ファム・ファタール~寝取らせモノが大好きな剣士が異世界転移した場合~ 作:幻闇
「もういいよね? 我慢できないからいっちゃうよー」
辛抱堪らないといった表情で進み出た麟華が、虚空から揺らめくように現れた禍々しい魔槍をぐるりと回転させて構える。
麟華の纏うオーラが、目に見えて増大していく。眼前に存在するかつてない強敵を前に、麟華はただひたすらに楽し気であった。
その様子を苦笑しつつ見守る黒斗の眼前に、異形の物体が四つ現れる。
――GHAAAAAAAAA!!
ちょっとした小屋ほどもあるサイズの龍の頭部のみが、幻影の様に虚空から現れ、咆哮しつつ麟華の背後に追随した。有り余る神気で創り出した実体を持つイメージの投影だ。
「いつの間にそんな技を……」
「ビューネちゃんがやってた実体を持ったアバターってのを真似してみたんだよねぇ。カッコいいでしょ♡ ほーら、薙ぎ払えー」
可愛らしい掛け声とは裏腹に、現出したのは地獄であった。
四つの龍頭の顎門が一斉に開き、極光のレーザーブレスが一斉に放たれた。それは空間を切り裂きながら焔の巨人へと殺到し、凄まじい爆音と共に焔の巨人を焼き尽くした――かに見えた。
「ははっ! やっぱり高温には強いね!」
巨人は無傷であった。ブレスの高温は確かに無効化されたようだが、その衝撃は確かに巨人表面の火焔を吹き飛ばしていた。だが、その下の本体らしき肉体には傷一つなく、何事も無かったかのように火焔は再び巨人を包み込んだのだ。
「じゃあこれならどうか……なっ!」
即座に跳躍し、巨人との距離100メートルほどにまで近づいた麟華が、魔槍を握った右手を肩の上まで持ち上げて背筋を限界までしならせ――投擲。
――キィン!
放たれた直後に音速を突破し、ソニックブームを発生させた魔槍が空気を摩擦で焼き焦がしながら飛翔。神の作り出した隔離空間でなければ、即座に大気圏を突破して第二宇宙速度を超えて、遥か彼方のアステロイドベルトにまで届くであろう武神の投槍だ。
それがもたらすのは絶対の破壊だ。防ぐ術などある訳がない。尋常な相手であれば風圧だけで五体が千切れ飛び、コンマの遅れで届いた魔槍によって千切れた四肢ごと消滅する定めであろう。
だがその槍が焔の巨人に届いた瞬間、どろりと溶けたのだ。まるで熱された飴細工のように。一体どれほどの熱量が有れば可能なのであろうか? 麟華の魔槍はただの金属や魔獣素材で作られた品にあらず。神気によって創り出されたまさしく神器ともよぶべき兵器である。だがこの現状は予想できた事だった。
そもそもなぜ麟華は槍を投げたのであろうか。
生ける神の焔を纏う巨人。その周囲に近づく事がそもそも不可能だったとすれば?
「ただいまクロト。やっぱり溶けちゃったー」
「おう、おかえり。つーかさらに温度が上がったな。オーラで防御しててもクソ暑いぞ」
「あの炎なんとかならないかなー?」
「難しいな。ナイさんの話を聞くに、あの炎そのものが神なんだろ? いや待てよ。魔導人格と神炎をうまい事切り離せば……いけるか?」
神の焔そのものを滅する事は難しい。だが、そもそも魔導人格とクトゥグアの欠片は別々の存在だ。であれば、次元すら断つ黒斗の剣術を以てすれば両者を分かつ事は不可能ではないだろう。
だが、さしもの黒斗といえど神との融合体を分離する為には、極度の集中を要する事は言うまでもない。焔の巨人の猛攻をしのぎつつ行うのは不可能に近いだろう。彼一人であれば――。
「どれくらいかな?」
「二分……いや、一分あれば良い」
「ほいほい。まかしといてー♡」
気安く請け負った麟華であったが、その行為は口調と同じほどに軽いものでは無い。事実、黒斗の尋常ならざる様子に気付いた焔の巨人は先ほどの棒立ちの姿からは一転して二人への攻撃を開始したのだ。
――残り60秒。
