最近目眩が多いなとは思っていたのよ。甘い物を食べるのもつらくて、妙に酸味のある物が美味しいなぁって……。
でも、カタクリは私が甘味を用意して1緒に食べるのを喜ぶから、そう思ってケーキを焼いていたら……その香りと水蒸気にやられて、吐き気がした。込み上げるってより迫り上がる感じのコレに、覚えは無いけど、思い当たるものはある。
……来なくなって、どれくらいになる?
そう考えれば答えは自ずと見えてくる。……どうして、気付けなかったんだろう。
婚姻関係もあって、カタクリには……その、可愛がられてる訳だから、いつかはこうなる事も分かってたのに……。動揺してる場合じゃない、早く……カタクリに伝えなきゃ。
でも……喜んで、くれるのだろうか。
大切に愛されてると思う。家族として認めてもくれてるとも思う。
でも、私だけだって充分すぎる荷物なのに、どうして……この子まで受け入れて貰える保証があるのだろう。分かってる、私が臆病なだけなんだって事は。
拒絶はしないと思う。本当に嫌なら、カタクリは間違いなく薬を飲ませるとかしたと思うから。
でも、それをしなかった時点で……カタクリはきっとその覚悟を持ってはいると思う。でも、他の人達は?
カタクリの子だから殺されはしないと思うけど、迷惑に思われるんじゃないかと不安になる。これだけの子供がいるビッグマムなのに、孫が居るなんて〝読んで〟いた頃も、現在だって聞いた事がない。
もしもそれが孫をビッグマムが嫌っているなんて理由なら、最悪別れさせられて追い出されるかも知れない。そうなった時、私1人でこの子を守れるだろうか……?
「……どうした?」
突然聞こえた声に振り向くと、その衝撃で目の前が微かに歪んだ。頭を少し動かしただけで、こんな事になるなんて聞いてない。
大丈夫だと、なんでもないと言うつもりだったのに、傾いで行く体を止められない。覇気を纏ってでもこの子はと思った時、柔らかく暖かなものに包まれて床に倒れるのは免れた。
そっと眼を開ければカタクリの能力で助けられたと分かり、ホッとする。この子に、衝撃は与えられなかったと、無事だと分かったから。
「ごめん、ありがとう。すぐ起きるから」
そう言って体を起こそうとしたら、また視界が歪み気持ちが悪くなる。なんなんだと自分に言いたくなるのを押さえて、ただ動けない自分に歯噛みする。
「……体調が悪いのならば、無理はするな。ナミを支えるのも、運ぶのも苦にはならない」
「でも、迷惑に「ならない」」
言葉を遮りながらカタクリは私を抱き上げて優しくベッドまで運んでくれるから、今回はそれに甘える事にした。頭を少し動かすだけで目眩が再発して、その度に吐き気がする。
眼を開けているだけなら問題ないのに……。その時カタクリの手が私の額に触れた。
視線をカタクリに向けると、心配そうにしているのが見えて、そんな顔させたい訳じゃないのにと思う。どうして、上手くいかないんだろう。
「カタクリ、心配かけてごめんね。運んでくれて、ありがとう」
「最近食欲も落ちていたな。何かあったか?」
「……少し、変わった事があったの。嬉しい事なのか、どうなのか判断できなくて……と言っても、気付いたのはついさっきなんだけど」
「ナミ?」
腕を動かして、カタクリの手に触れるとカタクリがその手から力を抜いたのが分かる。どうやら好きにさせてくれるらしい。
頭を動かせないので勝手にその手を動かして、そっと頬と触れ合わせる。そして、その手に顔を埋めて隠すようにしてから言葉を続ける。
「私は……嬉しいし、逢いたいけど……。不安で……。ねぇ、カタクリ、私……」
言葉が、出なくなる。カタクリは何も言わずに居る。
きっと、私は今情けない顔をしてるだろう。きっと、私は今女でも母親でもない、中途半端で無様な姿を晒してるだろう。
静かに息を吸い込む。そして、その息を吐き出しながら、言う。
「私の中に……子供がね、宿ってるの。……産んでも、大丈夫かな?」
言葉がまるで空気に溶けたように、カタクリは何も言葉を発しない。そして、暫しの間を置いて不思議そうにカタクリが言葉を口にした。
「何が、不安なんだ?」
「え?」
何がって……。だって、ビッグマムに孫とか聞いた事無いし。
「ナミが母親になるならば、ママより随分優しいだろうからな、子供が我儘に育つ事を危惧しているならば……俺がいるだろう」
「……カタクリは、優しいと思うけど?」
カタクリは何を言ってるのか。カタクリ程優しい人は居ないのに。
慰めて、くれてるのかな?
