お前のハーレムをぶっ壊す IFルート【あらすじ必読】 作:バリ茶
小春が朝陽を調教していた。兄である俺を差し置いて朝陽に『お姉ちゃん』と呼ばせていた。
本当に信じられなかった。一時は取り乱してとにかく叫んで小春を責め立てたが、その場にいるのが耐えられなくなってレンも朝陽すらも置いて自宅を飛び出した。
走って、走って、走って。
眼尻から溢れ出てくる熱い水滴を拭うことも無く、何処かへ向かうつもりも無く、ただひたすらに逃げ続けた。
「……はっ、あっ、はぁ……!」
数時間ほど走って空が闇に染まった頃、着いたのは知らない公園だった。
誰もいない、街灯もほとんどない、周囲には明るい建物も何もない。
ただそこにポツンとあるだけの公園だった。よく見れば雑草が生い茂っているし、二つあるブランコも片方が壊れている。
「…………」
何を思ったわけでもなく、壊れていない方のブランコへと足が進んだ。
すると座った途端ギギギと不快感のある怪しげな金属音が鳴り、大きな音を立ててブランコの鎖部分が千切れて外れた。
「……って」
雑草だらけの地面に尻餅をついた。どうやら片方のブランコも既に経年劣化で鎖も風前の灯だったらしい。
あまりにも自分が惨めすぎて逆に笑いが込み上げてくる。真夜中の真っ暗な公園の中で、ただ一人小さく笑い声を挙げた。
──なんだ、これは。
俺は信頼できる仲間たちの助力を得て、あの狂ったデスゲームを終わらせた。
全部丸く収まって、何もかもが上手くいって終わっていった。……俺自身が違和感を抱いていた、その事実を除けば。
だからこそ、アクセスウォッチを手に入れてアイリールと一体化したとき歓喜した。
もう一度戻れる、女の子に。蓮斗と小春を愛していた『リア』に戻れると、そう喜んで変身した。
だが、このザマは何だ?
蓮斗は蓮斗じゃ無くなって現実に姿を現した。小春は俺を裏切って弟にまで手をかけた。フィリスは呉原と身を重ねていた。
しょうがない。
……何がしょうがないんだ?
ずっと騙していた俺を許してくれて『大好き』とまで言ってくれたフィリスが、呉原と繋がってもしょうがない?
蓮斗が『レン』なんて存在になって妹が俺の弟とやっている姿を見せる結果になってしまってもしょうがない?
小春が朝陽に『お姉ちゃん』と呼ばせても──
「そんなわけあるかッ!」
ふざけるな、そんなことを認めていいはずがない。フィリスは俺を支えてくれた恩人で、小春は俺の恋人で、朝陽は俺の弟なんだ。
あの世界を全力で生き抜いたからこそフィリスが認めてくれて、小春と蓮斗が俺を愛してくれた。
それをこんな簡単に失っていいはずがない。何もかもを不可抗力で済ませて認めてしまっていいはずがない。
だが、事実俺は奪われている。失っている。
「何でこんなことになってんだよ……!」
頭を抱えて髪をぐしゃぐしゃにした。本当に分からなかったから。現実世界に帰ってきてから何もかもがめちゃくちゃだ。
仮想世界が現実に浸食するのは分かった。それに対処できるほどの頭脳を持った科学者も特殊部隊もいるから何も問題はないだろう。
じゃあ何で俺が一番体を張っている? どうしてただの高校生でしかない俺が世界を救うために戦わなくちゃならない?