【疾く滅びよ――邪悪なる者ども――せいえんりゅう】
空間全体に響き渡るような巨人の神言が告げられると、巨人の周囲の空間が陽炎の如く揺らぎ、凄まじい熱量を帯びた焔のレーザービームが雲霞の如く放たれた。
「夫婦は互いを守り合うものってね。ボクの旦那には火の粉一個も触れさせないよ♡ 覇ッ!!」
虚空から現出させた魔槍を手に、放たれたミサイルの如く麟華が飛び出す。高速で回転させた魔槍で襲い来る光条を打ち払いつつ、溶け落ちる前にもう片方の手に魔槍を産み出して新たな盾とする。
――残り50秒。
【全てを呑みこむ恒星の焔よ――ようせいらんぶ】
先ほどまでのレーザービームはそのままに、幾つもの白熱した焔球が巨人と麟華の狭間に生み出され、円を描くかの様な動きで麟華に迫っていく。青白く輝くその球体はまさに恒星を焼き尽くす温度、実に数百万度を超えるだろう灼熱の火球だ。
「そっちが太陽ならこっちは龍だよ。全てを灼き尽くす龍の吐息を召し上がれ……ってね」
次々に生み出した魔槍を回転させてレーザービームを受け流しつつ、ガパリと大口を開けた麟華。その口腔内に滅びの輝きが収束していく。巨人の生み出した数多の火球が直撃するかと思われた瞬間――。
キュドッ! 耳を聾する轟音と共に麟華の口から極光が放たれる。薙ぎ払うように周囲の火球を一掃したレーザーブレスが、巨人の胴体に突き刺さった。
――残り40秒。
【無駄だ。神と同化したわが身に――なにっ!】
「でも攻撃は相殺できるし、こうやって目くらましにもなるよね♡」
レーザーブレスとプロミネンスがぶつかりあい、凄まじい爆音と閃光があがる。だがそれだけだった。そして、なんの痛痒も感じていない巨人が麟華をあざ笑おうとした刹那、彼我の距離を一瞬で縮めた麟華の姿が巨人の眼前にあった。
【わが身を包む焔を忘れたか? 神の焔に焼かれて滅せよ】
巨人の全身から猛烈な勢いで焔が噴き上がる。それはまるで、神気を帯びた魔性の扇でしか掻き消せぬ猛炎に包まれた山のようであった。あっという間に全身を火焔に灼かれた麟華の、煌くような紅鱗がぶすぶすと煙をあげて焦げつき始める。
「あっつ! 生きたまま焼かれるのは初めてだけど、これはこれで悪くないね。今度のプレイで取り入れてもらおう♡」
ふざけた言葉を口にしながらも、その表情には隠せぬ苦痛の色がみえる。やせ我慢だとせせら笑おうとした巨人であったが、その数秒の間に恐るべき事実に気付き、魔導人格の精神に動揺が走った。なぜこの女はいまだ燃え尽きていないのだ? と。
魔導船フォーマルハウトが造られてから一万年もの間、定期的な文明観察は行われていた。だが、船の全てを管理するエイネスとは違い、揺籃炉を管理する為だけに造られた魔導人格は一万年前の知識しか持たなかったのである。
かつての旧人類と、数多の生物群や他次元から召喚した存在とを掛け合わせて作られた新人類たち。彼らの基本スペックこそ知っていれど、濃厚なエーテルを取り込み続けて変異、進化した一万年後の彼らの現在のスペックなど知りようも無かったのだ。
異界より召喚されし幻想種、真龍の遺伝子を組み込んで造られた龍人族は、エーテルを放出する魔法と極端に親和性が悪い種族だ。だがそれは、エーテルとの親和性が悪いという事にはならない。むしろ逆なのだ。
エーテルとの親和性が高すぎる真龍という生物の特性を組み込まれた結果、彼らは肉体そのものをエーテルで強化し、人類種の中でも突出した肉体能力を得るに至ったのである。
「確かに熱くて燃えそうだけど、一発ぶち込む間ちょっと我慢するくらいはね。でっかいやつにはでっかい武器! 近距離なら躱せないでしょ! いっくよー!」
魔導人格の知る龍人族とは、旧人類よりも少しだけ再生力が高く、少しだけ力が強いだけの存在であった。
──ドゴォッ! ギャリギャリギャリギャリィッ!
