ファム・ファタール~寝取らせモノが大好きな剣士が異世界転移した場合~ 作:幻闇
一万年前に造られたとはとても思えないほどに美しく、清浄な通路を、三人の恐るべき人外が進んでいた。
一人は、漆黒の打刀を佩いた巨漢の益荒男。閉じているのかと勘違いしてしまうほどに細い糸目をした野獣の如き笑みを浮かべる男。
一人は、美の女神も無意識に叩頭してしまうほどの美貌を持ち、武神も畏れんばかりの覇気を放つ漆黒の槍を背負いし龍人族の女。
最後の一人は、シックな燕尾服を纏って人の良い柔らかな笑みを浮かべ、優美な曲線を描く口髭を蓄えた褐色の肌を持つ紳士。
紳士以外の二人は明らかに強者であるとわかる。明らかに普通ではない禍々しい気配を放つ武器を携え、その身から放たれるオーラは凄まじいの一言に尽きた。だが、この一行の中でもっとも得体の知れぬ存在が、無手の上に戦いに向かぬ燕尾服姿の紳士であった。
「ふむ……。来ますね」
「任せていいんだよな?」
「勿論。先ほどの言葉に二言はありません。お任せください」
短い会話の後、清浄な通路に異変が起きた。
縦横10メートル程はある広い通路の奥から、ガチガチという機械的な足音が無数に響いてくる。
現れたのは、機械の蜘蛛の群れだった。陶器のように滑らかな外装を持ち、六本の脚部をすさまじい速度で駆動させながら、無数の突起物を胴体に比して巨大な頭部から生やした兵器。レムリア神王国後期に量産された拠点防衛用魔導兵器。ガーディアンスパイダーだ。
――ズババババババババッ!!
――ドォンッ!!
――ゴォッ!!
複数のガーディアンスパイダーの頭部から、様々な兵装が同時に放たれる。
生物に直撃すれば体内ではじけ飛んで対象を爆裂させる軟殻弾頭による機銃掃射。竜種すらも一撃で仕留める多連装魔導ミサイルランチャー。超高温のプラズマ弾に魔導式を載せて撃ちだし、標的がどれほど回避しようとも当たるまで追い続ける超魔誘導プラズマカノン。
一行に襲い掛かる夥しい量の弾幕は、たとえそのうちの一発であろうとも只人が受ければ、肉塊となるどころか即座に消滅するほどの威力だ。
そのすべてが掻き消えた。
「ほぉ」
「あはっ。すごぉい♡」
起きた出来事は簡単だ。黒斗と麟華の数歩前で立ち止まったナイが、右手を無造作に振ったのみである。何気ないその動作だけで、襲い来る数多の死の弾幕が闇に包まれて消滅した。まるで、絵画に黒い絵の具をぶちまけたかの様に。
――ヒュパッ!
ナイのスーツに包まれた痩躯がブレる。瞬く間にナイは先頭のガーディアンスパイダーに肉薄し、素早く右拳を叩き込んだ。
――ドゴォッ!
