※この作品はR-18です。

雷命の造娘   作:凰太郎

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~第二幕~
わたし Chapter.1


 

【挿絵表示】

 

 ブリュンヒルドが〈娘(・)〉と共に新居(・・)──つまりは〈娘(・)〉が準備していた岩窟──での生活を始めて、もう一ヶ月が経過しようとしていた。

 即(すなわ)ち〈完璧なる軍隊(フォルコメン・アルメーコーア)〉の暴走事件から、凡(およ)そ一ヶ月半後だ。

 住まう洞穴の前にてパチパチとはぜる焚き火。

 その見張り番をしながら、ブリュンヒルドは愚痴めいて溢(こぼ)した。

「暖に調理に光源──確かに〝火〟の恩恵は野宿紛(まが)いの生活には欠かせない物ですけどね」

 しかしながら、単調な時間経過に飽きが生じてきたのも事実だ。

 番の理由は、火種の問題ではない。文明が退廃した闇暦(あんれき)とはいえ原始時代ではないのだから、ライターひとつで事足りる。

 肝心なのは、炎と育てる(・・・)事であった。

 ここまで息吹かせるには、少々手間と時間が面倒くさい。

 だから、絶やさぬようにしなければならなかった。

 退屈を紛(まぎ)らわせるべく辺りを見渡すも、地表には黒霧が滞(とどこお)るだけ。その黒いベールは鬱蒼(うっそう)とした樹林を朧(おぼろ)と化けさせ、不気味な雰囲気を更(さら)に強調する。

 さりながら、足首程度に張り巡らせた紐(ひも)の柵(さく)を岩礁として、寄せては引く足掻(あが)きを繰り返していた。

「やはり此処までは侵入して来ませんね。ダークエーテル特有の理(ことわり)『人工領域には侵入出来ない』という法則に縛られているせいでしょうけれど……。簡易的とはいえ人為に作られた以上は、同定義の範疇という事でしょうか」

 自己分析を巡らし、居住空間たる横穴へと見入る。

「それにしても……快適とは言(い)い難(がた)い反面、然(さ)したる不便も無いものですね。おそらく私達が〈人外〉という事実に起因する部分も大きいのでしょうけれど……常人ならば、とっくに音を上げているでしょうね」

 すると程(ほど)なくして、ガサガサと繁みが掻き分けられる音が聞こえた。

 その方向へと振り替えると、樹々の暗闇からのそりと巨体が現れる。

 言うまでもなく〈娘(・)〉だ。

「お帰りなさい」

「うん。ただいま」

 寡黙(かもく)ながらも流暢(りゅうちょう)な喋り方で返す。

 此処数週間で〈娘(・)〉の語学力は格段に上がった。

 ブリュンヒルドが個人教授してきた賜物(たまもの)である。

 とはいえ、それを差し引いても〈娘(・)〉の学習能力は極めて高いものであった。

 立ち上がって出迎えると同時に、ブリュンヒルドは〈娘(・)〉が片手にしている土産を見つける。

 つまりは、今日の獲物だ。

「野兎……ですか」

「うん。二匹獲ってきた」

「はぁ……」

 憂鬱(ゆううつ)な溜(た)め息(いき)。

 それを聞いた〈娘(・)〉は、自分なりの解釈でフォローを挟(はさ)む。

「大丈夫だ。ちゃんと『ごめんなさい』と告げてから殺(あや)めた」

「……そこではありません」

 どうやら〈娘(・)〉は殺生を咎(とが)められたと思ったようだが、生憎(あいにく)ブリュンヒルドもそこまで聖人君子ではない。

 生きる為(ため)には、他の命を殺(あや)め食さなければならない──そんな摂理程度は心得ているし、ともすれば咎(とが)める気すら無い。

 寧(むし)ろ北欧神館(ヴァルハラ)では、肉料理主体の宴(うたげ)など日常茶飯事だ。

 彼女が滅入る理由は……コレ(・・)を捌(さば)かねばならないという血(ち)腥(なまぐさ)い工程に対してだった。食用として処理するには、毛皮を剥ぎ、喉(のど)を裂き、手首足首を切り落とし、逆さ釣りに血抜きせねばならない。

