エースは私を助けてくれた筈で、私は保護された筈なのに……現在私は明らかにエースのお守りをしていると言える。マルコ隊長の補佐を基礎として普段は働いていて、空いた時間に執筆して、音楽を奏でて……そうやって私は日々を過ごせる予定になっていた。
でも、昼間は確かにそれでいいし、見張りからは何故か私は外されていて……部屋はエースと同室で……当然のように求められて、だからいつかはこうなってもおかしくなかった。遅れてるのは気付いてたけど、環境を考えたら乱れるのが当然だからと気にもとめなかったのだ。
どのくらいなのか、正確なところが分からないとなんとも言えないけど、可能性としてはエースじゃない相手の子である可能性も残っては居るけど……多分この子は、エースの子。そうなると、私はどうしたらいいのかな。
エースはその血を疎んでいる。なのに、子供が出来ましたなんて言って……喜んでくれるとは思えない。
母親になる可能性がある。その事に対して、この小さな命に対して不安が無いとは言えないけど……でも、それについてはどうにでもなると思ってる。
でも……この子に父親という存在を与えてあげられるのかは、正直不安なのよね。私が拒絶されるのは仕方無いと諦めもつく……いいえ、諦めてでもこの子を産み育てたいと思ってる。
だけど……この子を拒絶されたら、その方が悲しいわ。性別も、容姿も分からないし、もしかしたら環境や条件を考えたら産んであげられないかも知れないと分かっているけど、それでも……私はこの子に逢いたい。
そう思った直後に迫り上がるような感覚に、私は思わず再び洗面台に顔を向ける。これが来るまで気付けなかった私自身の鈍さが、許せない。
この先どうしたらいいのかな。マルコ隊長に言えば、どうにか……?
……ダメよ、甘える事なんてできない。エースを護ってくれて、愛してくれてる皆様方にこれ以上の負担なんてかけられない。
エースはもう少ししたら隊長になる。それは〝未来を知っている〟私にはわかり切ってる未来だもの。
……迷惑かけるくらいなら、素直に消えるべきよね。今ならばまだ、1人でも航海出来るもの。
いつもの装備と、多少の金銭、ちょっとした小物を1纏めにしてログポースを装着する。それから机に向かい本を好きにして欲しい事、突然消える事への謝罪、エースを頼む旨のそれを書いて、最後にありがとうございましたと書き添えて部屋を出た。
現在は真昼間で、エースは今燃やした壁を修理中だからと、買い出し用の船を1つ拝借する為に移動する。夜中ではなく昼間だからこそ、こうした行為は目立たない。
皆、今までありがとう。小舟を海面に下ろして、そっとそれに乗り込んだ直後に私は船を出す。
ごめんなさい、親父様。挨拶もしなくて。
ごめんね、エース。何も言わずに消えたりして。
拒絶されるのは仕方無いと分かっているけど、やはり拒絶されるのは怖いのよ。エースは喜んではくれないと分かってるし、海賊船に妊婦なんてなんの冗談かと思わされる。
とりあえず安全性の高い事が示されている島に向かい、そこで船を岩場に隠すように泊める。島は無人島のようで、とりあえず休めそうな所を求めて歩き出した私は、熊とか虎とかが出て来そうな洞穴を見付けて、見聞色の覇気で中を調べる。
その洞穴に何も居ない事を確認してから、奥へと進む。壁に苔がある事から、毒性のある島ではないと分かり少し安心する。
少し進めば途中頭上に穴が空いている場所があり、その更に奥は少し行った所が行き止まりになっている事が確認出来たので、今日はここで火を起こして休もうと決める。幼い頃にやっていたサバイバル経験が活きるわねと小さく笑って、けれども休めるように準備を整えた頃には何故か体力が恐ろしく消耗していた。
少し、休まなきゃと思って火を付けてから奥で休めば、夢を見る事無く深く眠った。しかし、その目覚めは朝になったからでは無くて、他の人が近づく気配によるそれが原因。
「ナミ、やっと見付けた」
いつもの明るい声ではないけれども、聞き間違える筈も無い。愛する人の、怒り狂ってるその声に体が震える。
この怒り方は、良くないやつだと分かっても、体が上手く動かせない。なんで、私こんなに弱ってるの……?
「ナミ……俺から、逃げようとしたのか?」
「エース……」
エースは私の目の前に立つと、怒りにその心を翻弄されながらも私を傷つけない為か、その手は強く握しめられているのが分かった。けれどもその手が震えを残しながら私にゆっくりと伸ばされ……そして、強く抱き締めてくれる。
私を抱き締めているその腕が、体が震えているのを感じて、心からごめんなさいと呟く。そんな私にエースは、震える声で言葉を口にする。
「ナミ……俺を、独りにしないでくれ」
「エース?」
エースには、家族がいる。エースには、仲間がいる。
私1人くらいいても居なくても構わないんじゃないの?
