ねえ、お兄さん。何してるの? 
ふうん、蛍を見てたんだ。
でも、こんな時間に、こんなところにいたら……
妖怪に、食べられちゃうよ……?  

※続編:https://syosetu.org/novel/211133/  
※ノクターンノベルズでも掲載しています。

1 / 1
未題 - 或ル蛍ノ酔話ヨリ


 

「ねえ、お兄さん。何してるの?」

 

  夕焼けに赤く染まる木々に囲まれた、薄暗い川のほとりで、目の前にそびえる大きな背中の、さらにその上に向かって、私は声をかけた。

 

「えっ……?」

 

  驚いた表情で振りかえる。広い肩の上から私を見下ろす、若い男の顔。

  背は、私よりも頭ふたつ分くらい上だろうか。まあ、図体なんか、意味はないけどね。

 

「ああ……蛍を、見ていたんだよ。ほら、ここにも、あそこにも、たくさん飛んでる……」

 

  そう言って、川べりを覆う草むらに、ゆらゆらと飛ぶ光の粒を指差す。

 

「ふふ、そうかあ。綺麗だよね?」

「うん、綺麗だね」

 

「でもねえ、お兄さん。知ってる?」

 

  私は羽織った長い外套を揺らしながら、二歩、三歩、進み出て、男の横にぴったり並んで立つ。

 

「蛍って、こう見えて、獰猛なんだよ」

「……え?」

 

  頭の上から、またこっちを見下ろした気配がした。

  でも、まだ気づいてはいない。もう、日もほとんど沈んだ、この暗がりでは。

 

「成虫じゃないよ。幼虫の話。

 肉食で、いろんなものをバクバク食べるの。

 ……人間とか、さ」

 

  唾を飲みこんだ音が、上のほうで聞こえた。それに続けて、乾いた笑い声も。

 

「……は、はは……。流石に、人間は食べないだろう?」

 

「食べるよ? たとえば……こんな時間に一人でこんな場所にいる、お兄さんみたいな人とかを……ね」

 

  がさ、と草が踏み鳴らされる音がした。

  男が、一歩あとずさった音。

 

「君は……いや、お前は……」

 

  怯え、震える声。ようやく気づいた。でも、もう遅い。

 

「ようかっ……!?」

 

  途切れた叫びの後に、どさ、という音が続いた。

 

「……刺されたことすら気づかない。そういう虫も、いろいろ居るんだ」

 

  草むらの中に、男の体が横たわっている。

  呆然と目を見開き、かたわらに立つ私を見上げて。

  私の操る小さな虫によって、さっきから静かに注入されていた毒が、その体の自由を奪っていた。

 

「や、やめろ……たす、助けてっ」

 

「あっはは、いいなあ、その情けない顔、その命乞い。

 無駄だけど、ね。

 さてと……」

 

  かすれ声を上げる惨めな姿を、ひとしきり笑ってやってから、その足を両脇に抱えて、ずるずると川のほうへ引っ張る。

 

「ん、しょ、っと……おっもいなぁ」

「な、なんだ!? 俺を、どうするんだ!」

「こうするんだ、よっ……と」

 

  ばしゃん。その足先、膝から下を、川の中に投げこむ。

 

「ひいっ!?」

 

「蛍の幼虫は、川の中で育つんだ。そして……さっき言ったでしょ? それは肉食で、人間も食べる……ってさ」

 

「……! い、いやだ……やめてくれ……!」

 

  なんてね。嘘だ。

  私たちの子供は、巻き貝しか食べない。一応、動物の死体でも沈めておけば、回り回ってその餌も増えるんだけど。直接は関係ない。

 

  でも。『蛍は人間を食べる』そんな噂が、人間の間に広まり、信じられるようになれば。

  妖怪の世界では、いつかそれは真実になる。

 

  それにやっぱり、人間を怯えさせるのは楽しい。

  普段は、その体の大きさにまかせて、虫を殺すことなんか気にも留めない連中。それがこんな風に、恐怖に顔をゆがめて……

 

 

  ん?

