ファム・ファタール~寝取らせモノが大好きな剣士が異世界転移した場合~ 作:幻闇
名状し難い輝きを放つ、悍ましい触手の群れと異形の大蛞蝓たちが黒斗に殺到した瞬間――澄んだ音と共に、全く同時に閃いた無数の白刃の軌跡が、触手と大蛞蝓たちを微塵に斬り刻んだ。
宙に溶けて消える触手の群れと、見た目に似合わぬ甲高い悲鳴を上げて分断された大蛞蝓たち。
その様子を目の当たりにしたエイリアンの憑依体はピクリと眉を動かすものの、先程となんら変わらぬ落ち着いた口調で呟く。
「ほぅ……予想以上の強さだ。だが、所詮お前の様な原始生物に私を傷付ける事は出来ぬ。いつまで耐えられるかが見物だな――お゛ごっっっほ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛……」
憑依体の手と口から、先程に倍する触手の群れと大蛞蝓が産み出される。
容易く刻まれる存在であれど、黒斗に男を殺す手段はなく、呼び出される悍ましき存在には果てが無い。蜃気楼の如く手応えの無い存在を相手に黒斗よ、如何に戦う? 如何に殺す?
「めんどくさい奴だ。ここは一旦退くのもアリだが……なんかムカつくしな。となれば後は、斬って斬って斬り尽くすのみか」
「お゛っん゛……。くはは! 無駄だというのに――むっ!」
――ブゥン!!
哄笑を上げる憑依体に向かい、突如飛来した鈍く光る金属の輝き。黒斗の黒刀する避ける素振りを見せなかった憑依体が、身体を仰け反らせて飛翔する刃を避けた。
「この忌々しき輝き! 《神》の走狗か!」
黒斗に対するのとは明らかに違う色の視線がこの場に登場した三人目の人物に向けられた。
それは少女であった。
獣人種特有の、愛らしい尻尾と耳を備えた小柄な少女は、こちらもまた同じ様に敵意に満ちた表情を浮かべて憑依体を睨みつけている。
なだらかな起伏ながらも女性らしい丸みを帯びた肢体は躍動感に満ち、若さ溢れる健康的な色香を放っていた。
(何者だ? 飛んできたのは手斧か? まぁでも可愛い女の子に悪い奴はいないよな)
相対する異形の存在達に注意しつつも、現れた少女に興味を惹かれる黒斗。さもありなん、彼の類まれな感知の上でも、少女は突然現れた様にしか感じ取れなかったのだ。
少女は、エイリアンの憑依体を射殺さんばかりに睨みながらも黒斗に対し、鋭い声で告げる。
「おっきいヒト! 虚空の悪魔の憑依体は普通の武器じゃダメ! 神様の祝福がないとダメ! ナモモに任せるのだ!」
言うが早いか、腰に差した幾つもの手斧を抜き打ちざまに投げ放つ少女。緩く弧を描いたその軌跡は、始めこそゆったりとしたスピードであり、躱すのも容易すそうに見えたのも束の間――ブゥンという風切り音と共に加速して、まるで誘導ミサイルの様に正確無比に憑依体に襲い掛かった。
「ふん、《神》の武器といえど貴様程度の担い手ではな。深淵よ、彼方より顕現せよ!」
憑依体の全身から、漆黒の夜空を思わせる闇が一気に溢れ出し、流星の如く煌めいて迫る四つの手斧をあっさりと呑み込む。触手や大蛞蝓を召喚した異次元空間を直接、顕現させたのだろう。
「こいつ! ただの憑依体じゃないのだ?! おっきぃヒト! ここは引き受けるから逃げて!」
神の祝福を受けた手斧をあっさりと無効化された事実に驚愕しつつ、それでもなお黒斗に向かい逃げる様に促した少女。その悲壮な決意に満ちた表情は、死を覚悟した戦士そのものであった。
