ドフィを庇って怪我をしたあの日から、幹部の人達もドフィも、それどころか他の人達まで私に対して過保護になり、戸惑う日々が続いていた。その日々の中でドフィと体の関係を持ち、既に半年以上が経過しているのだから、これは起きてもおかしくない事だとは理解してる。
理屈上いつかは来ると分かっていたし、年齢的な事を考えれば当然の事。男の方が年上の場合は、大概問題無くこうなるものなのだと机上では分かっている。
でも、ホルモンバランスの乱れとか、環境の変化によるストレスとかが原因で遅れてるだけとも考えられるから……そう思って誤魔化して、自分を騙して、悪阻が来て現実だと理解した。でも、相手は国王様で、海賊で、恐らくはルフィの敵となる人。
私の立場がルフィと無関係に近い状態になったとは言えども、立場を考えれば仲間にはならないだろうから、いつかはルフィに倒されるだろう。そうなれば、遠くない未来にドフィはインペルダウンに送られる。
今も行われているスマイルの製造等を考えれば、不幸の連鎖しか未来は無い。それを考えたら、宿っている事を伝えるのもどうかと思ってしまう。
けれど、季節の変わり目で体力が落ちてると言う、有り触れた言い訳で夜の事を拒むのもそろそろ限界。それを拒む私を責めたりはしないけど……。
時折不安そうにその瞳を揺らすから、彼はきっと他にどう感情を私にぶつければいいのか分からないのだろうと思ってる。そういう、不器用な所があるのは知ってるのよ。
それに……悪阻が始まってしまった今、食欲が落ちれば体重も落ちて、心配した人達が医者を呼ぶ事で確実にバレる。どうしたら、良いのだろう。
私1人ならば、ドフィが捕まってもついて行くと言い張れるけど、乳飲み子が1緒ではそれも出来ないと言うのは分かる。でも、この子を抱えて1人でこの世界で生きられるのかと問われれば、自信はない。
ドフィを倒すであろうルフィの世話になる訳にもいかないしと、椅子に腰掛けて編み物してるフリをしつつ考えていたら、辺りか騒がしくなった。どうやらドフィが帰ってきたらしい。
「お帰りなさい、怪我はしなかった?」
ドアが開くのと同時に問い掛ければ、ドフィは満足そうに笑って私を操る。立ち上がった私は勝手にドフィの元まで歩かされるけど、その関係で目の前が白くなる。
この症状だと脳貧血かと分かっても、操られてる体は勝手に歩く。意識を保っている限りはこの能力で操られるし、この程度で辛いと言えるような生活をして来なかったから上手く伝える方法も分からない。
「ナミは帰る度にそう聞くが、俺がそんな簡単に……どうした?」
視界が白くてドフィを見ていないと気付いたらしい。能力を解かれると簡単に崩れ落ちる体。
それをドフィは難なく受け止め、慌てたような声を出す。医者を呼ぼうとするドフィの服を見えなくてもいいからと、手探りで掴んで、それを止めさせようと口を開く。
「大丈夫、ずっと座ってたから、立ちくらみ……しただけだから」
「……最近食欲が落ちてると報告を受けている」
「季節の変わり目は、いつもなのよ。気にしなくて平気。今までと違って、休めるだけ幸せな環境なのよ?」
少しおどけて言えば霞む視界の向こうでドフィは呆れたような顔で私を見て、そっと抱き上げるとベッドまで運んでくれる。ベッドに下ろしてから、そこに腰を下ろしたドフィが私の頭を優しく撫でながら溜息を落とす。
「それだと年に2度もこんな心労を俺にかけるつもりなのか」
「心労?」
「当然だろう。ナミが弱っていれば心配にもなる」
……何だろう、この甘さ。確かに私は関係は持ったけど、決してその、恋人とかそういう関係ではなかったと思うんだけど。
数ある女の1人でしかない筈で、だからこれは私の勝手な片想いで。だから私が勝手に何処までも付いてくつもりでいるだけなのに、何だか……ドフィに愛されているような錯覚をしそうになる。
「ドフィ、いつか刺されるわよ」
「あ?誰にだ?」
「ドフィの女としてここにいる誰かに」
