IS地雷小説 作:ごごごー
『いやーわたし困り果てていました。皆さん中々目を覚まさないもので、この日を楽しみにしていたものですから、首がキリンよりながくなってしまいましたよ! うふふ』
「…………」
『あれ? もしもし? 聞こえています? 無視はやめてくださいよ』
変声機を通した女の、実態を掴ませない声。選ぶ言葉自体は固く丁寧さが感じられるが、端々からにじみ出る傲岸な口調。自分以外の人間を下に見るというよりかは、自分だけが上位の存在と信じて疑わないある種の傲慢が耳につく。
「……お前が私達を誘拐した首謀者か?」
『はーい、そうですよー。織斑千冬さん? 皆さんにはわたしの考えたゲームに付き合ってもらうためここに集まってもらいました』
軽い調子で理不尽を押し付けるアナウンスの女に千冬は眉根を寄せ不愉快そうに鼻を鳴らす。
「ゲームとは何だ。私達に殺し合いでもさせるつもりか?」
「こここ殺し合い!? お、織斑先生!?」
千冬の不穏な問いに真耶が機敏に反応した。人畜無害を体現しているような平和主義の真耶には刺激が強かったらしい。純朴な真耶に千冬はため息をつき、アナウンスの女はくすくすと楽しそうに笑っていた。
『いえいえ、まさかそんな物騒なことはさせませんよ。ご安心ください、命の保証はします』
「ほっ……」
嘘か真か仮にも対立しているはずの相手の言葉に対し露骨に安心した真耶を放置して、千冬は監禁されている側とは思えない詰問のような物言いのまま続けた。
「それでゲームとは何のことだ? まさか……脱出ゲームとでも言うつもりではあるまいな」
『――もう! 千冬さんったらそんな次から次へと急き立てないでください! それにわたし言いたかったセリフも言っちゃいますし……。 そうです! 皆さんにはこれから脱出ゲームをしてもらいます! ふんっ!』
マイクの前に座っているのは子供か? 全員がそう疑ってしまうほど女の対応はとても成年した大人には聞こえなかった。無論、今それをツッコむべきタイミングではない事ぐらいラウラですら理解している。
(……厄介だな)
数度のやり取りでアナウンスの女を千冬は、そう結論づけた。
物腰柔らかく丁寧で相手に悪印象を与えない言葉選び。織斑千冬や篠ノ之束を筆頭とした各国の政府が躍起になっても無駄骨を折る有力者をどんな手を使ったのかあっさりと誘拐し、それを鼻にかけたような興奮や優越も表れずその口調はあくまで自然体。そこから考えれば私怨や何らかの目的達成のためという線は薄く、本人の自己満足や娯楽といったところが濃厚だ。
その情報を元に犯人像を想像した時、まず連想されるのは親友である篠ノ之束であったが、幸いにもというべきか現在おなじ境遇に置かれている。そこを踏まえるとISの普遍化と共に力をましていった秘密結社、亡国機業の名が次に挙がるが、忠実に粛々と命令をこなすかの組織がこのようなゲームに興じるとも考えにくい。この女は依頼者で実行犯は亡国機業という可能性も無いわけではないが、千冬、況してや束を誘拐する力が組織にあるならば今頃世界は亡国機業に乗っ取られていてもおかしくはない。
満足の行く結論を得ることのできなかった千冬は歯噛みするが、考えても現状を変える一手には至らぬとすれば悲壮感も幾分かマシにもなった。
「……で、あなたは結局何をさせる気ですの?」
『え? ああ! すいません! いまご説明しますね!』
黙り込んだ女に気の長い方ではないセシリアがせっつくと、慌てて拗ねた状態から居住まいを正した。申し訳無さそうな、敵対関係にありながら自分に非があるのを認める声にセシリアを始めとした面々はどうにも毒気の抜かれる想いだった。
だがそれも女のゲームの説明を聴けば、覆すのは容易いことだった。
『それではルールを説明させていただきます』
無垢な声。裏も表も知らないような、頑是ない子供。そんな敵など作れないような声音から語られるゲームは、あまりにも不気味に感じるのは無理もないだろう。
『まず、皆さんには――"奴隷"になってもらいます』
「ど、奴隷……?」
『あ、申し訳ございません。言葉足らずでしたね、厳羅畜男くん』
