ファム・ファタール~寝取らせモノが大好きな剣士が異世界転移した場合~ 作:幻闇
「おひょ?! どどどうしたっぺ?」
黙ってしまった周囲に対し、ユーモラスに変化する百面相をやりつつ、短い手足をバタバタさせて慌てる神。すると、それまで全身を小刻みに震わせていた鱗華が怖ろしいほどの身体能力を発揮して神に近付き、両腕でがっちりと捕まえて叫んだ。
「かっかっ!! かっわいー!! なにこれなにこれ! 凄くかわいい!! お持ち帰りするー!! はぁはぁ……かぁいいよぅ……ボクこの子飼う!」
「え゛っ!? えええええッ!! オラ飼われちまうんだっぺか?! オラ神様なんだけんども……」
「ずるいのだー!! ナモモが飼うのだ! 違う! ナモモがお婿さんにするのだ! 神様はナモモのなのだ!! リンカ姉ちゃんにはあげないのだ!!」
鱗華に捕まったまま驚愕の叫びを上げる神と、そこに割り込んで所有権を主張するナモモ。神を取り合って混沌とした様相を呈する祭壇で、黒斗が肩をすくめて呟く。
「こんだけ仰々しい祭壇で出てきたのはゆるキャラかよ……なんか喋り方もスケベなおっさんっぽいし心配はいらなそうだが……――ほらほら二人とも落ち着け、神様が千切れちまうぞ」
「モテる男はつらいだっぺ!! でもこの娘たち力つっよ!! オラ裂けちまうっぺええええええ!! そこのオッサンも見てないで助けるぺっー!!」
「俺はまだ
「オラが悪かっただあああ!! いなせなあんちゃん助けてくんろっ!!」
仕方ねぇなぁといいつつも二人を強引に離し、落ち着かせる黒斗。
「アンタ魅了の能力でも持ってるのか? 俺にはカワイイってより謎生物って感じだが」
「そんなもん持ってないッぺっ! 避難だっぺー!」
束縛から逃れた神は黒斗の肩に飛び乗ると、そのまま頭の上に駆けあがりカラダを丸めてガードの体勢をとる。
「神様怯えちまってるじゃねーか。二人共どうどう……特にリンカはマジで落ち着け」
鱗華は口を尖らせて不満そうであったが、ナモモは信仰対象に対する不敬に今更ながら気付いて慌てて謝罪し始める。
「あわわ……神様ごめんなのだ。リンカ姉さんに取られると思って慌てちゃったのだ……」
「だってかわいかったんだもん。てゆーかホントに神様なの? 神像と全然違うけど」
「あれはオラの真の姿だっぺ。この体は神核をコアにエーテルで作った
「なんかすごいね! ビューネちゃんみたいだ」
「誰だっぺ? つーかオラの嫁っこは結局誰なんだっぺ!?」
「話が進まねえからリンカは少し静かにしててくれ、ナモモもだ。俺が神さんに話を聞くから」
このままでは流石に収集がつかないと察した黒斗が場を仕切り始める。ようやく静かになった祭壇で、黒斗が頭上に陣取る神と対話を始めた。
「まず神さんの伴侶はそこのナモモだ。隣の頭が少し残念な美女は俺の嫁さんだ」
「わかったっぺ。ナモモだっぺな、数年後が楽しみな娘っこだっぺ!」
「神さんの伴侶になるとどうなるんだ? もう里には帰れないのか? つーか、神の言葉で伴侶ってのは夕食とか活け造りって意味はないよな?」
「なんちゅうおっとろしい事言うんだっぺ! そんな邪神みたいな事するわけないっぺ! オラの家で皆で楽しく暮らしてるっぺよ。次元を超えねばならんから里帰りはしょっちゅうって訳にはいかんけど、出来るっぺよ」
「帰れるのだ? 里にそんな話は伝わって無かったのだ……」
どうやら普通に帰れるらしい。その様な伝承など残っていなかったとナモモが疑問を口にするのも当然だろう。
