ファム・ファタール~寝取らせモノが大好きな剣士が異世界転移した場合~ 作:幻闇
黴臭く、ジメジメと湿気に満ちた地下。十畳ほどはあるだろう朽ちかけた石造りの部屋の中で、鱗華は表情を殺したまま――心の中でにんまりと笑みを浮かべていた。
10人のならず者たちを搾り取った後も気に入った男達を誘惑しては、連れ込み宿や路地裏、しまいには不潔な公衆トイレなどでゆきずりの男たちに股を開き、夫以外の精を胎内に注ぎ込まれる背徳の快楽に耽っていた鱗華。
そろそろ夜も遅くなってきたので帰ろうかと思案したタイミングで、彼女はヒト族の男たちの集団に襲われたのだ。不意打ちの様に巨大な布袋を被せられ、瞬く間に数人掛りで担ぎ上げられて攫われる事となった鱗華であったが、当然の如く抵抗はしない。それでは
そうして連れてこられた場所は、恐らくは街の地下。このような場所があったのかと内心では驚く鱗華であったが、それだけだ。恐怖や怖れといった感情など鱗華に在る筈もない。それよりも、同じ部屋に囚われている見目麗しい少年や少女たちに恐怖を与える狼藉者たちへの怒りの方が遥かに大きかった。
「オラッ! コイツはもう休ませとけ。別の奴連れてくぞ……へへ、どれにすっかな」
外の通路から部屋に入ってきた巨漢の男が、右腕に抱えていた一人の少女を部屋の中に無造作に転がして、下卑た嗤いを浮かべながら室内で怯える少年少女たちを見渡していく。
「姉さん! 姉さん! いやああああああッ!!」
床に転がされた少女の、恐らく妹であろう少女が姐に駆け寄って悲鳴を上げた。
着衣を乱され、露わになった上半身と局部は白濁した体液に塗れ、手酷い凌辱の痕が残されている。瞳は虚ろで、何度か殴られたのだろう顔の左側は大きく腫れ上がって皮膚が裂けてしまっている。口からも出血しているし、歯も幾つか折られている様だ。
「あ……雪那……。大丈夫……大丈夫だから……。これでアナタには……手を出さないって……」
「ああ? そんな事言ったっけな? つーか亜人如きと人間様が約束なんてするかよバーカ。次はてめえの妹犯して味比べしてやるぜ。ギャハハハ!!」
「そん……な……。ううっ……私をもっと痛めつけても犯しても……何してもいいから妹だけは……」
「ダメッ! どうせこんなやつらがなにも守る訳ないよ! いいよ……お姉ちゃんの負担を軽くできるなら……だから私も犯しなさいよ! クズども!」
「いいねぇ。その強気な貌を絶望に歪めてやりたくなるぜ――ん?」
室内は薄暗く、連れてきた時も麻袋に入れられていた為に気付かなかったのだろう。気配も意図的に隠していた。だが、自らはともかく理不尽に少女が蹂躙される事は鱗華にとって最も許しがたい事の一つだ。愛する妹であるリルの件もある為、鱗華にとって合意もなく嫌がる女に暴力を振るい、無理やりに犯す男は唾棄すべき汚物と同義である。
「ふふ……。そんな男も碌に知らない小娘よりボクで遊ばない? ぼうや。天国を教えてあげるよ♡」
とはいえ第一に優先するのは自らの性欲なのであるが。鈴を転がす様な甘い声色と共に放たれた、男を虜にする魔性の淫気にあてられた巨漢が、ふらふらと鱗華に近付いてその肢体を担ぎ上げた。
「へへっ。すげぇ上玉が増えてるじゃねぇかぁ……。そのクールな表情を崩して泣き叫ばせてやるぜぇ……ぐひひひ」
「あん♡ ぼうやにできるかしらね。口だけの男はイヤよ?」
男に連れていかれる直前、自分たちに視線を向けて意味ありげにウィンクを飛ばした美しい女性。間違いなく代わりに犠牲となってくれたであろう女性に対し、二人の姉妹は大きな感謝と少しの罪悪感を抱くのだった。
(どうやら当たりを引いたのかな? 思ってたよりもあっさり見つけちゃった)
相当に古い時代に造られたであろう石造りの通路。下水が近いせいか、苔むしてじめじめとした湿気に包まれているそこを、男達に連行されながら心の中でほくそ笑む鱗華。