とても人の拳が当たったとは思えない轟音とともに、ガーディアンスパイダーが爆散した。続けて同じ音が五度、一息の合間に鳴り響き――清浄な通路に沈黙が訪れる。
「どこが戦闘向きじゃないって?」
「ナイさんでそれなら他の化身さんたちはどれだけ強いのかな? ボク気になるなぁ♡」
「いえいえそれほどでも。それにお二人ならもっとお早く処理できるでしょう。そして、麟華様の疑問にはお答えする機会が来ない事を祈りますよ」
爛々と瞳を輝かせて自身を熱く見つめる麟華の視線に、ナイが苦笑しつつ答える。
「でも肩透かしだったね」
「もっと歯応えのありそうなのが来ると思ってたんだが」
「いえ、今のは威力偵察という所でしょう」
通路を進んだ一行はやがて、広大な空間に辿り着く。
一辺が一キロはあるだろう屋内とはとても思えない広さの空間には、一行を食い止めるための戦力が集中していた。
「壮観だな。戦力の逐次投入は悪手とはいえ、まさかこの規模とはな」
「英霊にさっきの蜘蛛ロボット。あとはなんかよくわかんないのもいるね。人魂みたいなのがいっぱいいるけど」
レムリア特有の壁そのものが変形する機構により、広間は幾つもの防護壁と数多の銃眼を具えた巨壁を擁する要塞と化していた。
それらを利用して一行を待ち受けていたのは百を超える数の自我無き英霊たちとガーディアンスパイダーを含む防衛兵器の群れ、そしてクトゥグアの眷属たる夥しい数の焔精だった。
「手は出さなくていいんだよね?」
「当然ですな。ですが私とてこの物量を滅ぼしきるには手間です。ですので少々本気を出させて頂きます」
「おっ! ナイさんの本気か、楽しみだな」
スーツに包まれていたナイの全身から名状しがたい禍々しい闇のオーラが溢れだす。それは麟華の纏う神気を更に濃く、深くしたような闇のオーラだ。
僅かな時間の後、ナイの肉体を覆っていた邪気が晴れていく。そこから現れたのは姿かたちはまったく変わらないままのナイであった。ただ、その褐色であった筈の肌は漆黒の闇に染まっている。
「おいおい。それだけの変化なのに凄まじいくらいの威圧感だな」
「ナイさん素敵♡ それが神としての力を十全に発揮できるカタチなんだね♡ なんとなくだけど理解できるよ♡ ボクに注いでくれた加護のお陰かな♡」
変化したナイの肉体がゆらりと揺らめいた次の瞬間、その肉体は広大な広間の中心部に在った。
――ヒュカッ!
無言のままに神速で腕を振るうナイ。その直後、彼の周囲にいた兵器や英霊が消し飛ぶと同時に、全方位から凄まじい弾幕が放たれた。
――ドパパパパンッ!!
――シャリィン!!
――ジュヴァッ!!
攻撃後の隙を突くかの様に、古代兵器の兵装や自我無き英霊たちの振るう剣や槍、生ける炎の眷属たる焔精の放つ神気を孕んだ、超高温の火焔がナイに雨あられと殺到した。
つい一年前の、セーヌで暮らし始めた頃の黒斗らでは成す術もなく殺されていたであろう超絶の暴威が、二人の眼前で荒れ狂う。これは、たとえその一部に過ぎぬとはいえ、ことわりを超えた外なる神同士の闘争なのだ。只人が巻き込まれれば攻撃を受けるまでもなく、即座に魂すら発狂して廃人と化すだろう。
だが――。
「うずうず……」
「ダメだからな? ナイさんに任しとけ。本命はちゃんといるんだから、鬱憤はそれにぶつけてやれ」
「はーい♡ いいなぁ……ナイさん。結構苦戦してるね。英霊はともかく、あの人魂みたいな奴の攻撃はそこそこ効くみたい♡ 油断したらナイさんでもヤられそう♡ いいなぁー♡ ボクも早く殺したり殺されたりできる様なバケモノと戦いたいよぉ♡♡」
「全くもって同意だ。純粋に楽しもうぜ。だから前座はナイさんに譲ろう。俺たちの獲物は……もう少し先なんだからな」
神話の再現がごとき神の闘争を眺める二人の表情に、喜悦以外は無かった。そこにはひとかけらの恐怖も畏怖も無いのだ。まさにまさに……それこそが証。我ら冷め果てたトリックスターの、異形たる魂を滾らせる者である証左である。