あのデスゲームだけで精一杯だったんだ。それも周りの優しい人たちの力を借りることでギリギリ勝てることができただけだ。
当然だろう、何も特別じゃない普通の人間なんだから。仮想世界のキャラたちにも、共に参加したプレイヤーたちにも、デスゲームを見ていた視聴者たちにすら支えられてようやくあのゲームを生き残れたんだ。この身一つで世界中に発生してる怪人たちの巣窟なんざ攻略できるわけがない。
現実世界に戻ってからまるで全てが仕組まれてるみたいだ。
俺に仮想世界のツケを払わせようとしているかのように沢山の問題を押し付けて、なのに救ったはずの人は俺の手から零れていく。信じたはずの人にすら裏切られてこんな無様な姿になっている。
今の俺はまるで悲劇の……そんな馬鹿げた話があるか。
「……っ?」
近くで足音がした。
焦って立ち上がると、唯一公園の入り口にある街灯が、足音を立てた人物を照らし出した。
その人物は──
『■■■■■■』
違う、人じゃない。
形こそ人間のようだが、服も顔も黒くて何も見えない。何を言っているのかも分からない。
バグった音の様な鳴き声を上げながら、数メートル離れた先から俺を見ている。
「なん……だよ」
訳が分からなくて小さく呟くと、いつの間にか
「っ!?」
心臓が蹴り飛ばされたかのように跳ね上がり、足が竦んで尻餅をついてしまった。
地面に両手をついてしまった俺が見上げると、その『何か』はありもしない顔で俺を見下ろす。
その不気味な容姿と異常な移動速度に呆気にとられて、何もできずにいる。
正しく心が恐怖している。目の前の得体の知れない『何か』に恐怖を覚えて肩が震えていた。
『■■■■■……ミ■■ヨ■』
すると『何か』が再びバグの様な音を立てた。
しかし何を言っているのかは全く分からず、俺は情けなく後ずさることしかできない。
『……■ル………ミサキヨル』
「……えっ」
『何か』の声は回数を重ねるごとに鮮明になっていき、今度はハッキリ聞こえた。
俺の名前を呼んだ。機械音声の様な無機質な声音で俺の名前を言った。
『クル……くる──』
『苦しいか』
「……は?」
『お前はいま、苦しんでいるか』
一瞬で流暢に日本語を喋れるようになった『何か』の第一声は、それだった。俺に対して「苦しんでいるか」と無機質な声で問いかけてきている。
この『何か』の目的がまるでなんなのか分からない。突然現れては不気味な機械音を上げて、俺に妙な問いかけをしてきて、一体何がしたいのか理解できない。
分からない──故にシンプルな行動に出ることにした。質問に答える、それだけだ。
理解できないものを理解しようとする程、俺に気力は残されていない。もう頭の中がいっぱいいっぱいで、難しいことなど本当は微塵も考えたくない。
「……苦しいよ」
『苦しんでいるのか』
何で聞き返すんだよ、俺の言葉が聞こえなかったのか?
だったら言ってやる。何度でも言ってやる。
質問の答えだけが今の俺の気持ちだ。誰だか分からないけど聞いてくるなら全部ぶちまけてやる。
「苦しんでるよ……っ! もうワケわかんねぇんだよ!」
喉を鳴らして叫び散らす。一ミリも心が晴れることなんてないが、こうでもしなければ心が壊れてしまいそうな状況にいるから。
「何で俺ばっかりこんな目に合わなくちゃいけねぇんだよ! 俺がどんな悪い事したって言うんだよ! ただずっと目の前の事を必死にやってきただけなのに……どうして俺がっ、こんな……!」
『そうか』
俺の言葉を聞いた『何か』はそう答えた。何も感情が込められていない、ただの事務的な返事の様にそう言った。まるでどんな答えも期待などしていなかったかのように。
そんな『何か』にイラついて、更に叫ぼうとした。
しかしそれは、目の前の怪物の声によって遮られる。
『我はそれ以上に苦しんだ』
「……何の話だ」
『世界を破壊する舞台装置として生み出され、その創造者に拒絶され、生まれた理由を全うできないまま体を分解されて取り込まれ、お前に消し飛ばされた』
……世界を、破壊? 分解されて、俺に消し飛ばされた?
それって、それってまさか──
『自分が何処にいるのかも分からないまま、お前に刻まれた傷に延々と苦しませられた。だが折れることなく足掻いて見つけた世界の歪みを利用し、自己を確立しきってようやく力を手に入れた』
「力……?」
『世界を壊す力だ』
俺を見下ろしたまま、まだ言葉を続けていく。
『我はその力をただ一人に向けて使うことにした』
お前にだ、と人差し指を向けてくる。
「……なん、で……っ」
『お前が気に食わなかったからだ』
──気に、食わない?