「おれ……?」
名指しを受けた畜男は集まった視線もあってドキリとした。まさか自分だけが奴隷? いったいなにをさせられるかわからないが奴隷という単語に畜男は好感情は持てなかった。
『はい、あなたです。あなたは"奴隷"ではなく、奴隷の上に立つ――"王様"です!』
「王……様……?」
「おい、それはどういう――」
『はいはい、言いたいことがあるのはわかりますが、質問はルールを全て説明したあとに受け付けますね? では続いて、皆さんの部屋とは反対の壁をご覧下さーい!』
言い募ろうとするラウラを躱し女が誘導したのは、粘土の壁に球体を押し付けたような窪んだ丸みを帯びた壁だった。簡単にやり込められたラウラはむっとしていたが隣りにいたシャルロットに「まぁまぁ」と宥められている。
視線が畜男から丸い壁へと移動する。壁にはいつの間にか黒い背景に白いデジタルな数字が映し出されている長方形のディスプレイが設置されており、そこには六桁の数字が表示されていた。
「300000P? これって……」
『はい、そうです。この数字をゼロにすることができれば皆さんの勝ちです! 出口が開き、脱出することができるでしょう。逆に、ゼロにすることができなければ一生ここから出られません。ポイントはこれより課せられる様々なミッションをクリアする事で入手可能です。ミッションクリア以外にもポイントを入手する方法はありますが……それはその都度、説明を挟みますね!』
「じゃあ僕たちは与えられたミッションを絶対にこなさなきゃならないってこと?」
『いいえ。ミッションの選択権はプレイヤーであるみなさんが保有しています。自分に達成できなさそうなミッションは見送ることも、途中でリタイアすることも可能です』
「えっと……それって……」
「プレイヤー側に優しすぎるな。おそらくミッションの内容が達成できないようになっているか、ポイントが微々たるものというところか」
「いえいえいえいえ。無理難題をミッションに取り入れてはいませんし、確かにポイントは難易度に比例しして少ないのもありますが10000ポイントのミッションもありますよ」
シャルロットとラウラの主張にも女は動じない。公平性を欠いた、どちらかに偏向したルールではないとひるまなかった。
『で・す・が、このポイント、なんと三十万ポイント貯める以外にも用途があるんです! 日用品! 食料! 衣服! 部屋の拡張! などなど、生活に必要な物や快適に暮らすための全てに必要な貨幣となっているんです! ですので、安易に所持しているポイントを全て脱出ポイントの支払いに費やしてしまうと……明日の生活が苦しくなってしまいます! ご利用は計画的に!』
そこまでいい終えると女は「むふー」と満足げな鼻息をマイクに乗せる。どうしても自分の口で説明したかったらしい。
やはりどこか子供じみた一端があるように感じられる。千冬はこの無邪気な悪意が親友に重なってしまうことに辟易としたが、それでもまだ心に余裕があったのはこのゲームには欠陥が、いやゲームと言うより状況に穴があることを冷静に見極めていたからだ。
「長々とご苦労だが、私達がお遊びに付き合ってやる義理は無いな」
『……つまり脱出は諦めると?』
「自力、ではな。今頃IS学園どころか日本政府が分けた草の根を血眼で捜索している頃だろう」
「え、でもさっき織斑先生、時間もここが国内かどうかもわからないって……」
「それは誘拐されてから何時間経過したのか判断材料が無かったからな。薬物で無理やり眠らせるだけでも一日の猶予があれば政府の手の届かない遠い国の僻地にでも連れ去ることができたかもしれんが、幸運にもというべきか束が居た」
「篠ノ之博士が……?」
「ああ、こいつの身体はどういうわけか薬物の類が一切利かん」
「え」
「薬物以外に無理やり眠らせる方法が有ったとしてもこいつが対策を講じていないとは考えづらい。つまり誘拐から十二時間も経過していないはずだ。いくら政府の対応が泥縄的とはいえ捜査は難しくもない」
「さすがは教官! たしかにそれなら――」