先ほど見かけた少女は手酷く扱われている様にも見えたが、実のところ鱗華はそれほど心配はしていなかった。一般人とはいえ彼女も龍人族なのだ。心の傷はともかく、あの程度の怪我であれば三日と掛からず完治しているだろう。折れた歯もすぐに新たに生え変わる筈だ。だからと言って男達の末路が変わる事は無いのだが。
(とりあえずいつもみたいに愉しませて貰ってから……まぁ死なない程度に痛めつけて侍さん達に任せようかな。あんまり期待はできなさそうだけど、据え膳喰わぬはなんとやらって言うしね)
彼らが失踪事件の犯人であれば安易に殺すのもまずいだろうとの判断だ。その程度の理性は麟華とて持ち合わせているのだ。
怯える様子も無い女の様子に違和感を覚えつつも、鱗華の余りにも艶めかしい肢体を前にして理性を飛ばしかけていた男たちにそれを気にする様子は無い。誰もが邪な感情を抱かざるを得ない程に美しく、嗜虐欲をそそる美女。だがそれは擬態なのだ。精神を幻惑させる程に狂おしい甘い香りで旅人を招き寄せ、美女の裸身だと錯覚させた消化器官を絡みつかせて人間を溶かし喰らう食人妖花の様な、雄の欲望を餌とする魔性。それが荒神鱗華という存在であった。
鱗華が連れてこられたのは、先ほどと似たような間取りの遺構の一室だった。
欲望に目をぎらつかせた半裸の男たちがたむろする空間は、女であれば誰しも自らの未来を悲観して絶望してもおかしくなど無い。
「へぇ、なかなかいい雰囲気じゃない。やっぱり凌辱ってのはこういうシチュエーションが一番だよね。うんうん」
「なんだこいつ。気狂いか? まぁこれだけいいカラダしてんなら構わねぇけどよ」
「ああ、さっさとヤっちまおうぜ。どうせ痛めつけりゃすぐ泣き叫ぶだろ」
「亜人女は頑丈だからムチャクチャできるのがいいよなぁ。つーか人間サマの俺たちより良い暮らししてるなんて許せねぇ」
平然とした鱗華の態度に、男達が口々に下卑た言葉を浴びせかけていく。テンプレの様なお決まりの台詞だ。だが、その中の一人が口にした亜人女という単語に気付いた鱗華が口許の笑みを深めた。
「もしかしてさぁ……。ジェノガルドの人たちかな? 非合法の亜人奴隷組織なんてのも昔はあったみたいだけど、今は厳しいもんねぇ……」
鱗華の投げかけた言葉に、男達の雰囲気が一変した。
「樹海に逃げた亜人奴隷組織がさぁ……。他の国の亜人を攫って隠れ郷みたいなの作ってるとか……そんな噂も聞いたんだよねぇ」
無言になった男たちのうちの一人。リーダー格であろう年かさの男が、怒気を滲ませながら口を開く。
「そこまで知られちゃお前は殺すしかねぇ。あのデブ王と野良ネコ女から国を取り戻す日まで、俺たちの存在は公になっちゃあまずいんでな」
「えー!? 思ったよりも大それた事考えてたんだね。でもそれは困るなぁ……。殺すのは良いんだけどその前にボクのカラダを愉しんでみない? ほら、とっても美味しそうでしょ?」
「――殺せ」
正直な所、鱗華は結構慌てていた。いきあたりばったりに生きている鱗華にはよくある事だ。今回も、悪そうな組織にわざと捕まって愉しもうというつもりだったのだが、適当に煽ってみたらまさかの大当たりである。
(やっちゃったー! あーあ……。もう犯してくれ無さそうな雰囲気だし、めんどくさいから殺す……のはマズいから半殺しにしようかな)
襲い掛かってくる男たちを適当に殴り倒し、奉行所に突き出すか等と、完全にその場のノリで予定を立てた鱗華。悪い癖なのではあるが、そもそも彼女クラスの超越者であれば持ち合わせる武力だけで殆どの事はなんとでもなってしまうのだ。力ではどうにもならない事は金でどうにもならない事よりも遥かに少ない。それが世界の理である。
――ガキィン! ギィンッ!