『恵まれた仲間に囲まれていることが、自分が追い詰められている状況なのにも拘わらず黒野理愛に「助ける」とのたまうその驕った態度が、その希望に満ちた眼が鬱陶しかった』
『我を半壊させて尚のうのうと生きているその姿が癪に障る。仮想にいようと現実にいようと周囲に仲間が集まることを当然のように捉えている言動が我を苛立たせる。傷を負わせた我のことなどまるで忘れたかのように生きるお前のことが許せない』
『全てを勝ち取って帰還したお前が何よりも憎い。ゆえに──』
『お前の
淡々と、機械的にそう告げた『何か』は右手を青白く光らせた。
そして手のひらを上に向け、蛍の様な小さな光をそこから飛び出てくるように大量に放出する。
周囲に拡散した小さな光たちは俺と『何か』を包み込むように広がり、真っ暗な公園を照らし出した。
突然『何か』が現実離れした事象を発生させたことに焦って立ち上がり、数歩後ずさって奴に叫ぶ。
「なに、を……っ!」
『この世界はある程度破壊した。破壊の後には創造がある』
すると周囲の光景がぐにゃりと歪み始めた。月が潰れて公園の敷地が収縮し、雑草が次々と消えていき足元を真っ白な更地にしていく。
『創造の先にある世界でもお前は苦しむことになる。永遠に破壊と創造を繰り返し時間がループする現実世界で、お前はあらゆるモノを我に奪われ続ける』
「……やっ、やめろ」
『友人も、家族も、愛する人間すらもお前の元から去っていく。お前は幾度も孤独になり、奪われる苦しみを味わい続ける』
「ふざけるなッ!」
咄嗟に駆け出して『何か』に掴みかかろうとしたが、何故か奴の体をすり抜けてしまい、前のめりに転倒してしまった。
「あぐっ……!」
『せいぜい無様に足掻け。誰もお前を救いはしない、一人も味方などいない状況で出来るものなら』
「まっ、待て!」
必死になって振り返ってみると『何か』の姿は既に無くなっていた。
「なっ───」
そして周囲が眩く光り輝き、程なくして俺の視界は白に包まれていった。
とても瞼を開けていられるような状況ではなく咄嗟に目を閉じる。
───ふと目を開けると、俺はオレンジ色の夕日に照らされながら、朝陽の通う小学校の前で立ち竦んでいた。
★ ★ ★ ★ ★
『あっ、リアねえ!? ち、違うの、これは……!』
★ ★ ★ ★ ★
『ボウヤはもう頑張らなくていいわ! アタシが海夜小春とリンクしたから、あとは任せて!』
★ ◆ ★ ★ ■
『剛烈とアクセスすることができたんだ。これからリアさんにはたくさんの恩返しをしていくよ』
★ ★ ■ ■ ★
『呉原さんとおっしゃるのですね! 一緒にリアさんをお助けしましょう!』
▼ ■ ◇ □ ☆
『……夜にいっ、お父さんが……あっ、ぅぁッ……お、お父さんがぁ……!』
◆ △ □ ☆ ☆
『だ、だいじょう、ぶっ、だよ……り、リアちゃんを置いて、死ぬわけ、ないじゃない……』
◇ □ ☆ ☆ ☆
『美咲はここにいてくれ、少し外の様子を確認してくる』
△ ☆ ☆ ☆ ☆
『あ、れ? ねぇ、どこ? リアねえ、リアねえー……どこにいるの? 見えないの、なにも見えないの……』
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
夕方の小学校の前で目を覚ます。
自分の隣に呉原がいて、朝陽が昇降口から出てくるのをじっと待つ時間まで巻き戻る。
俺の好きだった女の子たちが誰かしらと繋がり、それを発見した俺に対して彼女らが性行の言い訳をしたその時点で時間が巻き戻る。
増殖した怪人たちによって街が蹂躙され、俺の目の前で大切な誰かが命を落とすと再びこの地点に回帰する。
そして俺自身の心に深い傷を刻み込まれる事こそがループ発生の条件なのだと気がついた時には、もう立ち上がれない程に疲弊しきっていた。
繰り返し、繰り返し、ここからできる最善の行動を取ろうとする。