 

 

  見下ろした男の顔が、なにやらくっきりと明るい。

 

  ああ、月か。

  ついさっきまで隠れていた小(こ)望月(もちづき)が、山と雲の陰からその姿を現して、草むらに横たわる男の姿を照らしだしていた。

 

  いや、そうじゃない。問題は、明るさじゃなくて、その顔が。

  ぽかんと口を開けて。目を見開いて。

  なんだ、この表情。なんて言うんだろう。

  少なくとも、恐怖じゃない。

 

  男は、月に照らされた私の姿を、じっと見つめていた。

 

  私は、ぱっと見には、人間の少女に見える。そのはずだ。まあ、黒い外套にズボン姿は、少女らしくないと、よく言われるけど。

  でも、短い緑色の髪から飛び出している、二本の触角。それに気づけば、妖怪であることはすぐわかる。まして、現にその毒で自分の体を拘束している、恐ろしい化け物。だというのに。

  横たわる男の表情は、どう見ても、妖怪に怯える人間のそれじゃなかった。

 

「……なんなの、あんた。私の顔に、何かついてる?」

 

「いや……ただ……」

「ただ?」

 

「……綺麗だな、と思って……」

 

 

  ……はあ?

 

 

  耳の間を通過したその言葉に、頭の中が混乱する。言われた意味を理解するまで、数秒かかった。

 

  本当に、何を言ってるんだ、こいつ。

  今まさに自分を虫のエサにしようとしている、その相手に向かって。

 

  容姿を褒められて、悪い気はしないけど。でも、いま求めてるのは、賞賛なんかじゃない。恐怖、畏怖、絶望。その感情を、舐めすすり、味わいたいのに。

  それともなにか? 私はそんなに妖怪として貫禄が足りないか? ああ、不愉快だ。もうさっさと終わらせてしまおう。

 

  そう思った時。

 

  どくん、と、腹の中で、大きな衝動がふくれあがった。

 

 

 

  ……オスとメスの間には、合図がある。

 

  それは鳴き声だったり、匂いだったり。ダンスや、贈り物だったり。そして私たち蛍のように、光だったりするけど。

  手段はともかく、目的は、ぜんぶ同じだ。

 

  交尾を願う、合図。

  たいていは、オスがその信号を投げかけ、メスはそれを受け入れれば、そのための準備を始める。

  当たり前のこと、だけど。

 

  まさか、私が。こんな人間の囁きに。

  発情、するなんて。

 

 

 

  下腹部の奥が、熱い。

  オスの精子を受け止め、産卵にそなえて貯めておくための、受精嚢(のう)。激しい飢えにも似た衝動は、そこから湧きあがっている。それは、私の体が、この男の求婚に応じて、交尾の支度を整えたあかしに間違いなかった。

 

  ……まいったなあ。

  年(とし)経(へ)て、妖怪になって、知恵を得て。なんというかこう、人間以上の、上等な存在になった気でいたのに。

  根っこはこんなにも、単純な虫のままだなんて。

 

  というか、一体こいつのどこに、私の本能は魅力を感じたんだろうか。

  体格? 声? それとも顔? さっぱり、わからないけど。

 

  考えたって、仕方ない。子種を求めて、きゅんきゅんとお腹の中心で疼く、切なさ。こればっかりは、精子を受け入れなきゃ、おさまらない。

  だったら、手に入れるまでだ。

  目の前にいる、オスの体から。

 

 

「……ったく」

 

  ぼやきつつ、私は腰に手をやり、ズボンを脱ぎ捨てた。裸の下半身が、夜風と月の光に晒される。

 

「え!? な、何を……?」

 

「何って……交尾、したいんでしょ? いいよ、してあげる」

 

  目を白黒させる男の顔が、また光に照らされて、ふわっと明るくなった。

  月の黄色い光じゃない。私の放つ、緑色の光で。

 

  下腹部の中央、ちょうど受精嚢と卵巣があるあたりに、私の発光器はついている。その光で、オスに受け入れの合図をするために。

  それをこいつが理解するかどうかは知らない。いや、たぶん理解しないだろうけど。これもやっぱり、本能的なものだから。

 

「……こ、交尾、って……。いや、違う、そんなつもりじゃ……!」

 

  ……ほんと人間って、わけわかんないな。だったらなんで、綺麗だなんて言ったのさ。

 

