「ありがとうございました」
「愉しかったです、金城様」
「是非、また声を掛けてください」
四人の女子生徒たちがシャトルバスに乗っていく。
全員の手の中にあるのは、お土産として手渡した高級ブランドのサブレの入った箱だ。ひかりが全員ひとりひとりに準備したものである。
「こちらこそ愉しかったよ……。それじゃあ」
シャトルバスが走り去っていく。
ひかりは、シャトルバスが見えなくなるのを待ち、ハウスの玄関前からハウス内の私室として使っている小部屋に移動した。
「待たせたね」
室内には
モデルの件でゆっくりと話したいと言って、残ってもらっていたのだ。
SS研に顔を出すことが遅れることについては、スマホを使ったメッセージで真夫にすでに連絡をしている。
七生はすでに座っていて、彼女の前には湯気の出ている紅茶とスコーンが置かれている。手が付けられた形跡はない。
ひかりが部屋に戻ってくると、瞬きもしないくらいに凝視してくる。
思わず苦笑してしまった。
ひかりは、七生と向かい合うソファに腰をおろした。
「話を聞きたいと言ってくれたということは、ヌードモデルになってくれることを了承したということでいいよね……。あっ、言葉を改めた方がいいかな。よく叱られるんだ。やろうと思えば、敬語は使える……。いや、使えると思います」
七生はすぐに口を開いた。
ひかりはくすりと笑ってしまった。
「言葉はそのままでいい。いや、そのままにしてよ……。そして、話を聞きたいというのは、それ以上でもそれ以下でもないね。言葉の通りだ。最初に言っておくけど、ぼくはヌードモデルになるつもりはない」
ひかりははっきりと言った。
すると、七生の顔に失望の色が浮かぶ。
「どうして? 君はわたしの創作意欲を刺激する。ついこの間まで、まったく興味もなかったが、偶然に君を見つけて、稲妻のような創作意欲が突然に沸いたんだ。いまはただ描きたい。だから、招待状をもらったときには喜んだ。わたしは、いま行き詰っている。だけど、君を見つけて、なにかを感じた。絶対にいい作品になる……。いや、そんなのはどうでもいい。ただただ、君を描きたい──。どうか描かせて欲しい」
「そう言われてもねえ……」
まさか、男ということになっているひかりの裸体を描かせるわけにはいかないだろう。
だけど、彼女の絵に対する情熱はすでに十分に認識できた。
いずれにしても、彼女の唱える芸術とはエロスであるという主張は、多分、芸術論としては異端ではないのだろう。
たとえば、身体を使った芸術の代表的なものはバレイだ。
ひかりは、金城光太郎として、幾度も超一流のバレイダンスに接したことがあるが、共通して言及できるのは、バレイの演出にはエロチックさを感じさせるものが実に多いということだ。
絵画の表現には画家によってかなりの多様性があるので、必ずしも全てがエロスに繋がるとは思わないが、芸術性をとことん突き詰めようと彼女が考えた末に、エロスに辿り着いたのは、ひかりが知っている芸術史からして決して不自然ではない。
ただ、彼女のような美少女が突然にセックスの話をし、また、エロスを理解するために、適当な複数の男子生徒とセックスをするというのは、常人から変人扱いをされるのは仕方がないかもしれない。
「モデル料は言い値で払う。わたしの絵を買いたいという相手がいるんだ。金には興味がなかったので、ほとんど売ってはいないけど、これまでの作品をすべて処分すれば、一億は下ることはないはずだ。わたしは君を描きたい──。いくら払えばいいか言って欲しい」
七生が強い視線を向けてくる。
ひかりは微笑を浮かべたまま首を横に振った。
「お金の問題じゃなくてね。これでも金城家の跡取りだから、お金には不自由してない」
「金城家の跡取り……? そうなの?」
七生はきょとんとしている。
さすがに呆れてしまった。
このサロンがなにで、ただのお茶会にどうして、これほどに贅を尽くせるるのだろうと思っているのだろう。
そもそも、もしかしたら、ひかりの名前をいまだに記憶していない可能性だってある。
そのときだった。
突然に、お尻の中に埋まっているアナルプラグが振動したのだ。この一週間、ずっとプラグを入れられているが、振動を受けたのは初めてだし、そもそも遠隔で振動できるようになっているとは、まったく認識してなかった。
「うくうっ」
ひかりは意表を突かれてしまって、座ったまま、その場でくの字に身体を折り曲げた。