「一応神のルールっちゅうんがあってなぁ。神とその眷属はあんまりこの星の知性体に関わっちゃいけねんだっぺ。だからそのへんはあんまりおおっぴらにしたくなかったんだっぺ」
「口止めしてたって感じか。つーか皆で暮らしてるって言ってたが、100年ごとなんだよな?」
「みんなオラの眷属になってるから元気だっぺ」
「さすが神だな。ハーレムを司る神か」
「勝手に変な神にしないでほしいっぺ! 大地は豊穣の象徴でもあるっぺ! なにもおかしくないんだっぺ」
「ハーレム神はおいといて、普通に帰れるみたいだな。ナモモ、他に聞いておきたい事はあるか? つーかホントに結婚するのか? コレと?」
「コレってもしかして……オラの事だっぺか?!」
一応神の端くれである存在を指差しつつ、不敬極まりない態度でナモモに確認する黒斗。発するオーラは尋常では無いとはいえ、その愛くるしい見た目と言動では仕方が無いのだろう。
「クロトは失礼なのだ! 神様とってもかわいいし、優しそうなのだ」
「おっ、おう……悪かったよ。イメージと現実のギャップが酷すぎてな……。そうそう神さん。俺たちの知り合いに、同じ様に本体とは別に幻体を出せるビューネって魔竜がいるんだが、その人も神様って事か?」
実は知らないだけでビューネも神だったのではと、ふと思いついた黒斗が神に尋ねる。地球とは理も常識も異なるこの地では、そこらにポンポン神がいても不自然ではないと思ったのである。
「そんな名前の神は聞いた事ないっぺ。多分、
「成程。ちなみに神の定義とかってのは……ああ、そもそも神さんには名前があるのか?」
「
「がーちゃんだね! 名前も可愛いね」
「ナチュラルに略されたっぺ!!」
「ツァトゥグァ様知ってるのだ! でも里の口伝ではみだりに名前をいってはならないって……いいのだ?」
「正確な名前じゃあなし、問題ないっぺ」
「軽いなこの神」
どうやらナモモの嫁入りは問題なく終わりそうだ。
やや肩透かし気味に感じた黒斗であったが、ナモモが幸せなのであれば何も問題はない。
とはいえ神が虚言を弄している可能性を考えないでもない黒斗であったが、本質を見抜く目を持ち、カンの鋭い鱗華が何も言わぬのだ。であれば何も問題無いのだろうと判断していた。
その後も、気さくなツァトゥグァに対して様々な質問や住まう世界について質問していく三人。なんでも答えそうに見えたツァトゥグァであるが、住まう世界や神の仕事については、神のルールに抵触するため話すことが出来ないときっちりと断っている様だ。
祭壇の間を弛緩した空気が漂う。
見届け人としての役割も終え、神と共に行くというナモモと別れを告げようかという雰囲気になり始めた頃、ふと黒斗がツァトゥグァに問い掛けた。
「そういやこの神像は里にあったのとはちぃと違う雰囲気だが、もしかしてアンタが作ったのか?」
祭壇の奥、この巨大空間の中心点ともいえる位置に坐する像を指して黒斗が問う。
「それはオラの真体――あっ! 今のなしだっぺ! そうそうオラが作ったんだっぺ! ハンサムだっぺ?!」
「おっ……おう……なんかすまん」
「あはは――ッ! クロトッ!!」
やっちまった……。という表情をわかりやすく浮かべているツァトゥグァの様子に思わず謝ってしまう黒斗。だが、その様子をけらけらと笑いながら見ていた筈の鱗華がいきなり背に負っていた魔槍を抜刀し、地に伸びた黒斗の影にむけて素早く投擲した。
――キュドッ!