  まあ、どうでもいいか。こいつにその気があろうとなかろうと、私をその気にさせた責任は取ってもらうだけだ。

  それにどうせ、こいつは今、自分の意思では動けない。つまり、私のほうから交尾してやらなきゃいけないってこと。面倒くさいけど、しょうがない。

 

  それにしても、久しぶりだな。

  まだ妖怪になりたての、普通の虫と変わらない大きさだった頃には、何度かオスと交尾をして、卵も産んだけど。体が大きくなってからは、つりあう相手がいなくなって、そのまますっかり忘れてしまった。そう思ってたのに。

  まさか今更、それも人間となんて、ね。

 

  そんなことを考えながら、私は男の帯をほどき、着物をはだけさせ、ずりおろした下着の中から、棒状のものを引っぱり出した。

 

「おい、やめろ! やめろって!」

 

  いちいち五月蝿(うるさ)い。

  手からはみ出すくらいの、先っぽに穴のあいた、肉の筒。なにやらモジャモジャ毛が生えてるけど、これが人間のオスの生殖器……のはずだ。

  でもこれ、ずいぶん柔らかい。殻も骨もなくて、ぐんにゃり垂れ下がっている。こんなので、ちゃんと交尾できるんだろうか。

 

  と、手の中でふにょふにょいじくりまわしていたら、その肉がびくんと跳ねた。どくんどくんと、脈打って、だんだん大きく、硬くなってくる。

  なるほど、こうなるのか。面白いしくみになってるなあ。

  それはどんどん膨れあがって、まっすぐ垂直に立ち上がり、……いや、ちょっと待って。

 

「……でっか」

 

  なにこれ。でかすぎない?

  私の腕くらいあるよ。こっちの体が、人間の子供くらいだから、仕方ないのか。

  ……入るかなあ? うーん、大丈夫だろう、たぶん。妖怪はそんなにヤワじゃない。

 

  私は足を広げ、男の腰の上へまたがった。右手の指で、股の間にある交接器を、左右に大きく開く。左手で陰茎を支え、あらわになった膣口へと押し当てた。そのまま軽く前後に動かして、分泌された潤滑液をぬるぬる塗りつける。

 

「やっ…やめて、くれっ……! 俺は、そんな、ことっ……」

 

「そんなも、こんなも、ありゃしないでしょ。お前はオスで、私はメス。それ以外に、何があるの?」

 

  なるべく腹から力を抜き、体重をかけながら、腰を左右にねじるようにして、先端を中へ押しこんでいく。さすがにちょっとキツいけど、微妙に柔らかいから、なんとかいけそう。

  少し膨らんで張り出した部分に、入り口がじわじわ押し広げられ、やがて、ずぶり、と膣内に入った。

 

「っ……ん、ふぅ……」

 

  詰めていた息を軽く吐く。ここまで入れば、後は簡単。まっすぐ腰を落とし、飲みこんでいくだけ。太い肉の棒が、ずぶずぶと、私の中を進んで、ほどなく一番奥、受精嚢の入り口まで届く。こつんとそこを突付かれて、ちょっと切なさが和らいだ。

  それにしても、やっぱり大きい。お腹がぽっこり膨らんで、手で撫でれば外側からでも、その硬さがよくわかる。案の定、全部は入りきらなくて、根元が少しあまってるし。

 

「うぐ……くっ、そ……」

 

  また、男の呻き声。眉根を寄せて、息を荒げ、歯噛みをしながら、こっちを見上げて。

  今度はなんだろう、この表情は。悔しい? 情けない? 羞恥か、無力感。そんなとこだろうか。

 

  確かに、普通はオスのほうからメスに迫って、交尾をさせてもらうもの。

  こんな風にメスにのしかかられて、一方的に子種を採られるなんて、屈辱的なのかもしれないな。

  恐怖とは、違うけど。これはこれで、なかなか心が満たされる。

 

  それはともかく。

  交接はうまくいった。後は精液さえ出してもらえば、交尾は成る。私は動きを止め、それが注がれ始めるのを待つ。

 

  待つ。

 

  さらに待つ。

 

  ……うーん?

 

「ちょっと、何やってんの? 早く精液、出してよ」

 

「だっ……誰がっ……。お前みたいな、子供、いや、妖怪なんかにっ……!」

 

  こいつ……。貴重な子種を、私なんかに使いたくないってか?

