日が既に沈み切った頃、俺は暗い街道を一人で歩いていた。
「それにしても、何だよ!このクソゲー展開は…。」
転移一発目は亜空間に放り出されて一月以上放置され、やっと異世界に来たかと思えばいきなり殺されかけて。
初めの街では、強制イベントな上、報酬を貰えない所か殺されそうになるわ、冤罪を被せられるわで…。
自分の不運と間の悪さは自覚しているが、こうも連発されると…。
「ああもう!クソッ!!切り替えだ!切り替え!!」
自分の不運を嘆くなんて、もう腐る程やってきた!
ヴィシュヌが回復すれば帰れるんだし、今はこの異世界を楽しもう!
多分此れが、この男の唯一の取り得。どんな状況でもポジティブに考える。
……それが出来なければ、この男の心は当の昔に壊れていただろう。
左手を耳に当てて、異能を発動する。すると、脳内に記憶されている音楽が流れてくる。
選曲は自由、多少うろ覚えでも一度聞いたことがある音楽であれば、問題なく流せる。
「……。」
時折、歌を口ずさみながら…、夜の街道を進んでいく。
「ふぁ…、流石にねみい…。そろそろ、休んで…ん?」
夜明けが近くなり、そろそろ仮眠を取ろうと思った矢先に、街道の先に明かりが見えた。
村か町が近いのかもと思った俺は、とりあえず其処まで歩く事にした。
30分程歩くと、大きな門が見えてきて、気持ちがはやった俺は、何時の間にか軽く駆け出していた。
「ん?止まれ!こんな時間に何の用だ!?」
町の入り口で、衛兵に呼び止められた俺は、両手を上げながらその場で立ち止まる。
「た、旅の剣士だよ。ようやく町が見えて来たから駆けて来たのであって、別に怪しい者じゃ…。」
慌てて弁明をしてみたが、衛兵は俺を胡乱な目で見ている。
「此処に来る前に町があっただろう!?何故そこで滞在しなかったんだ!?」
「いや、本当ならそこの宿に泊まってた筈なんだよ…、あのクソ町長に絡まれてなければ…。」
「…ああ。」
ん?あのクソジジィの事を知っているのかな?
「そう言う事なら仕方ないか…、問題は起こすなよ?」
「俺だって起こしたくはねえよ…。あ!この時間でも開いている宿ってある?」
「ん?町の中央に行けば何件かあるぞ。」
助かった!?これでゆっくり休める!
「ありがとう。じゃ、お仕事がんばって!」
俺がそう言うと、衛兵は苦笑いをして片手を上げていた。
街中を進んでいくと、この街がかなり大きいという事が分かった。
前回の町に比べると数倍は大きいこの街に、俺は何時の間にか気分が上がっていた。
「一眠りしたら、町の散策するのも良いかもなぁ!せっかく来たんだから、楽しまなきゃ損だよな!」
でも先ずは、飯を食ってゆっくり休みたいな、風呂とかあれば最高なんだが…。
中心街までやって来た俺は、周囲をキョロキョロと見回して宿を探す。
10数分程の散策で何とか一軒見つけた俺は、そのまま宿に飛び込んだ。
「ん?こんな時間に客かい?」
40台ぐらいの男性が、俺に声を掛けて来た。
「ああ、部屋は空いてる?後、出来れば食事もしたいんだけど…。」
「部屋は…、朝まで待ってくれれば空くと思うが、どうする?」
うぇ!?満室かよ…。どうすっかなぁ…。他の宿に行くという手もあるけど…。
「うーん、確実に確保出来るのなら待っても良いけど。」
早いとこ寝たいけど、今から他の宿を探しに行く体力も気力もねえんだよなぁ…。主に精神的に。
「ベッド一つの小部屋で良いなら、空くと思うぞ?其処の客は朝になったら町を出るそうだから。」
「お!じゃあ、待つよ。食事は出せる?」
「こんな時間だから、大したものは出せないぞ?支払いは先払いで銀貨一枚だ。」
俺は其の言葉に頷いて、布袋から銀貨を一枚取り出して、男性に手渡した。
「あ、部屋代って幾らなんだ?」
盗賊達から回収した銀貨が大量にあるから、足りないって事はないだろうけど。
「あの部屋なら銀貨3枚だな。そっちは後で払ってくれ。」
男性の言葉に頷いて、俺はテーブル席に腰掛ける。暫く、休憩していると、疲れからかうとうとしていた。
そして、意識が飛び掛った頃、男性が料理を持ってきた。
「ん?大丈夫か?料理を持ってきたんだが?」
「んあ?あ!大丈夫だ。ありがとう。」
