消えた過去からこんにちは 作:雪解けの宵王
「光明君、待たせちゃった?」
「ううん、今来たところだから」
四月十九日。今日も今日とて晴れているが、僕は連日の約束で外へ出かけていた。
初めて見る私服姿の祈ちゃんは、僕の姿を見つけると小走りで近付いてくる。嬉しそうな表情で走り寄る様はとても可愛かった。手を伸ばせばすぐに触れれるほどに距離を詰めて、祈ちゃんは先に来ていた僕に謝意を示す。本当に五分ぐらいしか待っていないのでその心配は無用だ。
「その、似合ってる、かな?」
一歩下がってハニカミながらの問い。淡い色遣いを合わせた服装と、いつもとは違ってサイドアップではなく編み込みをアクセントにした銀髪。細かいところまで目を遣れば、今日まで見てきた祈ちゃんとは全く違う。馴染んでいたマフラーも手袋も外したその姿は、掛け値なしに可愛いと言えるものだ。
「うん、似合ってる。可愛いよ、祈ちゃん」
「あぅ……えへへ、ありがとうっ」
ストレートな褒め言葉に祈ちゃんは恥じらいを見せる。いつもの攻めっ気(?)が隠れた姿は何だか新鮮だった。
「光明君も……かっこいいよ」
「ありがとう、祈ちゃん」
照れた祈ちゃんは僕にもお返しの褒め言葉をくれる。可愛いとは色んな人によく言われるけど、かっこいいとは言われたことがなかったので、何だかとてもむず痒い。
「何処に行こうか?」
「ショッピングモールがあるから、そこに行きたいな」
「うん、分かった」
赤い顔の祈ちゃんに問いかけると、彼女はそう返す。今日は祈ちゃんの買い物に付き合うという話なので、その辺りはおまかせしちゃおう。
「そ、それじゃあ……えいっ」
「わっ」
並んで歩きだそうというタイミングで、祈ちゃんは突然僕の腕に抱き着いてくる。思わぬ強襲に姿勢が崩れるけど、何とか持ち直した。
「えへ、こうしててもいい?」
「ふふ、いいよ」
絡めた腕で腕を取りながら、祈ちゃんは顔を近付けてそう囁く。甘い音色で彩られたそれに、僕は困るものでもないので了承した。それで祈ちゃんの機嫌が良くなるなら全然構わない。
「じゃあ改めて、案内してもらっていい?」
「うん、行こっかっ」
弾んだ声のまま、祈ちゃんは僕の腕を引いて歩き始める。上機嫌な横顔を眺めながら、僕はそれに遅れないように足を動かした。その合わされた歩幅に思わず口角が上がる。伝わる熱が少しだけ濃くなった気がした。
「やっぱり大きいなぁ」
「ふふ、光明君はしゃいでる」
ほぅっと感嘆の息を漏らしながら、辿り着いたショッピングモールを見渡すと、祈ちゃんはそんな僕を見てくすくすと笑みを零す。昨日も来たけれど、驚きが薄まっていないものは仕方がない。ここに来る前に暮らしていた場所では到底見ることができない規模の建物に、僕の興奮はなかなか収まらないでいた。
「じゃあ、まずはここから」
「はぁい」
店内に流れる楽しげなBGMを背にして進んでいると、祈ちゃんはあるお店の前で立ち止まる。中へと目を向ければ、そこにはオシャレな女性用の服が所狭しと並べられていた。
「服が欲しいの?」
「うん。春用と夏用で何着か新しいのが欲しいなって」
会話が欲しくて祈ちゃんに尋ねると、彼女は澱みなくそう言い切る。予めそうすることは決めていたんだろう。
「女の子は大変だねぇ」
「ううん、光明君に色んな私を知って欲しいって考えたら、全然苦じゃないよ」
背が低いのでオシャレにあまり頓着しない僕からすれば、世の女の子はとても尊敬に値する。微笑む祈ちゃんにその旨を込めて言葉を零せば、祈ちゃんはにこにこと笑ったままそう言った。僕のために、とも取れる言葉に何となく嬉しさと着恥ずかしさが混ざり合う。素直な祈ちゃんはとても手強いのだ。
