※この作品はR-18です。

雷命の造娘   作:凰太郎

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ありがとう Chapter.5

 

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「クッ……決め手が無い!」

 高度を取った滞空に眼下を分析し、ブリュンヒルドは歯噛みした。

 街並みがミニチュア模型と矮小化する巨大な蛇体は、鎌首をもたげて彼女を威嚇する!

(街人達を庇(かば)うヘルに反撃は期待出来ない……私独りが刃となるしかないが……!)

 歯痒(はがゆ)さに己(おの)が武器を見るも、人間界に溢(あふ)れる凡庸(ぼんよう)な代物(シロモノ)だ。到底、神敵(しんてき)に通用するはずもない。いや、折れ砕けていないだけでも善しとせねばなるまい……危惧して使わぬように心掛けているとは言え。

(せめて神槍(しんそう)が復元できるまでに回復していれば!)

 無い物ねだりだ。

 敵は待ってなどくれない。

 否(いな)、仮に〈神槍(しんそう)〉が復元していたとしても、それで戦況が好転するとは限らない。

 相手取るのは、あの〈神魔狼(フェンリル)〉に匹敵する大魔獣なのだから!

「キシャア!」

 蛇頭が塊(かたまり)を吹いた!

 毒々しいそれを、ブリュンヒルドは咄嗟(とっさ)に回避する!

 外れた汚泥は背後の家屋を呑み込み……融解した!

 毒液だ!

「厄介な!」

 汚らわしい攻撃を嫌悪する!

 続け様に蛇柱(じゃちゅう)が闇空へと滑(すべ)り伸(の)びた!

 ブリュンヒルドを呑み込まんと迫り開く顎(あぎと)!

「儘(まま)!」

 左への跳躍に避(よ)ける!

 怒濤(どとう)と流れ過ぎる鱗の壁が、視界総てを圧迫に染め潰した!

 

 

 

(やはりブリュンヒルド一人には重荷……せめて我(われ)が加勢できれば!)

 上空の攻防を見極めながらも、ヘルが防御を解く事は無い。

 一瞥(いちべつ)する背後には、保護せねばならない命が在る。

「よぉ、娘(ヘル)? お友達(・・・)を助けに行かなくていいのかよ?」

 悠然とした茶化しが、彼女の孕(はら)む焦燥を煽(あお)った。

 父神(ロキ)だ。

「……ぬけぬけと!」

 腹立たしさに正面の敵(・)を睨(にら)み返(かえ)す!

 その憎悪を受け止めつつも、ロキは涼しく悪態を続けた。

「大変だなぁ? そんな足手まとい共を一手に引き受けてよォ? いっそクソッタレ共なんざ見棄てちまえばいいじゃねぇか? そうすりゃ〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉を助けに行けるだろ? ヒャハハハハハッ!」

 外道な提案に背後がざわめく。

 また畏怖の念が高まった。

 が、ヘルはそれ(・・)を背中に浴びながらも、絞り出す憤慨(ふんがい)に返すのだ。

「……黙れ」

「あん?」

「黙れと言っている! ロキ!」

「……テメェ? 誰に物を言ってやがる?」

 スゥと細まる威圧。

 だが、現在(いま)の冥女帝(かのじょ)は臆する事無く吼える事が出来た!

「我(われ)はダルムシュタッド領主・冥女帝(ヘル)なり! 民を見捨てて本懐があろうか! 何人(なんぴと)たりとも手出しはさせぬ!」

「……ヘッ、御大層な志(こころざし)だな?」渇いた加虐心が苛立(いらだ)った。「ヨルムンガンドォォォーーッ! ソイツ(・・・)は後回しだ! まずはコイツら(・・・・)を喰らっちまえぇぇぇーーーーッ!」

 父神(ロキ)の命を受け、踊る巨獣がピクリと思考に制止する。

 そして──「キシャアァァァーーーーッ!」──狂暴なる毒牙は再び地上の贄(にえ)へと狂い襲った!