  でも、変だな。結合までしてるのに、射精が始まらないなんて。我慢できるようなものじゃないはずなんだけど。

 

  何か、刺激が足りないのかな?

  だけど、人間の場合、どうすればいいのやら。聞いても素直に答えやしないだろうし。

  ええい、とにかく刺激だ。刺激すれば、なんとかなるはず。

 

  少しだけ、腰を浮かせる。

  膣内にぴったり収まっていた陰茎が、その分だけ抜け出して、肉と肉がずるりとこすれ合う。

 

「うっ! ま、待て……!」

 

  反応した、反応した。陰茎も私の中でびくびく震えてる。どうやらこれでいいみたい。

  上げた腰を、また下へ。奥まで入れたら、また上へ。上下に腰を動かすごとに、男は息を荒げて、うめき声を上げる。なんだか楽しくなってきたけど、まだ精液は出てこない。もっと激しくしたほうがいいのかな。

 

  そういえば、と手を下へ、後ろのほうへ伸ばす。

  さっき陰茎を引っぱり出したとき、その付け根についてた、袋みたいなもの。それを手探りで見つけだし、軽く握りしめる。

 

「!!」

 

  男がひときわ大きく目を見開いて、歯を食いしばった。

 

「ねえ、これなあに?」

 

  中に何か丸いものが、二つほど入ってる感触がする。それを手の中で転がしてやると、男の喉と陰茎が、痙攣するようにひくひく動く。

 

「そっ……れは……っ」

「もしかして、ここに入ってるのかな? 精子が」

「っ……!」

 

  当たりか。陰茎の根元にくっついてるから、そうだと思ったけど。

 

「我慢してないで、早く出しちゃいなよ。ほら、ほら」

 

  ちょっと手に力をこめて、こりこりした塊を握りしめてやる。でも、結構硬いな、これ。もっと柔らかいものだったら、絞れば出てきそうなのに。

 

「ひぎっ……やめっ……!」

 

  引きつった悲鳴を上げた男の腰が、少し跳ねる。陰茎が私の膣をずりずりこすって、待ちくたびれた受精嚢の入り口を突く。

  膨らんだ輸精管を震わせながら、それでもまだ、こいつは子種を出し渋る。面倒くさい生き物だなあ、人間って。このさい本当に、片方つぶしてでも────

 

「んっ……?」

 

  ぞわり。

 

  小さな何かが、私の神経を震わせた。

 

  なんだ? 今の。

  私の体内。膣の中、男の陰茎とこすれあっている、その部分で。

  何かが弾けて、火花が散った。

 

「……?」

 

  腰を動かす。また、肉がこすれる。

  ぞわぞわ。

  こすれたところが、熱くしびれる。

 

  なんだ、これ。

  寒気(さむけ)にも似た、経験したことのない、震え。なんだこれ。気持ち悪い。なんだこれ。

 

  ぞわ、ぞわ、ぞく、ぞく。

 

  腰を上下に動かすたびに、陰茎が体内を行き来するたびに、妖しい波が、肌の上を、体の芯を走りぬける。

 

「んっ、ふ……ぅ」

 

  呼吸と、思考が乱れる。おかしい。何かおかしい。

  まさか、毒でもくらった? いや、人間にそんなもの、ないはず。それに、体は普通に動く。痛みや、苦しさもない。じゃあ、なんだ。いったいなんなんだ、これは。

 

  男の体が、ふわりと緑に染まった。

  私の発光器が、光っている。交尾中には、光らせないものなのに。

  意思とは、関係なく。この得体の知れないさざ波に、呼び起こされたみたいに。

 

「あ、あ……はぁ、んっ……」

 

  陰茎が、私の膣を押し広げて、体の奥を突くたびに、燃える炎の波が、腰の中へ、頭の中へ、行ったり来たりする。

  何?

  これは何?

