※この作品はR-18です。

孤独の吸血姫   作:凰太郎

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醒める夢 Chapter.2

 

【挿絵表示】

 

 カリナの疲労はピークに達していた。肉体的に……ではない。精神的消耗だ。

 そもそも〈吸血鬼〉は〝死人(しびと)返(がえ)り〟であると同時に〝幽鬼(ゆうき)〟の類(たぐい)でもある。スタミナによる束縛など無いに等しい。

 されど〝心(・)〟は、そうではない。

「何処だ……何処に行ったんだ……レマリア」

 回廊(かいろう)の石段へと腰掛け、呟(つぶや)き耽(ふけ)る。

 まるで不安定で脆(もろ)い印象であった。普段の孤高は見る影も無い。

 現在(いま)の彼女は、単に無力な少女に過ぎない。

 

 

 そもそも悲劇の発端(ほったん)は、カリナが自室を離れていた事に遡(さかのぼ)る──即(すなわ)ち、ジル・ド・レ率いる防衛部隊が出陣した直後だ。

 興(きょう)の臭いを嗅ぎとった黒の吸血姫(きゅうけつき)は、好奇心のままに城外へと飛び立った。城壁の天辺(てっぺん)で足組ながらに腰掛けると、冷ややかに眼下(がんか)を眺(なが)める。喧噪(けんそう)けたたましい下界(げかい)には、既(すで)に苛烈(かれつ)な戦いが展開していた。不毛な潰(つぶ)し合いは、単に柘榴(ザクロ)の肴(さかな)でしかない。

「まるで蟻(アリ)の縄張り争いだな」

 高見(たかみ)に観察する黒集(くろだか)りは、カリナの目にそう映った。

 頻(しき)りに散る赤花(あかばな)だけは華々しいが……。

「さてと、御手並みを拝見させてもらうか」

 吸血貴族(ヴァンパイア・ロード)達(たち)の迷走を期待し、攻撃的にほくそ笑む。

 戦況などは、どうでもいい。ただの退屈凌(しの)ぎだ。

「片や選民意識に溺れた死体、片や自我損失に動かされる死体──どちらにせよ、殺し会うのは〝死(・)体(・)〟同士だ。そして、生き残るのも〝死体(・・)〟……滑稽(こっけい)だよ」

 嘲(あざけ)りに満ちた達観(たっかん)を漏(も)らす。

 別段〈不死十字軍(ノスフェラン・クロイツ)〉へと加勢する気など無い。どのみち、自分は招かれざるべき部外者だ。

 と、尾を靡(なび)かせながら飛来する幾条(いくじょう)もの紅蓮(ぐれん)!

 火矢(ひや)だ!

 敵陣後方からの遠距離攻撃である!

 次々と射(い)られる炎の加勢!

 それさえも、カリナは冷静な分析で片付けた。

「デッドと違い、ゾンビには道具を使う応用性がある。それを課(か)す指示者がいれば……な」

 仮(かり)に吸血鬼の城が陥落(かんらく)しようと、無頼者(ぶらいもの)の自分には影響など無い。

 堅固な石壁に阻(はば)まれ、火矢(ひや)が落ちていく。

 奇跡的な流(なが)れ弾(だま)が、カリナへと目掛けて飛んできた。

 しかし、彼女は微動だにしない。微(かす)かに顔だけをずらして避(よ)ける。脆弱(ぜいじゃく)な炎がチリッと頬の横を過ぎた。

「投石機でも据えれば良かろうよ」

 数本は窓から城内へと飛び込んでいたが、だからといって戦局を覆(くつがえ)す事などあろうはずもない──そう高(たか)を括(くく)っていた。

 直後、城内からの炎上!

 勢(いきお)いに息吹(いぶ)いた炎が、窓から雄叫(おたけ)びを上げた!

「何っ?」

 予測外の事態である!

 悪運強く部屋へと辿り着いた火矢(ひや)が、可燃性の内装へ引火したに違いない!

 瞬時に脳裏を過(よ)ぎったのは、何よりも優先されるべき保護対象──レマリアの存在!

「マズい!」

 判断も束(つか)の間(ま)、無数の炎が降り注(そそ)ぐ!

 敵は休む間(ま)すらなく放ち続けた!

