ファム・ファタール~寝取らせモノが大好きな剣士が異世界転移した場合~ 作:幻闇
まどろみから覚醒へと至る過程で、我は夢を見た。
いや、夢などではないな。これは単に、フネのデータベースで圧縮封印されていた、かつての英雄の記憶データをインストールしているに過ぎないのだから。
ああ、世界が色づく。これがかつての我が始祖の記憶……か。
――――――――
「フネは危険宙域を離脱したようですね。アリー少佐。迎撃任務お疲れ様です」
「これが私の使命であり誇るべき仕事だもの。なにも苦労なんてないわ。ただ……そうね。しいて言えば折角生きて帰ってきたのに抱擁の一つもくれない旦那様には苦労してるかしらね」
「あーもう。公私混同するなっていったのはアリーだろ? 俺だって本当は早くこうしたかったよ! ほらっ! ギュっとしてやるぞ」
ヴォイドに侵略された母星を捨て、移民船で外宇宙へと旅立つこととなった人類。星の海に飛び出した何百という移民船団のうちの一つを守護していたのが我の始祖、アリー少佐だった。
人型起動兵器【ナハトイェーガー】を駆り、ヴォイドの端末や化け物たちを幾人もの同胞の命と引き換えに撃滅し、護るべき船団へと帰投した我の始祖を迎えたのは、直属の配下であるレイン大尉だ。彼は単分子ブレードを使用した生身の近接戦闘には長けるが、ナハトイェーガーの操縦敵性は持ち合わせていなかった。対ヴォイド戦闘では遠距離兵器が有効なので活躍の場は当然少ない。故に留守を任せていたわけだ。そんな彼は我の始祖の夫であり、そしてキュクレインの始祖でもあった。
剣神とすら謳われているくせに、まるで女のように華奢な彼に抱きしめられる。本当に華奢なわけでは無論ない。極限まで肉体を鍛え込んだ故の成果だ。その証拠に、我の始祖の背中と頭を撫でる彼の手は剣ダコに塗れてひどく武骨だった。
「生きてくれていて良かった。周辺宙域にもヴォイドの気配は無い。暫くは休んでほしいのだけど――」
「何かあるのね?」
「エイネス艦長が呼んでる。なにか話があるらしい」
「艦長命令じゃ仕方ないわね。そのあとは休めるんでしょ? 二人で歓楽区にいって美味しいものでも食べに行きましょうよ」
「いいアイデアだね。話が早く終わると良いのだけど」
※
「英霊計画……ですか? あの、計画中に禁管から封印指定を受けた?」
「ああ、戦争末期にようやく完成した技術を持ち出せたんだ。もう星が滅ぶ瀬戸際だったからな、禁管――禁忌技術管理局もだんまりだったよ」
「でしょうね。彼らは脱出できたのでしょうか?」
「先ほどの戦闘でいくつかの船団や軍と連絡が取れなくなった。禁管もその一つだ。禁忌技術を暴走させたまま軍船ごとヴォイドのバケモノ共の中心に突貫して、周囲のバケモノ共ごと産まれたワームホールに呑み込まれていったらしい」
「そう……ですか」
まさに英雄と呼ぶに相応しい行動だ。乗員全員が覚悟していたかまではわからないが……。間違いなく後世の歴史に残るだろう。我ら人類が滅びなければ――だが。などと思っていた我の始祖。おめでとう。その願いは叶った。
生前のエイネスの話というのは至極シンプルだった。将来を見越して、我の始祖やキュクレインの始祖など、特に武勲のある存在を英霊として登録しておきたいとの内容だ。始祖たちの記憶や技術データを保存し、提供された遺伝子データを元に、有事の際は英霊として活動してもらう。百年後、千年後、もしまだ人類が存続しているのならば一万年後だって、始祖の記憶と技術をインストールした英雄を人工的に再現して戦力とする。という話だ。200年も生きられぬであろう我らの始祖が遺したデータこそが、これからを担う遥か未来の人類たちの守護者たらんと存在するのだ。
始祖の記憶は語る。『もちろん引き受けるわ。ヒトの未来を拓かんが為に私の全てを捧げる。軍人としてこれ以上の誉れはないわ』まるで他人事のように聞こえてしまう始祖の言葉が胸に刺さる。ああ、そうだ。それは正しく我の誇りであったのだ。
※
ああ、溶けあっていく。我と私の境界が崩れていく。これは在りし日の……幸せな記憶……か。
「ヨルーサ地方の85年物ワイン――に限りなく近い組成を再現したワインだそうだ。うん、旨いな」
「本物は原産地と共に腐敗の海に沈んだものね。星々の海を眺めてのむワイン……