「いきなり現れていきなりピンチになっていきなり覚悟完了されてもなぁ……。あー嬢ちゃん、ナモモだったか? そいつならもう斬ったぞ」
「……はえ?」
突然の黒斗の言葉に、思わず間抜けな声を出してしまったナモモと名乗る少女。それは憑依体の男も同様であった。
「何を言っている? 恐怖の余り気でも触れたかかかかかへぁ――」
スッとひとすじ、憑依体の頭頂部から股間にかけて朱線が走ったかと思った刹那――奇怪な断末魔と共にその肉体が左右に断ち割られる。それきり再生の気配すら見せない死体を目の当たりにしたナモモが、驚愕の表情で疑問を口にした。
「なん……で……? 二次元体のあいつらは神様の武器じゃないとダメなのに……というかいつ斬ったのだ?」
「嬢ちゃんが手斧を投げつけた時にな、憑依だなんだっていってたから物理的にゃあ斬れないんだろうと踏んで……次元ごと斬った」
「意味が解らないのだ……おっきぃヒトはヒトじゃなかったのだ? 神様だったのだ?」
普通に斬っても斬れぬなら、存在する次元ごと諸共に斬れば良い。言うは易く、行うはまず不可能だろう事象を容易くこなした黒斗。もはや人に非ざる
「いや俺は人だぞ? 只の冒険者だ」
これほど説得力の無い言葉も無いだろう。だが、余りモノを知らなそうな獣人族の少女ナモモはその言葉で納得してしまった様だ。
「冒険者!? 凄いのだ! がらくた拾いじゃない《外》のヒトは珍しいのだ~! 《外》のヒトは悪いヤツも多いって聞くけどおっきぃヒトは優しいのだ!」
「あー、ナモモだったか? 俺はおっきぃヒトじゃなくて荒神黒斗……黒斗って呼んでくれ」
「クロトは凄いのだ! 武器が効かない虚空の悪魔をあんなに簡単に倒すなんて凄いのだ! ナモモの仲間にも紹介したいのだ! 里に来て欲しいくらいなのだ! おいしいご飯もあるのだ!」
興奮を隠しもせず捲し立てるナモモに、困った様な顔で苦笑いを浮かべる黒斗。厳つい見た目のせいで子供に避けられやすい黒斗にとって、年端もいかない少女に見えるナモモの反応は慣れぬものであった。
「あー……まぁ、情報収集も出来そうだしこっちとしちゃぁ助かるが……怖くないのか?」
「なんでなのだ? 強くて優しいクロト、なにも怖くないのだ。にひひひっ」
可愛らしい猫耳をぴょこりと動かして微笑むナモモ。眩しい程に無垢なその表情に、思わず目を奪われてしまいそうになる黒斗であった。
(ヤベェ……猫耳美少女のピュアスマイルとか破壊力ヤバすぎる。アマナさんみたいなワイルド系獣人美女も良いけど、こういう天真爛漫なロリっ娘ケモガールも鉄板だよなぁ……)
「む? クロトヘンな事考えてるのだ? 少し悪い顔なのだ」
「おあっ! カンも鋭いのか? ヘンな事じゃないさ。ナモモがあんまり可愛いモンだからな、男のサガってやつだ」
「なんだ、交尾したくなったのか? でもナモモはダメなのだ」
「ああ、そりゃそうだ。行きずりの男に身を任せるなんて本来は良くないからな……本来はな」
「? ……まぁ良いのだ。ナモモは神様の伴侶なのだ、ヒトとは番えないのだ」
「巫女さんみたいなもんか? そういやアイツもいってたな……神がどうたら」
ナモモに対して、自分とは大分違った反応を示していた憑依体を思い出す黒斗。偏ったファンタジー知識で思考した結果、神を崇める部族の様な集団と、それに敵対するエイリアンという図式が浮かぶ。古代人と戦争をしていた歴史を考えれば、ナモモ達のいう神とは古代人そのものか、或いは特定の誰かの事だろうか。それとも――。
