※この作品はR-18です。

孤独の吸血姫   作:凰太郎

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鮮血の魔城 Chapter.8

 

【挿絵表示】

 

「なんだ、食べてないのか?」

 自室へと戻ったカリナは、卓上の配膳を見て拍子抜けした。

 レマリアの食事である。

 柔らかなロールパンに、温かなコーンスープとホットミルク……チキンやマリネ、ホールトマトも添えてある。決して贅沢な品々ではないし、吸血鬼には食欲をそそる物でもない。

 それでも、闇暦(あんれき)の人間にとっては御馳走だ。

 にも関わらず、それが手つかずのまま置いてある。

 行儀良く椅子へと座るレマリアは、顔を俯(うつ)かせているだけだった。カリナの訊(と)いには答えようともしない。微(かす)かに覗ける表情は、ふてているようにも映った。

 ふと子守役へと目を遣(や)る。

 暖炉(だんろ)前のロッキングチェアに揺られるサリーは、うたた寝でもしているかのように緩(ゆる)やかだった。

 しかしながら編み物を為(な)す鉤針は、緩々(ゆるゆる)と定期的な交差を刻んでいる。寝てはいない。

「おい、サリー」

「はいはい、なんでございましょう? カリナ様?」

 カリナに呼ばれ、穏和な笑(え)みが返された。

「ずっとこうなのか?」

「左様でございますな。カリナ様が城内散策へと赴(おもむ)かれてから、暫(しばら)くして暇潰(ひまつぶ)しの編み物を始めたのですが……どうにも下手(ヘタ)の横好きというものでして」

「そうではない」

 思わず苛(いら)立(だ)ち気味の困惑が涌(わ)いた。

 まるで主旨(しゅし)違いな返答である。

 それを噛み殺して、カリナは明言化する。

「私が訊(たず)ねているのは、レマリアの事だ」

「はて、レマリア──様?」老婆は記憶を探るように思索すると、やがて納得気に答えた。「ええ、ええ、左様でございますな。レマリア様に至りましては、カリナ様が出て行かれてから、ずっと斯様(かよう)な御様子で……実におとなしいものでしたとも」

「食が進んでいないようだが?」

 カリナの視線に促(うなが)され、卓上の膳盆(ぜんぼん)を見遣(みや)る。

「あれま? 左様で」柔らかな細目が、穏やかな驚きに剥(む)き開いた。「いやはや気付きませんで、面目次第もございません。何せレマリア様は、おとなしゅうて、おとなしゅうて」

「おとなしい……か」

 確かにレマリアは人見知りが強い。マセた勝ち気を見せるのは、カリナに対してだけ──いや、天敵のゲテへ対しても……か。

 しかし、その二人に対してだけだ。

 それ以外には心を閉ざす態度が顕著(けんちょ)であった。

 だから、おそらくサリーと二人きりの環境下では、ずっと緊張していたに違いない。借りてきた猫のように萎縮(いしゅく)した光景が、容易に想像できた。

 けれども、それが食欲減退の原因とも思えない。

 基本、レマリアは食と睡眠に関しては素直に準じる。腹が減れば食べるし、眠くなれば寝る。まかり通らないと駄々をこねる。子供故(ゆえ)の無遠慮さだ。

 一方で、サリーに何らかの非──例えば豹変した恫喝(どうかつ)等が、あるとも思えなかった。

 初対面時ならともかく、現在では信頼を抱(いだ)いている。彼女の転生背景を知ったからだ。故(ゆえ)にサリーは女子供を絶対に襲わない。そればかりか、子供に対して人一倍強い母性を持ち合わせている。その事も確信していた。

(そうなると……皆目(かいもく)見当もつかんな)