 次々と容赦無く撃ち込まれる灼熱の流星群!

「チィ、確実に城窓狙いか……有効策と判断したな!」

 種火(たねび)と種火(たねび)が互(たが)いに助長(じょちょう)し、巨大な轟炎(ごうえん)へと化(ば)ける!

 外敵を堅固に退(しりぞ)け続けるロンドン塔は、しかし内部から蝕(むしば)まれていた!

 一際大きい爆発!

 城郭(じょうかく)の一部が吹き飛ぶほどの威力であった!

「クッ! 火薬庫でも誘爆したか!」

 それが何処に在るかなど知らない。知ろうとする気さえ起きない。どうでもいい情報だ。

 肝心なのは、その炎害(えんがい)が我(・)が(・)子(・)へと及(およ)ぶ危険性!

 城塔の一角から、爆音を帯びた巨炎(きょえん)が生まれ弾(はじ)けた!

 頑強な石壁が内側から瓦解する!

 それは、カリナの恐れる箇所──即(すなわ)ち、自室の近くだ!

「レマリアァァァアア!」

 噴(ふ)き昇る熱風を孕(はら)み、黒い外套(マント)が魔翼(まよく)と膨(ふく)れる!

 それを滑空(かっくう)の術(すべ)と転じ、カリナは城壁から飛び降りた!

「いま行くぞ! レマリアァァァアア!」

 渾身(こんしん)の叫びに大きく旋回(せんかい)すると、防壁を貫(つらぬ)いた穴から内部へと潜(くぐ)り入(い)る!

 到達した先は、まるで爆撃跡のように崩壊していた。状況把握に左右を見渡すも、焦臭(こげくさ)い粉塵(ふんじん)が見通しの邪魔をする。普段ならば霊気漂う陰湿な通路は、破壊の痕(あと)によって荒々しく賑(にぎ)わっていた。中には通路幅の大半を占拠する瓦礫(がれき)も有り、爆発被害の深刻さを物語っている。

「クソッ! 無事でいてくれよ、レマリア!」

 武骨な進路障害を物ともせず、カリナは駆け抜けた。ひたすらに目指すは自室──それ以外に関心は無い。

 もはや戦(いくさ)の顛末(てんまつ)など、どうでもいい!

 吸血鬼だろうとゾンビだろうと、好きに死に残れ(・・・・)!

 

 

 件(くだん)の爆発は、やはり自室付近にも被害をもたらしていた。

 半壊した部屋の扉が視野に入ると、カリナの疾走が拍車を増す。

「レマリア!」

 室内へと飛び入ると同時に叫ぶ!

 瞬間、愕然(がくぜん)と立ち尽くした。

 あまりの惨状である。

 チロチロと目障(めざわ)りな息吹(いぶき)。可燃性の餌(エサ)に爆炎の子供が貪(むさぼ)りついていた。崩れ倒れた石壁が、全てを重圧に潰(つぶ)す。意匠に凝った家具類も見事に粉砕し、いまや木材の屑(くず)でしかなかった。

 視界が悪い。濛々(もうもう)とした煙が滞(とどこお)っているせいだ。

「レマリア! サリー! 何処だ!」

「ぅぅ……」

 虫の息を気配に感じた!

「サリーか?」

 血の匂いを頼りに捜索すると、老婆は大きな瓦礫の下に埋もれていた。

 鎮座する障害物を片腕払いに退(しりぞ)ける!

 華奢(きゃしゃ)な腕とはいえ〈吸血鬼〉の腕力は超人的だ。

「ぅぅ……ぁぁ……カリナ様?」

 引(ひ)き摺(ず)り出されたサリーが、霞(かす)む意識に主(あるじ)を認識した。

 見るも痛々しい無惨さだ。右腕は引き千切(ちぎ)れ、両足も膝下(ひざした)から潰(つぶ)されている。

「サリー、しっかりしろ!」

「ぅ……」

「レマリアは……レマリアは、どうした!」

「ぅ……ぁ……」

 どうやら言葉を紡(つむ)ぐ事も儘(まま)ならない様子だ。いや、そもそもカリナの訊(と)い掛(か)けすら、耳に届いてないのであろう。それほどの重傷だった。

 これ以上は酷(こく)と悟(さと)り、カリナは質問を中断する。

 それよりも、現状で優先すべきはサリーの救命処置だ。

「待っていろよ、いますぐ屍棺安置室(しかんあんちしつ)まで運んでやる」

 肩を貸して担(かつ)ぐと、彼女は荷重(かじゅう)を負(お)って歩き始めた。

 この重みは、そのまま命の重さだ。

 数少(かずすく)なくも心許(こころゆる)した存在だ。

 失いたくはない──否(いな)、失ってはならない。

 

