※この作品はR-18です。

淫魔王のいる学園【完結】   作:ドン・ドナシアン

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 13話 和解の条件

「な、なんか、すごいね、真夫ちゃん……」

 

 あさひ姉ちゃんが気後れしたように横で言った。

 聖マグダレナ学園の関係者である滝田さんと学園の顧問弁護士の工藤さんという人と会うことになっているホテルの前だ。

 

 誰でも知っているような有名な超一流ホテルだが、来たのは初めてだ。

 とにかく、ロビーでさえも入るのに躊躇するほどの豪華な建物であり、真夫はあさひ姉ちゃんと一緒にホテルを前にして立ち止まってしまった。

 いまは昼過ぎで、約束の時間の三十分前くらいだ。

 

「……で、でも、大丈夫よ。あたしがついているからね。行こう。一階のロビーに喫茶店があるそうなの。そこで、工藤さんの名を出せばいいと言っていたわ」

 

 あさひ姉ちゃんが意を決したように歩き出した。

 頼もしいことを言っているが、あさひ姉ちゃんがすっかりと緊張しているのは、真夫から見れば明らかだ。

 でも、真夫の手前、できるだけ平静を装うとしているのだろう。

 それがちょっと面白い。

 

「……ありがとう、あさひ姉ちゃん。でも、心細いから、少しだけ手を握らせて」

 

 真夫は横を歩くあさひ姉ちゃんの手をぎゅっと掴んであげた。

 実際のところ、すごい建物だなあとは思うが、真夫にはそれほどの不安はない。

 ただ、あさひ姉ちゃんを落ち着かせてあげたかったのだ。

 

「う、うん……」

 

 あさひ姉ちゃんはちょっと照れたように、横で顔を赤らめた。

 ぎゅっと力を返してきたあさひ姉ちゃんの手は、やっぱりちょっと汗ばんでいた。

 でも、真夫が手を握ると、あさひ姉ちゃんの心の動揺がすっと静まったのがわかった。

 なぜだかわからないが、そう感じたのだ。

 

 ホテルのロビーに入る。

 正面の大きな喫茶店に向かう。

 真夫は、あさひ姉ちゃんと繋いでいた手を離すと、誰も見ていないのを確かめながら、あさひ姉ちゃんのスカートの上からぎゅっとお尻を触った。

 

「ひゃんっ」

 

 あさひ姉ちゃんがびっくりして大きな声をあげた。

 周囲の人の何人かがこっちに視線を向けるのがわかった。

 だが、そのときには、真夫の手はあさひ姉ちゃんから離れている。

 あさひ姉ちゃんは、周りの視線に慌てたように顔を俯かせた。

 そして、すっと横目で真夫を見て、声に出さずになにかを言った。

 

 ば、か……。

 

 あさひ姉ちゃんはそう言ったようだ。

 

「……ノーパンのお尻の感じはどんなのかと思ってね」

 

 真夫は小声で軽口をささやいた。

 あさひ姉ちゃんは紺色のスーツ、いわゆる、リクルートスーツを身に着けていて、真夫は学生服を着ていた。

 最初は真夫は普通にジーパンで行くつもりだったのだが、あさひ姉ちゃんにたしなめられたのだ。

 確かに、ここは、そんな軽装で来るところではないようだ。

 あさひ姉ちゃんの言うことをきいてよかったと思った。

 

 それはともかく、真夫はこのホテルに向かう前に、降りた駅の駅ビルの隅で、あさひ姉ちゃんがはいていたストッキングと下着を脱がしていた。

 特に意味があったわけじゃない。

 ただ、そんな悪戯がしたかっただけだ。

 

 あさひ姉ちゃんは、真夫の意地悪な命令に、引きつったような顔をしたが、あさひ姉ちゃんの面白いところは、真夫がどんなにエッチで理不尽な命令をしても、絶対に駄目だとは言わないことだ。

 そのときも、慌てたように周りを見渡すと、真っ赤な顔をしながら、スカートの中に手を入れてストッキングと下着を脱いでくれた。

 だから、それはあさひ姉ちゃんの持っている大きな布の手提げバッグに入っている。

 

