※この作品はR-18です。

Fate/Grand Order SCB   作:しゃくなげ

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第一特異点、邪竜百年戦争オルレアン


O
第7話


 美しいものを見た。

 

 如何なる状況であろうと立ち向かい、旗を掲げるその姿を。折れず、朽ちず、曲がらずに。真正面から受け止めて、護り抜かんとするその姿を。

 かの人の物語くらいは、知っている。その最期が如何なるものであったかも、知っている。

 だから、あの人の言葉にも、納得をしてしまう。あんなに酷い裏切りを受けて、あんなに酷い仕打ちを受けて、人(・)々(・)を(・)恨(・)ま(・)な(・)い(・)は(・)ず(・)が(・)な(・)い(・)と。

 だと言うのに、かの人はちっとも迷わなかった。自分を棄てた祖国を、それでも再び救う事を。得体の知れない人間を、その身を呈して護る事を。

 

 きっと、生涯、忘れないだろう。

 

 とても、とてもとても、美しいものを。確かにぼくは、かの人に見た。

 

 とても、とても美しい、天を焦がして燃えるような、人の魂の輝きを。

 

 

 

 

 

「どうやら、追っ手はないようですね」

 

 深い──鬱蒼と茂る薄暗い森の奥、戦場と呼ぶに相応しい廃墟からの逃亡の末。ジャンヌ・ダルクが告げたひと言で、ひとまずの安息を得たとばかりに、一行の緊張が緩まった。

 西暦一四三一年、救国の聖女が火刑に処された直後のフランス。

 亘(わたり)鵠佑(こうすけ)とマシュ・キリエライトのレイシフトこそは成功したが、ものの数時間でふたりは異変に襲われる事になった。

 裁定者のサーヴァントとして召喚されたジャンヌ・ダルクと、竜の魔女として蘇ったというジャンヌ・ダルク。

 白と黒、ふたりの聖女の争いに加えて、黒いジャンヌが召喚したサーヴァントまでもが跋扈するこの地は、夥しいほどの血が流れ、道端にさえ無数の屍が打ち棄てられる有様だった。

 戦火と死臭の立ち込める街並みと比べれば、土と苔の匂いに包まれた森の中は、よほど清浄に感じられる。破裂しそうな痛みを滲ませる肺を休ませながら、鵠佑は額の汗を手の甲で拭った。

 

「皆、無事で良かったわ。貴方、とっても足が速いのね! わたし、びっくりしたわ!」

 

「まったくだ、まさかサーヴァントと一緒に全力疾走するマスターがいるだなんて驚きだよ。この中じゃ僕が一番遅かったろう、いや、僕に体力や足の速さを求められても困るのだけどね!」

 

 この地に喚ばれるに相応しい王(・)妃(・)が、音(・)楽(・)家(・)が、息を整える鵠佑を見やっては褒め称える。対して、未だ発声するほどの余力がない鵠佑は、しきりにジェスチャーで謙遜の意を伝えたが、何処まで通じたかはわからなかった。

 マリー・アントワネット、そしてアマデウス・ヴォルフガング・モーツァルト。竜の魔女だけでなく、彼女の使役する狂化したサーヴァントたちに取り囲まれた絶体絶命の危機。絶望的なあの状況からどうにか逃げ果せたのは、偏にこのふたりの助力が故だった。

 マシュが手短ながら互いの状況を説明し、マリーは輝かんばかりの笑顔ではしゃぐ。多くの民に愛されたというその人は、なるほど、伝説通りの存在らしい。脳に酸素を供給できる頃になって、思わずその顔に見惚れつつ、鵠佑はひとり納得していた。

 

「男は大抵、マリアのあの笑顔に虜にされるのさ。君もせいぜい、気をつけるといい」

 

 いたずらに笑い、アマデウスが嘯く。呼び名の違いが鵠佑の気に留まったところで、思案を断ち切るようにロマニの通信が届いた。

 現在地からそう離れていない箇所に、この地の霊脈を発見した。適切な指示は、行動指針を決定するに十分な力を有している。森の空気を肺に送り込み、鵠佑は楽しげに笑うマリーの会話を遮る申し訳なさと共に口を開いた。

