まさかと思ったのは、ゾウに到着した頃。そして確実にそうだと分かったのは、ルフィが鏡の中から鏡を割るように指示して来た時だった。
認識した時には、話せる状態ではなくて、更には父親のいない子にする危険を孕んでいる状態で……不安ばかり。ルフィが無事に帰っても、海賊船でしかもこれから四皇とぶつかるって時に産みたいなんて……そんな事言える筈も無い。
でも、私はこの子を、殺したくない。ルフィの子とは限らないんじゃないかって不安にもなったけど、今は分かる。
この子は絶対にルフィの子だと。マルコは確実に有り得ないけど、他にゾロとかの可能性も考えた。
でも、なんでと言われたら分からないけど、ルフィの子だと言い切れる。そんな子が自分の中にいると分かっていても、ルフィは鏡の中で戦ってるし、サンジ君とも別行動。
……この先、色々と不安はあるけどここで立ち止まれない。私は麦藁の1味の航海士だから。
決意を持って船を動かす私にチョッパーがルフィを待たないのかとか言うけど、今いるメンバーの中では私が1番の古株。航海士である事も考えたら、ここでしっかりしないといけない。
船を進めて逃げて、助けられて……私達はジンベエを殿に残す事で、ワノ国へと数人安否不明ではあるけど可能な限り揃って、船を進められる事となった。ただ色々落ち着いてきても、ルフィの治療を必死で行うチョッパーに、診察してくれと言い出せなくて私は葛藤を繰り返す。
海賊船である事、そもそも航海中である事が出産出来る筈も無い状況だと理解している。それでも、この船から私が降りる事も出来ない。
これから苛烈な戦いがある事は分かりきってるから、足で纏いになりかねない。そんな中で当然のように宿った所が、本当にルフィの子だと思う。
ルフィに相談したくても、ルフィもまだ大怪我で体を動かす事は難しい。そんな状態でこんな私事の相談なんて出来る筈もなくて……言葉を飲み込む。
そんな私の異変に気付いたのはサンジ君ではなく、なんとブルック。心の穏やかになる曲をなんて言ってくれるのだから、驚いてしまう。
そんなブルックに負けまいとするかのように、理由も分からずにお茶を用意してくれると言うサンジ君に、私はルイボスティーを頼む。もしくはトウモロコシ茶をと。
その瞬間サンジ君の空気が変わった。流石はサンジ君だと思う、この2つの共通点から私の状態に気付けたのだから。
本当はそば茶が飲みたいくらいだけど、多分そばの実が手に入らないだろうからと頼んだ2つの飲み物は、カフェインの含まれないお茶。勿論麦茶でもいいんだけどね。
「クエン酸、あるかしら?」
私の突然の問い掛けにサンジ君は頷いてくれるから、紫蘇ジュースでも作ろうと立ち上がろうとした。けれどもその瞬間に目眩を起こして、そのまま倒れ掛けた私をサンジ君が支えてくれる。
その1瞬の騒ぎに気付いたチョッパーが飛んで来て、心配そうにしてくれるけど今は私よりもルフィの方が大切だから。安心させなきゃ、誤魔化さなきゃ……。
「大丈夫よ、少し気が抜けただけだから。チョッパーはルフィの事をお願い」
「ナミ……チョッパーにみてもらえ。船長命令だ」
ルフィの声に振り向けば、真剣な眼差しで見てくるルフィと視線が絡み合う。私はルフィの決定には逆らえないし、船長命令には尚更逆らえない。
知られたら……降りろと、言われるのだろうか。それとも堕ろせと言われるのだろうか。
どちらにしても、タイミングが悪すぎたのだから……。そう、思うしかない。
受け入れなきゃ、これが海賊として生きると決めた結果なのだから。どちらを言われても、受け入れなきゃ。
「ナミ……わかってるんだな、自分で。いつから、気付いてたんだ?」
チョッパーの気遣うような声に、私は肩が揺れるのを抑えられない。キャロットはよく分からない様子で、けれども気遣うように近付いてきて私が虐められてると判断したのか庇うように前に立ってくれる。