「意思無き人形や機械兵器如きはともかく、さすがに焔精の火は効きますね。人形と機械も火力だけはありますし、合わさると流石に厄介ですな」
英霊と兵器の攻撃はしっかりと防御しているナイであったが、焔精の放つ火焔に関しては別だ。降り注ぐ炎弾は神気で防いでもなおナイの着るスーツを焼き、その下の黒色の肌を焦がしていた。
ナイを灼く赤と白を通り越した青き炎は、その温度が数万度を超えていることを示している。勿論、ただの物理的な現象であれば外なる神であるナイが傷つくわけも無い。それはクトゥグアの炎が持つ性質、物理存在のみならず概念存在をも焼き尽くす生ける炎の特性を若干であるが帯びている為だ。
「ふんッ! 覇アアアアッ!」
傷ついていく肉体を気にもかけず、要塞と化している広間の只中に雄叫びを上げて突貫していくナイ。正直な所、分は悪かった。だが、無傷で届けると約束したのだ。神だとか人だとか、そんな事は関係なく。己を友だと定めて憚らぬ二人の為に、ナイはけして表には出さずとも、魂を震わせるほどの興奮と歓喜に満ち溢れていた。
「掛かってきなさい。意思無き人形に兵器程度は鎧袖一触に薙ぎ払ってくれましょう。そしてクトゥグアの眷属ども! 我らが森を焼いた事を悔いながら滅びるが良い!」
ナイの漆黒の肉体が凄まじい闇色の光を発した直後、周囲の英霊や兵器たちがまとめて吹き飛んだ。禍々しい闇光が晴れた先には、ダークマターを思わせる程に漆黒のヒトガタ。余計なものを全てパージした全裸のナイが降臨する。
「うえぇーっ!? ナンデッ!? ゼンラナンデ!?」
「ナイさん裸になっちゃった! あはは面白ーい!」
「本気を出す以上、わが闇肌を出すのは当然ですので。参りますよ! せりゃああああ!」
ナイの肉体が高速でブレる度に、四肢から射出された闇の神気が敵を薙ぎ払っていく。吹き飛ばされた英霊や兵器たちが体勢を整えたかと思った瞬間、ナイの闇の神気に晒されて朽ち果てていく。焔精は多少耐えているが、それでも眷属でしかない彼らに対抗する術はなく、その姿をかき消されてゆく。だが、奮闘するナイを嘲笑うかの如く、広間の奥からは無尽蔵に増援が溢れだしてきていた。
――ドゴッ! ドゴォッ!
――ババババババババババッ!
――チュインッ……バゴォッ!
ありとあらゆる属性の弾幕が作られ、神体を顕わにしたナイに襲い掛かっていく。恐るべきはレムリアの兵器よ。クトゥグアの眷属たる者はともかく、神ですらない英霊や兵器の攻撃が大量の弾幕をもって僅かずつではあるがナイの神体を削り取っていく。神ならざる身にて神を傷つける。恐ろしいほどの人の執念の結実であった。
「これはこれは……有象無象も集えば脅威とよべるものですな。ですが、あまりお二方を待たせて退屈させる訳にもまいりませぬ」
漆黒のヒトガタとなったナイの貌に、不敵な笑みが浮かぶ。いまや広間中を埋め尽くすほどの濃さとなった弾幕の雨に撃たれ、己が仮初の肉体の滅びも厭わずに特攻を仕掛けてくる数多の英霊たち。その刃と魔術、焔精の魔炎に焼かれ、漆黒の肌を焦がされ内部の黒き肉を露出させたボロボロの右腕を突き出しながらナイは、闇と月に吠えるかの如き叫びを上げた。
「
──
ナイのやや前方にある空間が、まるで悲鳴を上げるの様に軋みを上げた。否、それは正しく悲鳴であった。
何もない筈の虚空に罅割れが生じ、ぎしりぎしりと悲鳴が響く度に、この世ならざる禍々しい存在が世界を侵食していく。余りに冒涜的な光景に、意思無き人形である筈の英霊たちでさえ膝をつき、苦し気に呻き、焔精たちは怯えのオーラを纏い始める。
やがて、
其は数多ある化身の一つにして冒涜と破壊の化身。円錐状の汚れた肉の塊に、鉤爪を具えた無数の触手を生やした悍ましき姿。這い寄る混沌としての神性の具現化であった。
「
――オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ゛。