  わからない。こんなもの、知らない。気持ち悪い。初めて味わう感覚。気持ち悪い。わからない。気持ち悪い。きもちわるい。きもち、が────

 

  腰を前後左右にひねると、私の中で肉の筒が踊る。ぞくぞくが、ぼうっとした雲に変わって、頭の芯が、ぐらぐら揺れる。

  ああ、もう、早く出せ。さっさと精子を出して。もういい、こんなの。終わって。早く。早く、早く……。

 

  ……もっと速く、動かなきゃ。

 

 

 

  草むらの中に、水音が響く。

  さらさらと流れる、川の音じゃない。ずぶずぶ、ぐちゃぐちゃと、泥沼を踏むような音。

  太股に汁が垂れている。私の分泌した、粘液。信じられない量が、押し出されて、膣口からあふれて、陰茎を濡らして、男の腹の上に水たまりを作ってる。

 

「あっ、はっ、あんっ、ぅん……っは、んっ、んくっ……」

 

  水音に合わせて、声が響く。激しく腰を動かす、私の声が。

  私の声? 嘘だ。こんな声、出してない。出したことない。出そうとなんてしてない、のに。喉から、勝手に、声が出る。

  その声の上に、別の声が重なる。

 

「ぐっ、うっ……はっ、ああ……」

 

  私の下で横たわる、男の声。私の動きに合わせて上がる、うめき声が。

  もしかして、彼も、私と同じ、この感覚を、味わってるのか。

  そんなこと、あるのだろうか。わからない、人間のことなんて。わかんない、もう、何も。

 

「っあ……はぁっ、んっ、ふぅ……んんんっ……」

 

  すべての感覚が、下腹部に集中する。体内を満たす彼の肉が、さっきより大きい。違う、私が締めつけてるんだ。膣をぴくぴく震わせて、きゅうきゅう収縮させて。精液を搾り取ろうとしてる、そんな感じ。

 

  膣壁がごりごりこすられる。陰茎の先端についてる、肉の段差で。ぎっちり張りついた粘膜が、ほじられ、引っぱられて、お腹の中身が出てしまいそう。膣の外側、めくれあがった交接器が、餌を食(は)むように陰茎にまとわりつき、そこからも痺れがじんじん広がる。

 

  ちかちかと、私のお腹が光る。彼の肉棒が、私の中をかきまわすたびに。緑の光が、彼の体を、その表情を、照らしだす。

  視線が合う。苦しそうな顔。でも、それだけじゃない。

  さっき、月の光が差したとき。私を見上げたときの、あの表情で。

 

  見とれてる?

  私の、顔に? なんで?

  いま、わたし、いったい、どんなかお、して、るの。

 

「うっ……ぐあっ!!」

 

  彼が、吼えた。

  直後、私の腰が、何かにつかまれる。

  彼の両手。麻痺させていた、はずなのに。

 

「……っ、へぇ……っ、まだ、そっ……んな、ちから、残ってたんだ……っあ!?」

 

  ずん、と下から、衝撃が来た。彼の腰が小さく跳ねて、その上にそそり立つ陰茎で、私の体を浮かせる。

 

  体が上下に揺すられる。熱い汗に濡れた彼の手が、私の腰を振り動かしている。その手の動きに呼吸を合わせ、私も自分で腰を振る。

  私の体も、熱く燃えている。全身から汗が吹き出して、彼の肌と触れ合う部分で、二人の汗がぬるぬる溶けあう。着たままだったシャツがぐっしょり濡れて、上半身にぴったり張りついている。触れる夜風の涼しさを、さらに消し飛ばすように、体の奥から熱が湧いてくる。

 

「あ、んっ……ふっ、う、くぅん……」

 

  彼の陰茎で満たされ、突き上げられた腹に押されて、空気が胸から喉を通り、そんな鼻にかかった吐息が漏れる。

  知らなかった。自分の口から、こんな声が出るなんて。

  その声が、鼻の奥からまた脳を揺らして、ねっとりとした熱い波が、余計に振幅を増す。

 

  膣の壁が、お腹の中が、どろどろに融けているような気がする。自分の体を作り変えるため、サナギになった、あの時みたいに。そのどろどろの中を、熱くて硬い棒が、ぐちゃぐちゃかき混ぜている。私をまた何か別なものに、作り変えようとするかのように。

 

  ああ、頭がふわふわする。ていうか、何してるんだっけ。交尾。そう、交尾してた、はずなのに。これ、交尾? 知らない、こんなの。わからない。交尾なら、精液が、出れば、それで、終わり、だから。せーえき、ちょうだい、はやく……。

 

「はあっ、うっ……くっ!!」

 

