ふうん、蛍を見てたんだ。
でも、こんな時間に、こんなところにいたら……
妖怪に、食べられちゃうよ……?
※続編:https://syosetu.org/novel/211133/
※ノクターンノベルズでも掲載しています。
「ねえ、お兄さん。何してるの?」
夕焼けに赤く染まる木々に囲まれた、薄暗い川のほとりで、目の前にそびえる大きな背中の、さらにその上に向かって、私は声をかけた。
「えっ……?」
驚いた表情で振りかえる。広い肩の上から私を見下ろす、若い男の顔。
背は、私よりも頭ふたつ分くらい上だろうか。まあ、図体なんか、意味はないけどね。
「ああ……蛍を、見ていたんだよ。ほら、ここにも、あそこにも、たくさん飛んでる……」
そう言って、川べりを覆う草むらに、ゆらゆらと飛ぶ光の粒を指差す。
「ふふ、そうかあ。綺麗だよね?」
「うん、綺麗だね」
「でもねえ、お兄さん。知ってる?」
私は羽織った長い外套を揺らしながら、二歩、三歩、進み出て、男の横にぴったり並んで立つ。
「蛍って、こう見えて、獰猛なんだよ」
「……え?」
頭の上から、またこっちを見下ろした気配がした。
でも、まだ気づいてはいない。もう、日もほとんど沈んだ、この暗がりでは。
「成虫じゃないよ。幼虫の話。
肉食で、いろんなものをバクバク食べるの。
……人間とか、さ」
唾を飲みこんだ音が、上のほうで聞こえた。それに続けて、乾いた笑い声も。
「……は、はは……。流石に、人間は食べないだろう?」
「食べるよ? たとえば……こんな時間に一人でこんな場所にいる、お兄さんみたいな人とかを……ね」
がさ、と草が踏み鳴らされる音がした。
男が、一歩あとずさった音。
「君は……いや、お前は……」
怯え、震える声。ようやく気づいた。でも、もう遅い。
「ようかっ……!?」
途切れた叫びの後に、どさ、という音が続いた。
「……刺されたことすら気づかない。そういう虫も、いろいろ居るんだ」
草むらの中に、男の体が横たわっている。
呆然と目を見開き、かたわらに立つ私を見上げて。
私の操る小さな虫によって、さっきから静かに注入されていた毒が、その体の自由を奪っていた。
「や、やめろ……たす、助けてっ」
「あっはは、いいなあ、その情けない顔、その命乞い。
無駄だけど、ね。
さてと……」
かすれ声を上げる惨めな姿を、ひとしきり笑ってやってから、その足を両脇に抱えて、ずるずると川のほうへ引っ張る。
「ん、しょ、っと……おっもいなぁ」
「な、なんだ!? 俺を、どうするんだ!」
「こうするんだ、よっ……と」
ばしゃん。その足先、膝から下を、川の中に投げこむ。
「ひいっ!?」
「蛍の幼虫は、川の中で育つんだ。そして……さっき言ったでしょ? それは肉食で、人間も食べる……ってさ」
「……! い、いやだ……やめてくれ……!」
なんてね。嘘だ。
私たちの子供は、巻き貝しか食べない。一応、動物の死体でも沈めておけば、回り回ってその餌も増えるんだけど。直接は関係ない。
でも。『蛍は人間を食べる』そんな噂が、人間の間に広まり、信じられるようになれば。
妖怪の世界では、いつかそれは真実になる。
それにやっぱり、人間を怯えさせるのは楽しい。
普段は、その体の大きさにまかせて、虫を殺すことなんか気にも留めない連中。それがこんな風に、恐怖に顔をゆがめて……
ん?
見下ろした男の顔が、なにやらくっきりと明るい。
ああ、月か。
ついさっきまで隠れていた
いや、そうじゃない。問題は、明るさじゃなくて、その顔が。
ぽかんと口を開けて。目を見開いて。
なんだ、この表情。なんて言うんだろう。
少なくとも、恐怖じゃない。
男は、月に照らされた私の姿を、じっと見つめていた。
私は、ぱっと見には、人間の少女に見える。そのはずだ。まあ、黒い外套にズボン姿は、少女らしくないと、よく言われるけど。
でも、短い緑色の髪から飛び出している、二本の触角。それに気づけば、妖怪であることはすぐわかる。まして、現にその毒で自分の体を拘束している、恐ろしい化け物。だというのに。
横たわる男の表情は、どう見ても、妖怪に怯える人間のそれじゃなかった。
「……なんなの、あんた。私の顔に、何かついてる?」
「いや……ただ……」
「ただ?」
「……綺麗だな、と思って……」
……はあ?
