第14話
人理継続保障機関フィニス・カルデア、食堂。食事時ともなれば職員たちの賑わいで埋め尽くされる場所ではあるが、時刻は既に深夜の二時を過ぎて、普段の活気は感じられない。がらんとした広間の片隅で、
テーブルの上には、英霊召喚に用いる呼符が一枚。レオナルド・ダ・ヴィンチの手になる特性の触媒は、今はただ静かに、何の力も感じさせず沈黙している。それを見下ろしながら、鵠佑はひとり、何度目かもわからないため息を漏らした。
オルレアンからの帰還を経て、数日が過ぎた。カルデア側の完全勝利と呼ぶには厳しいかの地での結末は、新たな英霊を召喚しての戦力の増強が必要不可欠であると人類に思い知らせるには十分な戦果となった。
現地で確保した資材を礎として作られた十枚の呼符ではあったが、召喚結果は芳しくはなかった。霊基は確立せずに集ったエーテルは霧散し、魔力に変換される体力がいたずらに消耗するばかり。次第に召喚室の空気が重たくなっていったのは、言うまでもない事だった。
日に三回の試行を、三日間。それだけ繰り返しても、結果は伴わない。最後の一枚を使い切れば、そこで召喚を成功させなければ、様々な事が無駄になる。否、もう既に、多くの無駄を出してしまっている。罪悪感と責任がのしかかり、結果として満足に寝付けないまま、鵠佑は無人の食堂で無為な時間を過ごしていた。
掌に収まってしまいそうな最後の一枚を持ち上げて、光に透かすように頭上へと掲げた。金属質の冷たい手触りは、魔力が通っていない証左。召喚の暁には、ほのかな熱を帯びる事を知っている。礼装のポケットへと納めながら、机の上へと突っ伏して睫毛を伏せる。
周囲の景色を隠してしまえば、蛍光灯のそれらしい残照が、瞼の裏で蠢いて揺れる。見るというわけでもなく、ただ呆然とそれを追いかけながら、鵠佑はあくびとため息の入り混じった吐息を漏らした。
亘鵠佑には、自慢できるような何かがない。社会的に見ても、このカルデアにおいても、それは変わらない事だった。魔術の素養もなく、サーヴァントを駆る魔術師としての経験もなく、兵士や戦士としての強さもない。
どこまでいってもただの子供で、無力な少年に他ならない。それを良い事だと諭したのは、誰だったか。思い出そうとしてみても、疲労に苛まれた頭では記憶の整理も追い付かない。
思い出してしまうのは、真っ赤に燃える、炎の色だ。自分の無力さが原因となり、そうせざるを得ない状況に陥ってしまった故の結末。ジャンヌ・ダルクの最期の宝具が、今も鮮明に焼き付いている。
「『███████████』」
静かな声が言葉を紡ぎ、何もかもが深紅に染まる。天を焦がして燃え盛る火焔を、美しいと感じた。彼女の生命の輝きが、その終焉が、あまりに美しく見えてしまった。
人は、人間は、人類は、こんなにも美しく生命を燃やすのだ。誰かを護り救おうとして、その身を薪に焚べてまで。
あの人には、生きていて欲しかった。特異点を修復して、互いに笑顔で別れたかった。願うような事ではないけれど、いつか、カルデアに来て欲しかった。ささやかな願望は、今でも、胸の奥でずっと燻っている。
この手はどうして、止められなかったのか。答えは明白で、単純だった。自分に力がないから、魔神柱と命名されたアレを、討ち倒す事が叶わないから。もっともっと力があったならば、ああはならなかったろう。
いつになっても考えは変わらずに、自責と自罰が渦巻くばかり。それに加えて、呼符もまるで意味がない。ままならない状況に、緊急用の補充液を提案した所で、今日の召喚は延期になった。
「君は、自分を追い詰め過ぎている。少し休みを取ってごらん、精神的な状態も、結構影響があるらしいからね」
ロマニ・アーキマンは、そう言って笑った。意気消沈する鵠佑を元気付けるように、優しい笑顔で。そうして優しくしてくれるからこそ、安心させてあげたいとも思う。ひとつ考えれば果てしなく、周囲の景色が思考に合わせてぐるぐると回っているように見えた。
