※この作品はR-18です。

雷命の造娘   作:凰太郎

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ありがとう Chapter.6

 

【挿絵表示】

 

「マリー……」

「お姉……ちゃん……」

 その胸に顔を埋(うず)めて泣きじゃくる少女を〈娘(・)〉は優しい包容に撫で続けた……「いい子、いい子」と。

 街路から外れた路地裏──。

 我が身には御似合いの汚ならしい掃き溜まり──。

 だが、現状(いま)だけは、それさえも楽園(エデン)と思えた。

 外界では〈娘(・)〉が生んだ虚に乗じて、人質達が逃げおおせる喧騒が続いている。

 些末(さまつ)な騒音だ。

 気にする程(ほど)ではない。

 この幸福(しあわせ)に比べたら……。

 呪(のろ)われし巨躯(きょく)は壁に背を預けて蹲(うずくま)り、小さき無垢を包むかのように抱(だ)き庇(かば)い続けていた。

 宛(さなが)ら、世界中の穢(けが)れから守ろうとするかのように……。

 

 やっと抱きしめられた……。

 

 ずっと、こうしてあげたかった……。

 

 どんなに望んでいただろうか……。

 

 この小さな温もりを……。

 

 優しい時間が戦場に流れる……。

 

 嗚呼、時間が止められたら…………。

 

 だが、いつまでも、こうしてはいられない。

 向かわねばならない──決着に!

 だから、伝えよう。

 大好きな〝友達〟に。

「……マリー、ごめん」

「お姉ちゃん?」

 涙に腫らした目を向けて、マリーは不思議そうな表情をしていた。

 その愛(いと)しさへ〈娘(・)〉は、穏やかな微笑(ほほえ)みを注いだ。

「何が……ゴメンなの?」

「うん、三つの〝ゴメン〟がある」

 後れ毛を鋤き揃えてあげながら言う。

「一つ目の〝ゴメン〟は、怖い思いをさせてしまった事」

「パレードの日の事?」

「うん」

「ううん、もういいの」

「マリー?」

「わたしの方こそゴメンね? お姉ちゃん、わたしを守ろうとしてくれただけなのに……」

「マリー、怖くなかった?」

「ううん、怖かった」

「……そうか」

 素直で無垢な答えに、二人は淡い苦笑をクスッと交(まじ)える。

「もう一つの〝ゴメン〟は……これから私は、また〝怖く〟なる」

 その言葉を聞いた時には、さすがにマリーの表情も強張った……一瞬ではあるが。

「それって、またあの時(・・・)みたいになるって事なの?」

「そう」

「あの〝悪い人〟を、こらしめる(・・・・・)ために?」

「うん、そう。だから、私を見ないでほしい」

 頬を撫でてあげる。

 一房の温かさであった。

 大きな手には繊細な柔らかさであった。

「何で? 怖いから?」

「うん」

「平気よ!」

「マリー?」

 思いもよらない拒否に〈娘(・)〉は目を丸くする。

 然(さ)れど、円(つぶら)らな正視は巌(がん)とした意志に言うのだ。

「怖くても見る! わたし、お姉ちゃんを見守っている!」

「ダメ、怖い」

「平気だってば!」

「ダメ、もっと怖い」

 頑固な意固地同士が譲らない。

 互いに〝大好きな相手〟を想うからこそ……。

 さりとも、軍配は幼女の方へと味方する。

「だって、お姉ちゃん(・・・・・)だもの! どんなに怖くなっても、お姉ちゃん(・・・・・)だもの! 大好きなお姉ちゃん(・・・・・)だもの!」

 ようやくにして、マリーは告げる事が出来た。

 ずっと伝えたかった想いだ。

 この本心だけは、どうしても伝えたかったのだ。

 そして、その言葉は〈娘(・)〉の心に染み入り、仰ぐ雷天に持て余す激情を噛み締めていた。

(嗚呼、許されるのか……こんな幸せが…………)

 

 狂気に造られた〈娘(いのち)〉──。

 

 歪んだ愛情の結晶たる〈娘(ドルター)〉──。

 

 人間達に嫌われる〈娘(モンスター)〉──。

 

 存在を望まれぬ〈娘(たましい)〉──。

 

 そんな〈娘(わたし)〉が、愛されてもいいのですか?

 

 そんな〈娘(わたし)〉が、愛してもいいのですか?