しかしその度に見たことのない事象が発生してしまう。前々回のループではロイゼとアクセスしていた筈の呉原が、前回は誰ともアクセスすることなく目の前で怪人に首を刎ねられた。
ループをする度に発生する事件がランダムに入れ替わるため、予測を立てて行動してもほとんどが無意味だった。
いつの間にか仲間を仲間に奪われる展開が終わり、目の前で仲間たちを失うループにまで到達してしまっている。
誰も彼もが懸命に足掻いて俺を守ろうとして、必ず命を落とす。俺が庇おうとしてもそれを妨害する何かが毎回存在するため、俺の行動で何かを変えることはできない。
あの『何か』──いや、『ワールドクラッシャー』の言葉通り、俺は奪われる苦しみを味わい続けている。永遠に終わらない地獄の回廊を歩き続けることを強要されている。
「……ほんとだぜ! あーあ、せっかくTSしたってのに、男に戻るとか分かってねぇなぁ~!」
この言葉を聞くのは、今が何回目なのだろうか。リアの体から男に戻ったことに対して違和感を抱いている俺に、気を遣って明るく接してくれている彼の顔を見るのは。
デスゲーム時代に最初に出会った時、彼は言い訳をすることもなく俺に泣いて謝り倒してきた。それほど誠実で心優しい彼があの女の子たちと繋がる結果に収束してしまうのは、クラッシャーの『破壊』の影響で彼女らの能力全てにデメリットが付与されてしまったことにある。
あくまで憶測の域を超えないが、ここまでくればクラッシャー自らが俺に対して都合の悪い状況を作っているのは確実だ。能力を使わざるを得ない窮地にまで追い込んで、やむなく能力発動をするように仕向けている。
……それが分かったとしても結局俺には何もできないが。
この後にすぐ、小学校から出てきた朝陽が俺に抱きついてくる。ゲームの世界も知らない、小春とも出会っていない、俺がリアになることもまだ知らない朝陽だ。
「……なぁ、呉原」
「んっ、どうした?」
ここで初めて朝陽が来る前に呉原に話しかけた。その行動の意味は、決して何かを変える為ではない。
「申し訳ないんだけどさ、俺の代わりに朝陽を家まで送ってくれないか」
「は? な、なんでだよ、朝陽くんはお前のこと待ってるんだぞ?」
「俺じゃなくてもお前なら朝陽も大丈夫だから、悪いけどよろしく頼む」
「なに言って……あっ、おい美咲!」
有無を言わさず朝陽の事を呉原に押し付け、足早にその場を去っていった。背中から聞こえてくる叫び声を無視して、耳を塞いで駆け出した。
脱兎の様に、俺は逃げた。
太陽が落ちて空が闇に切り替わった頃、俺はあの公園に訪れていた。誰も使わない、誰にも見向きされない廃れた公園に。
ブランコが二つある。一つは壊れていて、もう一つはかろうじて繋がっている。だがあの生きているブランコも、少し力を加え入れれば簡単に壊れてしまう事を俺は知っている。
そうだ、もう壊れているんだ。
あのブランコも俺の心も、取り返しのつかないほどに罅割れてしまっている。触れれば壊れて砕け散ってしまうほど、弱く脆い。
「……はは」
自然と笑いが込み上げてきた。真っ暗な夜の下で凍えた風に撫でられながら、肩を掴んで身震いをしている。寒さに抗うようにして蹲り、地面に膝をついた。
「はははっ」
喉から次々と明るい音が漏れ出してくる。腹の底が踊っていて、耐えることができず俺は大笑いをした。
「あっははははは! ひひひっ、ハハハハっ!」
静寂が支配する闇の中でただ一人笑い叫ぶ俺を、公園の弱々しい一つの街灯だけが照らしている。孤独に苦しみ続ける俺には、そんな安い光がふさわしいのかもしれない。
「ひーっ、ひーっ……! くひひひ……! ははっ、っっく、は、は……!」
無邪気に続けられていた笑い声は段々と沈んでいく。微かに絞り出されるソレが掠れて、頭の中が熱くなって寒さを忘れた。
「は……あっ、は……あぁ゛っ……」
いつの間にか歯を食いしばっていて何かを耐えようとしていた。
だが心の枷など一つも存在しない今の俺に、何かを耐えられるほどの強さなど微塵も残されてはいない。