「うぉわっ! リンカ何か気にくわない事でも――なっ!?」
魔槍の穂先で貫かれた黒斗の影から、ゆらりと平面の様な靄の様な奇妙なナニカが分離した。
それは恐るべき速さで移動し、気付いた黒斗と鱗華の追撃をものともせずに祭壇の奥に坐する神像らしき物体に吸い込まれていく。
「やばいっぺ! エイリアンの憑依体だっぺ! オラの体が取られちまう! まずいまずい怒られるっぺー!!」
「今の気配、クロトがナモモちゃんを連れて来た時にもしたよ。殺し損ねたね? クロト」
砂漠の調査を始めてすぐに遭遇した憑依体。黒斗が次元ごと斬り捨てた筈であったが、どうやら斬られた程度で滅びる存在では無かった様だ。
死んだふりをして黒斗の影に潜んでいたのだろう。口を滑らせた神の言葉でその像がただの像ではなく、神の真体であると見抜き、憑依したのだ。
「マジかよ……くそっ! 確かに斬ったがそれだけじゃダメか! 畜生」
「皆どうしたのだ? 虚空の悪魔が出たのだ?」
僅か数秒の出来事の為、ナモモはまだ良く解かっていないのだろう、そんな彼女の頭に飛び乗ったツァトゥグァが全員に避難を促す。
「逃げるっぺ! アレはまずいっぺ!」
神像に向けて武器を構える鱗華と黒斗。
エイリアンが憑依してすぐに、莫大なオーラを纏い始めた神の真体を前に、強敵との死闘を予感した二人は口角をニヤリと歪ませあげて獰猛に笑んだ。その時――
――素晴らしい肉体だ。これならば我らの目的も達せられるだろう。
真体の口は動いていなかった。どこか耳障りな生理的嫌悪感を齎す声色はエイリアンの憑依体が直接出しているのだろう。
――貴様等には礼を言いたい所だが……くくく、まずは目障りな神ともども消滅させてやろう。
禍々しい姿に変異した真体が動く。凄まじい神気と憑依体の邪悪なオーラが交じり合い、その姿は正に邪神そのものであった。
邪神の両腕がスローモーションの様に掲げられ……その肉体の知識を奪ったエイリアンが権能を振るう。
――
地神の権能によって超圧縮された元素が爆縮し、周囲すべての空間を粉砕する衝撃波となって祭壇上を荒れ狂う。その一撃によって齎された被害は――正に筆舌に尽くし難い有様であった。
「ぐおおおおおおおおおおッ!!」
「ぐうううううううううっ!!」
両腕をクロスさせて闘気を纏い、防御の姿勢をとった黒斗と鱗華であるがその全身はボロボロだ。魔竜素材で造られた頑丈な鎧は所々破損し、盾に使った両腕は皮膚ごと肉が抉られる程の深手である。
「クロト! リンカ姉ちゃん! ってアレ? 何でナモモ平気なのだ?」
憑依邪神の権能によりボロボロにされていく二人の姿に悲鳴をあげそうになったナモモであったが、自らに何の影響もない事実に気付いて首を傾げ……気付く。
「オラの嫁はオラが守るっぺえええええ!!
