※この作品はR-18です。

孤独の吸血姫   作:凰太郎

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醒める夢 Chapter.3

 

【挿絵表示】

 

 どれほどの街並(まちなみ)を見たかは覚えていない。

 如何(いか)ほどの廃墟(はいきょ)に出会(でくわ)したかも覚えてはいない。

 ただ、事実を情報へと更新すべく、紅(あか)い蝙蝠(こうもり)は飛び続けていた。

「この有(あ)り様(さま)では、一八〇体では利(き)かぬやも知れぬな」

 屍軍(しぐん)の未(いま)だ見えぬ実態を懸念(けねん)する。

 A区画──B区画──C区画────行く先々は、悉(ことごと)く虐殺(ぎゃくさつ)の跡地(あとち)であった。

 そして、D区画。メアリーにとっても、特別な感情移入が生(しょう)じた居住区画である。即(すなわ)ち、リック親子が住まう街だ。

「やはり、此処も……」

 降り立つと本来の姿に戻り、メアリー一世は周囲を展望する。

 同じであった。

 建物や壁は暴力に崩れ、夥(おびただ)しい血痕(けっこん)が悲痛な嘆(なげ)きと断末魔の恐怖を彩(いろど)る。

「宛(さなが)ら内乱か暴動の痕(あと)だな」

 死体は無い……一体も。

 在るはずがなかった。

 それこそが敵の欲した〝素材〟であり、襲撃目的なのだから。

「この分では、あの親子も……」

 自然と足取りは、例のボロアパートへと向いていた。

 辿り着いた懐かしい掃(は)き溜(だ)まりは、やはり廃墟然(はいきょぜん)と化けている。

 軋む音に割れ朽ちた扉を開くと、安っぽいロビーへ足を踏み入れる。

 静寂──荒涼とした霊気が、建物内部を蹂躙(じゅうりん)していた。

「耳障(みみざわ)りで下世話(げせわ)な喧噪(けんそう)に感じたが、現在(いま)となっては微笑(ほほえ)ましい生活臭(せいかつしゅう)であったな」

 階段を登り、馴染(なじ)みの部屋へと向かった。親子の無事な姿を切望(せつぼう)しつつ……。

 だが、奥に見えた戸口(とぐち)にゾッと観念(かんねん)を抱(いだ)く。辛(かろ)うじて扉と機能しているものの、やはり襲撃の痕(あと)が刻まれていた。

 重い気持ちに立ち入る。

 少年の姿は無い。

 床に割れ落ちたランタンに面影を思い起こし、そっと卓上へと拾い置いた。

「……不憫な」

 幼き身に苦労を課(か)せられながらも、明るく乗り越えていた健気(けなげ)な生命力を偲(しの)ぶ。

「こほっこほっ」

「っ!」

 不意に咳(せき)込(こ)む声を聞いた!

 隣の部屋──つまり、母親の寝室だ!

 一縷(いちる)の希望を再燃させ、その部屋へと駆け込む!

 ベッドの上に半身(はんみ)を起こした病姿(びょうし)を確認した!

「母君(ははぎみ)、無事であったか!」

 喜びに寄り支える。

「ああ……ああ! リャム様!」

「……そうか、そうであったな」

 カリナが悪戯(いたずら)心(ごころ)に付けた偽名(アナグラム)を思い出した。

 とはいえ疎(うと)ましくも、それはもういい。

 いまは母親の無事が何よりだ。

「リックは、どうされた?」

「うう、あの子は……あの子は!」

 母は泣き咽(むせ)び、声を詰まらせるばかりであった。

 そこからメアリーは、少年の末路を察する。

「どうやら遅かったようであるな……許されよ」

 再襲撃を予見できなかった己(おのれ)の迂闊(うかつ)さが恨めしい。

(カーミラ様には盟主として日々追われる責務がある。そして、カリナ殿は客人……居住区管轄の義務は無い。だが、せめて我(われ)だけでも警戒に目を光らせていれば、未然に防げたはず!)

