※この作品はR-18です。

Fate/Grand Order SCB   作:しゃくなげ

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第4話

 ベースキャンプでの休息は、張り詰めていた三人の精神を癒し、束の間ながら楽しげな空気をもたらすものだった。

 先の戦闘で疲労困憊だったマシュと鵠佑を運んだ後、クー・フーリンは周囲の雑魚を始末するとだけ言い残し、冬木の街へと気ままに繰り出していった。

 オルガマリーは不安がっていたものの、周囲を確認しているロマニの言もあり、ひと時の憩いはカルデアの人員だけで恙なく行われていた。

 

「うん、生命の問題はなさそうだ。今まで訓練さえして来なかった魔術回路(しんけい)がフル稼働したから、脳に負担がかかっているようだね。糖分の摂取をするといい、蜂蜜入りの紅茶がお勧めだよ」

 

 バイタルチェックを終えたロマニが補給物資を転送し、頑強なパッケージを受け取ったマシュがてきぱきとそれを開封していく。手馴れてきた、という雰囲気は言わずとも見て取れるものだったろう。

 ティータイムの準備だと上機嫌のマシュだったが、男性の鵠佑よりも回復が早い事をオルガマリーから指摘され、照れ隠しのように言い訳を並べ立てたせいでカップをひとつ取り落とした。

 彼女にとっては幸いにも、慌てて拾い上げる姿を誰にも見られる事はなく、胸を撫で下ろす様をオルガマリーが怪訝そうに見つめているだけだった。

 なんでもないですと誤魔化しながら、落としてしまったカップを退けておくマシュの姿は、いささか不自然だったかもしれない。それも、かすかな呻き声を伴った鵠佑の覚醒でうやむやに流れてしまったが。

 

「フォーウ、キュ、フォッ! フォウ、フー!」

 

「まったく、この小動物、今まで何処に隠れていたのよ。ほら、鵠佑は目を覚ましたでしょう、退いてあげなさい」

 

 片手で追い払うような仕草を見せながら、オルガマリーは鵠佑の鼻先を舐めるフォウを退けようと四苦八苦している。軽快な動きで跳ね回ると、フォウは歩み寄ってきたマシュの方へ一目散に駆けて行った。

 

「あ、おはようございます、先輩! ご無事で何よりです、痛むところなどありませんか?」

 

 もうすぐ紅茶が沸きますのでと付け加えて、マシュは肩へと駆け上ったフォウをひと撫でする。先ほどまでの激闘が夢だったかのように、その笑顔はごく普通の、年頃の少女のものだった。

 

「無理に起きなくても良いわ、もう少し甘えなさい。医学的には貧血のようなものだから、休んでいれば良くなるそうよ」

 

 オルガマリーは安堵の表情を浮かべ、身を起こそうとした鵠佑を制してビニールの小袋を投げ渡す。胸の上に落ちたそれを掌で受け止めると、かさかさと小さな音が立った。

 中身を見ようとした鵠佑に、オルガマリーは幾らか柔らかなトーンでドライフルーツだと告げる。その言葉の通りに、乾燥させたオレンジの果肉が数切れほど、ビニールの中に納まっていた。

 

「マシュにはもう与えているから、それはキミの分よ。……別に、隠し持っていたわけじゃないので、変な邪推はしないように。いいわね?」

 

 人差し指を突きつけて、念を押すオルガマリー。肯定を示すために鵠佑が何度か頷くと、満足したようにマシュの元へと向かっていった。向こう側では、ふたりが何やら会話を交わしつつ、カップに湯を注いでいる。

 

「珍しい事もあるものだね、所長が優しくなった。食べ物を分け与えるのは親愛の証だと言うよ、仲良くなるチャンスかもしれないね!」

 

 ロマニの茶々は、声量を相当に絞られて鵠佑だけに入れられる。くすくすと笑い声を漏らしながら、鵠佑もその意見に賛成した。

 

「そうだったら、良いなあ。所長とは今後も一緒に働くでしょうし、友達くらいの関係は築いておきたいです」

 

