それでもよろしければ、こちらにある物語をどうぞ。
サーヴァントに、睡眠をする必要はない。
あくまで、生前の生活スタイルから精神力を回復させるために必要なことではある。
ただ、サーヴァントという規格を持つ、魔力で編まれた肉体には。最低限の戦闘機能だけを考えるのであれば、睡眠を取る必要などまったくない。
これは、そうであることを忘れていた、一人のマスターの就寝中の出来事である。
ゆえに、彼の記憶に、サーヴァントである彼女の独白が刻まれることはない。
「ふーん、【こっちの人理修復】って、こーなってたわけね」
ひとりの少女は、己のマスターの携帯端末を手に持ち、画面をいじる。
座に登録された英霊からすれば、どのような現在・過去・未来で、どのような世界線で召喚され、どのようなサーヴァントとしてマスターに仕えようが仕えまいが。
あくまで膨大な情報に埋もれる、色褪せた情報の塊に過ぎない。
そんなことはないと口にしたくなる。それが彼らの物語を知る観測者の慟哭であろうとも、彼らの記憶はサーヴァントとしての生涯と共に尽きるもの。
座に焼き付くほどの、あらゆる並行世界であっても実現する縁か奇縁でもない限り、滅多なことでは覚えてもらえない。ウェイバー・ベルベットの情熱、衛宮士郎の青春、記憶なきマスターの生命を燃やす王道。堕落を極め怠惰を悦びとするがゆえに、その人生には誰よりも誰かを見る時間があった孤独な女性の言葉。
星を落としてみせた、龍となったホムンクルスという終着点。
彼らの物語は、運命という必然と、ほんの僅かな偶然によってのみ始まる。
ゆえに、己の座に焼き付けるに値するマスターを得た英霊ほど、『そのようになった己』という分身の記憶の扱いが大きく変わっていく。
あるものは座に封じ、サーヴァントとしては思い出せぬように。
あるものは座に置き、確かな伴侶として共にあろうとするように。
あるものは座に刻み、遥かな未来でマスターを乞うような疼きを覚え。
あるものは、そもそもの『座にあるはずの己』さえ曖昧であるがゆえに。
「こっちのマスターとは彼氏彼女になってなくて、あっちのマスターとは彼氏彼女になっていてかー。って・・・・・・あー、なるほどね、そのあたりの
サーヴァントとして刻まれた、己の霊基が。
『どの伝承が正しいのかさえ、曖昧なもの』であるがゆえに。
召喚された先にいるマスターとの良縁が得られるか、彼氏彼女の関係となる相手がそこにいるのか。それは、どの伝承の鈴鹿御前であっても千差万別になり得る。
サーヴァント。セイバー、【鈴鹿御前】。
彼女は、己のマスターのプレイしていたゲーム、【Fate/Grand order】のゲームデータを閲覧しながら、特異点、【崩壊世界前線タイプ・アース(※仮称)】とでも呼ぶべき、この世界線とは違う世界線での自分たちの記録を振り返る。
「なんていうかさ、サーヴァントって残酷よね。
そーくんの持ってる漫画とか小説とか読んでて思うんだけどさー、それ同じ私だけど私じゃないっていうか。同じ犬種の飼い犬に、別の飼い犬が持ってた”思い出”を持ってほしい的な・・・・・・そういう未練のある目を毎回されるって、カルデアじゃありえないし。
あー、えっと、メルっちだっけ? あの子はそういう目されてたんだっけ??」
サーヴァントとしての生涯は、その世界のその時間軸でしか輝かないからこそ。
カルデアでの自分と、この世界線でのマスターに召喚された自分という『自己同一性が保持されている』などという異常事態に、彼女もまた。
マスターと同様に混乱していた。
藤丸立香などというマスターと同じ容貌をした誰かに仕えた己も、藤丸立香とは似ても似つかない誰かをマスターとしたカルデアでの己も、同じように今の世界にいる。
それに気がついた時、その際の混乱はマスター本人の比ではなかった。
鈴鹿御前。
そう呼ばれるサーヴァントそれぞれが、それぞれの自己同一性に違和感を抱いた。
同じ特異点に召喚された、同じ鈴鹿御前というサーヴァントの全員が慄いた。
ありえないからだ。
どの世界線であれ、普通の大学生だったという条件を満たし、一般人枠でカルデアという組織にスカウトされる、レイシフト適正100%の人間が。
同じ因果を持った個人ではなく、育ちや経歴や祖先が異なるマスターが。
どのような世界線でも、ゲームと同じような冒険を繰り広げる?
