※この作品はR-18です。

雨が降る、   作:寝不足/

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6ー3

 ようやく二人が脚を止めたのは、普段誰も立ち入ることのない旧校舎の教室だった。古びた木造建築の建物は建て付けが悪く、細心の注意を払いながらそっと聞き耳を立てる。

 あれ、私なんでこそこそ盗み聞きなんてしてるんだろう、そんな考えが頭を過ぎるが、いやいやと首を振る。

 浮気なんて滅多なことはないと思うが、やはりあの二人がいるのはおかしい。胸の内で疼く、名前のない焦燥が余計に拍車掛けた。

 小豆がひとり苦悶してるなかで、当の本人たちは話を進めていた。静寂のなかに異様な二人の影が立ち並ぶ。

 

 

「……で? 話って何よ」

 

 切り出したのは梨花だった。苛立ちの混じった声音で少年を威嚇する。けれど少年は割れた窓ガラスを見つめているだけで、こちらに振り向きもしない。

 

「アンタ、『あの子』の世話係り(、、、、)なんだから、もっとしゃんとしなさいよね」

 

 ひょろひょろの茶柱の体を心配に思ったのか、彼女なりに喝を入れておく。

 

「……」

 

 だが少年は応えない。さすがにそれを不審に思ったのだろう。訝しげに眉を寄せる梨花は、少年にのしのしと近づいて額をとんっと小突いた。

 

「どうしたのよ?」

 

「……あの子は――」

 

 次いで漏れた言葉は、いつになく力強く、開かれた瞳に宿る静かな確信を告げる。

 

「はあ、どういうことよ?」

 

「時間が無い……が、――るんだ」

 

 途切れ途切れに聞こえる言葉の意味は、小豆にはわからない。それでも、想い人のやつれたような声に胸が鋭く痛む。

 

「そんなこといったって、他に人なんていないでしょ。あの子をこの世界(ここ)に留められるのは、アンタしかいないじゃない」

 

 まるで駄々をこねる子どもをあやすように、梨花は好意もない少年に言い聞かせる。それはひとえに『あの子』のためであり、強いていえばこいつ自身のためでもある。

 

「――君に……はない」

 

「っ」

 

 興味のなさそうな口調が余計に梨花を苛立たせる。反射的に少年の襟首を掴んだ。俯いた彼の顔を無理矢理に上げる。

 

「ふざけないでよっ! あのさ、私はしがない■■だけどさ。アンタに協力してやってんのは、あの子のためなのよ。アンタだってそのために生かされてるようなもんでしょ? それに――」

 

 怒り狂うような叫びが誰もいない室内に響く。小豆も段々穏やかな状況ではないことを悟り始めて、にじり汗をかく。

 

「なんとかいいなさいよッ!!」

 

 振り乱された少年に梨花の言葉は届かない。ただ嘲るように繰り返される少女の言葉を反芻する。

 ――そのために生かされている。

 虫唾が趨る。冷笑な眼差しが梨花を捉える。筋肉が瞬間的に強化され、絡まっていた腕を引き離す。

 

 ああ、そうだよ。

 

 この世界にとってオレはちっぽけな存在でしかない。

 いや、ここだけじゃない。あそこだって同じだったじゃないか。

 憎い、すべてが憎い。力んだ腕が震え、茶柱は梨花をはね飛ばした。睡っていた憎悪がゆっくりと起き上がる。

 

「……るさいんだよ」

 

 その瞳に表情はない。あるのは冷酷な殺意。

 

 どうせその気持ちも、偽りのプログラムのくせに……。

 

「――っ!?」

 

 なかから漏れる異様な殺気に、小豆は身震いをした。会話の詳細はわからない。だが、二人が揉めていることは明白だ。

 間を割って入ろうと、咄嗟に扉を叩きつける。だが運が悪かった。もともと古びていた引き扉は、数ミリ動いたところで鈍い音を立てて静止し、それ以上動かなくなった。そして――。

 

「――え」 

 

 その隙間から、爆発染みた閃光がまたたいた。

 なにかかが破裂したように、炸裂音が耳をつんざく。頭を塞ぎたくなるような轟音に、悲鳴を上げた。そのなかで、聞き慣れた少女の断末魔が轟く。

 

「――り、か……?」

 

 まるで爆発の中心に彼女がいたかのように、短い声が届くことはない。白光が少女を包む。

 意識が暗転した。

 

 

 

 

 

 

「……ぱい、起きてください先輩っ!」

 

 悲鳴にも似た少年の叫びに、私は閉じていた瞼を持ち上げた。湾曲した音声が脳内に響いて、頭を軋ませる。少年に肩を支えられながら上体を起こす。

 

「……ここは?」

 

 頭がぎんぎんと痛む。目眩を堪えながら辺りを見回すと、そこは普段誰も近寄ることのない旧校舎の教室だった。見慣れた栗色の髪が、心配そうな声音で囁きかける。

 大丈夫ですか、後輩の肩を支えられてなんとか立ち上がった私は、まだ眩む視界を瞬いた。

 

「あれ、茶柱くん。なんでここに……?」

 

 頭がぼうっとする。思考が廻らない。状況が掴めないまま、唯一わかる想い人の手を握った。

 

「僕は――鳥の絵を描いてたんです、先輩は?」

 

「えっと、あたしは――」

 

 考えながら、疑問に思った。自分はいったいなぜここにいるのだろう。

 目的があってここに来たはずだ。でも、それがなんだったのか。想い出せない。頭に靄がかかる、とでもいうのだろうか。

 確か人を捜していて、それで――。

 胸に引っかかったような違和感に眉を潜める。その答えを求めるように恋人を見やった。

 朧気な記憶を必死に呼び覚ます。

 

「さっき――誰かと話してたよね」

 

 掠れ出た記憶の片隅には、確かに女の声があった。妙な汗が頬を伝い、床に垂れ落ちる。

 だが、次いで放たれた言葉が、少女の思考回路を完全に遮断させた。

 

「――なにいってるんですか?」

 

 訝しげに眉を歪める彼の声音は恐ろしいほどに冷淡で、まるで意図的に阻害するように少女を見詰める。

 

「ここには誰もいませんでしたよ」

 

 そんな顔を見たのは初めてだった。全身から恐怖という感情が底無し沼のように少女を襲う。眉唾を飲む音が鮮明に聞こえる。

 いいようのない強制感を醸すその表情に、私は無意識に気圧された。

 

「……あ、ああ、そうだよね」

 

 嘘だ。直感的にそう思った。だが、小豆はそれを覆せない。茶柱が優しげな笑顔を浮かべて、微笑んだ。肉欲に溺れた少女に抗う術はない。

 

「あなたは僕だけを見てればいい」

 

 そうして少女は、その瞳に微笑み返すのだ。口が自然と動く。和やかに笑う瞳の奥に『私』はいない。

 

「――うん、わかった」

 

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