 女性陣の後ろ姿を見やりながら、鵠佑は緩慢な動作で身体を起こし、大きく一度伸びをする。言いようのない気だるさと関節が軋むような感覚こそあったが、痛みも不快感もない。万全とは言えずとも、上々だと判断した。

 ふたりの元へと歩み寄ると、何か手伝える事はないかと声をかける。鵠佑の問いに、マシュは笑顔で幾つかの雑務を依頼した。

 

 

 

「ふむふむ、なるほど……! 先輩の先輩感は、やはりそうした日常生活から出ているのではないでしょうか。わたしは、きっとそうだと思います!」

 

 鵠佑の育ったしゃくなげの日常を聞かされて、マシュは目を輝かせて拳を握り締めた。殊更、子供に囲まれていると言う部分には興味津々で、頻りに感心してばかりだ。

 束の間のティータイムは思ったよりも会話が弾み、和気藹々と呼べる空気に満ちたものだった。紅茶をゆっくりと啜りながら、そんな心地良い空気に、自然と鵠佑も肩の力が抜けていくのを感じた。

 

「しかし、民間の孤児院というのも進化したのね。それとも、日本の治安のせいかしら。失礼な言い方だけど、そういう所ってもっと荒廃したものかと思っていたわ。キミのような子は、食い物にされそうっていうか……」

 

 眉を寄せた難しげな表情で、オルガマリーがぽつと漏らした。少なくとも彼女が生きる魔術師の世界では、純朴そうな少年なぞまず生きていけない。そんな相手だからこそ未知の世界を感じているのか、オルガマリーもまた、マシュと違った観点から鵠佑の育ちに興味がある様子だった。

 

「お話を伺う限りでは、先輩の育ったしゃくなげにはそうした物騒な話はなさそうに感じます。野生のたぬきが三匹も居つくのは、きっと平和な場所だからです!」

 

「まあ、うん、平和な所だとは思うよ。他の施設はわからないけれど、所長が言う通り、治安が良いからなのかもしれないなあ」

 

 集団登校、施設長の家庭菜園、大勢で集まっての食事、繰り返し見たビデオテープ、じゃれ合う犬とたぬきたち。なんとなく施設での生活を思い返してみても、脳裏に浮かぶのは平穏な日々ばかりだ。

 ほんの一瞬思い出に浸ると、鵠佑はのんびりとした口調でふたりの会話を肯定し、じゃれついてきたフォウに指先で応える。会話が途切れた所で、そわそわと落ち着かないマシュの様子に視線が向いた。

 鵠佑の視線に気付いたマシュは眉を下げて口ごもり、何かを考え込んだ様子を見せた後、上目遣いになりながらか細い声で問いを漏らした。

 

「あの、先輩。その、差し出がましいと申しますか、もしかして、不愉快にさせてしまうかもしれないのですが……」

 

「あ……もしかして、この傷跡かな?」

 

 歯切れの悪い言葉とは裏腹に、マシュの視線が自分の側頭部へと向いた事を察して、鵠佑は前髪をそっと持ち上げた。こくりと一度マシュが頷き、オルガマリーも無言のままにそれを見やる。

 右のこめかみから後頭部へかけて、長さにして五センチほど。皮膚が盛り上がりケロイドのようになった古傷の痕跡が露わになった。気まずそうに視線を落とすマシュに、鵠佑は明るい調子で声をかける。

 

「記憶にはないんだけれどね、小さい時に事故に遭ったんじゃないかって。冬木に来てからの傷じゃないから、心配しないで平気だよ。大きく見えるだけで、痛くもなんともないしね」

 

「そう、なんですか。ありがとうございます、少し、安心しました。すみません、あまりそういう傷跡を見た事がなかったもので」

 

 かしこまった様子で頭を下げるマシュに、そんなにしないで良いのにと鵠佑が笑う。

 実際、鵠佑自身も傷の由縁は知らない。昔は医者に診て貰いもしたが、結局はただの傷跡で、心配する事もないと言われるだけだった。それ故、こうして気にかけられるのは久しぶりの事だ。

