最近微熱が続いていて、重怠いなとは思ってた。でも、風邪が長引いてるんだと思ってたし、この程度で薬飲むのはなんて思って無視していたのだ。
月のものが遅れてるのは、まぁ、海では良くある事だしと思って居たけど……。流石にちょっと長いから縄張りの1つである島で、診てもらう事にした。
本来ならば船医に言うべきなのは分かってるけど、船医に言うとシャンクスに伝わって無駄に騒ぐからとの判断。町医者に風邪薬を貰おうと思って診てもらって……言われたのだ。
「おめでとうございます」
医者が〝おめでとうございます〟なんて言うのは1つしかない。でも、待って……それは〝誰の子供〟なの?
「宿ったのは、いつ頃……かしら?」
声が、震える。私は、シャンクスに助けられる前に2人の男に犯されている。
最大でも微熱があるんだから3ヶ月以内だとは分かってるけど、私がシャンクスと関係を持ったのはと考えると不安しかない。シャンクスは分かってくれてるけど、でも……!!
そんな私に告げられたのは、その2人の子である可能性の低い時期。それにホッと息を吐き出してから……それ以前の問題だと気付く。
……だめ、よ。迷惑掛けたくないとか、そんなレベルじゃない。
知ったら、皆私を庇おうとするだろう。可能性は低いけど、シャンクスの子ではない可能性だってあるのに、守ってくれようとするだろう。
そんな事はさせられない。四皇に付け入る隙を求めているのは、数え切れない程に無数に存在している多くの海賊達と、海軍……。
賞金稼ぎだって居る。そんな中で、そんな事……言える筈も無い。
「ありがとうございます」
「……海賊団の皆様には?」
「私から……」
「そうですか。わかりました」
医者は不安そうにしているので、ふふっと笑い驚かせたいので、聞かれても内緒で御願いしますと言う。それにより、漸く笑って頷いた医者に手を振りその場を後にした。
とりあえず最低限の荷物は持ってるのだからと、さり気なく町の外れに移動して小舟を拝借する。行く宛なんて無いけど、このままここには残れない。
……ここに宿っているのが誰の子でも、私は、この子に逢いたい。でも、これ以上の皆の負担にはなれないもの。
左右にある違う形のピアスが微かに揺れるのを感じながら、船を出す。この
そう思って小さく笑い、船を動かして行く。記録指針は……あっちが1番安定してるから、そこにしとこうかしらね。
船を進め、辿り着いたのは人も住んでいるらしい島で……でも、私の記憶が正しければここは誰かの縄張りとかでは無かった筈だわ。だからと言って人目につくのは困るわよね……私もそれなりに顔とか売れてるし。
そう考えて、森の中へと足を進める。途中で妙に寒く感じて、本来なら安全な筈の木の上で休むと言う選択肢が選べなくなり、洞穴のようなものがあれば良いのにと思う。
とりあえず休めそうな所に行きたいと思ったのは、脂汗が滲んでいるからだろうか。目の前が突然白くなり、あ……貧血だと思うけど、視界が突然遮られた上に平衡感覚を失ってしまえば、体を支える事が出来ない。
倒れる自分の体をどうにかしたくて、せめてお腹だけはと腹部に覇気を纏った事で余計に体力を消耗して、顔から落ちそうになる。そんな状態で見えない手を動かして空を掻くと、誰かが私の体が倒れる前に支えてくれた。
……誰かって、この、匂いは……。夏島でもない島で、自分がやけに汗をかいてるのが分かり、どうしたらいいか分からなくなる。
「……ナミ、何してんだ。1人で出歩くなんて」
「しゃん、くす……」
「……貧血か。大人しくしてろ。今船医に診てもらおう」
そう言って抱き上げられたのが分かる。意識はあるので動かされた事で気持ち悪くなるけど、それも問題だけど、それじゃないのよ。
「や、だ……ここに、置いてって……」
「出来るかそんな事。……帰るぞ」
「無理よ!」
あ、叫んだからか気持ちが……わる、い……。その時私を抱く腕の力が強まり、シャンクスの気配が獰猛なものに変わったのが分かった。
敵が近くにいるんでもなければ、相当私に怒ってるのだと分かるけど、ここで引き下がれない。……私は、シャンクスとこの子のどちらの命も諦めたくないから。
迷惑をかけない為に、1人で産み育てる覚悟はもう出来てる。だから、その決心を鈍らせないで……。
「ナミ……俺は1度手にした〝仲間〟も〝宝〟も手放さねェぞ。どうしても離れるって言うなら、それはその命を失った時だと思え」
「……伝染る、病で命に関わるのだとしても?」
それと同じくらい、船にいてはいけないのが妊婦でしょ。そう思って問い掛けた私に、シャンクスは不思議そうな声で問い返して来た。
「ナミが?」
「そうだとしたら?」
「……半数をナミの護衛に残して、世界の名医を集めて来てやるよ。確実に治す為に、医者捜索組と護衛組に別れてやる」
……まさかの答えに、でも、ベックとかヤソップがそうなっても同じ事をやりそうだなと思えば、それなら迷惑かけない為に死のうなんて考えても死ねないように、なんかやりそう。ヤソップの場合妻子を盾にするとか。