「光明君の意見も聞かせてね?」
「あんまりそういうのは得意じゃないけど……それでもいいなら」
問いへの僕の答えに、祈ちゃんはにこりと微笑む。それでもいいらしい。そういうことなら、できる限り頑張ってみよう。
「どれがいいかなー……」
僕を連れたまま、祈ちゃんは棚に展示された洋服の数々を眺めて回る。食い入るように少し顔を寄せて観察する様は、真剣そのものだった。話には聞いたことがあるけど、やっぱり女の子がファッションにかける情熱というのは凄いみたいだ。
「これと、これもいいかな……」
「んっ」
試着をするつもりなのだろう。見繕った洋服をいくつか手に取り、祈ちゃんは次の棚へ次の棚へと移っていく。そんな中、僕の目にある物が映された。興味が惹かれて僕は思わず立ち止まる。
「光明君?」
「あぁ、いや……祈ちゃんにこういうのも似合うかなって思って」
僕が離れたことに気が付いて、祈ちゃんはすぐに僕へと振り返った。そんな彼女に僕が見せるのは、デニム生地のホットパンツだ。空手をやってる影響からかは知らないけど、脚が綺麗な祈ちゃんにとても映えそうな気がした。
「……そういうのが好きなの?」
「まぁ、好きと言えば好き……なのかな?」
数瞬間を置いて、祈ちゃんは僕にそう尋ねる。単純に似合いそうだと思って手に取っただけなので、そう訊かれると少し困ってしまった。
「そっか……じゃあそれも試着してみるね」
僕の少し戸惑った言葉を聞いてから、祈ちゃんは笑顔のままそれを僕の手から奪い取っていく。ホットパンツに合うトップスを選ぶ横顔はとても楽しそうだった。
「よしっ、とりあえずこれぐらいでいいかな」
上下合わせていくつかの組み合わせを手にして、祈ちゃんは一つ大きく頷く。どうやら、獲物の選定を終わらせたらしい。状況は試着フェーズへと移行した。
「結局ほとんど買っちゃったね」
「だって、光明君が全部褒めるから」
「ごめんごめん」
時間をかけてファッションショーを終えて、僕たちはお店を後にする。手にする荷物はまだ一つ目のお店なのに結構な量だ。
本当に全部似合っていたのだから、誤魔化すのも何か違う。一気買いするのに何の気負いもなく支払いをしている祈ちゃんの姿は、何となく風格があった気がした。
「ふふ、次遊ぶ時に着てくるから、楽しみにしててね」
「うん、期待してる」
半分ずつ荷物を持って手を繋ぎながら、僕と祈ちゃんは笑い合う。かけがえのない時間を過ごす感覚はほんのりと心地が良かった。
「それじゃあ、次は光明君のを見よっか」
「僕の? 服はそんなに困ってないけど……」
「私が選びたいの。光明君がもっとかっこよくなるところ、私に見せて欲しいな」
にこにこと咲いた笑顔を向けて、祈ちゃんはそう言う。家にあるもので僕としては十分なのだけれど、そう言われれば断るのも何だか申し訳ない。少し熱くなった頬を指先で掻いて誤魔化した。
「じゃあ、ちょっと家にあるのも古くなってきてるし、お願いしようかな」
「うんっ」
そこまで困らないとはいえ、今着ている服も一年前に買った物だ。クローゼットには起きてすぐ買った服も紛れているし、ここいらでまた買っておくのもいいかもしれない。幸い、いくら必要になるか分からなかったので、お財布の中身は潤沢だった。お金が足りなくなるなんて事態は多分起きないだろう。
「ただ、その前にお昼ご飯食べよっか」
「あ……うん、もうこんな時間だね」