 

「なんだったら、カルデアに戻ってから治療してあげても良いわよ。どれくらい古い傷かわからないけれど、その程度ならキミの背中を治した時よりも簡単ですもの」

 

 不意に投げかけられた思いがけない提案に、マシュと鵠佑が揃ってオルガマリーを見つめる。露骨な驚きの反応には少し不機嫌そうな表情を見せたものの、彼女はすぐに鼻を鳴らした。

 

「確かにマスターとしては三流、魔術師などと呼べるはずもない素人の一般人ですけれど。今までの働きは、公正な評価をすれば一人前と言えなくもありません。使えそうな人材にはそれなりに飴を与えるのが定石でしょう、福利厚生とでも思っておけば良いわ」

 

 やり取りを聞いていたらしいロマニが、今のは半ば照れ隠しだろうと茶々を入れてオルガマリーの罵声を浴びる。そのまま電力の浪費を理由に、オルガマリーは所長権限を振りかざして、緊急時以外の通信を禁じてしまった。

 多少取り残された感のあった鵠佑は、苦虫を噛み潰したような表情のオルガマリーをからかう様子もなく、紅茶のカップを傾けて中身をちびちびと啜っていた。

 一人前、と。そう評価して貰えた事が純粋に嬉しくて、カップで隠していた口元が緩んだのを、マシュだけは見抜いていた。良かったですねと、目元を細めながら小声でそっと囁く。鵠佑もその言葉に、小さく首肯してみせた。

 

「ありがとうございます、所長。カルデアに帰ったら……その時はお言葉に甘えるので、きっと治してくださいね」

 

 素直に礼を述べ、感謝の言葉を口にするような人間を、もう随分と見ていないとオルガマリーはふと思った。童顔という事もあるが、恐らくは彼の純粋な心が、少年らしい表情を作るのだろう。そんな分析を、無意識のうちに重ねていた。

 触発されたのかも、しれない。無邪気な犬を撫でてやりたくなるのと、似たような心地だ。腕を組み、落ち着かなくうろうろとその場を往復し、眉を寄せるオルガマリー。唐突な行動に、またも鵠佑とマシュは面食らった。睨みつける視線に、それ以上は何も言えなかったが。

 

「………………。…………いいわ、ええ、この際だから認めます。さっきの、サーヴァントとの戦闘中。キミ、わたしを庇おうとしたでしょう。借りっぱなしなのが癪だという思いも、もちろんあるわ」

 

 不思議そうにするマシュと、ほんの少しだけ驚いた顔をする鵠佑と。オルガマリーはふたりへ交互に視線を配りながら、たっぷりの間を置いて、深呼吸のように肺の中の空気を吐き出していく。

 

「素直に、嬉しく思いました。他人の善意というものに、久しぶりに触れた気がしたわ。大袈裟な言い方をするのなら、そのお返しがしたいのよ」

 

 慣れない言葉を口にするように、時折つかえながら、それでもゆっくりと思いを紡ぐオルガマリー。ほんの少しの照れと、恐らく鵠佑が見た事のなかった、穏やかな表情がそこにあった。

 

「ええと、あの、はい……うん、そう言って貰えて、ぼくも嬉しいです。とは言え、マシュの後ろで守って貰ってるだけ、でしたけど」

 

「守って貰っているだけだなんて、そんな事はありません。先輩はもっと、胸を張って良いとわたしは思います!」

 

 謙遜するような鵠佑の言葉に、マシュが小さく首を揺らす。管制室で涙を流し、最後まで自分の手を握ってくれた。それと同じように、オルガマリーを庇おうとした善良さは、人間が持つ尊いもののように思えた。

 

「仲がよろしくて結構ですこと、胸焼けしそうだわ。とにかく、良いわね? 帰ったら、その古傷はわたしが直々に治療してあげます。だから、まずは全員で生きて帰るのよ」

 