知性体がその姿を見れば即座に発狂に至るであろう存在が、悍ましくも名状し難い叫びと共に触手を振り上げる。その鉤爪の生えた先端部の全てに暗黒の光が灯り――広間すべてを覆いつくす闇光が放たれた。
すべてが汚され、闇そのものに溶け消えていく。
意思無き英霊達も、古代兵器の群れも、焔神の眷属たる焔精すらも。
まるで、ケーキに灯された蝋燭の如く儚く。
「増援は無いようですな」
それまでの修羅場が泡沫の夢であったかのように、綺麗さっぱりとした広間の只中でナイが二人を振り返って告げた。あれほどの猛威を振るった破壊の化身もいまや、幻であったかの如く消え去っている。
「今の凄かったねー。アレもナイさんの別の姿なの?」
「並行存在の一時召喚……って感じか? 悪魔を召喚する系ゲームのサモナーみたいでカッコいいな!」
怯えも狂気の片鱗すらも見せずに返事をする二人。もはや一般的な人類種の精神性とは一線を画している二人にとっては、先ほどの悍ましき現象も大したことでは無かった。ただその威力の凄まじさに感嘆するばかりである。
「黒斗様の推察でほぼ正解ですな。とはいえそれほど気軽に
「ああ、そうみたいだな。ナイさんの力が大きく減じている様に感じるし、なにより……」
「それ痛くないのかな? 大丈夫?」
ナイに近づいた麟華が、その漆黒の肉体を優し気に撫でる。
「見た目ほどにはダメージは無いのですよ。ですが、先ほどの様な召喚は暫くは無理ですね。とはいえもう打ち止めの様ですので問題は無いでしょう」
「でも見てて痛々しいんだよね……。あっ! そうだ」
「麟華殿? なにを――」
全身に細かな亀裂の走るナイの首に両腕を絡ませて、麟華がその唇に自らの唇を重ね合わせた。桃色の艶めかしい唇の隙間から、血の様に紅い舌がぬるりとナイの口内に挿し込まれていく。
「んっ……あむ……ちゅっ……♡」
「いきなり嫁さんが仲間の男にディープキスを始めた件について。うーん……眼福だな」
闇一色のナイの顔面が驚きに染まる。さすがの邪神の現身たる彼も、唐突な麟華の行動には驚いたようだ。だが、次の瞬間に訪れた変化に、ナイの黒き瞳は更なる驚きに見開かれた。
(これはっ……。麟華殿から神気が流れ込んで?! いくら亜神といえど真なる外神たる私の身に馴染むような神気を操れるなど――)
唇を通して麟華の肉体から流れ込んでくる力に、ナイは驚愕していた。いくら邪神の力をその身に宿したとはいえ、歴然たる神格の差が二人には存在している筈だからだ。
(いえ、彼女には私の加護がある。とはいえそれでも――)
以前、麟華を抱いた折に確かに彼女の子宮に神の精を注ぎ込み、加護を与えたのは事実だ。故に、彼女の神気はナイのそれと近しい。だが、それを加味してもなお、この短期間でナイに力を与えられるほどに成長していたとは思わなかったのである。
「んっ……ぷはっ……♡ どうかな? 大分マシになったんじゃないかな?」
「はい、助かりました。麟華殿。ありがとうございます」
「ナイさんを回復させたのか。でもそうすると麟華の力が減ったりするんじゃないか?」
黒斗が当然の疑問を口にする。力を温存させるためのナイの厚意を無碍にしてしまうのではないかと思ったのだ。
「いえ、麟華殿の力をほぼ減っていません。今のは同じ属性の神気を互いの肉体で循環させ、増幅させたのです。凄まじい技術ですな」
「ふふん。魔闘術の応用だよ。オーラを肉体に循環させて増幅させるのを神気で二人分にしただけだからね」
だけ。で済むような行為では無論無い。武神ともよべる極致に至っている麟華であるからこその業だ。神は努力も修行もしない。生まれながらの神はその権能を振るうだけで下位存在を圧倒できるからだ。では、人として武を極めた麟華が神の力を手にしたら? その結果がこれである。
「これならば確実にお二人を炉心に送り届けられるでしょう。もはや彼奴の眷属の反応も少ない。目的地はすぐそこですぞ」