燃え盛る炎は、魔神柱を焼いていく。人のそれとは思えない断末魔をあげて、肉の柱が燃えていく。彼女の身体も、燃えていく。何もかもが燃え尽きて、燃殻の灰になるまで、ごうごうと。
燃えるジャンヌは、何を思って散ったのか。考えた所で、答えなど出ない。ただひとつ言えるのは、もう二度と、あの人に顔を合わせられない事だ。
火炙りにされた彼女を、また、こんな目に遭わせてしまった。仮に召喚できたとしても、それが同一人物の別人だとしても、オルレアンの記憶を持っていたとしても、どれであっても変わりはない。
ジャンヌに合わせる顔は、ない。語らう事も許されないし、共に戦う事も、ましてやその背中を見る事も、何もかもが許せない。今もこうして、燃え落ちていく彼女を眺めているしか──
「──くん、鵠佑くん。……ああ、起きたね。うなされていたよ、大丈夫かい?」
そこで、鵠佑の意識は微睡から現実へと引き上げられた。顔を覗き込むロマニの姿に、まだ眠たそうな目を向けて、すみませんと掠れた声で漏らす。眉間を寄せてから、ロマニは小さなため息をひとつ漏らした。
医師としては、この少年を戦わせるべきでない事を理解している。個人としても、彼を休ませてあげたいと考えている。ただ、人類の生き残りとしては、カルデアの司令代理としては、その考えを許すわけにはいかない。
人類史を救うためには、仕方がない事なのだ。認めたくない、現実を見て歩みを進める己の声は、ロマニ自身を少しずつ苛んでいく。それは奇しくも、鵠佑が己を罰するのと同じように。
「眠れないだろうけれど、部屋に戻って休みなさい。こんな所にいても、苦しいだけだ。君は、頑張ってくれている。大丈夫、皆もそれをわかっているさ」
ロマニの言葉に、鵠佑は曖昧な笑みを見せる。感謝と申し訳なさを混ぜ合わせたような、弱々しいそれは、冬木から帰還したばかりの頃を思い出させた。
誰かの苦しみや悲しみ、そして何より死というものに、この少年は敏感なのだ。それは知人も他人も、強い人も弱い人も、きっと区別がないのだろう。だからこそ、どうにかしてやりたいと、ロマニは思う。
誰も、彼の荷物を下ろしてあげることはできない。盟友の言葉を知りながら、それでもせめて手は差し伸ばしてあげたいと、そう思うのは人間として自然な事だ。少なくともロマニはそう考えていたし、それを良しと思っていた。
「鵠佑くんさえ良ければ、あとで部屋へ行くよ。話したい事があるなら、ボクで良ければ聞けるしね。もちろん、眠れそうだったら眠ってくれて構わない。というか、寝ておかないと明日が辛いからね!」
だから、可能な限り、ロマニは目の前の少年へと手を伸ばす。安全な所から見ているしかできない自分が、せめて彼を助けられる事と言えば、辛い思い出を和らげて心の傷を少しでも癒す、それしかなかった。
不意の申し出に鵠佑は暫しの無言を挟み、瞬きを繰り返して傍の人を見上げる。その表情が不思議そうな顔に見えて、ロマニは場を繋ぐようにして、笑顔を見せて親指を立てた。カウンセリングは得意だからね、そんな一言を付け加えて。
鵠佑も、ロマニのその笑顔に絆されたようにして笑った。頷き、中身のなくなったカップを手にしたまま、ゆっくりと立ち上がる。照れ臭そうに髪をかき混ぜる仕草は、落ち着いてきた証だと、頭の片隅でロマニは思う。
「……ドクター、ありがとう。けれど、無理はしないでね。自分だって、ほとんど寝てないでしょ」
ふと、思い出したように鵠佑が告げる。ロマニ・アーキマンは、あの爆発事故から不眠不休で働きづくめなのだというのは、カルデアの誰もが知っている話だ。じっと見やる視線を受けて、ロマニの目が泳ぐ。
意外と目敏いだとか、そんな軽口を挟んでから、ロマニは笑う。鵠佑からの指摘を受けた大人として、今度はロマニがその心配をどうにかこうにか誤魔化す番だった。
人理継続保障機関フィニス・カルデア、ロマニ・アーキマンの私室。午前一時、十七分。