「ナモモ達の神ってのはレムリア人の事か?」
「れむりや? それはなんなのだ? 神様は神様なのだ。夢に微睡ながら大地を司る、偉大なるいにしえの存在なのだ」
「成程な、ありがとうよ」
(
もしかしたら、未だ生きているレムリアの遺構があるのかもしれない。戦争をしていたのだ、彼等に対する有効な兵器や加工法などがそこに残されていても不思議では無い。そんな風に思考して納得した黒斗。
「ところでナモモはなんでこんな場所に? あと里ってのはここから近いのか?」
「里はここから二日くらい掛かるのだ。ナモモは強いからな! 狩りをしにきたのだ!」
「まぁこんな砂とガレキしかないような場所じゃあ近場で狩りってのも難しいよなぁ……」
「クロトにもご馳走するぞ。もうすこし太陽の出る方向に進むと狩場があるのだ」
「おっ! いいね。ご相伴に預かるとしようか」
正中線から真っ二つに分かれた男の死体を前に、朗らかに話し合う二人。異様な光景だが、敵であった存在に斟酌する必要など、微塵も感じていない二人にとっては自然な事なのだろう。
狩りに同行し、里に案内して貰う事にした黒斗。
強面の大男と、可愛らしい猫耳の少女の二人は、異形の化け物たちと哀れな一人の男の死体が残る廃墟を後にして、ナモモ曰く狩りの獲物がいるという狩場へ向かう。
二つに分かたれた無残な死体から薄い陽炎の様に揺らめく闇がすぅと抜け出し、黒斗の影が瞬きの間だけ、その色を微かに濃くした事には気付かぬままに――
砂と機械の骸しか存在しない砂漠を駆ける二人。黒斗は元より、地の利があるとはいえ砂に足を取られる事も無く、常人よりも遥かに速い速度で砂漠を走るナモモもまた凄まじい。
小一時間ほど走った所でナモモが速度を落とし、黒斗に狩りの説明を始めた。
「もう少し進むと大きな窪地があってな、そこの地面の下には
「獲物は蟲か、砂漠では貴重なたんぱく源なんだろうな。オーストラリアで修行したときは現地の
「クロトは色んな所に行ってるんだな! 冒険者は凄いのだ」
砂蟲。砂漠地帯に生息する巨大な環形動物である。頭部にある振動器官を超高速で震わせることにより、砂を液状化させて砂中を自在に動き回るこの生物の詳しい生態は現代においても未だ多くの謎に包まれている。
辛うじて、砂中に存在する栄養素や小型の生物を捕食する事と、砂の振動を探知して獲物を捕らえる事などが知られているが、幼体の姿や寿命、その巨体を維持するのに明らかに砂漠という環境下では栄養が足りぬであろう事など、未だ解明されていない部分の方が多いのである。
そもそもが中型竜種に匹敵する危険生物なのだ。大樹海に生息する生物と同じく、古戦場に生息する生物もまた未知の存在なのであった。
窪地に向かい、無造作に駆け出したナモモの後をついていく黒斗。恐ろしい事に、先程と変わらぬ速度だというのに一切の足音を立てていない。彼等にとって、意識して足音を消す事など造作も無いのだろう。
やがて、窪地の中のある一点で立ち止まったナモモ。やや離れた位置で止まり、彼女を眺めている黒斗に向けてナモモが指先を下に向ける。砂蟲に気付かれぬ様にという事だろう。恐らくそこに居るのだ。
ナモモは背中に背負っていたその身体に不釣り合いな程に巨大な
――ドゴォッ!
