電車のなかは予想に反して静かだった。平日のためか、それともたんに時間帯の所為か。先ほどの喧騒に包まれた時間が嘘のように、車内には私たちを除いて誰一人いない。
「今日は楽しかったね」
「……」
茶柱は答えない。必死に笑顔を振りまこうとする小豆の努力も報われず、茫然と窓の外を眺めていた。一コマずつに入れ替えられた鏡面の絵画。それをどこか遠い目でそっと見詰めている。
電車の勾配が、揺り籠のように眠気を誘う。
山を下りて以来、2人の間には重苦しい雰囲気が漂っていた。掴みかけた腕は、狂楽的なほど
「……っ、……」
開きかけの口が言葉を捜す。喉元までこみ上げているはず声は、まるで発し方を忘れたように、唇だけが虚しく震える。
断片的に移る茜色が、少年の色白の肌に熱を灯す。職人の手によって作られた精巧なまでの美しい
伸ばしかけていた手は、見えない壁に阻まれたかのように、それ以上近づくことはない。掴み損ねたなにかを見いだすように宙を彷徨い、弱々しく胸元に帰還する。
無力な少女に出来ることなど、なに一つとしてない。
「――ねえ、先輩」
こくりっと、唐突に茶柱が口を開く。
――このまま、一緒に逃げちゃいましょうか。
夕闇が窓の外に差し込む。昼と夜の入り浸った混濁の世界で、夜行列車が硬い汽笛を打つ。錆び付いた
「……このまま二人、どこか遠いところに――逃げちゃいましょうか」
佳麗な幻想はどこまでも可憐で。幾重にも重なった光学レンズのように繊細な
「――ふふっ、なーんて」
翳りを帯びるその表情を、少年はいたずらっぽく笑い飛ばす。ちびちびと。縋るように。
その瞬間、私は耐えかねた。
「私は………、私は……っ! どこにもいかない。どこにもいかないよ! 君を一人になんてしない……っ」
前倒れの腰は少年を覆うように密着する。闇色の髪が微弱な四肢に触れ、言葉無き膜内がねっとりと舐め回す。肉薄した呼吸が、彼の淡く輝いた薄紅を掠れる。
ふいに、その頬に温かみが走った。
「……先輩は僕を求めてくれればいい。僕はあなたがいればそれでいい」
笑いながらの涙は、どこか大人びていて。優しく撫でるように微笑む。けれど、その瞳はいつかみたことのある、悲しみに満ちた儚げな笑顔だった。
少年の本心を、私は汲み取ることができない。それでも胸のなかにあるこの苦しみはまぎれもない本物で。
無力な腕で、誰よりも君を想い、その涙を拭いたい。
狂おしいまでの濃密な
蒼い。蒼い空を見ていた。おかしい。見慣れすぎたほどの景色のはずなのに。その光景を妙に新鮮に感じるのは何故だろうか。
茫然と開いたままの
生ぬるい液体が背中越しに地面を放射状に広がっている。赤黒く粘ついた水たまりにびちゃびちゃと腕を振るい、手を掲げる。聞こえてくる煌々と光る
それが自身のものだということに遅れて気がついた。
これは――夢だ。
水面が波紋を呼び、ジェルを華奢な体躯が突き破る。浮かび上がった胸で大きく息を吸い、しぶきを散らせる。オレンジの人工的な光に、手をかざす。
瞬いた瞳を上に落とし、私は脚間の違和感に切ない微笑みをのせた。
「……のぼせちゃうよ」
「先輩こそ」
異なる四肢をゆっくりと上下に揺らし、火照った理性が享楽の渦に巻かれる。いつになく積極的な後輩に「後一回」と促して、小豆もその快感に陶酔した。
かつて処女膜のあった聖母の亡骸に、大きく硬化したものを捉え、六度目の絶頂を迎えるべく吸着する。肉の重なるおとが、生々しく響き渡った。
――壊れちゃえ。
「……ッ!」
切なげな声が、もやがかった浴室を媚薬でも浴びるかのように、密着する。
離れては戻り、また、戻る。
長いストロークがブレストする。歯を食いしばって、受け止めた感触は電気信号となって全身を駆け巡り、頭を真っ白にした。
一瞬の絶頂ののちに、白濁した夜の泡を湯船に垂らしながら腰を下ろす。
仰向けになった少女に被さるように、少年のからだは崩れた。
「ねえ、今日はどうしたの……。君らしくないよ」
ポチャン。異性とは思えないあでやかで触りごこちのいい髪から、水滴が少女のたわわな果実の輪郭線をなぞり、垂れる。
「……」
おなじシャンプーの匂い――。
体力を使い果たしたのか、挿入部から結合したまま離れようとしない。まるで母親にねだる赤子のように、その仕草は切実で、いやらしい。
「……先輩が離してくれないから」
わざとらしい。薄い見栄を張った小さき恋人の肩を、ゆっくりと腕に抱きしめる。
いたわるように自身の胸に引き寄せ、少年もそれに応える。生ぬるい雫が舌を濡らした。
ぎゅっと腕が絡まり、より一層2人の距離が縮まる。
「ねえ、茶柱くん」
「……」
「私たちっていつから、こんなのになっちゃったのかな――」
反射する彼の眼差しからは、汚れきった女の死体が顔を覗かせていた。