※この作品はR-18です。

孤独の吸血姫   作:凰太郎

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醒める夢 Chapter.8

 

【挿絵表示】

 

「クッ! 吸血姫(きゅうけつき)共(ども)め!」

 敗走(はいそう)の呪詛(じゅそ)を込め、魔女は忌々(いまいま)しさを咬(か)む。

 空間転移魔法による逃亡を選択するしかなかった。

 テムズ川へと墜(お)とされたのは不幸中の幸(さいわ)いか。黒く淀(よど)む川面(かわも)のおかげで、誰にも気取(けど)られる事無く脱出できたのだから。

 手近な屍兵(ゾンビ)を数体だけ巻き込み、魔女は転移呪文を実行した。無事にイングランドを抜け出すまでは護衛が欲しい。

 況(ま)してや、シティ外にはデッドがいる。万全(ばんぜん)な状態ならば敵ではないが、疲弊(ひへい)した身では排斥(はいせき)の自信が無い。

 魔女が転移したのは、防壁を越えたシティ外──非管理地区だ。

 反乱の暗躍者は、隔離された戦火を睨(にら)み据(す)える。

「まだ死ぬわけにはいかぬ! 総ては復讐(・・)のためだ! 歴史に虐(しいた)げてきた〈人間(・・)〉達に! 半端(はんぱ)な魔性(ましょう)と蔑(さげす)んできた〈怪物(・・)〉達に!」

 徘徊(はいかい)する喰屍(デッド)達が獲物を察知して近付いて来た。

「やはり数は多いな……頭を狙って排除しろ。私に近付けるな」

 命令を受け、死体が死体を殺し出す。手にした鉄パイプや引(ひ)き千切(ちぎ)った死体の腕を武器に、ゾンビはデッドを破壊し続けた。

 屍(しかばね)のバリケードを傍観(ぼうかん)し、取(と)り敢(あ)えずは身の安全を確信する。

 と、徐(おもむろ)に魔女は黒月(こくげつ)を怯(おび)え仰(あお)いだ。

 その巨眼(きょがん)へと畏敬(いけい)を込めて懇願(こんがん)する。

「我(わ)が主(あるじ)よ! 我(わ)が契約悪魔〝バロン〟よ! いま一度チャンスを! 強大な魔力さえ与えて下されば、更(さら)なる混沌を御約束(おやくそく)致(いた)します! 何卒(なにとぞ)、あの〈吸血姫(きゅうけつき)〉共(ども)を屠(ほふ)れるだけの魔力を!」

「ィェッヘッヘッ……くれるワケねぇだろ」

 聞き覚えのある濁声(だみごえ)にギョッとした。

 嫌悪感を誘発する気配を探して、一角(いっかく)を睨(ね)めつける。

 やがて細道(ほそみち)の暗がりから歩(あゆ)み出て来たのは、予想通りの卑俗(ひぞく)──ゲデとかいう死神だ。

「ま、正しくは『与えたくとも与えられねぇ』ってトコだな。テメェとお嬢じゃ、根本的に魔力底値が違い過ぎる。下駄(ゲタ)を履(は)かせるにも限度があらぁな」

「黙れ! たかが原始的宗教の死神風情(ふぜい)が! あの御方(おかた)に不可能など無い! あの御方(おかた)は──」

「あぁ、よぉ~く知ってるぜ? 同業者(・・・)さんよォ?」

「な……何?」

 思いも掛けぬ呼び方に動揺する。

「オレもアイツに従う者(・・・)さ。混沌の御膳立(おぜんだ)てをして、負念を生み出す──ソイツが〝御主人様〟の糧(かて)ってワケだ。そうして、より強大になる。強大になれば闇暦(あんれき)世界の超自然的摂理(せつり)は、ますます根深(ねぶか)くなる──よくできた負(・)の還元(かんげん)だよ」