己のすぐ頭上で浮遊し、小さい手足を精一杯に突き出して、ナモモを護るトパーズ色の障壁を張った頼もしい神の姿。
人生で初めて感じた胸の高鳴りが何かもわからぬままに、ナモモは安心すると同時に無力感に打ちひしがれる。
「神様……ナモモを護ってくれてるのだ……ナモモが弱いから……うう……悔しいのだ……ナモモ悔しいのだ……」
権能を振るい、更地と化した祭壇の広間を見渡した邪神が、その喉を震わせて言葉を紡ぐ。
「ほぅ……耐えたか。流石は私を斬っただけはある。ふむ、大分この肉体に馴染んできたぞ」
「神って割にたいしたことねぇなぁ」
こちらを睥睨して感心している様に見える憑依邪神に対し挑発を行いつつ、ボルボルから送られた傷薬のふたを開けて飲み干す黒斗。すると凄まじい速度で両腕の皮膚が白煙を上げて修復されていく。レムリアの超技術を元に造られた傷薬のもたらす凄まじい回復力に驚く黒斗。
「ボクのお気に入りの鎧が……殺す――ってがーちゃんの身体なんだよね、殺したらまずいかな?」
お気に入りの装備を破壊され、激怒しかけている鱗華が相手の肉体の本来の持ち主に気付き、ツァトゥグァに問い掛ける。
「一部でも残ってれば大丈夫だっぺ! 神の本体は神核だっぺな! でもそのままじゃその憑依体は殺せないっぺ!――
ツァトゥグァから放たれた【
「うおっ! 俺の黒刀が名状し難いヤバイオーラを出してやがる……これなら殺せるか?」
「ボクの魔槍もなんか邪槍って感じなんだけど?! とにかく殺しても平気って事でしょ? うらぁッ!!」
――ドゴッ!!
全身に纏わせていた闘気を足に集中させ、裂帛の気合とともに跳躍した鱗華。
遥か数百メートルの高みにある地下空間の天蓋に一瞬で到達した鱗華は、そのまま姿勢を反転させると天蓋を思い切り踏みつけて蹴り、流星の様に憑依邪神に襲い掛かった。
「いっくよー!」
その降下速度たるやマッハを遥かに超え、天蓋を蹴った次の瞬間には邪神の頭上にまで到達していた程だ。たとえ地上で最も硬いと云われる甲殻魔竜でさえも、直撃を受ければ爆散して粉微塵になるだろう事は間違いない。だが――
――ギィン!!
甲高い音を立てて黄玉色の障壁に弾かれた魔槍を、信じられないとでも言いたげに見つめる鱗華の腕が邪神の黒腕によって掴まれる。ナモモを護る神の障壁を認識した邪神は、その権能を真似て鱗華の一撃を防ぎ、そのまま彼女を捕えたのである。
「はなせ! くそっ! こいつ強い!」
「リンカ! 今助ける!」
「弱く――脆い――いや、この肉体のお陰か。それ、返してやろう」
掴んだ鱗華を地面に擦り付ける様に振り回し、最後に思い切り地面に叩きつけてから武器を構える黒斗目掛けて放り投げた邪神。
「リンカっ!」
抱き留めた鱗華の息も絶え絶えになった様子に戦慄しつつ、黒斗は急いで傷薬の封を開けて鱗華に飲ませる。
硬い地面ですりおろす様に皮膚と肉を削り取られ、叩きつけられた衝撃で内臓をグチャグチャに潰された鱗華が血塗れになっている様子を見れば、黒斗の慌てようも仕方ないだろう。
「ゴボッ……ごぶっ……うあ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
「しっかりしろリンカ! 油断するな! アイツは想像以上にヤバイ!」
砕かれた肋骨が破裂した全ての内臓に突き刺さる地獄の苦痛に、身悶えながら苦鳴をあげる鱗華。傷薬は即座に効果を発揮し損傷を癒していくが、その間の痛みが無くなる訳では無い。
「神ともども瞬殺してやろうかと思ったが……。ふむ、この肉体の試運転には丁度良いか。回復したらかかってくるがいい。少し遊んでやろう」
ずらりと並んだ凶牙の狭間からブヨブヨと肥えた舌をはみださせながら哄笑する邪神。神の真体との合一を果たしたエイリアンは、先程よりも遥かに禍々しいオーラを纏っている。