けして、焦げ落ちるそばから新たな鱗を再生させ続け、通常の槍の持ち手の先に工業用の掘削ドリルの如き大きさの回転する刃部をもったバカげた武器を持てるような怪力のバケモノでは無かったのである。
――残り30秒。
【ぎああああっ!】
「ゴリゴリ削るよギガドリルランス~♡ 焔は神でもさー、本体はただの依り代の兵器でしょ? 」
【我らの創造主たるレムリアの英知の結晶! それが私の肉体である。余りの驚きに叫んでしまったが、そもそも貴様ら程度に私の防御障壁を突破する事は不可能だ。愛する男の目の前で貴様を灼き尽くしてくれよう】
麟華の手にした巨大な金属の螺旋槍は凄まじい衝撃音で巨人に接触している様に見えるが、焔巨人の言葉の通りドリルの先端部は依り代表層に展開された障壁に完全に阻まれていた。近づきすぎてもはや逃げる事もままならぬ麟華の正面で、巨人が無機質な造形の顔面を歪ませながら哄笑し、その全身から数百万度の焔が噴き上がる。
「ぐううっ……」
神気に覆われていてさえ、紅鱗は瞬く間に黒く変質して焦げ付き、皮膚と肉が溶け落ちていく。肉の赤と骨の白が鮮やかなコントラストを描き、即座に再生するも再び溶け焦げていく。灼かれ溶かされ、再生する無限の苦しみ。そんな地獄の苦痛を感じているに違いない麟華はだが、不敵な笑みを浮かべたままだった。
――残り20秒
【しぶとい羽虫め。神よ。我に更なる力を! ンガイすら焼滅せしめた生ける炎をここに! なふるたぐん・いあ! クトゥグアこそ我が力なり。すなわち我こそがクトゥグアなり!】
更に温度が上がるのかと身構え、再生力に更なる神気を籠めようとした麟華。首から下の全身にどろりとした粘性のある焔がまとわりついた。温度はそれほどでもない。いやむしろ、先ほどまで麟華の肉体を灼いていた火焔よりも低いくらいだ。
生温くも感じるその粘り気のある泥の様な焔に、一度引くべきかを悩んだ瞬間――麟華の肉体にまとわりついた泥焔が麟華の肉体にある幾つもの穴に同時に侵入を始めた。
「ちょ! なにこれ気持ち悪――ひぎいいいいいっ!!」
股間にある三つの穴はもとより、双丘の頂点にある乳孔や全身の毛穴からすらも浸潤した泥焔が敏感な粘膜を刺激した。次の瞬間――急速に温度を上げて燃え盛る。肉体を内側から焼き尽くされる激痛に、背骨が折れそうなほど肉体を反らせて苦痛の絶叫を上げる麟華。その様子に、巨人は満足そうに表情を歪めて嗤う。
【その肉体の内側から灼き滅ぼしてくれよう! ふはははは!】
「いぎいいいいいいっ…………」
生物は皆、火を怖れる。それは原初の時代、何もない無の世界を今あるカタチに変化せしめたのが火であったからだ。無に熱が産まれ、やがてすべての物に差異が齎された。故にこそ火は恐怖と尊崇の対象であったのだ。
焔神の権能を宿した巨人の火は生物が怖れる原初の火のカケラを宿している。その混沌の具現である泥焔に灼かれれば、魂ごと肉体を焼き尽くされてしまうのが当たり前なのだ。けして、快楽に瞳を染めてアヘ顔を晒し、絶頂を迎える等あり得てはならないのである。
「いぃぃぃ……ああぁん♡♡ カラダの内側から焼かれてぇ……♡♡ イっくううううううううう♡♡♡♡」
――バギィン!!
甲高い破裂音が響き渡る。巨人が張っていた障壁が砕け散った音だ。
――残り10秒。
【なにいいィィッ?! バカなああああっっっ!! あり得ぬっ!!】
神のもつ神性。つまり権能とは、その存在が持つ嗜好や信念によって決定される。元々片鱗は見えていたのだ。
膨大な魔素を吸収し続け、外神たるナイ神父の精を受け入れ、邪神たる存在の神気を交合にて奪い取った。それはすなわち相手の力を我が物とする力だ。
混沌たる神の焔で灼かれ、それすらも快楽として受け入れた麟華。どのような痛みすらも快楽に変換し、戦いの痛みすらも己が快楽としてしまう麟華が、神気宿りし焔で焼き尽くされたのである。其は魔性の胎内にて全てを受け入れし淫らの神。
もたらす結果は火を見るよりも明らかだ。クトゥグアの欠片がもつ神気すらも、麟華は己がモノとしたのである。
もはやその力で生み出された障壁など、薄紙を破るよりも容易く壊せるのは道理であった。
快楽に喘ぐ麟華の右手に揺らめく神焔を宿した魔槍が顕れ、巨人を護る結界に突き立てられる。
それは即座に砕け散った。
――バギィィィンッッ!!
