ファム・ファタール~寝取らせモノが大好きな剣士が異世界転移した場合~ 作:幻闇
翌朝、黒斗と麟華が起き出してきた頃には、既にアルティマとキュクレインは準備を整えていた。そもそも英霊は余り睡眠を必要としないのだ。一日に一時間、記憶の整理の為に眠るが、その気になれば一週間ほどは不眠で活動可能である。
「おはようさん」
「ゆうべはお楽しみだったかな? かな?」
「お陰様でな。感謝する」
「同じく、感謝しよう」
からかう様な麟華の言葉を、軽く受け流す二人。だが、その頬が僅かに赤くなるのを見逃す麟華ではなかった。ニヤニヤと意味ありげに微笑む妻を窘めつつ、黒斗が今日の事について口火を切った。
「で、流れとしてはどうするんだ? その……なんだったか。宇宙船までは案内してくれるんだよな?」
「魔導船フォーマルハウトだ。ああ、もちろん案内させてもらう。私とキュクレインはその性質上戦えないが、同行は可能だ」
「どこから行くの?」
「昨夜、麟華殿とキュクレインが出会った地下遺構。あそこから向かう。あの遺構は我らが始祖の墓標なのだ」
アルティマの話によれば、かつてこの地は母星から飛び立ったレムリアの船が落着した場所なのだという。
ヴォイドの目を欺く為に隕石に偽装し、同時にやや離れた宙域で陽動作戦が行われた。その結果、ここはレムリア人にとっては聖地として扱われていたのである。
地下にある遺構は、聖地として定められたこの場所に造られた霊廟なのだ。陽動作戦にて戦死したアリーを始めとした英霊たち、もはや遺体すらも回収できぬ彼らを祀るためのカラの墓標。そんな場所の地下に、種の未来を託すための避難船が用意されたのは当然の流れだろう。
「なるほどな。ゲンを担いだのか。無事にこの星に辿り着けたのはアリーさん達のおかげ、その墓標のある場所から飛び立てば、いかにも成功しそうってのはわかるぜ」
「でもさぁー。それだと飛び立つときに墓標も消し飛ばない?」
「そういやそうだな……。いいのか?」
麟華の鋭いツッコミに、それもそうだと気づく黒斗。霊廟の真下に格納庫があるのであれば、確かに麟華の言う通りである。
「くくく……確かに離陸の際に吹き飛ばされては敵わんな。だが、遺構だと言ったろう。フォーマルハウトが造られたのはこの地に我らが辿り着いてより二千年後よ。その際に霊廟もフォーマルハウト内に移してある」
「ああ、そうか。あんたたちの時代でも遺構だったんだな」
およそ一万二千年前にこの地に辿り着いたレムリア人は、【終末】に至る一万年前までの二千年を謳歌した。そのタイムスケールの壮大さに、黒斗は改めて納得していた。
「もしかしてさ。この土地が開祖様の時代に禁断の地って呼ばれてたのって、それが理由なのかな」
「ありうるな。レムリアにとっての聖地で、そんな大層なモンが隠されてたんなら余計だ。下手すりゃ離陸時に吹き飛ばされる場所だしな。そりゃあ禁断の地にもなるだろうよ。でもそうすっと……元々はどうやって避難民を集めるつもりだったんだ?」
直上に街が造られる事は想定外だったのだろうか。だとしたら、いざという時にどのように避難民を確保する予定だったのか。黒斗は不思議に思ったことを口にする。答えはすぐに得られた。
「この地は星脈の結節点でもある。その流れを利用すれば離れた土地の者も転移可能なのだよ。今回はあまりにも急すぎて直上の都市民のみとなったが、揺籃炉がフル稼働すればこの大陸の半分ほどから集められる」
「すげぇな! ん? 半分って事は……」
「その通りだ。この大陸にあるフネは二つ。もう一つはお前たちがセーヌと呼ぶ都市の北西にある湖、セヴァン湖に隠されている」
「セーヌから走って三日くらいじゃねぇか。そんな近くに凄いモンがあったんだなぁ……。ってすまん。脱線しちまったな。その遺構から格納庫に行けるのか」
「ああ。隔壁で封じられている箇所も多いが、私たちと一緒であれば問題ない。その後だが――」
今度は脱線させずに、アルティマの話に耳を傾ける黒斗と麟華。まずは地下に向かい、格納庫を目指す。フネについたら、メインとなる魔導人格であるエイネスの許に行き、揺籃炉への道を開いて貰う。アルティマら英霊の権限では、最も重要なフネの動力である揺籃炉までの道を開く事は不可能だからだ。
「わかった。今から出るか?」
「準備や別れの挨拶は良いのか?」
「別れ?」