「いけない!」

 すぐさま蛇頭を追うブリュンヒルド!

 注意を惹(ひ)き付(つ)けたのが水泡と帰した!

「クッ!」

 上空からの襲撃に、ヘルは〈神力(しんりょく)〉を振り絞る!

(正直、これまでに疲労は激しい……されど、護らねばならぬ! 尊き命を!)

「ヒャハハハハハッ! ヒャーーハハハハハハハッ!」

 狂騒する高笑いが耳障(みみざわ)りだった!

「ヒィィ!」「うわぁぁぁ!」

 背後には恐怖する悲鳴!

 その中には、マリーもいる!

「いやぁぁぁーーっ! お姉ちゃーーん!」

 落雷!

 闇天を裂く落雷!

 白く轟いた光の柱が、邪悪な魔獣を鞭(ムチ)打(う)った!

 脳天から尾の先端まで貫(つらぬ)き刺す痛み!

 堪(たま)らず反(そ)り倒(たお)れる巨大な蛇体!

 幾多(いくた)もの家屋が圧(お)し潰(つぶ)れ、瓦礫(がれき)と粉塵(ふんじん)を噴き上げる!

「ま……まさか?」

 背後の宙空から放たれた一矢に予感を覚え、ブリュンヒルドは沸き立つ想いのままに振り返った。

 雷(いかずち)孕(はら)む黒雲を背に、しなやかな巨躯(きょく)が黒髪を靡(なび)かせる。

「……フッ、来たか」

 待ち望んでいた参戦に、ヘルは淡く苦笑していた。

 確信していた事だ……この〈生命(いのち)〉が目覚める事は!

「バ……バカなッ?」

 驚愕に呑まれるロキ!

 仰ぎ見るに信(しん)じ難(がた)い!

 あり得るはずがない!

 だが、間違いなかった!

 青白き帯電纏(まと)うその姿(・・・)を、己(おのれ)が見間違うはずもない!

「お……姉ちゃ……」

 滲(にじ)む視界が少女(マリー)から言葉を奪う……。

 凛々しく──禍々(まがまが)しく──愛のままに──戦うために──聖女は──怪物は────〈雷命(らいめい)の造娘(ぞうしょう)〉は、そこにいた!

 

 

 

 一撃を加えられた憤慨(ふんがい)は如何(いか)程(ほど)か!

 巨蛇は我(われ)を見失って荒れ狂った!

 標的は、新たに加わった〈雷(いかずち)の娘〉!

 黒雲が稲光と猛雨の交響曲を轟かせる中で、濁流と蛇体が踊り流れる!

 迫る毒牙!

 押し寄せる口腔(こうくう)!

 その巨大な災厄を、然(さ)れど〈娘(・)〉と戦乙女(ブリュンヒルド)は宙を滑るかのように避(か)わし続けた!

 焦りは無い。

 臆する事も無い。

 そして、油断も無い。

 確固たる冷静さの前には、蛇竜の独(ひと)り足掻(あが)きは無様にさえ映る。

「ブリュド」

「ブリュンヒルドです!」

「コイツ(・・・)は何(・)だ?」

「神敵たる蛇怪〈ヨルムンガンド〉──神魔狼〈フェンリル〉の弟です!」

「そうか……じゃあ──」

 何を言わんとしているかを汲み、ブリュンヒルドは頷いた。

「──ロキの息子です」

「……そうか」

 憤怒(ふんぬ)のままに怒濤(どとう)と押し寄せ来る口腔(こうこう)!

「キシャアアァァァーーーーッ!」

 だが──「ふんっ!」──渾身(こんしん)の雷拳(らいけん)!

 迫る蛇頭の横っ面を殴り抜く!

 またも仰け反り崩れる巨体!

