学園に戻る山道に差し掛かった自動車の中で、玲子は、メールの受信を伝えるスマホの振動に接した。
ハンドルを動かしながら、ハンズフリーボタンを操作して、フロントガラスにメール送信者を投影して確認する。
正確にはフロントガラスではなく、その手前の宙に運転者の視界を遮らないように特殊な技術で文字だけを投影しているのだが、送り主は松野
玲子の個人用アドレスにはいくつかあるが、このアドレスは真夫と真夫の奴婢仲間だけにしか知らせてない。だから、大切なメールだ。ただ、絹香の双子侍女のひとりである梓からの連絡は初めてだと思う。
確か、この時間は、梓を含む双子の侍女は、ひかりの主催するサロンに参加している最中だったはずだ。予定としてはそろそろ終わる時間だろう。
もしかして、そのサロンでなにかあったのだろうか。
新たに真夫の奴婢になったあのひかりが、真夫の奴婢に相応しい女生徒に関する情報を集めるために、先週から定期サロンを開催していることはもちろん知っている。
標題には、『要電話』とある。
そのサロンでなにかあったのだろうか。
ハンドルの端についている操作ボタンを動かして、さらにメールの内容を投影するために操作する。
メールの中身は、標題以上の内容はなく、できれば急いで連絡が欲しいということだった。
ちょうど、学園に入る三個の関門の一番麓側のゲートに着いたところだったので、ゲートが開くのを待つ間、玲子はフロントのタッチパネルを操作して、梓にハンズフリー機能を利用した電話を掛けた。
果たして、ワンコール目で梓が出た。
『あっ、もしもし……。申し訳ありません、玲子さん。梓です』
「いいのよ。いま運転中だけど、もうすぐ学園に戻るわ。用件は?」
玲子はハンドルを握ったまま、梓との会話を始める。
一方で、ゲートが横に開いていく。
玲子は、アクセルを踏んだ。
『じゃあ手短に。ひかりさんからの伝言です。できれば、わかる範囲でいいので、立花
「立花柚子?」
記憶を思い起こすと、いま、ひかりが実施しているはずのサロンにおける招待者のひとりだったはずだ。
やはり、サロン絡みのようだ。
『できれば、すぐに……。とりあえず、サロンが終わり次第に、その娘とひかりさんが話をすることになってるんです。その前に可能な限りの情報が欲しいそうです。できれば弱みとか』
電話の向こうの梓は、くすくすと笑っている。
深刻そうな感じはではない。
「あと十分……、いえ、六分半で理事長室に戻れるわ。大した情報ではないけど、検索できるものは、ひかりちゃんのスマホに送る……。三十分以内になにかを送るわね」
『三十分ですね。伝えます……。ふふ、あれ、使おう……。あいつ、悪戯が嫌で、あたしに連絡係を指示したんだから……』
よくわからないが、なにかを面白がるような口調の梓の言葉が返ってきた。
「なにかあったの?」
『あたしたち、彼女に脅されてるんです』
すると、梓の笑い声がした。
「脅す?」
物騒な内容だ。
だが、電話の向こうの梓が面白がっていることは確かだ。
また、会話を続けているうちに、第二ゲートに着く。ここから第一ゲートまでの距離はほとんどなく、第一ゲートを抜ければ学園の敷地内だ。
玲子はゲートの前で一時停車する。
車体からの登録信号を確認したゲートは開門の態勢になった。