千冬の冷静な分析を聴いていくうちに芽生えた安心感が大きくなっていくのを全員感じていた。こんな手のひらで踊らされるようなゲームに付き合わずとも助けを待つだけで良い。他の誰かならこの理路整然とした指摘でもまだ心に不安がこべりついていたかもしれないが、千冬の揺るぎない声が鼓膜を打つだけで胸が軽くなる。
いつものように感嘆を叫ぼうとするラウラだったが、それは叶わなかった。
「まったくさーどこの誰とも知らない愚鈍が束さんを誘拐したって事実だけで腸煮えくり返るって言うのに、挙句の果てに何よりも大切な箒ちゃんとの会話の邪魔をする――死んで償える罪じゃないってわかってる?」
キレていた。表情はこれ以上無い笑顔だが、初対面のセシリアたちにもわかる程度にはキレていた。アナウンスの女に箒との会話を中段されて以降、黙っていた束だったがそれは今にも爆発してしまいそうな赫怒を収めていたらしい。千冬や箒はここまで怒りを顕にする束を珍しいものを視たと多少の驚愕があったが、他の面々からすればそれどころではなかった。束の歪んだ性格は有名で全ては束の気分次第。機嫌を損なうような事があれば国単位でもただでは済まない。今の束は触れるだけで反応する爆弾のようなものだった。
『……今の貴方に何ができますか?』
「いちいちムカつくやつだね。さて――お前だな」
それだけ言うと答えは行動で示すとばかりに歩き始めた束の脚が止まったのは、この場で唯一の男である畜男の前だった。
「……なん、ですか」
「ああ、良いよ別に。喋らなくて」
「え。――っぐあ!」
畜男は出会う前から束を極度に恐れていた。奔放な性格。至高の頭脳。最高の肉体。破綻している対人能力。全てひっくるめて篠ノ之束。天は彼女に二物以上与えその分、倫理観を奪った。善も悪も無く行動基準は全て自分が中心。まさしく『天災』の異名に相応しい能力と人間性を保持している。
畜男は『厳羅畜男』という原作には無いパーツがこの世界に混入した場合、最初にズレが発生するとしたら束の行動だと思っていた。かわいがっている一夏以外にも自分の預かり知らぬところで『二人目の男性操縦者』が発見されれば束としては面白くない。すぐに身辺調査を行ったはず。おそらく身元や交友関係なんかは本人よりも把握している可能性まであるだろう。
天災に対策など焼け石に水。畜男ができたのはただただ矛先が自分へ向かぬよう機嫌を損ねていないよう祈るだけであり、それが実を結んだのか今の今まで束からの接触は無かった。
畜男はそれも束の間の安寧だったと思い知ることとなる。
「――ヒッ」
「かッ……はッ……ぐる、じ……」
「――束、貴様!!」
小さな悲鳴があがる。目を疑う光景だった。
年齢はともかくまだ少女と言って差し支えない上背をした女が、二周り以上は大きい男を片手で軽々と持ち上げているのだから。
まず畜男に近づいた束は怯えを含んだ視線を無視して無造作に首根を右手で掴んだ。背丈から見上げる形になるのだが、その分首への距離が離れ掴むには腕を伸ばさなければならないのは自明の理。腕、即ち肘が伸びるということは重いものを支える際にかかる腕への負荷は通常の倍では済まないはずなのだが、束の華奢な腕はまるで苦にしていない。宙ぶらりんになった畜男は脚をばたつかせもがいているが、束の腕は巨木のように少しの揺るぎもなく60キロ中盤の男を掲げ続けている。
「まーまー落ち着きなよ。ちーちゃんだってわかってるでしょ? 少し考えられる頭があれば、こいつだけ違うってのはさ」
突然の奇行に千冬の糾弾が束に向けられる。しかし束の釈明とは言えないふてぶてしい言葉に止めようとした身体が停止した。
「ここに居る全員が持つ共通点。いっくんと深く関わり合いがあるのは否定できないでしょ? でもこいつだけは違う。ただの二人目ってだけ。いっくんと親交のあるものだけを攫い、肝心の本人は放っておいて代わりが二人目のこいつ。無差別じゃないのは明らかでしょ?」