 原因を計りかねた〈娘(・)〉は怪訝(けげん)そうにブリュンヒルドを見つめていたが、ややあって漸(よくや)く察するに至った。

「イヤなら、他のもある」

「他の?」

「うん。一応、獲って来た」

 そう言って、ゴソゴソとズボンのポケットを漁(あさ)る。

 そして、取り出した現物を見るなり、ブリュンヒルドは強張(こわば)った!

「ヒイッ?」

「蛇だ。これも蛋白質」

「い……いいい要(い)りません!」

 忌避(きひ)に身を竦(すく)めて辞退する。

 結局、残酷さを直視する調理へと折れるしかなかった。

 

 

 

「アンファーレンの所へは行ったのですか?」

「うん」

 晩飯の兎肉を食しながら焚き火を囲う。

「元気そうでしたか?」

「うん」

「……そうですか」

 また遠くから眺めていただけなのだろう。

 人知れず集めた食料や薪(まき)を玄関先に置き去って……。

 それを知るからこそ、それ以上会話は膨(ふくら)まなかった。

 物憂(ものう)いの沈黙に、小躍りする朱色が囃(はや)し立てる。

 此処へ移ってからというもの〈娘(・)〉は人間と距離を置くようになった。それはアンファーレンとて例外ではない。

 云(い)わずもがな、原因は〈完璧なる軍隊(フォルコメン・アルメーコーア)〉との市街戦だ。

 あの戦いに於(お)いて〈娘(・)〉は一騎当千の戦闘能力を発現した。

 彼女自身は、それ(・・)に戸惑った様子も無い。

 だが……居合わせた幼女(マリー)は違った。

 初めて直視した〈怪物〉としての側面。

 ドス黒く穢(けが)れた〈娘(・)〉を見る目は、明らかに異質(・・)へと向けられる怯えであった。

 その変化に〈娘(・)〉が気付いたかは定かにないが──いや、恐らく察したのであろう。だからこそ、人間との距離を置き始めた。

 少なくともブリュンヒルドは、己(おのれ)の脚にしがみついた小さな震えを忘れる事が出来ない。

 やるせなかった。

 双方に理解と同情を抱(いだ)くだけに……。

「マリーは……」

 不意に〈娘(・)〉が呟いた。

 夜空に陣取る巨眼を、物憂(ものう)いに見つめ返しながら……。

「……マリーは元気かな」

 胸が締め付けられる。

(……どうにかしてあげたい)

 そうは思いながらも、その方法がブリュンヒルドには分からない。

「……行きますか? 一緒に街へ?」

 慈愛が紡ぐ誘いを、然(さ)れども〈娘(・)〉は首を振って拒む。

「もう、マリーを怖がらせたくない……」

 その淋(さび)しげな表情は、諦めて宿命を受け入れるかのように……。

 あの日以来、マリーは訪れる事もやめた……。

 

 

 

 

 ウォルフガング・ゲルハルトが自(みずか)ら設計した〈完璧なる軍隊(フォルコメン・アルメーコーア)〉の基地は、ダルムシュタッド北東へ六〇〇メートル程(ほど)離れた郊外に構えている。

 周囲が荒岩に切り立った岸壁に囲われた盆地となっているが、それは演習や屋外実験に使用する目的で開拓したが故(ゆえ)だ。

 その中央に背高く鎮座する鋼鉄の砦は、見るからに武骨な威圧感を以(もっ)て存在を誇示していた。

 五百ミリ厚の重チタン合金の壁が本殿を護り、それは〈闇暦魔気(ダークエーテル)〉は疎(おろ)かあらゆる攻撃も排斥する。その中央には巨大な赤褐色の自動扉(オートドア)が門と据えられ、事有れば物々しい軍用車輌を吐き出すのだ。

