誰がなんと言おうと、この世界線では平成なんだ・・・・・・嘘です、令和二年もよろしくおねがいいたします。
ヤンデレは女性サーヴァントがなるもの、とは限らない。
そんなバーサークな作品を読ませていただいた結果、「なるほど、うちの子も素直に最初から決めてた路線で行こうか。」と割り切れた筆者がここに1人。
振り切るぜ!
鼻孔が味噌汁の香りを確かめ、喉元を鳴らし、胃を動かす。
右足の痛みから、寝込むまでの物事を思い出して、首を回した。
「・・・・・・帰ったのか? あいつら」
「そ。さすがにアジトがあるなら、そのほうが気は楽じゃん?」
「・・・・・・なあ」
「なーに?」
「本気で言ってるのか、JKセイバーって」
その名詞の意味を、知らないとは言わせない。
その名乗りの持ち主を、騙ろうというのならば――――許せない。
現実にある物語の大半には、必ず、次のような一文がつく。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
それを逆説的に言えば、こういうことだとも言える。
この現実はフィクションではありません。一切の人物・団体・名称等は実在のものであり、架空のものとは関係ありません。
いくら歴史上の誰かと同姓同名の登場人物がいたからといって、そいつが史実での同姓同名の人間や伝説の存在そのものになれるわけじゃない。
JKセイバーと名乗った、神霊とも妖怪とも言える架空上での”本物”の彼女であれば、こちらの世界における数多くの伝説と信仰、神社や名地を持つ”本物”の彼女と同一ではない。
なぜならば。
JKセイバーは、所詮「TYPE-MOON作品での”鈴鹿御前”」でしかないからだ。
こちらの世界の、”本物”である「現実の”鈴鹿御前”」とは、なんの関係もない。
文字通りの異世界の存在であり、平行世界としてありえたとしても、この世界では魔術と呼ばれる全てのオカルト技術のほとんどは近代史において、より高次の世界と関わりを得るための精神修行の一環でしかない。
錬金術の基礎となる四大元素は、化学の元素記号という魔法の呪文に劣り。
占星術のような星読みの占いは、もはや雑誌の中の星座占いよりも不確かで。
辛うじて残った降霊術も、後述する理由から廃れつつあるが、唯一の魔術となった。
・・・・・・いや、そうなってしまった、が正しいのか。
だからこそ、TYPE-MOON世界との世界観的繋がりなど、根本からありえない。
我々の世界のおいての、現実の魔術において。
魔術に因る高次世界との交霊、それがあったとしても。
魔術に因る高次世界からの降霊となると、これはもう禁忌に等しい。
TYPE-MOON世界で言うところの「英霊召喚」なんて、それこそ本人を騙る悪霊と、麻薬の摂取で起こさせた幻覚・幻聴の区別すらも難しいのに、実際にやってしまえば。
精神修行の一環でしかなかったそれを、そのようなものに使えば、どのように術者の精神が狂っていくかなど言うまでもない。
本来は聖霊との接触や、純粋な高次世界の存在との接触が最終的な目標、主体なのに。
死者だのなんだのといった、過去の存在との接触は良しとされない理由とは。
成功しようが、しまいが、十中八九「術者が狂う」からだ。
だからこそ、現実での魔術において、降霊術であっても死者の喚起・召喚は禁忌なのだ。
死者を騙る悪霊が、悪魔が召喚されないとも限らないのだから。これは高次世界の存在を召喚しようとした場合も含まれる。
誰にも判別が難しいものを、取り扱うからこそ。
こちらの世界での近代魔術は、より古代の呪術における”使い勝手の良さ”に負けた。
成功しても失敗しても、「憂さ晴らし」は済む。
たったその程度の呪術に、我々の世界の魔術は現実的な利便性で劣ってしまい、もはやフィクションの中でしか成立しないような、そんな概念へと魔改造されていった。
今となっては、呪術にも近い魔法を題材とした作品が、子供にも、大人になった元・子供にも愛されるのであって、現実における魔術を題材とした作品はそうでもない。
・・・・・・と、表現すれば、どれほど魔術が愛されていないかは伝わるだろう。
そして、ライター程度の火を起こしたり、ルーン文字を刻んだ大量のカードから炎の巨人を生み出すような大規模なテロ活動もできそうな代物なんて。
そもそもが現実の魔術においても、『できない』ものでしかない。
できていれば、黄金の夜明け団内部での抗争だって、もっとマシな終わり方を、もっと派手な過程をもって決着が付けられていることになる。
・・・・・・が、現実は、残念ながら、そんな華やかなものではない。
「そーくん・・・・・・?」
鈴鹿御前は、いや、JKセイバーと名乗った誰かは。
底冷えしていく自分のマスターの声色に、思わず味噌汁を掬うオタマを落とす。
だからこそ、信じられない。
この世界では、英霊召喚なんて狙っただけで既に「正気の沙汰ではない」。
逆に言えば、この世界で英霊召喚が可能となっているという現状そのものが、すでに異常事態であり、さも問題がないかのように、「正気の沙汰で済まされる」ように映るが。
・・・・・・現実の魔術においては、そんな脳天気な異常事態ではない。
サーヴァントとしての英霊召喚を、現実に行えるということは。
英霊本人ではない「この世界での悪霊や悪魔」が、何らかの形でTYPE-MOON作品での英霊を騙ることぐらい、安易にできてしまいうるということだからだ。
「お前が鈴鹿御前?