鵠佑に関するレポートは、ロマニの日課となって久しい。冬木の特異点から帰還して以来、それこそ毎日と言っても過言ではない。その内容の大半は、少年のメンタルケアに終始する。肉体以上に繊細な精神の問題は一朝一夕で解決できるものでもなく、結果としてロマニのタスクがまたひとつ増えるのだ。
ロマニがそんな己の役割を厭う事はなく、むしろ望んでいる節すらあったのは、少しでも鵠佑の力になれるという実感からだ。死地に送り出すばかりで、自分は安全圏から見ているのみ。それが、彼には耐えられなかった。大人としても、ひとりの男性としても、何かをしてやりたいと思ったのだ。
「今日もまた精が出るじゃないか、ロマニ。そうしていると、医療班のトップらしく見えるぜ」
「そりゃあ、医療班のトップだからね。それからレオナルド、カルテを覗き込むのは良くない。プライバシーってものがあるからね、今の世の中にはさ」
書きかけのレポートを隠すように、ロマニはバインダーを閉じた。湯気のたつカップを差し出しながら、レオナルドは残念だと嘯く。ひと口を啜ると、濃密な香りが鼻の奥まで流れ込むような感覚を覚えるほど。口には出さないが、友人の淹れるこのコーヒーが、ロマニは好きだった。
手近な椅子を引いて、レオナルドが腰を落ち着ける。簡素なテーブルを挟んで、ふたりはいつものように、マグカップを片手に向かい合った。ロマニの私室は、時折こうして、レオナルドとのささやかな会話の場として使用されている。それを知るものは、カルデアにも数えるほどしかいない。
互いにカップを傾けて、中身を啜る。ため息にも似た声を漏らして、切り出すのはレオナルドだ。名を呼ばれたロマニは、テーブルの菓子へ伸ばしていた手を止めた。
「あの子の様子を見ている人間として、率直に言って、どう思う。ここまで召喚に失敗するとなると、何か原因があると考えるのが普通だろう? ……言いたくはないけれどね、私もさ」
レオナルドの問いはもっともだと、ロマニも首肯する。手にした薄皮饅頭を半分に割りながら、それらしい間を置いて、そうだねと静かな声で返した。
ひと口、ふた口。みっしりと詰まった餡子の甘さを堪能する余裕はなく、頭を働かせるための糖分を摂取しているに過ぎない。咀嚼が止まるまではレオナルドも黙したまま、緩やかに流れる時間を待つばかりだった。
「鵠佑くんは表に出さないけれど、PTSDと呼ぶのが適しているかな、トラウマってやつだ。話していても、オルレアンのアレが、ずっと尾を引いているのがよくわかる。……無理もないさ、あの年頃の子に、割り切れるものじゃない」
「あの子が、英霊の召喚を拒んでいる、と。……まあ、わからなくもないよ。あの子はそういう、強い子じゃない。いや、十分に強い子ではあるけれどさ。機械的な割り切りができないと、これからも辛い目に遭うのは明白だ」
だからこそ、拒んでいるんだろう。そう結論付けると、レオナルドはテーブルに預けていたカップを持ち上げる。少し冷めた液体をくるくると回しながら、視線だけをロマニへと投げた。
「明日の召喚は、中止しよう。あの子の問題に決着が付かなければ、きっと変わらないと思うぜ。リソースだって無限じゃない、現状の戦力でやりくりした方がまだ賢いよ。……恐らく、いや、あの子は確実に責任を感じるだろうから、その辺りのケアはよろしくね」
簡単に言ってくれると、ロマニは冗談めかして返答する。残った半分の饅頭を咀嚼すると、コーヒーで一気に流し込んだ。何を言うでもなく視線を向けられている事に気付くと、なんだいといつもの調子で問い返す。さあねと、レオナルドの返事はそっけないものだった。
緩慢な動作で立ち上がると、レオナルドは部屋の扉へ、緩やかに歩み寄る。かつこつと響く、硬質な靴音。細い指先が魔法のように揺れると、小さな電子音と共に、解錠を示していた表示が赤い色へと切り替わった。髪を掻き混ぜるロマニへと振り返り、レオナルドが愉快そうに笑う。
「さて、ロマニ。ひとつ質問だが、君、この後は暇なのかい?」
氏名:亘鵠佑
国籍:日本
年齢:十七歳
性別:男性
オルレアン帰還後、悪夢を見るようになる。特異点における、ジャンヌ・ダルクの死が原因?