「あとはお願いね♡」
「ああ。任せろ」
既に一分は過ぎていた……。
麟華の後方で抜刀術の構えを維持していた黒斗。その雰囲気は驚くほどに凪いでいる。闘気の一部すらも漏れ出ていないのだ。それは全て、はち切れんばかりに隆起した鋼の肉体の内側にて解放の時を待っていたのである。
「所詮借り物の力という事か……。一刀にてうつろわざる神をも断つ――【斬神】」
音もなく抜き放たれた漆黒の刃が、大上段から振り下ろされる。その軌跡から生じた次元をも裂く刃は容易く空間を超え、巨人を両断した。
【がっ……ぐあああああああああっ!!】
全身に纏う焔が激しく揺らめき、魔導人格の憑依する人造神体が崩れ始める。だが、魔導人格はその虚ろな相貌を憎々しげに歪めて叫んだ。
【滅ぼさせはせん! 我が創造主が愛したこの星を! 今を生きる宝物が如き人々の命を! 我らは人類守護の最後の砦! 恒星間魔導移民船フォーマルハウトの管理者なり! クトゥグアよ! その欠片よ! 汝が持つ全ての権能を解放せよ! 炉心制御停止――
魔導人格の叫んだ言葉に、黒斗と麟華の表情が複雑そうに歪む。かの魔導人格は最後まで、人類とこの星の為に脅威を排除しようとしただけなのだ。人の人格を持たぬゆえに、永い年月の間に思考プログラムが凝り固まり、融通の利かない半ばバグったプログラムと化していたとしても、その想いは悪などでは断じて無かった。
「分かり合えないってのは寂しいもんだな」
「そうだね……。ところでアイツ、凄く不穏な事口走ってなかった?」
「これ以上一体なにをしようと……うおっ!」
二人の目の前で、恐るべき事態が生じた。
巨人を包んでいた焔が突如、その勢いと炎勢を増したかと思った瞬間、素体となっていた巨人が墨のように焼け焦げ――即座に灰と化して消滅したのだ。
後に残ったのは液体のように表面をぬらぬらと輝かせながら燃え盛る、恒星の如き焔球であった。その存在から放たれる神気は先ほどまでとは比べ物にならぬ程に高まっている。炉心の制御や燃料として回されていた力全てが、クトゥグァの欠片に戻ったのだ。
「これはマズいですね……」
「ナイさんか」
「あれはどういう状態なの?」
広間の手前で待機していたナイが二人のもとへ歩み寄り、焦りの浮かんだ表情を隠しもせずに二人の問いかけに答える。
「クトゥグアの欠片が解き放たれました。アレはもう炉の制御パーツではありません。全てを灼き尽くす荒ぶる星焔の顕現です」
「おいおい……。そんなもん解放して船内の人たちとか上の都市は大丈夫なのかよ」
「そちらは問題ないでしょう。欠片が解放されると同時にこの広間の次元がズレました。例え炉心が暴走して次元消滅を起こそうとも船内に影響はありません」
「船内には無くてもボク達には影響あるんじゃない?」
「なに、アレを倒してしまえば良いのですよ。どのみち敗北すれば炉心が暴走を起こす前に我らはアレに滅ぼされます。消滅に巻き込まれる心配はありません」
あまり安心できないナイの言葉であったが、二人にとってはむしろ闘争心を増すだけのようだ。
獲物を前にした肉食獣じみた笑みを浮かべた黒斗と麟華は、改めて己の得物を構え直し、燃え盛る焔神へと切っ先を向けた。
――ごおっ!
