※この作品はR-18です。

ファム・ファタール~寝取らせモノが大好きな剣士が異世界転移した場合~   作:幻闇

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99話 大地の祭壇

「今日はどうするのだ? ナモモ、街なんて来るの初めてだから楽しみだぞ!」

 

 朝食の席で嬉しそうに喋るナモモ。そんな彼女に対し、気まずそうに頭を抱える一組の夫婦。

 行き当たりばったりなこの二人は当然の如く、街での滞在を楽しみにしているナモモに、即座の帰宅を提案しなければいけない事実を忘れていたのだ。

 

「おい……どうすんだ……メチャクチャ楽しみにしてるぞ」

「クロトがなんとか説得してよ。この件が終わったらセーヌにつれてってあげればいいじゃない」

「そりゃそうだが……あーもう仕方ないな」

「なんだー? 内緒話なのか? 二人ともやっぱり仲が良いんだなあ、父さんと母さんみたいなのだ」

 

 ひそひそと頭を突き合わせて相談している二人に、ナモモが無邪気に話しかける。考えてみれば、そこまでやましい事でもない。二人は素直に仲が良いと言われた事に喜びつつ黒斗が口火を切った。

 

「その件なんだがな、すまないが中止にしようかと思う」

「えっ! ナモモ、街見れないのだ?」

「儀式のあとでセーヌに連れてってやろうと思ってな。俺たちが住んでる前線都市セーヌは凄く発展してて、人も100万人くらい暮らしてるんだぞ」

「すっ、すごいのだあああ! 100万人もいたら砂蟲が絶滅してしまうのだ!」

「ナモモ、砂蟲は砂漠にしかいない。他にもっと沢山食べられるものがあるんだ。俺の料理みたいなのが沢山あるぞ」

「行きたい行きたい! ……でも、ナモモは神様の伴侶に……番になるからもう来れないのだ」

 

 黒斗の話に瞳を輝かせて食らいついていたナモモであったが、この後の予定を思い出して落ち込んでしまう。そんなナモモに鱗華が語り掛けた。

 

「でもナモモちゃん。誰も戻ってきてないって言うけど、別に戻ったらダメなんて事は無いんだよね」

「最長老のばっちゃんが言うには、100年ごとに儀式をして伴侶を贈る。それ以外には何も言って無かったのだ、戻ってきちゃダメとかも聞いてないのだ。でも番だから清らかで若い方が良いってみんな言ってるのだ」

「その人の話の通りなら、元々は女ならなんでも良かったのかな? 戻っても良いなら、ボク達も儀式に参加したいから一緒に行こうよ。手伝いも三人ならきっとすぐ終わるし、お嫁さんになったらボクと遊びに行けるように、ボクが神様に頼んでみるよ」

「それいいなぁ! うんうん、じゃあ早速戻るのだ?」

「うん、早い方が良いしね。朝ごはん食べたら出発しよう! クロト、朝ご飯おねがーい」

「待て待て、出発の前に代官さんに報告してからだ。まぁまずはメシだな。デケェ肉を昨日の夜に解凍しといたから、ステーキにして食うか」

 

 ステーキと聞いた瞬間に鱗華とナモモから歓声があがる。焼いた肉はそれだけでも美味いのに、黒斗が覚えた様々な技法を駆使して焼かれたステーキはまさに天上の美味といっても過言では無い。二人が狂喜乱舞したのも無理は無いだろう。

 

 肉は厚ければ厚いほど良い――とは誰が言った言葉であったろうか。至言である。

 大蒜(ガーリック)とバター醤油で作られたソースがたっぷりと掛けられた、厚さ10cmはあろう極厚のステーキ肉。幅も相応にあるそれは一枚で二キロは下らないだろう。メイラード反応を多分に引き起こした証拠である焦げ目のついた硬い表面にナイフを当てて引けば……強い弾力を感じたと思ったのも束の間、肉の内部は信じられない程に柔らかく、スウッと刃が通る感触に快感すら感じてしまう程だ。

 