久しぶりにまともな飯だ。焼き魚とか、露店の串焼きとかは食ってたけど、
こういう”料理!”ってのは本当に久々だったので、俺は夢中になって食い続けた。
「ふぅ……。」
食後のお茶を飲んで一息をつける。ホントは煙草も吸いたかったけどこの世界にあるかも分からないし
悪目立ちしそうだから自重しておいた。まぁ部屋でなら吸えるわけだし、暫くは我慢していよう。
そんな事を考えていたら、いつの間にか朝になっていた。
咄嗟に懐の銀貨を確認していると、先程の男性店員…店主さんが肩を竦めていた。
幾らなんでも、こんな目立つ所で客の財布を盗まれて堪るかと、店主さんに嫌味を言われてしまった。
「で、お前さんが眠りこけている間に部屋が空いたわけだが、どうするんだ?」
「お、じゃあ、頼むよ。」
店主さんに鍵を借りて、部屋に向かう。中に入ると3畳位のスペースでベッドが一つあるだけ。
ただ、眠るだけの部屋って感じだが、こっちに来てからはずっと硬い地面で寝ていたのでまともな寝所があるだけで俺には十分だった。
うーん、体ぐらいは拭いておきたいな。
そう考えて、店主さんに聞いてみると、何故か怪訝な目で見られた。
…どうやら、そんな事を気にするのは女性か、女性連れの男ぐらいらしい。
悪かったな!独り身で!!どうせ、彼女なんか居た事もねえよ!!
有料の洗面具を借りて、体を拭いた後、洗面器に頭を突っ込んで髪も洗う。
ちょっと温かったけど、そこそこさっぱりしてから、ベッドに潜り込んだ。
そして、直ぐに眠くなり、目が覚めた頃には夕方になっていた。
「……やべえ、昼過ぎには起きる予定だったのに…。」
とりあえず、宿を出て、必要な物だけ買い揃える。
流石にあの町から近い此処だと、何かの拍子にばったり会うことも考えられる。
なので、明日の朝にはこの町を出るつもりだ。
あの町に寄らなければ…。
いや、寄らないと剣の処分も出来なかったし、あの子達も今頃どうなっていたか分からないか。
今回は…今回もだけど、偶々…偶々!運が悪かっただけだ。
此れでも、この年齢まで普通に生活出来ていたんだ。その内なんとかなるさ。
欝になるような事は考えない。そう言う考えは余計に悪いモノを呼び込む事になる。
「とりあえず、夕飯だな。」
宿に戻り、夕食を食べていると、三人の衛兵が来店してきた。
ん?飯でも食いにきたのかな?
そんな事を考えながら、飯を食い続けていると、何故か衛兵達が俺の傍までやってきた。
「…今朝の剣士だな?私の事は覚えているか?」
そりゃ、朝会ったばかりだし、覚えているけど…。
「何か用か?」
飯を食い続けながら、軽い感じで答えると、衛兵さんは少し間を空けて…。
「……隣町の村長から盗難の被害届が出た。…珍しい剣だそうだが…心当たりは?」
「はぁっ!?」
アイツ、衛兵に届け出を出したのかよ!?しかも隣町まで!?虚偽の申告で!?
「心当たりも何も、俺の祖国でしか作られてない剣を、あのジジィが自分の物だと言い張っていただけだぞ?」
「……見せて貰っても?」
…うーん、此処でごねると良くない気もするが、見せるのもトラブルになりそうなんだよな。
「とりあえず、飯を食い終わるまで待って貰えるか?」
別に逃げようとしている訳じゃない。今の所は…。
衛兵さんは軽く頷いて、少し離れてくれた。どうやら、待っててくれるようだ。
食事を再開させた俺は、食べながら対応策を考え始める。
真っ先に考えるべき事は、穏便に済ませる方法だが…、少なくても刀を没収される可能性がある。
悪ければ窃盗罪で捕まるし、その際の刑の程度も分からない。
いや、元々が冤罪なら、死罪になる確率が高いか。まぁ、死ねない訳だけど…。
そうなると、死ぬまで刑が執行され続けるだろうから……。
そこまで考えて俺は青褪めた。繰り返される刑の執行、そして、異常性に気付いた連中が何を思うのか。
悪魔だなんだと喚き散らしての拷問が始まり、永遠の苦痛が続く…。
逃げる以外の選択肢は無かった。
ヴィシュヌ…、困った事になった。頼む!反応してくれ!
必死に頭の中で呼び掛け続けると、不機嫌そうな声が返って来た。
『…何だ?』
すまん!俺も出来れば早く回復して貰いたいとは思っているんだが!
