IS地雷小説 作:ごごごー
転生者としての自信がまだ自分の中に満ちていた頃、どんなに偉大な偉人だろうが呆気ない結末を迎える世界に生きていたというのに、新たな人生で『自分は特別』というある種の優越感に浸り周りを見下しながら生きていた死人が、主人公という『現実』に打ちのめされるのは当然の結果だったのかもしれない。
畜男は目の前立つ女を視て挫折した数ヶ月前の自分を思い出した。
*
織斑千冬。山田真耶が副担任を務める1年1組の担任教師であり寮長でもある。IS操縦者としての腕は一線を退いた現在でも未だに"最強"との名が高く、IS普及の恩恵を最も被った一人だ。
人種の垣根を越えISと身一つでまたたく間に天下御免の存在に成り上がり女尊男卑の一助を担った千冬は、同性の信奉者が今なお後を絶たず『ブリュンヒルデ』の二つ名と共に崇められている。まさに生ける伝説だった。
現役を退いて以来、大きな噂のなかった千冬だったが、昨今、その名が再び世界中で囁かれるようになっているのだが、それはまた別の話である。
「織斑先生!?」
真耶の喜悦が伝わる声に畜男の思考もようやく回り始める。
「山田先生に……厳羅も一緒か。その様子からするとお前たちも同じ口らしいな」
こんな状況下の中、千冬の態度は怖いほどに普段どおりだった。
有無を言わさぬ強気な口調。後ろで一つに纏めた漆黒の長髪。学園で見る上下黒のスーツ姿。真耶のような緩い服装も許可される中で、これから重要な会議にでも行くかのようなお固いスーツに身を包むのは千冬の厳粛な性格の現れであった。
真耶と畜男は思い切り息を吐き胸を撫で下ろした。いつもどおりだ。いつもどおりの織斑千冬。これ以上に心強い人物を二人は知らない。片や男はまだ16の高校生であり、片や女は教師という立場にありながら頼りにしようにもやせ細った木を支えにする愚か者はいないだろう。お互いに頼れる存在では無かった。しかしそこに現れたのが、完全無欠、泰然自若、天下無双の音に聞く織斑千冬ともなれば安堵するなという方が無理だ。
千冬は部屋からコツコツとヒールを鳴らしながら出ると大広間をぐるっと一望した。
「……それで?」
「へ?」
「次はどの部屋を調べるんだ? お前たちの集めた情報は調べながら聴こう」
「あの~、お、織斑先生? 少しは再開の喜びをですねぇ……」
言わずとも察する千冬に至上の頼もしさを感じる一方、ここまで温度差があると一言言いたくなる。だが、その一言すら言わせてもらえないのが山田真耶という女だった。
「……と思ったが、どうやらその必要は無いようだぞ」
「え?」
真耶の話を聴いていないのか、聴いた上で無視を決め込んでいるのか。おそらく後者であるが、千冬は真耶とは取り合うつもりは無いらしく隣の部屋を見つめていた。
千冬の言葉の真意を確かめようと視線の先に追従するとまたしてもガチャリと、ドアノブが回された。同じようなことを数十秒前に体験していた真耶と畜男は、今度は身体も思考も凍りつくこともなく身構えるくらいはできた。二度目ということもあるが何より千冬がそばにいる安心感が大きい。
畜男、真耶、千冬。三人揃ってIS学園にて教師と生徒という立場で関わりがあり、畜男も確信はしていなかったもののもしかしたらとは考えていた。だが一体誰が何のために、
誰も知らない、自分だけが知っている未来。
波に逆らわず生きていくとした決意。こんなのはただの取るに足らないスピンオフ以下の、原作までの時間稼ぎだ。そう自分に言い聞かせる。だがそれも、一つだけではなく示し合わせたかのように次々と開け放たれていく扉を視て、流れから外れた何か異常が起きているのだと、ようやく畜男は悟った。
「一体ここは……千冬さん?」
「私としたことが就寝中とはいえ全く気づかないとは……。――ハッ! 教官っ!」
篠ノ之箒。ラウラ・ボーデヴィッヒ。
「はあ……。何でわたくしがこんな所に……――あら? 山田先生じゃありませんか」
「あれ? セシリアに……他のみんなも? どういうこと?」
「ちょっと、何の集まりなわけ? ドッキリにしても人が寝てる間に運ぶなんて……今日は買い物に行こうと思ってたのに……」
セシリア・オルコット。シャルロット・デュノア。凰鈴音。
「ふん、ここまで揃いも揃って顔なじみの連中とはな……。首謀者は代表候補生になにか恨みでもあるのか。いずれにせよ学園のセキュリティの甘さは我ながら笑いものだな。帰ったら上の連中に皮肉の一つでも言ってやるとするか」
