最初は、ちょっとした覚悟だった。
今まで自分の生きてきた世界が、モンスターに囲まれる世界に変わった際。
なぜか唐突に、日常的な好意と行為の範疇で、やらねばならぬと思えたことを実行に移そうとしたことがすべての始まりだった。
世界が塗り替わった当日、ボクは商店街を走っていた。
・・・・・・なんていうことはない。
数日前、ちょっと自分のペットが動物病院から退院する時、そのペットを受取る際にたまたま、家族から受け取る時と同じような慣れた感覚でペットを受け取ろうとして。
そのまま、誤って相手の胸を触ってしまった。それが心残りだっただけだ。
たったそれだけのことを、当時は素直に謝ろうとして――――そこが高層ビル内部の動物病院などではなく、地元の商店街にある動物病院で、たまたま女性客が多い時間帯だったがために、考えなしに謝ったが最後、自分は構わないが、触ってしまった相手の女看護師さんが「胸を触られた被害者」ということから風のうわさや話題にされて、商店街からも恥を受けてしまう可能性に気づいて――――すぐには、謝れなかった。
セカンドレイプ、というやつを起こすわけにはいかなかった。
卑怯だと怒られても構わない。それさえ起きないようにできれば、これ以上の罪を重ねることもなく、相手を傷つけられることもなく事を終わらせられると信じていた。
なのに、そんな暇も許さず、突然世界は塗り替わってしまっていた。
だから、今、すぐに謝ろうと思っていた。
再診の機会に、また自分のペットを連れてきた際に、もしも会計の際に顔を合わせたのならば、ただ一言、「この前はすみませんでした」と周りを誤魔化しながらも、被害者にはしっかりと伝わるように謝りたかった。
きっとそれは恐ろしく聞こえてしまうかもしれない。
ただ、近所のおばちゃんたちに、暇だからと「男に故意でなくとも触られた」という話題を何度も出された場合の相手の気持ちを考えるのであれば、恐ろしいと思われることでさえ立派な罰なのだと受け入れる覚悟があった。
だからこそ、どちらかが先に死ぬかもしれない環境下で、思い切って会いに行こう、謝りに行こうと思えたのかもしれない。
ただ、その相手が、ワイバーンに喰まれてさえいなければ。
悔いもなく商店街を後にして、魔獣に殺されるかもしれない今を納得して死ねる、そんな未来もあったのではないかと仮想することはなかったのだろう。
「・・・・・・やっぱり、そういうものだよな」
軽くスナック菓子でも噛み砕くような調子で顎を動かし、その動きからは連想もできないような重く何かが砕ける音が鳴り響く、ワイバーンのあぎと。
くぐもった悲鳴のような長い音を内側から響かせる、ワイバーンの喉。
明らかに、彼女は助からない。無理やり引きずり出すことができたとしても、助けるための医療技術なんて持ち合わせていない。
ほんのちょっとでも、彼女を楽にするために戦うべきか。彼女に助かるかもしれないという希望を抱かせて、そのまま助からずに死ぬという運命で終わらせるべきなのか。仇討ちなんていう選択肢も、あることはあるのだろう。
どちらでも、ろくでもない。
そんなチカラも、資格も持ち合わせていないのだから。
元より、こんな淡々とモノを考えて、あげく周りを確認して逃げるルートを考え出してしまっている時点で・・・・・・ボクの心は、やはり真っ当な人間じゃないと毒づくしかない。
真っ当な人間なら、こんなことなんて考えないで。
馬鹿みたいに謝りながら逃げ出すか、真正面から歯向かいに行くか。
そのどちらかしか、考える頭と、心の余裕を持ち合わせているわけがない。
「予定を早めて、無理に謝ろうなんてするほうがおかしいよな」
背後と空を交互に確認し、ワイバーンの群れの動きを記憶。
大まかな動きから、緊急時の分岐ルートを洗い出して、埋める。実際に問題なく通れそうな「比較的安全な」逃走経路をイメージ。
