自分で付けたタイトルが思い出せなくて「インスタント両思い」って呼んでたけど結構いい雰囲気のタイトルついてたんだな
知らぬ者には、始まりはゆっくりと。
渦中の者にとっては、明確な開始合図があった。
冬木教会。
町の開かれた教会であり、季節のイベント事等でも親しみを持って立ち寄られる、寄合所のような場所。真面目で相談事にもよく乗ってくれるという神父は、意外なことに信徒からの評判もすこぶる良いらしい。
近隣の住民には、そこに非日常があるとは思いもよらぬだろう。
ノックもなしに、部屋の扉が開く。
「ギルガメッシュ。お前は今日一日留守にするか、気配を消して絶対に地下から出るな」
長身の神父は何時になく神妙な面持ちで告げた。
「なんだコトミネ。ついに十年近く前の悪行が露見して、家捜しにでも入られるのか?」
「今更そんな不手際は起こさないが。だが、今夜来訪する者達は、一目でお前が普通の人間ではないとわかる程度には使えるだろう」
「ほう」
封書でも使い魔でもなく、そのレベルの者達が直々に来訪するのだ。
そんな大事は我がここで過ごした数年の間にも、一度もなかったことだった。
「なんだ、聖杯戦争でも始まるのか?」
口にしたそれは、全く冗談であったのだが。
「ああ、そうだ」
その簡潔な答えに顔を上げた。
この男は以前とは違い、多少の軽口や冗談も言うようになったが。しかし。
見上げた瞳の色に諧謔の色はない。
「……ふむ。そうか。随分と早かったではないか」
それは、器が満たされた知らせにしては、随分と素っ気ないものであったが。
その日から、止まっていた時間は動き出した。
通常の業務に加えて、コトミネの業務も増える。教会本部、魔術協会の両方と頻繁に連絡を取り、昼は日常業務、夜は監督者の仕事で忙しい。
実際に聖杯戦争が幕を開けるのは数年も先のことではあるが、しかし、監督者としての仕事は始まっている。
何故ならば、聖杯はすでに選定を開始しているのだ。一番に報告があったアインツベルンは令呪を宿したのみならず、英霊召喚までも終えているという。
始まりに向けて、全てが動き出している。
それを実感するにつれて、自らの昂揚も増していった。十年ぶりの再会を前にすれば、当然のことであるが。
あの女は我が妻となることが決定している。
それをいつまでも泳がせておくつもりもない。
「ギルガメッシュ。わかっているとは思うが」
外出しようとする我に、コトミネは後ろから声をかけた。
「狙うならば、御三家の者は止めてくれ。私が面倒事に巻き込まれる恐れがある」
お見通し、というわけか。
「まあ、そうだな。その点は安心しろ。運悪く数合わせに招かれた、無名の魔術師でも贄としよう」
令呪であればそれで良い。
誰から奪おうとも、質が劣るということもない。
参加権さえ手に入れば、我はあの女を召喚できるのだから。
「ふむ……今宵は新都の辺りまで行ってみるか」
時は深夜。
ざわめきたつ心に踊らされ、今日も町へと繰り出した。
教会に陣取っていれば、いずれ参加者は現れるのだが、それは品行方正な魔術師に限ってのこと。歴代の参加者の中には、教会に報告をしに来ない者もいた。ましてや魔術師として教育を受けていない者であれば、そんなルールがあるとも知らない。
ふらふらと町を彷徨い、英霊の痕跡などがないか、宛てもなく見て回る。
我ながら、酔狂なことだ。
成果も碌に期待できない、こんな行動を数日も続けている。わかってはいるが、しかし。一刻も早く、その時を迎えたいのだ。
高層ビルの屋上から、新都を見下ろす。
夜の闇と街の光に目を凝らせば、ここで繰り広げられた戦いが順に思い出された。
微睡むように、目を細めたその時だった。
「っ!」
感慨深く眺めていたそこに、違和感が走った。
濃い霧に包まれたような、尋常ならざる大きな魔力。発生源を探ろうとする間もなく、それが一点を目指して集約する。
「っ、なんだ」
それらはあろう事か、我が身につけている上着の、左ポケットへと流れ込んで来たのだ。
いや。厳密には違う。
その目指す先は、ポケットに突っ込んだ、自らの左手甲。
「これは……」
目の前にかざして、手の甲をまじまじと見やった。
早足に教会の扉を抜けると、深夜であるにも関わらず、書き物をしている神父の姿があった。
「コトミネ、二人目の参加者が判明したぞ」
「何? 付近に令呪を宿した者か、もしくはサーヴァントとわかる者がいたのか? まさかお前、接触したのではないだろうな……」