 従って、いまのあさひ姉ちゃんは、膝上のスカートの下は、ノーパンの生足だ。

 真夫は、そのあさひ姉ちゃんのお尻をスカートの上から撫ぜ、それだけじゃなくて、お尻の穴の付近を狙って、ぐっと指で押したのだ。

 それで、あさひ姉ちゃんは悲鳴をあげてしまったというわけだ。

 でも、あさひ姉ちゃんは顔を真っ赤にしていて、満更でもなさそうに微笑んでいる。

 どうやら、すっかりと落ち着くことができたようだ。

 真夫は安心した。

 

 ホテルのロビーと喫茶店は大きな隔てがあるわけでなく、広いロビーの真ん中から奥が喫茶店のようになっているという感じだった。

 

「どうぞ」

 

 あさひ姉ちゃんが“工藤”という名を出すと、制服を着た女性の店員がふたりを案内してくれた。

 驚いたことに、連れていかれたのは一番奥であり、そこはガラス張りの仕切りのある個室だった。

 透明のガラスなので、外から中が見えるが、ひと目でほかの場所から一線を画したひと際豪華な造りであることがわかる。

 真夫たちは、そこに案内された。

 まだ、滝田さんも、工藤さんという人も来ていないようだ。

 

 真夫はあさひ姉ちゃんと並んで、個室の入り口に近い側に並んで腰かけた。

 すぐに、案内をしてきた女性店員とは別に男性店員がガラスの扉から水を持って入ってくる。

 目の前に手拭きや水が置かれて、真夫たちの前にすっとメニューが差し出された。

 

 ……うわっ……。

 

 声には出さないがびっくりした。

 一番安いコーヒーでも、二千円の値段がついている。

 真夫は、コーヒー一杯がそれだけの値段がするなんて驚いてしまった。しかも、コーヒーだけで十種類くらいあり、三千円もするコーヒーまである。

 

 なんだ、これ?

 本当に真夫の知っているコーヒーのことか?

 思わず疑いたくなる。

 

 横目であさひ姉ちゃんを見る。

 あさひ姉ちゃんも目を丸くしていた。

 

「……コ、コーヒーをください……。ブレンド……」

 

「あ、あたしも……」

 

 真夫がとりあえずそう言うと、すぐにあさひ姉ちゃんが続けた。

 ふたりの店員が出ていく。

 なんだか、これだけでどっと疲れてしまった。

 

「……な、なんかすごいね……」

 

「うん」

 

 真夫が言うと、あさひ姉ちゃんが再び気飲まれしたような表情で頷いた。

 

 すぐにコーヒーが運ばれてきた。

 店員がいなくなるのを待って一口飲む。

 あさひ姉ちゃんも同じようにコーヒーに口をつけた。

 

「ど、どう、真夫ちゃん?」

 

 あさひ姉ちゃんが真夫の顔を見た。

 

「普通……だと思う。なんで二千円もするのかなあ……?」

 

 真夫は正直な感想を言った。

 

「そ、そうよねえ。よかった。あたしも普通だと思ったのよ。でも、本当はすごくおいしいのかなあって……。でも、真夫ちゃんが普通と思うなら、やっぱり普通なのね。よかったあ」

 

 あさひ姉ちゃんは嬉しそうに笑った。

 なにがよかったのか、よくわからない。

 それから少しのあいだ、あさひ姉ちゃんと雑談をした。

 だが、しばらくすると、あさひ姉ちゃんは、急に顔を引き締まらせた。

 

「……とにかく、真夫ちゃん。あたしに任せてね。真夫ちゃんは優しいから、強く言えないかもしれないけど、真夫ちゃんは被害者なんだからね。絶対に負けちゃだめよ」

 

「別に勝つとか、負けるとかはないんじゃないの? そもそも、学園の顧問弁護士さんはどういう用件で来るのかなあ?」

 