 そんな難攻不落の機械城中枢部──データベース管理室にて、ウォルフガングは寝食を忘れた解析作業に行き詰まっていた。

「ならば、何故だ? 何故、科学兵士(ソルダット)は暴走したのだ?」

 キータッチの音を休ませる事も無く、苛立(いらだ)ちと辟易(へきえき)に支配されてコンピューターモニターへと見入る。

 連日を費やした再検証(デバッグ)の結果、制御プログラムに欠陥(バグ)は見当たらなかった。

 ともすれば皆目(かいもく)、糸口が見えない。

 さすがのウォルフガングも御手上げに近かった。

 睨めっこが続いたモニターから離れると、オフィスチェアの背凭(せもた)れへと深く体重を預ける。眼精疲労に目頭を摘まむも、脳は考察を休まない。

 持ち前の思考準拠な性分が、良くない方向へと作用していた。

「いかんな。休むべき時は休まなければ、分析力が害(そこな)われると解っているというのに」

 冷めきった珈琲(コーヒー)を流し込み、煙草(タバコ)を一服する事に決め込む。

 虚空に燻(くゆ)る紫煙を眺めながら、心を自然体(ニュートラル)へとリセットした。

 くすんだ煙は不定形に歪(ゆが)み、大気へと拡散して消える。

 それが恰(あたか)も〝群衆運動(マスパワー)の遍歴(へんれき)〟のように重ね思えたのは、彼自身が歴史の奔流(ほんりゅう)に幾度(いくど)となく見続けてきたからであろうか。

「それにしても……」

 心地好い虚脱が働き漬けの脳細胞を解放し、そのリラックスが思考好きの悪癖を再発させる。

「何なのだ……あの女怪物は……」

 全身縫合(ほうごう)だらけの女──。

 電気を吸収し、放電し、己(おの)が異能と操れる怪物────。

「現状(いま)は未(ま)だ、自身の特性を開花させきっていないようだが……」

 しかし、やがては把握し、使いこなせるようになるだろう。

 その時、あの〈怪物〉は爆発的に成長する。

 それを想像すると、ウォルフガングは戦慄を覚えるのであった。

 何故ならば、彼が誇る〈完璧なる軍隊(フォルコメン・アルメーコーア)〉の天敵(・・)足り得る存在だからだ。

「早急に手を打ちたいところだが……まだ芽の内に……」

 改めて過去の遭遇データを洗い直すべく、パソコンへと向き直った。

 収集した画像を次々と流し見ていく。

 と、その内のひとつに興味深い者を発見した。

「……コイツ(・・・)は?」

 パレードでの一幕だ。

 まだ〈娘(・)〉の登場は疎(おろ)か〈科学兵士(ウィッセンチャフト・ソルダット)〉の暴走すら起きていない。

 熱狂する群衆を映した一枚である。

 その有象無象の中に、醒めた表情で紛(まぎ)れる男(・)を発見した。

「……ハリー・クラーヴァル?」

 因果関係は解らない。

 だが、無縁ではない気がしてならなかった。

「ふむ?」

 深く背(せ)凭(もた)れ、巡らせる思索にトントンと鼻頭を刻む。

 科学者としての本能が、何か(・・)を訴えていた。

(……ハリー・クラーヴァル──あの女怪物──操電能力──夥(おびただ)しい縫合(ほうごう)痕(あと)────)

 そして、その推測は重要なキーワードによって着地する!

(──『Fの書』!)

 脳内の靄(モヤ)が快晴とばかりに失せ、ウォルフガングは抑えきれぬ興奮に立ち上がった!