もはや人の身で敵う相手では無いだろう。ひと睨みで脆弱な人の魂など消し飛ばし、その力は大地を砕き天を崩すほどに極まっていた。
だがそれでも、絶望的ともいえる闘いの中にあってさえも、武器を構え相対する二人の闘志にはいささかの翳りも見えない。
「敵さん大分調子に乗ってるな。ここは一つ、その鼻っ柱を砕いてやるとするか」
「やっと治ったよ。ムチャクチャ強いけど、ああまで言われたら負けられないよね」
若者特有の全能感――自分達が死ぬはずはないというありがちな錯覚であろうか……否である。
幾たびもの戦いの中で、やがて力及ばず果てる事もあるだろうという事はわかっていた。だが、二人ともにある限りけして諦める事はしない。最後の最後まで足掻き、活路を見出す。その果てに散るのであれば仕方なし、共に笑って逝こうと、二人は決めていたのである。
「いくぜ……神気取りのフェイカー。ここからが本番だ」
「どんなもんかわざと喰らってあげたのに勘違いしちゃったんだね。今度はボク達が遊んであげる」
神の結界によって護られているナモモ達の前で、ゆらりと構えを解く黒斗と鱗華。挑発的な言葉を邪神に向けて放った二人の
「なんちゅうオーラだっぺ!! こいつらホントに人間だっぺ?! 」
「二人共凄いのだ……」
人知れぬ地の底で神が見守るなか、神話の如き神殺しの戦いの幕が上がる。
――ガキィン!!
紅きオーラを纏った鋭く重い刺突が、邪神の障壁に突き刺さる。
――ヒュパッ
鱗華の魔槍により揺らいだ障壁が、黒斗の抜刀術によって斬り裂かれた。
――キュバッ!!
間髪いれずに空いた隙間に鱗華が魔槍を突き込もうとした瞬間、結界の裂け目から邪神が極光のレーザ―ブレスを吐き出した。
――ギィン! ガガガガガガガガガガッ! キュドッ!
ムリヤリ魔槍をレーザーブレスの中に突き込み、強引に相殺していく鱗華。余波により、オーラで護られた上半身や腕にすら重度の火傷を負っていくものの、すぐに皮膚の下から新しい皮膚が再生し拮抗していく。負傷を厭わずぐいぐいとブレスを貫き散らしながら魔槍を突き込んでいくその表情は、まさに血に飢えた獣そのものであった。
――ぞぶり
遂に邪神の肉体に届いた魔槍の穂先が、邪神の片目を抉る。
途端に絶叫を上げる邪神。神による滅びの概念が付与された一撃は、真体と合一した存在となっても痛打であったようだ。
「ガアアアアッ!! 虫けら如きがッ! 神の肉体を傷付けるなど許さぬ!」
怒りの咆哮を上げた邪神の全身から禍々しい瘴気が放射状に放たれる。精神を蝕む物理的な衝撃波が、円形の祭壇の間を覆う様に吹き荒れた。
「あ……ああ……怖い……怖いのだ……あんなの勝てる訳ないのだ」
「嫁っこは眼を塞いでるっぺ! あんなもん直視してたら狂っちまうっぺ!」
結界によって護られているとはいえ、視覚に訴えかける程に狂気性を帯びた邪神は見ているだけでも魂をすり減らす。ナモモを守護する神が結界を少しでも緩めれば、彼女はあっという間に正気を冒されてしまうだろう。もはや伴侶を逃がす事も出来ない状況下で真体を奪われた神はただ、理を超えた力を持つ二人の人間に命運を賭けるほかなかった。
――魂を汚染する狂気の嵐が吹き荒れる。
――滅びの光を纏った二振りの刃が乱れ舞う。
戦いは拮抗しているかに見えた。だが実際に刃を交えている二人の中では違和感が徐々に膨らみ始めていた。
曲がりなりにも相手は神の肉体を得た存在だ。それも十全に権能を使いこなせている様に見える。なのに
(おかしい……もっとギリギリの、それこそ9割方こちらが殺されてもおかしくない位の力の差があるとおもっていたんだが……。測り間違えたか?)
