ロビンが無事に帰ってきた。メリーとの別れはつらかったけど、これから新たな船を作ってもらえる事になっている。
事態はいい方向に向かっているし、何も愁いる必要なんて無い筈だ。宴が始まり、酒を口にするまで、私には何も変わった事なんて無かったのだから。
突然のそれに、私はさり気無く席を立つと用意してもらってる部屋に駆け込み、洗面台へと向かった。そこで嘔吐く私をそっと撫でる手があり、見ればそれは本当に手だけで……。
発作的な体調不良が落ち着いた時に、漸くその手に向かって声を掛ける。
「ロビン、ありがとう」
「大丈夫なの?」
「……体力不足がこんな形で出るなんてね。心配しないで、少し休んでれば治るから。ロビンは宴を楽しんで」
「……すぐ行くから、待ってて」
ロビンはそう言って会話を辞めてしまうから、遺されてる手に心配症ねと笑って見せる。でも、私も本当は気付いてる。
青雉との戦いの後、少しの休日がもうけられたあの時、明らかにおかしいと気付いていて……でも、メリーの件が落ち着いてから話そうと思っていただけなのだから。あの時はロビンを休ませておきたかったし、ウソップも心が疲れ果てていた。
でも……逃れられない真実が私に伸し掛るように、存在しているだろうと理解している。恐らくは宿っている、それもゾロの子だと分かっているのよ。
この宴が落ち着いたら、どちらにしても話すつもりではいたの。ウソップが帰ってからとか言ってたら、チョッパーが必要な物を揃える隙が無い事も分かってるし、それこそここに私を残して行くという選択肢だって、ルフィが選べるようにしなくてはいけないのだから。
洗面所のドアが開かれてロビンが姿を見せた。その表情は本当に心配そうで、申し訳無い気持ちになる。
どの道話すつもりだったから、そう脳内で言い訳して、私はロビンに視線を向ける。ただ、認めたくなかったから、こうなるまで逃げてただけ。
「……妊娠してるの。だから、宴の後でルフィにちゃんと話すつもりよ。だから……それまでは、少し知らないふりしてて欲しいの」
「今までルフィは寝ていたもの。仕方ないわよね。……それで、父親は誰なの?」
「……ゾロよ」
「せめてサンジなら良かったのに。それなら2人とも手配書が出てないから、降りても何とかなると……でも、それだとダメね。……1緒に考えるから、大丈夫よ」
そう言ってロビンが優しく抱き締めてくれる。その時にロビンの服に染みができて、漸く私は泣いていると気づく。
……どうして私はこんなにも弱いのだろうか。守りたいという思いばかりで、実際は何も守れなくて……それどころか迷惑かけてて……。
私は愚かにも、離れたくないと願ってしまって……その決断をしたくなくて少しでもと現実逃避して、先送りにしていただけ。そんな事しても、何も解決なんかしないのに……。
「ナミ、そんな体だって分かってて……私を助けに来たの?」
「当たり前、じゃない。ロビンは私にとって大切な……!「それは、私も同じなのよ。だから……1人で抱えないで」」
姉妹のような、親友のような、同性の仲間。弱くて、強い、大切な相棒だと思ってる。
私が泣きながらそれを言えば、私もよとロビンは言ってくれるから。だから余計に、涙が止まらなくなる。
そこにいつ帰ってきたのか、皆の姿が見えて……そんなと思った時には、情報は筒抜けで……。思わずロビンを見れば、簡単に説明しておいたわなんて言われてしまう。
「ナミ、せめて俺には伝えとけ。……俺は仲間だが同時に、父親なんだろう」
ゾロの言葉にビクリと体を揺らして、話せるタイミングが無かったと呟けば、これまでの騒動を思い出したのかゾロは確かにな、なんて言ってくれる。それから当然のようにロビンから私を奪い取るようにして抱き締めるから、私はゾロの胸に顔を埋めて小さく謝罪した。
それを黙って見ていた皆が、ルフィに視線を向けたのがわかる。その直後にゾロが私を庇うように前に出て、ルフィに静かに頭を下げた。
「俺に全ての責任がある。だが、ナミだけを降ろす事は出来ねェ。ナミを降ろすなら、俺も降ろしてくれ。ナミが落ち着いたら、必ず1味に合流する!」
「…………ゾロ、歯ァ食いしばれ」
ルフィの声が聞こえた直後に、ルフィの拳がゾロに直撃して吹き飛ぶ。慌てる私をロビンが止めるから、私は身動きが取れない。
「……1つ目、ナミを泣かせるな。2つ目、ナミを守り切れ。3つ目……風車のおっさんにも殴られる覚悟しとけ」
ルフィはそう言ってから、私とゾロを交互に見て、馬鹿だなと笑った。
「……誰が降ろすかよ。チョッパーもいるんだ、1緒に行くぞ!ナミがいなかったら、俺達遭難するだけじゃねェか!」
ルフィの言葉に私とゾロは視線を合わせてから、ルフィに視線を向ける。本当に良いのかと口を開くより先に、サンジ君が椅子を運んで来て座るように示すから、それに従うとはァと溜息1つ。
「……ナミさん、なんだってあんなマリモと。天然記念物だからって甘やかさなくて良いと思いますよ。……それでも、ナミさんが笑っていてくれるのなら、俺は協力を惜しみません。少し、待っていてください」
それからどうやらフランキーに船の設計について話をする為にサンジ君は姿を消したらしい。座ってる私にチョッパーが膝掛けを持ってきてくれて、半泣きで抱き着いてくる。
「どうしてなんにも話してくれねェんだよ。いつもいつもいつもいつも!俺、船医なのに!」
「ごめん、チョッパー」
「……いいのか。負担は、尋常じゃねェぞ」
ゾロの言葉にロビンが笑う。まるで馬鹿な弟を見るような眼差しとともに。
「私は、世界政府から命を狙われてるのに、誰も負担になんて思ってないみたいだったけど?ナミは、航海士よ、居なかったら困るじゃない。……貴方戦闘員なんだから、しっかりと守りなさい」
「そういう事だ!2人とも、俺の大切な仲間だからな!」
ルフィはにししと笑うけど、その表情には少し陰りがあって、心配かけたんだとわかる。だから小さく、ありがとうと口にすると、ルフィは優しく笑ってくれた。
「ナミが俺の傍で笑ってるなら、俺はそれだけでいい」
「……ルフィ、感謝する」
ゾロが言えばルフィはおゥと答えて、笑った。ゾロは私に近付くと、そっと手を取り、固まった。
どうしたのかと思ったら、小さく舌打ちしてから私を抱き締める。
「……順番変わっちまうけど、指輪用意するから、待ってろ。それと、勝手に産む方向で話進めてるけど、良かったのか?」
「ゾロって馬鹿なの?私が、子供を殺せる筈無いじゃない」
私の言葉に皆が揃って納得した様子なのは少し納得しかねるけど……とりあえず、もう涙はいらない。傍で守ると言ってくれる人達がいて、私を必要だと言ってくれるから。
だから私は前を見よう。愛しい人達と共にこの先の海を目指そうと……そう、決めているから。