武器を手に切り掛かった男たちであるが、鱗華が即座に纏った黒色の靄――神気にあっさりと阻まれて跳ね返される。無理なのだ。たかだか武器を帯びた常人が鱗華に挑むなど……。それは例えるなら、ゾウリムシが宇宙要塞に挑むものなのだ。戦い以前の問題である。
「チンポで戦ってくれるなら至上の幸福を与えてあげようと思ったのに……あー勿体ない。でも仕方ないね。適度に痛めつけて――あえっ?」
――ヒュパッ。
怯え震える男たちの眼前で、鱗華の正中線に艶めかしい朱色の斬線が走った。
――ズルリ……べちゃっ。
背後からの不意打ちじみた一刀にて、唐竹割に両断されたのだ。二つに分かれて倒れ征く鱗華の顔は、けれどもひどく楽しげであった。
「ヒッ……」
「あああ……」
突然の惨劇に、短く息を呑み込んで怯える男たち。彼らの前で両断された鱗華の背後に、闇から滲み出るように一人の男が現れた。
様々な色に染められた幾つもの布を繋ぎ合わせたターバンを被り、紅く輝くつるぎを手にした美丈夫。能面の様に表情の無い男の視線は、斃れ伏した美女の死体に注がれている。
「無防備に過ぎる。しかしこのオーラは……──ん、貴様らまだ居たのか。その愚行は目に余るが、化け物の糧となられても困る。逃げよ」
掛けられた言葉の意味を理解出来ず、ただ茫然と立ち尽くす男たち。その様子に苛立つ事も焦る事もせず、美丈夫は言葉を重ねた。
「今一度告げる。化け物は未だ死んでおらぬ。逃げよ。さもなくば死ぬぞ」
美丈夫の言葉と同時に、二つに分かれた鱗華の死体に異変が起きた。内臓や骨が露出して血に塗れた凄惨な切断面が、黒き靄に包まれ始めたのだ。まだこの化け物は生きている。それを理解した男たちは理性で理解出来ずとも本能で理解した。
「うわあああああ!」
「ひっ……ひいいいい!」
生き延びたい。自らの命を守りたい。誰も彼もが生存本能という生物として基本的な衝動に追い立てられ、部屋の中から転がるように駆けだして逃げ出していく。残されたのは、一人の美丈夫と一つの死体。だが、すぐさまそれは二人となった。
「あなた誰? 凄い腕前ね」
分かたれていた肉体がまるで時間を巻き戻すかの様に起き上がり、繋がった。正中線にうっすらと残っていた斬線がゆっくりと消え失せ、復活した鱗華。悪夢のような再生力であった。
「我が名はキュクレイン。怨敵よ。疾く滅びよ」
深紅のつるぎを掲げ、美丈夫が名乗りを上げる。それに応えるようにまた、鱗華も虚空より禍々しい愛槍を召喚して構えをとった。
「問答無用ってわけだね。ああ……いいな、こういうの。凄く愉しめそう……♡ おいで、遊んであげる」
平和な百万都市の地下で、人知れず死闘の幕が上がった。
ーーーーーーーーーーー
一方その頃。
鱗華と分かれて情報を集めていた黒斗は――。
「なん……だと?」
情報収集のさなか、とある場所を見つめてしまった黒斗は、思わず声を出してしまう程に動揺していた。
(壁尻酒場……だと?)