 オルガマリーの言葉に、気恥ずかしそうな笑みを浮かべて鵠佑は頷いた。生きて戻るという目的は当然のように持っていたが、そうしなければならない理由ができるのは大きな差がある。

 指の先でそうと、いつからあるのかもわからない古傷に触れる。引き攣った硬い感触は、気付けばそこにいた隣人のようなものだ。気にしてこそいなかったが、初めて見る小さい子供からは怖がられる事もあった。

 

「どうかしたの。もしかして、痛みでもある?」

 

 休息を終え、身支度を整えていたオルガマリーがその仕草に気付いて鵠佑に問う。慌ててこめかみから指を離し、掌を見せて無事だと身振り手振りを交えながら伝える。

 

「いえ、その……これが、帰ったらなくなるんだなあって思って。コンプレックスとかじゃないんですけれど、嫌がる人もいたから……治せるなら、少し嬉しいです」

 

「ええ、治してあげるわ。綺麗さっぱり、痕跡もわからないくらいにね」

 

 鵠佑の言葉を聞くと、右の口角を釣り上げるようにしてオルガマリーは不敵に笑った。そのくらい容易いと、肩を竦める芝居がかった仕種さえ見せて。

 踵を返して鵠佑に背を向けると、オルガマリーはマシュの名を呼んだ。直にクー・フーリンが戻って来るからと、出立の準備を指示する一方で、本題はそれでないとばかりに手短に。

 背筋を伸ばして姿勢を正すマシュを見やりつつ、人差し指の節で唇をなぞり、暫しの無言。思案するような声をひとつあげて、そうねと漏らす。

 

「真名なしで宝具を使うのは、不便でしょ。折角だから、いい呪文(スペル)を考えてあげる」

 

 もったいぶって言うものの、オルガマリーの頭には、既にひとつの名が浮かんでいた。故に告げる呪文に淀みはなく、静まり返った無人の地に澄んだ声が高らかに響き渡った。

 ロード・カルデアス──仮装宝具の疑似展開、人理の礎を護る要石。オルガマリーから告げられた呪文を、確かめるように口にする。マシュの表情は何処となく嬉しげで、同時に誇らしげなものだった。

 

「カルデアはあなたにも意味のある名前よ。霊基を起動させるには通りのいい呪文でしょう?」

 

 嬉しそうな表情で力強く頷くマシュに、オルガマリーは満足そうな笑みで応える。準備を終えた三人が立ち上がると、物見に出ていたクー・フーリンが戻って来るところだった。

 

 

 

 案内役のクー・フーリンを先頭に、鵠佑たちは冬木の街を進んでいく。その足取りは倒壊した校舎を横目に、街の外れ、北西の山を目指して淀みない。

 敵対者となり得るサーヴァントは、残り三騎。その内の二騎──セイバー、並びにアーチャーが、この特異点の原因たる大聖杯を守護している。クー・フーリンの報告が簡潔だったお陰で、三人の目的も明確なものになった。

 

「バーサーカーのやつは、郊外の森に居座ってやがる。近づかなきゃ手は出してこねぇさ、今回ばかりは無視しろ」

 

 セイバーに敗れこそすれど、バーサーカーとの戦いは相当な激戦であったとクー・フーリンは語る。お前たちの手に余る存在だと、戦闘経験が最も豊富な彼に真っ向から言われては、三人も素直に頷く他になかった。

 崩れた石段へと辿り着き、鵠佑とマシュのふたりは頭上に聳える山を仰ぐ。一方のオルガマリーだけは言葉もなく、何かを感じ取ったように眉を寄せて黒い山を見据えていた。

 

「今回ばかりは、時間が勝負だ。セイバーのやつは、バーサーカーとの戦いで結構な深手を負っていてな。戦力的に不安があっても、今ならどうにかできるかもしれねぇのさ」

 

 霊核に傷を受けているはずだと自らの見解を述べた後、僅かな間を挟んでクー・フーリンは鵠佑を振り返って肩を竦めてみせた。わからないよなと言われた気がして、鵠佑も思わず頷きで応じた。