耳の間を通過したその言葉に、頭の中が混乱する。言われた意味を理解するまで、数秒かかった。
本当に、何を言ってるんだ、こいつ。
今まさに自分を虫のエサにしようとしている、その相手に向かって。
容姿を褒められて、悪い気はしないけど。でも、いま求めてるのは、賞賛なんかじゃない。恐怖、畏怖、絶望。その感情を、舐めすすり、味わいたいのに。
それともなにか? 私はそんなに妖怪として貫禄が足りないか? ああ、不愉快だ。もうさっさと終わらせてしまおう。
そう思った時。
どくん、と、腹の中で、大きな衝動がふくれあがった。
……オスとメスの間には、合図がある。
それは鳴き声だったり、匂いだったり。ダンスや、贈り物だったり。そして私たち蛍のように、光だったりするけど。
手段はともかく、目的は、ぜんぶ同じだ。
交尾を願う、合図。
たいていは、オスがその信号を投げかけ、メスはそれを受け入れれば、そのための準備を始める。
当たり前のこと、だけど。
まさか、私が。こんな人間の囁きに。
発情、するなんて。
下腹部の奥が、熱い。
オスの精子を受け止め、産卵にそなえて貯めておくための、受精
……まいったなあ。
根っこはこんなにも、単純な虫のままだなんて。
というか、一体こいつのどこに、私の本能は魅力を感じたんだろうか。
体格? 声? それとも顔? さっぱり、わからないけど。
考えたって、仕方ない。子種を求めて、きゅんきゅんとお腹の中心で疼く、切なさ。こればっかりは、精子を受け入れなきゃ、おさまらない。
だったら、手に入れるまでだ。
目の前にいる、オスの体から。
「……ったく」
ぼやきつつ、私は腰に手をやり、ズボンを脱ぎ捨てた。裸の下半身が、夜風と月の光に晒される。
「え!? な、何を……?」
「何って……交尾、したいんでしょ? いいよ、してあげる」
目を白黒させる男の顔が、また光に照らされて、ふわっと明るくなった。
月の黄色い光じゃない。私の放つ、緑色の光で。
下腹部の中央、ちょうど受精嚢と卵巣があるあたりに、私の発光器はついている。その光で、オスに受け入れの合図をするために。
それをこいつが理解するかどうかは知らない。いや、たぶん理解しないだろうけど。これもやっぱり、本能的なものだから。
「……こ、交尾、って……。いや、違う、そんなつもりじゃ……!」
……ほんと人間って、わけわかんないな。だったらなんで、綺麗だなんて言ったのさ。
まあ、どうでもいいか。こいつにその気があろうとなかろうと、私をその気にさせた責任は取ってもらうだけだ。
それにどうせ、こいつは今、自分の意思では動けない。つまり、私のほうから交尾してやらなきゃいけないってこと。面倒くさいけど、しょうがない。
それにしても、久しぶりだな。
まだ妖怪になりたての、普通の虫と変わらない大きさだった頃には、何度かオスと交尾をして、卵も産んだけど。体が大きくなってからは、つりあう相手がいなくなって、そのまますっかり忘れてしまった。そう思ってたのに。
まさか今更、それも人間となんて、ね。
そんなことを考えながら、私は男の帯をほどき、着物をはだけさせ、ずりおろした下着の中から、棒状のものを引っぱり出した。
「おい、やめろ! やめろって!」
いちいち
手からはみ出すくらいの、先っぽに穴のあいた、肉の筒。なにやらモジャモジャ毛が生えてるけど、これが人間のオスの生殖器……のはずだ。
でもこれ、ずいぶん柔らかい。殻も骨もなくて、ぐんにゃり垂れ下がっている。こんなので、ちゃんと交尾できるんだろうか。
と、手の中でふにょふにょいじくりまわしていたら、その肉がびくんと跳ねた。どくんどくんと、脈打って、だんだん大きく、硬くなってくる。
なるほど、こうなるのか。面白いしくみになってるなあ。
それはどんどん膨れあがって、まっすぐ垂直に立ち上がり、……いや、ちょっと待って。
「……でっか」
なにこれ。でかすぎない?
