※この作品はR-18です。

Fate/Grand Order SCB   作:しゃくなげ

25 / 25
第25話

 人理保障継続機関フィニス・カルデア、管制室。不明特異点への亘鵠佑のレイシフトから、十八時間三十二分後。

 

 マスターの帰還を知らせるアラートに、管制室の局員たちは蜂の巣を突いたような騒ぎになった。ジャンヌを除くサーヴァントがレイシフトに失敗し、カルデアとの通信も完全に途絶。意味消失が起きてもおかしくない状況で、それでも鵠佑は生還した。無傷で、とはいかなかったが、それでも確かに、カルデアへと帰還したのだ。

 最初に鵠佑を出迎えたロマニは、その様子に言葉を失った。複雑骨折に、筋肉の断裂。臓器の損傷も複数見られる、瀕死の有様だったと言って間違いない。ジャンヌの腕に抱えられて、意識を手放したまま、辛うじての生存であった。それでも、生きていてくれた事は僥倖だとロマニは言う。重症ではあるが、治せぬものではないからと。

 鵠佑が医務室に運び込まれて、三日と三晩。暇さえあれば少年の顔を覗き込んでいたマシュが、薄く開いた目許に気付き、慌ててロマニを呼びに走る。やや置いてから室内へと駆け込んで来た面々に、鵠佑は掠れた声で、少しだけ照れ臭そうに笑った。

 

「……おはよう、ございます」

 

 鉛のような腕を持ちあげて、拳を握る。いつもの仕草を見せつつも、困ったように眉尻を落として、鵠佑は身体中の管を見遣って助けを求める視線をロマニへ向けた。取って貰えませんかと、控えめに、懇願するような声。誰かの笑いを皮切りに、医務室は慌ただしい空気へと包まれた。

 

 

 

 人理保障継続機関フィニス・カルデア、亘鵠佑の私室。第七特異点──絶対魔獣戦線バビロニア、定礎復元より二時間後。

 

 あの特異点を、果たして故郷と呼ぶべきかは、鵠佑にはわからない。自身が生誕した座標が故郷なのだとすれば、きっとそれは正しい表現だ。無論、その記憶はひとつも持たず、知る由もなかった事となれば、それをどう表現したものかは思い付かなかった。

 古代ウルクでの激戦があったせいもあるが、鵠佑は結局、己の事を誰にも明かしはしなかった。ロマニも、レオナルドも、マシュも、誰もが鵠佑を人間だと思い、接してくれている。特異点での旅路の最中も、カルデアに戻った後も、それは決して変わらなかった。

 レイシフトで負った傷の治療を終えて、鵠佑はひとり、己の部屋で時を待つ。魔術王ソロモンへの足掛かりを手に、カルデアは最後の決戦に向けての準備を開始したばかりだ。あとはどちらが先に、相手の座標を特定するか。人理焼却を食い止める旅路は、今、その終局へと向かっている。

 

「それで、未だに誰にも言っていないの。貴方、これが終わったら消えるんでしょう?」

 

 部屋の入口、閉じた扉に背中を預け、ジャンヌは鵠佑に問いかける。

 ただひとり、あの特異点で全てを知った、この世において唯一無二の同(贋)族(作)同士。全てをぶつけ合った今、鵠佑がかつて抱いていた苦手意識は何処にもない。時折こうして、私室で言葉を交わす程度には、互いの壁は崩れている。

 そんな彼女だからこそ、その話題は遠慮がない。報告書の記述を思い出すように、鵠佑は睫毛を伏せて天井を仰いだ。

 

「うん、消えるんだろうね。今のぼくは消えてしまって、最初からいなかった事になる。……ちょっと寂しいけれど、そうだよね。物語が終わったら、主人公は不要だもの」

 

 それは、誰にも語る事のない、胸に秘すべき最後の情報。その時がやってくるまでは、何が起こるかも想像し得ない自身の末路。怖くないかと問われた夜に、少し怖いと答えた記憶を思い出して、自然と鵠佑は口を噤んだ。

 ジャンヌもまた、それ以上は何かを問う事もない。そうと静かに呟いた後、何処か遠くを見ながら言葉を探しているようだった。訪れる沈黙は、かつてのそれほど重たくない。互いを見張る事もなく、ただ在るだけの時間。ほんの少しだけ心地良いと、そう思う気持ちを、鵠佑は胸の内に秘めたままで過ごしていた。

 