その瞬間、大地が割れそうな程の爆音と共に砂煙が黒斗の視界を埋め尽くし、巨大な影が地面から飛び出す。
「デカいな……」
胴回りは大柄な黒斗が両手を広げても抱えきれない程に太い。砂塵を突き抜けて天空に躍り出た巨体は10メートルを優に超えるだろう。そして、見上げる黒斗の視線の先。先端部から不揃いな牙を生やした砂蟲の頭部の更に上空には、いつのまに跳んだのか、戦斧を構えるナモモの雄姿があった。
――ズシャッ……
如何なる異次元の運動神経があれば可能なのだろうか。空中で器用に腰を入れ、落下中にも関わらず横薙ぎに戦斧を一閃させたナモモ。その見事な一撃によって頭部を綺麗に斬り落とされた砂蟲が、巨体をびくりと硬直させ――大地を震わせる衝撃と共に横倒しになった。
「斧を叩きつける勢いを利用して跳躍し、その衝撃で砂蟲を誘導。飛び出す距離を計算して上を取りつつ頭部を切断か、見事なもんだ」
未だもうもうと立ち籠める砂煙を割って現れたナモモに向かい、声を掛ける黒斗。その言葉には紛れも無い賞賛の色があった。
「えへへ……。でもクロトもっと強い。ナモモよりもずっと」
「強さはそうかもしれんが狩りの技術では勝てんさ。にしてもデカいな………全部持って帰るのか?」
「いつもは半分にして残りは砂漠の生き物の糧にしてるのだ。流石にナモモ一人じゃ厳しいからなー」
「これくらいなら俺が引っ張れそうだ。それくらいの手伝いはしよう」
「助かるのだ!」
慣れてはいるのだろうが、小さな体で運搬用の縄を巻き付ける様子は傍目にも大変な作業にも見える。緊縛士としてもかなりの技術をもった黒斗は、ナモモに声を掛けて役割を代わると素早く砂蟲の巨木の如き胴体を器用に縛り付けて、余らせた数本の縄を逞しい肩に担いで歩き出した。
「クロトは凄いな! 何でも出来るのだ!」
「こう見えて尽くすタイプなんでね、大体の事は器用にこなせるのさ。これくらいの重さなら一人でも問題ないな、案内を頼む」
「わかったのだ」
巨木の幹ほどもある太い胴体に全長20メートルはあろう巨体を、事も無げに引きながら走り始めた黒斗。見た目の割に軽い……などという事は無論なく、単に黒斗の膂力が人外であるというだけだ。狩場に向かう時と変わらぬ速度で前を行くナモモの後を、ほぼ等速でついていく化け物ぶりであった。
里までの道行きは順調だった。
途中、魔導テントで食事や睡眠を摂り、時たま襲い掛かって来る妖異や魔獣を蹴散らしてナモモの里近くまで到着した二人。遠目に映る集落を眺めながら黒斗が、ナモモに何度目かの問いを口にした。
「しかし本当に良かったのか? 俺みたいなあやしい男を案内なんかして」
「クロトは見た目は強そうなのに変な所でマジメなのだ。ナモモは、良くない《外》の人間と良い《外》の人間はちゃんと見分けられるから問題無いのだ。そもそも悪い人間なら助けに入らなかったのだ」
「ナモモなりの確信があった訳か。そこまで断言されるとなんだかむず痒いが……悪い気はしないな」
照れくさそうに鼻の頭を掻く黒斗。如何にも純真無垢といった雰囲気を持つナモモに褒められ、それが本心からの言葉であると解るだけに余計そう感じるのだろう。
「しかしこりゃあ……てっきり遺跡かなんかに住んでるのかと思ったが、なんとも立派な石造都市じゃないか」
「広く見えるけど実際に使ってるのは三割も無いのだ。昔はこれでも足りないくらい住んでたらしいぞ」
「まぁこの環境じゃなぁ。野菜も育たんだろう」
石材が隙間なくぴっちりと継ぎ合わされた巨石建造物の都市と、その周囲に広がる死の砂漠を見渡す黒斗。明らかに都市の規模と環境が見合っていないのだ。
かつて、エイリアンとレムリアの間で行われた戦争以前は豊かな大地だったのだろう。もしかしたらこの都市はレムリア文明以前の人類が遺した貴重な歴史的遺構なのかもしれないと、黒斗は悠久の歴史に束の間、思いを馳せるのだった。
「皆ただいまなのだー! でっかい砂蟲が狩れたぞー!」