 

 世界よ────。

 

「……分かった」

 噛み締めた想いを胸の奥底へと大切に仕舞い込み、慈しみにマリーを立たせる。

 そして、ゆるりと身を起こすと、再び大通りへと向かうべく歩(ほ)を刻んだ。

 固い意志を踏み締める巨躯(きょく)は、一転して力強(ちからづよ)さを熟(じゅく)させている!

「あ、待って! お姉ちゃん、最後のひとつ(・・・)は?」

 背中越しの訊(と)い掛けに足が止まる。

 ややあって振り向いた顔には微笑(びしょう)が刻まれていた。

 優しくも愁(うれ)いを含(ふく)んだ美しい微笑(ほほえ)みが……。

 それが〈娘(かのじょ)〉の返答(・・)であった。

 

 倒すべき相手は〈神〉!

 これから身を投じるのは……死地(・・)だ!

 

 

 

 

 ぶつかり合う拳!

 激しい〈神力(しんりょく)〉か!

 力(ちから)強(づよ)き〈生命(いのち)〉か!

 斥力を潰(つぶ)して反発を咬むエネルギー!

 ロキとサン・ジェルマン卿の闘いは互角と言えた!

「意外だな……サン・ジェルマン! テメェは、てっきり知略派だと思っていたぜ?」

「東洋武術には〈気〉という概念がある。己(おの)が〈生命力〉と〈精神力〉を源泉とし、現実的な力(ちから)へと転化させる術(すべ)だ……」

「だったら何だ!」

「つまりは、本質的に〈神力(しんりょく)〉と近しいという事だ!」

 弾(はじ)きあう!

 地面の後退(あとずさ)りを踏み止まり、両者は相手を睨(にら)み据(す)えた!

「……クソが!」

 腹立たしさを吐き捨てるロキ。

 コイツといい、あの〈娘(・)〉といい……何故、こうも〈神〉たる自分と渡り合えるヤツがいる!

 それも〈科学〉だ〈錬金術〉だと〝神の理(ことわり)〟から外れたヤツラが!

「ロキィィィーーッ!」

 右頭上から斬り掛かって来る奇襲!

「チィ!」

 逸早(いちはや)く殺気を察知すると、ロキは上体ずらしの紙一重にて刃(やいば)を避(か)わした!

「すっこんでろ!」

 左(ひだり)掌中(しょうちゅう)に発生させた〈神力(しんりょく)〉の塊(かたまり)を、娘(ヘル)の腹へと叩き込む!

「ぐふっ!」

 短い苦悶を吐いた!

 憎悪(ぞうお)篭(こも)るパワーに弾(はじ)かれ、ヘルは逆転したベクトルへと吹き飛ぶ!

 否(いな)、厳密には自(みずか)ら後方跳躍に力(ちから)を受け流してダメージを軽減したのだ!

 そのまま合流するかの如く、サン・ジェルマン卿の傍(かたわ)らへと着地した!

 二対一の図式が、牽制(けんせい)に睨(にら)み合(あ)う。

(サン・ジェルマンの野郎、人間共に微かな希望を与える事によって、オレの〈神力(しんりょく)〉を微々ながらも弱体化させやがった。おまけに、ヤツラを保護しようとする〈冥女帝(ヘル)〉には〝畏敬〟が集まり始めてやがる)

 パワーバランスの均衡化……それこそがサン・ジェルマン伯爵の狙いであった。

 それでも未(ま)だロキに軍配が上がるのは、そもそもの底値が高いからだ。

 たがしかし、この闘いが長引くのは得策ではない。

(こんな様を見りゃ、ますますオレへの〝畏敬〟は失墜し、逆に〈冥女帝(ヘル)〉の株は上がる。やがては完全にトントンだ……いや、最悪、逆転すらありえる)

 そして、小賢(こざか)しいのは、サン・ジェルマン卿自身は討とうとしていない事である。

 ヘル以上に戦闘慣れしているにも拘(かか)わらず……だ。

(あくまでもヘルを立てて、自分(テメェ)は脇役(サポート)に徹するってか。そうすりゃオレを確実に疲弊させる事が出来て、ヘルの勝率は更(さら)に上がるもんなぁ? おまけに畏敬差も、ますます開くときた)

 付け焼き刃にしては、よく練られた策である。

 腹立たしい。

(このままじゃジリ貧……何とか手を打たねぇとよ。手っ取り早く〈神力(しんりょく)〉を増やす方法を……)

 対峙に構える敵を交互に観察する。

 と、持ち前の狡猾さが冴えを見せた。

(……一か八か、やってみるか)

 正直、気乗りはしない。

 それ(・・)を実行するという事は、自(みずか)らの〈神格〉を下げてしまうという事なのだから。

 が、背に腹は代えられないのも事実だ。

(どうせ闇暦(あんれき)の世だ……永続的な闇に遮蔽(しゃへい)された世界じゃあ、いまさら〈神界〉もクソも無ぇか)

 腹を据えた。

 胸中に涌く邪笑は噛み殺す。

 姦計(かんけい)を悟られてはならない。

 

 

 

 怒濤(どとう)と襲い来る顎(あぎと)!

