幼馴染みたいなもんだし」
「いや、その理屈はどうなんだ?」
高校で正真正銘初めて出会った幼馴染。聞いていて変な響きである。でも、何だか悪い気はしなかった。
「いいじゃん、減るもんじゃないない。それとも、光は嫌だった?」
「あ、いえ、そんなことはないです」
鋭いツッコミにもあっけらかんとする空森さんに、僕は同調の意を示す。仲良くして欲しいと自己紹介したのは自分だし、その言葉に嘘は無いつもりだ。差し出された厚意を拒むようなマネはしない。
「む、幼馴染にそんな固っ苦しい言葉遣いはダメだぞー。ほらほら、遊とアクターと話す時みたいにさ」
心の手を取れば、空森さんはぐいぐい押してくる。その圧の凄さに、遊君と翔君は面白がって観察に徹しているみたいだった。
でも、僕の敬語の癖は完全に習慣付いたものだ。記憶が戻った影響で今のところ四人には砕けて話せてるけど、目覚めてからのほとんどを過ごしてきた口調はそうそう変わるものではない。
「あー……その、敬語を使っているのは理由がありまして」
机に手を突いた空森さんが好奇の目を向ける。傍耳を立てている二人もそれは同様だった。
「何と言いますか……僕が事故に遭ったのが小学生の頃で、起きたのが二年前っていうのは知ってますか?」
「初耳だけど……そうなのか?」
「そう、だな」
僕の言葉に空森さんは二人を振り返って確認する。どうやら、僕のことはそんなに話していなかったらしい。あんなにぐいぐい来たので何か空森さんの興味を惹くような話をしたのかと思ったのだけど、そうでもないみたいだ。
「その空白期間のせいだと思うんですけど、同年代の人がどうにも大人に見えてしまって」
感覚的には突然高校生の集まる中に放り込まれた小学生。ニュアンス的にそういうことを話すと、何故か場の空気が凍り付いた。何か変なことでも言っただろうか。
「み、光、今若葉が大人に見えるって言ったか?」
「このちんちくりんが!?」
「おみゃーら失礼だな!!?」
狼狽える二人に吠える空森さん。突然目の前でコントが始まってしまった。そんなことを言われても、そう見えるのだから仕方ない。仕方ないってのも変な話だけど。
「はぁ、それにしても、光はいいやつだなぁ!」
「いたっ、痛いです空森さん」
「あっ、ごめん」
成り行きを見守っていると、ほどほどのところで漫才は終わる。本当に気を許せる間柄なのだろう。そう思っていると、意識をこちらに戻した空森さんにバシバシと肩を叩かれた。僕の貧弱な身体はすぐに悲鳴を上げる。
「よし、幼馴染も一人増えた記念に、明日は皆で遊びに行こうぜ」
「おー、いいな久しぶりに行くか」
「光は大丈夫か?」
すっかり上機嫌になった空森さんが、男勝りな口調でそう宣言する。突発的な計画だけど皆とても乗り気だ。
「うん、明日は特に何も無いよ」
「じゃあ決まりだな」
翔君の言葉に頷くと、彼も笑ってそう返してくれる。
「こういう……皆で何かするのは初めてだから……すごい楽しみ」
目覚めてからずっと勉強ばかりで、所謂人との交流は全然経験してこなかった。今から浮き足立つ心は、少し抑えられそうにない。
それを口にすると、何故か空森さんから撫でられた。妙に涙ぐんでたのが印象的だ。
「光明君」
「ん、祈ちゃんどうかした?」
時は流れてお昼休み。食堂で素うどんに舌鼓を打っていると、ふいに祈ちゃんが話を切り出す。
「明日は何か予定ある?」
太麺を飲み込んでから返事をする僕に、祈ちゃんはそう口にした。箸を止めてまっすぐこちらを見ている。
「明日はごめん。もう予定が入ってて」
「そっか……」
どことなく真剣な表情。でも、僕はそれを断らないといけない。今朝皆とした約束が既にあったから。
「それなら、日曜日は?」
「日曜日なら……うん、特に何も無いよ」
そこで話は終わらずに、祈ちゃんは次策を打ち出してくる。それ以降の予定はすっからかんなので、僕はそれに首肯した。
「その、私と一緒に……デ、お買い物、してくれない?」
「お買い物」
予定を訊くということは何かあるのだろう。そう思って祈ちゃんの言葉を待っていると、そんなお誘いが待っていた。驚いてしまって、思わず訊き返してしまう。
「いいよ、行きたい」
「えへへ、やった」
妙な沈黙と不安そうにこちらを見る祈ちゃん。その不安は断られるかもしれないことに対するものだろうか。よく分からなかったけど、僕はどの道断るつもりはない。
その意志を言葉で伝えると、祈ちゃんはにこりと嬉しそうに笑う。その綺麗な笑顔に少し心臓が跳ねた心地がした。
「十一時に駅前に集合でいい?」
「うん、分かった。楽しみにしてるね」
楽しそうな機嫌のまま、祈ちゃんは予定を組み立てていく。異論は無いので僕もそれに頷いた。楽しみと伝えた時の顔は子供みたいに無邪気な笑顔だった。
この時、僕はまだ知らない。まさか日曜日にあんなことが起きるとは。
柑南ちゃん全然喋らせられなくて泣いてる。