私の腕くらいあるよ。こっちの体が、人間の子供くらいだから、仕方ないのか。
……入るかなあ? うーん、大丈夫だろう、たぶん。妖怪はそんなにヤワじゃない。
私は足を広げ、男の腰の上へまたがった。右手の指で、股の間にある交接器を、左右に大きく開く。左手で陰茎を支え、あらわになった膣口へと押し当てた。そのまま軽く前後に動かして、分泌された潤滑液をぬるぬる塗りつける。
「やっ…やめて、くれっ……! 俺は、そんな、ことっ……」
「そんなも、こんなも、ありゃしないでしょ。お前はオスで、私はメス。それ以外に、何があるの?」
なるべく腹から力を抜き、体重をかけながら、腰を左右にねじるようにして、先端を中へ押しこんでいく。さすがにちょっとキツいけど、微妙に柔らかいから、なんとかいけそう。
少し膨らんで張り出した部分に、入り口がじわじわ押し広げられ、やがて、ずぶり、と膣内に入った。
「っ……ん、ふぅ……」
詰めていた息を軽く吐く。ここまで入れば、後は簡単。まっすぐ腰を落とし、飲みこんでいくだけ。太い肉の棒が、ずぶずぶと、私の中を進んで、ほどなく一番奥、受精嚢の入り口まで届く。こつんとそこを突付かれて、ちょっと切なさが和らいだ。
それにしても、やっぱり大きい。お腹がぽっこり膨らんで、手で撫でれば外側からでも、その硬さがよくわかる。案の定、全部は入りきらなくて、根元が少しあまってるし。
「うぐ……くっ、そ……」
また、男の呻き声。眉根を寄せて、息を荒げ、歯噛みをしながら、こっちを見上げて。
今度はなんだろう、この表情は。悔しい? 情けない? 羞恥か、無力感。そんなとこだろうか。
確かに、普通はオスのほうからメスに迫って、交尾をさせてもらうもの。
こんな風にメスにのしかかられて、一方的に子種を採られるなんて、屈辱的なのかもしれないな。
恐怖とは、違うけど。これはこれで、なかなか心が満たされる。
それはともかく。
交接はうまくいった。後は精液さえ出してもらえば、交尾は成る。私は動きを止め、それが注がれ始めるのを待つ。
待つ。
さらに待つ。
……うーん?
「ちょっと、何やってんの? 早く精液、出してよ」
「だっ……誰がっ……。お前みたいな、子供、いや、妖怪なんかにっ……!」
こいつ……。貴重な子種を、私なんかに使いたくないってか?
でも、変だな。結合までしてるのに、射精が始まらないなんて。我慢できるようなものじゃないはずなんだけど。
何か、刺激が足りないのかな?
だけど、人間の場合、どうすればいいのやら。聞いても素直に答えやしないだろうし。
ええい、とにかく刺激だ。刺激すれば、なんとかなるはず。
少しだけ、腰を浮かせる。
膣内にぴったり収まっていた陰茎が、その分だけ抜け出して、肉と肉がずるりとこすれ合う。
「うっ! ま、待て……!」
反応した、反応した。陰茎も私の中でびくびく震えてる。どうやらこれでいいみたい。
上げた腰を、また下へ。奥まで入れたら、また上へ。上下に腰を動かすごとに、男は息を荒げて、うめき声を上げる。なんだか楽しくなってきたけど、まだ精液は出てこない。もっと激しくしたほうがいいのかな。
そういえば、と手を下へ、後ろのほうへ伸ばす。
さっき陰茎を引っぱり出したとき、その付け根についてた、袋みたいなもの。それを手探りで見つけだし、軽く握りしめる。
「!!」
男がひときわ大きく目を見開いて、歯を食いしばった。
「ねえ、これなあに?」
中に何か丸いものが、二つほど入ってる感触がする。それを手の中で転がしてやると、男の喉と陰茎が、痙攣するようにひくひく動く。
「そっ……れは……っ」
「もしかして、ここに入ってるのかな? 精子が」
「っ……!」
当たりか。陰茎の根元にくっついてるから、そうだと思ったけど。
「我慢してないで、早く出しちゃいなよ。ほら、ほら」
ちょっと手に力をこめて、こりこりした塊を握りしめてやる。でも、結構硬いな、これ。もっと柔らかいものだったら、絞れば出てきそうなのに。
「ひぎっ……やめっ……!」
引きつった悲鳴を上げた男の腰が、少し跳ねる。陰茎が私の膣をずりずりこすって、待ちくたびれた受精嚢の入り口を突く。
膨らんだ輸精管を震わせながら、それでもまだ、こいつは子種を出し渋る。面倒くさい生き物だなあ、人間って。このさい本当に、片方つぶしてでも────
「んっ……?」
ぞわり。
小さな何かが、私の神経を震わせた。
なんだ? 今の。
私の体内。膣の中、男の陰茎とこすれあっている、その部分で。
何かが弾けて、火花が散った。
「……?」
腰を動かす。また、肉がこすれる。
ぞわぞわ。
こすれたところが、熱くしびれる。
なんだ、これ。
ぞわ、ぞわ、ぞく、ぞく。
腰を上下に動かすたびに、陰茎が体内を行き来するたびに、妖しい波が、肌の上を、体の芯を走りぬける。
「んっ、ふ……ぅ」
呼吸と、思考が乱れる。おかしい。何かおかしい。
まさか、毒でもくらった? いや、人間にそんなもの、ないはず。それに、体は普通に動く。痛みや、苦しさもない。じゃあ、なんだ。いったいなんなんだ、これは。
男の体が、ふわりと緑に染まった。
私の発光器が、光っている。交尾中には、光らせないものなのに。
意思とは、関係なく。この得体の知れないさざ波に、呼び起こされたみたいに。
「あ、あ……はぁ、んっ……」
陰茎が、私の膣を押し広げて、体の奥を突くたびに、燃える炎の波が、腰の中へ、頭の中へ、行ったり来たりする。
何?
