身体全体に激痛が走る。徐々に感覚が戻ってきた。次第に腹から下が全く言うことを聞かないことに気づいた。視覚が戻ってきてここが真っ暗な病室だと理解した。そうだ、俺は弟にケツを拳銃で撃ち抜かれたのだった。
ふと横を見るとそこには微笑した一人の若い医師が椅子に腰掛け、こちらを見ていた。それはどこかで見たことのある顔だった。
「やっと起きましたね」
俺はその声に聞き覚えがあった。
「十年ぶりですかね?日高良司さん」
声を出そうと思ったがウゴウゴ呻くことが出来るだけでそれ以上声が出ない。
「これは外せないですよ」
手を動かそうとしたら腹から腰にかけて激痛が走った。思わず叫んでしまうが、口についたマスクのせいで思うように叫べない。
「僕は道下正樹といいます。あなたの手術を担当しました医師です」
「さて、まずは事の顛末を話すとしましょうかね」
そう、切り出して道下は頼んでもいないのに話し出した。
僕はあなたに犯されてから知っての通り病院に搬送されました。そこで僕の鞄に入っていた免許証を見られたんですよね。高校時代に取った原付の免許だったのでそこに書いてた連絡先は実家でした。なので両親が飛んできて、あやつらのせいで阿部さんは面会に来れませんでした。その後、僕の地元近くの病院に移された僕は一生懸命勉強をしました。
僕の両親は僕が文学部に進学にしたいと思っていたことを快く思っておらず、それくらいならと父の会社を継がせようとしてきました。
しかし、実は医学部なら進学しても良いとも言っていたのです。しかし、僕は全く理系の勉強をしていなかったので大学を落ちました。その後一悶着あって阿部さんと駆け落ちしました。しかし、僕が再起を狙って勉学に励む最中に阿部さんは大怪我を負ってしまった。僕はそのあと、阿部さんのために文学部を諦め医者になると決心しました。なのでそれを阿部さんに告白しようと思った日、あなたに誘われたのです。確かにつられてしまった僕にも非はありますが。
結局両親の言いなりになった形で二浪した後国立の医大に合格しました。そして、夏休みに阿部さんを探しに新潟へ戻ると阿部さんは既に墓標の下だった。
だから。
僕は僕の人生を狂わせたあなたに復讐するためにこの道を進み続けたんです。十年以上ですかね。待った甲斐がありました。
「やっと願いが叶う。つまりね、今からあなたを殺します」
そういうと道下は懐から注射器を取り出し、空中で押し子を後ろに引き始めた。
「かさぶたのできる原理って知ってますよね。簡単に言うと血が空気に触れることによって固まるんです。そして体外へ血が出るのを防ぐ。しかし、逆に言えば体内に空気が混ざれば血が固まって血が流れなくなって人は死ぬ。だから点滴は空気が入らないように細心の注意を払って行われるわけです」
そして道下は俺の左腕に刺さっていた点滴の針を引き抜いた。
そして。
不敵な笑みを浮かべながら点滴の針が刺さっていた場所に注射針を差し込むと、押し子を一気に押した。
だんだんと蘇った感覚がまた無くなっていくのを感じた。だが、俺は最後の力を振り絞って右手を動かすとマスクを引きちぎった。
「聞きたい…答えて欲しいことがある…」
道下は俺の行動に少し驚いた様子だったが、すぐに顔を元に戻した。
「あなたの弟さんならご心配なく。あなたを捕まえた功績もあってこの件はなかったことにされてます。あくまで相手が襲ってきたのでやむなく拳銃を使用し、あなたを殺してしまった。そういうことになるでしょう」
そうか。雄介は無罪になるのか。なら良い。正義感に溢れた自慢の弟だ。きっと俺のことは忌むべき悪として憎んでくれるだろう。
「違う…それはいい…ただお前はこれからどうするつもりだ…」
道下はまた驚いた様子だった。
「そうですね。悲願は達成されたことですし僕は阿部さんのあとを追うとしましょうかね。僕には養うべき家族もいませんし、何より彼のいない現世に要はもうありません」
「いいや…それはいけない…お前はまともに…生きなければならない…結婚して所帯を持つんだ…正しい…道へすすむんだ…」
しかし、俺の言葉を道下は鼻で笑った。
「まさかあなたはあなたや阿部さん、僕が男好きだったからこうなったとでも?笑わせてくれますね」
いいや、道下。お前は間違っている。お前は…
「僕か阿部さんのどちらかが女性でも僕達は結ばれていたことに変わりはないです。僕と阿部さんは互いの関係に満足していた。それはもうとても満足しました。それは僕らが互いに人として惹かれあってたからですよ」
道下はそういうと俺の腕に点滴の針を丁寧に刺し戻し、椅子から立ち上がった。
「でもあなたは違った。あなたは阿部さんを愛してると勘違いして彼の身体しか求めてなかった。お前は阿部さんが女性だったら見向きもしなかったはずだ。僕とはそこが違う」
道下は声を荒らげた。
「ゲイだ?レズだ?ノンケだ?そんなことはどうでもいいし、お前が同性愛を悪と考えてること自体に吐き気を催すよ。人は互いに良い人間性に惹かれあって互いを愛する。そこに性別は関係ない。例え世間では認められなくとも愛は存在する。お前は愛することを分かろうとしていないし、いなかった。だから阿部さんは僕を選んでくれた」
そして道下は白衣のポケットから白い封筒を取り出した。
「これは僕宛の阿部さんの遺書だ。阿部さんは僕が阿部さんのことをずっと想ってることを知っていた。だからこそ僕が医者になるまでも自分が持たないことを悟ってせめて自分のことを忘れて生きてくれと想って死んだんだ。勘違いするな。お前は全く関係ない、蚊帳の外だ」
だが。と道下は続けた。
「僕は阿部さんなしでは生きられない。本当の愛を知ってしまった僕は彼以上の人間は知らないし、そんな世の中を生きていても仕方がない。だから僕は阿部さんのくれた人生を弔い為に使った。お前さえいなければ僕は親に無理矢理連れ戻されず、医者になって阿部さんを救うことができた筈だ。そうでなくともお前さえいなければ少なくとも阿部さんは死ぬ前くらい僕と逢えたはずだ」
段々と道下の声が震えて、最後の方は目を袖で拭っていた。
「僕は今晩の列車で阿部さんの元へ挨拶してから逝くことにするよ。せいぜい先にあの世で阿部さんに詫びてろ。いや、お前は地獄に落ちるだろうから極楽に行った阿部さんには会えないかな」
そう言いながら道下は病室の扉を開けた。
「それでは、また後で。失礼しました」
「待て…道下…お前は…お前は…」
俺は弱々しくあげた左手がぼとりと落ちるのを感じた。それは自分がそろそろ死ぬからではなく道下の言ったことが正しかったからだ。俺に反論の余地はない。
「それでも…お前は…生き…生きてくれ…」
薄れゆく意識の中、最期に俺は自らの行いの間違いと過ち、そして罪の大きさを悟った。