あれ?ベックだとなんだろう。ベックこそ簡単だって前に誰かが言ってたけど、私にはその答えが分からない。
「んで、ナミは病なのか?」
「……似たようなものよ。だから、船には、戻れないし、ここに残して欲しいの」
「ナミ、死神にもお前をやるつもりはねェよ。だいたいどの神話も冥界の王は男だからな。俺以外の男の傍に居させるつもりはねェ」
あ……目の前が白くて良かった。多分本気で言ってるから、直視したら私勝てなくなる。
だいたいそもそも論で、シャンクスの顔を見たら、私に勝てる筈なんてないのよ。どれだけ、シャンクスを好きだと思ってんだかって話しよね。
「ナミ」
突然聞こえたベックの声にビクリと体が震えると、シャンクスが楽しそうにラスボスだななんて言う。本当に、そんな感じに思えるくらい怖い。
ヤバい……ベックが〝本気で怒って〟いる。でも、逆を言えばベックなら私の言い分を理解してくれる筈だわ。
妊婦が船にいるとか許されないし、私が子供を諦めるくらいなら1緒に死ぬ事も分かってる筈だもの。だから私は目を閉じたまま、ベックの方を向いて口を開こうとした。
でも、それよりも早くベックが言葉を向けて来た。それは、まさかの言葉で。
「ナミ、せめて俺には言え。お前に悪いようにする筈ねェだろ。……父親が誰でも、ナミの子に違いはねェ」
「……知って……?」
「当然だ。最近動きがおかしかったから、熱でもあるのかと思って様子を見ていたからな。そんな時に、1人で島の病院へ行き、その後姿を消せば分かる」
「ベック……」
思わず名を呼べば、優しい声でベックは言う。その声と言葉には、愛情が溢れていて、泣きそうな位幸せに思える。
「産んで大丈夫だから、俺の前から勝手に消えるな。心臓が持たねェ」
「ベックッ!!」
涙が溢れそうになる。その衝動を抑えつつ、思わずベックへと腕を伸ばした瞬間、シャンクスの怒号が飛んだ。
「待て二人共!なんでベックとナミがカップルみたいになってんだよ!?ナミも、妊娠したならまず俺に言えよ!」
「シャンクス……」
「ナミの子なら俺のに決まってんだろ!?」
「……黒髪とか、金髪かも知れないわよ?」
シャンクスの子では無い可能性も、充分に有り得るのよ。だから……。
「馬鹿か。ナミの子なら、俺の子だって言ってんだ」
「そんな、の……!」
貧血の症状が落ち着いて視界がクリアになった筈なのに、涙でシャンクスがよく見えない。でも、そんな事言っても、金髪とか黒髪とかなら、気分はよくないと思うのよ!
それに、そんな事を言われても……感情と理性は違う。今は恋人を失わない為に言ってても、血の繋がらない子供を本当に愛せる人なんて……。
「ナミ……〝ベルメールさん〟は血が繋がってねェから〝母親〟じゃねェのか?」
「そんな訳無いじゃない!後から私の母親を名乗るのが現れたって、私の母親はベルメールさんただ1人よ!」
「同じだろ。お前に似た娘なら、嫁に出さねェ自信があるが、他は厳しく強く育てて、この海で生き抜けるようにしてやる」
「シャンクス……」
涙を流す事しか出来なくなった私に、いつの間にか集まっていた皆が口々に言う。その声は優しく、労りに満ちていて、溢れ始めた涙は留まる事を知らないかのように流れ続ける。
「お頭が頼りないなら俺を頼れ。俺は息子が居るから頼りやすいだろ」
「馬鹿か!その息子に〝親父〟には捨てられたんだって、恨まれてても知らねェぞ!」
ヤソップの言葉にルーが突っ込めば、皆が笑う。そして、ベックが私の頭に手を置いて、グイッと首の角度を変えてくる。
「ナミ、俺が全力でナミの事は守ってやる。……少しは……〝兄貴〟の事も頼れ。可愛い妹の為なら、世界だって滅ぼしてやるのが、兄貴ってもんだ」
「……ベック、あり、がと……」
泣いてばかりの私に、血圧が上がりそうだなと言ってベックは手を離すと少し切なそうにその瞳を揺らしてから、優しく頭を撫でて来た。それが暖かくて、涙が止められない。
「ナミ……父親が必要なら、名乗りを上げるのは大量に居る。1人で抱えなくていい。……お頭、ナミを頼むぞ。妊娠で間違いなさそうだからな」
「んで、わかんだよ」
「情緒不安定過ぎるからだ。妊婦の特徴だろ」
「確かに、俺に抱かれてる時以外で、こんなに泣いてるの見ねェもんな」
黙れとばかりにシャンクスを睨めば、シャンクスが笑った。いつもの、明るくも暖かい笑顔で。
「ナミ、帰るぞ。俺達の家に」
「うんっ!」
きっと本当に、彼等は私を守り抜いてくれるのだろう。お腹にいる小さな命も共に。
その為に彼等は私達を弱点にはせずに、結束を固めて強さを得るのだろう。そう思えば、安心できたし、肩から力を抜けた。
私は誰よりも幸福な今を得る為に、これ迄ほんの少し苦労をしたんだと、そう思えてしまうくらい幸せだなと思い、笑った。それに皆も笑ってくれる。
それから暫くの後〝赤髪〟の乳幼児に振り回される船員達が居る事は、この時まだ誰にも分からない事実。幸福な時間は、始まったばかりだ。