問いに答える代わりに、左手を掲げた。
「それは」
左手甲にはっきりと刻まれた、その印。
「令呪だと、奪ったのではなく……」
「奪うつもりだったがな。その必要もなくなった。聖杯も粋な計らいをするものだ」
笑みがこみ上げる。
「現世に受肉さえしていれば、参加権はあるのだろうよ。まして、我には所望する願いもある」
すぐそこまで来ている再会の時を思い、自然と口角がつり上がった。
取り出したのは一本の剣。
そこにはべったりと血液がついていた。
しかし、それにも関わらずその刀身は錆びることもなく、煌煌と光を放っている。それが宝具の類い、尋常ではない武具であることは明白だ。
「満たせ、満たせ、満たせ」
陣を描き、魔術師共の呪文を唱える。
煩雑な手順に辟易するが、降霊魔術としてはこれでも簡素な方だ。それだけ聖杯の魔力は桁違いなのだろう。
「汝三大の言霊を纏う七天、 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
魔力が集約して、シルエットが形作られる。
小柄な体躯、凛と伸びた背筋。
判然としない光が輪郭を鮮明にして行き、やがて、淡い光の色もそのままに、睫毛の一本ずつが微細に描写される。
それと同時に、十年の昔、彼女との記憶も、昨日のことのようにはっきりと蘇る。
折れそうな少女の身体と崇高な魂。
我の手元に置くに相応しい、輝ける宝物。
「貴方は……」
目を開いた彼女は、驚愕の表情を浮かべた。
「久しいな、セイバー」
再会。
それに伴う昂揚に、心が沸き立つのを自覚した。
一方で、満面の笑みを浮かべる我とは真逆。召喚されて早々、セイバーは毛を逆立てた猫のように、全身から警戒と敵意を発している。
そうしながら、置かれている状況を探ろうと、彼女は辺りを見渡した。
召喚の陣が描かれた室内。
その陣の中心には自分、他に存在するのは我だけ。
彼女の悪い予感を的中させるべく、左手を掲げた。そこには聖杯戦争の参加者たる資格がはっきりと刻まれている。
「我が貴様のマスターだ」
「ふざけたことを! そんなことが起こるはずが……」
反射的な否定の言葉。
「お前はその顛末を見なかった故、知らぬだろうが。我は貴様の破壊した聖杯によって受肉を果たしている。現世に生きる一人として、令呪を宿す条件は揃っているのだぞ?」
説明と状況を飲み込もうと、彼女は目を泳がせた。
先ほどまでよりは、いくらか冷静になったようだ。
「……しかし英雄王……貴方に望みなど」
「確かに十年前には、望みはないと言ったが。だが、我の手に入れていない宝があると知ったのならば、それを望むのは必然であろう」
そう聞かされて尚、セイバーは怪訝そうに眉をひそめた。
彼女は未だ自身の価値を理解していないらしい。
「わからぬのか」
つかつかと歩み寄ると、彼女は剣を構えた。
「時にセイバーよ」
それには構わず、すぐ側まで歩を進める。
至近距離で見下ろすと、彼女の小柄さが際立った。
「これはお前にとって、千載一遇のチャンスではないか?」
「何を言って……」
「聖杯が欲しいのだろう」
聖杯という単語に、彼女の目つきが変わった。
「お前のマスターはそこらの脆弱な魔術師などではない。この我だ。他の陣営などと比べて、戦力の差は明らかだ」
「貴方は……私が聖杯を手に入れる、その手伝いをすると言うのですか?」
セイバーは警戒の色合いを濃くして、我の言葉を反芻した。我の意図を量りかねているのだ。
「我に望みはないはず、と言ったな。我が望むのはお前だ。十年前にそう告げたはずだが」
それを聞いて、我が提示する条件に察しが付いたのだろう。
彼女は思いきり顔をしかめた。
「取引をしようではないか。聖杯の取得に協力する代わりに、お前は我が妻となれ」
嫌悪か侮蔑か。
いずれにせよ負の感情が、有り有りと浮かぶ。
だが、それも一瞬のことだ。
「……いいでしょう」
数秒の間を置いた後、彼女は頷いた。
自身を差し出すということを、少しも躊躇わない。
「契約成立だな」
彼女にとって己の価値というのは、その程度のものなのだ。一国と交換できる程安い女ではあるまいに、全く持って見誤っている。
我が手元に置いて、長く宝物として扱われれば、いつかその評価も正されることだろうが。
この男の考えることは、本当にわからない。
私を手籠めにするのが、それなりに面白い一つの遊興であったとして。
それは、聖杯と引き替えにするようなことか?