あたりの地面から生み出されて放たれた無数の金属杭を回避しつつ現状を分析する黒斗。瘴気を纏った杭は、一撃でもまともに喰らえば即死してもおかしくはない威力であるものの、雑な狙いによって回避は容易かった。
(なんかコイツ……ボクばっか狙ってない? 敵意は凄いけど殺意はあまり感じないし……何か狙ってる?)
傷薬の少なくなってきた黒斗には一撃離脱で戦わせ、自らは再生力にモノをいわせて近接戦闘を仕掛けている所為もあるのだろうが、それを考慮に入れても明らかに邪神は鱗華を狙っているように見える。
三メートル近い巨体であるというのに、機敏な動きで爪を振るい、凶牙を覗かせた口腔から光線を放ち、鋭い棘に覆われた丸太の如き尻尾で薙ぎ払う邪神。
苛烈にも思える猛攻であるが、確かに世界を滅ぼすと豪語していた邪神にしては稚拙にも思える。
とはいえ、二人ともに無傷という事では当然無かった。
邪神が攻撃をする際に解除される障壁の隙を突いてダメージを蓄積させていくが、時間が立てばその傷は癒えてしまう。神の言葉によれば憑依体そのものにはダメージが蓄積されているとの事であったが、それを確認するすべは無い。
逆に、邪神の激しい猛攻は一撃でもマトモに喰らえば戦闘不能は免れず、その余波だけで鎧は砕け肉体は削られていくのだ。
すでに黒斗は四度、レムリアの技術が使われた傷薬を飲み干しており、鱗華に至っては鎧の大部分が破壊され目のやり場に困る有様であった。
手足を護るグリーヴとレガースは無事だが、胸部を護るブレストプレートはとうに無くなって片方の乳房を晒し、腰部に装備されたタセットは半壊しかけて邪魔になったのか鱗華みずから脱ぎ捨てている。鎧の下に着る樹脂製の鎧下も大きく破れ、下腹部に刻まれた人妻肉奴隷のタトゥーが見えてしまうほどである。
「人の身にしてはやるほうだが……フゥゥ――くくく、所詮は星に縛られた原始生物に過ぎんな……フゥゥ……」
「アンタも世界を滅ぼすなんて大層な事いってるわりに大したことないね。ふふっ……それともボクに魅了されちゃったかな? こんなに痛めつけてくれちゃってぇ……そんなにボクの事オモチャにしたいの?」
「――世界を滅ぼす……? そうだ……私は
鱗華のなにげない挑発に劇的な反応を見せる邪神。攻撃の手を止め、頭を抱え始めた邪神を、二人は訝し気な表情で様子を見守る。
「元々はそうだった筈だ……私は……我は――ワレハ……元々? では今は……ウググググ――」
「なんだ? なんかの罠か?」
「壊れちゃった?」
思考の迷路に迷い込んだかの様に苦しむ邪神を前に、果たして下手に刺激して良いモノかと攻めあぐむ。そんな二人に背後から神が声を掛けた。
「憑依体は元々肉体を持たないっぺ! だから憑依した肉体に引き摺られて精神に変容をきたす場合があるっぺ! 今がチャンスだっぺよ!」
その言葉を聞いて頷き合うと、頭を抱え込む邪神にむかって突撃していく二人。無防備な邪神に対し、それぞれに必殺の一撃を放たんと迫り――その瞬間に放たれた爆風の如き瘴気によって吹き飛ばされる
「知性体のエナジーなどもう要らぬ……そうだ……我は――お前が欲しい……リンカが欲しい!」
天啓を得たかのように叫んだ邪神の全身から瘴気が迸り、続けて地神としての権能を紡ぐ言葉が紡がれた。
「地の獄に眠りし焦熱よ、破壊の奔流となりて吹き荒れよ――
その刹那、球状の広大な地下空間を輝きが覆い尽くし、耳を聾せん轟音と共に大地から吹き上がった灼熱の円柱が全てを呑み込んだ。