突然恋人が消えた事に動揺してるのかと当たりをつけて、そっとエースの体に腕を回す。そして、消えた理由を説明する為に唇を動かす。
「エース、私ね、子供が出来たのよ。……エースや皆の負担になりたくなくて、それで船を飛び出したの」
言葉を口にしても反応のないエースに、私は言葉を続ける。臆病でごめんね、私はエースに拒絶されたくないから、逃げ出したのよ。
「海賊船に妊婦がいるリスクを考えたら、負担以外のなにものでもないわ。だから……離れたの。エースはこのまま皆の所へ戻って、私のはこの子を……産むと決めてるから」
地球の歴史を鑑みれば、妊婦が船に乗ってるのは実は多い。むしろ女海賊で妊娠してないケースは奇跡のようなもので、女海賊即ち妊婦みたいなものだったのが地球では当然だった。
親の罪は親のもので、産まれてくる子供に罪は無いとして、妊娠しているのを理由に地球の女海賊が処刑されずに済むのはいつもの事だった。妊娠している可能性があるからと、女海賊は妊婦しているか不明の場合は3ヶ月処刑までに間を置かれる。
当然のように、女海賊は妊娠していなかった場合もこの期間に妊娠してしまうので、処刑されず済むのだ。もしくは何処ぞの貴族に見初められて妾となって牢を出たり、親が金を払ったケースもあるが、これは特例。
後は出産直後であれば乳飲み子から母親を奪えば乳飲み子が生きられないからと言う理由で、女海賊は殺されずにすんだと言う歴史はある。女海賊の8割が貴族や王族の出身であり、違う場合は慰み者にされる為に乗せられていたからと言うのも背景にはあるが、この辺りは割愛する。
「ナミ、俺が父親になるのは、駄目なのか?」
思考の渦に落ちていた私の耳に届いたのは、予想だにしない言葉で何を言われたのかと思わずエースを凝視すると、エースが真剣な顔で私を見ていた。それにより私は呼吸さえ止まりそうになりながら、不思議なものを見るような気持ちでエースの言葉を待つ。
「俺は、ナミを傍から離すつもりなんてねェし、親父達が認めてくれねェってんならさ、1度ナミの村に帰ってもいい」
「エース?」
「まだ、俺は若いからさ。冒険はやり直せる。ナミと2人でなら、何度だってやり直せるから、皆が駄目だって言うなら、ナミとソイツが落ち着くまではナミの村で、俺が守りながら1緒にいる」
「ホント、に?」
涙が、こぼれ落ちる。だって、エースが1番に拒絶すると思っていたから。
都合のいい夢でも見てるんじゃないかって、そう思ってしまうくらい、私には現実とは思いにくい。なのに、信じたいの……エースの優しい言葉を。
「俺は、母親に守られて産まれてきた。恩を感じてる。……ナミにだけ全て押し付けるなんて、血の繋がってる方と同じ誤ちを犯すつもりはねェよ。……護らせてくれ、ナミとコイツを」
「エース……エースッ!」
エースの胸に顔を埋めて、ただひたすらに泣き続ける私を、エースは優しく撫で続けながら、不安にさせてごめんななんて謝ってくれる。そんな時に足音が聞こえて、同時に呆れたような声が聞こえてきた。
「本当に、何だってナミは1人で抱えるんだろうねィ?」
「全くだぜ!ナミちゃんが居ない事に気付いた、親父の慌てぶり見せたかったな」
マルコ隊長とサッチ隊長の声に顔を上げると、奥から親父様の声が聴こえてきた。楽しそうに笑う親父様の声は、姿なんて見えなくても本人だと分かる。
それにこの洞穴では親父様が入れる筈もない。
「エースとナミの子供なら、俺の孫だろうが!何を遠慮してやがる!……サッチは後で覚えてろよ?」
「親父、本当の事じゃねェか!エースと親父の反応そっくりだったぜ?」
「確かにね。直後に覇気を撒き散らして、半数を使い物になら無くしてくれたところまでそっくりだったよ」
ハルタさんの言葉に私が思わずエースを見ると、エースは恥ずかしそうに顔を背けて、バツが悪そうに言葉を口にした。
「ナミが居なかったんだから、仕方ねェだろ」
そんな言葉に、私は自然と涙が止まり……勝手に飛び出した私を暖かく出迎えてくれる〝家族〟に笑みを向ける。強くて優しい愛する家族に囲まれて、最愛の人に支えられて、私は宿った命に心でそっと語り掛けた。
きっと私達は、誰よりも幸せな家族になれるわと。帰ってから私が、どれ程叱られても幸せすぎて笑い続けると言う奇跡を起こした事で、お説教時間がどうなったのかはご想像にお任せしたいと思う。
1人でも産み育てると決めていたけれど、今はもう、そんな決意は必要ない。守ってくれて、祝福してくれる多くの家族と愛しい人が傍に居るから。