何度目をこすっても看板の文字に変化は無い。そこには、やや二次元寄りにデフォルメされた美少女が壁の穴に嵌って微笑んでいるイラストと共に壁尻酒場の文字が堂々と踊っていたのだ。
(確かに風俗街も近いけど……つーか料金安いな! なんだこれ。つーかどういう事だよ……)
入り口横に置かれた案内板に目を通して見れば、どうやら性欲を持て余した冒険者向けの店のようだ。
基本的には酒場であるが、壁に設置された穴に客である女が自ら嵌りこみ、男の客が用を足すかのような感覚で使えるらしい。要は手間を惜しんだ簡易的な性欲発散の場のようだ。面倒なコミュニケーションを厭う、いかにも冒険者向けのシステムである。
(なるほどねぇ。面白そうだし、ちょっと入ってみるか)
鱗華を寝取らせるのが性癖とはいえ、黒斗も他の女に興味がないという訳ではない。実際に義母である火燐や仲間であるリルにも手を出しているのだ。一般の娼婦であれば黒斗との性交には耐えられないというのが問題ではあるのだが、鍛えられた冒険者や龍人族の女であれば何の問題も無い。
興味を引かれた黒斗が店内に入ろうとした直前、不意に動きを止めた。いまさら罪悪感にかられたのだろうか? 当然そんな訳はない。
(この闘気……リンカが本気になるほどの相手がいるだと?)
妻の強大なオーラを敏感に感じ取った黒斗は、踵を返して道路を駆けだし始めた。その表情には若干の焦りが見える。鱗華を心配しているのだろうか。当然これも違う。
(万一リンカが本気で暴れ出したら洒落にならん! 間に合ってくれよ……)
基本的に理性的な鱗華であるが、戦闘狂の彼女は興が乗ると力の加減が甘くなることが多い。神の力を得てからは特にだ。流石に周囲を巻き込んでどうこうという事は無いと思う黒斗であったが、万が一という事もある。
鱗華の気を目指して夜の街を駆け抜けていく黒斗。なるべく目立たぬ様に建物の屋根を飛び移るように移動していくと、鱗華の気配が地下にある事に気付く。
(地下ならそこまで心配はいらんか? いや、埋め込まれた魔導走路網が破損でもしたらヤバいな。下手すりゃこのあたり一帯が麻痺しちまうぞ)
魔結晶を原料にして魔素を増幅する超大型の魔導炉から、都市全域に魔素を供給して生活魔導具などを動かすエネルギーラインが損傷すれば、その地域一体が停魔してしまう事もあり得る。技術の進んだ都市である龍人族の郷でそんな事態になれば、弁済額は天文学的な金額になるだろう。いくら金級の冒険者とはいえ、下手をすれば借金を背負う事にもなりかねない。
(頼む! 自重してくれリンカ……)
割と切実な理由で急ぐ黒斗。風俗街を抜けて裏町へ入り、人気の少ない都市の外周部分までやってきた黒斗の眼に、不審な動きをする男たちが見えた。
「ひいい……畜生! どうなんってんだ一体! なんなんだあの女と男は!」
「男はともかく女は絶対ヤバイ! なんで真っ二つになって生きてんだ! 捕まえた亜人どもは惜しいが、死ぬよりはマシだ。とっととこのクソみたいな都市から逃げるぞ!」
「面白そうな話をしてるな。兄さんたち。時間がねえからとりあえず気絶させとくぞ」
「へ……? うあああっ――」
「ひいいいいッ――」
音も無く忍び寄った黒斗が、下水に通じるマンホールから次々に這い出してきた男たちに声を掛けた直後、男達が次々に気を失って倒れていく。
黒斗は何もしていない。手を触れてすらいなかった。脊髄が氷柱に変化してしまったと錯覚させる程に凄まじい、絶対零度の鬼気を瞬間的に放射して男たちを気死させたのだ。人外の化け物である鱗華の夫ともなれば、この程度の芸当は造作もない。さもなければ彼女の一番であり続ける事など到底不可能であった。その刹那――。
――ドゴォォォッ!!