  彼の息が止まる。陰茎が強く深く、私の膣をこすりあげ、今度は本当に、膨れあがる。

  ぎちぎちに引き伸ばされた私の膣を、突き破りそうな力で押し広げて、輸精管を、何かが昇ってくる。彼の奥から、私の中へ。出てくる。入ってくる。ようやく、アレが……きた。

 

  どぷ、と、重く熱い津波が、私の中を叩いた。

 

「っあ、は、あぁ────ぁ……っ、んンっ……」

 

  その津波に押され、かすれた声と共に、細く、長く、腹の底から息を吐く。

  どろどろとした粘液に包まれた、彼の精子のかたまりが、私の膣の最奥に吐き出される。そのほとばしりを合図に、受精嚢が大きく口を開け、陰茎の先端、輸精管の開口部へしゃぶりつく。

  ごく、ごくと、精液を飲み干す音がする。それに合わせて私のお腹が光り、膣が陰茎をしめつける。

 

  彼は、私の腰を必死につかんで、精いっぱい腰を突き上げて、どくんどくんと、精液を搾りだしている。それを片端から吸い取り、ずっしりと膨れていく私の腹を、破裂させでもしようかという勢いで、歯をくいしばり、強く、激しく。

 

  その、一生懸命な表情を、とろけた視界の中で見下ろして、私は。

 

  ああ、綺麗だな、と。

  心から、そう思った。

 

  月の光に照らされた、歪んで汗まみれの顔。息を止め、眉間にしわを寄せながらも、まっすぐに私を見上げる瞳。

  またたく命の明かりに誘われて、どこまでも生きようとする姿は、美しい。たとえそれが、無駄な行為だとしても。

 

 

  見入っているうちに、輸精管の脈動と、精液の送出が止まる。

  ずいぶんと、短い時間。あれっと思うほど。これが人間の交尾、なのか。

  でも、ちょっとホッとした。こんな勢いで注がれ続けたら、本当に破裂してしまう。精子の量は、もう十分だ。

 

  ずるりと、私の腰をつかんでいた手が離れ、力を失った体と一緒に、湿った草の上に落ちる。

  彼は目を閉じ、大きく息を吸って、吐き、また開く。

  再び、視線が合う。少し苦しそうな、呆けているような、どこか観念した、落ちついた顔。

 

  吐き出された精液を、ゆるゆると吸い取っていた私の受精嚢も、ほどなく満足げに動きを止めた。あの逆らいがたい衝動も、切なさも、同時に蒸発し、霧散していく。

 

  だけど。

  それとは違う、疼きが。

  膣の中に残った、この奇妙な熱が。

  いま一度、わずかに私の腰を動かし、えぐるように粘膜をこすりたてた陰茎を、ぴくぴく締めつけて、ぞわぞわと這い上がった波が、神経系の根元を柔らかく揺らす。また、お腹が勝手に光る。

 

「はぁ……ふぅ……」

 

  呼吸が、まだ荒い。頭の奥に、ぼんやりとした霧がかかって、その向こうに、何かある、ような。まだ、この先に、何かが────

 

  ああ、気持ち■い。

  もうやめよう。ともあれ、胎(はら)は満たされた。この交尾は、これで終わりだ。

 

「……お疲れ様。じゃ、さよなら」

 

  私の言葉に応じて、彼の首筋に、大きな毒虫が張りつく。

  胸と肩を激しく上下させ、かすれた息を吐きながらも、その表情は、なお変わらない。ただじっと私の顔を見つめたまま。

 

  最後くらい、もっと怖がってよね。まったく。

 

  ぱちりと指を鳴らすと、突き刺さった針に彼の体がびくんと反りかえり、もう一度だけ私の中を深く突き上げたけれど、すぐにその力も抜けて、ゆっくり閉じられた瞼と共に、再び動くことはなかった。

 

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 

「……ここで倒れてたの。覚えてない?」

 

  何日か後。

  穏やかな風が緑を揺らす川べりの木の上で、昼寝をしていた私の耳に、そんな声が届いた。

  若い女の声だった。

 

  首をひねって、木の枝の隙間から、声のした方をうかがう。

  少し離れた岸辺の草むらに、たたずむ人影が二つ。人間の、男と女。

  女のほうは、知らない。男は……あの夜の、あいつだ。

 