――ォォォォオオオオン………………。
いつの間にか広間に光が差している。
直下から吹き上がった爆熱の光条によって、数キロ四方の天蓋部分がまるごと吹き飛ばされていたのである。なんという破壊力であろうか、そこはさながら、膨大な熱量を噴き上げた活火山の火口と化していた。かろうじて神の保護で祭壇の広場は溶岩の海の中に立っているが、熱風と灼熱の円柱をまともに喰らったと思しき黒斗ら一行は、無事なのだろうか。
ナモモと神は変わらず結界に包まれて無事である。
直撃を受けた黒斗と鱗華だが、互いに闘気を全開にして防御に回す事で辛うじて致命傷を免れた様だ。とはいえ全身に重度の火傷を負い、動く事すらままならない。
そんな有様の二人の所へ近付いた邪神が、鱗華を無造作に捕えて広場の奥へと向かう。マトモに動かない全身に活を入れて黒斗が追いすがろうとするものの、邪神の指先の動きのみで召喚されたヴォイドの異形獣が黒斗を阻んだ。
「くそが……リンカをどうするつもりだ!」
「あー……これちょっとヤバいね」
問いに答える事も無く、無言のまま広間の奥で立ち止まった邪神は鱗華を片手に掴んだまま、神の権能とヴォイドの能力を掛け合わせた大魔法の詠唱を始める。
「――我が世界に在るはただ一人のみ、狂った時の世界で我らは永遠なり、開花せよ――【
邪神と鱗華を覆う様に漆黒の闇が形を成していく、そのまま周囲を呑み込むように広がった闇は祭壇の広場の半分ほどを占める半球状のドームを形成し、止まった。
「リンカっ! くそがっ! 邪魔だ……死ね」
束の間、呆然と成り行きを見守っていた黒斗であったが、即座に己を取り戻すと目の前で動き始めた象と蛞蝓を掛け合わせた様な醜悪な化け物に向けて横薙ぎの一閃を浴びせる。
振り切られた黒刀から放たれた不可視の斬撃によって上下に断たれた
懐から取り出した傷薬を飲み干し、白煙を上げて全身に負った大火傷が修復されていく。慣れぬ超再生によってのたうちまわりたくなる程の掻痒感に襲われている筈であるが、そんな事はどうでも良いとばかりに漆黒のドームに駆け寄る黒斗。
「なんだこりゃ! 斬れるけど斬れねぇ! チッ……めんどくせぇな」
空間すら斬り裂く黒斗の斬撃であるが、黒き結界はなんなくその刃を受け止めて包み込み、流動する粘体の様に絡みついてくる。試しに何度か結界を斬りつける黒斗であったが、何の効果も無いどころか、黒刀の刃に付着した粘体の闇によって刀身がぶすぶすと白煙を上げ始めた。
「それは神の創る固有神界だっぺ。人間になんとかできるシロモノじゃないっぺ」
「リンカ姉ちゃんはこの気持ち悪い壁の中なのだ?」
結界を解除した神が黒斗に近寄り言葉を掛ける。淡い黄光を纏うナモモも一緒だ。
「どうすれば入れる? アンタならなんとかできそうか?」
黒刀を一振りして付着した闇の汚泥を振り払い、二人を振り返った黒斗が神に問い掛ける。
「神界の特性もわからんうちは無理だっぺ。今調べるから待つっぺよ」
「ナモモ何も出来なかったのだ……クロトごめんなのだ……足手纏いのナモモがいなければ神様も一緒に戦えたのに……ごめんなさい……ごめんなさい……」
闇のドームの解析を始めた神。その後ろでぺたんと座り込んで嗚咽するナモモに歩み寄り、小さな体を震わせて泣く少女の頭を優しく撫でる黒斗。
「気にすんなぁ! 連れてくって決めたのは俺達だし、むしろ怖い思いさせちまって悪かったなあ……影に潜まれてたってのに、まるで気付いてなかった俺がボケナスだったってだけさ」