『あたしたちの秘密を知っているらしいです……。じゃあ、あたしはひかりさんに、連絡がついたと伝えないとならないんで……。多分、玲子さんからの情報が届くまでサロンの終了を引き延ばすはずですから。詳しいことは後で報告します。じゃあ、お願いします』
「あっ、ちょっと……」
もう少し詳細を確認したかったが、電話は切れてしまった。
まあいいか。
玲子は第二ゲートが開くのを待ち、車を奥に滑らせる。
立花柚子か……。
玲子は運転を続けながら思念する。
真夫の奴婢の候補には、まだあがってなかった女生徒であることは間違いない。だから、玲子の調査ターゲットにはまだ入っていない。
しかし、学園内の女生徒と女性教師については、理事長であり、豊藤グループの総帥である龍蔵の個人的道楽として、それこそ、身長、体重、スリーサイズなどの基本データから始まり、性経験の数や相手、生理周期、自慰の頻度などの情報がひそかに集められている。
健康診断や入浴中などの状況を活用した全裸写真もあり、さらに、完全個室の寮生活であることを利用して、彼女たちの飲食物に強い媚薬を服用させることによって強制的に収集した自慰の隠し撮り映像まである。
それらのデータは、学園にあるホストコンピュータに集めてあり、龍蔵がいつでも接することができるようになっていた。
もともと、このマグダレナ学園は龍蔵が晩年の道楽のために建設した学園なのだ。
ただ、現在については、そのデータ管理と使用は、玲子にすべて任されてあり、いまは、玲子は真夫にもアクセス権を渡している。
もっとも、さすがに玲子も、立花柚子に関してどんなデータがあるかと訊ねられても、すぐには答えられない。
集められる映像データも、全データをチェックはできないので、AIを利用してデータを抽出して整理させているのだ。
理事長室や職員室のある本部棟に着いた。
運転してきた自動車を専用駐車場に停め、本部棟に入っていく。
事務室には、外出からの帰還だけを伝え、すぐに理事長室に入る。
玲子は理事長ではなく、正式には理事長代理ではあるのだが、龍蔵の許可を受けて、理事長室を執務室として使うようになっていた。
データの端末があるのは、その理事長の奥にある隠し部屋だ。
そのまま、隠し部屋に入って端末の前に座る。
立花柚子──。
一年四組。Aランク生徒。
身長146センチ、体重36キロ。
バスト72センチ、ウエスト……。
そして……。
とりあえず、基本的な情報をひかりの持っている端末に送る準備を進める。
次に家族構成……。
長女……。兄弟はなし。
父親は一流企業の重役で役員……。金城グループか……。ひかりのところの系列企業ということだ……。
両親の資産も多い。役員としての収入だけでなく、遺産による不動産収入や有価証券収入もあるようだ。
かなりの資産家といえる。
この辺りは、ここよりも、ひかりの方が詳しいかもしれない。
顔と体系の映像データを出した。
童顔で小柄──。お世辞にも、女性らしい体形とは言えないが、可愛らしい外見だとは思った。
梓によれば、脅迫されたということだったが、あの口調からは深刻そうな雰囲気はなく、玲子にすぐに情報を求めたということから、真夫の奴婢候補にすることを見込んでのことなのかもしれない。
でも、この幼そうな少女を……?