「…………ぐ、う゛ぅ……っ、ひっ、ぐ……っ」
情けない嗚咽と共に眼尻から涙が零れていく。ループしながら何度も何度も泣き叫んだが、慣れることなど何一つない。
好きだった子たちが誰かと繋がっているのを見ると『またこれか』なんて軽く受け止めようとする自分がいる反面、心の奥底では掻き毟りたくなるような憎悪と悲しみが膨れ上がる。
本当は俺の事なんて庇ってほしくないのに、どうあっても俺の命だけは助けようとする彼ら彼女らの姿を見て、胸が張り裂けそうになって腹の底が熱くなってしまう。
どうあっても結局失ってしまうのだと分かっていても、いざ本人たちを前にすると『もしかしたら上手く進めるんじゃないか』なんてことを期待してしまうのだ。その度に後悔して、その度に苦しむだけだというのに。
「ぁ゛ぁ……っ」
彼らの笑顔が自分を勇気づけてしまう。抗おうとする気力を奮い立たせてくれる。
しかしそれらは呆気なく砕け散ることになる。自分が無力だという事を幾度となく再認識させられる結果を何度も繰り返す悪循環だ。
「……っ、ぃ、」
もう嗚咽すら出てこない。真夜中の公園の中心で蹲り、止まらない涙で地面を濡らすことしかできない。
「……むり、だ」
掠れた声で呟く。
何かを期待して抗い続けても何も変わらなかった。
「もういやだ」
これ以上自分に何かが出来る気がしない。
苦しみから解放されたいのなら自ら命を断てばそれで終わるのに、それすらも怖くて無駄に繰り返し続ける自分が情けなかった。
繰り返すたびに人が死ぬ。俺が何もできないから、みんなが何度も苦しんで命を落とす結果に繋がってしまう。そんなの俺が彼らを殺しているのと同義だ。
じゃあ、俺が生きてる意味なんて──
「……………っ」
心が『悪い方』へと傾いて、泣くのを止めて顔を上げた。目の前にあるブランコを破壊して、その破片の鎖で腕の動脈を抉り潰してやろうと、心の何処かで思いついてしまった。
「………?」
しかし、フラフラ揺れながらゆっくりとブランコに向かって足を進めると、違和感に気がついた。
何故か周囲が妙に
「……あっ」
その違和感の正体は呆気なくすぐに判明した。
上を見上げるとそこには青白い光が集束しており、公園全体を半透明の壁が包んでいる。ふと前を見てみれば、青白い球体が上に向かって柔らかな光を上げていた。
これは明らかにゲームフィールドだ。青白く発光するバリアと目の前にある中心核が、暗いだけの公園を薄く照らしている。
本来今日の夜に聞くはずだった真岡の話を思い返してみれば、確かにこの日の内に何処かでゲームフィールドが発生してもおかしくはない。
ワールドクラッシャーと邂逅したあの時以来ただ一度もこの公園には来なかったせいで、ここがゲームフィールドになることを知らなかった。
「……棺桶だな」
ゲームフィールドは外部からの干渉を受け付けない。もし俺がここで死のうとしても、誰も止めることはできないということになる。
ただ、クラッシャーと出会った日のこの公園にはバリアが無かった。もしかしたらここまで小規模なゲームフィールドは時間経過で自然消滅してしまうのかもしれないが、バリアが消えるまでの数日間があれば死ぬには困らない。誰かが駆けつける頃には俺は動脈を切った後の大量出血で既に息絶えていることだろう。
「……なに、冷静に考えてんだ」
自らの命を断とうする行動を落ち着いて分析している自分に嫌気が差して立ち止まった。
死のうとすることも、生きようとすることも面倒になってしまった。何もしたくない、許されるなら今この何も起きていない時間から先には行きたくない。
「…………もう、いい」
か細い声で呟き、下を向いて立ち尽くす。
ゲームフィールドが発生しているにも拘わらず一切騒がれない公園で止まっていれば、耳に届くのは冷たい風の音だけだ。
それが自身を孤独だと認識させる。クラッシャーの言った通り、ループする俺の味方なんて一人もいない。