 倒れ沈む鱗樹(りんじゅ)の幹に街並みは瓦解し、数秒前には人が住む家屋だった物体(オブジェ)が石材や木材の残骸と噴き散らかす!

 想起(そうき)される虚(むな)しさを拳が噛んだ。

 眼下の敵を見据える。

 視線が繋がった。

「よぉ、バケモノ」嘲笑した侮蔑に奴(ロキ)は吐く。「ったく、何なんだ? テメェはよォ? ブッ殺したはずだぜ?」

「ああ、そうだな」

「ヘッ、不死身かよ? テメェは?」

「いいや」

 返ってくるのは、湖面のように鎮まった眼差(まなざ)し──冷静な感情──それが、ますます癪(しゃく)に障(さわ)った!

 恰(あたか)も憐れみのような……慈母性のような……反吐(ヘド)が出る!

 何故なら、自分(オレ)は〈神(・)〉だ!

 凡百な〈怪物〉とは格が違う!

 根本から〈北欧(アース)神族(しんぞく)〉の奴等とすら異なる!

 特別だ!

 特別だッ!

 オレは特別なんだ(・・・・・・・・)ッッッ!

 それを……たかが〈怪物(・・)〉風情が!

「クソが!」

 込み上げる苛立ちに、自尊のメッキが穿ける!

 然(さ)れども、激情と向けられる敵意に〈娘(・)〉に動ずる様子は無い。

「……ロキ」

「ああっ?」

「先に謝っておく。もう躊躇(ちゅうちょ)しない……オマエの息子を殺す」

「な……っ?」

「そして、次はオマエ(・・・)だ」

 一瞬、さすがのロキもゾッとする。

 何の感情も帯びず平然と死刑宣告を口(くち)にする〈娘(・)〉は、宛(さなが)ら〝殺戮マシーン〟にすら思えた。

 

 

 

 好機は訪れた。

 堪え忍んだだけの価値はある好機だ。

 父親(ロキ)の反応を盗(ぬす)み窺(うかが)えば、忌々(いまいま)しさの歯噛みに滞空する敵を注視している。その意識は完全に仰ぐ戦況へと傾けられ、まるで周囲への関心を失念していた。

 だから、実娘(ヘル)は憐れみの念すら抱(いだ)くのだ。

(相変わらず目先の事にだけ囚われ、自(みずか)らの視野を狭(せば)める……そんな事だから何も得られぬのです、貴方(あなた)は)

 ともあれ、ようやくにして行動が起こせる。

 手近な人間を目で探せば、すぐ傍(そば)には例の幼女が居た。

「そなた、確か〝マリー〟とか言ったな?」

 声を押し殺して呼び掛ける。

 思わずビックリした顔を向けるマリー。

 まさか〈先代領主様〉から声が掛かるとは思っていなかったようだ。

「あ、はい。ヘル……女王様」

 すぐに悄々(しおしお)とした厳粛さを染めて、畏敬を示した──子供ながらに程度だが。

「……ヘルで善い」浅い苦笑に砕ける。「これより我(われ)が隙を作る。その内に、領民達に示せ──『逃げよ』とな」

「え?」

 意表を覚える指示であった。

 てっきり〈冥女帝(ヘル)〉は、恐るべき支配者だと思っていた。領民の〈死〉を貪(むさぼ)り喰(く)らう冷酷非道な魔性だ……と。

 これはマリーに限らず、ダルムシュタッドの民達が抱(いだ)く共有認識だ。

 しかし、眼前の彼女からは、そうした邪悪な印象を一切受けない。

 寧(むし)ろ、マリーは同じもの(・・・・)を感じていた。

 そう、ブリュンヒルドやお姉ちゃん(・・・・・)と同質のものを……。

 それ(・・)が何(・)かは解らないが、少なくともマリーには〝真っ黒な布に包まれた宝石〟であるかのように感じられた。彼女の感覚(イメージ)からすれば、ブリュンヒルドは〝白い布に包まれた宝石〟であり、お姉ちゃんは〝何にも包まれていない宝石〟だ。包んでいる物が違うだけで、同じ宝石だ。綺麗に輝いている。

