アルトリアとカーマの激闘を見守りながら、立香は、思う。この特異点に集ったマスターのうち、危険なものはふたりだけ。キャスターと、アサシン──この、カーマの主だ。
聖杯を破壊されるのは困ると、カーマは言った。だからこれから殺しに行くと、セイバーのマスターを抹殺すると、ひどく楽しげに笑って言った。その言葉を聞いて、立香はこの特異点における、自分自身の役割を決めた。聖杯を砕くのは、セイバー、そしてアーチャーのマスターたちに任せよう。自分が全てを背負わずとも、彼らなら、きっとやり遂げてくれる。出会った事はなくとも、そう信じられる何かがあった。
「カーマを止めて、アルトリア! 何があっても、そいつをここから行かせたらいけない!」
セイバーのマスターを、護る。このカーマを食い止めて、邪魔する者がなくなるように。聖杯の破壊を、特異点の解消を、立香は顔も知らないふたりに託した。仲間がいる事の、誰かを信じられる事の心強さを知った今、立香に迷いは微塵もない。自分の成すべき事を成す、それだけで意識はいっぱいだった。
アルトリアの槍を掻い潜り、カーマは苛立たしげに舌を打つ。退がりながらヴァジュラを打ち付け、放ち、穿たんと。反撃を受けるよりも先に少女の元へと舞い戻り、主を肉の盾として。
しかし、カーマに今までのような余裕はない。刻限が定められたのは、アルトリアよりもカーマの側だ。聖杯が破壊されるよりも前に、アルトリアを踏破して、セイバーのマスターを仕留めなくてはならない。最早、敵の善性を利用した戦法は、自分の首を絞めるしかなかった。
「ねえ、カーマ。わたしは、これから、どうしたらいいの? 特異点が、消えてしまうの? 聖杯は、聖杯はどうなるの?」
焦点の合わない瞳で、何処かを見ながら少女が問う。あの娘はどうなってしまうの、そのひと言を言いかけて、吐き気を堪えるように両手で口を覆った。思い出してはならないものを、記憶の奥底に封じ込めようとするように。
憐れな主のその姿を見て、カーマは笑い、それから優しく頬を啄む。大丈夫ですからと、囁くような甘い声。魔力はたくさん貰いましたと、艶やかな黒髪を撫で梳いて。
「特異点が消える前に、決着をつけてしまえば良いんです。もう、しのごの言っていられませんから、乱暴になってしまいますけれど……それはそれで、楽しいかもしれませんし」
嘯くカーマの手が、足が、青い炎に包まれる。燃殻となって消失する四肢は、おぼろな影となりながら、何処かと繋がっているように未だ健在。肌を隠す衣装さえも燃え尽きて、艶かしい女の肢体を、情欲を呼び起こす甘い果実を露わにさせる。
「……マスター、すまない。あれは、あまりに危険すぎる。宝具を放たれれば、恐らくは……私の霊基では、耐えきれぬでしょう。いざという時は、お逃げください」
アルトリアの声は、いつもと変わらずに冷静なまま。ただ、語られるその内容は、彼女の危機を知らしめていた。それも当然だろうと、立香は内心で頷く。女神はここに来て、形振りを構わずに、全ての力を持ってして障害の排除へと乗り出した。神霊というものの力を、まざまざと見せつけるかのように。
「だめですよ、許しませんし、逃しません。みんな、全部、誰ひとり、余さず愛してあげましょう。私の中で微睡んで、永遠に揺蕩い彷徨いなさい。満ち満ちる愛、星の海の奥底まで、沈んで溺れてしまいなさい」
笑う声は、密やかに。艶やかでありながら、それでいて貞淑に。宝具の真名を紡ぐ唇を、ねろりと一度、舌が濡らす。赤い、赤い軟体が、誘うように揺らめいた。
「だめ! あれは、絶対にだめ! やらせないで、止めて、ライダァァァァ!」
応、任せておけ。力強い返答と、車輪の音は頭上から。少女のかけ声を合図と見立て、空を駆ける『
「喧しい小蝿が増えましたね、まったく。構いませんよ、ええ、面倒ですから。貴方も貴女も一緒くた、全員、愛してあげますから」
にたりと、楽しげに笑うカーマ。それを真正面から見返して、イスカンダルのマスターは己が右手を高々と掲げた。光り輝く令呪が、一画を解き放つ。否、それだけに止まらない。二画、そして、三画と。