「うおっ!」
黒斗と気死した男たちから、やや離れた道路の中央がまるで、間欠泉の様に土砂を噴き上げた。
「あはははははっ!」
聞き慣れた妻の狂笑を聞いて、黒斗は自分が間に合わなかった事を悟ったのだ。とはいえ、周囲の街灯が消える等の被害はない。道路の破損だけであればまぁ、許容範囲であろうか。などと心の中で溜息を吐く黒斗であった。
「あれ? クロト? あっ! そいつら捕まえててくれたの? 流石ボクのクロトだね!」
「ああ……。うん。たまたまな。ところでアイツ誰だ? なんかやらかしたのか?」
「なにかあるとすぐボクのせいにするのやめてよね。なんか悪そうな男たちにわざと捕まって輪姦されようした所でいきなりまっぷたつに斬られたんだよね。いきなりだよ? 邪悪は滅べとか言われたし。ひどくない?」
「いや邪悪ではあるだろ」
「夫がいつも通りヒドイ!!」
普段通りの二人のやり取りであるが、その内容に比して二人の放つ気配は研ぎ澄まされた戦闘時のそれであった。噴き上げられた土砂が巻き起こした土煙を切り裂いて、二人の前に進み出る美丈夫。
――ギィン!
突如、残像を残して鱗華に接近したキュクレインの深紅の刃が、庇う様に前に出た黒斗の漆黒の刀にて受け止められる。
「おいおい問答無用かよ」
「邪悪を庇うとは、貴様眷属か。ならば諸共に滅びよ」
キュクレインの周囲に、空間から滲み出るように幾つもの光球が現れた次の瞬間、剣呑な輝きを宿した光球から裂光が迸り、鱗華と黒斗に殺到していく。
「ちょっ! あぶなっ!」
魔槍をぐるりと回転させるように裂光を薙ぎ払い、受け流す鱗華。周囲の建物に被害が及ばぬよう上空に逸らす事も忘れない。
(コイツ。見た目は細っこいのになんつー膂力だよ。俺と組み合って力負けしないだと?)
がっちりと刃を噛み合わせながら、心の中で舌を巻く黒斗。力にモノをいわせて弾き返そうと全身に力を籠めているのに、華奢にすら見えるキュクレインの体幹はピクリとも動かぬのだ。
なまなかな相手では無い。そう判断した黒斗が、するりと小手先を返して深紅の刃を受け流し、返す刃で急所を狙う。そも剣術とは力業に非ず、敵手がただの雑魚であるならばともかく、目の前の男は明らかに猛者である。ならば、己が全霊を持ってあたるべきだ。
「ほう、中々の手練れであるな。よかろう」
首筋に迫る刃を無造作にも見える精妙な動きで躱し、キュクレインが呟いた。
ゆらりと、キュクレインの姿がゆらめき、次の瞬間――掻き消えた。
「消えた? いや……
「あはは!
ひどく軽い動作で投擲された鱗華の魔槍が、空気を引き裂く耳障りな音を立てて飛来し――何もない虚空で弾かれた。そして、滲み出るように現れたキュクレインが忌々しげに吐き捨てる。
「化け物め……。霊化した私を捉えるか。認めよう。貴様はまさしく我らが怨敵よ」
ぎりりとまなじりを釣り上げた美丈夫が、緩やかに反った深紅の長剣を構える。その身に纏う雰囲気が明らかに変わった。
それは例え己が果てようとも絶対に敵を殺すという覚悟だ。相打とうとも必ず殺す。背水の陣を敷いた武人の覚悟ほど、恐ろしい物は無いという事を二人は骨身に染みて理解していた。
「おいおい。つーかこっちとしちゃわけがわからんぞ」
「キミみたいな人がそこまでガチになるほど恨まれる様な心当たりは無いんだけどねー……。人違いじゃない? まあ人違いでもボクは全然構わないけど♡」
そもそも二人にとっては予想外の事態であった。内心ではかなり焦っているのだ。
常在戦場の心構えと武人としての経験が、二人に冷静な対応をさせているだけであった。黒斗など心の内では、なんやこのクソカッコいい剣士は。何かの主人公かよ。などと混乱している。鱗華は鱗華で、良くわからないけどメチャつええイケメン! オラわくわくすっぞ! みたいな有様である。
「語る言葉はもはや持たぬ。我が魂に賭けて貴様とその眷属を滅ぼす。我は英霊なり! 人の理を守護する盾にして剣たらん! 滅びよ!」
もはや話し合いの余地は無しとばかりに、キュクレインは二人に襲い掛かる。深紅の長剣を振りかざし、周囲に展開した幾つもの光球から数万度に達する裂光を撒き散らし、二人を滅ぼさんとした――その瞬間。
――ギィン! ドドドドドパンッ!