 

「まずは、この先の泉で作戦会議をしましょう。マシュ、召喚サークルの設置をお願いできるかな」

 

 

 

 マシュの盾を触媒として、召喚サークルが励起する。カルデアからの通信も安定したところで鵠佑は瞼を閉ざし、教わった通りに五体へと意識を向けた。

 細い糸を手繰(たぐ)るように、己の裡(うち)へと。聴こえる声に耳を澄ませ、ゆるりとひとつ、息を吐く。右手に刻まれた令呪が、柔らかな光を捉える感覚。覚えてしまえば、逆上がりと大差はない。スイッチを入れるのだと、教わった通りに。

 艶やかな黒髪をたなびかせ、カルデアからの補助と鵠佑の魔力パスを楔に、サーヴァントが現界する。感嘆の声をあげたのは、やはりと言うべきか、マリーであった。

 

「ふぅむ……現界するのに、何ひとつの問題はなし。いやはや御見事です主殿、あとは大船に乗ったつもりで御安心下さいませ。この牛若、御身御守護に留まらず、山程の首級を献上仕りますとも!」

 

 舞い降りた、天女の如き女武者──牛若丸は、己が主へと涼やかに笑いかける。肌も露わなその出で立ちに、ジャンヌとアマデウスの両名は言葉を失って、鵠佑は困ったような笑みを浮かべる。マリーだけはやはり変わらずに、堂々とした振る舞いで言葉を交わしていた。

 カルデアにおいて召喚した英霊を、特異点に現界させる。理論こそ確立されているものの実戦投入は初となる試みは、この日、アニムスフィアの提唱した魔術が正しかった事を証明した。

 それに安心したのは他でもない、要石となる鵠佑自身である。魔術の素養がない自身が英霊を召喚し得た事さえ奇跡だと、そう考えている鵠佑にとって、次なる魔術の行使は如何に初歩的なものであっても緊張を要した。

 

「よくやった、鵠佑くん。こちらでも、サーヴァントの現界は確認できている。残りふたりも同じ要領で喚べるだろう」

 

 ホログラムのロマニが、親指を立ててその緊張を解きほぐす。マシュもまた控えめにそれを真似て、鵠佑が最後に続いた。密やかな挨拶めいた仕草に、マリーが興味を示したのは言うまでもない事だったろう。

 

「本当に見事なものですね、鵠佑さん。貴方のサーヴァントも含めて、戦力が大幅に整いました。此度の助力、とても嬉しく思います。貴方のようなマスターと出会えたのは、幸運でした」

 

 そんな、和やかな空気の中。不意にジャンヌからかけられた言葉に、鵠佑は緩く首を振った。

 

「見事だなんて、そんな。カルデアの皆さんが助けてくれているからですよ、牛若丸は強くても、ぼくはまだ修行中の身です。召喚した英霊を現界するのにさえ慣れていなくて、この召喚サークルがないと上手くいかないんですよ」

 

 遠目に、語らい笑い合う四人を見やりながら、鵠佑は控えめな声で胸中を明かした。悲観している風でもなく、ただの謙遜とも少し違う。その正体を掴みかねて、ジャンヌは小さく吐息を漏らす。

 右手の甲から視線をあげた鵠佑の表情には、もう、普段通りの柔らかな笑みが浮かんでいるだけだった。ジャンヌもそれ以上は何かを尋ねる事もせず、ただただ助かっていると、感謝の念を重ねて口にするだけしかなかった。

 

「未熟だけれど、貴女を助けたいのは、本心です。ひとりでも戦うなんて、言わせません。……いや、ぼくが勝手に言っていいのかわからないですけど」

 

 通信越しのカルデアのスタッフたちは、鵠佑の言葉を肯定するように、ロマニを代表として協力を申し出る。共に戦おうと手を差し伸べる同胞の声援は、ジャンヌにとって懐かしく、そして喜びを感じるものだった。

 どちらからともなく手を取り、固い握手を交わす。互いの志を認め合うように、笑みを浮かべて。鵠佑には、この状況でどんな言葉を口にすれば良いのかはわからなかったが、それも必要ないとすぐに知れた。皆の意志が、ひとつの方向へと向かっている。それを感じ取るに、この場の空気は十分だった。