真夫がロリコンも守備範囲なのかはわからないけど、まるで小学生にも見える彼女の写真に、玲子はほんのちょっとだけ、真夫が気に入るかどうか不安になった。
まあ、美少女ではあるのは確かなのだが……。
記録にアクセスして、試しに母親の写真を出してみた。
こっちはなかなかの美人だ。年齢は四十五歳とあるが、娘同様に童顔であり、二十台後半にしか見えない。
むしろ、母親の方が真夫の好みじゃないだろうか。
ならば、母親ごと引き抜いて、いわゆる“母娘丼”とかはどうだろう……? 真夫はそれなら興味を抱くだろうか……。
そんなことを思念する。
それで、ふと、玲子の頭にあることがよぎった。
父親の名前と企業名を確認する……。
立花源一郎……。
確か、有名なプレイボーイだ。
幾人もの愛人がいるというこの道では知らぬ者のない男である。
企業向けのパーティで、数回玲子も接触したことがあった。
玲子もそのときに誘われていたことを思い出した。まあ、かなりのハンサムな男だったのは確かだが、女は自分に堕ちて当然という雰囲気が気持ち悪かったのを覚えている。
叩けばいくらでも埃が出そうだと思った。
女を脅迫して無理矢理に手籠めにしているという噂もあったはずだ。
関係ないから放っておいたが、その男の娘か……。
とりあえず、不確かな情報という但し書きで、ひかりに送る情報に、父親のことも入れる。すぐに調査に入るということを付け加えて……。
とりあえず、ここにあるものの中で、なにか本人の弱みになるものを探す……。
AIで自動記録されている自慰の映像になにかあるだろうか。
とりあえず、アクセスする。
まあ、高校一年生くらいであれば、自慰の映像だけでも十分な脅迫材料になるはずだけど……。
でも、あの小学生のような外見のこの娘が自慰とかするのだろうか……。
自慰映像は、寮の各部屋に寝室に取り付けてある隠しカメラから、自動的にトリミングの末に保存されて、時間と回数の文字データとともに記録される。もしも、自慰データがなければ、定期的にそれが玲子に知らされて、飲食物への媚薬混入の指示を出したりするので、それに関して立花柚子に処置した記憶がないということは、普通にAIが記録した彼女の自慰データがあるということだが……。
「あれ?」
玲子は思わず声を出してしまった。
彼女に関する映像データがないのだ。いや、存在した形成はあるが消去されている。
「どういうこと……?」
思わず呟く。
すぐにログを出した。
そして、眼を見張った。
「……不正アクセス?」
現時点では断定できない。
だが、外部からの侵入の形跡があった。
それまでの巧みに書き換えられているが、表記に不自然なところがあるのだ。
しかし、この学園の端末に不正アクセス──?
あり得ない──。
玲子は、アクセスしていたホストコンピュータから、普段は使わないバックアップのデータバンク用の端末に移動して起動させる。
こっちは、一箇月に一度、ホストコンピュータからデータに記録データを送るときだけに使っているものであり、平素はラインを物理的に遮断している。
繋がるのは、ホストコンピュータから、バックアップデータバンクにアクセスするときだけだ。
だから、こっちには侵入は不可能だ。
ホスト側に不正アクセスしたとしても、そっちにまでは余程の偶然がない限り、侵入されることはないはずだ。
立花柚子を検索する……。
映像記録……。
「あったわ……」
ほっとした。
こっちまではアクセスされてない。
自慰の記録……。
平均する一週間ごとの自慰の平均回数は、AIで自動記録された回数からだと、週に五回……。
女生徒にしては、かなり多い方だろう。
あの幼い外見からは意外だ。
映像記録を出す……。
残っている……。
ほっとしたが、つまりは、これで何者かが学園内の秘密のデータに潜入して、データを触ったということが明白になった。
そして、少なくとも立花柚子に関する情報に接して、映像データに触って、そこだけ消去した……。
現時点で言えるのはそれだけだ。
誰が……?
とにかく、不正潜入されているということに、玲子は背中に冷たいものを感じてしまった。
こっちもすぐに調査をしないと……。
もっとも、玲子の感覚としては、不正アクセスがあったとしても、随分とわかりやすく痕跡を残している気がする。まさか豊藤のデータバンクに潜入できるハッカーがいるとは思えなかったが、その技術があったとするには、潜入の痕跡を残しすぎだ。
玲子はデータへの潜入者のイメージがわからず、ちょっと困惑した。
でも、本当にどうやって……?