 内部は赤に近い鮮紅色、艶めかしさすら感じるその色は当然生焼けではあり得ない。

 余熱を利用して焼かれた内部温度はぴったり64.5度をキープ。蛋白質の変性を引き起こす直前に保たれたその味と柔らかさは、噛んだ瞬間に滝の様に溢れる肉汁が証明している。

 

「もぐもぐ……うまいのだ! もぐもぐ……うまいのだ! もぐもぐ……うまいのだ!」

 

 一切れ食べるごとにうまいのだ! と叫ぶマシーンと化したナモモを微笑ましそうに眺めつつ、ぺろりと10枚のステーキ肉を平らげた鱗華。これで朝食だというのだから凄まじい。ちなみに黒斗は3枚、ナモモは1枚である。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 食事を終えた三人は、代官であるメイガンの所へ赴いた。行方不明事件の元凶であろうエイリアンの憑依体を斃した件について報告する為だ。

 

「――って感じで、元凶っぽいエイリアンの憑依体は斃したぞ。古戦場の隠れ里に住むこちらのナモモもそれを目撃している」

「なんと……人に憑依する兵器の存在は知っていましたが、その様な上位個体が出現していたとは……。土地神を信仰している里がある事は知っています。行商人を通じて僅かながら交流もありますし、里から出て来たという者も街に何人か住んでおりますので」

「念の為にもう少し調査を続けるつもりだが、一応経過報告をした方が良いだろうと思ってな。少しは安心できたんじゃないか?」

「ありがとうございます。あなた方は町の救世主です。この御恩は生涯……いえ、子々孫々に渡って語り継ぐと致します」

「大袈裟すぎるだろ……。まぁそういうわけで近場の安全は確保できたはずだ。ここからは俺達二人で調査に行くから、街の守りは自警団に任せるぞ」

「それは当然です。我らとて伊達に辺境に住んではいないのです。エイリアンの兵器はともかく、魔獣程度の危険は日常茶飯事ですから」

 

 相変わらずやつれた顔のメイガンであったが、黒斗の話を聞き終えた彼の顔に精気が戻ってくる。一度は町を捨てる事すら考えていたのだ。それも当然であろう。

 

 

 

 代官の所を出た三人は準備を整え、街門を出た。

 街門の外へ出た鱗華はほぼ丸腰であった。魔導テントの中に愛用の魔槍を置いたまま、更には魔竜素材で作られた軽鎧(ライトメイル)一式も置いてきている。辛うじて鎧下は身に付けているが、それ以外は寸鉄すら帯びぬ軽装であった。

 

「相変わらず暑いねぇ……よっと……ほっと……うんうん、身体の調子は絶好調だね」

 

 軽く手足を動かして調子を確かめた鱗華が満足そうに頷き、黒斗とナモモに向かって衝撃的な言葉を掛ける。

 

「一日で着くように全力で走るよ。もし敵が出たら露払いお願いね。クロト」

「一日? マジか? 俺たちはともかくナモモが――ってもしかしてそんな軽装なのは……」

「ナモモちゃんはボクが背負って走るよ。全力疾走にはついてこれなくても、背負われて耐えるくらいならいけるでしょ」

「ナモモ遅くてごめんなぁ……流石に一日で着く自信は無いのだ……でもホントにナモモを背負ったままで大丈夫なのだ? リンカそんなに細くて綺麗なのに」

 

 特一級危険地帯である古戦場で狩りをして暮らすナモモの戦士としての腕前は、そこらの冒険者を遥かに超えている。だが、二人と比してみればまだまだ未熟であるのは確かだった。ちなみに黒斗とナモモが里からレイダースへ向かうのに掛けた時間がおよそ二日である。

 

「ナモモ、リンカは見た目通りに考えたら駄目だ。人の姿をした化け物だと思え」

「ええっ!? わ……わかったのだ」

「クロトがひどい……こんなに可愛くてか弱い奥さんに何て言い草なの……」

「それ絶対ツッコミ待ちだろ! 可愛いは果てしなく同意するけれども」

「えへへ……。冗談はこれくらいにして、出発しようか。ナモモちゃんおいで」

「わかったのだ! 鱗華の背中すべすべして冷やっこくて気持ち良いなあ」

「ありがと♡ しっかり捕まっててね。しゅっぱーつ!」

 