俺が時間を繰り返していると伝えても皆は信用しなかった。なにせ今の俺は異常な空間で行われていた殺人ゲームを終えたばかりの人間で、既に気が狂っていてもおかしくない人間の狂言など『今は疲れているだけ』と一蹴されることの方が当たり前なのだから。
発生する事件が入れ替わる影響で未来を当てることもできず、ループしている証明すらも出来なかった。そのせいでどうやっても信じさせることができない。
一人だ、俺はずっとこのまま孤独に繰り返し続けるんだ。
何も変えられないまま、一人で、無様に、永遠に──
『夜』
──声が聞こえた。
『やっと会えた』
まだ壊れていないブランコの前に、一つの影がある。
そこにはいつの間にか、俺よりも頭一つ背の低い少女が立っていた。
「…………リア?」
『むっ』
ぼそりと小さく呟くと、眼前の少女は眉をひそめて口をとがらせた。
何故か少し不機嫌になってしまったその少女に対して、俺はもう一度、訂正をしつつ呼びかけた。
「あ、アイリール……」
『んっ、そうです。私はアイリールです』
頭の中に浮かんできたその単語を口に出すと、ブランコの前にいる銀髪の少女が僅かに微笑んだ。
……なぜここに彼女がいる。本来俺とアイリールは明日の昼、朝陽の小学校の前でアクセスウォッチを使うことで、ようやく再会を果たすという未来の筈なのに。
『長かった、また夜に会えるまで』
銀髪の少女はそう呟きながら足を動かす。ブランコの近くから、俺の目の前に向かって。
「……そうだな、アイリールからすれば長かったよな」
沈んだ声で彼女の言葉を肯定した。
それもそうだ、彼女からすれば俺と出会ったのは仮想世界のエンディング以来なのだから。
何度もループして何度も再会していることなど、目の前のアイリールが知る由もない。
『……夜、やっぱり元気ない』
「疲れてるんだよ、ちょっとだけな」
俺の仲間たちの中で唯一ループしていることを毎回信じてくれた彼女なら、俺の今の状況を話せば同情はしてくれるだろう。たとえそれが口先だけの信用だったとしても今の俺にはその優しさがたまらなく嬉しい筈だ。でもそうやって彼女に慰められたとしてもきっと心が晴れることは無いだろう。それ以上に無理矢理信じさせてしまっている彼女への罪悪感が──
「……ん?」
『どうしたの』
アイリール、さっき俺に対して『やっぱり元気ない』って言ったよな。まるで俺の状況を予測していたみたいな態度でそう言った。
「……アイリール」
『なに』
「ぉ、おまえ、もしかして……」
弱々しい声でそう言いかけた、その瞬間。
『ようやく気づいた』
アイリールが突然駆け出して、俺を正面から抱きしめてきた。
急な奇行に驚いてのけ反ってしまうが、アイリールは強く抱きしめて俺を離さない。
「ちょっ……!?」
『……その予想、当たってる』
俺の胸の中で呟いた少女はパッと上を向いて、俺の顔を見上げた。
そして普段の無表情っぷりからは考えられないほどの笑顔で、明るく俺に告げてみせた。
『夜と一緒。私もループしてるよ』
──その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
一秒、二秒、三秒──十秒。
「……ハッ」
あまりにも突然の告白に十秒間無言で固まってしまった俺はようやく我に返り、焦ってリアの肩を掴んだ。
「な、なっ、何言ってんだ!?」
『言葉通りの意味。クラッシャーが現れたあの時から、ずっと私も時間を繰り返してる』
得意げに言ってのけるアイリールだが、言われている張本人の俺は狼狽するばかりだ。
意味が分からない。今まで何度もループしてきた中でアイリールが『自分もループしている』などと言ってきたことは無かった。ループのことを俺から説明して、私もループできたら良かったのに……なんて言ってきたことはあったが、こんなパターンは初めてだ。
それに毎回アイリールがループしていたのならば、彼女はループする度に俺に対して嘘をついていたことになる。まるで未来の記憶なんて持ってませんよ~って感じで振る舞っていたことに……?