「うんうん、狂った魔導人格はぶっ叩いて矯正して、サクッと解決しちゃおう♡」
「早く帰って雄大さんのうまいめしが食いてぇ。ナイさんも当然来てくれるんだろ? 俺も作るから宴といこうぜ」
「くははは! もう戦勝の宴の話ですか。お二人で無ければ油断するなと釘を刺すところですが、もちろん相伴させて頂きましょう」
その後、揺籃炉側からの組織だった抵抗は無かった。手持ちのコマが尽きたのか、それとも意味が無いと悟り備えに徹したか。といった所だろうか。
散発的に現れる意思無き英霊や防衛兵器を、罅割れも癒えた闇肌のナイが蹴散らして通路を進み、やがて一行は艦橋でエイネスに見せられた立体映像とまったく同じ光景の広間へとたどり着いた。魔導船フォーマルハウトの心臓部、その動力炉たる神秘の最奥。揺籃炉へと。
「私はここでお待ちしています。御武運を」
「ああ、行ってくる」
「ナイさんまたあとでねー」
広間の入り口で二人を見送るナイ。ここより先は黒斗と麟華の出番だ。露払いの役割をこれ以上ないほどに果たした紳士の言葉に対し、二人はなんの気負いもなく返事をかえした。
様々な機構が配置された広大な空間をゆっくりと進む二人。やがて、その前に一人の人影が現れる。
「来たか。虚空より来たりしエイリアン……我らが怨敵よ」
見上げる程に高い天蓋からごく細いワイヤーで吊り下げられた巨大な揺り籠が、周囲の空間を歪めながら揺れ動く。その常識を超えた構造物の前にて、エイネスに似た白き衣に身を包んだ一人の男が二人に告げた。
「ボクはエイリアンじゃないんだけどね……」
「それは誤解で……ってのは通じないんだろうなぁ」
エイネスと同じエーテルで造られた化身。揺籃炉を管理する魔導人格がきりりと眦を上げて叫ぶ。
「戯言を! 貴様の禍々しい力がなによりの証拠。元人間であるエイネスは騙せても、純粋なる魔導頭脳たる我は誤魔化せぬわ! ここで滅びるがよい!」
男が叫んだ瞬間。二人と男の周囲の空間が揺らめいていく。万が一にも揺籃炉に損傷を与えぬ様に空間を隔離するつもりの様だ。
それは当然、二人にとっても好都合であった。フネの重要な炉心である揺籃炉を破壊せずに、管理人格である魔導頭脳のみを破壊する。そうしてその後に、エイネスが用意した麟華への敵意を持たぬ、狂っていない魔導頭脳を新しく揺籃炉に憑依させる予定なのだ。
「決戦のバトルフィールドって奴か。いいねぇ……やっぱバトルは集中して戦えないとだよな」
「なんかカッコいい言い回しだね。私も似たような事できるし、今度から決戦のバトルフィールドって名付けようかな」
「うちの嫁がラスボスムーブ可能な件について……。怖いです。そういやこないだの凶賊狩りで使ってたな。マジ震えてきやがった」
相変わらず緊張感のない二人であったが、その表情はこれから行われる戦い。命のやり取りの予感に獰猛な笑みを浮かべていた。バトルジャンキー夫婦ここに極まれりといった所だろうか。
隔離された空間は、周囲を炎で覆われた宇宙空間の様な場所だった。酸素は存在する物の当然のように足元の大地などは無く、黒斗と麟華の二人は慣れない浮遊感のままに、宙に浮かび上がる格好だ。これでは腰を入れた抜刀術など当然できないし、マトモに戦う事など到底不可能だろう。
「うおっ! 無重力かよ。そりゃあ相手に不利なフィールドを作るのは当然だろうが……やりづれぇな」
「めんどくさいよね。だから床と重力を創造しちゃお♡ どーん!」
麟華が可愛らしい掛け声で、無理やり足を無重力空間に踏み下ろす。すると荒廃した大地が現れた。
「次は重力! どーん!」
荒れた大地の上で浮いたままの麟華が、再び足を踏み下ろす。重力が生まれ、二人の両足がすたりと大地についた。
「無ければ作れば良いってね。魔導人格さんの思い通りにはさせないよ♡」
「なにこれ神か? いや神なんだったか。相変わらず俺の嫁さんがヤバい」