束の供述には確かに納得させられるものがあった。周りを視ればIS学園内で一夏経由で知り合った顔なじみの面々が居る。束に関しては一夏との詳しいつながりはわからないが箒が古くからの幼馴染ということは耳にしていたのでその辺だろうとセシリアは考えた。だが畜男は一夏とそこまでの仲ではなかったはず。険悪なわけではない。むしろ一夏は同性ということもあって進んで親交を深めようとしていたが、ある日を境に畜男がなにかと理由をつけて避け始めたのだ。もしこの場に集められたのが一夏との親交が条件であれば畜男は該当しない。そもそもIS学園内、警備の目も厳しくなる夜間に外部の者がどうやってこんな人数を誘拐できるだろう。
ある単語が全員の脳裏に浮かび上がる。
"内部犯"
苦しみもがく畜男を映す瞳の色が困惑から疑惑と嫌悪の混じった、罪人を目にしたように変わる。
千冬は束の言う通りわかっていた。そういった可能性があるとは胸中では否定しなかった。それを口にしなかったのは同情でも断じて優しさでもない。
「私は……教師だ」
「…………」
「お前の言うこともわかる。しかし私が教師である以上お前の行動を許すことはできない。離せ、束」
束の表情は変わらない。感情が欠落したかのように笑顔も怒りも悲しみもなくただ無を貼り付けている。
だがそれも、瞬きを一つするころには、
「あはははは! やだなーもー、冗談冗談! ちーちゃんの大切な生徒にそんなことすると思う? でもね? 束さんがこんな事するのにもちゃーんと理由があるんだからね? あいつさっきこいつのこと『王』で、ムカつくことに束さんたちを『奴隷』って言ってたじゃない? なんの意味があるのか知らないけどとにかくあいつにとってゲームってのはどうしても決行したいらしいでしょ? でも唯一の『王』が機能しなくなったらあいつも困る! どう! 完璧でしょ?」
嘲た笑みを振りまき畜男を持つ片腕を下ろすことはなく言ってのけた。
言外に束は畜男を人質にしようと提案しているのだ。確かに女はわざわざ畜男を名指しで『王』に指名した。もし王が誰でもいいなら束の推論は外れているが、言うとおりであれば筋道は通っている。
『確かにそれは困ります。"王"は厳羅畜男でなくてはゲームは成立しません』
「でしょ? ならさっさと出口までの扉を開けてくれない? じゃないと……言わなくてもわかるよね?」
畜男は既に息も絶え絶えでもがくことも止め呼吸するのが精一杯だった。束の手首を掴んでいる両手に力は無く抵抗は形だけ。ひゅっひゅっと圧迫された気道から抜け出ることに成功した空気の音が、小さな泡を両端から垂らし始めた口から漏れていた。
束の、不利を強いられるであろう脅しに強がりや虚勢を張るわけでもなく、堂々と肯定した女。千冬だけが芽生えた言いしれぬ不安の意味を知るのに時間はそうかからなかった。
『千冬さん、あなたは先程ゲームには参加しないと仰りましたね?』
「……ああ」
『残念ながら、可否に関わらず既にあなた達はゲームに参加しています。ですが、ご安心ください。ルールを遵守してもらえるならば、ゲームに参加した上で諦めるも挑戦するも個人の自由です』
「それを、なぜ今……」
『つまり"奴隷"が"王"に対し手を挙げるのは明確な
「――ッ! 束ッ!」
「いたい――痛い痛い痛イ痛イ痛イいたいイタイイたイいタイ。あダまが痛い! ああ゛ア゛ア゛ァァァァ!」
千冬と箒はただただ呆然としていた。
頭皮に爪を立てるように頭を両手で包み、卒然身体を丸めたり反り返したりとのたうち回る束。取り乱すなんて言葉では足りず狂乱と言っていいほど痛みに理性を失っているのは誰の目にも明らかだった。
ふるい落とされるように束の手中から逃れた畜男は尻もちをつき咳き込みながら労るように喉を撫でていたが、自分を気絶寸前までに陥れてたはず女が一転して人ならざる動きで苦しむ姿に、理解が追いつかなかった。
『何度でも言いましょう。既にゲームは始まっています。参加者は九人。ルールを犯さなければ従うか否かは個人の自由です。ルールを破った場合は多種多様な"罰"が下されるのでお気をつけを』
最初から狼狽えることも高揚することも無かった、一貫した、今は恐怖を喚起させる女の声。そして、空気を震わせる束の悲痛な叫び。
相反する二つの声がゲームの参加者たちに、ようやく命の危機を知らせる警報となり、逃れることのできないゲーム開始の合図となったのだった。