なるべく一本道は避け、可能な限り逃げやすい環境を思い出した上で。
「・・・・・・博打だよな、これ」
人間を丸々ひとり飲み込んだワイバーンが飛び立つより前に。
曲がり角の向こう側のワイバーンの有無を確認して、ボクは商店街を後にする。
どこかの時代の都知事が電線を地面に埋めようなどと口にしていたが、今となってはそれが実現しなかったことが、そのままボクを守る蜘蛛の巣になっていた。
地面に降り立とうとして降り立てないワイバーン。そんなワイバーンたちの中でも愚かなものが無理に降りようとして、電線に絡まり感電する。
神秘を帯びていない電気であっても、あくまで生物であるがゆえにサーヴァントと違って実際に細胞を焼かれてしまうのか、あるいはボクの連想している作品におけるワイバーンとは異なる存在なのか、神秘に属するものであろうとも通じる自然現象のひとつとして該当するものだったのか、魔獣たるワイバーンが何匹か身を焦がし鳴き叫ぶ。
中にはこちらの想定していた逃走経路を潰すかのように、先回りしてボクを狙い撃とうとしているようだが。
残念ながら、そこから先は廃校になった小学校の、無駄に生い茂った大自然のパワーが生み出した近隣住宅を覆わんとする日陰しかない。
次の開けた場所までが遠いとは言わないが、降り立てない場所の範囲が広すぎて、降り立てそうな場所も狭すぎて、どうやってこちらを追い詰めるかに困惑しているのだろう、ワイバーンたちの馬の嘶きに似た咆哮に、どこか戸惑いのような色が混じり始めていた。
そもそも、このあたりは狭すぎる住宅街ならではの細道しかない。
車一台、通れるか通れないかの広さしかない場所で、ワイバーンが満足に動け回れるはずもなければ、そんな狭い場所に張り巡らす電線やら樹幹やらを問題なく避けられるほどの身体の小ささすら持ち合わせていないのだから、降り立てるわけもなかった。
「・・・・・・彼女、ペットの命を優先してたんだろうな」
このあたりが安全地帯しかないと、彼女も気づくことができていたかもしれない。
そう思えば思うほど、彼女が人間に愛されるペットを大事に思える善人だったのだろうと、嫌でも思い知らされてしまう。
病院を開けて逃げてしまえば、ペットを連れて逃げようが逃げまいが、預かったペットを想って連れ帰りに来た飼い主が無駄死にするかもしれない。ペットを置いて逃げようものならば、当然今度はペットさえもワイバーンの餌にされてしまうかもしれない。
英雄とは、やはり。
特別なチカラの有無ではなく、他人のために戦える人間のことを言うのだろう。
次のルートを思い出す。
次のルートは非常にマズい、トラック二台が普通に通り過ぎることのできる広さがある、もうひとつの商店街がある場所だ。あそこも電線が張り巡らされてはいるものの、残念ながらワイバーンが降り立ちやすい場所が散らばって存在している。
いくら行きのルートで一度はワイバーンを蒔いて逃げ切れたとはいえ、帰りのルートの今において、それが同じように通じるはずもない。今からアクセスできるルートを思い出しても、商店街までの道で一本道にならない、ワイバーンを避けて通れそうな道が存在しない。
幻想種らしき存在相手に、スニークミッションが成立するはずもない。
だとしても、家に逃げ帰ろう。
そう思い、次に曲がり角を確認しようと覗き見たところで。
「・・・・・・冗談だろ?」
こちらに向かって逃げてくる、ワイバーンに追われた誰かがいた。
じたばたと手足を雑に動かして、真っ直ぐに道を走りきることしか考えていない馬鹿としか言いようもない誰かが、とっとと狭いマンションの中に逃げ込むこともなく考えなしに通りすがり、どんどんボクのいる場所まで逃げ込もうとしている。
(オープンワールド系のゾンビゲームでも遊んでる気なのか? クソッ!!)
