そんな、馬鹿なと洗面台の前で崩れ落ちた私は恐らく正常だ。……誰に、相談したらいい?
いいえ、誰にもこんな事相談出来る筈がない。するとしたらロビンだけど、頼りすぎにも程があるわ。
16歳になった頃から肉体関係はあったし、もしかしたらいつかはなんて事も理解はしてた。基本的にロビンと共に過ごさせてくれる位には、クロコは私に気を使ってくれているし、クロコってこれで案外優しいのよね。
だから、これまでは不安も不満も何1つ存在しなかったのよ。私がクロコと関係を持ち始めてすぐの頃から、ビビの姿が消えた事を思い出して、何を頼ろうとしてるのよと脳内で自分に1喝する。
この国を助ける為にビビは……。駄目だわ、私にはどちらも裏切れない。
ビビは可愛い。でも……クロコは愛しい。
多分正しいのは、ビビの方だと分かっていても、クロコがどうしてそれを求めるのかも何となく分かるから……。クロコがこの先ルフィに負けるのだとして、それでも……私はクロコに着いていく覚悟は出来ていたのよ。
なのに……どうしたらいいの?
この子まで牢獄に入れるなんて出来ない。でも……。
計画を辞めさせるなんて事も、私には出来ないと分かってる。クロコがこの砂漠に起きてる全ての元凶だと知れば、ビビは私の事も怨むでしょうね……。
思考は空回りして、抑えられない嘔吐感と共に襲い来る絶望にどう対応したらいいのか分からない。
「どうした?」
表情をあまり変えてないけど、心配してくれてるのが分かって、咄嗟に誤魔化す。
「クロコがいない間、食事するの忘れてて……胃が、少し」
「そりゃ、自己管理が疎か過ぎるだろ。……立てるか?」
問い掛けながらも私を支えるようにしてくれるこの温もりに、私は甘えてばかりもいられない。どうしたらいいの……?
「……ねぇ、もしも私が突然姿を消したら、どうする?」
「誘拐されたなら、取り戻しに行ってやる。俺から逃げ出す事だけは……有り得ねェだろ?」
問いかけの形を取っていても、確信に充ちたその声。それにふと笑みが浮かぶ。
私が離れる筈はないのだと、そう信じてくれてる事が嬉しい。警戒心剥き出しで、常に何も信用なんて出来ない人だと知ってるから、余計に。
だから、裏切れない。だから、離れられない。
「そうね、離れたら私生きられないと思うもの」
「……なんだ、随分甘えて来るじゃねェか。そんなに体調が悪いのか」
体調が悪い時しか、私は甘えないと思われてるらしい。クロコはそんな事を言いながら、片手で軽く私を抱き上げてソファに移動させてくれる。
「何が不安だ?」
「え?」
「そんな顔されて、わからねェと思うのか。ナミは考えが顔に出てる事が殆どだ」
でも、どう言えば良いのか分からないの。私は我儘だから、クロコと共にいる未来もこの子と生きる未来も、どちらも手放したくない。
その時クロコが無駄に高級なコートの内側に、私を隠すようにして抱き締めてくれた。何だろうと思った直後にシャツに染みができていくのを確認して、泣いていたと気付き、それが即ちクロコを弱体化させると知ってるから慌てて離れようとしたら頭を押さえられた。
「……ナミだけだ。濡らされても怒らずに居てやるのはな」
「クロ……コ……ッ!」
「……焦るな、ゆっくり話せ。時間なら作ってやる」
縋るようにクロコの体に手を伸ばせば、仕方ねェ奴だと言いながら何故かご機嫌にクハハと笑う。何が理由で、こんなにもご機嫌なのか。
「やっと、普通に泣けるようになったか」
「え?」
「……誰かの為にしか泣けねェ甘ちゃんなナミを……これでも気にはしてたって事だ」
「へ?」
「お前、本当に鈍い奴だな。俺にここまで言われても理解出来ねェってのか?」
「ふぇ?」
返事が何とも情けなくなって行ってるのは、自覚してるけどどうしたらいいのか分からない。ただ、クロコが優し過ぎて、涙が止まる気配を見せない。
「子供、が……」
漸く搾り出せたのはそれだけで、その時クロコの動きが止まった。頭を撫でていた手から力が抜けて、代わりにグイッと体から引き剥がされると顔を覗き込まれる。
それから私の顔を見て、少し考えるような素振りを見せると、鉤爪の丸い所で頭をゴンッと殴られた。……地味に、痛い。
「……なんでお前は俺に拒否されると思ったんだ。無駄に良い頭を、どうしてこんな時は活用出来ねェんだよ」
「クロコ……」
顔を見あげれば、唇が降ってきた。それは労わるように甘く、羽根が掠めるような優しいもので……。
「……ナミとのガキなら、歓迎してやる。他のなら、御免だがな。元々苦手なんだよ、ガキってのは。だが……ナミが産むなら、まともに育ててやる」
「いいの?」
「あ?」
「産んでも。だって、クロコは政府側でも海賊で、色々あるじゃない」
「……ナミに似た娘なら、永遠に嫁には行けねェと思っとけ」
その言葉が何処まで本気なのかは分からないけど、クロコなりに全力で守ってくれると約束してくれてるのは分かるから……。本来なら答えにならないようなそれに、私は自然と笑みが零れる。
知ってる未来がある為に、不安になる事もあるけど……実際にそれが起きてから、クロコと話して決めて行こうと思えた。きっとクロコはどんな事態に陥っても、私とこの子を守り抜いてくれると無条件に信じられたから。
今はただ、優しい温もりに包まれて幸せを甘受する。私も必ず、全力で守ろうと誓いながら。