 

 その日、街門に詰めていた衛兵の男は、酒場で女冒険者と散々楽しんだ友人達に語ったという。

 

 門の外で旦那とあと一人、可愛らしい獣人族の少女と合流したタダマン冒険者の女が少女を背負った瞬間、凄まじい突風が吹いた――と思った瞬間に誰も居なくなっていた。

 慌てて辺りを見回してみたら、遥か遠くに砂煙を上げて豆粒の様になっていく影が辛うじて見えたのだと。

 

 町に住む酔狂な学者がその男の言葉通りに計算を行った所、実に冒険者たちの速度は秒速50メートル、時速に直して175キロほどであるという結果が出たのだが、当然の如く信じる者達は誰も居なかった。

 

 

 荒涼とした砂漠を凄まじい速度で駆け抜けていく一行。鱗華に背負われているナモモは最初こそその凄まじい速度に驚嘆していたが、すぐさま適応してしまった様だ。流石は神の伴侶となるべく育てられた娘といった所であろう。

 

 朝方に街を出発し、途中食事休憩を挟みつつ夜になっても爆走を続けた結果。三人は翌朝の明け方近くにはナモモの暮らす里に到着していた。

 途中、エイリアンの遺したオート稼働し続ける兵器工廠にて作られたと思しき、無機物に有機物をむりやり融合させた様な異形の兵器群に襲われた事もあったが、こちらは露払いである黒斗が鎧袖一触に薙ぎ払い、足を止める事無く進むことが出来ていた。

 

「はぁ……はぁ……うひーっ! 流石に疲れたねぇ」

「ぜぇぜぇ……ぜはぁ……リンカが最後に競争とか言い出すからだろ……」

「二人とも大丈夫なのだ? ナモモばっか楽しちゃって悪いのだ……」

 

 疲労困憊といった様子で荒い息を吐く二人に、申し訳なさそうにナモモが言葉を掛けると、途端に息を整えた鱗華がにこりと笑って返事をした。

 

「別に全然平気だよ。たまには全力で動かないとなまるからね! ぜはーっ! ……ナモモちゃんは気にしないでいいから、ホント全然余裕だし。ほらクロト、さっさと里に入ろう」

「ナモモの前だからって張り切り過ぎだろ……はいはい俺も丁度良い運動だったぜ」

「そうなのだ? なら良かったのだ!」

 

 笑顔に戻ったナモモを微笑ましそうに眺めつつ、鱗華と黒斗の二人は里に近付いていく。やがて、三人の姿に気付いた門番がギョッとした表情で驚いている様子が見えてきた。

 

「ナモモ……それに冒険者さんも、暫く戻らない筈では……」

「ああ、ちと急用ができてな。ナスティさんは家にいるか?」

「長ならこの時間は家だと……」

 

 何か知っているらしい反応を見せる門番の様子に、黒斗と鱗華が納得したような表情を見せる。

 ナモモの家に向かう三人をちらちらと振り返りながら溜息を吐いている門番の視線を受けつつ、黒斗と鱗華が先を行くナモモに聞こえぬよう囁き声を交わし合う。

 

「なんか生贄としてナモモを差し出そうって雰囲気じゃあないな」

「むしろ逆なんじゃない? ナモモちゃんを遠ざけておきたかったって感じだね」

「確かにこないだの夜の親父さんの様子だとその可能性が高いかもな。でも代役とかいるのか?」

「本人に聞けばわかるでしょ」

「まぁそうだな……っとそうこう言ってる間に着いたか」

 

 ナモモの家である里長の建物に到着した一行が扉を開けて帰還を告げると、呆然とした表情のナスティとチャママが顔を出した。

 