集合したのは十時。それから移動と買い物を挟んでいるので、時間はちょうどお昼時に差し掛かっている。主張を始めそうな腹の虫の気配を感じて祈ちゃんに提案すると、彼女はそれに快く乗ってくれた。
「カフェみたいな場所なら近くにあるけど……」
こうも広い場所だと食事処も点在している。見渡す限りでは、どうやらこの辺りは軽食するお店が立ち並んでいる場所らしい。
「私はいいよ。何処に行ってもこの時間は混んでるだろうし」
「分かった。じゃあここにしよう」
お客さんがそこかしこへ入っていくのを見ながら、僕たちもそれに続くようにあるカフェへと入っていく。偶然席が一つ残っていたので、待つことなくその窓際の席へと案内された。
「ん、このサンドイッチ美味しい」
「んふふ、そうだね」
サンドイッチを一口齧ってから僕はそう言葉にする。その様子を見て、祈ちゃんは口元を抑えてくすくすと笑っていた。
「光明君のそういうところ、好きだよ」
「も、もう、揶揄わないで」
少し子供っぽかったかなと思っていると、祈ちゃんは楽しそうに笑いながら追い討ちを仕掛けてくる。僕が色々と年齢不相応なのは分かっているので反論も難しい。せめてもの抵抗も、祈ちゃんには意味をなしていなかった。
「そういえば光明君、昨日の用事って何だったの?」
「あぁ、遊君たちに誘われて遊びに行ってたんだ」
また一口齧ると話題が変わる。思い出したかのような祈ちゃんの問いに、僕はあったことをそのまま伝えた。
昨日は予定通り……ではなく、僕と遊君と翔君と若葉さん──こう呼ぶように訂正された──に、彼女のお付きだという上月さんを加えた五人で遊びに行ったのだ。このショッピングモールにあるゲームセンターではしゃいだり、フードコートでだらだら駄弁ったりして過ごす時間は、今日とは趣が違う楽しさがあった。
「…………もしかして、女の子も一緒だった?」
「え? うん、遊君たちのグループに混ぜてもらった感じだから……若葉さんと上月さんも一緒だったよ」
突然の祈ちゃんの直感。ズバっと音が鳴りそうな鋭い指摘に僕は一つ頷く。祈ちゃんは若葉さんたちのこと知ってたのかな。
「ふーん……そうですか」
前にも聞いたことがあるような文言。でも、今回祈ちゃんが表したのは真逆の感情だ。不機嫌そうにメロンソーダに突き立てたストローに息を吹き込んで、重い音を立てて炭酸が泡立つ。何か怒らせることを言っただろうか。
「っと、ごめん祈ちゃん。ちょっとお手洗い行ってくる」
「ん、行ってらっしゃい光明君」
サンドイッチの最後の一欠片を口に放り込んでから一言。いつの間にかいつもの祈ちゃんに戻っているのに首を傾げながら、僕は少しこの場を後にする。
背を向けた状態では、祈ちゃんの顔は見えるはずもなかった。
「……? ただいま、祈ちゃん」
「おかえり、追加の注文したからもうちょっとだけ待ってて」
「あぁ、うん、いいよ。気にしないで」
手早く済ませて戻って来ると、何故か店にいる人たちからやたらと視線を受ける。そのことに訝しみながら席に着いて祈ちゃんを見てみたけど、彼女に変わった様子は見受けられなかった。彼らに何があったのだろうか。
「じゃあ僕もデザート頼もうかな」
「光明君の分も頼んでおいたから」
「そう? それならいいや」
注文をしたと言う祈ちゃんの真似をして、何か甘い物でも食べようかと思ったけど、その必要はなかったようだ。僕は甘さを感じれるなら何でもいいので、待ち時間が減る分助かったかもしれない。
「お待たせしました。こちらご注文のカップルジュースになります」
「ありが……とう、ございます……?」