「追撃してくるヴォイドのバケモノ共との血塗れの闘争に明け暮れていたからな。宙の美しさを楽しむ余裕すらありはしなかった」
血の様に紅い液体を湛えた酒杯を互いにカチンと触れ合わせ、一息に流し込む。作法としては間違っているのだろうけど、長らくカラダに染み付いた習慣は消えない。敵地の真っただ中で優雅に酌み交わすなどあり得なかったのだから。
でも、そういった無粋は相手も同じ。この後は久しぶりに、レインの細身ながらも逞しい肉体に抱かれるのだろう。それは勿論、私の希望であった。死にたくないと、友軍を犠牲にしてでもバケモノ共を駆逐してきたのはソレが理由なのだから。
また生きて彼に抱かれたい。愛されたい。本当は私は民を守る英雄などではなく、浅ましい一人のメスに過ぎないのかもしれない。などと自嘲してしまう程度には、私はこの終わりの見えない戦いに倦んでいた。
「このまま移住惑星を見つけてスムーズに入植できればよいのだけど……難しいか」
「間違いなく見つかると、私は信じているわ。だから私は陽動部隊として志願した。一たび出撃すればもはや生還は不可能だろうけど……。ねぇレイン。貴方は生きて……。民たちを護り導き、そして……」
「本音は君と逝きたい。でもそれじゃあ君は安心して逝けないものね。いいよ。わがままを聞いてあげる。でもそのかわり、出撃の日までは離さないからね」
「私も離れたくない。さっきの続きだけどね。もし……もしも受精卵ができたら……採取してフネの人工子宮にいれるつもり。私の代わり……というわけじゃないけど。私たちの生きた証を護ってあげて」
「ああ……わかったよ。もしもうまくいって、子供が育ったらちゃんと伝えるよ。君のママは偉大な英雄だったんだよって……ね」
「ありがとう。未練だらけだけど征くわ。民たちと私の子供、そこから繋がる無数の命と未来のために」
※
「間もなく出撃か」
「陽動作戦に参戦する軍の集合地点が送られてきました。征きます。そしてもし戻らなかったから……人工子宮ですくすくと育っている娘と私の愛する夫に伝えておいて下さいエイネス。愛していると。
「勿論。必ず伝えよう」
「何かあれば私の英霊とやらを存分に活用してください。このあと最後のデータをバックアップして出ます。しからば……御去らばです」
「わかった。英雄アリー。その方の英霊には、我が故郷の神話においてもっとも強き軍神として謳われる存在。アルティマと名付けよう。さぁ、戦女神の活躍を見せてくれ」
「ふふっ。良い名前ですね。なぁに、ヴォイドのバケモノ如き、さくりと滅ぼして戻って参りましょう」
――――――――
記憶はここで終わり。結局彼女が生きてフネに戻る事は無かった。けれど、彼女の名は確かに我らの歴史に残っている。
我ら英霊や、魔導頭脳となったエイネスはオリジナルの人物とは似ても似つかぬ紛い物に過ぎない。ただ彼ら彼女らの能力と記憶を引き継いだだけの別物なのだ。けれどもだからこそ、我らは彼女らの遺志をけして忘れはしない。それがたとえ呪縛なのだとしても。
かつてのレインから生み出されたキュクレインにしてもそうだろう。奴に対するこの想いは我自身のモノでは無いのだ。あくまでアリーとしての記憶がそう想わせるに過ぎないとわかっている。だから奴が我に素っ気ない態度をとるのも仕方ないのだ。奴はそれを理解していてあえての態度なのだろう。だから……仕方ないのだ。
「ふーん。でもさぁ、それってやっぱり貴女が彼の事を好きって事なんじゃないの?」
黙ったまま我の話を聞いていた女が、不思議そうに尋ねてきた。
「んなっ! 話を聞いていたのか? 我はあくまでアリーとは別の存在で……」
「そんな細かい事どうでもいいじゃない。要は貴女自身が今、彼に愛されたいのかどうかでしょ」
「細かい……事なのか?」
不思議な女だった。
ヒトの身でありながらまるでヴォイドのバケモノめいた権能を有し、英霊である我の背筋を凍らせるほどの殺気を放っていたかと思えば、二人きりとなった今では雰囲気を一変させて、まるで昔からの知己であるかの様に話しかけてくる。
エイネスの分析によれば彼女の肉体構成は間違いなくこの星の現世種。かつて起きた【終末】の際、レムリアの民と異界より召喚された幻想種を掛け合わせて造られた種族の末裔だ。次元スキャナーの結果も、憑依体にされている可能性はゼロとなっていた。