「俺の能力を考えてものを言え。刺される前に刻んでる」
確かに、生半可な相手にドフィが刺される事は無いかと考えを改めると、ドフィが顔を覗き込んできた。
「なんで、そう思った?」
「ドフィが思わせ振りな事を言うからよ。いつもそんな事してるなら、勘違いした女に刺されるだろうなって」
「……まさか、冗談だろ」
「ドフィが思わせ振りなのは、いつも思ってたわよ?」
「…………ナミ、お前と俺の関係性を言ってみろ」
ドフィは妙に真剣な顔でそんな事を言うから、私は少し考えて見る。ドフィは私の恩人で、でも、私は甘やかされてて使用人ではないし、客って感じでもないから……。
「恩人と居候?」
「……ナミが賢いから油断していた。そういう落とし穴か」
「え?ドフィが落とし穴作ったの?」
「……むしろ落ちていた事に今気づいたと言うべきだろうな」
ドフィはさっき帰って来て……なら、その前に落とし穴を落とし穴だと思わずに降りてたって事なのかな。それは何か仕掛けられてたら困るから、今後は是非とも気を付けて欲しい。
1船の船長だからなんて理由でも、1国の王だからって理由でも無くて……。ただ、ドフィが心配だと言ったら、いつものように笑ってくれるかな。
そんな事を考えてみても、結局そんな言葉は言えなくて、私は自嘲するように笑う。今更……本気で恋してるなんて伝える事も出来ない。
「……ドフィ、気を付けてね」
「本気で言ってる所が怖ェよな」
そう呟いてからドフィは立ち上がると、少し待ってろと言って部屋を出て行く。忙しそうだなと思いながらも、それでも顔を見せてくれた事に感謝して私は窓の外に視線を向ける。
無意識に腹部に置いた手が、まだ何かを感じ取る事は無いけど……確かにここに居る。せめて、恋人とかならまだ、言えたのだろうか。
客観的に考えて、居候に国王が手を出して孕んだとすると、世継ぎとしては身分が足りないだろうし、男の子だったら後継者争いに発展しかねない。そう言えば、王妃って居るのかな。
いるならその人に相談……ってダメだ。その人の立場を考えたら、この子は邪魔に思われて消されてしまう。
思考の沼に嵌って、身動きが取れない。その時ドアが開く音が聞こえて、視線を向けるとドフィがその場で固まったように動かなくなった。
それから眉間に皺を寄せて足早に移動してくるから、何かあったらしいと言う事だけが伝わる。
「な、に?どうしたの?」
「それは俺の台詞だ。ナミを泣かせたのは誰だ?」
泣いてる?
言われてから頬に触れて、自分が泣いていたと自覚する。情けない、今までこんな事1度もなかったのに。
これまでずっと何があっても表情所か声や仕草の全てに神経使って完璧に演じて、涙の流し方なんて忘れたと信じていたのに。涙なんて、演技以外で流すものじゃないと、そうして生き抜いてきたのに……。
「ほんと、だ。なんでだろう……?」
「……何かされた訳じゃ無いのか?」
「……ドフィが居なくて、寂しかったのかしらね」
「…………っ!お前、それ、天然で言ってるのか……」
何故かドフィは顔を背けてしまい、背中を向けられてしまったけど、目の前にフワフワした羽根があるからとりあえずそれに抱きついてみる。それだけで随分心が軽くなった気がするのだから、依存してるななんて思う。
職人の技術が光る逸品よねと、コートに顔を埋めながら考えていたらドフィの体が急に反転して私を抱き締める。なんだろうと思って視線を上げると、そのまま唇を貪られてしまう。
「んっ……?ドフィ……?」
合間に問い掛けてみても、ドフィは何も答えずにただ口付けを繰り返すから、私はドフィが満足するまでと思ってその幸せを甘受する。ドフィの口付けは、縋るようだったり、優しかったりとその時の気持ちを素直に伝えてくれるから、それが嬉しい。
この人は基本的に素直な人なんだと思う。そして、私は弱くなったと思う。
「……ナミ」
ドフィが唇を離して名を呼ぶ。私は瞳を開けてドフィを見詰める。
「愛してる。だから、俺だけのものになれ」
「ドフィ?」
……夢?