聖杯戦争に身を投じて、受肉した命を危険にさらしてまですべきことか?
私には、とても天秤の皿が釣り合っているようには思えない。
何か他に、企みがあるのではないか。
宛がわれた部屋で考えを巡らせていると、扉が開いた。
「浮かぬ顔だな、セイバー。何を考えている?」
彼は馴れ馴れしくベッドに腰掛けた。
「別に」
浮かぬ顔、などと、よくも言ったものだ。彼がどんな目的でここに来たのかくらい察しが付く。そんな状況に、私が上機嫌でいる筈もないだろうに。
「さあ、セイバー。抱擁を交わそうではないか」
軽薄な笑みが癇に障る。
彼の側に歩み寄りながら、ざわつく心を抑えようと深呼吸をした。
この身がどんな扱いを受けようとも、ブリテンが救われるのならば安いものだ。
どのように振る舞うべきか戸惑いながら隣へ腰を下ろすと、彼の腕に抱き寄せられた。
抱きしめられて最初に感じたのは、性的な嫌悪感というより、自分のテリトリーを侵されている抵抗感だった。他人にこんな距離を許したことは、辿れる範囲の記憶にはない。
「ああ……、この時をどれだけ待ったことか」
彼は感慨深く呟いた。
強く抱きしめられて、呼吸が苦しいほどだ。その喜びようを見ると、もしかすると本当に何の画策もなく、私を妻にすることだけが目的なのではという気さえしてくる。
「……セイバー」
唇に軽く、彼のそれが重なった。
幾度か触れるだけのキスをした後、唇を舌先がなぞる。続いて口内に割って入ってくる、濡れた舌の感触。
「っ……!」
生温かい唾液が混ざって、嫌悪感に鳥肌が立った。
胸の上を、彼の掌がまさぐる。胸元のボタンが外されて、乳房が露わになる。
何も考えないように。彼のすることに意識を集中しないように。そう言い聞かせて、動揺を鎮める。
これから始まるのは、口づけなどよりもっと度し難い接触なのだ。
こんなことで音を上げるわけにはいかない。
戦場で他国の兵を切るときだって、そうだ。ブリテンのためなら私は感情なんてどうにでも出来る。
深呼吸をして、自分の心に鍵をかけた。
動機が静まって、平静が戻ってくる。
スカートとドロワーズが脱がされるのを、何の感情もなく目で追った。
何も身につけていない腰を、足を、彼の掌が這う。
それすらどこか人ごとのように、感情とは遮断された事象として認識した。
「……セイバー」
反応を返さなくなった私の顔を、彼の紅い瞳がのぞき込んだ。
そこに不穏な色を感じて、少しだけ身構える。
「妻になるとはいっても、上辺だけではつまらぬからな」
発言の意図を理解できずにいると、彼はその左手をかざした。
「セイバーよ、令呪を持って命ず」
「英雄王!?」
その言葉にぎょっとして、我に返った。今ここで令呪を使うなど、乱心したとしか思えない。何を命じられるのかも、まるで見当が付かない。
「我を愛せ」
「!?」
その言葉を理解するよりも前に、魔力の奔流が、狂おしい衝動となって全身に降り注ぐ。
「……っぐ、うっ!」
見えない大きな掌に頭を押さえつけられたように、私はシーツの上に突っ伏した。
私の脳内を踏み荒らし、容赦なく蹂躙しようとする凶悪な魔力の渦。
令呪を使えば、魔術で出来ることは全て出来る。
人心に干渉することなど、物理法則や因果を歪めるのに比べたら造作もない。
「貴様……っ」
一瞬でも気を抜けば持って行かれてしまう、強い強制力。思い切り噛んだ唇から血の味がする。
「重ねて命ずる。我を愛し、我にその全てを捧げよ」
「っ!?」
大きな波に飲まれるように、為す術もなく意識が攫われる。
こんなことに、令呪を二つも使用するなんて……!