「うう……ホントにこめんなさいなのだ……リンカ姉ちゃんきっと今頃あのエイリアンに非道い事されてるのだ……何もできないナモモが代わってあげたいのだ……」
子供とはいえナモモももうすぐ成人を迎える女性だ。あんな言葉を叫んだ邪神に囚われた鱗華が、女として筆舌に尽くし難い行為を受ける事は容易に想像できた。夫である黒斗の怒りや憎悪は計り知れないだろう……故に、ただ謝り続ける事しか出来なかったのだ。とはいえその事に関しては全く問題は無かったのだが。
「あー……なんだ。ナモモ、大丈夫だ。むしろ代わるなんて言ったら鱗華がキレる。あいつはこんな展開を期待してたからな……不安が無いといえば嘘になるが、こと
「どういう事なのだ?」
「心配はいらないって事さ。今は神さんの仕事を待つとしよう」
程なくして、解析を終えたツァトゥグァの
「ありゃあオラの権能と
「マジかよ……ちなみにどれくらいだ?」
「少なくとも二倍とか三倍みたいなちゃちな誤差じゃないっぺ……少なくとも百倍、それ以上の可能性もあるっぺ」
「こっちの1日が中では100日って事か。早くしないとリンカが婆さんになっちまうじゃねぇか……」
「それは問題なさそうだっぺ。神界の中は造り主の思うままに世界の法則が作られるっぺ。アレの執着ぶりから、まず間違いなくリンカちゃんを不老不死にするはずだっぺ」
「なんでもアリだな……。んで、肝心の侵入方法は?」
「それなんだけんども、今のままじゃちょっと無理そうだっぺなぁ」
どこか苦悩する風に答えるツァトゥグァ。その微妙な言い回しの違和感に気付いた黒斗が、ツァトゥグァを追求する。
「今のまま……ってのはどういう事だ?」
その言葉に対し、覚悟を決めたのか、ナモモに向き直ったツァトゥグァが一つの問いを投げ掛ける。
「結界を相殺し、内部に入る方法はあるっぺ。ただ、そのためにはナモモちゃん、オラの嫁っこであるあんたの協力が必須だっぺ」
いきなり話を振られて混乱していたナモモであったが、尊敬する神の真摯な言葉にハッと居住まいを正して力強く答える。
「ナモモなんでもやるのだ! 何をすればいいのだ? 痛い事でも我慢するのだ」
「痛い事は無いっぺ。別に何も悪い事はないっぺ。ホントなら家に連れてって暫らく過ごして……それでオラと契るかを選択して貰うつもりだっぺ。オラと共に生きる事を決めた娘っこはまず眷属化して、それから契るんだっぺ。眷属になればその身にオラを降ろせる。神降ろしの儀を行って闘神となれば、この程度の結界はどうとでも出来るようになるっぺ。そのかわりもう人間には戻れないっぺ」
ツァトゥグァの説明を聞いていた黒斗が成程と呟く。
ナモモは必ずこの話を受けるだろう。まだ成人していないナモモが、状況のせいとはいえ人間をやめる事になるのだ。それは神の本意ではないのだろうが、この状況下では他に選択肢は無かったという訳である。
「勿論大丈夫なのだ! それをすれば中に入ってリンカ姉ちゃんを助けられるのだな! 眷属になってちゃんと神様のお嫁さんにもなれるのだ! 嬉しい事だらけなのだー」
「ありがとう。ナモモ」
ナモモの言葉に黒斗が感謝の言葉を返す。
本当であれば己の力だけで妻を取り戻すべきなのだ。それが出来ないのはひとえに己が未熟さ故であると心に刻み、更なる高みを目指す事を黒斗は誓う。
「お礼はこっちがいいたいのだ。さぁ神様、神降ろしのやり方を教えるのだ! 早く助けにいくのだー!」
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