「ナモモ……それにクロト殿も……」

「少々早いですが、戻りました。こちらが妻のリンカです」

「初めまして、荒神麟華と申します」

 

 丁寧に日ノ本風のお辞儀をして挨拶をする鱗華。その非の打ち所の無い美しさと所作に、束の間見惚れてしまうナスティであった。

 

「アンタ……美人さんの前だからってデレデレしてんじゃないよ」

「はっ!? すまない。いやでも……どうして……」

「チャママさん、実は到着したばかりで腹ペコでね、ナモモとリンカに食事をさせてやりたいんだが構わないか? 俺はナスティさんと少し話したい事があるから先に三人でどうかな」

「……構わないさね。アンタ、もう腹を割っちまいな」

 

 チャママに釘を刺されただけではないだろうナスティの狼狽ぶりを察した黒斗が、助け舟を出すように提案すると、意図を察したチャママがナスティに声を掛けてナモモと鱗華を連れていく。

 残されたナスティは苦痛を噛み殺した様な苦い表情のまま、黒斗を応接室へと案内するのであった。

 

「ある程度内容は察しているが、まずはクロト殿の話を聞かせて貰おう」

 

 卓を挟んで相対した黒斗に対し、ナスティが話を促した。

 

「単刀直入に聞こう。神の伴侶ってのは生贄の事だな?」

 

 腹芸や交渉術なんて物とは無縁の黒斗である。男はいつでも正面突破、気合の突き込みで子宮をブチ抜け。が座右の銘である彼に、遠慮や配慮など求める方がおかしいのだ。

 

「――そうだと私達も思っている……」

 

 歯切れ悪く答えたナスティの言葉に黒斗が眉をひそめる。

 

「む……つまりナスティさんたちも詳しい事はわからないのか?」

「ああ、口伝では神の伴侶となり神の世界に行く娘を100年ごとに祭壇に捧げよ。としか伝わっていないのだ。さすれば神の加護と恩寵が里に与えられると……。迷信の蔓延っていた昔ならばともかく、今の時代に額面通りに受け取る事は難しい。実質的な生贄なのだろうと私達は思っている」

「なるほど……それでナモモをわざわざ街にやってどうしようとしてたんだ?」

「どのみち里はもう限界だったのだ。若者たちは昔と変わらぬ暮らしに嫌気がさして街へ出る物も多い、今はまだ里を守る為にここで生きる者もいるが……あと百年はもたんだろう」

 

 ナスティの言葉に黒斗は故郷の日本を思い出す。過疎化が進む地方と人口が爆発的に増加していく首都、世界は違えど人が暮らして文明が進めばなるほど、そういった事も起こるだろう。

 

「あー……俺の故郷でも似たような事があったな。で、あと100年はもたないからナモモを差し出さずに里を捨てようって事か?」

「まだそこまでの結論は出ていない。神が実在する事は確かなのだ。今回は私とチャママが祭壇に赴き、この命を賭けて神に謝罪をして許して頂こうと思っていた。里の存続は難しい、娘ももう差し出す事はできないだろうと。神に説明する義務が里長の私にはあるからな」

「死ぬ気だったか」

「神は慈悲深く、寛大であると言われている。実際に会った事はないが、定期的に祭壇を通して武器に加護を授けて頂けるのだ。少なくとも約束は守って頂けるお方なのだろう。ならば解って頂けると信じている。よしんばお怒りになられても、私とチャママの命で贖えるよう頼むのみだ」

 

 覚悟を決めた漢の顔で黒斗を見つめたまま、ナスティが畳みかける様に告げる。

 

「何も言わずナモモと里を出てくれないか。あの娘はまだ幼いが腕も立つし、クロト殿のお荷物にはならんだろう。それにあと数年もすればきっとリンカさんに負けないくらい美人になる。それを見れない事が唯一の心残りではあるが……そうだ! ナモモをクロト殿の二人目の妻になんてどうだ? リンカさんと仲も良いようだし……――あの娘が幸せになれるなら私は……私は……」

 