「まさか『Fの書』だと! そうか! そういう事だったのか? いや、そうに違いあるまい! だとすれば、あの〈女怪物〉の奇異性も説明が付く!」

 実際には、あの現場にハリー・クラーヴァルが居合わせたのは偶然だ。

 さりながら彼の不幸は、この偏執的狂科学者(マッド・サイエンティスト)が並々ならぬ執着心と演繹(えんえき)能力を持っていた事に他ならない。

 例え異なる考察材料であったとしても、そこに有益な共通項を見出し、己(おの)が目的の解答へと結実する──逞(たくま)しくも貪欲な想像力であった。

 

 

 

 街では普段通りの日常が営(いとな)まれていた。

 表層的には……だが。

 あの忌まわしき惨劇──〈完璧なる軍隊(フォルコメン・アルメーコーア)〉の暴走事件──は、忘れろと言っても忘れられるものではない。

 そうした内包されている燻(くすぶ)りを、ブリュンヒルドは敏感に感じ取っていた。

(皆、何処となく暗い陰(かげ)を落としている。心の底から笑っていない。怯えに繕(つくろ)った笑顔だ)

 潜む闇に注意深い観察眼を働かせられるようになったのも、あの〝ハリー・クラーヴァル〟なる紳士の示唆に依(よ)るものかもしれない。

 人間には〝正〟と〝負〟の強い二面性が宿る──そう知れたのだから。

 深く長外套(ローブ)を被り、素性を悟られぬよう街路を歩く。

 あの一件で、一部の街人には〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉としての顔を知られてしまった。

 余計なトラブルを避(さ)ける為(ため)にも、最低限の変装は必須だ。

 況(ま)してや、何処にウォルフガングの目があるか判らないのだから……。

(マリーは……どうしているのでしょう?)

 仄(ほの)かな憂慮(ゆうりょ)を抱(いだ)きつつ、少女の家へと向かう。

 街へと訪れた理由は、偏(ひとえ)にこれ(・・)だ。

 頑(かたく)なに人間(ひと)を拒む〈娘(・)〉に代わって、その近況を確かめに来た。

 せめて己(おのれ)の目で確認した情報を〈娘(・)〉に伝えたい。

 それが好転に繋(つな)がるかは分からないが、そうせずにはいられなかった。

 

 

 

「……雷雨が来る」

 闇空を見上げた〈娘(・)〉は、予感めいて確信した。

 慢性的な暗さに支配された闇暦(あんれき)に於(お)いて、その微々たる予兆は常人では感じ難(がた)い。

 さりながら〈娘(・)〉は敏感に感受出来た。

 雷光を糧(かて)とする性(さが)故(ゆえ)であろうか。

 いずれにせよ〈娘(・)〉にとっては久々の主食(メインディッシュ)だ。

 通常食を電気還元するよりかは、手っ取り早く大量の高エネルギーを蓄積できる。

 逸(はや)る気持ちに身を委(ゆだ)ねて、彼女は地を蹴った!

 少しでも高い場所──落雷を招き易い場所を目指して。

 皮肉にも、それは大きな戦(いくさ)に備えた下準備となる事を、現状(いま)の彼女は知る由(よし)もない。

 

 

 

「いつかは、こうなると思っていたよ」

 激しい雷雨が万物を殴りつける。

 フランケンシュタイン城正面玄関にて〈完璧なる軍隊(フォルコメン・アルメーコーア)〉に取り囲まれながらも、ハリー・クラーヴァル──サン・ジェルマン卿は平静に受け入れていた。