いや、痛いから夢じゃないのかな?
じゃぁ……。
「聞き間違いでも、勘違いでもねェ。俺の告白を勝手に夢にするな」
……なんで私の考えが分かったんだろう。
ドフィって実は妖怪サトリなのかな。なんでも欲しい物を与えて最後には自分以外の生き物を見る事が出来なくして……逃げようとしたり、嘘をついたら、殺してしまう。
「ナミも案外素直だぞ。顔とか瞳が素直に教えてくれる事が多い。まァ、お前が気を許した相手にだけなんだろうがな」
「そう、なの?だからノジコもベルメールさんも、私の嘘いつも気付いたのかな」
「…………あァ、家族か。頼むからこのタイミングで他の人間の名を出すな、殺したくなる」
「殺すなら私だけにしてね。その時は、最期までドフィを見てるから」
笑って言えばドフィはため息をついて、私を抱き締める。どうやら妖怪サトリの説は無かったらしい。
「……死ぬ時は俺を見ていたいって、事で良いのか?」
「そうね、そう出来たら幸せね」
「俺が、殺されそうだな。ナミの甘さに」
「え?」
ドフィは何が言いたいんだろう。そう思っていたら、ドフィが体を離して真剣な顔を向けてきた。
「……それで、返事は?」
「ドフィだけの、ものになるかって話?」
「あァ」
答えを確信してるような顔をするドフィに、私は視線を下げる。ドフィだけのモノには、なれない。
言われて嬉しかったけど、私はドフィに下ろせと言われてもこの子に逢いたいと思ってしまったから。それが理由でここを追い出されても、この子の為なら、自信が無いなんて言っていられない。
「ごめんなさい、ドフィ。無理だわ」
「……ナミ?」
ドフィの気配が剣呑なものに変わる。覇気だと気付いても、私の決意はもう揺るがない。
「……私には、ドフィよりも大切な人がいるから」
「どこのどいつだ。家族だって言うなら、今すぐ生首並べてやるから、素直に吐け」
そんな事を言われて吐く馬鹿が何処にいるというのか。そんな軽口を言えないくらいの覇気をぶつけられ、無意識だろうか、ドフィが私の首を締めて来るのを無意味と分かっていて抵抗する。
今は、まだ、死ねない。
抵抗する私に苛立ちを隠さずにドフィが蹴り飛ばそうとして来るのが分かって、咄嗟に体を丸めて庇おうと力を込める。瞳を閉じて衝撃を待っているけど、衝撃はいつまで経っても襲って来ない。
ゆっくりと瞳を開けるとドフィの戸惑ったような顔が見えた。それからドフィがふらりと数歩後に下がり、自らの額に掌を当てたと思うと肩を震わせて笑い出した。
「……ド、フィ?」
「俺からの告白を袖にした女はお前だけだ。やり直してやる」
「あの、どうし……」
言葉を言い終わるより先に、ドフィはサングラスを外して視線を合わせて来た。無防備なその素顔で、優しい眼差しで、ドフィは私を真っ直ぐに見る。
「俺と結婚しろ。ナミが俺より大切だとのたまった相手ごと、愛してやる」
「なんで……」
わかったの?
何も言ってないのに。
「……文字通りの殺し文句を平気でぶつけてくる女が、俺より大切だと言える相手なんて限られる。その上で、俺から庇おうとまでされればわかる。俺の子が、いるんだろ」
「……っ!」
声が、言葉として口から出る事は無かった。ただ、その代わりに涙が溢れる。
それを返事としたのか、ドフィは私を労わるように抱き締めて、笑うから……いつの間にか両腕をドフィの首に回して抱き着いていた。
「ナミは賢いくせに馬鹿だな。もう、1人で抱えるな。俺に頼れ」
私は無言で頷いて、ただドフィの胸で泣き続けた。それが即ち、王妃の立場に自分がなるのだと言う事に、まったく気が付かないままに。
鷹の目はそもそも書いてなくて、ドフィも旧作のしか書いてなかったんだと、移動させる時に気付いて驚きました。