「ちょ、ちょっと織斑先生! もう少し危機感をですね……」
織斑千冬。山田真耶。
言い訳しようもなかった。
部屋から出てくる面々を視て恐れていた事態が刻一刻と迫っているのではないかと、畜男は焦りから拳を握っていた。原作か、或いは自分が存在することによる新たな展開に巻き込まれるのではないか。そう考えていた。
「千冬さん、山田先生それに……厳羅もか。ここはどこですか? 気づいたらここに……」
集まってきた箒たちがキョロキョロと大広間を見渡している。
やはりと言うべきか話を聴けば箒たちも畜男たちと同じように、IS学園で支給される制服を身に纏い、同じようにベッドだけの白く四角い部屋で目が覚めたらしい。
生来のリーダーシップというやつか自然と千冬が場を取り仕切るようになり、ひとりひとり最後に覚えていた光景を尋ね合せると全員就寝前が最後に見た景色だと答えた。
「それにしても他の奴らはともかく、ラウラ。お前までここに居るとはな」
「……恥ずかしながら全く気づきませんでした。教官に指導を受けた身でありながら……非才を怨むばかりです」
「あまり自分を責めるなよ?」
「しかし……」
「それなら私はどうなる。不覚を取ったのは何もお前だけの話ではない。実行犯は私やお前に悟られることなく連れ出すことができる能力を持っている。それだけの話だ」
結局、人数が増えたところで状況が進展することはなかった。大所帯になってからすっかり黙りこくってしまった畜男の代わりに真耶が、電源の点いてないモニターがカウンターの中に固定されている事や外の情報がわかるものは何一つとして無い事を、改めて説明した。
自力での現状の改善が望めないと判れば、募るのは首謀者に対する鬱憤と見えない糸口への不安だけだ。
「全くIS学園のセキュリティはどうなってますの!? 襲撃の時から何も成長してないじゃありませんか!」
「す、すすすすみません! でも、その、あの、私に言われましても……あはは……」
「今そんなこと言ってもしょうがないだろう。できることが無いなら探すか、助けを大人しく待つしかない」
「助け……って言ったって期待できるの? あっさり侵入を許した上にこの人数の誘拐を見逃すような連中よ。頼みの待機状態のISも没収されてるし……」
癇癪を起こすセシリアに巻き込まれる真耶。冷静に宥める箒と歯に衣着せぬ鈴。言い分は違えど誰も学園側の擁護をしない辺り、かねがね思うところはあるらしい。そんな彼女たちを「フンっ」と鼻を鳴らし静観するラウラ。
「あの~……」
無秩序な会話が飛び交う中、その一声だけで場が水を打ったように静まった。声の出どころにはフランスの代表候補生シャルロット・デュノアが気まずそうにおずおずと手を挙げていた。
ギョロリと、音に聞こえてきそうなほどの視線を一斉に集めたシャルロットは「ひっ」と声を漏らすが、続きを促す瞳に慌てて続けた。
「えっと、部屋は9つあるんだよね?」
「はい? そうですよ?」
「今更何の確認だ」
「今、8人しか居ないと思うんだけど……」
『…………』
畜男、真耶、千冬、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ。
八名だった。
全員の視線がシャルロットから一番奥の、真耶の部屋とは真反対の壁沿いにある、まだ開かれていない扉へと自然に移動した。真っ先に気づかなければならない簡単な数合わせにシャルロット以外、誰も指摘しなかった事実になんとも言えない空気が漂う。
「きっと一夏さんですわ! 一夏さんがまだ眠っていらっしゃるのですわ!」
やはりと言うべきか、原作でもクラス委員長を決めるためだけに大見得を切ったセシリアはこんな空気の中でも声が枯れることはなかった。
セシリアの歓声にどこかひりついていた箒や鈴の表情が目に見えてほぐれていく。
「ああ、確かにこの面子なら一夏が居ても不思議じゃないわね」
「嫁がいるのなら心配することはないな!」
「僕も一夏だったら嬉しいなぁ」
「…………」
姿さえ見えていない、名前が出ただけでここまでの変わりよう。畜男は、主人公という存在のデタラメさを、そしてそれに挑もうとした自分の愚かさを今再び思い知った。たかだか転生者如きが凌駕できる程、甘い存在では無かった。マグマに飛び込む虫を視て誰が生き残れると思う?