「さあ、セイバー。改めて抱擁を交わそうではないか」
二画重ねて使用された令呪には抗いようもない。
魂そのものが濃い魔力の水底に沈められたように、私の意思は自由がきかなくなっていた。
「あ……」
意識の混濁から目を泳がせる私の上に、服を脱いだ、彼の素肌が覆い被さる。
ずっと纏わり付いていたはずの嫌悪感が、今は感じられない。
彼の体温が、熱い。
違う、そうではなくて。熱いのは、私だ。触れ合っていることで、私が火照っているのだ。
「っ! 触るな!」
気づいた瞬間に猛烈な羞恥心がこみ上げて、咄嗟に男を突き飛ばした。
「こんな、こんなことは、許されない……っ」
人の心を操るなど。
「約束したではないか、我が妻になると。上辺だけでお座なりに済まそうなど、お前は考えが甘いのだ」
「……っ」
嘲笑するように片目を細めながら、指同士を絡めてシーツの上に私を組み敷く。
その所作に魅入っている自分に動揺して、顔を逸らした。
胸の上を滑る、彼の唇。
ぎゅっと目を瞑っても、その感触が鮮明になるだけだ。
感情を抑え込もうという手法は最早通用しなくて、触れられる度に身体が熱さを増してゆく。
「う、く」
胸の先に舌を絡められて、鳥肌が立つ。
それは嫌悪感ではなくて。全身を粟立たせるような快感だった。
強引に足を開かされて、耐え難い程に熱の溜まった場所が晒される。潤んだ粘膜が空気に触れて、染みるような感覚に身を竦めた。
「ああ、もう溢れそうになっているではないか。……好いた男に触れられるのは、心地良いだろう?」
「あ、あ」
何か反論するだけの精神力は残っていなかった。
粘膜の周りを彼の指がなぞるのに合わせて、嗚咽が漏れる。
そこに彼が顔を近づけるのを、ぼんやりと滲んだ視界の端で見ていた。
「ふあ、あ、あ!」
触れた瞬間、火花が散った。
強い痺れが走り、背筋がのけぞる。涙が溢れて、とまらない。
熱く火照ったそこに柔らかい舌先が触れる、その刺激といったら。
「ん! ふ、ううっ!」
両手で必死に口を押さえた。
彼の舌が這いずる度に大きな声が漏れてしまう。
「耳まで真っ赤になって……実に愛らしいな。恥じらっているのか?」
吐息がかかる刺激にさえ身体が跳ねて、言うことを聞かない。
「悦んでいるのが、わかるだろう?」
意識したことのない窪みに指が触れて、身体が緊張する。しかし、蕩けてしまったそこは、何の抵抗もなく彼の指を飲み込んだ。
「ひっ、い」
ぐちゃぐちゃと音を立てて、熱い粘液が掻き出される。それが尻まで伝ってくる恥辱に、目眩がした。
やがて指が引き抜かれても、安堵する間もない。ベルトの金属音から、次に何が行われるのかを悟った。
「セイバー」
のぞき込んで目を合わせられる。微笑みかける彼の笑顔は妖艶で。同時に、肉食獣を前にしたような危機感に総毛立った。
興奮に、瞳孔が開く。
欲情した紅い瞳。覆い被さる動きは、私を捕食しようとする獣のようだ。
屹立したものを宛がわれて、身がすくむ。
「うあ、あ」
入ってくる衝撃に、息が漏れた。
「これだけ潤っていれば、辛くはないだろう?」
彼の指摘は、残念ながらその通りで。
痛みが少しは正気を取り戻させてくれるかと期待したが、それほど大きな苦痛はなかった。
むしろ、割り開かれた痛みからじんじんと脈打つ中に、飲み込んだ彼の感触をはっきりと意識する。
耳元にかかる吐息が熱い。
呼吸を整えようと深く息をした瞬間、彼の腰が揺れた。
「っ、まって」
腹の中で、じんわりと広がる甘い疼き。
「ひっ、う」
私の中を行き来する、生々しい圧迫感。痛みが麻痺するのに時間はかからなくて、そうすると、擦れる度に生まれる快感に意識が集中した。
「まって、いや、あっ!」
「愛しい男に抱かれているのだ。こんな幸福はないだろう?」
肉体的な苦痛よりもずっと酷い、心をこじ開けて、割り入ってくるような苦痛。
「っ、いやだ、いや、いや!」
彼の言葉への返答ではなく、自分に言い聞かせるためにそう繰り返した。