 

「もちろん、わたしたちもジャンヌに、そして鵠佑さんに協力するわ! 皆でフランスを、世界の平和を取り戻すの。ふふ、とっても素敵ね、正義の味方になったみたい!」

 

 高らかな王妃の宣言が、その意志を力強く後押しする。マリーの言葉を聞いたアマデウスは、そう言うと思っていたとばかりに肩を竦める仕草を見せた。

 

 

 

 夕暮れの空は、あっという間に夜へと変わる。燃えるような茜から、砂金のように煌めく星々を散りばめた濃藍へ。森の木々に覆われて、野営中の一行からはその様相は見えなかった。

 ただひとり。夜半の物見を申し出た牛若丸のみが、木々の枝を腰掛けに、満天を仰ぎ主の旅路を占うだけ。それも、所詮は真似事だ。凶星らしきものが見えなければ、それで良いという程度の戯れめいたものだった。

 一方で、腰掛けにされる大樹の根本では、薪の爆ぜる音が断続的に響いていた。休眠を必要としないサーヴァントとは異なり、マスターである鵠佑には肉体的な限界がある。野営の最中、船を漕ぎ始めたのは少し前の事だった。

 

「こっちの穴から、こう引いて……それから、ええと……」

 

「そのまま、こちらに。これで、この紐を引かない限りは解けません。……あの、主殿。差し出がましいとは思うのですが、そろそろお休みになられては……?」

 

 何かひとつでも、この旅路で何かの役に立つ知識が欲しい。召喚した英霊にそう願い、頭を下げて頼み込んだ結果が、この現状。紐の結わい方を教えてくれる赤毛の少年に気遣われる程には、鵠佑の体力は限界に近づいていた。

 ごめんと口にすると、鵠佑は頭を振って眠気をごまかす。人差し指の節で目元を擦りながら、解いた紐をもう一度、教わった通りに結わい直してゆく。

 牛若丸の現界を経た後は、ロマニの言葉の通り、サーヴァントの現界は感覚で行えるようになった。ロマニはそれをパスが通ったと表現していたが、鵠佑にはそれ以上の事はわからない。

 何にしても、サーヴァントの現界と幽体化を切り替えられるようになったのは、事実だ。今日はそれを区切りとして休息する選択肢もあったのだが、結局鵠佑はもうひとりのサーヴァントを現界させる道を選んだ。

 

「せっかく小太郎くんが教えてくれてるのに、寝てたらダメだ。一日にひとつ、何かを身につけるって決めてるからさ。……ここを通して、こっち。それから、ここに回して……」

 

 どうか無理はなさらずに、そう告げながらも風魔小太郎は手ほどきを続ける。カルデアに召喚されてから、主と触れ合う時間の大半はこうした、彼そのものの鍛錬だった。使い魔として使役される身であると理解しているが故か、多少戸惑ったのは事実ではある。されど悪い気はしないのもまた事実だった。

 風魔の里で、若い男子たちに教えたものだ。遥か彼方、記憶の片隅に残る故郷の風景をふと思い出し、懐かしさに口許を緩める。前髪で隠された双眸が細まったのは、まさに、その時だ。

 

「来たぞ、サーヴァントを探知! 更に、複数の生体反応だ!」

 

 開戦の鏑矢のように、モニタを監視するロマニの声が夜の静寂を引き裂いた。緩んだ空気が掻き消えて、各々が思い思いに武器をとる。

 マシュやジャンヌは即座に戦闘態勢を取り、マリーとアマデウスがそれに続く。戦闘開始の合図を鵠佑が示すと同時、白刃を閃かせながら、雷撃の如く影が舞い降りた。

 首筋から股下までの、一撃。一刀両断にした切っ先を跳ね上げ、胴体に繋がっている脚を斬り飛ばす。骸は即座に塵と化し、風に流れて消えて逝った。

 

「ひの、ふの、みの……ちっ、首級になるのはひとつもなしか。ならば、ここでさくりと死んで逝け、化生ども」

 