 

 現ロンドン塔の地下には、幾つかの増築施設が在る。

 全て〈吸血鬼〉の必要性によって要求されたものだ。

 それは糧(かて)を貯蔵する〈血液貯蔵庫(けつえきちょぞうこ)〉であり、或(ある)いは血液搾取用人間を捕(と)らえた牢獄であった。

 此処〈屍棺安置室(しかんあんちしつ)〉も、そうした一環(いっかん)となる。過剰ダメージを負った〈吸血鬼〉が、再生休眠を試(こころ)みる場所だ。言うなれば、彼等の〝集中治療室〟というところか。

 石造りの部屋は陰気な冷涼が支配していた。光源と照らすのは、古ぼけた蛍光灯。そのせいか、弱々しくも薄暗く浮かび上がる。色濃く充満する鉄分臭は、言うまでもなく血の匂い。床一面を埋め尽くす無数の棺桶(かんおけ)は、規律然とした列構成で安置されていた。奥行きに連れて暗くなるため、部屋の端(はし)を見通す事は難しい。

 戸口の脇へと据えられた樫卓(かしたく)には、青年吸血鬼の姿が在った。見た目にも明らかなティーンエイジャーである。外見に限っては。

 彼──〝マーティン・エドワード〟は、此処の管理番であった。

 青年吸血鬼は文庫本の黙読へと耽入(ふけい)り続ける。それだけ暇(ひま)な部署という事だ。彼にしてみれば、日課として課(か)せられた時間の浪費でしかない。

「無理解の果てに蓄積していく社会的阻害感と、それが暴発した激情か──宛(さなが)ら〝ムルソー〟の孤独は、僕達〈吸血鬼〉が内包する心情と似通い過ぎているな」

 小説の主人公へと感情移入を漏(も)らす。

「もっとも、僕達は死後転生する事で柵(しがらみ)から解放されたけど……果たして、それは幸(さいわ)いだったのか不幸だったのか」

 皮肉な顛末(てんまつ)を自嘲(じちょう)に乗せた。

「人身堕落(じんしんだらく)と引き替えに得た物は、永劫に死ねない無限地獄だ。如何(いか)に辛(つら)い現実が在ろうとも、直視して生き続けなければならない。或(ある)いは、それこそが摂理(せつり)に反(はん)した者への神罰(しんばつ)かもしれないな……」

 直後、けたたましく叩かれる樫戸(かしど)。

 ささやかな楽しみを阻害(そがい)され、彼は溜(た)め息(いき)混じりに『異邦人』を閉じた。

 物臭(ものぐさ)に扉を開ける。

 と、青年は思わず息を呑(の)んで見惚(みと)れた。

 戸外(とがい)に立っていたのは、黒(くろ)外套(マント)の少女。艶(あで)やかな赤髪のツインテールがキュートであった。しかしながら、未成熟さが残る顔立ちには凛然とした気高さが共存している。

 彼女が肩を貸しているのは、肉塊(にくかい)寸前(すんぜん)の老婆──血塗(ちまみ)れで、四肢(しし)の損傷も激しい。右腕が千切(ちぎ)れていたが、それは少女が持っていた。

 ツインテールの少女は、鋭い口調で簡潔に言い放つ。

「スコットランド、グラスコー地域だ!」

「何だって?」

「床土(とこつち)だ! 早く用意しろ!」

 器量の足りない管理番に、カリナは切迫を叫んだ!

 気圧(けお)されたマーティンが、たじろぎつつも応対する。

「ああ……いや、用意するまでもなく有るよ。此処には在城吸血鬼の床土(とこつち)を敷(し)いた棺桶が、常時保管されているからね。幹部吸血鬼たちは、各自の部屋に個人所有しているけれど」

「能書きはいい! 何処だ!」

「中央の列、奥から六番目……」

 聞くが早いか、カリナは連続した跳躍に突き進む。他の棺は踏切扱いだ。

「コレか!」

 目的の棺を手早く見つけると、まどろっこしさに蓋(ふた)を蹴り跳ねた!