 言(い)い回(まわ)しからして間違いない。

 この死神もまた〈黒月の使徒(・・・・・)〉だ。

 何らかの契約関係にあって従う者(・・・)だ。

「何故だ? 何故、キサマような下衆(ゲス)が、我(われ)と同じ立場に!」

 腹立たしい屈辱感と納得出来ない動揺が、等しく魔女を支配する。

 恨みがましい凝視(ぎょうし)を余所(よそ)に、ゲデは太々(ふてぶて)しく葉巻(はまき)の紫煙(しえん)を吐いた。

「ィェッヘッヘッ……オレにとっちゃあ、どうでもいい事さ。ま、取(と)り敢(あ)えずアンタはミスを犯した(・・・・・・)んでな。その御報告(ごほうこく)に来てやったってワケさ」

「ミス(・・)だと?」

「まず〝カリナ・ノヴェール〟を巻き込んだ事。お嬢の機嫌を損ねて、無事に済むはずがねぇやな──オレ以外は。ィェッヘッヘッ……」

 手近な瓦礫(がれき)に腰掛(こしか)け、葉巻(はまき)を蒸(ふ)かす。

「次に、あの黒月(・・)を過大評価していた事。オマエさん、根拠無く心酔(しんすい)し過ぎだぜ?」

「根拠無き心酔(しんすい)……だと?」言葉の端(はし)を拾い、ドロテアは自身の優位性を取り戻した。「クックックッ……盲目(もうもく)の愚者(ぐしゃ)が! やはりキサマと我は違う(・・・・・・・・)! あの御方(おかた)と我(われ)は旧暦時代から固い絆(きずな)で結ばれた契約関係! 裏切られる事など無──」

「ィェッヘッヘッ……エリザベート・バートリーも同じ考え方だったなぁ? やっぱ主従(しゅじゅう)は似るのかねぇ?」

「ふざけるな! 我(われ)とエリザベートでは──」

「捨て駒(・・・)の末路(まつろ)なんて、どうでもいい些事(さじ)なんだよ。テメェが〝利用する側(・・・・・)〟だったんだから、当然解(わか)んだろ? ィェッヘッヘッ……」

「なっ?」

「ィェッヘッヘッ……どうしたよ? 魂が動揺(・・)してやがるぜ?」

「ち……違う……我(われ)は……私は(・・)……?」

 ドロテアを懐疑心(かいぎしん)が蝕(むしば)んだ。

 ゲデの値踏(ねぶ)みは絶対的な確信に満ちている。

 故(ゆえ)に信条(しんじょう)の根本(こんぽん)が揺(ゆ)らぎを覚えるのだ。

(認める必要はない! こんな下衆(ゲス)の戯言(たわごと)に耳を貸す必要などない!)

 そう自分に言い聞かせても、完全否定が出来ない。

 狂信的(きょうしんてき)な心酔(しんすい)は、一転(いってん)して得体(えたい)知(し)れぬ不安へと変わる。

 均衡(きんこう)を崩(くず)しそうな心を愉快(ゆかい)に眺(なが)め、ゲデは満足な一服(いっぷく)を深く吐いた。

「そして、最後のミスは──オレの前で〈ゾンビ(・・・)〉なんかを使っちまった事だよ……ィェッヘッヘッ」

 銜(くわ)え葉巻(はまき)に指をパチンと鳴らす。

 途端(とたん)、取り巻くゾンビ達が脱力に崩れ倒れた!

 まるで糸を断たれたマリオネット(・・・・・・・・・・・・)のように!

「こ……これは!」

「ゾンビは元々(もともと)〈ブードゥー秘術〉だ。オレが自由に出来ねぇ道理は無ぇよ」

「な……何故だ!」

「あん?」

「その能力があれば、いつでも戦況を一変(いっぺん)させる事が出来たでは──」

「ああ、そりゃよ?」卑(いや)しき邪笑(じゃしょう)が歯を見せる。「沢山(たくさん)殺し合ってくれた方が、オレとしてもオイシイ(・・・・)んでな……ィェッヘッヘッ」

 闇の濃(こ)さが違う!