「二度と戻れぬかもしれぬ戦だ。両親たちとの別れの挨拶は必要ではないのか?」
キュクレインの言葉に顔を見合わせた後、どちらともなく二人は吹き出した。
「ははっ! いやすまん。必要はない」
「何故だ?」
「だって死なないし。なんていうと死亡フラグみたいだけど、そもそもボク達はいつ死んでもいいように、両親には覚悟しといてねって伝えてあるしね」
「いつ死ぬかわからんのが人間だ。リンカは……ちょっともう人間かは怪しいが、いつもの事さ」
あっけらかんと答えた二人に、キュクレインはわずかに瞠目して黙り、そうか。と一言だけ返した。始祖たる自分たちのオリジナルは別れの挨拶をしてもなお、未練を残した。それが悪いとは思わないが、目の前の二人は明らかに違っていた。
「……敵わぬわけだ」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、なんでも無いさ。であれば向かうとしよう。我らがフネに」
呟くようにひとりごちたキュクレインの言葉は、隣で同意するように頷くアルティマにのみ届いていた。
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雄大と火燐に、依頼の為に出かけるから暫くは戻らないかもしれないと告げ、四人は麟華の実家を後にした。
「まずは地下に向かう。都市の外縁部には遺構調査の為の入り口があるのだ」
「調査されてんだな。アンタたちのフネがバレる事はないのか?」
「現状ではあり得ない。最深部に至る通路は認識阻害装置で隠蔽されているし、遺構深部には私が人払いの術式を施してある。精々が遺構の表層を歩き回るくらいしかできぬ」
外縁部についた黒斗らは、二人に案内されるままに地下空間を深くへと潜っていく。だが、そのタイミングで予想外の来訪者が現れた。
「このような場所でお会いできるとは、奇遇ですな。そして久方ぶりです、強き剣士と麗しき戦士殿」
「ええっ?! ナイさん?」
「貴様何者だ。既にここは人払いの術が発動している。何故ここにいる!」
現れたのは一見、良家に仕える執事にしか見えない燕尾服の壮年紳士。彼、ナイに対してキュクレインが鋭く誰何した。当然だろう。
「キュクレインにアルティマ。こちらはナイさんという方で俺とリンカの友人だよ」
「そうか。だが、怪しい事には変わりがないぞ。私の術式を無効化するなどと……」
「でもナイさんだしなぁ……」
「だよねぇ……」
顔を見合わせて同意しあう黒斗と麟華の様子に、強張った表情を浮かべていたキュクレインとアルティマがため息をつく。
「友人も化け物というわけか……。どうやら数千年の間に人類は驚くほどの進化を遂げたようだな」
この二人の知己であるならば、自らの術式が破られたとて仕方ないのではないか。そんな諦観にも似た感情を感じるキュクレイン。
「そちらのお二人とは初めましてですな。親しき者からはナイと呼ばれております」
「我はアルティマ。こちらはキュクレインだ。して、ナイ殿。わざわざ人払いの術式を超えてまで来られた用向きはなんだろうか?」
ナイの名乗りに応えるアルティマ。黒斗らの友人という事で丁寧に対応しているものの、いまだその警戒は解かれていない。一見何の変哲もない無手の紳士にしか見えないが、あきらかにおかしいのだ。
かつて星々の海を越えて来訪した者たちの技術を結集して造られた、英雄の記憶と力を持った英霊たる存在。その研ぎ澄まされた眼力をもってしてもなお、アルティマにはナイの底が見えなかった。
相対すれば、例え格上といえどある程度の実力は把握できる。黒斗と麟華でさえもそうだった。しかし今、目の前にいる人物はわからない。まるで、
「私はこの都市を愛しております。ですので、その危機とあらば動かぬわけにもいきません。フネを止めにゆくのでしょう? 浅学菲才の身ではありますが、せめて一助となれればと思いましてね」
「なっ! フネを知っているだと? まさかクロト殿。こちらの御仁にすでに連絡を?」
「するならあんた達に許可をとるさ。まぁナイさんだしな」
「ますます何者なのだ……」
キュクレインたちにしてみれば、いくら麟華たちの友人とはいえ得体のしれぬ人物をフネに案内するのは躊躇われる。かといって、揺籃炉に対する戦力は多い方が当然良い。悩ましい所であった。