 ひたすらに甘さを悔(く)いる。

 が、母から聞かされたのは、予想外の顛末(てんまつ)であった。

「こほっ……あの子は浚(さら)われました……浚(さら)われたのです」

「何と!」

 驚きを隠せない。

 敵の目的は〝死体確保〟にある。

 なればこそ多くの犠牲者を出しさえすれ、拐(かどわ)かす意図が読めない。

「母君(ははぎみ)、詳しく聞かせてはくれまいか? 今回の襲撃、どのような経緯(いきさつ)であった?」

「襲撃の惨状については、私も詳しくは存知ません──何せ病床の身ですから、表(おもて)の様子(ようす)を見に行く事が叶いませんので」

「御存知の範囲で構わぬ」

「二日前の事です……リャム様も既(すで)に御承知の事とは思いますが、突如として死者の軍勢が襲撃してきたのです」

(二日前? それではバートリー夫人の謀反(むほん)後日(ごじつ)ではないか。そんな直後から、ゾンビ増産へ胎動(たいどう)していたというのか)

 確かに盲点(もうてん)ではあった。あれほど大きな謀反劇(むほんげき)の直後では、誰しも再襲撃など思いも寄らないだろう。

「老若男女問わず一人残さず殺され、そして、その死体を〝動く死者〟が区画外へと運び出して行きました。私が無事でいられたのは、おそらく此処が〝隠れ部屋〟のような構造だったからでしょう。私はリックと一緒に部屋へと籠(こ)もり、息を潜めておりました」

「では、その時点ではリックも?」

「無事でした。けれど程(ほど)なくして、他者(ひと)の気配を感じたのです」

「この部屋に直接……か?」

「はい。それは前触れも無く、まるで湧き出るかのように部屋の隅(すみ)へと現れたのです。女でした──黒いローブを纏(まと)った浅黒い女でした」

 その容姿と出現経緯から、メアリーは直感する!

(おそらく、カーミラ様から聞き及んでいた〝魔女ドロテア〟に違いあるまい。此処を見つけたのは探知魔法か、或(ある)いは……我等(われら)の妖気が残(のこ)り香(が)となってしまったか)

 しかし、目的が『死体集め』ならば、何故ゾンビに襲撃させず、自(みずか)らが赴(おもむ)いたのか?

 疑問は深まる。

 黙考へと耽(ふけ)るメアリーに、母親は続けた。

「その者は怯える私達親子を見て、意地悪く薄ら笑いを浮かべました。そして、こう言ったのです──此処にも手土産(てみやげ)があったか──と」

「手土産 (てみやげ)?」

「最初は意味が分かりませんでした。ただただ死者の襲撃と、目の前の怪異に怯(おび)え震えるばかりだったのです。やがて、その者は抱(だ)き庇(かば)う私から剥(は)ぎ取るかのように、リックを奪いました」

「外道(げどう)な。して、目的らしき事は言わなかったか?」

「どうやら襲撃に乗じて、子供や赤子を浚(さら)っているようでした。そして、私に対して、こうも言っておりました──キサマは不要だ。どうせ直(じき)に死ぬ。病(やまい)に冒(おか)された体など、役には立たん──と」

「……なんと心無き暴言よ」

 おそらく母は短命を自覚している──だがしかし、斯様(かよう)に追い打ちのような言葉を吐いて許されるはずがない!

 メアリーの胸中に、非道(ひどう)へ対する怒りが沸々(ふつふつ)と込み上げた!

