意識的に上体を跳ね上げる。シーツから洩れた微量の粒子が、垂れ布の隙間から差し込む陽日に照らされる。
「……ゆ、め?」
肩がせり上がって、上手く空気を吸い込めない。全身の穴から汗が噴き出し、だらだらと皮膚を覆う。
荒い呼吸をゆっくりと落ち着かせて、ようやく現実に帰還した。まるで現実に起った出来事のようなリアルさが、脳裏に焼き付く。
頭が混乱し、まるで自分が傷を負ったのかのように、脇腹がずきずきと痛む錯覚が厭な汗をただれ落とす。
むせかえった喉を水道水で留め、おぼつかない足取りで浴室へ向かう。
ザーッ。
如雨露から水音が跳ねて、ぽたぽたと少女の思考を落ち着かせる。曖昧になった夢など、気にしなくなり、力ない身体を起き上げる。
あれから何日経っただろうか。雨はいまだ止まず、私の心はずぶ濡れだった。結局、彼と会えないまま、小豆はかつての家で途切れ途切れの日々を過ごしている。
鏡張りの自分はいつからか腐っている。長かった髪もいつのまにか切り落とされ、目元には隈が溜まっている。茶柱という保冷剤を失った身体は、いまにも事切れそうだ。力なく寝室へ渡る。
もう一度ベッドに蹲り、思いを馳せる。瞼を閉じた瞳の奥で、華奢な面影を見いだし、そっと触れる。
「……っ」
頭のなかの君は、私に微笑んで囁くの。
――どこがいい?
恥じらいながら、私は彼の手を導く。脚の間に指が消えて、優しく撫でる。
――ここ。
優しい君は、きっといたわるように触れて。
――あ、そこ――っ!
涙目のヘイゼルが吠える。下の谷間が開き、甘い蜜が零れ、溢れる。
――ふふっ、気持ちいい?
意地悪に君が聞く。その
――ねえ、もっとして。もっと。
甘えるように、
――逝きたいの?
ああ、口から短い息が垂れる。感度が最頂点に達し、瞳を見開く。
――うん、シて。きて。
指をかき乱し、犯して。犯されて。最後にアツいのを貰うの。
これが私のなかのすべて。もうどうしようもなく続く生き地獄。瞳を開ければ、君はいない。生臭い液体がシーツを汚す。
解ってる。こんなものは惨めなだけだ。別に意味なんてない。
でも、寒いの。恋しいんだ。どうしようもなく君を想って、その想いに押し潰される。
どうして。どうして彼は来ないのか。こんなにも私は彼を待っているのに。君を想ってるのに。そうして幾度となく自慰に励み、報われない衝動を抑えつける。
「……会いたい」
頬に一筋の熱いものが伝い落ちる。このまま消えれたらどんなに楽だろうか。あなたの残像に縋るように、顔を伏せる。
……私を助けてよ。
ピンポーン。
無機質なチャイムが鳴る。小豆はびくっと体を跳ね上げた。羞恥からくる焦りが、背筋をピンッと伸ばす。
こんな時間に誰だろう。いや、そもそも私を訪ねる人間などいるのだろうか。なぜか着替えを済ませた後、無骨に眉を顰めながら、扉を開ける。
「……はい、どちらさま――」
社交じみた言葉は、途端に聞こえなくなる。自動的に扉が開け放たれ、
銀色の絹が可愛らしく覗き、人形染みた漂白の手脚が幼く跳ねる。
「……始めまして、御手洗小豆さん」
純粋な日本人とは似ても似つかない西洋染みた顔立ち、どこかでみたことのある彼女は、とても綺麗で。差しのばされた腕は、かつてみた恋人のように儚く、そして――。
「お茶しましょ?」
その瞳は、魅惑的に琥珀していた。
「……え?」
連れてこられた店内はいかにも昭和の喫茶店といった感じだったが、後から聞いた話によるとここ最近できた新店だそうだ。内装はここのマスターこだわりなのだという。
店員にカフェラテを注文し、眼前の少女を見据える。水色のクラシックワンピースを着た銀の乙女は、そのゴシック体質からか、どことなく
初めましてと言っていたことから、知り合いではないことは確実だ。いきなり小豆の家を訪れたと思えば、こんなところに連れてこられて、どことも彼女との接点が繋がらないことに寒気を覚える。
彼女の方はそんなこと気にした様子もなく、美味しそうに洋風羊羹なるものを頬張っていた。幼げな花を咲かせる乙女をまえに、言いようのない焦燥が襲う。
「あの……っ」
「どうかした?」
「初めまして……ですよね」
「うん、そうだよ」
幼げな容姿に見合った口調の彼女は、それでいてとても気品のある動作で羊羹を平らげる。その年齢は定かではない。甘い香りが馨る。意識を犯すように、彼女の動きが背筋を舐める。
「ふう、おなかいっぱい」
満足そうな笑顔が、まるで誰かのように懐かしく感じる。
だがそれも、刹那のあとには終った。
「すこし、昔話をしましょうか」
唐突に放たれたその一言が、手許のカップを止める。何気ない思い出話のように、呟かれたそれは、けれど小豆の体を撫でるように縛り上げる。言い表せない強制感を感じ取った。
遠い目をするその横顔に、意識が吸い込まれる。
―――私は恋をしていました。
その瞳は、かつての甘い記憶を思い出したかのように艶っぽく、潤んでいる。
彼女は私の身体が強ばることなど気にせず囁いた。
「これは、とある女の物語です」
本能的な拒絶が、体をさらに萎縮させる。自分でも解らないくらい、私はその話しを聞くことを躊躇った。
だが、彼女はそんなことお構いなしに話し始める。かつて抱いた甘い、甘い、恋の日々を。
その瞳は憂いを含んで、満ち足りた歓喜のなかに狂気を孕ませていた。