「私も、消えるわ。元々、私は正式に英霊の座に登録された存在ではありませんし。この人理修復が終わったら、アンタと同じに、消えてなくなる。──私たち、そんな所まで似ているのね」

 

 自嘲するような笑いを零して、ジャンヌは踵を返す。己が主に背を向けてから、肩越しに一度だけ視線を向けた。扉が開く音に掻き消され、その呟きは途中で途切れ、それでも一部は鵠佑へと届いた。

 

 旅の終わりに消えるのならば、せめて、互いを憶えていましょう。

 

 その言葉に頷きを返して、約束すると、必ず憶えているからと、閉ざされる扉に向けて鵠佑は告げた。

 冠位時間神殿ソロモン。最終決戦の舞台へと至る扉が開いたのは、ふたりの間に、ささやかな約束が交わされた時の事だった。

 

 

 

 終局特異点──冠位時間神殿ソロモン、玉座の間。マシュ・キリエライトの消滅から、十三分後。

 

「このグランドオーダー中、キミに助けられなかった事はなかった。その事(こ)実(と)に、心からの感謝を送る。キミとマシュのおかげで、ボクはこの瞬間に立ち会えた」

 

 ロマニは、語る。遥か昔の、大切な思い出を語るように。優しい、いつもと何も変わらない、とても優しい笑顔と共に。

 

「キミの笑顔に励まされて、ボクもたくさん笑っていられた。キミばかりに、たくさんの事を背負わせてしまって……とても、申し訳ない事をしてしまったね。うん、それに、もうひとつ、申し訳ない事ができてしまった。──何もかもを終わらせたら、その時は、一緒に美味しいものでも食べに行こう。もちろん、ボクのおごりでさ。そう、言ったのにね」

 

 それを叶えられないのが残念で、ただひとつの心残りだ。そう告げる声は、きっと、鵠佑だけに届くもの。泣き出しそうなままで笑顔を作ろうとする少年に、ロマニはいつもと変わらぬ笑顔で、親指を立てる仕草を見せた。これにも勇気付けられたと、その言葉が、ロマニと鵠佑の最後のやり取りだった。

 

 

 

 人理保障継続機関フィニス・カルデア、亘鵠佑の私室。終局特異点──冠位時間神殿ソロモン、人理修復達成から一時間三十五分後。

 

 明かりの消えた部屋の中、少年はひとり、寝台に腰かけて天井を仰ぐ。得たものも多ければ、失ったものも多過ぎる。この旅路を振り返って、涙ぐみそうになるのを堪えようと、大きな深呼吸を繰り返した。

 最後まで、笑っていよう。きっとそれが、ドクターとの約束だ。己の事を言葉にはせず、胸の内に秘めたまま。笑って消えた彼を思って、鵠佑は瞼を落とす。

 さようなら、ドクター・ロマンティック。そのひと言は声にはせずに、何処か、心の奥の方にしまい込んだ。美しい思い出のひとつとして、これから消えゆく少年の、ささやかで大切な宝物。そういうものであって欲しいと、鵠佑もまた、そう願う。

 扉の開閉音は、不意に。顔を向けたその刹那、鵠佑は文字の通りに固まった。

 

「まだ、消えていないわね。良いわ、ええ、ちょうど良い」

 

 約束をしたでしょうと、彼女は笑う。暗い部屋の中に晒された白肌は、それこそ、闇に浮かび上がるような艶やかさ。ひたりひたりと、素足が床を踏み締める音。口の端を持ちあげて、ジャンヌが笑う。今まで、そんな笑みを、一度として見せてこなかったのに。

 

「せめて、互いを刻みましょう。私も、貴方も、これで消えてしまうのなら。互いを忘却してしまわないよう、ただひとりの同族を──心にも、身体にも、刻み込んでしまいましょう」

 

 ジャンヌは、笑う。肩をぐいと押されるままに、鵠佑の身体は、シーツの海へと突き落とされた。

 

 

 

 指を絡ませるように握り、掌中で締め付けると、緩く扱いて刺激を与える。面白いほどに硬く勃起していく感触に興味を示して、ジャンヌの愛撫は強さを少しずつ増していく。

 待ってと、上擦った甘え声。待たないと、静かに熱を孕んだ声。上気した顔を見られるのを恥ずかしがって、鵠佑は左右の腕で鼻から上を隠し、衣服の袖を噛み締めた。抵抗を捨てた獲物を前に、ジャンヌは喉を鳴らして笑う。

