アンデットの婚活事情と木桜美夜のセカンドライフ 作:木桜 春雨
目が覚めたとき、彼女は部屋と空気が違う事に気づいた。
ああ、ここは自分の部屋ではないんだという事を実感してベッドから起き上がり、隣の部屋に行くと、おはようと声をかけられて一瞬びっくりした。
目が覚めてから最初に見るのが骸骨の顔というのは、ひどく現実離れしているが、それも数日、十日も立つと慣れてしまうから不思議だ。
「早いのね、もう起きたの」
何か言いかけたが、相手は頷いただけだ、自分はアンデッドだから、睡眠はしっかり取らなくてもいいのだと数日前にも説明したのだが、ちゃんと理解したかどうかは疑問だ。
「朝食を食べたら出掛けようか」
「どこに」
「服を買おうと思ってね、君の」
「ああ、でもお金ないんだけど」
「自分が出す」
一瞬、相手は黙りこんだ、正直、このわずかな沈黙がアンデッドは不安だった。
自分の財布、懐が痛む訳ではないのだから素直に喜んでもいいのにと思うのだが、やはり別の世界から召喚された人間というのは考え方が違うのだろうかと思ってしまう。
「あなたお金持ちなの、他人の為にお金を使うって」
その言葉に正直、ある筈のない心臓が傷む、召還した理由が自分の妻、連れ添いにする為だと知ったら、どう思うだろう、逃げ出しても不思議はない。
だが、そんなことになったら、召還されて、この国に来たと知られたら、自分だけではない、パルティアも何かしらの罰が与えられても不思議はないのだ。
「そうなったら、あんたは永遠の不死者にして、未来永劫、不幸でどん底の人生、まっしぐらだからねといわれているのだ。
正直、負の時の台詞は思い出しただけで恨みたくなる、だが相手は、そんな自分の心境などお構いなしだ。
「あたしに恨みごとを言っても仕方ないでしょ、根に持つタイプなのね」
数日前のパルティアとの会話は不毛というか、思い出すだけで疲れてしまう。
「ばれないように、あんたが気をつけていればいいのよ、神様だって清廉潔白、いつも正しい事をしているわけじゃないのよ」
確かにと思う、自分が魔法の修行をしている間、師匠から聞かされた話を思い出すと神も人の世界も似ているところがあって、一筋縄ではいかないのだと改めて感じたのだ。
勇者は悪魔や魔王を倒し、人々を幸せにするという使命があるが、悪魔達にも人間と同じ、家族や大切な人がいるのだ。
大昔の勇者の中には悪魔を倒した後、普通の一般人に戻れず悪行の限りを尽くしたあげく、町の人間になぶり殺しにされた勇者も少ないという。
もしかしたらアンデットの自分は幸運なのかもしれないと思うくらいだ。
勇者様ー、ああ、また夢を見ていたのか。
宿の一室で目を覚ました男、元、勇者はのっそりとベッドから起きあがると部屋を出た。
そろそろ仕事を探さないと、数日後には確実に野宿をする羽目になる、夏の時期ならともかく、ここ最近の冷え込みは厳しくて風邪でもひいたら薬を買うのも一苦労だ。
男はギルドへと向かった、今の自分は勇者ではない、ただの冒険者だ、といってもランクもそれほど高くはない、若い頃なら倒せた魔物も一人で相手にするとリスクも大きくなる、怪我をするだけでなく、下手をすれば命を落とすことだってあるのだ。
「お一人でしょう、パーティとか、仲間はいらっしゃらないんですよね」
ギルドの受付嬢からすげなく追い返され、いや、断られた男は帰り道をとぼとぼと歩いていた、今から宿に戻ってもすることはない、どうしようかと思ったとき。
男の足が止まった。
少し離れた場所、屋台で買い物をしている女の姿を見て男の目が釘付けになった。
「あっ、そのオレンジを下さい」
女の声に驚いた、聞き違いだ、似ているなんて、ゆっくりと屋台に近寄り、女の隣に並ぶと店主の老人が、いらっしゃいと声をかける。
「あ、あの、オレンジを」
そう言って行ってチラリと隣に立っている女の顔を盗み見るが、それは一瞬だ。
なのに、男は自分の心臓はどくんと鳴った。
死んだよ、モンスターに襲われた子供を庇ってね。
妻にならないかと領主に言われていたんだよ、それなのに。
ずっと一人も身で、あんたが勇者として活躍している話をきくと嬉しそうに。
手紙一つ寄越さずに、三年もたった今、何で戻ってきたんだい。
村人の言葉に返す言葉もなかった。
ジュリアは死んだのだ。
オレンジは、それで売り切れなんだ、老人の言葉に男は、ああと頷いた。
「あの、良かったら、これ」
女の声に男はおずおずと顔をあげた、自分の手に乗せられたオレンジを見ながら何か言い追うとしたが、言葉が出てこない。
勇者になることを決めた、ずっと昔、彼女に尋ねた事があった、何が欲しいと、すると彼女は少し考えながら、オレンジが欲しいと呟いた。
村の収穫祭で初めて初めて食べたのだが、とても美味しかったらしい。
小さな村では売りに来る商人でもなかなか手に入れる事は難しいらしい、自分が勇者になれば、村ではなく大きな街に住むことができれば果物なんていくらでも手に入る。
いや、それだけではない、勇者になり、功績をあげて戻ってくる、それまで。
待っていてくれと言えば良かったのに、分かってくれると思って言わなかった、何も、言わなかったのだ。
元、勇者だった男は、ずっと後悔していた。