「本音を言えば、私はレムリアの民を快く思っていません。ですが、レムリアが産み出した様々なモノは好ましく思っているのですよ。とくに今を生きる人々は素晴らしい。彼らを守りたいのは私の紛うこと無き本心です」
「その言い方。やはり只人ではないか。色々と話を聞きたい所ではあるが……。すべて飲み込んで厚意を受けるとしよう」
「アルティマ!? 本当に良いのか?」
ナイの申し出を受けると宣言したアルティマに、キュクレインが驚きの表情を浮かべて問う。
「今を生きる数多の人々と、たかだか保険に過ぎぬ我らのフネ。天秤に掛ければどちらが大事かは明白よ。キュクレイン、私の判断は間違っているか?」
「否。その通りだ」
たとえナイにフネに対する悪意があったとして、それでも都市の人々が救われるのならば何も問題は無い。アルティマが下した判断に、キュクレインは寸毫の躊躇いもなく同意した。
「二人とも大丈夫だよ。ナイさんは紳士だからね。嘘はつかないよ」
「それは間違いない。紳士だからな」
「ああ、私たちもそう願うとしよう」
無条件にナイを信頼しているらしい黒斗と麟華の言葉は当てにならなそうだが、それでもアルティマたちに実力をしめした二人の言葉だ。過度な信頼をするべきではないが、ある程度は信用できるのだろう。
そう判断したアルティマ達は、改めて三人を古き遺構へと案内していくのだった。
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石造りの地下空間を地下へと進んでいくと、やがて一行は超硬質セラミックで作られたレムリア時代の遺構へとたどり着いた。
ツァトゥグァの地下神殿よりも遥かに広大な吹き抜けの地下空間の中に、ピラミッド状の巨大構造物が聳えている。レムリア神王国の初期に見られた建築様式だ。
「すげぇなこれ……。隠蔽されてたとはいえ今までよく見つからなかったモンだ」
「ねー。足元にこんなのがあったなんて驚いちゃうよね」
「我らがフネはあの建物のさらに地下だ。そろそろ揺籃炉を管理する魔導人格からの妨害もあるやもしれぬ。気を抜かぬ事だ」
「揺籃炉。レムリア文明終末期において少数造られた、超次元幾何学理論に基づく動力炉ですね。なんでも、開発データは全て、闘神のそれと同じく銀河の深淵に存在する重力場に封印されたとか」
「詳しいな。流石はクロト殿たちの友人だ。もう何が語られても驚かんよ」
いくら地下にあったとはいえ、一万年以上もの時間が経過した今ではピラミッドに往時の輝きは無い。所々風化し、地下水に侵食された外壁は半ば朽ちかけていた。
地下格納庫の入り口があるピラミッドの基底部に近づいていく四人。荘厳なレリーフが施された巨大な門をくぐった彼らの前に、二つの人影が立ちはだかる。片方は黒衣の金属鎧に身を包んで、巨剣を携えた三メートルほどの巨人。もう一人は両手に円月輪を装備した、どこか愛嬌のある顔立ちの小男。なんともわかりやすい対比の男たちであった。
「ガーランドとチュイザームか」
「仲間の英霊さんかい?」
二人の風体を確認したキュクレインが、名前らしき単語をつぶやく。傍らにいたクロトがその意味を問い掛けた。
「ああ。だが、中身はカラのようだ」
キュクレインの見つめる先で、巨漢と小男が無表情のままに武器を構えた。その視線の先にいるのは麟華。揺籃炉によって敵と認定された、邪神の権能を宿す存在だ。
「うーん。モテるのは悪い気がしないんだけど、視線が全然エロくないのって嫌だね。おーい! 揺籃炉さん! ボクは敵じゃないよー!」
「話は通じるのか?」
「彼らは炉の操り人形に過ぎん。揺籃炉が造る再原体は戦闘能力のみしか持たんのだ。だが、端末として言葉は届いている筈だ」
麟華の問いかけに返されたのは、言葉ではなかった。
――ジャリィンッ!
黒鎧の巨人の、何も持っていなかった左手が振られると、金切り声の如き音と共に黄金に輝く鎖が顕現して麟華に巻き付いた。巨漢の腕がぐいと引かれる。
「えっ! ちょ! ああああ――」
「麟華どの!?」
「やつら問答無用か! まずい!」
縛鎖で縛られた麟華の肉体が凄まじい速さで男たちの許に引き寄せられていく。その姿にキュクレインとアルティマが慌てるものの、時すでに遅い。
――ぞぶり。
「ごぶっ!」
引き寄せられた先に待ち構えていた巨剣が、麟華の胸もとを貫く。背中まで貫通した刃が、鮮血に濡れて艶めかしくきらめいた。次の瞬間――。
――ヒュンッ! ズシャシャシャ!