「それはわかんないけど、でも、なんにもしていない真夫ちゃんを痴漢で訴えるなんて、その女子高生は酷いわよ。三人組の男子生徒も許せないけど、助けてもらったのに、逆に真夫ちゃんを訴えるなんて、どんな理由があっても許せないわ。絶対に妥協しちゃだめよ、真夫ちゃん」

 

「妥協と言われても……。まあ、いまさら、どうでもいいよ。なんか、そんな気分なんだ」

 

「だから、そんな風に思っちゃだめって言っているのよ。もういいわ。とにかく、あたしに任せてね」

 

 あさひ姉ちゃんはきっぱりと言った。

 真夫は首を竦めた。

 いずれにしても、あの痴漢事件は、もうどうでもいいと思っていることは確かだ。

 真夫はもうあさひ姉ちゃんのお父さんの借金のために働く決心をしているし、真実が明らかになっても復学はするつもりはない。

 それよりも、昨夜、あさひ姉ちゃんが陥っている状況のことを知って、真夫の冤罪事件など、どこかに思考が飛んでいったというのが本音だ。

 

 やがて、個室にふたりの男女がやってきた。

 真夫はあさひ姉ちゃんとともに立ちあがった。

 ひとりは三十過ぎの男の人だ。この人があさひ姉ちゃんが最初に相談した滝田さんだろう。

 もうひとりは、スーツ姿の若い女性だ。

 首に青いスカーフを巻いている。

 

 この人が学園の顧問弁護士の工藤さん?

 女性とは聞いていたが、なんとなく、もっと年配の人を想像していたので、現れた美貌の若い女性にちょっと驚いた。

 

「こちらで呼ぶまで、誰も来させないでください」

 

 工藤さんだと思う女の人が、ついてきた店員を引き払わせた。

 店員がいなくなると、透明の扉を閉じて、彼女が真夫たちに向き直った。

 

「遅れて失礼しました。聖マグダレナ学園の顧問弁護士をしております、工藤玲子です。このたびは、わざわざ足を運んでいただいてありがとうございます」

 

 いきなり、工藤さんは深々と頭をさげた。

 初っ端からの丁寧で、かつ低姿勢な態度に真夫は意表を突かれた。

 それに、彼女たちはちっとも遅れてない。

 真夫たちが早く来すぎたのだ。

 

「あ、あの……」

 

 あさひ姉ちゃんが口を開きかけた。

 しかし、頭をあげた工藤さんが、先に滝田さんに視線を向けた。

 

「あなたはこれで結構です。ありがとうございました、滝田さん」

 

 一緒にやって来ながら、いきなり帰れという言葉には、少し驚いたが、工藤さんの物言いは、柔らかいものの、なんとなく有無を言わせぬ迫力みたいなものがあった。

 また、滝田さんも気を悪くした感じはない。

 最初から、自分たちを工藤さんに引き合わせるのだけが役割だったみたいだ。

 

「じゃあ、朝比奈さん。この工藤さんになんでも相談するといい。彼女は信用のできる人だからね」

 

「あっ、は、はい……。で、でも……」

 

 滝田さんは挨拶もそこそこに個室を出ていった。

 あさひ姉ちゃんは、なにか言いたそうな表情になったが、そのときには滝田さんはいなくなっていた。

 真夫たちは三人だけになった。

 

「こちらにどうぞ、坂本様、朝比奈さん」

 

 工藤さんが示したのは、テーブルを挟んで向かい合う席のうち奥側だ。どうやら、真夫たちには、奥に座って欲しそうだ。

 

 それにしても、真夫が“坂本様”で、あさひ姉ちゃんが“朝比奈さん”──?