 早口でまくしたて、言葉を詰まらせるナスティを痛々しそうに黒斗が見つめる。娘を案じる父親の言葉が、例えそれがどれほど馬鹿げていたとしても、黒斗の心に刺さらぬ筈がなかった。

 

「なぁ……ナスティさん。神の伴侶ってのはナモモじゃなきゃダメなのか?」

「その時にもっとも神の加護篤き清き娘を伴侶にすると……決まっているのだ。ナモモほど色濃く先祖返りした者はもう里には居ないのだよ」

「それは神がそう決めたのか?」

「いや……口伝には伝わっていないが……しかし里の者は皆そうだと信じている」

「神の言葉として残って無いならまぁ平気なんじゃないか? 里の外で入れ替えりゃ里の人間にゃバレやしないだろ。どうだ? うちの嫁さんと入れ替えてよ、俺たちが神と直談判してきてやるよ」

「なっ!! いやでもしかし……それは……」

 

 にやにやと口角を歪めながら黒斗がナスティに説明を始める。

 

「別に神ってのが物分かりが良いなら大丈夫だろ。ナモモは里において、俺たちが勝手にやったことにしても良い。上手く行けば色々話を聞いてきてやるさ……だが、言ってわからんヤツなら――」

 

 その瞬間、部屋の温度が真夜中の砂漠のごとく下がった様にナスティは感じた。敵意こそ無いが、目の前の気さくな冒険者がまるで異形の化け物へと変じてしまったかの様だ。

 

「――斬る」

 

 ごくりと……いつのまにか冷たい汗に塗れていたナスティの喉仏が上下する。

 

「クロト殿……貴方は一体……」

「俺は只の冒険者さ。金級ではあるが、まぁそれだけだ。若い娘を生贄に愉しむクソ神なんてのがもし居たら、何があろうとぶった斬ると決めてるってだけだ」

「神を……殺すと……」

「ああ……。もしもそんなクソみてぇなヤツなら――神だろうと殺す」

 

 人の身で超常の代名詞たる神を殺すと言い放つ男。

 普通であれば、ただの戯言にしか聞こえぬ黒斗の言葉であったが、ナスティにはどうしても黒斗の言葉が虚勢には見えなかった。己に向けられている訳でもないのに、心臓を鷲掴みにされた様な鬼気が、その純粋なまでの殺意が、かつて神の祭壇で感じた言い知れぬ神の気配よりも遥かに恐ろしいと感じたからであった。

 

「頼っても……良いのだろうか……」

 

 どこか諦めの色が見えたナスティの瞳に、僅かな希望の色が浮かぶ。恐る恐る尋ねたその言葉に、鬼気をきれいさっぱりと霧散させた黒斗が凶猛な笑みを浮かべて答えた。

 

「のぞむところだ」

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 朝食を摂るために、遅れてダイニングにきた黒斗とナスティの二人を迎えたのは、神妙な顔付きをしたチャママと困惑した様子のナモモ、そして満面の笑みを浮かべて朝食を食べている鱗華であった。

 黒斗とナスティが話し合いをしている間、女たち三人でも似た様な話し合いが行われていたのである。

 

「あ……クロトに父さん。なぁ……神様はホントは悪い神様なのだ?」 

 

 ナモモにとっては正に寝耳に水の話であった。

 神の伴侶となるべく育てられ、会うのを楽しみにしていた自分達の守り神ともいうべき存在に対して、鱗華と黒斗たちだけではなく里の大人達や両親までもが懐疑的であったことにショックを受けているのだ。

 

「父さんだって信じたい。けれども父さんと母さんにとっては一番大事なのはナモモなんだよ。ましてや相手は超常の存在だ。我らの価値観で推し量れるものではないんだろう」

「ナモモはまだ神様と会った事は無いけど、祭壇にいくと優しい気持になるのだ。神様の武器だって、持っていると安心するのだ。きっといい神様だと思うのだ……」

 

 肩を落として呟くナモモ。そんな彼女を元気づける様に鱗華が声を掛ける。

 