 ヨルムンガンドの執念は、ひたすらにブリュンヒルドを追尾し続ける!

「しつこい! これだから〈蛇〉というものは!」

 優雅な旋回に避(よ)けながらも、さすがに焦(じ)れてきた。

 無理もない。

 反撃手段が無いのでは好転などありはしない。

(せめて神槍(しんそう)さえ使えれば……!)

 歯痒(はがゆ)さに握り締めた武器へと視線を落とす。

 仮に〈神力(しんりょく)〉を込めたとて、所詮は下界の凡庸武具だ。

 況(ま)してや、あの超巨体である。

(保っても一撃(いちげき)か二撃(にげき)……最悪、ダメージすら与えられずに朽ちるでしょうね)

 だからこそ、使用を躊躇(ちゅうちょ)していた。

 気休めの急造武器とはいえ、この大怪物に丸腰で挑む無謀さなど持ち合わせていない。

 思考に意識を泳がせたのは一瞬である。

 が、狡猾なる敵は好機を見逃さなかった!

 大きな湾曲に向き直る蛇頭(じゃとう)。

 確かに距離はある。

 到達までに、またも間合いを計られるだろう。

 だが、飛び道具(・・・・)ならどうだ!

「シャ!」

 毒液!

 それを戦乙女(ヴァルキューレ)へと向けて吐き出した!

「しまった!」

 咄嗟(とっさ)の横跳びに避(か)わすも、その動作がロスとなる!

 開く口腔(こうこう)が至近距離まで攻め詰めていた!

「牽制(けんせい)を?」

 姦計(かんけい)を悟るも、既(すで)に遅い!

「キシャアァァァーーーーッ!」

「クッ!」

 渋っている暇(ひま)など無い!

 迎撃せねば殺(や)られる!

 意を決して急造(きゅうぞう)神槍(しんそう)での特攻を繰り出した!

(せめて、効果的な部位を!)

 本能的に身体が動いた!

 目だ!

 目を狙う!

 刺突!

 突進の勢いと渾身の体重を乗せた刺突!

「ギシャアァァァァァアアアグッ!」

 鼓膜を破るかと思える咆哮が、甲高い悲鳴と響き渡った!

 激痛に暴れ狂う上体が、潰(つぶ)された右目から血飛沫(ちしぶき)と体液を撒き散らす!

 地表へと落ちたそれ(・・)は、付着した建物を膿(うみ)に朽ちさせていた!

「毒素? 何という猛毒!」

 使い捨ての槍を手放したブリュンヒルドは、離脱に眼下の惨状を見定めゾッとする。

 おそらく毒液と同じ成分なのだろう。

 もしも、それ(・・)を浴びていたとしたら!

 改めて先の槍を見れば、ブスブスと爛(ただ)れ朽(く)ち始めていた。

 己(おのれ)の末路だったかと想像すると、改めて戦慄を覚える。

「ですが……これで、こちらも打つ手は無し…………」

 再認識を強(し)いる現実。

 強く噛み締めるのは絶望か焦燥か。

「どうやって……どうやって倒せば…………」

 明答の見えない思索を巡らせる。

 憤怒(ふんぬ)の蛇瞳(じゃどう)が睨(にら)み据えてきた!

「キロキロキロッ!」

 チロチロと踊る二股舌が、生理的嫌悪を触発する。

「クッ!」

 小型円盤盾(バックラー)を身構え隠れる戦乙女(ヴァルキューレ)。

 気休めでしかない。

「キシャアァァァーーーーッ!」

 鎌首を勢いと転じて、鱗樹(りんじゅ)が襲い来る!

 洞穴と開けた口腔(こうこう)!

 白亜の鍾乳石から滴(したた)るは、はたして唾液か毒か!

「クッ! 最高神(オーディン)よ!」

 祈りを盾に乗せる!

 それが何にもならぬであろう事は承知だ。

(最悪の場合、ヤツの体内から〈神力(しんりょく)〉を全開放するしか!)

 玉砕覚悟の自爆を決意した。

 らしくない……が、それでコイツ(・・・)を道連れにできるなら!

