〝もしかして〟と思った時に思い出したのは、18歳となる誕生日の夜の事。クドクドとお小言のようにローが語り出したのは、女の体が子を産むのに適した時期がいつなのかという事で、それに伴い18歳になるまで耐えた俺を褒めろと……まァ要約するとそんな話を約1時間かけて語られた。
当然そんな雰囲気になってもいなかったし、私には面倒な性格の兄というか弟と言うかそんな感じの人だった。なのに、どうやら女として見てたらしいとその時初めて知って驚いたのは、記憶に新しい。
シャチとペンギンとベポに声を揃えて鈍いよねと言われて、シバキ倒したのはご愛嬌だろう。その後、厄介な兄弟のような恋人が厄介で愛しい恋人に変わった。
それからは3日と開けずに抱かれていたのだけど、ホルモンバランスが乱れているのかも知れないと最初はその〝もしかして〟を否定した。それから時が過ぎて12週目に突入すると〝もしかして〟は〝やっぱりか〟に変わってしまう。
それでも自分と周りを誤魔化して14週に入った時、調理中の匂いに負けて洗面所へ駆け込んだ私は理解した。現実を受け入れるしかないのだと。
でも、簡単にはいかない。今正に偉大なる航路に入ったばかりという時に、参謀なんて肩書きの私が妊娠したから船を降りますとか言える筈もなくて……でも、今のままでは足手纏いにしかならないのは火を見るより明らか。
船の上と言うだけで出産のリスクは高まる。陸地でさえ安全とは言い難いのだから。
それを……海賊船でなんて、無謀もいい所。どうしたらいいんだろう。
産むか産まないかって考えると軽く思えても、実際は産むか殺すかという選択肢な訳で……。もっと簡潔に考えたら、会いたいか、会いたくないかって事。
それだけなら会いたい。会って、抱き締めたい。
でも……それを簡単に決める事が許されない。でも、殺したくないし、逢いたいよ。
胸が苦しくて、私は床に座り込む。それを発見したロシーに騒がれてしまい、私はローの元へと運び込まれた。
「それで……何の騒ぎだ」
「私が目眩起こして座ってたのを、ロシーが大病と勘違いして騒いだのよ」
「さもありなん。コラさん、無駄に騒ぎを大きくするな」
「だがナミが倒れていたんだぞ!」
「座ってただけよ。半年くらい前にも、似たような事あったじゃない」
あの時は月物の関係で動けなかったのを騒がれて、無駄に恥をかいた。それを思い出したのかロシーはああ、と言って落ち込む。
ローはそんなやり取りを聞いて、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに溜息を落とすと読書を開始した。その本の著者を見て、咄嗟に叫んだ私はおかしくないと思う。
「ロー!?それ、私の部屋にあったやつでしょ!?何で持ってるのよ!!」
「薬を食料に出来るとあれば効率的だと考えて何がおかしい。こんな知識もあるならば、もっと早く教えておけ」
『美味しく食べよう!薬草図鑑!』と銘打たれたそれは私が5歳か6歳の時に発行した物だ。どうして今更……。
机の上を見れば発行はしてなかったけど、写本した物を製本しただけのドクターの本なども積まれていて、妙な叫び声をあげてそれを回収しようとした私をローが止める。
「……何が、譜面と子供向けの本の作家だ。有益な物がこんなにあるじゃねェか!」
「写本したやつはおじいちゃんの本で、普通に販売されてるやつだから!」
「……本気で言ってるのか?コレは、医者が自分で経験した臨床データを纏めたものだ。コッチは動物実験の薬学資料だ。どちらもこの医者本人の作で販売はされて無い筈だ」
……ドクターの、これまでのデータ?
言われてから手を伸ばしてもう1度読み直してみれば、確かにそうと受け取れる記述が見受けられて、私はゴクリと息を呑む。思わず、そんな貴重な物を3歳児に貸すとは思わなかったと呟いたら、皆の視線が突き刺さった。
いったいなんだと言うのか。
「これは、ナミが3歳の時に書いたのか?」
「ええ、写本をしていたのは3歳から5歳の頃がメインだもの。多分医学系の物は3歳の時に書いたと思う……け、ど……?」
皆の視線が痛くて、何となく声がうまく出せなくなっていく。そんな私をロシーが呆れたような顔で見るから、何よと内心で膨れる。
「ナミが規格外なのは分かってたが、ここまでとはな。後で写本したものすべて見させてくれ」
「いや、販売されている宝玉作も全てだ」
ロシーの言葉に私が返事をするより早くローに言われて、私は項垂れながらはいと呟くように返事をした。児童書を目にしたベポが大喜びで貸してくれと言うのに対しては、汚さないならどうぞと貸し出したけど、他はロシーとローが鬼のような顔で読んでいて、口を挟めそうにない。
ロビンを元にした話はともかく、ローを元にした話を読まれている時の緊張感は心臓が縮み上がるようだった。
「この本は、モデルが俺だよな。何故……知ってる?現実と違うのは、病気の色が白か黒かという事と、コラさんの立場と最後の生死だけ」
そうして始まった尋問会は私の夢で見たというのを信じないローによって、延々と続けられる事となり私は疲労困憊である。だけど、空高くにあった太陽が沈み月が顔を出した頃に諦めたのか、ローはそういう事にしといてやると言ってくれた。
それから食堂へ向かった私は、出された料理で襲い来る嘔吐感に耐えて無理矢理食事を終える。それから気付かれる前にと、フラフラと自室に帰った。