 だから、信用するのには数秒しか要さなかった。

「……うん、わかった!」

 毅然(きぜん)とした信用にコクンと頷くと、マリーは指示に従って音も立てずに後方の人集りへと合流を試みる。

「分かった……か」あまりにも早い子供特有の順応に、ヘルは苦笑いを浮かべた。「さて、私も一働(ひとはたら)きせねばな……領主(・・)として!」

 誰に言うとでもなく決心を吐くと、大鎌(デスサイズ)は空を円と切り裂いて清まった。

 

 

 

「何をしてやがる! ヨルムンガンド!」

 意のままに描かれぬ戦況に、ロキは腹立たしさを吠えた!

 元々〈神魔狼(フェンリル)〉よりも知能が低いヤツだ。司令塔がいなければ暴れるしか芸は無い。

 とは言えど、あまりにも無様過ぎる。

「……クソが!」

 呪詛を込めて吐き捨てていた。

 疎(うと)ましいのは、あの〈怪物〉だ!

「ブッ殺した……確かにな……なのに、何故だ! 何故、生き返ってやがる! 何故、おとなしくくたばっていねぇ! 何故、オレの邪魔に立ちはだかる! 何故だ!」

「それが彼女(・・)だからだよ」

 不意に聞こえた声が、ドス黒い渦へと呑み込まれた意識を呼び戻す。

 振り替えれば、赤煉瓦建築の狭間から一人の男が歩み出て来た。

「……サン・ジェルマン」

 唇噛みに睨み据える。

 好かぬ顔だ。

「そうか、テメェか? 裏で画策していやがったのは!」

「画策?」

「惚(とぼ)けんじゃねぇ! あの〈怪物〉がオレへの脅威になると踏んで、復活させたんだろうが! けしかけたんだろうが! ああっ?」

 浴びせられる怒気(どき)に、サン・ジェルマン卿は乾いた微笑(びしょう)を含んだ。

「フッ、そうか……彼女(・・)は、君(きみ)への脅威(・・)となるのか」

「グッ!」

 失言に気付いて言葉を呑む。

 が、卿は上空の戦況を一瞥(いちべつ)し、関心薄く会話を繋(つな)げた。

「彼女は〈被造物〉だ。少なくとも〈神〉の介入によって生まれた〈生命(いのち)〉ではない。言い換えれば〝神の領域外に在る超常存在〟だ──私と同じ(・・・・)ように。だからこそ、君(きみ)は怖れる」

「ぅるせえっ!」

「〈神〉の根は〝畏敬〟だ。その強大さに人間(ひと)は畏(おそ)れ敬(うやま)う。その〈神力(ちから)〉に驚嘆を覚えるが故(ゆえ)に人間(ひと)は妄信的に縋(すが)る。そうして集まった想いが〈神々〉の〈神力(しんりょく)〉へと還元される──それが〈信仰〉の原理だ。だが、彼女(・・)には、そうした念は欠落している。並列なのだよ──〈神〉も──〈魔〉も──〈人間(ひと)〉も────。彼女にとっては……ね。だからこそ、君(きみ)は怖れるのさ。それを心底で嗅ぎ取っているからこそ……」

「っるせえって言ってんだろうが!」

 指先から放たれる〈神力(しんりょく)〉の光弾!

 左肩を撃ち抜いた!