そんなキャロットの背中に抱きつけば、キャロットはナミ?なんて言いながらそれを受け入れてくれた。その様子を見守っていたサンジ君が上着を背中に掛けてくれて、ルフィに視線を向けた。
「船長、どうする?ここは海上。これからも戦いは続く。子供ごとナミさんを守るか、何処か比較的安全な島にナミさんを降ろすか……子供を殺すかだ」
サンジ君の言葉に私の涙腺は崩壊する。溢れ出す涙を止められない。
「チョッパー、間違いないんだな?」
「うん、間違いないよ。そうじゃなきゃナミがこんなに不安定になる筈ない」
「……ゾウについた時、もしかしてって思ったの。でも、毒と怪我で苦しんでる人が沢山いるのに可能性があるってだけで診てもらえなかった」
ルフィの問い掛けにチョッパーが答えたのを聞いて、私は言い訳するように口を開く。それを聞いたチョッパーはあの時の事を思い出したのか、確かになァなんて言って落ち込むから、罪悪感が広がる。
「確信した時には話せる状態では無くなってたし、そのまま今になって……ルフィが普通に動けるようになってから……相談しようって……」
「私が気が付いてしまって、何だかすみません。ナミさんの判断は間違ってなかったと思います。ルフィさん、なので怒らないであげてください」
ブルックが私とルフィの間を取り持つように言ってくれて、キャロットまでそれに頷いてくれる。
「ルフィ、ナミの事怒るの?」
ルフィは考えているのか少し黙っていたけど、射抜くような真っ直ぐな眼差しで私を見て、ふっと笑った。その顔は何処か困っているかのようにも見えて、私は呼吸するのも辛くなる。
「……っとに、ナミの事を叱る事も出来ねェなんてな。愛され過ぎだろ、ナミ」
「ルフィ……」
「こっち来いよ、ナミ」
呼ばれるままにルフィに近付くと、ルフィは私の腕を掴んで引き寄せるので、倒れているルフィに私は倒れ込むように抱き着いてしまった。そんな私をルフィは優しく抱き留めると、耳元に囁きを落として来た。
「悩ませてごめん。守ろうとしてくれたんだろ?」
「ルフィ……?」
戸惑いながらルフィに視線を向けるとルフィは私の空いている手に視線を向ける。それを辿れば無意識の内にお腹を庇っていて……それが、私の答えだった。
今倒れ混んだ時だけじゃない。戦いの中でも、私はクリマタクトを腹部の前に持って来て庇っていた。
涙は滂沱の如く流れ出て、ルフィはそんな私を抱き締めると頭を撫でてくれる。
「……産んでくれ。この船で。ここには船医のチョッパーもいる、何でも知ってるロビンもいる。ゾロやサンジも何よりも俺が……ナミを命懸けで護る」
「命懸けなんて、駄目よ。ルフィは海賊王になるんだから……」
私は涙を流しながらも笑顔をルフィに向ける。その瞬間ルフィは私の目尻に唇をつけて、涙を舐めとるようにしながら困ったと呟いた。それに対して不思議に思っていたら、ルフィは私の髪を弄りながら言う。
「ナミを泣かせないって、風車のおっさんと約束したのによ……」
「ルフィのばーか」
私はルフィが居てくれて、皆がいて、そしてこの子を産んでいいと言ってくれた事だけで充分なのに。本当は、こんな風に守られてるんじゃだめだって分かってるのに、私は今回だけは甘えてしまいたいと思っている。
皆が本当に産んでいいと、今いないメンバーまでいいと言ってくれるなんて保証も無いのに、この子を産みたいと、この子に逢いたいと願ってしまった。
「私も、この子を全力で守るから、皆……力を貸してください」
絞り出すように言った私の言葉に、サンジ君が当たり前だろうとハートを振り撒きながら言ってくれて、ブルックとキャロットが当然だと笑ってくれる。チョッパーは俺がいるんだから、任せとけと言ってくれるから……私は皆に笑顔で感謝の気持ちを伝える。
その瞬間ルフィが無理に体を起こしたと思ったら、当然のように唇を奪うから驚いて固まればサンジ君がルフィを蹴り飛ばして、チョッパーに私は保護された。
不安はある。戸惑いもある。
でも、それを凌駕する幸福がある。まだ見ぬ君へ、精一杯の愛情を贈ろうと私は自らの腹部に手を添えた。