キュクレインが二人にむけて襲い掛かり、迎撃のために黒斗と麟華が得物を構えた次の瞬間。幾つもの銃声が戦場に鳴り響き、双方の動きが止まった。
「なんのつもりだ。アルティマ」
瞬きの間にキュクレインの武器を落とし、裂光を放つ光球をかき消した驚嘆すべき人物は、見目麗しい外見には不似合いな漆黒の大型拳銃を構え、黒革のコートに身を包んだ一人の少女であった。
年の頃は成人したかしていないか、大人へと羽化する直前の未成熟と成熟の狭間にある美。幼さと美しさが違和感なく同居するその容姿は、見る者に感嘆のため息をつかせずにはいられないだろう。
「キュクレイン。撤退だ」
「何故だ。怨敵を前に退くなどありえん」
現れるなりキュクレインに撤退を促すアルティマと呼ばれた少女。おそらく同じ陣営に属するのだろうと当たりをつけた黒斗と麟華が二人の動向を伺う。剣呑な得物をみて、黒斗はやや緊張した面持ちであったが、それとは対照的に麟華は玩具を見つけた子供のように瞳を輝かせている。天性の男好きである彼女だが、当然のように美少女も大好物なのだ。
「黙れクソ真面目。
「なに? しかしあの気配は間違いなく――いや、変質している?」
「気づくのが遅いわクソたわけ。貴様の脳には筋肉しか詰まっていないのか? ボケナス」
「むぅ……」
置いて行かれて怒り心頭の同僚が叩きつける罵詈雑言に、眉根を寄せて唸るキュクレイン。その反応に多少溜飲が下がったのか、やれやれといった様子でアルティマは肩をすくめた。その雰囲気に何かを感じ取ったのか、麟華の瞳が更に輝きを増した。
「我が彼らと対話をする。お前は目立ち過ぎだ。離脱――いや無理だな」
「次元障壁だと? いつのまに……」
アルティマと呼ばれた少女が周囲を見渡して呟くと、キュクレインもようやく気付いたようだ。すでに自分たちと、先ほど相対していた男女の二人以外を周囲から断絶する闇色の障壁に囲まれている事に。
「よくわかんないけどさぁ……。折角面白そうな事になってきたのに逃げるとかつまんないよねぇ。なので逃げられないようにしました♡」
「むぅ……。困ったな。しかし第三者を巻き込む事は無い今の状況は悪くないか? あー……まずは話し合いを――」
――ギィン!
アルティマが提案しかけた瞬間、慌てて携えていた大型拳銃の銃身で、神速で突き出された槍の穂先をがっちりと受け止める。神気で形作られた邪槍をいともたやすく受け止めるとは、アルティマの拳銃も相当の業物であろう。
「ダメ♡ でもボクを満足させられたら……ちょっとくらいは付き合ってあげる」
「くっ……キュクレイン! お前なんつー厄介な女に手ぇ出してんだバカァ!」
逃がさないとか大魔王かコイツは……。などと内心でツッコんでいた黒斗も、めまぐるしく変わる状況にとりあえず黒刀を構えた。なにやら誤解があったようだが、襲われたのは事実。ならばまずはぶちのめす。というひどくシンプルな脳筋の理論である。
「俺の相手はアンタでいいよな? あー……名前は?」
「キュクレインと呼べ」
「キュクレイン。殺し合いにはしたくないが、楽しめなくても意味がない。殺す気できていいぞ」
「怨敵では無くとも、舐められるのは癪に障る。死なない程度に身の程を知らせてやろう」
周囲を覆っていた次元結界が更に姿を変え、黒斗とキュクレイン。麟華とアルティマのそれぞれを分かち始める。共に人外の強者たる二組の戦いの行方は――。