かなりの固いセキュリティなのだ。
ただ、言えるのは、考えられるのは学園内からの侵入だ。セキュリティの大部分は外部侵入者が学園のホストコンピューターに入ることなので、同じ学園内からの端末からだと、かなり侵入も容易にはなる。
まずは、そっちの線から調査するか……。
いずれにしても、最重要案件だ……。
玲子はとりあえず、ホストコンピュータからの外部アクセスの遮断処置をした。
そして、バックアップデータから、記録されている柚子の最新の自慰の映像データに触れる。
二日前の深夜一時……。
随分と遅い時間だ。
場所は……。
「えっ?」
AIが記録している撮影ログを見て、玲子はちょっとだけ驚いて、思わず声をあげた。
当然ながら、自慰の記録映像なので、柚子の寮の個室内だと思ったのだ。
しかし、AIで自動記録されていたのは、そのAランク生徒用の寮内の室内ではなく、寮の廊下にある共用トイレ内なのだ。
玲子は映像を覗いた。時間が限られているので、三倍速で視聴する。
そこには、幾つかの端末映像を組み合わせたものとして記録されていて、最初の映像は寮の部屋から出る柚子だ。
薄いネグリジェだけの姿──。映像から判断するに、おそらく下着は身に着けてない。ネグリジェの丈は、股下数センチだろう。
しかも、両手に手錠をしている。
そして、素足だ。
自縛をして、破廉恥な姿で廊下に出た──?
状況からしてそうだ。
AIで自動記録をした映像は、寮内の廊下の映像に切り替わっている。
周りを見回しながら、興奮した様子で共用トイレに進んでいく柚子……。
トイレに入った。
映像が切り替わる。
トイレの個室における天井からの映像だ。
廊下とは異なり、常夜灯もないので、随分と暗いが、個室の便座に座った柚子はそこで手錠をした両手で自慰を始めた。
外見とは違って、随分とおませさんのようだ。
玲子は微笑んだ。
とりあえず、それまでに打ち込んだデータ情報とともに、その映像をひかりの端末に送信した。詳細は伏せたが、不正アクセスの可能性についても言及した。
時間を確認する。
最初に梓から連絡を受けてから二十五分──。
果たして、すぐに向こうからの受信記録が返ってきた。
とりあえずは、これでいいか……。
しかし、大きな問題は誰が学園内のコンピュータに潜入したかだ。
そして、立花柚子以外の誰の情報に接したか……。あるいは、ほかのデータにアクセスされているかどうかだ。
場合によっては、龍蔵にも報告が必要になる緊急案件であるのは間違いない。
まあ、時子さんを通じてにはなるだろうが……。
当然ながら、時子さんには叱られるだろう。
考えるだけで、いまから憂鬱だ。
「今夜は徹夜ね……」
独り言を呟く。
豊藤のデータに不用意に余人を絡ませるわけにはいかない。最終的にシステムをいじるとなれば、全データを消去してどこかに移してからになるだろうが、当座の調査は玲子自身がしなければならない。
真夫にも連絡をしておくか……。
玲子は、自分のスマホを取り出した。
そのとき、机上の操作盤が理事長室への訪問者があったことを表示した。
玲子は身じろぎした。
そういえば、面会者との約束を予定に入れていたことを忘れていたのだ。
忙しいのに……。
舌打ちしたいのを我慢して、正規の理事長室に戻る。
机の上の操作盤から扉を開く信号を出す。
そして、玲子は、その面会の相手を思い出していた。
いわゆる、生徒たちが勝手に作った“四菩薩”のひとりであり、体育を受け持つの美人教師である。
面会希望は向こうからだ。
要件はわからない。
普段であれば、一教師の面会希望など、言いたいことがあれば職員会議を通じてあげろと突っぱねるところだ。だが、今回、面会を受け入れることにしたのは、四菩薩のひとりである彼女が真夫の奴婢候補だからだ。
龍蔵は、真夫の奴婢として相応しい女十人を支配に収めることを、真夫の正式の後継者として指名することの条件にしているが、四菩薩については最初から、奴婢として相応しい女の中に含めている。
だから、彼女を真夫に支配させることは、真夫が後継者に正式指名されるためのとりあえずの早道になる。
だから、いい機会なので、どんな女性なのかを知るためにも、玲子は応じたのだ。
「どうぞ──」
玲子が扉の向こうに声をかけると、上下ジャージ姿の伊達京子が神妙な顔で理事長室に入ってきた。