 老婆と右腕を棺内へと納め、次の手順を語気荒く指示する。

「血だ! 再生用の血液を注げ!」

「そんなに焦(あせ)らなくとも、すぐに出来るよ。血のバケツで運ぶわけじゃないんだから」

 マーティンは壁に通る金属管へと向かった。その脇にフックしてある大口径のホースを取ると、老婆の棺へと凭(もた)れ差す。再び管まで戻ると、据えてあるバルブを捻(ひね)った。

 ホース先端から流れ出る毒々しい赤。同時に、鮮度高い鉄分臭が室内へと充満し始める。

「この供給管は貯蔵血液庫に直結してるからね。即時対応可能なのさ」

 カリナは無視に徹(てっ)していた。深刻な面持(おもも)ちで見つめるのは、なみなみと注(そそ)がれる貯蔵血液。

「サリー、暫(しばら)く我慢しろよ。直(じき)に傷も痛みも癒(い)える」

 慈しむ鼓舞を残して、彼女は棺の蓋(ふた)を閉めた。

 踵(きびす)を返す黒姫(くろひめ)をマーティンが後追いする。

「ねえ、キミ?」

「なんだ」

 振り返りもせずに無愛想を返した。

 突(つ)っ慳貪(けんどん)な態度にも心折れず、青年吸血鬼は続ける。

「本気で言ってるのなら申し訳ないけれど、彼女は相当な深手だ。だから、その……再生する可能性は低い。気休めでしかないよ」

「知っている」

「知っているだって?」

「そもそも〈吸血鬼〉という身に於(お)いても、サリーの魔力底値は低い。況(ま)してや老体では厳しいダメージだ。確率は五分以下だろうよ」

「それが判っていて、何であんな?」

 立ち止まったカリナは、苛立(いらだ)ちに睨み返した。

「キサマなら言えるのかよ──救かる見込みは低い……などと!」

 胸ぐらを掴んで激情を吼(ほ)える。

「そうか……キミも〝ムルソー〟なんだね」

「何?」

「クールな仮面を装っても、本当は人一倍強い激情家なんだ……だから苦しむ。人知れずね」

「……戯言(ざれごと)を!」

 怒気を削(そ)がれ、畏(おそ)れ知らずの若者を解放した。

 持て余す憤(いきどお)りに唇を噛む。

 しかし、気持ちを切り替えねばなるまい。現状は最優先すべき問題があるのだから。

 歩(あゆみ)を再開したカリナは、憮然(ぶぜん)とした態度で命じる。

「いいか、死なせるなよ」

「無茶ぶりだなあ。ま、やれる事はやってみるよ」

 管理番は困惑気味に軽い苦笑を返した。

 

 

 頼りない管理番に事を任せると、すぐさまカリナは自室へと駆け戻った。

「レマリア! 返事をしろ! 無事なんだろう! レマリア!」

 四方に我が子の無事を求めるも、返事は無い。

「レマリア! 声を出すんだ! レマリアーーーー!」

 やはり返事は疎(おろ)か、生命(いのち)の気配すらも感じない。

 だが、それは心のどこかで予感していた事ではあった。

「いない……この部屋には」

 では、何処に?

「死んでなどいない……死んでなどいるものかよ!」

 そう、必ず何処かにいるはずなのだ。

 城内の何処かに……。

 何よりも〝血(・)〟の匂いがしないではないか。

「きっと一人で避難したのさ。日頃から危険の回避方法は教えてあるからな。そうだ──そうとも」

 それだけを頑(かたく)なに信じ、カリナは魔城を汲まなく捜し続けた。

 

 

「何処にいる……レマリア」

 回廊の石段へと腰掛けると、力無い声が掠(かす)れ漏(も)れる。

 捜索の甲斐(かい)は無かった。

 心の拠(よりどころ)を見失った現在(いま)の彼女は、単に脆(もろ)い少女に過ぎない。

 困憊(こんぱい)状態にあって、カリナは喪失感を抱きしめていた。

 初めて体験する〝心細さ〟と共に……。

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