「令呪を以って、命じます! 勝って、ライダー! 私を助けて、ライダー! 皆を助けて、ライダー!」
がらがらと、岩を転がすような、落雷めいた笑い声。主のあまりな命令に、無茶を言うものだと、イスカンダルは至極愉快そうに笑った。それを見上げながら、少女は笑みをひとつ返す。
「できますよね、王様なら」
「任せておけい、マスター。さあ、お前たちも、声の限りに勝利を謳え! いざ! 遥か万里の彼方まで!」
イスカンダルは高らかに、勝鬨をあげろと拳を掲げる。呆然とする立香に向けて、イスカンダルの主は、拳を小さく掲げる仕草を見せた。ご一緒に、などと、そんな言葉を付け加えて。
「これより、征服王の蹂躙を開始する!」
立香が最初に感じたのは、熱風。吹き荒ぶ風に瞼を閉ざし、そして開いたその時には、世界そのものが変貌していた。何処までも広がる、無限の彼方の地平線。征服王の元へと集う、数え切れぬほどの、大地を埋め尽くすが如き『王の軍勢』が、そこに在った。
勝鬨が、大気を震わせ轟いて、砂漠の果てまでをも埋め尽くす。駆け出す兵へと放たれたヴァジュラは、陣をひとつ粉砕するも、その全てを崩すには至らない。天から降り注ぐ投槍の雨が、弓を射るカーマを貫かんと十重二十重に大地を抉る。決定的に、遅れた。宝具の発動を潰されて、今からでは間に合わない。歯を噛み締めて、忌々しげに。その時、カーマは初めて、嘘偽りのない怒りを表情へと滲ませる、
「カーマ、カーマ! 助けて、カーマ、助けに来てぇ!」
泣き叫ぶ声は、後方から。振り返ったカーマの視界に、必死に手を伸ばす主の姿が、そしてそれを拐ったイスカンダルが、愛馬ブケファラスと共に高らかに凱旋する様があった。
「まさか、貴公が私の露払いをするとはな、征服王」
すれ違いしなのひと言に、イスカンダルは笑った。あとはお前の役割だろうと、泣き叫ぶ少女を主に任せ、立香とアルトリアへ言葉もなく視線を向けた。王の軍勢はカーマと戦いながらも、海が割れた神話のように、ひとつの道を騎士王へ示した。
「聖槍、抜錨── 突き立て! 喰らえ! 十三の牙!」
高らかに掲げられた槍が、唸りをあげる。周囲の兵たちを薙ぎ払い、怒りに染まった顔を見せるカーマを、アルトリアの双眸が射抜く。立香もまた、その傍で、盾を失った女神を真っ直ぐに見据えていた。
「『
解き放たれた一撃は、砂塵を巻きあげ嵐と成りて、愛の女神を呑まんと奔る。喰らい付くその一撃に、霊基を捻り切られるようなその一撃に、カーマの絶叫が響き渡った。
あの日の夜も、この石段を登った。特異点と化した冬木の地で、この、グランドオーダーを成し遂げるために。
ほんの僅かな、郷愁にも似た感覚に、鵠佑は小さな吐息を漏らす。今の自分が、正しい道を走っているのか、それがわからなくなっている。
そんな弱気を打ち消すように、鵠佑は掌で自らの頬を打つ。ぱんと小気味良い音を立てて、打った皮膚がじんと熱さを宿した。この石段を駆けあがれば、大空洞は、もう直ぐだ。何ができるかもわからないまま、それでも地面を踏み締めた所で、不意に背後から呼びかけられた。
「や、こんばんは。二回目だね、これで」
キャスターのマスターは、鵠佑に語りかけながらも、頭上に聳える山を仰ぐ。困ったなあと、何ひとつ困った様子もみせずに呟きを漏らした。
「聖杯の破壊で特異点が解消されると、ちょっとね。ひとつふたつはまだしも、八つは、さすがに見逃せない。だから、まあ……セイバーのマスターには、悪いんだけど死んで貰おうかなって」
驚きはしなかった。その思考にも、物言いにも。この彼なら、きっとそうするだろう。そんな、漠然とした確信が鵠佑の中にはあった。決して自分とはわかり合えないという確信も、また同様に。
「止めては、くれませんか。皆、自分の世界に帰れる。だから、それで良いってわけにはいかないんですか?」
「うん、できない。僕のカルデアは、物資が乏しくてね。手に入るリソースは多いに越した事はないから。……あれ、サーヴァント、連れていないんだ。あの、オルレアンのジャンヌ・ダルク」