 なんとなく違和感がある。

 とにかく、言われるままに座った。

 

 真夫たちが腰をおろすのを待ち、工藤さんはいままで真夫たちが腰かけていた側に座った。そして、ふたりが飲んでいたコーヒーをこっちに移動させる。

 

「改めてご挨拶をいたします。学園の顧問弁護士の工藤です。これからよろしくお願いします」

 

 工藤さんが真夫たちの前にそれぞれ名刺を差し出した。

 “聖マグダレナ学園 顧問弁護士 工藤玲子”

 名刺にはそうあった。

 

「あ、あたしは……」

 

 あさひ姉ちゃんが口を開きかけたが、工藤さんがそれを制した。

 

「存じあげております。ここにおられる坂本真夫様の幼馴染で同じ施設で育たれた朝比奈恵さんですね。おふたりのお関係は、恋人同士と考えてよろしいのですか?」

 

 工藤さんがにこにこと微笑みながら言った。

 真夫は、目の前の工藤さんが、真夫たちの名前だけでなく、養護施設で育った幼馴染であることを知っていることに少しびっくりした。

 

「ど、どうしてあたしたちのことを……?」

 

 あさひ姉ちゃんが怪訝な表情になった。

 

「失礼ながら、真夫様のことは調査させていただきました。恵さんについても同様です。当学園は入学や編入にあたって通常の学力検査や内申書のほか、非常に厳しい家庭や人格の調査を行っております。当学園には、富豪や名家の子弟も多数入園しておりますので、素行調査には万全を期してます。ご理解ください」

 

「あ、あのう……。意味がわからないんですが……」

 

 あさひ姉ちゃんが当惑したように言った。

 真夫も同じだ。

 それにしても、微妙に真夫とあさひ姉ちゃんの呼び方が変化した。

 まあ、気にしないが……。

 

 いずれにしても、入学とか編入とかは、なんのことだろう……?

 

「もちろんです。まず、これもご確認ください」

 

 工藤さんは、再び名刺を出した。

 今度は、肩書が顧問弁護士ではなく、“理事”と書いてある。

 

「まず、わたしが顧問弁護士というだけでなく、学園の理事のひとりであり、これから話すことは、理事会の承認を受けていることとご認識願います。さらに、今回の真夫様に対する冤罪事件については、すでに学園としての調査が終わっております。全面的に当方の生徒に落ち度があります。まずは謝罪いたします。また、実はこちらから近日中に、真夫様にはお話をしに行く予定でした。そちらからの申し出になってしまったこともお詫びします」

 

 工藤さんが立ちあがって、深々と頭をさげた。

 どうやら、この件は、昨日からの話ではなく、ずっと以前から関わっていた気配だ

 

「い、いえ、別にあなたに謝ってもらわなくても」

 

 とにかく、真夫は言った。

 この工藤さんが謝ることではない。謝るのは、あの男子生徒と女子生徒だろう。

 真夫はあさひ姉ちゃんを見た。

 あさひ姉ちゃんも、すっかりと気勢を削がれた感じだ。

 

「いえ、当方の学園の生徒のやったことですから、学園としてもできる限りの償いをしたいと考えています。特に、真夫様におかれては、不当な理由でこれまでの高校を退学になったのですから、その責任もあります。つきましては、当学園の三年生として編入学の準備があります。実は必要な学力調査と資格審査は終了しており、真夫様の意思さえあれば、特別待遇生徒として、真夫様を学園は喜んでお迎えします」

 

 工藤さんが座り直してから続けた。

 

「えっ?」

 

 真夫は、思わず声をあげた。

 聖マグダレナ学園に編入学──?

 あそこは、創設六年目の私立学園だが、すでに名門の名がつきかけていて、この界隈でも有名なエリート養成の秀才高校だ。

 しかも、ヨーロッパの伝統的な寄宿制の学校をモデルにした全寮制であり、なによりも、入園にも修学にも多額の学費や寮費が必要な金持ちの集まる学園である。

 

「……もちろん、真夫様から学費や寮費の一切は頂きません。さらに、学園生活に必要な衣食住をはじめとした物品やその他の生活費などについても、すべて学園で負担します。失礼ながら、真夫様がこれまで通っておられた学校に復学するよりも、待遇的にも、卒業後の学歴としても、当学園が遥かに上回ると考えます」

 

 新しい学園に編入──?