大声を出すことを避けて、別のルートに移る。
小学校時代の懐かしい友人の家の前を通り過ぎ、またも狭い路地を選んで逃げる。
あの馬鹿でも、このあたりまで逃げ込めれば、あの図体のワイバーンに食われることなく助かることはできるのだろうが、それにしたって。
いや、もう他人のことを考える必要はないだろう。断末魔が聞こえたから。
商店街に入れる小道から、そっと顔を出して周りを確認する。
「・・・・・・は?」
そこには。
コスプレをしているのかと見紛う美男美女の集まりが。
どこかで見たことのあるような武器を手に、次から次へとワイバーンの群れを攻撃していく。彼ら彼女らを指示しているらしきモノたちが。
楽しそうに、楽しそうに戦う笑顔をみせていた。
「・・・・・・なんだよ、それ」
見れば分かる。マスターとサーヴァント。
自分が連想したワイバーンの元と、同じ原作作品の人間関係。
それはきっと、同じものを憧れた者にとって、きっと夢のような一時を叶えている光景なのだろう。分からなくはない、これほどまでの異常事態で、その程度の異常事態が起こることなど異常でもなんでもない、至って『正常』だ。
ただ。
助からなかった彼女のことを考えれば。
その笑顔が、どこか薄気味悪いものに思えてしまうのは何故だろうか。
「・・・・・・!」
不思議と、唇から血の味がした。
拳が不自然に力を入れ、中途半端に伸びた爪が手のひらを痛みつける。
肩が動き、ふと、肘が上がって。
その手を、ボクは反対側の手で抑え込む。
どんな理由があれ、目の前の彼ら彼女らに手を出すわけにも行かない。
彼ら彼女らには戦ってもらわなければならない。この街の平和のためにも、このボクが実家まで逃げ帰って、家族を安心させるためにも。
正義の味方を演じてもらわなければならない。
わかりやすい囮の役を、担ってくれなければ。
「――――すみません、通ります!」
そんな薄っぺらい敬意ある言葉を投げかけながら。
「待って、そっちは危ないわよ!」
その「そっち」にある危なくないルートを通ってきたわけでもない、土地勘に薄そうな、まったく地元なのに顔も合わせたことがない、どこかの誰かが。
こちらの腕を掴んで、安全だと信じる方へと引きずろうとする。
「こっちの女学院なら、避難しきれる施設があるの!
そこに立てこもれば、みんな無事に済むわ!」
よく見ると、その先には。
同じように避難させようとした、有象無象の住民たちがいた――――?
「・・・・・・っ、馬鹿かアンタらは!?
そっちは電線が薄いし、ワイバーンが通れそうな場所が多いんだよ!
こっち側さえ抜けきれば、あとはワイバーンが降りられない路地ばかりなんだ、そっちは女学院の校庭やら大通りやらなにやらで場所が開けてて、逆に危ないんだよ!!」
「え?」
きょとん、と。
目を丸くさせた彼女たちの後ろで。
北欧の巨人らしき影に襲われ、助けを乞う人々の声が響き渡った。
「う、うそよ、私達、そんなつもりじゃ、」
その巨人にたかるハエのように、ワイバーンの群れまで襲い始めていく。
動揺している女マスターの横を通り過ぎ、商店街を走り抜けた。
なぜ北欧の巨人まで日本にいるのかはともかく、この様子だとウェアジャガーやらウェアウルフのたぐいどころか、ゴブリンやら骸骨兵やらまで道を屯していそうだ。
「クソッ、クソったれ、なんでこうなっちまったんだよ!」
らしくもなく、思わず声に出して吠える。
目に見えない正義の味方。目に見えた正義の働く無能。
彼我の違いは犠牲者が自分だけか、周りを被害者に変えたか。
安全圏で令呪を見せびらかしていた連中が怒号や悲鳴をあげるさなか、ますます録画しておいたアニメでの『本物』を思い返して、眉根に力が入る。
自分にサーヴァントがいたら、同じ事態に陥らなかったのか。
そんな馬鹿げた妄想をしている暇などあるものか、そんな妄想はどこぞのマスターと何がどう違う。今は逃げろ、逃げて、逃げて、逃げて。
「・・・・・・あ、」
目の前に、獅子の頭を持ったキメラがいても。