そのうえで、すべての鈴鹿御前が、同じような思い出を持って召喚された?
同じ伝承を保持して召喚されることすら、確認し合えば「ありえない」と分かる自分が?
・・・・・・此方の世界に?
そんなこと、あり得るはずがないからだ!
なまじ彼女は、いや、彼女たちは、己のスキルを使用したがために、それぞれが同じ結論へと至り、ゲームでの旅の記録と自分たちの記憶の齟齬に気がついていく。
召喚に使われた触媒としてのゲーム、その旅の記録を見れば見るほどに悟る、自分たちの記憶とマスターの記憶との間にある、鈴鹿御前という概念に対しての認識の違い。
元の世界での思い出とは、かすりもしないマスターの人物像。あるいは、自分がいた世界線でのマスターには打ち明けた悩みや、思い入れや恋心を受け取っていないIFの世界線でのマスターに心を許してしまっている、という現実。
個々の記憶の違い、個々の自己同一性の違いに安堵しながらも、そのような状態のサーヴァントとして召喚されているという異常な現状。
人理が揺らいでいる際のサーヴァントたちは、時に己のかつての聖杯戦争を思い出し、それぞれに縁が深いライバルや仲間と顔を合わせ、カルデア内で食卓を囲うこともあった。
しかし、現状はそうではない。
人理が揺らぎ、特異点と化した【この世界線】での自分たちは?
思い出せないのだ、より未来における自分のマスター、彼氏彼女の関係になったはずの誰かとの思い出を。思い出していないのだ、『ゲームという媒体での鈴鹿御前』でさえも。
それは、未来での鈴鹿御前のサーヴァントが、その記憶をなんらかの理由でサーヴァントとして召喚される他の自分自身に開示していない、ということを意味している。
鈴鹿御前と同じような状況に陥っているサーヴァントは、玉藻の前。
サーヴァントとしての己に、己の旦那様となったマスターとの記録を座から開示していない、座に刻みながらもサーヴァントとしては刻んでいない状態の彼女。
玉藻の前たちにも協力を仰ぎ、自分たちの、否、自分たちサーヴァントの、座の自分が決めた【鈴鹿御前】の自己同一性について考察を深めていく。やがて。
そこに対する、鈴鹿御前たちの答えは決まっていた。
その後に続いた鈴鹿御前のひとりである、このマスターに仕える鈴鹿御前は、
「やっぱ、”実感が沸かない”のよね。
確かにキュンキュンくるマスターだけど、じゃあ彼が私の今カレかって言われちゃうと、なんかすっごいソウジャナイ感があるっていうか・・・・・・あくまで、この私の今カレはマスターなんですけど・・・・・・あ、こっち風に言うと『彼ピッピ』?」
なおさら。
オリジナルとも呼べる、ある世界線でのマスターと恋仲になった鈴鹿御前に首を傾げる。
彼女のように、霊基に刻まれた伝承から別物である個体は他にいなくもない。
悲恋に終わったもの、悲恋どころか破局にまで至ったもの、悲恋にはならなかったが殺し合う仲になったもの、最初から恋愛感情などなかったもの。
そのそれぞれが、恋というものに憧れてJKセイバーになる。
一見すると意味がわからないが、それぞれの思いの丈を訊ねてみれば、やはり本気であれ偽りであれ、最初に経験した前カレとの青春が忘れられない鈴鹿御前ばかり。
だからこそ、違和感を抱いてしまうのだ。首を傾げてしまうのだ。
あくまで、鈴鹿御前の伝承の一側面でしかない。
そんな自分たちのひとりである漫画作品での鈴鹿御前に、なぜ自分が彼氏に選ばれているのか分からないと口にするほどの、それほどの愛着を示すのか。
「んー、でも、わからなくもないかも?
私だって噂に聞いたイケメンが、噂に聞いたお姫様と結婚したってハナシが世界線を跨いだ途端に全然違う女の子と結婚してたことになってたら、けっこー驚くと思うし。
だからって、ファンが相手に押し付けることなくない?