オルガマリー・アニムスフィアの頃から兆候はあった、要経過観察。
以下、個人的見解。
彼は自責の念が強く、他人の死を防げなかった事への罪悪感が強すぎる。オルレアンにおいても、自らの安全より誰かの生命を優先している。尚、今回の作戦における肉体的な負傷の詳細は、カルテ番号一七三に記した通り。
マシュ・キリエライトとの関係は良好だが、彼女を庇護対象と認識している様子あり。サーヴァントとしての戦闘力は認識しつつも、心を預け切っていない。マシュもまた、彼の表面上の精神性に追従している節がある。施設育ちという境遇が、年下の人間を護ろうとさせるのかもしれない。
召喚したサーヴァントとの関係性は、一見すると良好に見える。特に宝蔵院胤舜に対しては尊敬の念が強く、自由時間を見つけては教えを請うている。肉体の鍛錬として槍術を習い始めたが、物にはならないとは胤舜の談だ。本人も戦う力を身に付けるためではないと認識しているため、現状では黙認とする。
風魔小太郎とは、年齢の近さもあって行動を共にする機会が特に多い。互いの信頼関係も強く、戦場においても小太郎が細かな気配りをするため、今後も良好な関係を築いていく事を期待する。
その一方で、牛若丸とは多少の距離を置いている。この点に関しては、年頃の少年らしく、彼女の衣装が原因だろう。性格的な問題は見当たらないため、こちらは時間が解決すると考える。牛若丸は彼を主と認めており、良く懐いているように見受けられる。
特異点の記録映像から、もう一度、彼の行動を確認する必要あり。
人理継続保障機関フィニス・カルデア、管制室。第二特異点──永続狂気帝国セプテム、亘鵠佑のレイシフトより三日後。
管制室に、警告音が鳴り響く。局員たちの報告を整理し、必要最低限の内容へと変換するのはレオナルドの得意とする作業だった。形も理想も見えていない、クライアントのふわっとした要求を絵画に落とし込むよりも、ずっと容易い作業でしかなかった。
西暦六十年、古代ローマ帝国。特異点修復の戦いは、既に佳境を迎えていた。永続狂気帝国を謳う連合軍の中枢まで、あと一歩。疲弊した身体に鞭を打って、戦場を駆ける少年を見る。
ホログラムで表現される鵠佑の身体は、所々から血を流し、それでいて戦う事を止めようとしない。ネロ・クラウディウスに先陣を任せ、マシュを鼓舞し、胤舜に殿を命じ、降り頻る矢の雨を潜り抜けて尚、走る。
「ロマニ、そろそろ鵠佑くんの魔力が枯渇する! 現地のサーヴァント、魔力切れを起こし始めたぞ!」
わかっているとロマニが叫び、通信越しに指示を飛ばす声が続いた。スピーカーから聞こえる鵠佑の声は、カルデアにいる時のそれとは打って変わって、力強さを感じさせた。補充液の注射と同時に、バイタルモニタが目まぐるしい変動を起こす。規定量まで回復した魔力は、また少しずつ目減りしていくばかりだ。
ネロの振るう大剣が、槍を折り、盾を砕いて敵を討つ。鵠佑を狙い放たれる矢を、マシュが、そしてブーディカが叩き落としてマスターを護る。大量の歩兵による人海戦術も、サーヴァントを打倒するには届かない。
傾き始めた戦局に、カルデアの局員たちは、多少なりとも気を緩めていた。このまま押せば、勝てる。そう思う事が悪いわけではないし、希望は多いに越した事がない。現地で戦っている少年とは、やはり、ほんの僅かではあれども、差があるのだ。
レオナルドは、それを理解している。鵠佑が抱えている不安の種を、その正体を知っているからこそ、楽観視はできなかった。もしもここで、
レフ・ライノールを見たと、鵠佑は言った。オルレアンでも、小太郎と牛若丸がその姿を確認している。そして恐らくは、あの魔神柱の発生に、レフは深く関わっている。つまりは、またアレが出る可能性が高いのだ。
撤退を始めた敵兵を見ても、喜ぶのは管制室のスタッフばかり。鵠佑の内情を知るロマニとレオナルドのふたりだけが、取り残されたように静かなままだった。今こそ追撃をするべきだと、敵の本陣を討つべきだと、ネロが言う。その声は、鵠佑に言い聞かせるようでも、カルデア全体に同意を求めるようでもあった。
鵠佑は、答えない。何かを考え込むように、じっと敵の撤退する先を、その本拠地を見据えたまま。マシュが不安そうに声をかけても、胤舜に呼ばれても、動く様子は見せなかった。その代わりに鵠佑が呼んだのは、ロマニだった。
「今更なんだけど、ドクター……召喚を、試してみたいんです。ダ・ヴィンチちゃんの作ってくれた、最後の呼符がまだあるから。アレが現れても倒せるだけの、何かが欲しいんです」
数多の血が染み込んだ、戦場の只中で。多くの死が染み付いたその場で、鵠佑は礼装のポケットから、最後の一枚を取り出してみせた。総身の傷痕から流れる血で、赤く汚れた一枚を。