これは何?
わからない。こんなもの、知らない。気持ち悪い。初めて味わう感覚。気持ち悪い。わからない。気持ち悪い。きもちわるい。きもち、が────
腰を前後左右にひねると、私の中で肉の筒が踊る。ぞくぞくが、ぼうっとした雲に変わって、頭の芯が、ぐらぐら揺れる。
ああ、もう、早く出せ。さっさと精子を出して。もういい、こんなの。終わって。早く。早く、早く……。
……もっと速く、動かなきゃ。
草むらの中に、水音が響く。
さらさらと流れる、川の音じゃない。ずぶずぶ、ぐちゃぐちゃと、泥沼を踏むような音。
太股に汁が垂れている。私の分泌した、粘液。信じられない量が、押し出されて、膣口からあふれて、陰茎を濡らして、男の腹の上に水たまりを作ってる。
「あっ、はっ、あんっ、ぅん……っは、んっ、んくっ……」
水音に合わせて、声が響く。激しく腰を動かす、私の声が。
私の声? 嘘だ。こんな声、出してない。出したことない。出そうとなんてしてない、のに。喉から、勝手に、声が出る。
その声の上に、別の声が重なる。
「ぐっ、うっ……はっ、ああ……」
私の下で横たわる、男の声。私の動きに合わせて上がる、うめき声が。
もしかして、彼も、私と同じ、この感覚を、味わってるのか。
そんなこと、あるのだろうか。わからない、人間のことなんて。わかんない、もう、何も。
「っあ……はぁっ、んっ、ふぅ……んんんっ……」
すべての感覚が、下腹部に集中する。体内を満たす彼の肉が、さっきより大きい。違う、私が締めつけてるんだ。膣をぴくぴく震わせて、きゅうきゅう収縮させて。精液を搾り取ろうとしてる、そんな感じ。
膣壁がごりごりこすられる。陰茎の先端についてる、肉の段差で。ぎっちり張りついた粘膜が、ほじられ、引っぱられて、お腹の中身が出てしまいそう。膣の外側、めくれあがった交接器が、餌を
ちかちかと、私のお腹が光る。彼の肉棒が、私の中をかきまわすたびに。緑の光が、彼の体を、その表情を、照らしだす。
視線が合う。苦しそうな顔。でも、それだけじゃない。
さっき、月の光が差したとき。私を見上げたときの、あの表情で。
見とれてる?
私の、顔に? なんで?