 が、その痛みを堪える間に、みるみる傷口は塞がる。

 絶対に死なぬ男──殺せぬ男────つくづく好かぬ。

「チッ、何(・)なんだよ……あの〈怪物(・・)〉は?」

「愛(・)だよ」

「ああっ? 愛だぁ?」

「そう、愛と狂気と……人間(ひと)の業(ごう)の結晶だ」

「ケッ! ほざきやがるぜ……」

 毒突きを吐き捨て、再び雨天を仰ぎ見た。

 雷光纏(まと)う〈娘(・)〉と〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉の連携に隙は無く、蛇竜はいいように翻弄され続けている。

「……阿呆が」

 と、不意に聞き捨てならないざわめきが耳に聞こえた。

「……スゴイ」

「何だ……あの〈怪物〉は?」

「あの巨大蛇と互角……いや、それ以上じゃないのか?」

 人質達であった!

(チィ!)

 意気が再燃している!

 それは彼(ロキ)にとって由々しき事態であった!

 徹底した恐怖によって畏敬を集め〈神力(しんりょく)〉を蓄える──その計画が水泡に帰(き)してしまう!

(冗談じゃねぇぞ! 全世界をオレの〈神力(しんりょく)〉へと還元する──そうすりゃ〈北欧(アース)神族(しんぞく)〉を……あの〈最高神(クソジジイ)〉ですらも下せるってのによ!)

「ロキィィィーーーーッ!」

 虚を突いた大鎌の奇襲!

 明後日の方向から斬り掛かってきた刃を、ロキは咄嗟(とっさ)に跳躍回避した!

「グッ?」

 頬に刻まれる浅い赤筋!

 距離を取った着地に顔を上げれば、黒衣の襲撃者はサン・ジェルマン伯爵と並び立つ!

「ヘル……テメェェェッ?」

「ロキ! 〝ダルムシュタッド領主〟の名に措いて、この混沌を終わらせる!」

「ふざけんじゃねぇぞ! この出来損ないが!」

「もはや理不尽な威圧は通じぬ! あの〈娘(・)〉が示してくれた──運命は変えられるもの(・・・・・・・)ではなく、変えるもの(・・・・・)だと!」

「チィィィ!」

 またアイツ(・・・)か!

 画策していた算段が総て狂わされた!

 たった一匹の〈怪物〉に!

 総て!

 総てッ!

 総てッッッ!

「……絶対(ぜってえ)に許さねぇ」

 自然と零れる呪怨。

 直後、サン・ジェルマン伯爵が声高に誇示をした!

「それ(・・)は、やがて〈神〉さえも下すだろう! 嗚呼、それは〈生きている証〉だ(イッツ・ア・ライフ)!」

「ッ! テメェ?」

 呆然としていた民衆の意識が、一気に卿へと注がれる!

 歯噛みしたのはロキだ!

 まさか、このタイミングで駄目押しを謀(はか)るとは!

「何かね? 私は、ただ謳(うた)っただけだが? 親友(とも)との理想を……ね」

「テメェェェ……ッ!」

 睨(ね)め付(つ)ける憤慨(ふんがい)にも動ぜずに、サン・ジェルマン卿は涼しく嘯(うそぶ)くだけであった。

 肌で感じる──恐々と怯え震えていた愚民共から発散され始めた温かな光を!

 それは〈希望(・・)〉だ!

 早々に手を打たねばならない!

「何が〈生きている証(イッツ・ア・ライフ)〉だ……〈死〉を渇望(かつぼう)していた男がよォォォッ!」

「生憎(あいにく)、それ(・・)はやめたよ。〈娘(・)〉に教えられたのでね……生きるという事の価値(・・・・・・・・・・)を」

「ああっ?」

「私は生き抜く(・・・・)……親友(とも)の生きた証(・・・・)としてね。例え、それが果てなく荒涼とした運命(さため)だとしても」

 涼しげな瞳に宿るのは、毅然(きぜん)たる決意!

 それは到底〈死〉を追い求めていた男とは思えぬ程(ほど)の変貌ぶりであった!

(また、あの〈怪物〉か! どいつもこいつも……アイツ(・・・)に毒されやがって!)

 募(つの)る憎悪!

 その憤(いきどお)りを〈神力(しんりょく)〉と転じ、悪神(ロキ)は肘立てた掌中(しょうちゅう)に憎炎(ぞうえん)と燃やした!