交渉は、やはり成立しない。最初から、彼とは見ている世界が違うかのように。そんな些細な事よりも、興味の対象は別にあるのだと、男は鵠佑の様子を見て話題を変えた。一瞬身構えはしたが、それ以上は何もない。不思議そうに見つめていると、男もまた、どうしたのさと問い返す。
「君は、オブジェクトってやつではあるけれど…… ただの、普通のマスターだよね。それなら、戦わなくても良いよ。対人戦はもうやってるし、邪魔しないでくれればそれで良いからさ」
それだけ言うと、男は鵠佑の脇を通り、石段へと足をかける。急いでいるからと告げる声を聞きながら、鵠佑は無意識のうちに、彼の礼装のベルトを握り締めていた。ここから先には行かせない、そう言外に告げるように。
肩越しに振り返る男の視線は、凪いだ水面のように何もない。暫しの無言は、思考に耽るための時間。やがて行き当たった可能性に、もしかしてと前置きがなされた。
「あー、えーと……邪魔、するの? やめておきなよ、君では勝てない。自分だって、わかっているよね。……ああ、それとも。ジャンヌ・ダルクがここに来るの?」
頑なにベルトを離さぬままで、鵠佑は首を振った。やめる気はないし、ジャンヌはここには来ない。どちらの意味に取られたかはわからなかったが、男はほんの少しだけ、小さなため息を漏らした。
手首を、掴まれる。ただそれだけで、焼けた鉛を押し付けられたような痛みが肘から先に流れた。五指は容易くこじ開けられて、そのまま足を払われる。転んだ拍子に見上げた先で、男は無表情のまま、手刀を振り下ろす所だった。慌てて転がり、それを避ける。男のひと振りは、石畳に亀裂を刻み、その威力を見せつけるよう。
「ほら、ね。僕はこういう事に慣れていて、君は全く慣れていない。悪い事は言わないから、サーヴァントを出さないのなら、そこで黙って見ていなよ」
未だ、男は鵠佑に興味を持たない。食い止める術を見出さない限り、成す術がない。このままでは、セイバーのマスターが襲われる。焦りはするが、答えはない。ひとつ使える手立てがあるならば、それは、多分
きっと、また怒らせるだろうな。そんな思いは、頭の片隅へ追いやった。少しの時間を稼げれば、それで良いのだと。
「……君は、あの報告書を読んだんだよね。ぼくをオブジェクトって呼んだなら、読んでいるはずだ」
ああ、うん。そんな曖昧な返答をしつつ、男は律儀に言葉を待った。この場で時間を浪費しても、セイバーと戦いながら、そのマスターを仕留めるだけの自負があると言うように。だからこそ、鵠佑は手札を切る。自分だけに配られた、唯一の手札を。
「ぼくは、この特異点で、自分についてひとつ知った事がある。多分だけれど、ぼくの事は殺せない。ここまでに三度、銃で頭を撃たれた。蘇生魔術も使わずに、それでもぼくは生きている」
得意ではない嘘を言いながら、鵠佑は前髪を掻きあげた。幼い頃の、実験の痕跡。拳銃で撃たれたと、はっきりとわかる古傷の痕。どうしてこれが残っているのか、今になってわかった気がした。
「サーヴァントもそうだけれど、君は、色んなものと戦える力が要るんだよね。それなら、
鵠佑の言葉に、男の瞳孔が拡大する。ただの、変哲のない、平凡なマスター。鵠佑の存在をそのように認識していた男は、ここに来て、初めて眼前の少年へと興味を示した。登りかけていた石段から足を下ろし、丸腰の少年と向かい合う。なるほどと、納得したような呟きは、一度。
「君を殺して、セイバーのマスターも、ともすればセイバーも一緒にか。うん、良いと思う。それじゃあ試してみるよ……痛かったら、ごめんね」
男が言い切ると、同時。鵠佑は、自分の骨が砕かれる音を聞いた。瞬きすら挟んでいないのに、その足運びは見えぬまま。痛みを知覚するより早く、身体に拳がめり込んでいく。何発を打ち込まれたのかはわからずに、身体は木葉のように吹き飛び、落ちる。鮮血を吐き出しながら、鵠佑はのたうつ事すら叶わないまま、アスファルトの上に叩き付けられた。天を仰ぐ形になるも、視界が歪んで、回っている。