「大丈夫大丈夫。もぐもぐ……ごくん。良い神様なら一緒にご飯食べて仲よくすれば良いし、万一悪い神様だったらお姉ちゃんがお説教したげるから。もぐもぐ……ごくん。ナモモちゃんも一緒に来て確かめればいいしね」

「食うか話すかどっちかに――ってナモモも連れていくのか? 俺は里で待ってて貰おうと思ってたんだが……」

 

 そんな黒斗の言葉に、鱗華が食事の手を止めて真面目な顔付きで答える。

 

「クロト。ナモモちゃんだってもう子供じゃないんだよ? ちゃんと赤ちゃんも作れるカラダなんだからね。自分の結婚相手の問題なんだから当然でしょ」

「あー……まぁそうだなぁ」

「ナモモも勿論行くのだ! 神様に会って確かめたいのだ!」

 

 基本的にこうと決めた鱗華の意見を覆すのは不可能である。と理解している黒斗は早々に説得を諦めた。鱗華を説得するよりもナモモの両親を説得する方が万倍も楽であるからだ。

 そして娘の決意が固いと知るや、ナスティとチャママの二人もナモモの意見を悩みつつも受け入れた。二人の金級冒険者が付き添う事も二人の決断を後押ししたのだろう。

 

「そういや儀式ってのはいつやる予定だったんだ?」

 

 方向性が固まって来た所で、具体的な話をしようとナスティに日取りを聞いた黒斗。そんな彼にバツが悪そうにナスティが答える。

 

「あー……今夜だ」

「今夜かよ!?」

「戻ってくる前に終わらせるつもりだったし、そもそもギリギリまで悩んでいたところにクロト殿が里に来たからね。渡りに船だと思ってしまって……」

「まぁそんなもんだよなぁ……。したらもう夜までしっかり寝てメシ食って突撃すっか」

「いいんじゃない? なんもわかんないのに色々策を弄したって意味ないし。良い奴なら仲良くなればいいし悪い奴ならぶちのめせばいいよ」

 

 替え玉作戦であったり、援軍を頼んだり、考えつく作戦は幾つかあったものの決定的に時間が足りなかった様だ。とはいえ元々脳筋一直線である二人にしてみればたいした問題では無い。二人は朝食を終えると早々に魔導テントを設置して寝室に向かい、ベッドの上で軽い食後の運動を行うとそのまま眠りにつくのであった。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 そうして日は沈み、古の戦争の舞台であった砂漠に夜が訪れる。

 

 起きてすぐに、たっぷりの食事を摂った二人は客室に設置された魔導テントを出る。

 嫁入りして帰らぬかもしれぬ身であるナモモとその両親は親子水入らずの時間を過ごしたのだろう、薄っすらと頬に涙の痕を残すナモモと合流し、三人は儀式の場所へと向かう事にする。

 

 家を出る娘を心配そうに見守るナスティとチャママ。父親として同行したがったナスティを、もう子供では無いのだとナモモが同行を断り、チャママはそんな夫を嗜めて三人を見送った。

 

 神の恩寵に守られた里の中心部、過疎化による人口減少によって今はもう住む者もいない区画であるが、里人たちによってきちんと清掃の行き届いたエリアにその神殿はあった。

 

「ここは綺麗だし、そんなに朽ちてないな。きちんと補修されてるのか?」

 

 どこか荘厳な雰囲気を感じさせる柱列で支えられた石造りの神殿は、遥かな過去より存在している筈であるのにどこにも傷んだ様子が見られない。里の他の建物は人の手による補修の痕が見受けられるが、この神殿にはそういった痕跡すら見当たらないのだ。

 

「ここは里の中でももっとも恩寵が厚いのだ! ナモモが転んだはずみで斧でこすっちゃった傷も気付いたら消えてたのだ」

「自動で直るのか? それともこっそり神様が直してるのかもな」

「あはは、こっそり真夜中に神殿直してる神様なんていたら、確かに面白いね」

「はわわ……もしそうだったらナモモ神様に謝らないとなのだ」

 