 

「つまり、なんだ。心臓にダメージがある、みたいなもんだ。十全のセイバーと戦っちゃ、今の手札じゃ無謀も良いところだからな」

 

 石段を登り終える頃になって、クー・フーリンは眼下で燃え盛る街を指差した。大きな川を渡るようにして、街並みを切り裂いたかのような破壊の爪痕。

 あれこそがセイバーの宝具の痕跡だと告げられて、鵠佑は背筋を這う悪寒に身震いした。マシュは絶句し、オルガマリーは思案顔のままでクー・フーリンへ呼びかける。

 寺院らしき廃墟の片隅にある洞穴へと入り始めていた彼は、答えてやるから早く来いと、よく通る声で応えた。鵠佑を先頭に、三人は小走りで広い背中を追いかけて行った。

 

 

 

 何処までも広がっているかのような鍾乳洞は、その道筋も複雑に入り組んでいて、迷路も同然だった。クー・フーリンからはぐれないように、三人は多少早足でその後を追いかける。

 立ち入って早々に、オルガマリーはこの洞窟が半ば人工物であると見抜き、魔術師の手による地下工房だろうと推測した。それも、長い年月をかけて作り出されたものであろうと、当然のように言い当てる。

 何が判断の基準になっているのかはわからず、鵠佑はただただ感心する他にない。マシュもそれは同じようで、口を挟む事なくオルガマリーとクー・フーリンとのやり取りに耳を傾けていた。

 オルガマリーは咳払いをひとつ挟んで、それより、と会話を区切るように片手を持ち上げた。聞きたい事はもっと別なのだと、見据える視線が雄弁に語っていた。

 

「貴方、何度か戦っているような口ぶりだったけど、その様子だとセイバーの真名を知っているわね? 協力関係なのだから、情報共有はきちんとして欲しいのだけれど」

 

 鍾乳洞に広がる闇を照らすのは、クー・フーリンの灯した赤い炎。揺らめきの中で見えた表情は、思案を巡らせていたオルガマリーにとって、何処か不気味なものに感じられた。

 

「ヤツの宝具を見りゃ、嫌でも真名に行き着くさ。おまえさんたちの時代において、何よりも有名な聖剣。湖の乙女(ヴィヴィアン)から授かった、至高のひと振り」

 

 オルガマリーの双眸が見開かれ、その顔が驚愕に染まっていくのを鵠佑は見た。傍へと視線を向けるも、マシュもまた言葉を失い、呆然と立ち尽くすばかりだった。ふたりの反応で、鵠佑もまた、おぼろげに浮かんだ英雄の名が間違いでなかった事を確信する。

 英国人でなかったとしても、その剣の名を知っていた。それはきっと、日本という国柄が故に、だろう。クー・フーリンの言葉の通り、その聖剣は有名すぎた。漫画やテレビゲームの中にも、断片的な伝承と共に、いつの間にか当然のように存在するものだった。

 

「その様子なら、言われなくても知っているって顔だな。そうとも、その剣の名は──」

 

 続きを促すように、クー・フーリンの赤い瞳が鵠佑を射抜く。マシュも、オルガマリーも、無言のままに振り返って鵠佑へと視線を向けた。

 その名を、知っている。その持ち主を、知っている。こくりと一度頷くと、鵠佑はひと呼吸の間を置いて唇を開いた。

 

「……エクスカリバー」

 

 不意に響いたのは、拍手めいた乾いた音。クー・フーリンだけが、驚いた風もなくため息を漏らした。

 

「ご名答、と言うには簡単すぎる問題だったかな。騎士の王と誉れ高い、アーサー王の持つ剣。君のような少年も知っている、有名になりすぎた聖剣だ」

 

 静かに語りかけてくる男の声は、思いの外に穏やかで、鵠佑には優しげなものに聞こえた。洞穴の闇よりも尚、暗い。人型という事を確認できるだけの、暗い影がそこにいた。

 

「アーチャーのサーヴァント……!」

 