「……ナミが、産みたいと思ってくれているなら産んでくれ」
「カタクリ……?」
「不安は俺にひとつずつでいい、ゆっくりで構わないから話してみろ。ナミは1人で抱え過ぎだ」
カタクリの手が離れて、私の顔が晒される。そして、カタクリと視線が絡むと慈しむような視線が向けられていたと知る。
声が、音にならない。何を言いたいのか分からなくて、でも、確かに伝えなければならない事が多くて……。
どうしたら良いのか、分からなくなる。少し動くだけで視界が歪むけど、それに構う事も出来ずに飛び付く。
そんな私をカタクリは支えてくれて、不安に思う事を1つ1つ、急かす事無く聞いてくれる。その声は、穏やかで優しい。
「ナミ、確かに孫は表に出てないがそれは、近くに居なかったり乳飲み子だからってだけだ。……大歓迎されるから、安心して良い」
その言葉で、そう言えば読んでいた時には、シフォンに子供がいたと思い出す。それにより、ホッとして力が抜けるとカタクリが優しく私の眼を覆った。
「ナミは少し、混乱しているだけだ。それにしてもナミは、1人で思い悩むと碌な答えに行き着かないな」
「……ごめんなさい」
「俺は、ナミとの子供に、逢いたいが……それだけでは駄目か?」
カタクリの声が優しくて、私は幸せで……目頭が熱くなるのと、カタクリが笑ったような気配を感じるのは同時だった。優しい温もりに包まれて、必ず護ってやるから今は休めと囁く声にさえ、私は何も答えられずにその手に縋る。
「……っ」
「今は休め。起きてから、この先の話をしよう」
カタクリはそう言って私を休ませようと優しく抱き締めてくれて、私はその手に……優しさに包まれながら眠りに落ちる。愛しい人と共に、この先で愛する人に出逢う未来の為にも、今は少しだけ……心と体を休ませる事が必要だと判断したから……。
─────
涙の滲むその眦に指を運び、今は眠れと心から思う。体調不良は長かった筈だが、恐らくは本気で気付いていなかったのだろう。
それでもナミは倒れる時等の咄嗟の時を含めて、必ず腹部を守っていた事に、気付いては居ないのだろうか。俺がナミの出産に関して不安になるとするならば、子供にナミを取られる事だけだ。
考えるまでもなく、ナミは子供を甘やかすだろう。それが娘ならばいいが、息子ならば本気で乳飲み子と争う自信があるぞと溜息を落とす。
妊娠したのだと知れば、ビッグマム海賊団をあげての大騒ぎとなるだろう。自己評価の低いナミは未だ気付いてはいないが、相当な価値のある存在なのだから。
最近縄張りが広がっているのは、間違い無くナミの描いている海図のおかげだ。だと言うのに、皆が強いからであって、私は何も……なんて本気で言ってるのだから始末に悪い。
……いつもは気丈に振舞っているのに、1言って10を知ると言うような回転の早い頭脳である。なのに、何故こうも……自分に関わるとマイナスの評価しか導き出せないのか。
それにもし、ナミが懸念するような何かが起きたとしたら、その時は俺が全力で守ってやるつもりだ。それに何より、ブリュレが鏡の中に入れて出さないだろう。
傍にはシフォンとローラ、そしてプリンが構えて守るだろう。それも、そうとナミに気取らせない為に、お茶会でもしましょうなんて言いながら。
それを知ったペロス兄かクラッカーが、護衛を買って出るだろう事も想像にかたくない。例え相手がママでも、恐らくはこの辺りの兄弟姉妹はナミを優先する。
それくらい、ガッツリと心を掴んでいるのは分かっている。ペロス兄もクラッカーも、ナミに想いが通じてない事を知りながら、それでも笑っている間は手を出さないと言い切っている。
……少しは自信を持て、ナミ。愛しくも儚い小さな妻に、いい加減独りではないのだと気付いてくれと願う。
それと同時に……もう少し、2人だけの期間を満喫出来たなら、それも良かったなと思う。悲しみの涙等、流す必要がなくなるように、必ず守り抜いてみせると眠るナミの頭を撫でた。
強がりでプライドの高い、美しく賢い妻に似た〝娘〟である事を心から願い、直後にそれならば嫁には永遠に出せなくなるから、俺に似た娘が安全か?と首を傾げる。
恐らくどんな子供でも、ナミは優しく育てるのだろう。俺達が誰も得たことの無い、ぬるま湯のような温もりの中で……育つのだろう。
今はまだ見えぬ未来が、輝いているような気がしたが、きっとそれだけは間違い無い事だろうと思える。ゆっくり中にいろよ、俺はまだもう少し、お前のママを独り占めしていたいからなと無理な事をまだ見ぬ我が子に語り掛け、愛妻の額にそっとキスを落としてから、俺は静かに部屋の明かりを消して共に優しい眠りへと落ちて行った。
すみません、題名の名前間違えてました。
謹んでお詫びし、修正させて頂きました。