「オレが殺してやる(・・・・・)よ……サン・ジェルマン」

「かつては永い時間(・・・・)を語らった仲だ。魂(おのれ)をぶつけ合うも悪くない」

 卿の掌中(しょうちゅう)に灯る炎!

 それは……命の炎(・・・)であった!

 

 

 

 蛇体は濁流(だくりゅう)と泳ぐ!

 豪雨に染まる黒天を葦野原(あしのはら)として!

「クッ! しつこい!」

 優雅な回避に大きく距離を取り、ブリュンヒルドは辟易(へきえき)と吐き捨てた。

 旋回に動く巨体は緩慢(かんまん)故(ゆえ)に避(か)わすに苦難は無い。

 が、その持久力と執拗(しつよう)さは、正直うんざりしてきた。

「マリーには?」

 滞空に合流した相棒へ訊(と)い詰(つ)める。

「……会わない」

 敵の挙動を警戒視したまま〈娘(・)〉は淡白に返した。

「まだ、そのような事を……うわっと?」

 またも迫る鱗の鉄砲水を、大きく距離を保った離脱で回避する。

「御会いなさい! いましか無いでしょう!」

「ダメ」

「頑固者!」

「うん、頑固」

 相変わらずの朴訥(ぼくとつ)ぶりだ。

(マリーといい貴女(あなた)といい……まったく!)

 手の掛かる〝妹〟を二人(ふたり)も抱(かか)えた気分である。

「いいから行きなさい! マリーは〝友達〟でしょう! 大好きな……大事な〝友達〟でしょう!」

「うん、だから会わない。マリーを、もう怖がらせたくない」

 巌(がん)とした意固地ぶりには、さすがに内心イライラしてきた。

 貴女(あなた)は、図体だけ大きい子供ですか……と!

「友達(・・)なら〝仲直り〟をしなさい!」

「仲直り?」

「本当に〝友達〟なら、それで元通りです!」

「でも……」

「何です!」

「コイツ、ブリュド一人(ひとり)では無理」

「あ……」

 指摘の先には、忌々(いまいま)しい偏執(へんしゅう)が威嚇を向けている。

 確かに〈娘(かのじょ)〉の言う通りかもしれない。

 だが、それでも……!

「嘗(な)めないで下さい! 私は、誇り高き〈戦乙(ヴァルキュ)……」口(くち)にして、ブリュンヒルドは言い直す──誇りのままに。「……貴女(あなた)の親友(・・)です」

「ブリュド?」

「行きなさい! 悔いを残さないためにも! もしも従わないなら……」

「うん、従わなかったら?」

「……絶交です」

「それはイヤだ」

 本気で驚いた表情を浮かべる〈娘(・)〉に、ブリュンヒルドは淡い苦笑を含(ふく)んだ。

 そして、優しく諭(さと)すように示唆(しさ)するのであった。

「だったら、御行きなさい」

「うん、わかった」

 眼下を探せば、その姿はすぐに見つけられた。

 いいや、例え何処であろうと見つけるであろう。

 その〝愛しい存在〟を……。

「……ブリュド」

「何です?」

「すぐ戻る」

 背中越しの要らぬ気遣いに、慈しみを微笑(ほほえ)む。

「持ちこたえますよ……絶対に」

「うん」

 そして、雷弾は降下に宙を蹴った!

 逃(のが)さじとばかりに追う蛇頭!

 だが、その追撃は渾身の一撃に弾(はじ)かれる!

 小型円盤盾(バックラー)を弾頭とした体当(たいあた)りであった!

 仰(の)け反(ぞ)りを鎌首と立て直して邪魔物を睨み据えれば、そこに立ちはだかるのは鬱陶(うっとう)しい〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉の勇姿!

「行かせませんよ……誇り高き〈ブリュンヒルド〉の名に懸けて!」

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