都市の入り口だろう巨石の門を駆け抜けながら、大声で帰還を報せるナモモ。その声にひかれて里の住人たちが続々と門前の広場に集まって来た。
口々にナモモの無事を喜び、挨拶を交わす住人達であったが、巨大な砂蟲を縄で引き摺りながら遅れて門をくぐった黒斗に幾つかの胡乱気な視線が集中する。
「おかえりナモモ。ところでそちらの方は?」
その中の一人、やや年かさであり、何処となくナモモと面影の重なる壮年の男が皆を代表するかの様に疑問を口にした。
親しそうにハグを交わしていた様子から父親なのだろうと予測していた黒斗は、さて、どの様に切り出したものやらと思考する。ナモモの天真爛漫な態度でついつい気にしていなかったが、こういった隠れ里の様な場所では余所者に対する警戒心が強いのは当然なのだ。答え方によっては下種の勘繰りをされかねないと案じ、当たり障りなく答えようとした黒斗であったが――それよりも先にナモモが元気よく口を開いた。
「クロトなのだ! とっても強くて頼りになるんだぞ! 客人として招待したのだ」
「なるほど、ナモモの客人ならば何も問題はないな。さっそく歓迎の支度をしよう」
ナモモのたった一言で、どこか張り詰めた様だった雰囲気が霧散した。里人のナモモに対する絶対の信頼がはっきりと見て取れる。
「そんだけでいいのかよ……。俺の名は荒神黒斗、ナモモさんには少々危うい所を助けられてな。礼に狩りの獲物を運んできたんだ」
「クロトは虚空の悪魔と戦ってたのだ。クロトは凄いのだぞ、神の武器も無いのに虚空の悪魔を斃したんだ」
「それは凄まじい! もしや金級冒険者という存在では? 時折り立ち寄る冒険者たちから、そういった頂点たる存在がいると聞いた事がある」
「ああ、その通り金級だ。砂漠の畔の街から古戦場跡の異変調査を任されてな。すまないがこの辺りの情報などを教えて貰えないだろうか」
自身の目的を隠す事無く打ち明けた黒斗に、ナモモの父は好感を抱いた。強さや階級に奢らず自然体で気さくに接してくる姿勢が気に入ったのだろう。
「なるほど、そういう事だったのか。ナモモも懐いているし、我が家へ招待しよう。立ち話で済む話でもなさそうだ、詳しい話はそこで」
「了解した、世話になる」
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石造都市の中でも比較的大きい建物に案内された黒斗。内装などでそれらしくは飾っているが、元々は兵士達の詰める詰め所の様な施設だったのでは無いだろうか。開放的過ぎる間取りだが、ナモモ達親子は気にせず使っている様だ。
「偉大なる古き神に仕える一族の長、ナスティ・ダスティだ」
「では俺も改めて、荒神黒斗だ。レイダースの街の依頼で古戦場の異変調査と出稼ぎ発掘人夫の捜索をしている」
「異変の原因はある程度解っている。人夫達は……申し訳ないが絶望的だろう」
「そこは仕方ない。元々期待していなかったからな、異変の原因がわかるだけでも大収穫だ」
簡素だが、頑丈に造られているテーブルを挟んで相対した二人。ナモモの父だというナスティにはしかし、獣人族特有の耳や尻尾といった特徴は見られない。だが、黒斗からみても確かに親子だと確信できる程に、その面差しの雰囲気は似通っていた。
「我らが神が目覚めかけているのだ。故に、敵対する虚空の悪魔も目覚めたのだろう。あやつらは人に憑りつき、異形の怪物を使役すると記録にはある。街の発掘人たちは目覚めた虚空の悪魔と遭遇してしまったのだろうな……」
「神様ってのが目覚めるとどうなるんだ?」
「我らが伴侶を連れて悪魔を滅ぼし、また眠りにつく……と伝えられている。100年周期で起こる事ゆえ、私も実際に立ち会った事は無いのだ」
「詳しい事は解らない。という事か」
ナスティの言葉を受けて、黒斗はしばし眼を閉じて考えを整理していく。