 しかも、生活費や学費の一切は要らないという……。

 真夫にとっては、これ以上ないという待遇ではあるのだが……。

 

 でも、真夫は……。

 真夫はあさひ姉ちゃんを見た。

 もう、真夫としては、すでにあさひ姉ちゃんの借金を返すために働くことを決意している。

 いまさら……。

 

「そ、それは、本当ですか? 真夫ちゃんは、まだ高校生を続けられるんですね?」

 

 すると、あさひ姉ちゃんが喜色ばんだ声をあげた。

 

「もちろんです。いまのことは、すでに書類にしています。同意していただければ、先程の条件で、真夫様を当学園にお迎えします。つまりは、これは、今回の事件に関する和解条件ということになります──。本書面は、真夫様が今回の事件を今後公の問題としない代わりに、当学園が真夫様を特別待遇生徒として、学費等免除のうえ、生活費等の無償支給の条件で受け入れるという内容になってます」

 

 工藤さんが鞄から書類を出して拡げた。

 さっきの内容が書面になっていて、すでに学園の理事長の名で印が打ってある。

 

 学園の理事長は“増応院(ぞうおういん)龍蔵(りゅうぞう)”というらしい。

 その下には、真夫が署名と捺印をするようになっていた。

 

「よ、よかったじゃない、真夫ちゃん──。問題ないわよね? あの学園に入れるなんて、すごいよ」

 

 あさひ姉ちゃんが興奮したように言った。

 しかし、真夫は困惑している。

 真夫には、もう高校生を続ける意思がないのだ。

 

「で、でも、なんでこんな待遇を?」

 

 とりあえず言った。

 本当は、あさひ姉ちゃんのために働きたいから、どんな条件であろうと学園に入るつもりはないのだが、それを言うと、横のあさひ姉ちゃんが黙ってない気がしたので、断る理由を探すために、そう訊ねた。

 

「あなたに対する当学園の仕打ちは、学園にとって不名誉なことです。つまりは、口止め料と思ってください。それとも、彼らを訴えますか? それでも構いませんが、できれば彼らの処置はこちらにお任せしていただきたく思います。無論、訴えると言われれば、学園は真夫様にお味方します。あるいは、そちらからなにか別に要求があれば、言ってください。可能な限り対応します」

 

 工藤さんはきっぱりと言った。

 真夫は嘆息した。

 ますます断る理由は皆無だ。

 すると、工藤さんが、真夫の動揺を見透かしたように、すっと書類をテーブルの端に移動した。

 まだ、話がある気配だ。

 

「……和解条件は以上です。ところで、こちらから真夫様に、もうひとつ提示があります。これについては、真夫様だけと交渉したいのです。よろしければ、恵さんは、別の席でお待ちいただけますか。料金はこちらで持ちます。なにを頼まれても結構ですので……」

 

「だ、だめです。あ、あたしは真夫ちゃんの付添人です。なんの話かわかりませんが、一緒に聞きます」

 

 すると、あさひ姉ちゃんは怒ったような口調で言った。

 きっと、自分のいないところで、この工藤さんが真夫を丸め込もうとしていると考えたのかもしれない。

 

「……大丈夫だよ。この工藤さんは悪い人じゃない。どんな話だったのかは、ちゃんと後であさひ姉ちゃんに言う。だから、言うとおりにして」

 

 真夫は言った。

 この人は悪い人じゃない。

 根拠はないが、真夫の勘がそう主張している。

 それにしても、きれいな人だと思った。

 あさひ姉ちゃんも可愛くてきれいだが、同じくらいにきれいだ。

 しかも、とても色っぽい……。

 そんなことを思ってしまい、真夫は慌てて、邪まな考えを頭から消した。

 

「で、でも、真夫ちゃん……」

 

 あさひ姉ちゃんは真夫から席を外してくれと促されたのが不満そうだ。

 すると、その様子を見ていた工藤さんが口を開いた。

 

「……ところで、わたしの最初の質問ですが、どうなのです?」

 

 工藤さんが不意に言った。

 

「最初の質問?」

 

 真夫はきょとんとした。

 

「……あ、あのう……。おふたりが恋人同士なのかということです……」

 