「あ、本当だ、凄いね。普通だったら、心臓が破裂してるよ、今の。……ふむん。頭を潰しても、生きてるのかな」
遥か彼方から聞こえる声は、残酷で、迷いがない。見上げる視界が霞むものの、鵠佑の身体は、確かに変わらず生きていた。あちこちの激痛が生命の危機を訴えながら、時間を置いても、肉体の活動は止まらない。それが証拠に、ざくざくという足音を、確かに聴覚が捉えていた。
少しくらいは、足止めになるだろうか。僅かに浮かんだ疑問に、自嘲するような笑いが漏れた。こんな状況に至っても、死の恐怖よりも別の事を気にかけている。確かにこれはおかしいと、今更ながら、鵠佑は笑った。
男は、何を言うでもない。生命を摘み取る事に、きっと慣れているのだろう。躊躇いも戸惑いもなく、淡々としている。その様相を見ながら、鵠佑はゆるく瞼を閉ざした。この特異点の修正を、セイバーのマスターに託すように。
風を切る音は、鋭い。頭が潰される音はどんなものだろうかと、些細な疑問の答えは得られなかった。自動車がぶつかるような、金属の軋む破壊音。驚いたと呟いたのは、拳を振るう男だった。
「確かに、簡単には殺せない。生命力もそうだけれど、君は、助けられもするのか。……キルケー、やるよ」
その言葉の意味を理解できず、ようやく、少年は瞼をあげる。最初に見たそれは、黒い甲冑の後ろ姿。呪われた旗を盾にして、男の一撃を受け止めるその姿。
最初は、夢だと思った。彼女が来てくれる理由など、ひとつも残っていないのだと。それから、形にならない感情が、涙になって溢れ出す。
「本当に、心の底から目障りで、吐き気がするほど不愉快だわ。……これ以上、お前の涙を見たくはないの。だから、そこで見てなさい」
殺さなければ、いいんでしょう。
そのひと言を付け加えて、ジャンヌは告げる。忌々しげに吐き捨てながらも、その表情は、何処か楽しげに笑っていた。
薙ぎ払われる旗は、その鋒を槍へと変えて硬い岩盤を貫き穿つ。片手で軽々と振るわれるその一撃を受け止めようと試み、キャスターのマスターは即座に跳んだ。
受け止め切れる膂力ではない、取れば腕を持っていかれる。なるほどと口癖のように漏らしながら、着地し、即座に間合いを詰める。間合いに入る寸前で、巻き起こった業火に肌肉と礼装を同時に焼かれた。急制動、後退。皮膚の焦げた片手をゆるく振りながら、男はひとり、思案に耽る。
「キャスター、さっさとマスターに強化なり何なり施しなさいな。私は殺すなと言われているから、その方が楽なのよ。加減をしながら戦う事を強いられるなんて、本当、サーヴァントって不便なものね」
ジャンヌの挑発に、キルケーの目尻が釣りあがる。一方のマスターは、深く一度息を吸い込み、一拍を置いて肺の中身を吐き出して行く。呼吸法による、細胞の活性化。簡単な自己治療を施す様子に、鵠佑がジャンヌへと指示を飛ばす。
「来るよ、ジャンヌ! 治癒の魔術を使ってる!」
弾丸めいた突進は、開いていた間合いを零へと詰める。キルケーの神言を受けて、男の拳が甲冑を打った。腹部ではなく、背を打たれたような衝撃。肺が緊張し、内臓の硬直に伴って呼吸を忘れる。動きが止まったジャンヌの首を刈り取るように、放たれた手刀が空を裂いた。
力任せに地を蹴り、ジャンヌはその一撃を躱す。身を守った甲冑の表層が、文字の通りに裂けた。直撃をされていたならと、嫌な汗が背筋を流れ落ちていく。
それでも、負ける気はしなかった。相手が人間だから、ではない。どんな相手であったとしても、ジャンヌの意識は変わらない。殺害を認められたわけでもないと言うのに、その表情はかつてないほどに活力に満ちていた。
直剣での斬撃は、技巧ではない、力による必殺。相手が捌くよりも速く斬れば、防御などは意味をなさないと言うような、迷いのない一撃だった。裂けた肌から鮮血が舞い、キルケーの叫びが打撃音に掻き消される。
「凄いね、本当に、凄い。これが君か、オルレアンのジャンヌ。ああ、本当に惜しい事をした。いや……むしろ、良かったのかな」