そう思っていると、すぐに祈ちゃんが頼んだという品物がテーブルに届く。店員さんにお礼を言おうとしたけど、視覚と聴覚から入る妙な情報に、その言葉は尻すぼみになって消えていった。僕と祈ちゃんの目の前に置かれたのは、大きなグラスに注がれた二人飲み用のジュースだ。
「い、祈ちゃん、これ……」
「飲んでみたかったから頼んだけど……ダメ?」
ごゆっくりどうぞとにこやかに言い残して、店員さんはそのまま去っていく。それと同時に、僕は色んな人から見られていた理由を理解した。注文をした祈ちゃんに視線を送ると、祈ちゃんは抗議をしようとする僕に上目遣いで対抗してくる。悲しげな色に染められた瞳を見て、僕は言葉を詰まらせた。
「い、いいよ……飲もっか」
「えへへ、ありがとうっ」
結局、根負けした僕が折れることに。もう頼んだ物を返品するというのもお店側に迷惑がかかるだろうし、腹を括ることにする。「恋人」、それを意識するとどうにも身体が熱くなってしまう。僕は祈ちゃんのことをどういう意味で好きなのだろう。何となく答えはすぐそこにある気がした。
「ん……」
ストローに二人で口を付ける──二人同時に吸わないと飲めない仕組みになっているらしい──と、フルーツ風味の甘い味わいがほんのりと口の中に広がる。美味しいのは間違いない。ただ、構造上の問題で、祈ちゃんとおでこがぶつかりそうなほど顔が近かった。
「これ、凄く濃いけど……美味しいね」
「うん、味は割と好きかも」
一度口を離して祈ちゃんはジュースの味に言及する。美味しいのは確かにそうだけど、僕は別の意味で甘ったるい気がした。よく見れば祈ちゃんの顔も赤い。
「じゃあ、もう一口……」
再び同時にストローを口に含む。テイスティングを終えたからか、二口目は自然と長く吸い上げていった。所在なさげな気がして、僕は何となく祈ちゃんへと視線を向ける。間近で眺める祈ちゃんの顔はやっぱり綺麗だ。
「んー……? んふふ」
見られていることに気が付いて、祈ちゃんも僕の方へと視線を上げる。必然的に見つめ合うことになると、祈ちゃんはジュースを飲みながら楽しそうに微笑みを浮かべた。真っ直ぐに向けられる感情に何処か恥ずかしくなって、僕は祈ちゃんから視線を外して窓から外を覗く。
そこには見覚えのある顔がこちらを見ている光景が広がっていた。
「ごほっ!?」
「んっ、み、光明君、大丈夫?」
がっつり目が合って僕は思わず盛大に咽る。それを見て祈ちゃんは心配そうな声を上げるけど、今はそれどころじゃない。にやにやと揶揄うような表情の彩乃お姉ちゃんは、まだこちらを見ていた。
「あ」
器官にジュースが入って涙目の僕が見ている先。外を見ていると祈ちゃんも気付いて、僕の真似をするように視線を送る。すると、彼女もようやくお姉ちゃんの存在に気が付いて、短い音を漏らしてからビシリと固まった。
二人とも固まる様をまじまじと見つめてから、彩乃お姉ちゃんは更に笑みを深める。何だか嫌な予感がした。
「い、行こう、光明君」
「あ、え、うんっ」
僕よりも早く復活した祈ちゃんが席を立つ。ジュースはまだ一口分ぐらい残っているけど、ここは撤退することを選んだみたいだ。支払いを手早く済ませて、僕たちはお店を後にした。
「何だか面白いことしてたね、二人ともっ」
しかし、そう広くはないお店の出入口で待ち構えられれば、その逃亡は無意味なものと化す。素早く道を塞がれて、僕たちは敢えなく彩乃お姉ちゃんに捕まるのであった。
真昼のショッピングモールに上機嫌な声と溜め息が混ざり合う。
一人称はミスリードを仕込みやすいのが楽しいよね。視点変更で意図的に秘密を隠したりとかも。叙述トリック。