畜男は口を閉ざし、どこか自分だけが違う世界に居るような疎外感を胸に抱えながらそんな事を考えていた。そんな時だ。
何度目かの既視感。今まさに織斑一夏の存在を期待して調べようとしていた部屋の扉がゆっくりと開く。真耶の部屋の前、IS学園で親交を深め秘めた想いを胸に潜める少女たちは喜色に顔をほころばせている。隠しきれない女心が口角を薄っすらと吊り上げ、熱の籠もった眼差しを注がせている。
だが、そんな期待は千冬の震えた声に無残にもかき消された。
「――ばか、な」
こんな声を最後に発したのかいつだったか千冬も覚えていない。千冬は就寝中とはいえ誘拐されたのには多少の驚きが有ったが、最後にはどうとでもなると考えていた。それは自分の力が常人離れしていることか来る自信でもあり、不服ではあるが古くからの友人の助けを算段に入れていたからだ。それは箒も捕まっていることでより確信したのである。
扉から出てきたのは少女たちの意中の男である織斑一夏――ではない、が、その場に居る全員が一度は視たことがあり、それどころか彼女たちがISに関わることとなった元凶――というより、根幹といったほうが正しい人物。
「ね、え……さん……?」
「あーーー! ちーちゃんだーー! それに箒ちゃんもいるーーー!」
千冬の声を引き継ぐように、箒の震えた声が現れた女との世界に二つとない関係性を裏付ける。
篠ノ之束。
知らぬものなしと言っても過言ではないISの創始者であり、篠ノ之箒の実姉である。
束は部屋から出て直ぐ千冬と箒を目ざとく見つけると、機械的な硬質感のある目立つウサ耳と真っ直ぐに伸びた若紫色の長髪を揺らし青と白のエプロンドレスをはためかせ、ついでに大きく実った巨乳もおおいに弾ませ、驚きに固まる千冬へ一瞬にして駆け寄ると、思い切り抱きついた。
「ち~~ちゃーーんっ! ――とうっ!」
束の加減なしのほぼタックルだろうという勢い。もしも真耶なんかが代わりに受けようものなら意識を飛ばしててもおかしくはない。しかし、そこは織斑千冬。
「――馬鹿者」
「――いったあーい! なんで殴るの!」
「自分の胸に問い質すんだな」
殴られた頭を擦りながらぶーぶーと唇を尖らせ束は子供のように千冬を非難した。
「もう! ちーちゃんたら束さんの愛の抱擁を受けられる貴重な人間っていう自覚はあるの? この世のどんな物よりも価値のある頭脳にげんこつするなんて!」
「安心しろ、私にとってお前の脳などそこらへんの大きめの石と変わらん」
「ひっどーい!」
口ではそう言いながらどちらも鼻の下には笑みを湛えている。打って変わって楽しげな雰囲気、だがそれは千冬と束だけであり他は完全に置いてけぼりを食らっていた。もし、この二人に割って入れる人がいるなら――
「姉さん……」
箒は信じられないものを見たかのような眼で呆然と呟き、その声を聴いた束はピタリと停電が起きた照明のように、人を嘲るような笑い声を収めた。どこか居心地悪そうに、笑顔とも呼べない曖昧な顔色で箒へと向き直る。
「やっほー! 箒ちゃん、久しぶりっ!」
「…………」
「元気そうで束さん嬉しいな! あのね――」
どこか剣呑な雰囲気を醸す箒に対し気づいていないのか嬉しそうに喋りかける束。箒が束を良く思っていないことは普段の言動からなんとなく察していたがここまでかと、周囲の目は緊張の糸を張り詰めていた。
この姉妹がどんな会話をするのか、すっかり観客と成り果ててしまったセシリア達はじっと見守っていた。しかし話し始めた束の喜びを含んだ声音は突如鳴り響いた陽気な音楽。そして――
『はろーはろー。お寝坊さんたち? これよりゲームのスタートでございます』
合成された女の機械のような声にかき消された。