数万度を超える熱風が吹きつける中、全身に闘気を漲らせた二人が超硬セラミックで造られた床を蹴りつける様にして前方へと飛び出した。
「お二方であれば焔そのものも斬れましょう! ですがアレはお二方が纏う闘気のようなもの。いくら斬ろうとも意味はありません。本体である欠片の神核を狙いなさい!」
「まぁそういうパターンだよな! 得意だぜぇ! そういうのはよ!」
「全部ぶっ飛ばせば絶対当たるよね! イージーモードッ!」
残像を残すほどの凄まじい速度で突進していく二人に向けて、焔神からいくつもの炎熱による飽和攻撃が放たれる。万を超える熱線に、触れれば超新星の如き爆発を引き起こす数多の炎球、鞭のようにしなって標的を溶断する蛇の様な光条。
それらをたやすく斬り裁き、触れる物みな斬り捨てる刃の絶対結界そのものと化した黒斗。麟華に至ってはもはや再生を超えた超絶の復元力にものをいわせ、わざとその身に攻撃を喰らっているほどだ。直径数十メートルに及ぶ大口径ビーム兵器のような攻撃に対しては流石に己がブレスを用いて相殺していたが、それにしても滅びるわけではなく、塵からの復元には時間がかかって面倒だからと言う理由である。
「──涅槃寂静」
「はぁっ! まとめて貫くよぉ」
接敵した二人が各々の武器を全力で振るう。それは防御を考えぬ、ともすれば捨て身ともとれる一撃だった。
黒斗は黒刀を神の眼をもってしても見切れぬほどの速度で振るい、焔神を千々に斬り刻む。対して麟華が繰り出したのはただ一つの突き。だが、突くと同時に周囲の空間より万を超える虚ろの槍が顕れ、焔神の燃え盛る肉体を貫いた。
――ヲヲヲヲン!
魔導人格ではない、クトゥグアの欠片そのものが咆哮をあげる。それは悲鳴か――否。
「ぐあっ!」
「クロト!?」
想像を絶する二人の猛攻を受けた焔神から、ぬるりとした光沢の炎で作られた幾つもの触手が飛び出した。技を繰り出した一瞬のスキを突かれたのだ。残心のままに殆どの触手を斬り飛ばした二人であったが、そのうちの一本が黒斗の肉体に巻き付く。じゅう……という肉体の焦げる異臭がたちこめる。
「ボクの旦那になにしてんのっ! おりゃあ!」
すかさず魔槍にまとったオーラを増大させた麟華が切断するも、麟華のようなバケモノじみた再生力を持たぬ黒斗には痛手だ。ボルボルが開発した新型ポーションは無論ある。だが、飲む隙を与えまいと焔神の猛攻は続く。
「ぐうっ……。触手プレイを男にするなよ……なぁ!」
両腕と胴に痛々しい火傷の痕を残しつつ、それでも迫りくる熱線や触手を斬り払っていく黒斗。常人にはわからぬ程の僅かな差異であったが、その剣筋は普段よりもやや鈍い。
「ヤるならボクにしてよねぇ! はあっ!」
だが、その事実に気付いていない麟華では当然無い。夫の背中を護るのは妻である己の役目だといわんばかりに、黒斗の背後から襲い掛かった数多の燃える触手を薙ぎ払う。
ただ愛し合うだけの存在ではない。信頼して互いの背を預ける事のできる最強のパートナー。それが黒斗と麟華という二人の真骨頂であった。
「それで……視えた?」
「ああ、痛手を負った甲斐はあったな。わかりやすく中心――どまんなかだよ」
先ほどの攻防の際、あえて大技で燃え盛る本体を千々に刻み、その代償として負傷した黒斗であったが、何の策も無くそのような行為をしたわけでは無かった。その炎という概念そのものたる肉体を斬り裂きつつ、意志ある者であれば僅かに生まれる動揺や思念の揺らぎを感じ取っていたのだ。
二人の攻撃どちらもが、欠片とはいえクトゥグアの持ちうる原初の感情の一つ、恐怖を呼び起こしたのである。であれば、その恐怖の思念が向かう場所とはすなわち、もっとも守りたい己が部位に向かうは必定であった。
「またボクが切り開く。だからカッコいい所みせてほしいな、旦那様♡」
「俺の嫁のリクエストとあっちゃあ決めるしかねぇよなぁ……任せろ」
燃え盛る下級の中心部。恒星に例えれば中心核たるコアに一撃を浴びせるとなれば、必然的に分厚い焔の外殻をなんとかしなければならない。本来であれば細かい意思疎通やタイミング、マイクロ一秒のズレも許されない精密たる連携が求められる筈だ。だが、二人にとってはただ一言ずつ、それも作戦などでは無く互いの分担のみで十分であった。
「いっくよぉ! 神の焔とかさぁ……ボクと黒斗の燃え上がる愛の炎に勝てる訳ないんだよねぇ! うううらああああああああああああっっっっ!!」
「はっはっはっ! 散々イチャラブ見せつけてすまねぇなぁ! だが、嫉妬の炎だって焼き尽くしてやるぜぇ! うううおおおおおおおおおおっっっっ!!」
――ごおおおおおおおっ!!