壊しておくべきだったと言ってから、男は思い直して首を揺らす。負った傷を治癒しながら、この戦いは楽しいと、まるで子供のように頷いた。踏み込み、剣を振るう腕へと蹴りを。ジャンヌはそのまま、握り締めた拳を男の顔へ。揺らいだ上体を吹き飛ばすように、渾身の力で旗を薙いだ。
拮抗が崩れ、今度は男の身体が宙に舞う番だった。マスターと、悲痛な声でキルケーが叫び、主の命令を待たずして魔術式を展開する。大気が震え紫電が迸り、魔女の双眸は獲物を射抜く。身構えるジャンヌではなく、逃げる力すら残していない、傷だらけのマスターを。
「私が! 私が、私が
目も眩むような閃光は、凝縮された魔力の結晶。宝具を用いるのではなく、ただ、魔力を解き放つ。それは最早、キルケーには宝具を放つだけの魔力すらないと、そう示しているような光景。されど、ただの人に過ぎない相手を殺すなど、きっと造作もない事だろう。
ジャンヌは、駆けた。呪われた旗を握り締め、身動きすら叶わない主の、この世にふたつと存在しない、
「
美しいものを、確かに鵠佑は、そこに見た。
あの日に憧れた、彼女の姿を。それ以上に鮮明に焼き付く、彼女の姿を。はためく旗が全てを受け止め、そして増幅させていく。
そう、これは。
憎悪によって磨かれた、彼女の魂の咆哮。
「『
しくじったなあと、そんな声は静かなもの。巻き込まれる事を知りながら、男はサーヴァントの傍で、眼前に迫る業火を眺めていた。目を見開いて振り返り、それからキルケーは、寂しげに笑った。
「やっぱり、マシュのようにはいかないなあ。けれど、言ったはずだ。君は私が支えると、君は私が護るとね、マスター」
霊基を焼き焦がす炎を前に、キルケーは微塵も迷わない。己が主と向き合いながら、その身を盾に差し出した。悲鳴をあげる事すら叶わずに、焼かれ、焚べられ、穿たれる。そんなキルケーを見遣った後、男はため息をひとつ漏らして、右の腕を持ち上げる。
「令呪を以って命ずる、立て。重ねて令呪を以って命ずる、耐え抜け。重ねて令呪を以って命ずる、生き延びよ」
砕ける寸前で修復されて、また霊基が砕かれる。ジャンヌの宝具をその身に浴びながら、尚も、キルケーは耐え抜いた。消耗し切って倒れ込み、身を起こすにも至らない。そんな己が従者を一瞥もせずに、男はぽつりと呟いた。
「時間切れ、だねえ。──君たちの勝ちだよ、おめでとう」
全ては、終わった。アーチャーの狙撃により、重火器はその尽くを破壊され、兵士たちの火力は大幅に低下した。
小銃で食い止められるほど、騎士王は易い相手ではない。誰もがそれを知りながら、誰ひとりとして逃げ出すものはいなかった。それも所詮は、無意味な抵抗だ。重戦車を相手に、拳銃で立ち向かっても意味がない。
男はひとり、軍服のポケットを漁る。最後の一本を咥えながら、火がない事を思い出して、周囲で呻く部下を見やった。怪我人こそいたものの、死者はなし。加減をされたとわかっているが、不快な気持ちはまるでない。
「だから、俺たちゃ悪者なんだよな。ったく、本当に、ツイてない」
見やる視線の先には、少女と、黄金の剣を手にした騎士王の姿。祖国の英雄を見た心境を考えてみたものの、複雑だとしか言えなかった。
「さあ、マスター。星の輝きを、君に見せよう。──シール・サーティーン、デシジョンスタート!」
涼やかなその声を聞きながら、男の意識は闇の中へと落ちていく。まるで子守唄のように聞こえるそれが、いったい何であったのか。それを知る事は、ないままに。
是は、勇者を共にした戦いである。
是は、生きるための戦いである。
是は、人道に背かぬ戦いである。
是は、真実のための戦いである。
是は、精霊との戦いではない。
是は、私欲なき戦いである。
是は、世界を救う戦いである。
承認、可決。
星の息吹をその手に束ね、騎士王の双眸が聖杯を射抜く。
「『
放たれる力の奔流は眩い黄金の輝きと化し、歪んだ世界を切り拓く。数多のマスターの行く末を照らす、夜空に煌めく極星のように。