逃げるべきだ。逃げるべき、なのに。
「ははっ・・・・・・ないじゃん、逃げ場っ・・・・・・!」
見慣れた道だからこそ、そんなことは叶わないと思い知らせる。
どこかの馬鹿のように真っ直ぐに逃げる? 論外だ、この道は坂道だらけで、登り逃げ続けている間に襲いかかられるなど目に見えている。
どこかの建物の中に逃げこむ? 無理だ、このあたりにはマンションなんてない、一軒家だらけで遮蔽物になるようなものだって多くはない。
来た道へ戻る? それもいいだろうが、その曲がった道の先に働き者の英雄様が幻想種と戦っている、という戦況はそのまま維持されている。むしろ、どうやっても助かりようがない。あのような混乱しきった状況下では。
車一台半ほどの広さがある、道路のど真ん中で。
バーサーカークラスのアイコンを持たない、平面の絵ではないキメラが牙を見せる。
こちらに向かって、大きく飛びかかって、
「――――シッ!」
ボクは思いきり、そいつの鼻面を蹴り飛ばしていた。
神秘を抱くものであっても、物理法則から逃げれるわけではない。
神秘を抱くものであっても、『自分から衝撃を受ける』上では話が違う。
交通事故に遭えば怪我をするのは当然、車に轢かれる側だが。
「ぐっ、く、あっ・・・・・・!!」
車もまた一切傷つかないなんてことは、決してない。
そんな都合のいい神秘など、もはや神秘ではなく、一個人のくだらない妄想と違いはない。いかなる神秘であっても、痛みや苦しみを伴わないものは伝説には存在しない。
死に穢れから逃れられる生命など、生命であってたまるものか。
吠え猛るキメラが、鳴き叫ぶ獅子として暴れ始める。
しかし、そこに暴力性があるか否かで言えば、ない。痛みに耐えきれず、地面を転がる姿だけがあった。こちらも骨が、関節が痛むような気がする。
「逃げ、なきゃ。逃げっ・・・・・・ないと・・・・・・!」
坂が険しい道程だが、このまま登り続ければ、また狭い路地と電線が空から迫りくる魔獣から守ってくれる。登りきっても、もうワイバーンに襲われる心配があるような道など残っていない。このまま、家に帰れるはずなのだ。
それなのに、蹴った側の足が。
歩くたびに痛覚から訴え、もう歩くなと命じてくる。
「いやいや、冗談よしてよ・・・・・・!」
このままでは、またキメラが襲いかかってくるかもしれないというのに。
歩くべきルートの先に、先程のマスターとサーヴァントの一組が別の道から割り込んでくる。多くの魔獣ゲイザーを連れて、次から次へと紫電を走らせながら。
「いやっ、なにやってんだよ、アンタら!?」
「うそっ? なにしてるの、そんな場所で!?」
「マスター、さすがにこれは・・・・・・!
この雷光をもってしても成敗しきれぬなど、魔性の群れがまるで衰えを見せぬなど、これではまるで・・・・・・私のいた時代よりも! いったい、この時代になにが――――!?」
背後の唸り声がドスをきかせ、アスファルトを掻く音を近づけてくる。
ゲイザーを横一文字に裂かせて舞う血飛沫を見てなお、まだ後ろのアイツはボクを狙う気なのか。ゲイザーを焼き焦がす稲光を見ておきながら、未だにわかりやすい獲物に向かって食らいつこうとする気概があるのか。
痛みのせいか、徐々に右足全体が熱を帯び始める。
目の前のマスターとサーヴァントの女性二人一組、そんなものを見て一瞬でも心が緩んだせいなのか、オスとして現金過ぎる本能のせいなのか、今度は痛みを訴える身体の生存本能が本当の痛みを脳に伝えようと余計な働きをし始める。
少しずつ頭の中さえ焼き切られていくような、激しい痛覚。
腰骨もやられていたのだろうか、足の熱が太ももから上がっていく。
「お゛っ、あ゛・・・・・・!」
まずい。
本当に、逃げる場所がもう、どこにもない。
考えることがなくなったからなのか。痛みが実感を持ってくる。
熱なんかじゃなかった、さっきまでのは全部。痛みで。
痛い。
痛い・・・・・・痛い? 痛いっていうか、これは・・・・・・?