しかしその甲斐もなく、強烈な感覚に飲み込まれる。
身体中が、彼を感じようと神経を研ぎ澄ましている。
受け入れた部分のどうしようもない快感も、荒い息使いも筋肉の動きも、揺れる鮮やかな金髪も。彼の存在を全て嗅ぎ取り、焼き付けようと、神経が集中する。
彼の存在そのものが、麻薬のようだ。
「いやぁっ」
上擦った否定の声は媚びるようにしか聞こえなくて、もはや何の制止にもなりはしない。
恥辱と混乱と恋慕の情が一緒になって、気が狂ったように泣きじゃくるだけだ。
「っ、セイバー」
泣いて滲んだ視界に映る彼は、私とは対照的に、穏やかな満たされた表情で私を見下ろしている。
動きが激しくなって、奥に衝撃が走る度にあられもなく声を上げた。
「あ、あっ、うあ、あ!」
「っ……く」
受け止めた絶頂は、ぞっとするほど幸福で。
その余韻に満たされるまま、意識が落ちた。
果てなく続く地平、温暖な大地。日差しは強く、空気は乾燥して、砂が舞う。しかし水は豊富にあり、多くの河川が町中を流れていた。
そこに住む人々は幸福で。
国を治める自分のことを慕い、愛している。
もちろん、中には私をよく思わない者もいる。だが、私が最善と思う道を進んだ結果だ。悔いはない。
傍らには気を許し、何でも語り合える友。
この国を、愛している。
当然のことだ。
国が、民が、友が、自分を愛したのだから。
ベッドの上で、横になったまま記憶をたぐった。
夢の中の人物にすっかり入り込んでいたために、自分の置かれている状況を思い出すのに数秒を要した。
私は、そうだ、召喚されて、そして……。
傍らで寝息を立てている男に目をやって、深くため息をついた。
そのまま眠ってしまったようだ。
「む……」
私が身体を起こしたことで、彼も目を覚ましたらしい。
まだ覚醒しきっていない様子ではあるが、彼に、どうしても聞きたいことがある。
「こんなことをして、何の意味がある」
「こんなこと、とは?」
わかりきったことを聞き返されて、苛立ちが募る。
「私の心を操って、そのために令呪まで使って。短い聖杯戦争の間だけ側に置いて、何の意味があるのか聞いているんです」
「我を愛し、我が妻として永劫傍らに居れば良いではないか」
さらりと言ってのけるこの男に、絶句する。
「聖杯の取得に協力すると、我は言ったが。その聖杯をどう使うかはお前の自由だ。我の側にあることを願えば良い」
「ふざけたことを。こんな、偽りの感情で……」
「最初は偽りでも、馴染めば己のものとなるだろう」
「私が愛するのは、ブリテンだけです」
昔のように嘲笑するのかと思いきや、彼の瞳に映ったのは、もっと悲しげな。おそらくは、憐れみのような色で。
「祖国はお前を愛したか」
その問いかけは、私が思うよりも深く、刺さった。
私が見たように、彼も見たのだ。
きっと英雄王が見たものは、私が見たものとはかけ離れていただろう。ブリテンの記憶は、ウルクのそれとはあまりにも違った。
そう。
故郷は、寒くて。寒くて……、そして。
私の隣に、友達はいなかった。
「我は冷たい貴様の祖国とは違う。お前が愛するほどに、注いでやろうではないか」
「わっ!」
言うや否や。腕を捕まれて、起こした身体をもう一度布団の中へ引き込まれた。力強く抱きしめられて、身動きがとれない。
「我を愛せ、アルトリア」
彼は私を真名で呼んだ。
私もまた、今は彼の名前を知っていた。
「……英雄王、私は……」
それでも、名前で彼を呼ぶことを避けた。それは、彼のかけた呪いをより強固にしてしまうような気がしたから。
きっとこの動揺も、令呪によって植え付けられた彼への恋慕のせいだ。
私のものではないに違いない。
聖杯戦争が終わる頃には、私は元の私に戻れているはずだ。
令呪は永続的な命令を下せない。きっと徐々に薄れてゆくだろう。
だから大丈夫だ、と自分に言い聞かせて、今は、今だけは、彼の腕の中で目を閉じた。