「どういうこと……なんだ?」
『……私は時間が巻き戻っても、その記憶を初日である
明日ウォッチで呼び出される時点ではもう忘れちゃってる、とそう付け加えるアイリール。心なしか、少し申し訳なさそうな表情に見えた。
『クラッシャー本人の影響を受けてる夜と違って、ただ無理してあなたにくっ付いてきてるだけだから、記憶の保持が複雑になってるのかも』
「……日を跨ぐ前にゲームフィールドに入ったから、記憶を持ちこしてるアイリールに会えたのか」
『うん、この日は今までの出来事も全て覚えてるから、夜と一緒』
ふふん、と得意げに鼻を鳴らすアイリールを見て、なんだか少しだけ気が抜けてきている。
俺が静かで彼女が元気だなんて、まるで仮想世界の時とは逆だ。
『この状態で夜の中に入れば、きっとあなたの記憶領域とリンクして、明日以降もこの記憶を持ちこせるはずっ』
「……そう、か」
俺の腕の中でテンション高めなまま静かに喋る銀髪少女に釣られて、俺も少し口角が上がった。
そんな微笑の域を超えないほどの小さな笑みだったとしても、こうして心の中に『嬉しい』という感情が蘇った事実が、何よりも嬉しかった。
──安心したのだろう。
俺はいつの間にか、再び涙を流していた。
『わ、わっ、夜、泣かないでっ』
「……ばか、嬉し泣きなんだから……泣かせろ……っ」
『そ、そうなの……』
俺の心配をして口元をあわあわと震わせながら狼狽する彼女が愛おしくなってしまい、ずっとアイリールの肩にあった両手を背中に回して強く抱きしめた。
自分の頬を彼女の頭に当てながら、全身でアイリールの温かさを感じる。そうしたままジッとしていると、アイリールの方も抱き返してきてくれた。
『……なら、泣いていいよ。私は夜の味方だから、なんだって受け止める』
「………うん、うん……うん゛っ……!」
限界になった俺の感情を、その小さな体で正面から受け止めてくれている。それどころか背中をぽんぽんと優しく叩かれていて、幼い頃の母親にあやされていたときの記憶まで蘇ってしまった。少し恥ずかしい。
……
…………
………………
彼女に促されてひとしきり泣いた後、二人して雑草の上に座りながら記憶の照らし合わせをすることにした。
もちろん俺の覚えていることと彼女の記憶は合致しており、照らし合わせ事態はものの数分で終わって何も問題は無かった。
今はただ、本当にただ会話だけをしている。
「だから小春ってば流されやすいんだよな。お姉ちゃんだぞ? お・姉・ち・ゃ・ん!」
『それを朝陽君に言わせてたら……夜が逃げるのも分かる』
「あいつ色々と感覚が緩すぎるって……まったく、朝陽と何してんだか」
『えっちなゲーム世界の出身だから、っていうのは暴論?』
「限度があるだろ! 好きな人の肉親に手ぇ出す!?」
主に流されやすい小春の話や、割とすぐにえっちな行為に移行してしまう貞操観念が少々緩めな彼女たちの話をしている。
もちろんクラッシャーによってデメリットを付与されていることが原因なのは分かっているけど、それはそれとしてアイツら意外と悪いノリする部分多いからな。もうそういうのはループで何回も見てきたわ。
「蓮斗と小春はともかく、あの四人に関して俺が文句を言うのは……その、なんか変な感じだけど」
『……モヤモヤする?』
「……うん」
確かにフィリスと陽菜は俺の事を好きと言ってくれたが、ロイゼと文香に関しては友人の域は超えていないように思える。