いま、わたし、いったい、どんなかお、して、るの。
「うっ……ぐあっ!!」
彼が、吼えた。
直後、私の腰が、何かにつかまれる。
彼の両手。麻痺させていた、はずなのに。
「……っ、へぇ……っ、まだ、そっ……んな、ちから、残ってたんだ……っあ!?」
ずん、と下から、衝撃が来た。彼の腰が小さく跳ねて、その上にそそり立つ陰茎で、私の体を浮かせる。
体が上下に揺すられる。熱い汗に濡れた彼の手が、私の腰を振り動かしている。その手の動きに呼吸を合わせ、私も自分で腰を振る。
私の体も、熱く燃えている。全身から汗が吹き出して、彼の肌と触れ合う部分で、二人の汗がぬるぬる溶けあう。着たままだったシャツがぐっしょり濡れて、上半身にぴったり張りついている。触れる夜風の涼しさを、さらに消し飛ばすように、体の奥から熱が湧いてくる。
「あ、んっ……ふっ、う、くぅん……」
彼の陰茎で満たされ、突き上げられた腹に押されて、空気が胸から喉を通り、そんな鼻にかかった吐息が漏れる。
知らなかった。自分の口から、こんな声が出るなんて。
その声が、鼻の奥からまた脳を揺らして、ねっとりとした熱い波が、余計に振幅を増す。
膣の壁が、お腹の中が、どろどろに融けているような気がする。自分の体を作り変えるため、サナギになった、あの時みたいに。そのどろどろの中を、熱くて硬い棒が、ぐちゃぐちゃかき混ぜている。私をまた何か別なものに、作り変えようとするかのように。
ああ、頭がふわふわする。ていうか、何してるんだっけ。交尾。そう、交尾してた、はずなのに。これ、交尾? 知らない、こんなの。わからない。交尾なら、精液が、出れば、それで、終わり、だから。せーえき、ちょうだい、はやく……。
「はあっ、うっ……くっ!!」
彼の息が止まる。陰茎が強く深く、私の膣をこすりあげ、今度は本当に、膨れあがる。
ぎちぎちに引き伸ばされた私の膣を、突き破りそうな力で押し広げて、輸精管を、何かが昇ってくる。彼の奥から、私の中へ。出てくる。入ってくる。ようやく、アレが……きた。
どぷ、と、重く熱い津波が、私の中を叩いた。
「っあ、は、あぁ────ぁ……っ、んンっ……」
その津波に押され、かすれた声と共に、細く、長く、腹の底から息を吐く。
どろどろとした粘液に包まれた、彼の精子のかたまりが、私の膣の最奥に吐き出される。そのほとばしりを合図に、受精嚢が大きく口を開け、陰茎の先端、輸精管の開口部へしゃぶりつく。
ごく、ごくと、精液を飲み干す音がする。それに合わせて私のお腹が光り、膣が陰茎をしめつける。
彼は、私の腰を必死につかんで、精いっぱい腰を突き上げて、どくんどくんと、精液を搾りだしている。それを片端から吸い取り、ずっしりと膨れていく私の腹を、破裂させでもしようかという勢いで、歯をくいしばり、強く、激しく。
その、一生懸命な表情を、とろけた視界の中で見下ろして、私は。
ああ、綺麗だな、と。
心から、そう思った。
月の光に照らされた、歪んで汗まみれの顔。息を止め、眉間にしわを寄せながらも、まっすぐに私を見上げる瞳。
またたく命の明かりに誘われて、どこまでも生きようとする姿は、美しい。たとえそれが、無駄な行為だとしても。
見入っているうちに、輸精管の脈動と、精液の送出が止まる。
ずいぶんと、短い時間。あれっと思うほど。これが人間の交尾、なのか。
でも、ちょっとホッとした。こんな勢いで注がれ続けたら、本当に破裂してしまう。精子の量は、もう十分だ。
ずるりと、私の腰をつかんでいた手が離れ、力を失った体と一緒に、湿った草の上に落ちる。
彼は目を閉じ、大きく息を吸って、吐き、また開く。
再び、視線が合う。少し苦しそうな、呆けているような、どこか観念した、落ちついた顔。
吐き出された精液を、ゆるゆると吸い取っていた私の受精嚢も、ほどなく満足げに動きを止めた。あの逆らいがたい衝動も、切なさも、同時に蒸発し、霧散していく。
だけど。
それとは違う、疼きが。
膣の中に残った、この奇妙な熱が。
いま一度、わずかに私の腰を動かし、えぐるように粘膜をこすりたてた陰茎を、ぴくぴく締めつけて、ぞわぞわと這い上がった波が、神経系の根元を柔らかく揺らす。また、お腹が勝手に光る。
「はぁ……ふぅ……」
呼吸が、まだ荒い。頭の奥に、ぼんやりとした霧がかかって、その向こうに、何かある、ような。まだ、この先に、何かが────
ああ、気持ち■い。
もうやめよう。ともあれ、
「……お疲れ様。じゃ、さよなら」
私の言葉に応じて、彼の首筋に、大きな毒虫が張りつく。
胸と肩を激しく上下させ、かすれた息を吐きながらも、その表情は、なお変わらない。ただじっと私の顔を見つめたまま。
最後くらい、もっと怖がってよね。まったく。
ぱちりと指を鳴らすと、突き刺さった針に彼の体がびくんと反りかえり、もう一度だけ私の中を深く突き上げたけれど、すぐにその力も抜けて、ゆっくり閉じられた瞼と共に、再び動くことはなかった。
◆ ◆ ◆
「……ここで倒れてたの。覚えてない?」
何日か後。
穏やかな風が緑を揺らす川べりの木の上で、昼寝をしていた私の耳に、そんな声が届いた。
若い女の声だった。
首をひねって、木の枝の隙間から、声のした方をうかがう。
少し離れた岸辺の草むらに、たたずむ人影が二つ。人間の、男と女。
女のほうは、知らない。男は……あの夜の、あいつだ。
「ああ……わからない」
「本当に、何も覚えてないの? この数年間のこと……私の、ことも……」
男の肩に顔をすり寄せるように言う。
抱きつかれた男はうつろな目で、ゆるやかに流れる
「……ごめん。ただ……」
「ただ……?」
「なんだか……ここに、来なきゃいけない気がして……」
「駄目!」
だらんと垂らされた男の両腕を掴んで、無理やり自分のほうへ向けさせ、声を荒げる。
「病み上がりなんだし、大人しくしてなきゃ!