 それで人々を救えるなら!

 そして、それで親友(・・)を──〈娘(・)〉を援護できるなら……。

(後は……頼みましたよ)

 脳裏に浮かぶ優しい醜美(しゅうび)へと微笑(ほほえ)む。

 卒爾(そつじ)!

 

 ──ザンッッッ!

 

 両者を隔(へだ)てるかの如(ごと)く、闇空より〝光の柱〟が立った!

 それは虚を突いた顕現(けんげん)に、大蛇の鼻頭を斬り裂く!

「キシャアァァァーーーーッ?」

 刻まれた激痛を仰ぎ吠えた!

 一方、謎の光はブリュンヒルドの眼前に集束していく。

 これ(・・)が何(・)なのかは解らぬが、凄まじい〈神力(しんりょく)〉である事だけは把握した。

 そして、やがて形を為(な)した正体に、ブリュンヒルドは驚嘆するのであった!

「これは……魔剣〈グラム〉?」

 見間違うはずもない!

 かつて〈赤竜(ファブニル)〉を倒した剣だ!

 かつて、己(おのれ)が自害に用(もち)いた剣だ!

 そして……かつて愛した英雄(かれ)の魔剣だ!

(嗚呼、シグルズ……)

 込み上げる想いのまま手に取る。

 刀身の内に滾(たぎ)る〈神力(しんりょく)〉は荒々しい!

「これなら……いける!」

 力強く口(くち)にする。

 直感ではない……確信だ!

 だから、戦乙女(ヴァルキューレ)は高く飛翔した!

 蛇竜の頭頂よりも高く!

 両手構えの魔剣を振り構え、激痛に躍り狂う巨柱を凛とした正義に睨み据える!

「タアァァァアアアーーーーーーッ!」

 振り下ろされる刃!

 刀身から放たれる膨大な光は〝巨人の剣〟と世界を裂き、恐るべき神敵(しんてき)を唐竹と割った!

「キ……シャァ……ア!」

 断末魔さえも呑み込む〈神力(しんりょく)〉!

 血飛沫(ちしぶき)すら噴散させずに消滅させていく熱!

 斯(か)くして、忌(い)むべき魔獣は葬(ほうむ)られたのだ。

 確約された運命〈神々の黄昏(ラグナロク)〉ではなく、不確定な現実〈闇暦(あんれき)〉の流動にて……。

 

 激戦の余韻(よいん)へと浸る戦乙女(ブリュンヒルド)は、ややあって瞼(まぶた)開いた美貌(びぼう)を闇空へと向ける。

 然(さ)れど、見据えるは遥か先だ。

「……見守っていてくれたのですね、シグルズ」

 胸の奥にて〈愛〉を噛み締める。

 いつかは会える──そう信じていた。

 例え、どのような形であっても……。

「いま暫(しばら)く、この魔剣は御借りします。この世界が……この闇暦(あんれき)の世界が晴れるまでは…………」続ける言葉に〈悲恋の王女〉は頬を濡らして微笑(ほほえ)む。「その時は……その時は、また私を愛してくれますか?」

 果てなく深い黒雲は、純情なる愁訴(しゅうそ)さえも遮(さえぎ)る。

 それでも、乙女(ブリュンヒルド)は約束を風に乗せた。

 きっと再会できる……いつかは。

 

 

 

「馬鹿な! ヨルムンガンドが殺(や)られただと?」

 信(しん)じ難(がた)い現実に、ロキは驚愕した!

 有り得ぬ事態だ!

 あってはならない事態(・・・・・・・・・・)だ!

 まさか〈神魔狼(フェンリル)〉に続いて〈大蛇竜(ヨルムンガンド)〉さえも倒されるとは!

 それも、あの〈女怪物〉ならいざ知らず、たかだか半端な〈戦乙女(ヴァルキューレ)〉如(ごと)きが!

 これで最終兵器(むすこ)を二体(・・)共、失った!

「ふ……ふざけんじゃねぇぞ……ふざけんじゃねぇぇぇーーーーッ!」

 わなわなと吠える憤慨(ふんがい)!

 直後──「がふっ!」──熱い痛みに血を吐いた!

 その源(みなもと)へと視線を注げば、己(おのれ)の腹へ深々と突き刺されている手刀!

 サン・ジェルマン伯爵だ!

 僅(わず)か数秒の放心を隙(すき)として、懐(ふところ)へと踏み入っていた!