(エイリアンと敵対しているという事はやはり神はレムリア由来の何かか? 100年周期というのが気になるが……余り信仰対象について根掘り葉掘り聞くのは憚られるな)
神について詳しく聞きたい欲求を抑え、黒斗は他の疑問点についてナスティに尋ねる。
「そういえば街では里の事は聞いていなかったのだが、貴方達は彼等と交流をしなかったのか?」
「我らは本来秘されるべき民なのだよ。かつては忌み嫌われた獣人や無実の罪で故郷を追われた者などが集まって出来た里だ。まぁ現代では少々古臭い慣習なのはわかっている。最近は行商人を通じて色々と交流する様にはなったのだが、近隣の町とはまだなのだ」
「昔の龍人族みたいだなあ……そういや龍人族はいないのか?」
「今も何人かは居るが、殆どは龍人族が里を作った時に合流してしまったらしい」
彼等の事を語る時、ナスティの瞳に少しだけ羨望の光が灯ったのを黒斗は見逃さなかった。すくなくとも嫌っている訳ではないようだ。
「異変の解決方法……までは流石に解らんか」
「それも問題ない。当代の巫女たるナモモが――」
言いかけた言葉を途中で切り、束の間だけ苦しそうな表情を浮かべたナスティ。
「ナモモが神のもとへ向かえば良い。まだ準備中だが、儀式の用意は進めている。黒斗君は街に戻って近い内に異変は治まると伝えてほしい」
「ふむふむ成程、ここは甘えさせて貰うとするか。明日には一度街へ戻るとして、今夜は泊めさせてもらっても?」
「勿論構わない。ゆっくりしていってくれ」
何事も無かったかのように話し始めたナスティに、だが黒斗は、あえて疑問をぶつけなかった。
会話が途切れたタイミングで丁度、食事の支度が出来たとナモモが二人を呼びに来る。
三人で連れ立って食卓のあるダイニングに向かうと、そこでは恰幅の良い人族の女性が満面の笑みで皆を迎えてくれる。
「さぁさぁみんな席について、お客さんはそこね。チャママ特製の砂蟲鍋が出来たわよ」
「母さんの砂蟲鍋は最高だからな! 今日はずっと楽しみだったんだ」
「わーいなのだー。クロトに食べさせたかったのはこれなのだ!」
女性はナモモの母であった。
テーブルの上には食欲をそそる焦げ目をつけた平べったい麺麭が人数分用意され、中央に置かれた鍋敷きには円筒形の土鍋が置かれている。ふっくらと丸っこい、愛らしい顔立ちのチャママが満を持して蓋を取り上げれば、途端にもうもうと湯気が立ち昇り、元の素材の醜悪さからは想像も出来ぬ程に旨そうな匂いが部屋中に立ち籠めた。
「俺の故郷にあるタジン鍋という物に良く似ていますね。しかしなんとも腹の虫が鳴く香りだ。これは間違いなく旨い」
内部で水蒸気が対流し、ウォーターシールという水膜を形成して食材から出る水分を逃さない鍋の中に、厚めに切られた多肉植物と薄切りにされた砂蟲の肉を交互に敷き詰め、じっくりと蒸し焼きにした料理である。一切の水を使っていないにも関わらずなみなみと溢れんばかりのスープは、全て素材から染み出した旨味の塊であった。
そわそわと席に着いた三人の前に、チャママが深皿に盛り付けた鍋の中身を配膳していく。簡単な祈りの言葉を唱える彼等に習う様に身振りを真似た黒斗。その後は和気藹々と舌鼓の鳴りやまぬ団欒の時間が訪れた。
「――うんっ! これが砂蟲鍋! 天然のミネラルを豊富に含んだ岩塩のみで味付けされた、瑞々しいサボテンの果肉と噛むほどに旨味が染み出してくる歯応えの砂蟲肉が渾然一体となって究極の味の調和がまるで黄金三角系の如き――うおおお! こまけぇこたぁどうでもいいぜ! めちゃんこ美味いー!!」
やたら大袈裟に食事に感動して叫ぶ黒斗を、もてなす側の三人は笑いながら眺めている。そうだろうそうだろう、お代わりもたんとあるから腹がはち切れるまで食べなさい。そんなチャママの言葉を受け、神速ともいえる速度で皿を空にした黒斗が次々とお代わりを要求していく。
黒斗に負けじと、巨大な鍋の中身をそれぞれが何回もお代わりし、程よく腹も膨れて来たというタイミングで馳走が尽きた。直径一メートルはあろう巨大な土鍋いっぱいに作られた料理が、今はもう影も形も無い。