 独白(どくはく)吐露(とろ)で堰(せき)が切れたか……母親はメアリーの手へと縋(すか)ると、必死に懇願(こんがん)する。

「リャム様、どうかカリナ様に御伝え下さい! あの御方なら、きっとリックを御救い下さるはず! 何卒(なにとぞ)!」

「相分(あいわ)かった。そなたは何も案ずる事はない。カリナ殿には必ずや伝えよう。そして、私も尽力(じんりょく)を惜しまぬ」

「ああ、有り難うございます」

 ようやく安心したのか、母親の白い手から力が抜け落ちた。

「これは……」

 一瞬、メアリーは違和感を覚える。

 半身起こしだった母親の姿は、直後の眠り姿と重なり合って消えた。

 まるでフェードアウトするかのように……。

 幻視的な感覚ではあった。

 そして気付けば、ベッドに横たわっていたのだ。

 母親の頬へと、そっと触れてみる。

 体温は無い。

「そうであったか……既(すで)に」

 おそらくメアリーが来る前には亡くなっていた──何時(いつ)かは断定できないが。

 それでも息子の身を案じ続け、救いの手を求めていたのだ。

 深き母性が縛った幽霊(ゴースト)である。

「何も心配する事はない。神は心(こころ)正(ただ)しいそなたを必ずや御導(おみちび)き下さる。安らかに逝(ゆ)くがいい」

 神に許されぬ〈魔(・)〉は、それでも福音(ふくいん)を説(と)いた。

 優しくも不憫(ふびん)な魂の為(ため)に……。

 

 

 

 カーミラは、たゆとう。

 無限に広がる赤き波へと……。

 鮮血の大海(たいかい)は裸身(らしん)を優しく包(つつ)み、深淵(しんえん)なる癒(いや)しを与(あた)え給(たも)うた。

 微睡(まどろ)みにも似た緩和(かんわ)感覚は、彼女の〈個(・)〉としての境界線すらも融解するかのようである。

 もしもそうなったら、はたして主導権を握るのは〝自分(・・)〟か〝赤(・)〟か──そんな黙想に戯(たわむ)れた。

 仰向(あおむ)けの視野へと映り込む大空は、夕暮れの如く淡い朱に染まる。赤海(あかうみ)の反射によるものだろうか。

「フフ……フフフ…………」

 思わず細く零れた。

 その声音は小悪魔的に愛らしい。

「赤く染まる空か……なんだか懐かしいわね」

 旧暦時代に眺めた夕景を想起させる。

 愛しい〝ローラ〟と眺めた情景を……。

 闇暦(あんれき)では久しく見ていない光景に、カーミラは懐古的な安堵感を抱いた。

「貴女(あなた)は、どうなのかしら? わたしと同じく、そう思えて?」

 無造作に投げた訊(と)い掛(か)けは、けれども独(ひと)り言(ごと)ではない。

 頭側に立つ人影へと向けたものである。

 カーミラは視線だけを動かし、相手を見定(みさだ)めた。

 憂(うれ)いと虚無感(きょむかん)を等しく宿した少女──見た目の年齢は自分と変わるものではない。

 それなりの身分を主張している黒いドレスは、しかしながら端々(はしばし)が煤(すす)け破(やぶ)れていた。無情なる歳月(さいげつ)の刻印(こくいん)だろう。

 緩(ゆる)やかに波掛(なみが)かった金髪は、所々(ところどころ)に赤の宝石が散りばめられている。

 深雪(しんせつ)のように白い肌だが、かといって少女自身は病弱な心象にない。むしろ硝子(ガラス)細工(ざいく)のように繊細な美貌からは、底知れぬ不敵さすら孕(はら)んだ冷徹な貫禄(かんろく)も感じられた。

 不思議な少女ではある。

 外見の可憐さとは不釣り合いな貫禄(かんろく)が醸(かも)し出されながらも、それが破綻(はたん)無く同一化していた。

 だからこそ、カーミラは親近感を覚える。

 永遠の処女性と、悠久を噛み締めた末(すえ)に至(いた)る達観(たっかん)──それは彼女自身が持つものと同質(・・)だからだ。

「ようやく会えたわね、ジェラルダイン──我が血統の始祖(しそ)」

 ジェラルダインは何も語らず、ただ淡々と子孫へと見入(みい)っていた。

 意思の疎通(そつう)は、それで充分だ。

 ジェラルダインの瞳が語り掛け、カーミラが無言の意図を汲(く)む。

「ええ、そうだと確信はしていたわ。あの剣を手にした時から。やはりカリナ・ノヴェールは、私と同じ──貴女(あなた)の血統なのね。わたし達は〈ジェラルダインの牙〉を組敷(くみし)いたわけじゃない……貴女(あなた)自身の意思で助力(じょりょく)をしたのでしょう?」