「レフ教授が、あそこにいる。あの人がいるのなら、きっとまた、アレが出る。そうなったら、また、誰かが死んでしまうかもしれない。そんなのは、嫌なんだ」
面食らったのは、他ならぬレオナルドだった。この少年は、想像以上にしっかりと、自分の負った心の傷を受け止めている。それがロマニの力によるものかはわからなかったが、終始難しい顔をしていた天才は、ここに至って上機嫌そうな口笛を響かせた。
ロマニの視線は最初こそ半目のそれだったが、すぐに引き締まった表情と同様に、真剣なものへと変化する。計器の数値は、安定。可もなく不可もないが、悪いというわけではない。諸々に思案を巡らせてから、レオナルドはわざとらしいため息をこぼした。
「当たるも八卦、だったっけ。霊脈の位置的に考えても分の悪い賭けとは言わないが、勝てる勝負でもないよ。ただ、まあ、そうだね……うん、私なら、こうするかな。ほら、ちょうど古代ローマだし?」
親指を立てて、突き出す仕草。ロマニは薄く笑った後で、通信を再開する。召喚の許可を出す、司令官代理としての命令を下すために。局員からの視線を受け止めながら、ロマニはすうと大きく息を吸い込んだ。
「わかった、許可しよう。けれど忘れないでくれ、そこは戦場だ。マシュが護りに回れない以上、サーヴァントたちは鵠佑くんの警護を。遠方からの狙撃には、特に注意して欲しい」
力強い返事と共に、マシュの宝具を触媒として、急造のサークルが形成されていく。小太郎と牛若丸が散開し、周囲の警戒へと移行する。血染めの呼符を握り締め、鵠佑が静かに息を吐いた。
紡がれる詠唱は、傷を負って尚、淀みない。モニタ上の数値を局員たちが読み上げ、ロマニはそれぞれに指示を飛ばす。アラートが飛翔体の接近を警告し、スパルタクスがその身をもってして盾となる。眩い閃光が迸ったのは、その時だった。
「エーテル粒子、収束開始。システムフェイト、サモンプログラム、シーケンス十三までの工程をカット。英霊召喚を開始します!」
「マスター、亘鵠佑の魔力が減少を始めました。霊基グラフ、安定しています。エーテル粒子、霊基形成初期段階に到達! 召喚予測クラス、七騎士への該当、なし……エクストラクラスです!」
オペレータの叫びが、召喚の開始を告げる。歌うような声は、小さな子供の必死な祈りだと、この場の誰もが知っていた。カルデアでの召喚の折も、ずっと、変わらない。一番必死なのが誰なのか、それを皆が知っているからこそ、召喚の失敗を責める者はいなかった。
なるほど。レオナルドの唇が、声を出さずに言葉を紡ぐ。どんなに心が痛んでいても、逃げ出せない場面へと自らを追い込んだのか。それが意図的であっても、無意識であっても、痛ましいものだと、そう判じてレオナルドは眉を寄せた。
英霊は、応えた。傷だらけの少年の声に、確かに。その姿に、馬鹿な事だと胸中で愚痴をこぼした事など、この場の誰もが知るはずもない。もっと楽にすればいいんだと、そう漏らしかけて気付く。
「……なるほど、ロマニは、だからあの子にこだわるのか」
少年を励ます友人の後ろ姿へと視線を向けながら、今まで見えていなかったものが不意に見えた気がした。その思考も、けたたましいアラートが鳴り響いたせいで、何処かへ流れて消えていった。
「なんだ、これ、いったい何が起こってるんだ!」
「プログラム内に例外を検知、異常パターン発生! 霊基が、召喚予定の霊基が、侵食を受けています! 中断処理、強制終了……だめです、間に合いません!」
迸る紫電が、管制室さえも覆い尽くす閃光と化す。最初に鵠佑の姿が掻き消えて、マシュ、そして周囲の英霊たちもまた塗り潰されていくかのように。シーケンスを読み上げるオペレータの声は、ただひと言を告げて、絶句したように途絶えた。
「霊基グラフ……
「馬鹿な! 通常の召喚で、起こり得るのか?」
「レオナルド、すぐに霊基グラフの解析を頼む! 鵠佑くん、聞こえるか、返事をしてくれ! そこで、何が起こっているんだ!」
ロマニの叫びに、返事はない。バイタルサインだけが鵠佑とマシュの無事を示しているものの、異常事態が起こっている事には他ならない。呼びかけるロマニの声だけが虚しく響く中、管制室に轟いていたアラートはいつの間にか止まっていた。
システム、オールグリーン。掠れた声で誰かが呟き、それはそのまま召喚の成功を意味する事となる。計器の異常も沈黙し、不気味なほどの静寂が訪れていた。ノイズまじりの映像が、次第に鮮明になっていく。
そこにあった光景は、力尽きたように座り込み、見上げる形の鵠佑と。それを見下ろし佇んでいる、黒い甲冑の
「立ちなさい。立って、戦いなさい。倒すべき敵は、まだ立っている。さあ、立ち上がって前を向け! 終わってなんか、いないのでしょう!」