食べ終わった後片付けを皆で手伝い、片付けた後は酒とつまみを持ち出しての和やかな語らいの時間が訪れる。
「ご馳走様でした、とても美味しかったです。ええと、チャママさんはナモモのお母様なのですよね」
「そったら他人行儀な言葉使いせんでもええでよぉ。チャママとよんどくれ」
「ああ、了解した。とっても美味かったよ。ところでお二人は獣人では無いようだけれど、ナモモは先祖返りってやつかい?」
「へばなあ、この里じゃあ珍しか事ではないんよ。神様の祝福を強く受けて生まれた子はどこかしら特徴をもって産まれてくるがよ」
「なるほど、そういった祝福の多寡も巫女たる資格なのだろうか」
「祝福強き子は神の贈り物、昔ん人はそう考えたんちゃろうねぇ……。でもそんなもん――」
「チャママ……」
なにやら言い掛けたチャママをナスティが遮る。心なしかその表情はどこか昏かった。
ささやかな歓迎が終わり、宛がわれた部屋へ案内してくれるというナスティの後をついてダイニングを出た黒斗。客室だろう部屋の前でふと、立ち止まったナスティが黒斗に後ろを向いたまま問い掛けて来た。
「黒斗くん。君に折り入って頼みがあるのだが……ナモモの事だ」
「はい? なんでしょうナスティさん」
「なぁに大したことでは無い。儀式の準備はすべてこちらで出来るのだ。終わってからはナモモも気軽に遊びに行くという訳にもいかんだろうし……どうか街まで連れて行って羽を伸ばさせてやってくれんか?」
振り向きながら黒斗に頼み込むナスティに特別な気配は無い。ニコニコと人の良さそうな笑顔で黒斗の返事を待っていた。
「ああ、そんな事なら大歓迎だ。どれくらいで戻れば良いかな」
「一週間後でどうだろうか。それくらい準備に掛かってしまうのだ。出来れば準備が終わって、儀式の装飾で飾り立てられた里を見てほしいからな」
「わかった。なら一週間後に戻ろう。俺の妻も一緒に連れてきても問題ないか?」
「勿論だとも、さぁ今日はゆっくり休んでくれ。ではまた明日」
案内された部屋に入り、ドアを閉めた黒斗。荷物を置いてベッドに横になった彼は、唇を歪ませて独りごちる。
「俺の予想通りなら良くある展開って感じだがはてさて、神様なんてホントにいるのかねぇ……。まぁまずはリンカと相談だな。勝手にアレコレ動いてあとで仲間外れにされたって拗ねられるのが一番おっかないからな」
何か面白そうな事があれば必ず二人でやる。ほうれんそうは欠かさない。それが荒神家の数ある家訓の一つであった。結局のところ黒斗の行動基準は、どこまでいっても鱗華なのである。
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翌日、ナモモの両親や里人に笑顔で送られた二人は里を出て、レイダースの街へと向かう。儀式の準備が整うまでのささやかな間、息抜きを楽しめるとあって、ナモモの足取りもどこか軽快である。
「クロトの奥さんも強いのだ? 逢うのが楽しみなのだ!」
「
「ご飯も楽しみなのだー!」
街までは二人の足で二日ほどといった距離である。帰りの時間も考えれば三日は街で遊んだり食事を楽しめるだろう。
外縁部には魔獣もおらず、エイリアンの兵器が出現する気配も無い。二人は順調に砂漠を進んでいた。
(ご両親の雰囲気、ナスティさんの昨晩の言葉……つまりそういう事だよなあ。まぁ一宿一飯の恩がなくとも、こんな可愛いケモロリ娘の為なら張り切っちまうけどな。きっとリンカも一発で気に入るぞ)
砂漠を走りつつ、並走するナモモを見て笑みを浮かべる黒斗。どう見ても不審者であるが、ナモモにゲスな欲望を抱いている訳ではない。YESロリータNOタッチ、可愛いロリっ娘は眼で眺めて愛でる存在なのである。
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