 掌を押し当てて包み込んでやる、先端の部位。ぬるりとした体液の滑りを使い撫で回すようにして弄ぶと、殺し切れない吐息が漏れる。鵠佑のその様を、ジャンヌは素直に、愉快だと思った。一方の少年は、掌紋の形すら感じられそうな刺激の波に、理性を削られ溶けていく。

 隠そうとする腕を掴み、眉尻を落とした情けない顔を強引に暴く。その理由を、何故こんな事をするのかを、今のジャンヌは理解できる。欲求は高まって、更なる刺激を必要としていた。

 

「隠していたら、見えないでしょう。その顔も、声も、味も匂いも手触りも。ひとつとして、余さず記憶に刻み込むわ」

 

 だって、忘れてしまいたくないでしょう。

 

 喉まで出かかった言葉を飲み込み、ジャンヌは寝台を軋ませる。跨がり、伏せて肌を重ね、すんと一度鼻を鳴らす。汗と、精と、肌の匂い。複雑に入り混じった雄の体臭を確かめながら、唇を開く。口内に迎え入れた性器が、大きく脈打つのがわかった。

 

 視界を塞ぐようにして押し付けられた恥部に迷いこそしたものの、鵠佑もまた、その光景を目に焼き付けるように、指で触れて鼻を鳴らす。滲んだ体液を舌の先でそうと掬うと、粘膜に触れるだけで、ジャンヌの身体が小さく跳ねた。

 ほんの僅かに止まった快楽は、また、すぐに再開される。腰から這いあがるぞわりとした感覚に、堪らず腰が跳ねて、爪先がシーツを掻き混ぜてしまう。それが少し悔しくて、もう一度、埋めるように顔を寄せた。

 雌の体臭を嗅ぐだけで、脳が茹だったように思考が霞む。濡れた亀裂の内へと舌を触れさせて、丁寧に、恐る恐る、その味を確かめていく。くぐもった声が腰の辺りから聞こえると、そこをもう一度。ざらついた舌を押し当て、こそぐように舐める度、ジャンヌの吐息が甘さを増した。

 指の先を触れさせると、ひくりと孔が蠢いて、まるで雄を誘う様。ぬるりとした感触を感じながら、少年は初めて、他者の裡へとその手で触れた。熱く柔らかな、何か。指の先で押し込むと、少しだけざらりとした感触。深い所を探ると指が柔らかく沈み、ジャンヌが堪え切れずに声をあげた。

 止めなさいと、濡れた声。止めたくないと、熱に浮かされ求める声。掻き混ぜる度に蜜音が漏れて、体液は次々に滲み出す。呻きながら身を伏せて、悦を貪るジャンヌの様に、鵠佑もまた彼女の言葉を理解した。

 目で、耳で、鼻で、口で、肌で。五感の全てに彼女を刻み、焼き付けてしまいたい。決して忘れたりせぬように、手放す事がないように。

 

「も……いい、わ……次、……なさい……」

 

 乱れる呼吸の合間に、ジャンヌが命じる。己の胎内を掻き混ぜる手を、叱るように捕まえて。身を起こした白い背中を、汗がひと筋、流れて、落ちた。

 

 擦れ合う肌は汗ばんで、互いの境がわからなくなってしまいそうに、熱く。それ以上に、性器の摩擦が思考を阻害し、動物へと戻されるような錯覚。軋む寝台の音さえ意識しなければ聞き取れないほどに、ふたりは互いの存在に溺れる。

 雄に跨がり腰を擦り付け、求愛めいた仕草でジャンヌは鵠佑を貪り、耽る。吐息と喘ぎがないまぜになって、唾液と共に唇から流れ出す。身を寄せ、額を触れさせて、鼻の先をじゃれ合わせ。見つめ合うのは、ほんの刹那。直ぐに求めるようにして、どちらからともなく、唇を重ねた。

 背を抱いて、肌を寄せる。ひとつの隙間も空けたくないと、そう願うような少年の仕草。胸に抱いた感情を誤魔化しもせず、ジャンヌはただ、その存在を愛しいと、熱と悦に混ぜられた思考で認識した。

 幾度も舌を吸って、絡ませ、身を寄せる。互いの上下が入れ替わり、今度は雌が組み敷かれる。その、体位を変える動きすら心地良くて、甘えて媚びるような声が漏れた。

 鵠佑もまた、乱れるジャンヌの顔を、忘れぬようにと、目に焼き付ける。肌を重ねる快楽も、離れたくないと思う寂しさも、肌を吸われ甘噛みされる刺激も、何もかもが愛おしい。背に立てられる爪が、肌を裂いていく。その痛みでさえ、かけがえのないものだと、そう思う。