「ああ……わからない」

「本当に、何も覚えてないの? この数年間のこと……私の、ことも……」

 

  男の肩に顔をすり寄せるように言う。

  抱きつかれた男はうつろな目で、ゆるやかに流れる水面(みなも)を見つめている。

 

「……ごめん。ただ……」

「ただ……?」

「なんだか……ここに、来なきゃいけない気がして……」

「駄目!」

 

  だらんと垂らされた男の両腕を掴んで、無理やり自分のほうへ向けさせ、声を荒げる。

 

「病み上がりなんだし、大人しくしてなきゃ!

 もう帰りましょう!

 こんなところ、二度と近寄っちゃ駄目なんだからね!」

 

「ああ……」

 

  ぼんやりと言葉を返す男の手を引いて、女は人里へと去っていく。

  男は一度、川のほうを振りかえったけど、その背中も、やがて道の向こうに消えた。

 

 

 

  夏の川べりは、また静寂の森に戻った。

  遠くのほうで、妖精か誰かが遊んでいる声だけが、葉草の揺れる音と一緒に、風に流れてくる。

 

「ちょっと毒が多すぎた、ね」

 

  誰に聞かせるでもない言葉を風の中に捨て、私は太い枝の上で、仰向けに寝転がる。

  緑の梢の隙間を抜けてくる、日の光がうざったくて、さらに目を閉じ、ほの暖かい暗がりの中へと沈む。

 

  ふと、下腹部に手を当ててみる。発光器の下、受精嚢の中に、あの人間のオスの精子が、今もまだ生きているのを感じる。

  卵を作っても、育ちはしないだろうけど。

 

  意味のない、無駄な行為。それもお互い様、か。

  でも。

 

  目を閉じたまま、ズボンの中に手を入れる。

  脚の付け根、交接器を左右に開き、膣の中へ、ゆっくり指をさしこむ。

 

  あのとき感じた、あれは、なんだったのか。

  ふわふわと、ぞくぞくと、神経が震えるような、妖しい波。

 

  あの太くて大きな、雄の生殖器。

  その形と感触が、頭に、腹の中に、よみがえる。

  私の腰をつかんでいた手の熱さと、膣の奥を突き上げる、あの動きも。

 

  いつのまにか分泌されていた粘液を、指でかきまわす。

  ただ精子を受け止め、飲みこみ、卵を吐き出すためだけの場所に、何かがちりりと燃えた。

 

「んっ……」

 

  そう、この感じ。でも、あれはもっと強くて、深くて、何度も。

 

  ちり、ちり、ちり。

  中をこする指の動きに合わせて、小さな炎がひらひらと踊ったけど、どうしてもそれ以上は大きくならず、ややあって、もどかしさを抱(いだ)いたまま、自分の体内から指を引き抜く。

 

  そっと目を開き、手を顔の前にかざすと、それがきらきらと粘液に濡れ光っているのが見えた。

 

「……まあ、いいか」

 

  長く生きていれば、たまにそういうことはある。得体の知れない、奇妙な出来事。それこそ、妖怪みたいなものだ。

  指先を軽く葉っぱで拭って、両腕を枕に、再び目を閉じる。

 

  まぶたの裏に、誰かの顔が映った。

 

  あの夜、私の下で呻いていた、あの男の。

  そしてもう一人、さっき去っていった、あの女の。

 

  男の腕をしっかり抱えて、水面を睨みつけていた、その険しい表情を思い出す。

 

 

────コノオスハ、ワタシノモノダ────

────オマエナンカニ、ワタサナイ────

 

 

  そういう目をしていた。

  それもまた、美しかったと思う。

 

「あーあ。いっそ、本当に沈めとけば良かったかなあ……」

 

  けど、やたらと里人を殺すと、あのスキマ妖怪が五月蝿いし。ああまったく、面倒くさい。

 

  はあ、と溜息をひとつ、吐き出して、私は意識を閉じ、昼寝を再開する。

  いずれ訪れる、深い夜。闇に包まれた、私の時間に備えて。

  その中で、私も精いっぱい美しく輝くために。

 

  じわじわと蝉の声が、夏の空に広がり始めていた。

 



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。