 質(しつ)が違う!

 コイツの前では、カリナ・ノヴェールも、ジル・ド・レも、エリザベート・バートリーも、生温(なまあたたか)い仄暗(ほのぐら)さでしかない!

「さて、ボーナス問題だ。魔力支配を失ったゾンビは、単なる死体(・・)──じゃあ、次にどうなるかね?」

 答えるまでもない!

 防壁外には魔気(まき)が泥寧(でいねい)している!

 此処〝フリート街通り〟とて、そうだ!

 そして、ダークエーテルの干渉(かんしょう)を受けた死体(・・)は──!

 恐怖に捕らわれ、視界の隅(すみ)を見遣(みや)る。

 ゆっくりと起き上がる屍(しかばね)──忠実な衛兵だった肉体が、次々と再起動(リブート)していた。

「く……来るな!」

 緩慢(かんまん)な動きに距離を縮める捕食獣(ほしょくじゅう)。

 次の瞬間、飢餓(きが)に開かれた口腔(こうこう)が喉笛(のどぶえ)を噛(か)み千切(ちぎ)った!

「っひゅ!」

 悲鳴が空気と漏(も)れる!

 魔女(・・)にとっては致命的(ちめいてき)な痛撃(つうげき)だ!

 最早(もはや)、呪文詠唱(じゅもんえいしょう)も叶(かな)わない!

 街の至(いた)る所から、次々とデッド達が群(むら)がって来た!

 死者の芋洗(いもあら)いが、鮮血(せんけつ)塗(まみ)れの魔女(にんげん)を呑(の)み込(こ)む!

「ひゃ……ひゃへ……ひゃへほぉぉぁぁぁァグァヴゥアァァ……────」

 絶望に足掻(あが)き伸ばした腕は、喰屍(しょくし)の底無(そこな)し沼(ぬま)へと沈んでいった。

「地獄に連行される自滅(オチ)ってか? 古臭ぇ怪奇小説(ゴシックホラー)かよ。ま、何にせよゴチソーサン……ィェッヘッヘッ」

 懐(ふところ)から取り出した小瓶(こびん)酒(ざけ)を呷(あお)る。

 肴(さかな)は戦乱の立役者が魅(み)せた〈死(・)〉だ──期待したよりは薄味(うすあじ)だったが。

 ふと黄色い単眼と目が合った。

「アンタ(・・・)も呼び名を統一してくれねぇか? やれ〈魔王(サタン)〉だの〈妖怪球(バックベアード)〉だの〈門の鍵(ヨグ=ソトース)〉だの……こっちも混乱していけねぇや。単なる〝ダークエーテルの塊(・・・・・・・・・)〟に過ぎねえってのによォ」

 ゲデが毒突(どくづ)いた通り、この〈黒月(・・)〉はダークエーテルの集合体(・・・・・・・・・・・)であった。

 同時に知性体であり、超強大な〈魔物〉でもある。

 闇暦(あんれき)世界に蔓延(まんえん)するダークエーテル──なれば、その集合知性体は〈世界(・・)〉そのもの(・・・・)と呼んでも過言(かごん)ではない。

 存在自体が〈秩序(・・)〉であり〈法則(・・)〉だ。

 その支配力は、宛(さなが)ら〈闇の神〉か。

 口元(くちもと)の垂(た)れ酒(ざけ)を拭(ぬぐ)うと、ゲデは興味(きょうみ)醒(さ)めて歩き出した。

 これ以上留(とど)まっても、戦乱鎮(しず)まったロンドンで利益は無い。

 死神は新たな混乱を求め、街路(がいろ)の霧(きり)へと消えた。

 食事処(しょくじどころ)には困まらない。

 闇暦(あんれき)世界の総(すべ)てが、彼の遊戯場(あそびば)なのだから……。

 神出鬼没で自由奔放(じゆうほんぽう)な〈死(・)〉への漫遊(まんゆう)──それが彼に授けられた役得(やくとく)であった。

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