「どうかしたの?」
「な、なんでもない──」
声を必死で噛み殺したものの、ひかりの脚はぶるぶると震え続けている。
そして、やっと振動が止まった。
「し、失礼……」
ひかりは制服の内ポケットからスマホを取り出して、画面を確認する。
真夫から、さっき送ったメッセージへの返事が届いていた。
“了解だよ。ただし、遅れているあいだは、いつ振動があるかわからないからね。三段階目のプラグを準備して待っているよ”
真夫からのメッセージには、さらにハートマークまである。
「……真夫君め……」
ひかりは、メッセージの画面を見ながら嘆息してしまった。ただ、顔はににやけていたと思う。
そして、一瞬だけ目の前に七生がいることを忘れていた。
はっとして、顔をあげる。
「エ、エロい……。いま、君がすごくエロくなった……。やっぱり、描かせて欲しい。なにが必要? お金でなければ、なに──? 言って──。どんなものでも支払う──。でも、わたしは君のエロスを描きたい──」
エロスって……。
ひかりは困ってしまった。
「そ、それよりも、世良君の少女シリーズは、もともとあなた自身の自画像がコンセプトじゃないの? あなたの大きな作品テーマは自画像の裸婦画だったと思うけど、本当はモデルなんかじゃなくて、少女シリーズとして描きたいんじゃないの?」
話を逸らしたいこともあり、ひかりは話題をずらした。
少女シリーズというのは、まだ学生でしかない彼女の評判をかなりのものとしている彼女の作品群であり、彼女は十二歳から自分自身をモデルにした裸婦画を連作でずっと描き続けているのである。
絵のタッチも構図も異なるので、彼女の少女画が繋がっているものだという印象は持たれにくい。
しかし、繋げて見ていくと、十二歳の少女が十五歳になるまでの成長の過程や子供から少女になるに至る感情や葛藤などが生々しい印象となって襲ってくる作品群だ。
ひかりは、彼女のことを調べるにあたって、少女シリーズに触れ、あっという間に彼女の作品のファンになってしまったほどだ。
「……いや、わたしではだめだ……。駄目だったんだ。わたしにはエロスは理解できない。わからない……。それについては諦めるしかない。
七生が唇を噛みしめるような仕草とともに俯いた。
決まりだ……。
ひかりは、あとは真夫に委ねることにした。
「……もしも、あなたに本物のエロスを教えてくれる男がいるとしたらどうかな? つまり、世良君の人生を変えるような新しい出遭いを与えられるかもしれないとしたら……? 多分、これまで感じたこともないような生きているという実感、そして、女としての悦びを与えてくれる……。それだけじゃない。七生君をもっと美しくしてくれるかもしれない……。そんな出遭いが……」
ひかりは言った。
「それは、君……あっ、いや……なんだったかな……。あっ、金城君……金城様がわたしとセックスをするということか?」
七生がひかりを見つめてくる。
「違う……。ぼくじゃない。ぼくではない誰かだよ」
「よくわからないが、その男なら、わたしにエロスを教えることができるということ? でも、すでに試したんだ。あの加賀という男に相手をしてもらっても、わたしは快感というものを感じなかったんだ。彼ほどの男にだよ……。それから、四回試した。全部、しっくりとこなかった。まったくエロくなかった。多分、わたしという人間は、女としてなにかが欠けているのだと思う」
「それは、ただ世良君が人生を変えてくれる男にまだ逢ってなかっただけだよ。彼は、必ず世良君を変えてくれると思う」
「人生を変えてくれると? もちろん、わたしにエロスを教えてくれるのであれば師事したい。わたしはなんでもするよ」
七生はきっぱりと言った。
「いいの? 罠かもしれないよ」
「まったく問題ない」
「いいね。じゃあ、連絡先を交換しよう」
ひかりはスマホを取り出した。
その瞬間、またもやアナルプラグが動き出した。
「んんっ」
ひかりは腰を震わせて目を閉じた。
身体が反り返るような鋭い感覚がアナルから全身に駆け抜けていく。
必死に歯を喰いしばって、脚を締めつけて耐える。
「なんか、またエロくなった。やっぱり、金城様をモデルにしたい──」
七生が身体を乗り出すようにして、こっちに身体を近づける。
「ち、近寄っちゃだめ──。わ、わかったから──。その男になんでも言って──。だから、離れて──」
ひかりは必死に言った。