 古(いにしえ)の魂が淡い黙視(もくし)に慈(いつく)しんだ。

 アイコンタクトでもテレパシーでもない。血(ち)の系譜(けいふ)のみが可能とした魂の共鳴であった。

「不思議なものね。貴女(あなた)は、わたしの〝親(・)〟ではない。けれども、実の親より強い絆(きずな)を課(か)している」

 医学的には〈隔世遺伝(かくせいいでん)〉というものがある。父母よりも祖父母からの遺伝が強く出る現象だ。

 カーミラとジェラルダインの関係も、それに近しい。

 ただし、祖父母などという近親的距離ではない。原初吸血姫(デモン・ヴァンパイア)は、遙(はる)か昔に血脈の礎(いしずえ)を築(きず)いたのだから。カルンスタイン家の発端(ほったん)よりも、遙(はる)か昔に……。

「貴女(あなた)達〈原初吸血鬼(デモン・ヴァンパイア)〉は人間と交(まじ)わり、その〝呪われし血〟──即(すなわ)ち〝呪血(じゅけつ)〟を脈々と受け継がせてきた。そうした交配種が歴史の中で分岐していき、やがて各地で家系となる……我(わ)が〝カルンスタイン家〟や〝バートリー家〟のように。俗(ぞく)に言う〝呪われし家系(・・・・・・)〟かしらね。ただし〝呪血(じゅけつ)〟は次第に希釈(きしゃく)化し、系譜者(けいふしゃ)からも〈吸血鬼〉の特性が失われてしまう。永(なが)い歴史に於(お)いて人間の血(・・・・)が濃くなるのだから当然ね。そうした中で、稀(まれ)に〈先祖返り(・・・・)〉を覚醒(かくせい)する異端(いたん)が現(あらわ)れる──わたし(・・・)みたいに」

 カーミラ──いや〝マーカラ(・・・)〟以外には、カルンスタインの家系に〈吸血鬼〉は存在しない。彼女の両親も、数代後の子孫である〝ローラ〟も、純然たる〈人間〉だ。

「転生プロセスに他者(たしゃ)の介入(かいにゅう)が無いだけに、貴女(あなた)達〈原初吸血鬼(デモン・ヴァンパイア)〉の魔力素質がダイレクトに遺伝するのよ。これが〈血統(けっとう)〉と呼ばれる所以(ゆえん)──云(い)わば貴女(あなた)は、私にとって〝会(・)っ(・)た(・)事(・)す(・)ら(・)無(・)い(・)母(・)親(・)〟なのよ。或(ある)いは〝歴史の彼方に存在した母体〟かしらね」

 カーミラの結論通り〈原初吸血鬼(デモン・ヴァンパイア)〉と〈血統(けっとう)〉の関係性は、それ(・・)に尽(つ)きる。

 生体的な柵(しがらみ)は関係ない。悠久なる時代の隔(へだ)たりすらも意味がない。ヘソの緒(・・・・)や家庭の群像が刻み示す関係性ですらない。

 純粋に〝潜在因子によって直系的覚醒を果たした魂(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)〟が全てである。

 そして、これが鼠算(ねずみざん)的に増産同属化する〈覚醒型〉以降とは一線を画(かく)する理由でもあった。仮(かり)に第三者たる吸血鬼によって同属化させられたのならば、カーミラとて〈覚醒型〉に属する存在となっていただろう。それは吸血行為を経(へ)て、呪血(じゅけつ)が不純化するからだ。

 だが、カーミラは自発的(じはつてき)覚醒(かくせい)を果(は)たした。原初世代たるジェラルダインの血を、高純度のまま受け継いだのである。 

 そして、カリナ・ノヴェールもまた、そうした希有(けう)な存在の一人であった。

「初見(しょけん)から感じてはいたのよ……それが〝何か(・・)〟までは判らなかったのだけれど。だから〝親密な友達〟になれそうな気がしていたのね」

 独(ひと)り合点(がてん)を呟(つぶや)き漏(も)らす。

「けれどね、ジェラルダイン。カリナは自分の出生すら知らないのよ。これって奇妙だと思わなくて? 愛剣(・・)として守り続けてきた貴女(あなた)なら、何か知っているのじゃないかしら?」