 カリナは隠す心配に歩み寄り、レマリアの不機嫌そうな顔を覗き込んだ。

「食欲が無いのか?」

 諭(さと)し解(ほぐ)すような口調で訊(と)う。

 女児は首を強く振った。

「メニューか? 好きじゃないのか?」

 これにも首を振る。

「じゃあ、どこか具合でも悪いのか?」

 首を振る。

 無言の否定が累積するほど、見通しのつかない懸念(けねん)が強まった。

 表情にこそ露呈(ろてい)させていないが、カリナの胸中には心配が募(つの)っていく。

 病気の類(たぐい)となれば医者が必要となる。

 だが、この闇暦(あんれき)では医者は貴重な人材だ。

 金の問題ではない。

 根本的に生存数の問題である。

 当てにならない薮(やぶ)医者やペテン師こそ横行しているが、確固たる医学知識精通者は稀(まれ)なのだ。

「理由を話してみろ? 黙っていては判らんぞ?」

「……だって、いないのだもん」

「ん?」

「おはよしたら、カリナいないのだもん」

「ああ、城内を散策がてらに偵察していた」

「でも、いないのだもん」

「私達の──いや、オマエの安全を守るには、この城の主要人材を見極める必要があるからな。ま、敵情視察と言ったところさ」

「いないのだもん!」

「………………」

「………………」

「……もしかして、それが理由か?」

 やや呆(あき)れた気持ちで確認すると、レマリアはコクリと頷(うなず)いた。その面持(おもも)ちは心無しか、いまにも泣きそうな印象すらある。

 蓋(ふた)を開けてみれば、実に些細(ささい)な理由であった。

 要するに一人きりで置かれた事が不服だったらしい。

 しかしながら、レマリアが寂しさと不安に怯えていたのは、紛れもない事実だ。訴える幼女の顔は、堪(こら)えていた感情を懸命に押し殺していたのだから。

「悪かったよ」軽い謝罪に頭を撫でてやり、カリナは隣へと相席した。「これからは一緒にいてやる。それでいいだろう?」

 レマリアの大きな瞳が、恨めしさと疑わしさに見つめ返す。

「やくそく?」

「ああ、約束だ」

「ホント?」

「ああ、本当だ」

「ホントのホント?」

「……案外しつこいな? 本当に本当だ」

 呆(あき)れた投げやりにカリナが宣誓すると、すかさずレマリアが小指を立てて差し出した。

「ゆうきいよ?」

「……指切りな」

 ふっくらと小さな指に、しなやかな指を絡ませる。

 幼稚で信頼性皆無な宣誓儀式だ──と、カリナは思う。

 が、この宣誓儀式は何よりも誠実で尊いものだ。

 そう、神への信仰や、悪魔との契約以上に……。

 とりあえずの確約に満足したのか、レマリアは一転して破顔一笑を彩(いろど)った。

 同時に、その笑顔を見ると、カリナの心中にも安らいだ癒しが芽生える。

「さあ、食べるがいい」

「うん!」

 よほどお腹も空いていたのか、レマリアは堰(せき)を切ったように食べ始めた。品行方正さなど御構いなしにがっつく様は、上辺(うわべ)を気取った輩(やから)には下品と映るだろう。

 だが、カリナには愛しい。

 それは逞(たくま)しく生きている証であり、紡(つむ)がれる生命力の存在感なのだから。

 ひたすら頬張る女児を、母性に満ちた眼差(まなざ)しが頬杖に眺める。

 頬に付いた食べ滓(かす)を取ってやると、自身も柘榴(ザクロ)を嗜(たしな)んで付き合った。

 守るから癒される──癒されるために守る──究極のギブ&テイクだと、カリナは思っている。

 これに比べれば吸血鬼達の〈血液嗜好症(ヘマトディプシア)〉など、永遠に満たされぬま(・)や(・)か(・)し(・)でしかないのだ。

 心満たされる術を自覚している自分は、なんと恵まれているのだろうか。

 質素な卓上が、堅実な家庭へと変わる。

 と、レマリアが不意に頓狂(とんきょう)な声を上げた。

「あ!」

「どうした?」

 幼女は困惑した顔を向ける。

「いたらきます、してないのよ」

 暫(しば)し、絶句の末……カリナは吹き笑った。

 

 そんな慎ましい幸福を、老婆は優しく見守っていた。

 かつての自分と娘を重ね見るように……。

 ゆらゆらと揺れるチェアは、まるで過去と現在を時間の波に繋(つな)げているようであった。

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