 幾度目なのかもわからない、交わり溺れて、味わい飲み干し貪った果てに、終わりは必ずやってくる。子供のように言葉も忘れ、ただただ、好きだと、それだけを必死に伝える。汗に濡れた肌を震わせて、一拍。身体を沈み込ませながら、まとまらない思考の中で、鵠佑は黄金色の瞳を見つめた。言葉は自然と口をついて、必要なそれだけが、溢れるように流れ出す。

 

「……君と出会えて、本当に、良かった。愛しています、ジャンヌ」

 

 最後の、最後。彼女は、優しく笑ったように見えた。

 

 

 

 

 

 南極大陸。終局特異点──冠位時間神殿ソロモン、人理修復達成から四十時間後。

 

 青い空は、何処までも澄んでいて、とても美しいものだった。

 

「ああ、本当に、綺麗だねえ。ぼくはやっぱり、青い空が好きだなあ」

 

 人理修復を終えて、わたしは、初めてカルデアの外へ踏み出した。レイシフトでも、シミュレータでもない、本当の外界。いつの日だったか、オルレアンの空を見上げた先輩の言葉が、今なら実感を持って納得できる。

 振り返れば、何もかもが、夢のような時間だった。たくさん傷付いて、たくさん泣いて、辛い思いもしたけれど。この旅路は、それ以上に、とても大切な思い出をくれた。溢れそうになった涙を、指先で拭う。大きく深呼吸すると、冷たい空気が肺の中に満ちていった。

 

「マシュ、朝の散歩は済んだかい? すまないんだけれど、まだ何人か寝坊しているから、起こしてあげてくれないかな。こっちは、管制室の後始末で手が塞がってるのさ」

 

 不意の通信は、ダ・ヴィンチちゃんからのものだった。わかりましたとお伝えし、エントランスゲートを潜る。ひとつひとつの部屋を回って、ノックを三度。慌てて起きてくる人もいれば、もう五分と駄々を捏ねる人もいて、少しだけ笑ってしまった。

 そうして居住区を巡る末に、その、一番奥の部屋へと辿り着く。もう一度だけ、あと一度だけ、深呼吸。髪の乱れを整えてから、扉を叩いた。

 

「おはようございます、先輩。ダ・ヴィンチちゃんから朝寝坊討伐のミッションを命じられました、マシュ・キリエライトです!」

 

 少しの間を置いて、いつもの通りに扉が開く。寝癖の付いた黒い髪を掻き混ぜながら、先輩は、寝ぼけ眼で片手をあげる。

 

「おはよう、マシュ……朝寝坊の藤丸立香です、見事にミッションクリアしたって、ダ・ヴィンチちゃんに伝えておいて……」

 

 お任せくださいと頷いて、踵を返して、踏み出して。何かが、何処かに引っかかる。考えても答えは見付からず、考えるほどにわからない。正体のわからない混乱のせいか、外で堪えた涙が流れて、落ちていった。

 まだ、やっぱり、慣れていない。ドクターの事を思って、ため息が漏れた。かつこつと自分の足音を聞きながら、胸に空いた穴を見つめる。たくさんの言葉が、浮かんで、流れるように溢れ出す。

 

「恋愛はいいものだよ、マシュ。誰かを好きになるって事は、ボクは素晴らしい事だと思う。人が人として生まれた中でも、実に素敵な……それこそ、ロマンのある文化だと思うね」

 

 だから、君が初恋をした時は、きっと教えて欲しい。ドクターはそう言って、わたしの頭を撫でてくれた。胸にこみあげる切なさは、やっぱり消える事がない。せめて、ひと言。ひと言だけでも、伝えたかった。

 

 ああ、そうだ、そうだった。これが、きっと、引っかかったものの正体だ。

 

 あの、人理修復の旅の中、わたしはあの人の背中に憧れた。正義の味方になりましょうと、いつの日だったのかは曖昧だけれど、確かに約束をした気がしている。何度も、何度も。挫けそうになるたびに、たくさん励まされて。そう、最初に手を握って貰った時から、きっとあれは、恋でした。

 

 それは、まるで、泡沫の夢のよう。

 

 けれど、かすかに息衝いている。わたしの中に、今でも、小さなかけらが残っているのを感じる。理由はわからないけれど、そういうものが確かにあったと、わたしの心は言っている。

 

 ドクター、それに……名前も知らない、先輩へ。

 

 わたしの初恋は──とても、とても素敵なものでした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(必須:50文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。