 高下駄を鳴らしつつ、淀みない血払いの所作。荒々しさと優雅さが入り混じる牛若丸の姿は、呆気にとられる鵠佑の目には天狗の類にさえ見えていた。

 指示を出すよりも先、牛若丸が口火を切る。地を舐めるように、滑るが如き足運び。獲物を喰らう蜘蛛の類にも見える、朗らかな普段の様相とはまるで異なる獰猛さ。

 夜闇に紛れて忍び寄るのは、狼頭の魔物たち。数こそ揃えているものの、所詮は下等な怪物でしかない。故に、数を揃えて来たとして、サーヴァントの相手になるはずもない。

 夜襲をかけたはずが、逆に奇襲を受ける。雄叫びが断末魔へと変わり、斬撃の風切り音がその悲鳴さえも刈り取っていく。この時点で魔物たちの隊列は崩壊し、脅威と呼べる存在は数える程も残ってはいない。

 

「マスター、一度後退してください! わたしとジャンヌさんで、防衛しますので!」

 

「マリア、そんなに前に出ないでおくれ。僕も君も戦い向きじゃないんだ、そういうのは本職に任せればいい!」

 

 混戦と言うには一方的だが、混迷している事に相違はない。最初に目に入るのは、マシュとジャンヌの両名が敵を迎え撃つ後姿。次に戦さ場を自在に駆け巡る牛若丸へと視線を向けたところで、硝子の薔薇を放つマリーの姿が視界に入る。アマデウスが制止を呼びかけたものの、魔物の叫びにかき消された。

 マスターとしての経験の薄さを実感しながらも、鵠佑は奥歯を噛み締めて思考を巡らす。マシュの盾が矢を弾く音に、旗による殴打音が続く。牛若丸の白刃が狼頭の首を刎ね、今しがたまで左手にいたはずのアマデウスは後退し、間髪を容れず茂みから狼頭が飛び出した。

 

「──ッ、まずい……!」

 

 振り上げた山刀は、容易く頭蓋を砕く威力が有ろう。前を守るマシュを呼ぶか、いや、この距離では間に合わない、令呪をここで使ってしまっていいのか。全身の毛穴が開き、背筋を冷たい汗が流れ落ちる。そんな鵠佑の肩を、ぐいと強く小太郎が引いた。

 

「主殿、御免!」

 

 目にも留まらぬ足払いで、重心を崩された鵠佑の身体が地面に打ち付けられた。その鼻先を通り抜ける鈍い刃に、黒い髪が千切れて舞う。背中を強打する痛みに肺の中身が強引に押し出されて、苦しみで視界が滲んだ。

 一方の小太郎は、空振りした一撃を難なく捌いて敵の懐へと踏み込んでいく。流れるような体術による接近、躊躇のない苦無での刺突。喉元と水月に刃を打ち込まれ、狼頭が力無く崩れ落ちた。

 

「ごめん、ありがと、小太郎くん! マシュ、ジャンヌさん、少し戻って!」

 

 少なくとも、これだけ大勢のサーヴァントを指示できる力はない。鵠佑が理解するには、この混戦は良い経験にはなった。影のように寄り添う小太郎の手を借りて起き上がりしなに叫び、呼吸を整え戦況を見渡す。不幸中の幸いだったのは、魔物の質が低かったせいで、大した指示を出さずとも殲滅が容易かった事だろう。

 そんな折、不意に聞こえた盛大なため息は、闇の向こう側から。嘆かわしいと呟く穏やかな声が続き、最後に遅れて足音が響く。後退したマシュの盾に守られながら、鵠佑はじっと目を凝らす。

 艶やかな、女性。それが鵠佑の抱いた感想だった。

 凛とした佇まいに長い黒髪、楚々とした雰囲気とは裏腹の、蠱惑的な肉体美。十字架を象った杖は、どれだけ無知だとしても、如何な宗教で語られる英霊かを察する事ができた。

 土を踏み締める足取りに躊躇はなく、それでいて前回戦ったランサーやアサシンとは異なる、静けさにも似た空気。およそ、これから自分たちを殺そうとする者の雰囲気には思えずに、鵠佑も呆けたように見惚れるばかりだった。

 

「こんばんは、皆さま。……寂しい夜ね、虫の声すら聞こえないなんて」

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