 神殿に入った三人は奥へと進み、最奥にある神像の間へと到着した。

 そこに鎮座した、神を象ったとされる神像を見た黒斗は意外な表情を浮かべる。

 

「これが神様か? てっきり人間みたいな恰好なのかとおもったら……なんだこりゃ」

「凄く大きいね! あとなんか強そう!」

 

 胸を膨らませた木菟(みみずく)の様な胴体と頭部の耳、半ば開いて牙を覗かせた大きな口と巨大な二つの眼、背中にはその巨体に比してやや小さめの翼を備えた合成獣(キマイラ)の如き巨獣の石像を眺めつつ、二人は思い思いに感想を言い合っていた。

 

「凄く強そうでカッコいいなのだ! 後ろに回ると立派な尻尾もあるのだ!」

「ほんとだ! 太くてトゲトゲで強そう!」

「ぱっとみ禍々しく見えるが、良く見ると顔は笑ってるし眼はつぶらだな。確かに大地の神って言われるとそれっぽい」

「えへへ、二人に褒められるとなんかとっても嬉しいのだ。きっといい神様なのだ!」

 

 往々にして、信仰対象である存在は良く描かれる物だ。いくら神像が優しそうに微笑んでいても実際のところは解らない。だが、自分の事の様に喜ぶナモモにその様な事が言える訳も無い。

 これから会う存在がナモモの表情を曇らせる事が無いよう、二人は内心で祈るのだった。

 

 

 ナモモに案内され、神像の裏にあった地下に降りる階段を降りていく黒斗と鱗華。地の底まで続いている様にも思える長い階段を降りきると、そこから更に直線的な石造りの通路が伸びている。壁そのものが発光する素材で作られているのか、灯りには困らない。

 

「随分長そうだな。祭壇にはどれくらいで着くんだ?」

「ここから走って一時間くらいなのだ。里のずっと外の方まで続いてるのだ」

「なんで里の下に作らなかったんだよ……不便すぎるだろ」

「ずっとずっと昔からあるからナモモ達には解らないのだ。年に一度の賜りの日に行くくらいで、普通の里人たちは神殿までしかこないしなあ」

 

 大人三人が並んで歩ける広さの通路が延々と続く地下道を走り抜けていく三人。薄明るい石造りの地下通路は、大量の砂を支えているというのにヒビ一つ見当たらない。これも神の手による物なのだろうか……そんな風に黒斗が思案している間に通路の先に観音開きの扉が見えて来た。

 

「ついたのだ! 祭壇はとっても凄いのだ! 二人ともきっとびっくりするのだー」

 

 先程の神像に似ている精緻な彫刻の施された扉を開けながら、ナモモが嬉しそうに告げる。その様子を微笑ましそうに眺めつつも、開いた扉の奥の光景をみた二人は思わず息を呑み込んだ。

 

「なるほど、こりゃ確かにスゲェ……」

「うわぁ……」

 

 扉を開けた二人の目にまず飛び込んできたのは、壁面すべてが発する鮮烈なる光の輝きであった。超巨大な地下空間は完全なる球状であり、まるで巨大な生物の卵の中であるといわれても納得してしまいそうである。

 

 開いた扉から続く通路の左右は崖の様に切り立っていて、その先の巨大な地下空間の中心部には円形の広場が存在していた。

 

「ジオフロントかよ……つーかこれ人工物か? いや無理だろ……自然に出来た……とは考えにくいが」

 

 自然美の極致の如き美しさと、造形美の極致の如き美しさが相反せず存在しているかのような奇妙な感動に包まれる黒斗。そんな彼のつぶやきに隣にいた鱗華が何気なく答える。

 

「どっちでもないんじゃない? 神様が作ったんでしょ」

「あ、そりゃそうか。つーか神様なんてどうせ名ばかりの化け物かなんかだろと思ってたが……これもしかしてマジモンなんじゃ」

「もしかして、クロトビビってるの? ぷっ……よしよし、ママが守ってあげまちゅからねー」

「ビビっとらんわ! 覚えてろよ……夜にたっぷり泣かしたる」

「きゃーこわーい♡ 犯されるー♡」

「なんだー? リンカをいじめてるのかー? よくないぞー」

「ああ、いやナモモ、そういうんじゃなくてだな」

 