『…ふむ、成程。厄介な者に目を付けられた挙句、金も貰えず犯罪者扱いか!愉快と言うか運のない奴だ。』
見てたのかよ!?それなら手助けしてくれよ…。
『いや、見てはないぞ。お前の記憶を見ただけだ。』
プライバシーも何もねえな!?って其れは良い!兎に角この状況の打開策を!!
『と、言われてもな。精々もう一つの異能を目覚めさせる事ぐらいしか…。』
もう一つっていうと重力か…。あ!この前みたいに覚醒時の特異な状態には!?
『…無いぞ?この世界と地球は殆ど重力の差がないからな。』
……使った場合どれぐらいの効果が出せる?
『僅かに、軽くする程度か重くなるぐらいだろうな。』
…うっ…、じゃ、じゃあ!自分を軽くして、相手を重くって言うのは可能か?
『出来ぬ事は無いだろうな、ただ、今のお前の力では、影響範囲は2メートル弱って所だろう。』
無いよりはマシか…。
そんな事を考えていたら、ヴィシュヌが溜息をついた。
『そんな事よりも、この調子で呼び出されては、再転位が出来る様になるまでに何年掛かるか解からんぞ?』
え…?年っ!?
まさか、そんなに掛かるなんて思っていなかった俺は、思わず食事の手を止めてしまう。
「ん?もう良いのか?」
「あ、ああいや、まだだ。」
「そうか…。」
そう言って再び黙り込む衛兵さん。
ヴィシュヌ、とりあえず異能の覚醒だけはさせておいてくれ…。
『うむ、…それで?何か手はあるのか?』
いや…、出たとこ勝負だな…。
『…はぁ、波長だけは完璧だったんだがな、お前は…。下手を踏むなよ?』
それだけ言って、ヴィシュヌは気配を消し去った。
波長だけとか…、あいつ、現代地球人にどれだけ求めてるんだよ…。いやまぁ、其の中でも俺は低位だろうけどさ。
とりあえずは異能の確認…。問題なく発動は出来るみたいだけど、ホント誤差だな、此れ!?
いや、衛兵はそれなりに重装備だし、少しは効果が現れるだろうか…?
兎に角!捕まると言う選択肢は絶対無い!何とか出し抜かないと…。
食事を終えた俺は、その場で立ち上がり衛兵さん達を借りている部屋へと促した。
そして、部屋の鍵を開けて中の荷物を取ってくる旨を伝えると。
「中に入らせてもらうぞ。」
「いや、物理的に無理だよ。…ご覧の通り、狭い上に窓も無い部屋だ。入り口で待っててくれよ。」
俺がそう説明すると、衛兵さん達は中を覗き込んだ。
「…分かった、可笑しな真似はするなよ?」
しないさ。宿に迷惑が掛かるからな。
俺は心の中でそう呟き、荷物を回収して背負い袋を背負って廊下に出る。
「準備が出来たよ。あ、見せるのは後でもいいよな?付いて行くからさ。」
「…おい。」
衛兵さんの指示で、他の二人が俺の横に付く。
「じゃあ、同行願おうか?」
「ああ、でも、宿はチェックアウトさせてくれよ?迷惑が掛かるからな。」
俺がそう言うと、衛兵さんは小さく頷く。
一階に下りて、カウンターで店主さんを呼び出し、チェックアウトの作業を行う。
俺達の話を聞いていたらしい店主さんも、店の客達も複雑そうな顔をしていた。
そして、その視線に気付いた衛兵さん達は顔を伏せていた。
宿を出て、詰め所に行く道中で、俺は衛兵さんに疑問を問い掛けてみた。
「あそこの町長って有名なのか?何か、皆複雑そうな顔をしていたけど。」
「……あそこの町長は王族の血を引いているんだよ。継承権は無いに等しい血筋だが…。」
ああ、それで誰も逆らえないのか…。謎が解けたし、そろそろ仕掛けないとな。
進行方向に目を向け、後々逃げ易そうな場所を探す。
そして、大通りに出た所で、衛兵さんに話し掛けた。
「じゃあ、そろそろお見せしましょうか?」
俺がそう言うと、衛兵さん達が立ち止まる。そして胡乱気な目で俺を見てきた。
「……分かった、見せて貰おう。」
衛兵さんは何かを言い掛けたのが気になるが…、俺はマントに隠れていた刀を抜いた。
「此れがあいつらが狙っていた、俺の故国の剣だよ。」
「「「こ、これはっ!?」」」
刀を見た三人は、目を剥いて息を呑む。多分武器屋のオヤジと似たような感想を抱いているんだろう。
「…俺達の民族の一部にしか、製造法は伝わっていない。つまり、この国にある訳が無いんだよ。」