誰だって袖振り合うも他生の縁なら、触り合う袖が違うなら『好きな人も違う』んだし」
ちらりと、鈴鹿御前は横になっているマスターを見る。
ゲームをプレイしている最中に気絶したのか、あるいは普通に疲れて眠りについたのか。どちらであれ世界線を跨いでなお、鈴鹿御前に愛を示したマスターを見つめる。
顔も声も、自分の知るマスターと変わらず。しかし、お互いへの認識にズレはあり。
それでも、自分を思う気持ちだけは同じだった。
最初の出会いがゲームでしかなくとも、現実に会えば同じような運命に至る。
そんな【自分の彼氏】を見て、困ったように笑う。
「・・・・・・やはり、こういう話は起きている時に話すべきことなのでしょうね。
だとしても、そーくんが一番混乱しているはず。世界が乱れ、幻想は現実に蘇り、現実の幻想はサーヴァントという幻影となって主となった自らに仕える。
そんなこと、魔術がなかった世界で簡単に信じられることじゃない。私の想い慕う相手が、そーくんの知る誰かではなかったのならば、なおさら・・・・・・」
頬をなで、家の外の喧騒に狐耳を動かす。
建物が壊れる音、爆撃が魔獣の肉を焼く香り、聞いたことのある英霊の名を叫ぶ声、それに応じるサーヴァントの声。戦火は今もなお、彼らの近所を騒がせる日常となっている。
こんなはずじゃなかったはずだ、彼ら彼女らのあるべき世界は。
こんなはずじゃなかった世界に塗り替えた、噂の女神がなにをしているのか。そもそも女神を倒したところで、特異点がもとに戻るわけではないなど百も承知だ。
諸悪の女神が今あるテクスチャから離れるよう、何度も願い奉っている組織があるという。このままでは、本当に異世界のカルデアが特異点修復に来てしまうことを進言しつつ、なんとか御身のためにも地球から離れてもらえないかと進言するサーヴァントたちがいるのだという。
その異世界のカルデアが、どのような世界線でのカルデアかは誰も予想ができない。原作ゲームそのままのカルデアか、二次創作で描かれた可能性にあるカルデアか。
いずれにせよ、このままでは碌なことになるはずもないからと。
その答えがどうなるのか、自分の彼氏にとって行幸となり得るのかは定かではない。
ただひとつ言えることは、かの女神が地球を離れる時。この地球を包んでいる
そうなってしまえば最後、魔術師ではないマスターから充分な魔力を得られず、一般人であるがゆえに魔術刻印も持たず、高い質を誇る魔術回路もないがために、ある程度は魔力を得られたとしても現界を維持できないサーヴァントが増えてしまう。
自分もまた、そのうちの一騎でしかない。
本来のサーヴァントとしての勤めを考えれば、退去は為すべき必然である。
霊体化をすることで魔力の消費を抑えることも、冬木の聖杯戦争を鑑みれば当然の責務であり、それを無視してでも現世での悦びに情熱を燃やすサーヴァントは稀有だ。
それでも、だとしても。
このマスターに仕える鈴鹿御前は。
「やっぱり、離れたくない。私は欲しい。
あるはずなのよ、あいつらの噂話が本当ならば、きっと。
・・・・・・あの東京ドームを器とすれば、理論的には可能。そんなことは私でさえ気づけるのだから、あいつらも相応の対策をしてきているはずなのだから。
準備がいる。あの東京ドームを落とすための戦力が。あるいは奴らに、天帝の娘である私が願い奉られるだけの功績を得るための、とびきりの餌が・・・・・・」
願う。親指の爪を噛みかけ、慌ててネイルを傷つけまいと口を離し。
己の願いを、現実にしようと心に刻む。
「東京ドームを器とした、【関東大聖杯】。
それを手にし、まことに受肉を果たせば、『この私』が別離を為すことはない――――!」
ひとりの女の、話をしよう。
などと謳いはしたものの、これ続きどうしよう・・・・・・。
いや、関東大聖杯関係の設定は、ジャガーマンがサーヴァントになるっていう未投稿のやつで思いついていて、わりとそのあたりが原案なんですよコレ。
だから、完結の目処が立ってないわけじゃないんです。
このシーンだけ、なぜか今日、急に「ぽっ」と出てきたんですよ。
長いこと創作を続けてきちゃいるけどさ。
なんでこう、ピンポイントでこういうシーンだけ綺麗にまとまって出てくるわけ?
(理不尽なアイデアロールにSAN値チェックが入る音)