だから彼女らがデメリットで現実の仲間たちとアレに勤しんでいても、俺が文句を言える立場ではないかもしれない。
でも、なんかモヤモヤする。結局彼女たちが仲間内の誰かとアレをしたことでループが発生してるので、俺自身が凄まじいショックを受けているのは事実だ。
もちろん彼女たちの事は色んな意味で好きだ。出来る事なら一緒に居たい、でも愛を誓い合った仲ではないし彼女たちの気持ちも考えると……。
存外、俺も不誠実で最低でだらしない人間なのかもしれない。
『じゃあ皆がアレをする前に……というか死なせないために、今度こそ守らないと』
「……そうだな」
好き嫌いの関係を差し置いても、彼女たちは何があってもどんなループ世界でも俺のことを絶対に助けてくれた。自らの命を賭してまでも、必ず。だからこそ俺は今ここにいる。
だから俺は守りたい。どんな世界でも俺を見捨てることは一度もしなかった、そんな心優しくて自分に正直な彼女たちを、絶対に。
それは呉原も真岡さんも剛烈さんも一緒だ。こんな俺と一緒に居てくれた人たちを、あんなバグみたいな奴に奪われるわけにはいかない。
『出来るよ、私と夜なら』
今の俺は一人じゃない。ワールドクラッシャーに抗って俺の味方になってくれた人が隣にいる。正直に言えばめっちゃテンションが上がって嬉しくなっている。
「……でも、具体的にはどうすりゃいんだろ」
『……考えてなかった』
テヘッ、と無表情で自分の頭をコツンと叩くアイリール。ただ、何も考えていなかったのは俺も一緒なので文句は言えない。
……すると、数秒間逡巡するように頭を唸らせていたアイリールが顔を上げた。
『あっ、そういえば今までのループで、一度も頼ってない人がいた』
「……そんな人いたか?」
呉原は勿論、真岡や剛烈以外のデム隊の隊員の人達にもループ中何度も頼った。
他に頼れそうな人といえば────あっ。
「……黒野、
『デム隊の立ち入り禁止の部屋で保護されてるから、頼るどころか一回も会ってない』
言われてみれば確かにそうだ。俺が黒野理愛の姿を見たのは、ヘッドギアに接続されていた部屋で仮想世界から目を覚まして、同じく彼女も目を覚ましたあの時だけだ。
リアのように背の低い童顔で、ミディアムボブの茶髪だったことだけ覚えている。
「……よし、会いに行ってみよう」
『そもそも会えるの』
「真岡さんに無理言って会わせてもらうよ。アクセスウォッチを受け取ればそれくらいの融通は利かせてくれるはずだ」
思い立ったが吉日。今すぐデム隊の拠点に行くため、すぐさま立ち上がった。幸いデム隊の基地は俺の自宅がある街の中にあるからすぐに赴ける。
同じく立ち上がったアイリールの方へ向き直り、俺は彼女に向かって右手を伸ばした。
「アクセスウォッチ無しで融合できるかは……わかんないけど」
『……余裕だよ、私たちなら』
だって呉原くんとフィリスが出来たんだから。そう言って彼女は俺の右手のひらに自身の左手をピタリとくっ付けた。
確かにアイリールの言う通りだ。そこまで交流の無かったあの二人に出来て、ずっと一緒にいた俺たちに出来ない道理はない。
「行こう、アイリール」
『いざ、れっつごー』
気の抜けるような彼女の合図に従って、俺たちは再び一つになった。
そしてゲームフィールドの核である丸い水晶を蹴り壊し、バリアの消えた公園を去っていく。
この日心から信頼できる仲間を得て、永遠に続くかに思えた──俺の長い夜が終わりを告げた。