 恰(あたか)も予見していたかのように、顔色ひとつ変えず……。

 包囲する科学兵士(ウィッセンチャフト・ソルダット)達が向ける腕部銃口も、彼の覚悟には意味を為さない。そもそも抵抗する気など無いのだから。

 武装の威圧を割って、絶対的な指導者が歩み出て来る。

「まんまと貴様に一杯喰わされていたというワケだな? ハリー・クラーヴァル──いや、不死身の男・サン・ジェルマン伯爵よ」

 睨(にら)み据える上目遣いに臆するでもなく、サン・ジェルマン卿は涼しい微笑(びしょう)に観念を含んだ。

「そこまで洗い流しましたか」

「我々(われわれ)〈完璧なる軍隊(フォルコメン・アルメーコーア)〉を侮(あなど)るなよ。多少は時間と手間を要したが、一度(ひとたび)糸口を得れば如何(いか)なる情報にとて辿り着ける。長年に渡って蓄積されたデータベースは膨大なのだ。然(さ)もなければ、古今東西の〈怪物〉が跋扈(ばっこ)する闇暦大戦(ダークネス・ロンド)の乱世を勝ち残る事など出来ん」

「成程」

 乾いた納得に至る。

 今回の事態だけではない。

 彼(か)の『Fの書』に関する盲執的精通も、そうした諜報収集力が基盤と有ればこそ……だ。

 顎(あご)で兵士(ソルダット)達へと捕獲指示を出すウォルフガング。

 が、サン・ジェルマン卿はそれを無言で制すると、抗(あらが)うでもなく自(みずか)ら捕虜と進み出た。

「まさか偽名を使って、俗世に潜んでいたとはな」

 耳元で囁(ささや)く悪魔の嘲笑に、サン・ジェルマン卿は醒めた微笑(びしょう)で応える。

「それは御互い様だな……〝ヨーゼフ(・・・・)・メンゲレ(・・・・)〟よ」

「な……何!」

 思い掛けもなく正体を看破され、それまで〝ウォルフガング・ゲルハルト〟を名乗っていた男は顔色を変えた!

 かつて第二次世界大戦時にナチスドイツの〈アウシュビッツ強制収容所〉へと従事していた狂気の科学者──血塗られた呪怨と恐怖によって〝アウシュビッツの死の天使〟と呼ばれた男!

 彼もまた、歴史の奔流(ほんりゅう)を生き永らえてきたのだ!

「如何(いか)にして延命してきたかは知らないが……大方(おおかた)、ナチス時代の研究成果を用(もち)いた応用技術なのだろう? 君(きみ)は数多くの捕虜を生体実験台(モルモット)として、遺伝子工学を追求してきたのだから」

「……フン」

 腹いせに鼻を鳴らす。

 口に出すのも忌まわしい史実ではあるが、ナチスドイツは無差別にユダヤ人を捕虜とし、虐殺してきた。

 その主立った舞台となったのが、残酷極まりない毒ガス室で悪名を馳せた〈アウシュビッツ強制収容所〉だ。

 一日辺りに処刑されたユダヤ人捕虜の人数は平均一万人、最終的な処刑人数は約二百五十万人にも及ぶと云(い)われている。

 しかしながら、一部のユダヤ人は毒ガス処刑を免(まぬが)れた。

 双子(・・)だ。

 彼等は貴重な生体実験台(モルモット)として、ヨーゼフ・メンゲレの物と弾かれたのだ。

 それはある意味、処刑より残酷な刑罰と言えるかもしれない。

 そこで待つのは、非人道的な猟奇的実験の数々であったのだから……。

 賞杯とばかりに飾り並べられた〝眼球のホルマリン漬け〟は、その象徴であったのだろうか。それは宛(さなが)ら〝昆虫採集標本〟の如(ごと)く、対象・日時・出身地等のデータが事細かく記載されていたという。

 忌(い)まわしいくも汚らわしい〝戦争の堕とし闇〟である。

「常人では思い付きもせん延命技術に、その追求へと傾倒したが故(ゆえ)の生体実験──貴様の〝死体再生実験〟とて、そうだ──我々(われわれ)は〝同じ穴の狢(むじな)〟であったという事だな、サン・ジェルマン伯爵」

「……違うな」込めた嫌悪感もそのままに、サン・ジェルマン卿はメンゲレへと蔑視(べっし)を向けた。「私が追求したのは〝死ぬ事(・・・)〟であり、その根は〝生命(いのち)への敬愛〟だ。例え、同じ猟奇者であったとしても……」