咆哮の如き荒ぶる叫びと共に、麟華の背中から二条の閃光が噴き上がる。
「乗って!」
「あいよ!」
身を低くかがめた麟華の背に黒斗が飛び乗った瞬間、二条の閃光は瞬く間に、深紅に燃え上がる神炎の龍翼として顕現した。さきほど奪い取ったクトゥグアの権能を利用したのだ。灼き尽くす相手を選ぶ神炎は、乗り手である黒斗に小さな火傷すらも負わす事は無い。
──バァン! 空間そのものをねじ伏せて支配するが如く凄まじい羽ばたきが響き、ひとすじの雷炎と化した麟華が小型の恒星そのものとなった焔神の中心に向けて飛翔する。
その背に、もっとも信頼する愛する漢を乗せたままに――。
いうなればそれは、【
――グヲヲヲヲン!!
粘つくような灼熱の焔を喰い破り、龍星と化した麟華がコアのある中心核にむけて飛翔していく。
「クロト。お願いねー♡」
「ああ、カッコいい所を見せてやるぜ」
飛翔する麟華の背に乗った黒斗は、微塵も不安定さを感じさせぬままに居合の構えをとった。その右手が添えられた黒刀。神すら屠り、邪なる神気に溶かされてもなお残った芯鉄。それを更に古代より生きる亜神竜の素材を用い、大陸随一とも謡われる鍛冶師が鍛え上げた至高の一振り。数々の神話や伝説に遺される武具と比べても遜色のないそれはもはや、神という概念すらも殺せるだろう。
中心核が迫るにつれ、二人を包む灼熱の炎はさらに温度を高めていく。麟華の放つ神炎によってせき止められていた超高温。太陽コロナの百万℃を遥かに超える一千万℃の炎がジワジワと障壁を焼き溶かし、魂すらも焼き尽くさんと襲い掛かっていく。
龍翼が焼け焦げ、溶け落ち、即座に復元しては再び焼き焦がされる。いかな復元力があろうとも痛みが無いわけではない。その背にのった愛する夫を守ろうと、己よりも強く障壁を張っている麟華であったが、それすらも侵食した炎は黒斗の装備を、肌を、肉すらも焼き始めている。
だが、それでも二人は揺るがない。
信頼しているから? 否、愛という血よりも濃き絆で魂を結んだ二人に信頼など不要。
死の覚悟はできているから? 否、二人が死ねば故郷が滅びる。故に二人は死なぬ。
勝利を疑っていないから? 是。
「見えたっ! コアだよ」
「ああ、このまま突っ込んでくれ。斬る」
神といえど所詮は意思薄き欠片。神とは、神の力とは、そのどこまでも肥大した極限の意思が産む力だ。故に、魂もたぬ機械じかけの意思や欠片程度の意思で己らに敵う訳も無し。二人はその本質を本能のままに見抜いていたのである。
「──斬神」
中心核に激突する刹那、黒刀が鞘走った。その一閃がもたらすは絶対の滅び――どのような兵器であろうと毛すじほどの傷もつけられぬはずの神の欠片は、真っ二つに両断されてあっけなく地に落ちたのである。
ーーーーーーーーーーーーー
「お見事です。お二方」
神の消滅に伴う声無き断末魔によって爆砕された断絶空間。その衝撃に吹き飛ばされた黒斗と麟華の肉体を、黒き触手にて柔らかく受け止めたナイが呟く。ピクリとも動かぬ二人の返事は無いが、その手はけして互いを離さぬとばかりに固く握られていた。
「肉体は酷く傷ついていますが、魂に損傷は無し。麟華様はともかく黒斗様は――なるほど、そういう事ですか。もしかしたら炉の魔導人格はあなたに気が付いたのかもしれませんね」
欠片に過ぎぬとはいえまごうこと無き外なる神の超攻撃と断末魔を至近で受けたのだ。神に限りなく近い身となった麟華はともかく、黒斗の魂が無傷である事は奇跡に近い。たとえ麟華がその神気にて護ったとしてもだ。
不思議に思ったナイが黒斗の魂をより深く観察し、得心がいったとでもいう風に頷いた。そして、暫くは目を覚まさぬであろう眠りについた黒斗に話しかけた。