「らしくない迂闊(うかつ)だな、ロキ……戦いの最中で、他の事に意識を持っていかれるとは…………」

「テ……テメエェェェ……がはっ!」

 叩き込まれる〈気〉が、体内から血を押し出させる!

「ロキィィィーーーーッ!」

 背中を斬り裂く大鎌(デスサイズ)!

 それは娘(ヘル)からの止(とど)めであった!

「がっ? ヘ……ヘル! テメエェェェッ!」

 肩越しに睨(ね)め付(つ)ける呪怨!

 さりとも、娘(ヘル)は愁訴(しゅうそ)で応えるのであった……零(こぼ)れ落(お)ちる寂しさのままに。

「何故、親(・)で在ってくれなかったのですか……何故、親(・)として接してくれなかったのですか……私も……兄上達も……ただ……ただ…………なのに、何故?」

「ッざけんなよ……クソ共がァァァーーッ!」

 この期に及んでも、総てが無駄──その再認識だけを悲しく噛み締め、冥女帝(・・・)はキッと顔を上げた!

「悪神(ロキ)よ──ダルムシュタッド領主として……〈北欧(アース)神族(しんぞく)〉の一柱として……貴様を裁く!」

「ッギャアアアァァァァァァーーーーッ!」

 耳を覆いたくなるような断末魔!

 背中から叩き込まれる激しい想いと、腹部から注がれる巌(がん)たる意志が、悪神の存在を蝕(むしば)んだ!

 が──「クックックッ……」──不意に聞こえた含(ふく)み笑いが、二人の断罪者を怪訝(けげん)に惑わす。

 ロキであった!

 他ならぬロキが邪笑に溺れている!

「な~んてな? クックックッ……」

 姦計(かんけい)──そう察したサン・ジェルマン卿は、咄嗟(とっさ)に体勢を大きく押し崩してヘルを弾(はじ)き飛(と)ばした!

「あうっ!」

 路面を滑り飛ぶヘル!

 即座に臨戦意思へと身を起こすも、その眼前に展開していたのは戦慄の光景であった!

「な……何?」

 取り込まれている!

 サン・ジェルマン伯爵が!

 攻撃と加えた右腕は、肩口付近までガッチリとロキの腹へと呑み込まれていた!

「クッ! 抜けん!」

 焦燥に足掻(あが)く宿敵へ、ロキは優越めいた種明かしを始める。

「礼を言うぜ、サン・ジェルマン? 叩き込んでくれてよォ?」

 メリメリと進行する捕食!

「確か〈気〉とやらは〈神力(しんりょく)〉と近しい性質だとかホザいてたよなぁ?」

「貴様は……何を?」

「おまけにテメェは〈不死身の男〉──特性は〝無尽蔵の生命(いのち)〟だ。生命力を転換する〈気〉とは相性バツグンだよなぁ?」

「まさか! 貴様は?」

「オレへの畏敬が減少して〈神力(しんりょく)〉がジリ貧っていうなら、テメェの〈気〉とやらを代用にすりゃあいい! 何たって畏敬とは無縁なエネルギーソースだ! ヒャハハハハハハッ!」

「グッ!」

 既(すで)に半身がヤツに取り込まれていた!

「……バッテリー(・・・・・)になってもらうぜ、サン・ジェルマン!」

「ぐぁぁぁ……っ!」

 

 

 

 激しさを増した雷雨に叩きつけられつつ、ようやく〈娘(・)〉は戦場へと帰ってきた。

 ヨルムンガンドの最後は見届けている。

 あの巨体だ。何処に居ても顛末(てんまつ)は把握できた。

 ならば……残すは!

 滝(たき)飛沫(しぶき)のように視界を曇らせる街路を黙々と歩み、やがて悪神(ロキ)の下(もと)へと辿(たど)り着(つ)く。

「ッ!」

 視認した途端(とたん)、表情が驚愕に凍りついた!

 ギリギリと首を片腕で絞め吊るされているのは、悲壮な痛みを刻んだ冥女帝(ヘル)!

 近くに転がり崩れているのは、満身創痍(まんしんそうい)の親友(ブリュンヒルド)!

 気配を察知した宿敵(ロキ)は〈娘(・)〉へと邪笑を向けると、飽きたかの如(ごと)く贄(ヘル)を投げ捨てた。

「よォ? 来たか、バケモノ(・・・・)?」

「うん」

 無抑揚が応える。

「んじゃ、決着(ケリ)をつけるとするか?」

「うん、そのつもり」

 一際(ひときわ)けたたましい轟雷が、雌雄(しゆう)決する合図と化して世界を白く染め潰した!

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