小男の手から放たれた二つの円月輪が宙を閃き、麟華に迫る途中で更に二つに分かたれる。合計四つの鋭利な回転刃が鮮やかに唸り、四方から殺到して麟華の四肢を鮮やかに斬り落とした。
「いぎぃいいいいいいィッ!!」
そしてトドメとばかりに、黒鎧の剣士が巨剣の柄を両手でつかみ、剣を上下に振り抜く。巨剣は二振りの剣を合わせた特殊な形状であったのだ。当然の如く、貫かれた胸元から剣を分かたれた麟華の肉体は、左右真っ二つに両断されて地に落ちた。
「まさか……。麟華殿がこれほど簡単に……」
「いや……アルティマ。麟華殿はこの程度では──」
もはや手遅れであろう無残な死体を前に、アルティマは悔恨の表情を浮かべて唇を噛み締めた。愛する妻を眼の前で無惨に殺された黒斗の胸中を想像した所で、キュクレインの言葉で我に返る。
「おっ! 今のはなかなかリョナ度高くないですか。ナイさん」
「ええ、特に剣が分かれて真っ二つになったのは芸術点が高いですね」
「円月輪も分かれてましたね。四肢切断もポイントが高いな」
背後から聴こえてきた信じられぬ会話に、アルティマの表情が凍る。なぜそんなに楽しげなのか。答えは簡単だ。麟華は
『あはははは! 凄い凄い! なに今の技! どうやったの? 面白かったぁー』
事情を知っている者以外の全員が硬直した。操り人形であるはずの敵手たちすらも。
声帯すら切り裂かれている。どころか、そもそも肺も心臓も動いていない。だというのにどこからか聞こえるのだ。麟華の声が。
――ズズッ……。ずるっ……。
分かたれていた麟華のそれぞれの半身が、ゆっくりと起き上がっていく。斬られていた筈の四肢もいつのまにか元の場所に戻り、切断痕を残したまま直立した麟華が薄く笑みを浮かべた。
スッと、股間から頭頂部まで走り抜けた朱線を悩まし気な仕草でなぞっていく麟華。切断痕は綺麗に消え去っていた。四肢のそれらも同時に。
「化け物……というのも生温いな」
「ヴォイドの異形ですらもああはならん」
キュクレインとアルティマが、絞り出す様に呟く。それは、そのまま敵手たちの気持ちと同じであった。たとえ意思が無かろうとも肉体は理解しているのだ。対峙する存在がどれほどの化け物であるかを。
「こないだはサイコロステーキになっても復元してたしなぁ。つーかリンカ。わざと喰らっただろ」
「あっバレた? だって知らない技を受けるのって愉しいんだもの。死ぬのも気持ちイイし♡ 実は今ので子宮が斬られた瞬間軽くイっちゃったんだよね♡」
「くくく。不死身ぶりに比例してマゾ具合にも磨きが掛かっているようですな。敵にとっては悪夢でしょうが」
「もうビビっちゃった? ほら、かかっておいでよ♡」
麟華の挑発の言葉に、英霊たちが即座に反応して襲い掛かった。それは操り手である揺籃炉の意思ではなく、恐怖に衝き動かされる肉体としての生存本能の発露だろう。
「でもダメ♡ ちょっと弱すぎてつまらないんだもん。キミ達」
――ヒュパッ。
いつのまにかその手に握られていた漆黒の魔槍が振るわれ、二人の首がごとりと落ちた。倒れ臥した二つの肉体が、サラサラと光の粒子となって崩れていく。エーテルを基として造られたそれが、写し身に過ぎぬ再現体としての滅びだ。
「ガーランド……。チュイザーム……。例え意思と記憶が無くとも同情するぞ」
「私たちが彼らの立場でなくて本当に良かった」
キュクレインとアルティマがぶるりと身を震わせて呟く。二人が畏れたのは麟華の不死性と武力にではない。人間とはとても思えぬ程の狂気に満ちた精神性そのものだった。
「おかわりは……来ないみたいだね。うーん……完全に敵視されちゃってるかなぁ」
「まぁ包丁持って家に入ってきた不審者が、怪しい者じゃないって言っても説得力無いしな」
「例えがひどくない?!」
黒斗と麟華のたわいないやりとり。普段であれば微笑ましくも思える光景だが、先ほどの悪夢じみた殺戮の直後である。その落差をなんとも思っていない事こそがまさに狂気だ。だが、だからこそ頼もしい。
「確かに英霊の反応はもう無い。案内を続けよう」
先ほど感じたおののきを押し込めつつ、キュクレインは地下に眠るフネに一行を案内するのだった。