「フン、よくもほざきおる」腹立たしさを噛み殺し、本題を切り出す。「……『Fの書』は何処だ?」

「存在しない。此処には……な」

「まだ、そんなはぐらかしを! 通用すると思うか! 再三、我々(われわれ)を妨害した女怪物(・・・)──あの電気の怪物(・・・・・)は、貴様が造り出した生体兵器であろうが! あの醜い縫合(ほうごう)痕(あと)が、全てを物語っているわ!」

「何?」

 初耳の情報に、サン・ジェルマン伯爵はピクリと反応する。

(てっきり他国へと渡ったと思っていたが……まさかダルムシュタッドに残り、あまつさえ〈完璧なる軍隊(フォルコメン・アルメーコーア)〉と事を構えていようとは)

 街に流布した噂は聞いた事がある──あの暴走の後(のち)、何者かによって現場の〈完璧なる軍隊(フォルコメン・アルメーコーア)〉が全滅させられた……と。

 しかし、よもや〈娘(ドルター)〉の仕業とは、露(つゆ)程(ほど)も思っていなかった。

 さりながら、彼の想いを占めるのは、それ(・・)ではない。

(そうか、生きていてくれたのか……)

 胸中を潤す喜びの念。

 それは〈親(・)〉としての情愛であった。

 黒月(こくげつ)を仰ぐ頬を濡らすのは、はたして感謝の涙か……激しく罪を糾弾する豪雨か。

 あの〈娘(ドルター)〉がフランケンシュタイン城を逃亡したのは、今夜と同じ豪雷の日であった。

(それだけでいい……君(きみ)が生き続けてくれるのならば……生きる意味(・・・・・)を見つけてくれたのならば…………)

 わざわざ〈完璧なる軍隊(フォルコメン・アルメーコーア)〉と敵対したという事は、そういう事だろう。

 現在(いま)の〈娘(ドルター)〉には〝守りたいもの〟が出来たという事だ。

 ならば、彼の為(な)すべき選択は決まっている。

 例え〈悠久の生命(いのち)〉を擲(なげう)ってでも……。

 世界中が敵と回ろうとも、彼は〈娘(ドルター)〉を愛し続けるだろう。

 嫌悪されようと……。

 忌避されようと……。

 その無償の愛こそが〈親(・)〉としての証であり、産み落とした者の罪であると知るから……。

 

 

 

 激しく殴り付ける雨は祝福……。

 威嚇に猛る稲光は福音(ふくいん)……。

 大自然の猛威を全身で浴び、切り立つ崖の上にて〈娘(・)〉は憩(いこ)っていた。

「ぁぁ……」

 癒されていくのが分かる。

 満たされていくのが分かる。

 同時に、現在(いま)の彼女は理解するのだ──こんな異常な環境に心安らぐ自分(・・)は、やはり〈怪物(・・)〉なのだ……と。

 と、視界の隅で微妙な違和感を察知した。

 数メートル眼下で暗く繁る樹々。

 それは地上の黒雲と密集し、総てを闇に呑み潰す。

 常人では見通すどころか、微々たる変化を捕らえる事すら不可能であろう。

 だが〈娘(・)〉は感知する事が出来た。

 超人的五感を備えた彼女には……。

 装甲車両だ。

 悪路を強引に拓き進んでいる。

「……〈完璧なる軍隊(フォルコメン・アルメーコーア)〉?」

 同時に引っ掛かる事があった。

 彼等が後にした方角だ。

「フランケンシュタイン城から? 何故だろう?」

 心中に湧く懸念!

 あの方角に居る人物など、一人しか思い当たらない!

「……まさか? サン・ジェルマン?」

 両者に、どのような因果関係があるのかは解らない。

 だが、その結論しか思いつかなかった。

 そして、やがて雷雨は痛いもの(・・・・)へと変わるのだ。

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