 上目(うわめ)遣(づか)いで真意を求めるも、始祖(しそ)たる娘は沈黙に見つめ返すだけであった。威風と慈愛を宿す瞳には有益情報が何も込められていない。

「自分で確かめろ……か。それって意地悪な試練よ?」

 意向を汲(く)んだカーミラは、それ以上の追求を諦める。

 とはいえ、一つだけ確信も抱(いだ)けた。

 ジェラルダインは慈(いつく)しみ、見守っているという事実だ。

 自(みずか)らの血(・)を受(う)け継(つ)ぐ娘(・)達を……。

 その深い母性に嘘(うそ)偽(いつわ)りは無い。

「度重(たびかさ)なる謀反(むほん)に、貴女(あなた)との邂逅(かいこう)──次々と転機が表層化している。だとしたら、そろそろ潮時(しおどき)かしらね……カリナを〈レマリア(・・・・)〉と決別させるにも」

 重い気持ちを、目の前に広がる朱(あか)へと投げた。

 憎まれるのは勿論(もちろん)、場合によっては一戦(いっせん)交(まじ)える覚悟も必要となるだろう。

「それは〝姉妹(・・)〟たる〝わたし(・・・)〟の役目でしょうね」

 静かに含(ふく)まれた決意を、ジェラルダインが穏(おだ)やかな微笑(びしょう)で受け取った。

 やがて赤の世界は揺らぎ、怒濤(どとう)が全(すべ)てを溶かし呑(の)んだ。

 

 

 

「っ!」

 覚醒(かくせい)に眼を見開き、カーミラは棺(ひつぎ)から半身(はんみ)を起こす!

 なみなみと注(そそ)がれた鮮血を波(なみ)飛沫(しぶき)と零(こぼ)して!

 白の吸血姫(きゅうけつき)は、魂の最深層から帰還を果たした。

 未成熟な裸身(らしん)が毒々しい滑(ぬめ)りに照(て)り染(そ)まる。

 彼女専用の棺(ひつぎ)は、生命(いのち)の赤に満ち溢(あふ)れていた。

「此処は……」瞬間的な一瞥(いちべつ)で必要な情報を吸収し、自(みずか)らの状況を把握(はあく)する。無惨に半壊(はんかい)しながらも豪奢(ごうしゃ)な室内装飾が、謀略の痕(きずあと)を刻(きざ)んでいた。吹き抜けとなった壁からは熱風が侵入し、赤いビロードカーテンを弄(もてあそ)ぶ。おそらく投石機等によるダメージだろうが、悉(ことごと)く見慣れた部屋の面影(おもかげ)が残っていた。「わたしの部屋?」

「カーミラ様! 御無事で!」

 聞き慣れた声が安堵(あんど)に駆け寄る。

「メアリー?」

「心配致しました。発見した時は、既(すで)に意識の無い状態でしたから」

「では、これは貴女(あなた)が?」

「はい。調査から帰ってみると、血の海に倒れる貴女(あなた)を発見致しましたので。適切な再生処置さえ行(おこな)えば蘇生(そせい)するとは思いましたが、賭けでもありました。何せ、経過時間が分かりませんでしたから」

「そう……心配を掛けたわね」

 淡い微笑(ほほえ)みで安心を授(さず)け、棺(ひつぎ)から起き出た。

 装束を用意するメアリーが、事の真相を訊(たず)ねる。

「それにしても、いったい何があったのですか?」

「謀反(むほん)です」

 手伝われながら袖(そで)を通し、カーミラは簡潔に伝える。

「謀反(むほん)? この交戦下にですか?」

「逆に好機(こうき)だったのかもしれないわね」

「カーミラ様相手に誰が? よもや、カリナ殿が?」

「いいえ、ジル・ド・レ卿です」

「ジル・ド・レ卿? まさか?」

「本当よ。もっとも油断を突かれた形ではあるけれど」

 事実を伝えながらも、カーミラの胸中には拭(ぬぐ)えぬ疑問が芽生(めば)える。

(何故、ジル・ド・レ卿は止(とど)めを刺さなかったのかしら)

 腹部を貫(つらぬ)いた程度では死なない──それはジル・ド・レ卿も重々承知のはず。

 そして、無抵抗と化(か)したカーミラを〝吸血鬼殺し〟の手段に下(くだ)すのは他易(たやす)い。

 にも関わらず、何故?

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