もう帰りましょう!
こんなところ、二度と近寄っちゃ駄目なんだからね!」
「ああ……」
ぼんやりと言葉を返す男の手を引いて、女は人里へと去っていく。
男は一度、川のほうを振りかえったけど、その背中も、やがて道の向こうに消えた。
夏の川べりは、また静寂の森に戻った。
遠くのほうで、妖精か誰かが遊んでいる声だけが、葉草の揺れる音と一緒に、風に流れてくる。
「ちょっと毒が多すぎた、ね」
誰に聞かせるでもない言葉を風の中に捨て、私は太い枝の上で、仰向けに寝転がる。
緑の梢の隙間を抜けてくる、日の光がうざったくて、さらに目を閉じ、ほの暖かい暗がりの中へと沈む。
ふと、下腹部に手を当ててみる。発光器の下、受精嚢の中に、あの人間のオスの精子が、今もまだ生きているのを感じる。
卵を作っても、育ちはしないだろうけど。
意味のない、無駄な行為。それもお互い様、か。
でも。
目を閉じたまま、ズボンの中に手を入れる。
脚の付け根、交接器を左右に開き、膣の中へ、ゆっくり指をさしこむ。
あのとき感じた、あれは、なんだったのか。
ふわふわと、ぞくぞくと、神経が震えるような、妖しい波。
あの太くて大きな、雄の生殖器。
その形と感触が、頭に、腹の中に、よみがえる。
私の腰をつかんでいた手の熱さと、膣の奥を突き上げる、あの動きも。
いつのまにか分泌されていた粘液を、指でかきまわす。
ただ精子を受け止め、飲みこみ、卵を吐き出すためだけの場所に、何かがちりりと燃えた。
「んっ……」
そう、この感じ。でも、あれはもっと強くて、深くて、何度も。
ちり、ちり、ちり。
中をこする指の動きに合わせて、小さな炎がひらひらと踊ったけど、どうしてもそれ以上は大きくならず、ややあって、もどかしさを
そっと目を開き、手を顔の前にかざすと、それがきらきらと粘液に濡れ光っているのが見えた。
「……まあ、いいか」
長く生きていれば、たまにそういうことはある。得体の知れない、奇妙な出来事。それこそ、妖怪みたいなものだ。
指先を軽く葉っぱで拭って、両腕を枕に、再び目を閉じる。
まぶたの裏に、誰かの顔が映った。
あの夜、私の下で呻いていた、あの男の。
そしてもう一人、さっき去っていった、あの女の。
男の腕をしっかり抱えて、水面を睨みつけていた、その険しい表情を思い出す。
────コノオスハ、ワタシノモノダ────
────オマエナンカニ、ワタサナイ────
そういう目をしていた。
それもまた、美しかったと思う。
「あーあ。いっそ、本当に沈めとけば良かったかなあ……」
けど、やたらと里人を殺すと、あのスキマ妖怪が五月蝿いし。ああまったく、面倒くさい。
はあ、と溜息をひとつ、吐き出して、私は意識を閉じ、昼寝を再開する。
いずれ訪れる、深い夜。闇に包まれた、私の時間に備えて。
その中で、私も精いっぱい美しく輝くために。
じわじわと蝉の声が、夏の空に広がり始めていた。