「憑いていますね? おおかた、滅びの間際に黒斗殿に憑依していた際のバックドアから魂の何割かを逃がしましたか」
驚くべき事がおきた。黒斗の瞳が開いたのである。その瞳には白目も黒目も無い、漆黒そのものであった。
「我を滅ぼすか? 外なる神」
「いいえ。もはや貴方にお二方への敵意は見られない。くくっ……未練ですか? それとも……憧れでしょうか」
「どちらでもある。我はこの女に惚れた。たとえ裏切られようとも想いは変わらぬ。そして……この男の深淵に潜みつつ観察していた。この女と……憎いと思っていたはずのこの男をな」
かつて異界より来たりしエイリアンに造られた兵器。この星の人工の神の肉体を奪い、邪神となり果てたオメガを名乗りしモノ。そんな存在が、ナイに滔々と胸の内を語り始めた。
「この男と麟華に気付かれぬよう自我を殺し、ただ潜み続け観察した。以前に憑依した際にはわからなかったが、愛を知った今ならばわかる。この男の想いには勝てぬとな。だが、勝てずとも共に在ることはできる。我はそう考えたのだ。この男を護る為に魂魄の三割を失ったが、悔いはない」
「くはは。いえ失礼。貴方を笑うつもりはありませんよ。そうです。愛とは見返りを求めるものではない。ただ無償なのです。素晴らしい……愛に目覚めた兵器たる貴方も、そんな存在すらも虜とする麟華様も、彼女の特別たる黒斗様も……ああ、なんと素晴らしいのでしょうか。そして曲がりなりにも神に至った貴方であれば魂であろうと時間を掛ければ再生は可能です」
「そうか。だが我はただ在るだけで良いのだ。二人の目覚めが近い。我はまた自我を殺して同化するとしよう」
「今は、貴方の存在を伏せておきましょう。その愛に感銘を受けたものとしてね」
「――」
漆黒に染まっていた黒斗の瞳が閉じられて間もなく、気を失っていた二人の肉体がかすかに身じろぎ、ほぼ同時に目を覚ました。
「やっぱ倒した後に爆発するのは鉄板だよなぁ……。想定はしてたが予想以上にヤバかったな」
「ねー……。まぁ他に敵がいないしナイさんもいたから大丈夫だとは思ってたけど……」
「お二人とも目覚めましたか、おめでとうございます。都市の危機は消え去りました。この郷を愛する者として最大の感謝を……」
「ははっ。俺たちにだって大事な故郷だからな。当り前さ」
「うんうん。でも流石に力を使い過ぎたよー……。体もボロボロだし、めちゃくちゃお腹空いた……」
魂は無事でも、二人の怪我は酷かった。打ち身や打撲、骨折は数えきれず、麟華に至っては右腕と両足を半ばから焼失させている。出血こそ止まってはいるが、自慢の再生力も空腹と神気を使いきった事で働いていないようだ。
「まずはエイネス殿のところへ戻りましょう。このフネには食堂も当然ある筈です。依頼を見事に達成してくれたお二人に喜んで食事を提供してくれるでしょう」
「お肉たべたーい! あとご飯! いっぱい!」
「肉とか米があるのかねぇ。なんかSFっぽいディストピアメシみたいなのが出てきそうな雰囲気だが……」
怪我は酷いとはいえ、五体がそろっている黒斗はポーションを取り出して飲み干すと何事も無かったかのように立ち上がり、四肢を欠損させて歩けぬ麟華を背負う。麟華ほどでは無いとはいえ、人外の肉体を持つ黒斗の回復力も凄まじい。レムリアの技術によって作られた回復薬の効果で折れた骨は既につながり、歩く事に支障は無かった。
「んーじゃ戻ってメシでもタカるとしますかね」
「ええ、魔導人格は倒しましたが他に問題が残っていないともいいきれません。まずはエイネス殿に報告して話を聞くとしましょう」