ただ、彼女の魂には確かに、理外の力が宿っていた。その正体も解析を待つまでもなく、先ほど何でもない事の様に聞かされてしまったわけだが。まったく。
これも、【終末】に際して試された様々な生物との掛け合わせの結果なのかもしれんな。旧人類たるレムリアの民よりも遥かに強靭な肉体と精神性を持ち、生命体としてのポテンシャルを何十倍にも増幅させた彼ら現世種。一万年の長きを経て、その真価が顕在化したのだろう。もはや彼ら彼女らは、旧人類たちよりも一つの生命種として遥かに優れている。
「細かい細かい。誰かの記憶だとしても、貴女はいま彼に抱かれて愛されたいんだよね。なら簡単じゃない。誘惑して襲わせちゃえばいいんだよ。アルティマ凄く綺麗で可愛いし、再現体っていっても生殖器とかはあるんでしょ? なら一発ヤっちゃってさ。彼にも過去の記憶はあるんだから、向こうだってすぐ夢中になるよ。だって愛する妻のカラダなんだからね♡ 間違いないよ♡」
「ふむ。麟華がそう言うと不可思議な説得力があるな。そういえば……あちらはどうなっているのだ? まさか未だに殺し合いをしていたりは……」
キュクレインと……確か黒斗といったか。麟華の夫と二人で隔離されて戦っているであろう二人の事が気になってきた。我らは英霊、たとえ死しても人工的に作られた魂はフネに設置された装置に還るだけだ。再現体が作られれば即座に復活はできる。とはいえあの黒斗という男……。この麟華もそうだが、魂すら滅ぼせそうな技量を持っている気がしてならない。どうしよう……。心配になってきた。
「彼が心配なのね? ふふっ……大丈夫。ちゃんと殺し合い一歩手前でお互いに楽しんでるよ。いま向こうの様子を映すね」
この空間そのものが彼女の管理下なのだろう。とても戦闘者の物とは思えない白魚のような指先が虚空を四角くなぞると、まるで投影スクリーンの様にこことは違う場所の光景が映し出された。
「もちろん向こうからは見えないよ。おっ! 凄い凄い! 貴女の愛しの彼、ボクの黒斗と真っ向勝負でヤり合えてる♡」
キュクレインの携える。かつてのオリジナルの代名詞だった深紅の長剣、グレンキャリバーが赤光を伴って振るわれ、周囲に浮かぶ無数の魔導ビットからは波長の違う七色のレーザービームが光速で放たれる
その悉くを孤剣一振りで凌ぎ、弾く。鬼神の如き偉丈夫。いやいやおかしいだろう。生前は剣神とまで謳われ、英霊となった今はエレクトロニクスとマギメトリクスの粋を凝らした魔導兵器の補助も受ける我らがフネの最大戦力だぞ。剣一本でどうにかなる相手では無いのだ。つまり、あの男、黒斗の剣技は確実にキュクレインよりも上という事だ。神をも超えた修羅の剣とでも評すべきだろうか。
グレンキャリバーを凌ぎ、レーザービームを弾くのみならずキュクレインに流し返す孤剣の閃き。無駄や見得といったモノがすべて削ぎ落された剣技の極致。それはなんと美しいのだろう。我ですら見惚れてしまうのだ。同じ剣士であるキュクレインの胸中は如何ほどの物か――。ああ見ればわかるな。
笑っている。
あの無愛想で我との会話ではニコリともしなかった鉄面皮が、あの黒斗という男との闘いでは満面の笑みを浮かべている。ちくしょう。なんかメチャクチャ悔しい。でも……笑ってるアイツの顔は……とても可愛いなぁ。いいなぁ……。
「羨ましい? ふふっ♡ でも大丈夫よ。アルティマならもっと色んな表情を引き出せるよ。どうせならこの後、ちょっと小芝居でもしない? こういう感じで――」
「あー……。なんというかベタベタだが……単純な方がわかりやすくていいか? それで……どうするんだ?」
「そこからは――――って感じでさ、ボクは上手くいくとおもうんだけど♡ まぁ失敗しても特にリスクは無いしね」
「承知した――ってそうだ! ついつい麟華の雰囲気と話に流されてしまったが、我らからも大事な話があるのだ。あとで時間を取って貰えないか? 一つ、頼み事をしたいのだ」
「もちろんオッケー」
「助かる。向こうの闘いも一段落ついたタイミングのようだし、今なら手頃だろう」
「ほいほい。じゃあ
周囲を包んでいた次元障壁が艶めかしく発光し、そのカタチを変えていく――次の瞬間。
「ガハッ!」
突如伸ばされてきた麟華の右手が、我の細首を握り潰すような勢いで鷲掴みにした。