神の力を持つ者は、好きなように現実というテクスチャを切り張りして己が世界を構築する事ができる。つまり神同士の戦いとは、いかに自らの我儘を相手に押し付けられるかという至極単純な物なのである。
「ぬぅ……穢れし邪神め。貴様ら侵略者を我々は絶対に許さぬ! 滅びよ!」
クトゥグアの断片を核に造られたであろうアバターを纏った魔導頭脳。その悍ましいほどに高まった禍々しいパワーが構えた手の中で凝縮されていく。それ一つで惑星を崩壊させてもおかしくない程にまで高められたパワーだ。そんな絶大なる力が、矮小たるヒトの身に向けて放たれる。
「全てを灼き尽くす生ける炎よ。万象一切を灰燼と化せ――【
まともに受ければ、いかな黒斗と麟華であろうとも寂滅は免れまい。それは恒星の炎。太陽すら遥かに超える超巨大恒星にして生ける炎たるクトゥグアの断罪の炎だ。滅びの光りあれ。と、世界終焉の熱量にも例えられるソレは、瞬く間に空間そのものを灼き尽くしながら二人を飲み込む。
――リィン。
鞘鳴りの音は一つだけだった。たった三尺五寸に過ぎぬ漆黒の刀身が鞘から解き放たれる。そして、振るう者の超級の技巧により驚くべき結果が作られた。
概念も含めた全てを焼き尽くす断罪の炎が――ただ一振りによって消え果てたのである。
「ぬるいなぁ。魔導人格さんよ。この程度か?」
事も無げに言い放った黒斗であったが、その内心は穏やかでは無かった。神の焔という概念を斬る為には極度の精神集中と疲労が伴う。ほんの刹那、そのタイミングを間違えていれば二人ともに細胞すら残さず消滅していたのは間違いないのだ。
(やっべぇなぁ……アイツ想像以上につえーぞ。でもなんか、久々にワクワクすんなぁ)
噴き出す冷や汗を誤魔化しつつ、けれど武者震いは止められない。邪神との一件以来、ザコ同然の凶賊や金策の為の魔獣狩りの日々だったのだ。久方ぶりの強敵との闘いに黒斗が滾らないわけがない。そしてそれは、麟華も同様であった。
「別にそれが本気じゃないんでしょ? いいよ。全力を出すのに時間が掛かるなら待ってあげるから、アナタの全ての力で私たちを滅ぼしてみせて♡」
麟華のわかりやすい挑発に、アバターの顔面がわかりやすく歪む。
様々な情報をインプットされた高度知性体といえど、彼の人格経験ははごく狭い船内のみで完結していたのだ。そも炉の管理人格である彼のような存在が直截的に戦闘を行うなど本来ならばあり得ない。だが、麟華の放つ邪神の如き神気にあてられ、狂ってしまった彼にはもはや正常な判断力など残ってはいなかった。
「よかろう。我らの力とくと見よ。神格生命体とのシンクロ率上昇シークエンス開始――完了。続けてアバターの変異シークエンス開始」
擬人化したアバターの全身が燃えていく。やがて、神の焔がアバターの全身を包み込み、巨大な心臓そのものと化したかのように、どくんと大きく脈動した。
「でかくなってないか?」
「巨大化は変身の基本じゃない?」
「それはそうだな」
呑気に構えている様にみえる二人だが、目の前の存在が放つオーラがどんどんと膨れ上がっていく様子を見て少しだけ口許を引き攣らせていた。どうやら二人の予想以上であったらしい。
――ヲヲヲヲッ!!
それは高さ10メートルほどのヒトガタをした燃え盛る焔の巨神。かの存在の空間を震わせるかのような咆哮と共に、口らしき虚ろから噴き出す火焔流が空間を真っ赤に染めあげていく。その周囲の温度はおよそ摂氏10万度近い。もはや有機生命体の生存を許さぬほどの環境であった。
「へぇ……やればできるじゃねぇか」
「ミスったら普通に死ぬね♡ これ」
近くにいるだけで肌をチリチリと焦がす余波によって皮膚が灼かれて激痛が走る。神気やオーラで防御していてさえこれだ。二人の意識にしっかりと死という予兆が見え隠れする。間違いなく今までにない強敵だ。だが、生粋の
護るべき都市の遥か地下深く、かつての超文明が生み出した星渡るフネの中心部、周囲全てを断絶した空間の中で――神話を超越した神と神の戦いの幕が上がる。