原典の時間軸から分かれた時間軸の、月の聖杯戦争に参加するサーヴァントのひとり?
冗談はよせよ、この世界に・・・・・・こっちの時間軸に、お前らTYPE-MOON側の魔術ありきの、本物の英霊が召喚されるわけがない・・・・・・『できるわけがない』!」
本当ならば、あっさりと信じたふりをしたほうが、いくらでも対処はできるのだろう。
ただ、今の自分に、それはできない。おばあちゃんが昨日今日の異変で、幻想種の氾濫で心臓を苦しくさせて寝込んでいるというのに、ボクが死んだなんてことになったら。
おばあちゃんのためにも、最後まで生き抜いて死ななければならないのに。
他人様のくだらない暴虐やら謀略のために、この生命を使い潰される暇なんてない。
「お前が、こっちの時間軸側の悪霊や悪魔じゃない保証なんて!
『お前たちのせい』で、こっちの世界がぶっ壊れてない論拠は! どこにある!?」
「・・・・・・っ!」
「こっちが、おばあちゃんのためにも生きなきゃならない中で。
おばあちゃんの心臓の負担もあるから、もう今日みたいな無茶はできないのに。
世界の崩壊? マスターとサーヴァント? ふざけてんのか!?
あげくに鈴鹿御前? ボクが平行世界での、カルデアのマスターだ?
鈴鹿御前が成り代わられているかどうか、『こっち』は分かんないんだぞ!?」
そもそもが胡散臭い。
ゲームプレイヤーでしかないマスターに、ゲーム側のキャラクターが応えた?
なるほど、夢のある話だ。
現実に起これば誰もがサーヴァントを追い求め、誰もがサーヴァントを召喚しようと躍起になり、サーヴァントをめぐって多くの人間が争うだろう。
そのたびにサーヴァントは散り、その魔力はこちらの世界側にばらまかれ、こちらの魔術では実現できるはずのない神秘から、英霊の名を語るサーヴァントがまた召喚される。
・・・・・・その中に、こちらの世界の悪霊が混ざり込む可能性は?
こちらの魔術であれば懸念される、悪霊や悪魔が故人を騙ることが。
TYPE-MOONの世界の魔術によって、幻霊との融合で罷り通ってしまう可能性は?
「あくまで、お前がJKセイバーって名乗りたいなら。
いいよ、そう呼んでやるよ。好きなだけ呼んでやるよ――――『セイバー』!」
ワイバーンの喉に鳴り響いていた音が/悲鳴が、目の前の彼女を許さない。
サーヴァントを従えていた者の笑顔が/慢心が、心の酔いを醒ませていく。
心の奥底で何を思おうとも、冷たい怒りが覆い被さる。
「そーくん、ちがう、ちがうの! 私は――――!」
「助けてくれたことは認める。御飯を作ってくれたことも認めるよ。
だけど、それとこれとは話が別。鈴鹿御前を騙っているつもりなら、ボクは、」
絶対に許さない。
どんなにいい奴で、どんなに想ってくれていたとしても。
この世界をめちゃくちゃにした連中の罪。
それだけは、絶対に贖ってもらう。卑劣な手段に頼ったとしても。
ただし、(※ 主に家族愛的な意味で)ヤンデレにな!
おばあちゃんが言っていた。
ペースメーカーつけなきゃならない今だと、ちょっとのことでも心臓は苦しい。
スポーツ観戦も、ものによっては厳しいので、かなり種類を選ぶんだとか。
つまり崩壊世界は、ペースメーカー持ちには厳しい世界なんだよ!
な、なんだってー! 女神ってやつのせいなんだ、嘘じゃないからたちが悪い。
なんか草加ァ! で、アマゾンを狩りそうな感じになりましたが、そもそも一話目に彼女があれだけ受肉という手段にこだわった理由や、いちいち主人公の持っていた漫画本を読破した経緯というのは、家族愛と鈴鹿御前愛で拗らせ、そのままヤンデレた”そーくん”の言動のせい、今回での対話が原因でもあります。
失うものがなにもないなら、それは信頼関係にならないからね。
恋人同士になっているなら別だけど。失う思い出の暖かさとかさ。
そのへんサーヴァントって一番卑怯になりかねないと思うんだけど。
みんなは、どう思う?
型月知ってるだけの人と、そのうえで現実の(黄金の夜明け団の)召喚・喚起魔術を学習済みの現代人なら、そらこうも(作品単位で空気が違うふうに)なるよ。
・・・・・・アマゾン。(アマゾンアルファの初変身風に)