本棚からゴッソリ本が抜かれている空間を見て、思ったより発行してたらしいと気付く。記憶にある話のネタが尽きて、皆の過去を少し変えた物を出して、物によっては恋愛色まで入れたそれらは、舞台化されたりもしたと聞いている。
その売り上げの半分が私に入り、そのうち3割をベルメールさんに送っていたけど、送らなくていいと言われてしまって以降は、船に何かあった時の為にと溜め込んでいる。使い道は特に決まって無いので、医療具等でローが欲しいと言った物は出来るだけ私のそれから出していた。
驚くローに安くなってたからと笑って誤魔化せたのは3回までで、その先で見張られていたらしい私は宝玉だと知られた。でも、ローの話も書いてる手前、譜面と児童書の事しか言わなかったのが今回バレてしまった。
皆の過去も出し尽くし、今は譜面を時々出す他はネタも無くて書いてない。後出せるとしたら嘘つきノーランドの、真実を語る物語位だろうか。
そう思ったら、いても立ってもいられなくなり机に向かおうとして、膝から崩れ落ちる。無理に食べた物が上がってきて、脂汗が滲む。
歪む視界の中で洗面所へ辿り着いた私が嘔吐いた時、ドアの所に人がいるのを感じたけど、それを気にする余裕も無い。ローに、気付かれたら、この子はどうなるだろうかと不安に思いながら、遠のく意識の中で私は庇うようにお腹を抱えていた。
意識を取り戻した時には、苦虫を噛み潰したような顔をしているローが居て、どうしたのかと思いながら体を起こせばギロりと睨まれてしまう。でも、どうしてかそれが泣きそうなものに感じられる。
「ロー?」
「何だってお前は、いつもいつも、大切な事を俺に何も伝えねェんだ!」
突然の怒号にクルー達が集まる気配を感じるけど、怒りの声を上げている筈のローが悲しそうでそちらの方が気になってしまう。何があったのかと思った直後に、自分の部屋で寝かされている私の服が、診察着に変わっている事に気付いた。
「ロー……あの……」
言葉が上手く出て来ない。多分ローは知ったのだろう、私の中に命が宿っているのだと。
「ナミにとって、俺はそんなに信用出来ない相手なのか。俺は……そんなにも頼りないか……?どうして、俺を頼らない!最初に会った時も、俺に助けるのは無理だと言ったが、その頃からお前の中の俺は何も変わらないのか?どうして……俺には何も話さないんだ!」
「ゴメン、なさい」
謝る事しか出来ない私をローは哀しそうな瞳で見てから、どかりと部屋にある椅子に腰を下ろした。そうしてから、静かな声で問い掛けられる。
「それで、ナミはどうしたい」
「どうって」
「産みたいのか、産みたくないのかだ」
「それは……っ!」
産みたい。でも、それはここにいられなくなるという事で……。
考えると涙が溢れる。そんな私を驚いたような顔で見るローは、その直後にゆっくりと近付き抱き締めてくれるけど、涙は止まってくれる気配が無い。
「泣くな、ナミに泣かれると、どうしていいか分からなくなる。悪かった、無意味に隠してる訳じゃねェのは、分かってたのに、責めたりして」
「ロー……。ごめん、なさい。私……!」
「ゆっくりでいい、話してみろ。いつから、気付いてた」
「もしかしてって思ったのは、6週目の辺りだと思う。遅れてるなって。でも確信したのは12週目だと思う。それでね、産みたいって……思うの。その為に、船を降りろって言われるのかもって思って、不安で……」
「分かった。不安にさせて悪かった。だから、泣くな……俺はナミを船から降ろさないし、産みたいなら産めるようにしてやる」
「でもそれは……!」
「ナミの為なら、不可能なんて何もねェよ。それに、父親は俺だろう」
「……違ったらどうするの?」
「ナミが、俺以外の誰に抱かれたって言うんだよ。馬鹿馬鹿しい」
そう言いながらもローは私を抱きしめたまま、優しく頭を撫で続けてくれるから、私はその温もりに縋り付いてしまう。
その時、部屋の入口で成り行きを見守っていたメンバーの中から声が聞こえた。
「船長の、子供?」
「ナミと、船長の?」
そうだ、クルーの皆に話しておかないといけない事なのに、私……!
その時突然歓声が上がる。驚いて固まる私に、ベポがまず結婚式してないよ!早くやらなきゃと言い出して、ロシーが俺もおじいちゃんかと言い出すから、私はどうしていいか分からなくなってローを見上げる。
「涙は、止まったな。まァ、そういう事だ。……ここで、育てればいい」
「そうだよナミ!船長は世界一のお医者さまなんだから、心配なんていらないよ!」
ベポが明るく言った言葉で、私はローが医者だから頑張って隠そうとしていたとは言えず、ただ笑った。ローもまた笑って私と小さな命を抱えてくれるから、私は幸福に包まれていると感じる事が出来た。
それからは私に悪阻の時に無理に動いたり食べたりするなと言われて、流動食やら栄養ドリンクやらを用意された。その中には懐かしいものがいくつかあって、不思議に思っていたら、私の本を元に作ってくれたらしいと分かり気恥ずかしくなる。
これからシャボンディ諸島に到着するまでに産まれてくれないと、この子が持たないかもしれないななんて、そんな事を思ったのは、私だけの秘密。
全て一応基礎の話はありますが、IF作品なので続けて読むと繋がらない場合があります。ご了承ください。