 オルガマリーが警戒心を露わにし、鵠佑はその前へと位置取りを変える。マシュはほんの僅かに反応が遅れ、慌てて盾を構え直した。

 

「よう、いい加減に決着をつけに来たぜ。お前がそれだけ必死に守ってるんだ、セイバーの傷は治っちゃいねぇんだろ?」

 

 クー・フーリンの口ぶりには、幾度も戦っているからというだけには思えない、知人同士のような空気があった。そのくせ、敵を見る瞳は猛獣めいた鋭さで、欠片の油断も見出せない。

 弓手の方もため息を漏らし、相変わらず不躾な男だと呆れたように吐き捨てる。一触即発ではなくとも、闘争のそれへと移り変わっていくのがわかった。先ほど感じた優しげな印象が、まるで別人のものに変わっていく。

 杖を構えたクー・フーリンが、何事かで弓手を煽り、敵もまたそれに応える。永遠に終わらないゲーム、駒を先に進ませる、あらましは理解済み──その言い回しが独特で、鵠佑の表情が難しげなものへと移り変わった。その答えを聞き出す事は、叶わなかったが。

 アーチャーという単語には相応しくないふた振りの剣を構えて、弓手は戦いの構えをみせる。だらりと下げた両腕は、自然体のそれだ。周囲の空気が凍り付くように張り詰めていくのを、肌で感じられるほど。鋭い殺気に、鵠佑は拳を強く握り締めていた。

 

「ようし、これからが本番だ。ボサッとしてるなよ、お嬢ちゃん。オレが詠唱できるかどうかは、アンタの盾に掛かってるからな」

 

 冗談めかした口ぶりだが、クー・フーリンの纏うそれもまた、肌を引き裂くように鋭い。退がっていろと命じる目配せに従い、鵠佑はオルガマリーを伴って緩やかに後退する。

 

「問題ありません、いけます! ガードならお任せください!」

 

 弓手と相対したマシュの声は、力強く揺るぎない。誰よりも前に踏み出して、全てを受け止めると、誰よりも小さな背中で語っていた。

 

「良いだろう、その言葉が真実かどうか確かめてやる。君が一発でも防ぎ切れなければ、私は躊躇なく君のマスターを狙うぞ」

 

 弓手の言葉は、今まで戦ったサーヴァントとは異なって、何処か人間性を感じさせる。冷酷な殺戮宣言ではなく、ともすれば立ちはだかる試練、超えるべき壁である事を宣言するかのように。

 やってみろとクー・フーリンは笑い、開戦の鏑矢の如き紅蓮を解き放った。それを合図として、弓手が爆ぜるように駆ける。手にした双剣で焔を切り裂き、半ばから焼け溶けたそれを投擲武器として撃ち出してみせた。

 躊躇なく地を蹴り、射線上に飛び込む事でマシュの盾が飛翔する鋼鉄を叩き落す激突音。何処から取り出したのか、弓手の双手にはもう既に、先ほど打ち捨てたものと同等の二刀が握られていた。

 大上段からの振り下ろしは片手の一撃とは思えないほどに重く、マシュが吹き飛ばされないように全力で踏み止まろうとしているのが後ろ姿からでも見て取れる。思わず駆け出しそうになって、鵠佑は深呼吸をすると、一拍の間を置いて気を落ち着けた。

 どんなに焦ったとしても、ただの生身の人間にはサーヴァントは止められない。ならば、マスターとして戦うのみだ。逸る気持ちを抑えつけ、理性を以って自戒する。

 傍で戦況を見守るオルガマリーの言葉を、今一度、思い起こす。一人称視点で見えないものを補うのが、マスターの戦い。人は、人間という殻から出られない。だから今は、自分の戦いに専念する。

 弓手の隙を見出そうとする鵠佑の耳に届くのは、力強いマシュの雄叫び。闇を引き裂く鮮烈な赤に、盾ごと粉砕せんと振るわれる斬撃の銀閃。大気を震撼させるほどの戦いは、いよいよ佳境へと向かっていた。

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