此れで引き下がってくれれば良いが、それは望み薄だろう。
「…あの男には勿体無い業物だが…、其れを渡してくれるなら穏便に済むように取り合ってみるが…?」
「やっぱりそうなったか。あのジジィに毒殺され掛けたんだぜ?信用出来るかよ。」
毒殺され掛けたと聞いて三人は思わず声を失うが、彼らも仕事放棄する訳にはいかなかった。
「…抵抗するのなら、それなりの対処をしないといけなくなるぞ?」
三人は腰の剣に手を掛けて、威圧するように取り囲んだ。
「逃げられないのは分かっているだろう?俺達を信じてくれないか?」
其れは無いな。この人達は個人としては悪い奴じゃないんだろうけど…。
”音発生””重力制御”の準備をして、隙を窺う。
「とりあえず、刀を納めるぞ?抜き身じゃ、周りの人達が怖がるだろう?」
「っ!?」
衛兵さん達が、思わず住人達に目を向けた瞬間に俺は駆け出した。
「があああああ!?」「ぎゃああああ!?」「うわああああ!?」
そして俺は、駆け出した時に二つの異能を発動させていた。
効果がどれぐらいあるか分からない”重力制御”と本命の硝子の引っかき音を。
だが、衛兵さん達は直ぐに追い掛けて来た。其の顔に苦悶の表情を浮かべながら。
「流石に、アレだけじゃ衛兵は止められないか…。クソッ!」
こんな時間じゃなきゃ、もっと逃げ易かっただろう。人ごみに紛れる事も出来たのだから。
兎に角走るしかない。一度でも見失ってくれれば、逃げ出すチャンスはある。
暫く逃走を続けていると、一人、また一人と力尽きてその場で蹲る。
幾ら基礎体力が違うと言っても、金属鎧を着ている彼らの方が圧倒的に不利だった。
そして、最後の一人が脱落するのを確認して、俺は路地に入り込んだ。
暫く路地を進み、更に裏路地に入り込んで、身を隠した。
”遮断”を利用した潜伏だ、早々に見つかるものではないだろう。
ようやく一息つけた俺は、マントの内ポケットからペットボトルを取り出して水を飲む。
「このまま深夜まで待つか…。」
時間が経てば、捜索人数が増えるかも知れない。でも、闇に紛れた移動はし易い。
此方は夜目が利くし、自分の音も消せる。
それから、数時間が経過したが、一向に見つかる気配は無い。
「多分、各門で警戒って所だろうな…。予定通り、深夜までは此処にいるか。」
そのまま、時間が経つのをじっと待った。あまりに暇だったので、片手で音楽を流していたが。
月の位置を確認して、そろそろかなと判断した俺は、門へ向かった。
「さて…、始めますか。」
俺は反対側の路地に向けて、掌を突き出した。
『何でだよ!?何でこんな時間までこんなに警戒してる奴が多いんだよ!!?』
そして聞こえてくる走り去る足音。
「やっぱり来たか!皆、追え!!」
隊長っぽい人の指示で次々に反対側の路地に入っていく衛兵さん達。
「よし、引っ掛かったな。」
無人になった町門を通り抜けようとすると、俺の首筋に剣を突きつけられた。
「…やはり、誘導だったか…。其の力…あの我侭の所為で散らすのは惜しいな…。」
「……そう思うなら、此れをどかしてくれないか?」
「そうはいかんよ、残念ながらな…。」
「そうか…。」
全てを諦めたように項垂れると、衛兵さんは安心したからなのか、少し剣先を下ろした。
ザシュッ!
俺の胸元に剣が刺さる。其れを見た衛兵さんは思わず握っていた剣を放してしまう。
「っ!?」
今しかなかった。俺はそのまま駆け出した。
其れを呆然と見ていた衛兵さんは、慌てて俺の後を追う。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
心の中で泣き叫びながら、俺は逃走を続ける。
衛兵さんの再起動が遅かったのか、誰も追いついては来なかった。
「うぐぁ……あっ!?く、はあ…はぁ…。」
患部に水を掛け、今日追加購入したばかりのタオルを巻きつける。そして、包帯を巻いて固定する。
「……このまま国境を越えないと…。」
そのまま道中を進んでいくと、二つの国境に繋がる道に出る。
どちらに進むべきか、暫く考えたが少し国境が遠くはなるが海側を目指す事にした。
そして早朝、国境砦を無事突破し、海沿いの国ルーラン王国に入る事が出来たのだった。