「ぅ、ぅあ゛っっ、
「あれ? ねぇ、頼光さん。
なんかあの子のお尻、サークル回ってない?」
「さぁくる? ・・・・・・召喚サークル!?
いえ、それはそれで喜ばしいのですが、今は戦線を切り開かねば!」
熱い、ただひたすらに熱い。
やったらめったら熱い。スマホを入れているポケットが。
なぜこの状況で、燃え盛るように熱を帯びているのかが分からない。
「ふーん? そこのライオンもどきの鼻、蹴ったんだ?」
一瞬。
その声を耳にした途端、混乱した頭も、悲鳴を素直に上げる心も。
「魔術師でもないのに、生身の足でってカンジ?
やるじゃんマスター。履いてる靴は・・・・・・魔力とかないの?
え、マジで普通に蹴っただけ? じゃないわね、足の骨折れかけてるんだし」
ズン、と。身体さえも動きを奪われた。
妙に柔らかさを感じる重みが腰にかかり、激しさのない熱が伝わってくる。
「っていうか、なんか見覚えのある頭っていうか・・・・・・ん? あれ?
マジで? ひょっとして、『こっちの並行世界の』ってやつ??」
トス、と。
ダーツを投げて的に当てた音にも似た、それに包丁で生肉を突き刺して反響したまな板の音を混ぜたような音とともに、後ろからの魔獣の鳴き声は鼓膜を震わさなくなる。
「うっそ。ってことは、なに?
この世界にカルデアないってこと? マシュちゃんは?
っていうかさ、なんで私、カルデアのこと思い出せちゃってんの?
マジありえなくない? ありえんてぃーってやつじゃん?」
「あなたは・・・・・・!」
源頼光らしきサーヴァントが瞠目した。
誰を見ているのかは分からないが、少なくとも、今自分の腰の上に跨っている誰かのことを指して言っているのであろうことは伺い知れる。
「とりあえず、降りてくれないかな、誰だか知らないけど・・・・・・!」
「あっ、ごめん”そーくん”、こういうシチュって初めてだからさー?」
伺い知れても。
そういう呼び方をする、そういう声の誰かは。
「・・・・・・は?」
もっと、他の。
別の大切な誰かのために、かけられるべき愛称のはずだ。
そのはずだからこそ、今度こそ完全に考えることができなくなる。
「せっかくだし。あれ、やってみちゃう?」
朱と白の装束が、身を翻すように宙を舞う。
鈴の音を鳴らしながら降り立ったそれは、不敵に微笑みながら見下ろし、刀を抜きながらも両手では持たず。
「サーヴァント、華のJKセイバー。
召喚に応じ超参上したし! ”そーくん”が、私の彼ピッピよね?」
どこかの誰かを思わせる口上を挙げながら。
『彼女』を知るものであれば、絶対言うはずもないであろうセリフも添えて。
「あ。やっばミスった!
ごめん”そーくん”、最初からやり直していい?」
そこから先の意識は、あったかどうか定かじゃない。
明確に憶えていると言える記憶は、自分が逃げるために構築していた逃走経路を、自分を背負ってくれた『彼女』に足を任せながら示して、あの源頼光をサーヴァントとするマスターと共に逃げ切ったという過程や結果だけで。
その途中、家の目の前についたところで気を失ったことは確かで。
『彼女』が召喚されてすぐと、逃げ出す話になるまでの間にあったはずのやり取りは。
思い出そうとするたびに意識が遠のくような、そもそもの召喚された『彼女』との最初のやり取り自体が受け入れがたいことだからなのか、そこから無理に追って思い出そうとするからこそ余計に意識が遠のいてきてしまうような。
そんな具合で、まったくマトモに振り返ることができない。
そういう記憶になってしまったことだけは、後から思い出した時にハッキリと自覚させられることになる。
さきほどまでの記憶が曖昧にしか思い出せない状態の、起きて間もない時に。
自炊をしようと目を覚まして台所に視線を向けてみたら、『彼女』がいて、味噌汁の
香りを漂わせていた時なんかには、特に。
そら(コレジャナイ感でウーン[気絶]ってなるのは)そう(なる)よ