 軽口をたたき合いながら歩みを進め、巨大空間の中央部に到着した三人。

 円形の広場には、直径一メートルほどの滑らかに磨かれた黒石の台座が一つだけ存在していた。そして――

 

「ここにも神像か? いやこれは――」

「なんかちょっと雰囲気が違うね」

 

 里に存在する神像に良く似た、しかしあれよりも遥かに神々しさを感じる異形の像が台座の奥に祀られていたのだ。

 石像とよぶにはあまりに生々しく、生物とよぶにはあまりに生気が無い。しかしその像から放たれる神気は正に神そのものといっても過言では無いだろう。

 

「神様が作った神様の象っていわれてるのだ。動いたところを見た事が無いし、伴侶の儀式のときにも何かあったって口伝はないのだ」

「あー……自分で作るってのもなんかアレだが。でもそれくらいしか考えられんか」

「自分の姿を信仰者に知ってほしかったんじゃないの?」

「そういう事ならわかるが……うーん、ただの像……いや、神様が作った像にしても……なんか気にかかるんだよなあ」

「まぁどうでもいいでしょ。ナモモちゃん、この後はどうすればいいの?」

 

 なにやら考え込む黒斗を放置して、鱗華がナモモに儀式の手順を尋ねる。はやく神とやらに会いたくて仕方が無いのだろう。

 

「えーとな、ナモモも初めてだからよくわからないけど、確か百年に一度、儀式の日の夜に台座に巫女が座ると神様が降臨して迎えに来る。って伝わってるのだ」

「それが今日なんだよね」

「そーなのだー」

「んじゃボクが座るね――よっと、石だから硬いね」

「ってもう座ってるのだ!!」

 

 ナモモの声に、ハッと黒斗が思考から意識を戻すとすでに台座に座ってニコニコしている鱗華がいた。警戒や調査、ナモモの心の準備その他諸々、全て鱗華の気まぐれの前には些事であったのだ。

 

――ヴヴヴ……ヴ―ン

 

「んー? なんも起こらな――うわっ!」

「なんなのだ!?」

「空間が――」

 

 鱗華の座る台座の奥、神の像らしきものとの間に突如、不快な振動音とともに黒き線が空間に生じる。

 

「開くぞ!……これはマズイ!」

 

 黒線が一定の長さで止まると、その線が左右に広がっていき――漆黒の孔が開く。かつて己をこの世界に転移させたモノに酷似した現象を前に、黒斗が焦りの叫びを上げる。

 

「逃げろ!! 吸い込まれる……――ってあれ? 別に何ともないな」

「あー、クロトが転移してきた穴ってこういう奴だったの? 神様が伴侶を吸い込むとか? でも吸い込まれないね」

「なんなのだー? あっ!! 二人共! 神様が出て来たのだ!」

 

 

 異次元を繋ぐゲートであろう異界の門から姿を現した存在を見て、三人は言葉を失った。

 

 球状の胴体に、更に小さな球状の頭部、天を貫かんと聳える二つの耳、手足は奇形じみてちいさく、背中にはとても飛べそうにない小さすぎる翼、左右に高速で振られる尻尾は棘にまみれて凶悪そのもの。

 そんな、身の丈50cmほどの奇怪な生物が、眠たそうな丸い瞳をゆっくりと動かして鱗華を捉え――その瞳を一瞬で開眼させ、神気溢れる神の言葉を放った。

 

「おひょおおお!! なんちゅー色っぺぇ姉ちゃんだっぺ!! おめさんがオラの今回の嫁さんだっぺか!? うひょひょひょ……愉しみだっぺ!」

 

 悠久の星の歴史を感じさせる超空間、その中心部を今、凍り付いた様な静寂が支配していた。




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