 工藤さんがちょっともじもじとしながら言った。

 驚いたが、工藤さんは心なしか顔を赤らめている。

 どうして、そんな表情をするかわからなかったが、はにかんだような表情の工藤さんは、とても可愛らしかった。

 

「そうです。恋人です」

 

 真夫はあさひ姉ちゃんが口を開く前にはっきりと言った。

 横で、あさひ姉ちゃんが真っ赤な顔になり、そして、こらえきれなくなったかのように、にやにやし始めた。

 どうやら、真夫が「恋人」と言ったのが嬉しかったようだ。

 本当に可愛い……。

 

「そうですか……。だったら……、恵さんにも、わかってもらう必要がありますね……。わかりました。恵さんにも説明します。でも、とにかく、最初に真夫様だけと話をさせていただけませんか。そのあいだ、やっぱり、お待ちください。ただし、この場所で……」

 

 工藤さんはすっと一枚のカードを差し出した。

 どうやら、カードキーのようだ。

 このホテルのどこかの一室の部屋の鍵だろう。

 工藤さんは、あさひ姉ちゃんの返事を待たずに、テーブルにあったボタンを押して従業員を呼んだ。

 

「この方を予約している部屋に案内してください……。恵さん、ちょっと込み入った話をしなければなりませんので、場所を変えたいと思います。あなたにも必ずお話をしますが、いまは先に待っていてください」

 

 あさひ姉ちゃんは不安そうに真夫を見たが、真夫はあさひ姉ちゃんが安心できるように、できるだけ微笑んでみせた。

 

「……大丈夫だよ。工藤さんは信頼できると思う。俺たちもすぐ行くのだと思う。だから、待っていて、あさひ姉ちゃん」

 

 真夫がそう言うと、あさひ姉ちゃんは「わかった」と頷いて、ホテルの人と一緒に個室を出ていった。

 

「可愛い人ですね……。仲良くできるといいんだけど……」

 

 工藤さんがあさひ姉ちゃんが立ち去る後姿に視線を送りながら、まるでひとり言のような口調で呟いた。

 

「えっ?」

 

 真夫は思わず言った。

 

「あっ、な、なんでもありません」

 

 真夫が声を出すと、我に返ったように工藤さんが居ずまいを正した。

 几帳面で真面目そうな態度だが、本当は可愛い女性なのだと思った。だけど、ちょっと気を張っている感じだ。

 さらに、しっかりと自分を持った人だ。

 そんな印象を受けた。  

 

 工藤さんは、真夫に向き直ると、鞄から一枚の紙片を出した。

 

 なんだ……?

 

 有名な都市銀行の名称とともに、下の方に工藤玲子と書いてあって、印鑑が押してある。

 中央には“一千二十万円”の数字もある。

 

「小切手です。わたしの名で開いている口座のものですが、実際には学園の資金です……。というよりは、理事長の個人的な資産です。この金額は、さっきの朝比奈恵さんが背負うことになった借金と同額のものです。これがあれば、恵さんは、暴力団の経営する売春組織などには連れていかれなくて済みます。それだけじゃなく、今後、お父さんにも、恵さんにも手を出さないように、あらゆる暴力団に、こちらで手を回す準備もあります……。これを差しあげます」

 

「こ、小切手? あさひ姉ちゃんの借金と同額の……?」

 

 真夫はあまりのことに絶句した。

 工藤さんがあさひ姉ちゃんとお父さんの事情を完全に承知していることにびっくりしたが、それよりも、それを肩代わりしていもいいという申し出には、あまりの驚きで思考が停止してしまった。

 

 なんで……?

 どうして……?

 

「……さらに、真夫様だけでなく、恵さんについても学園で引き受ける準備もあります。真夫様の専属の家事手伝い人、つまり、メイドとしてですが、実は特別待遇学生は、実家から複数の侍女や従者を随行してくるのが、暗黙の常識なのです。そういう境遇の者が入るのが、特別待遇生徒寮ですから……。当方で準備してもいいのですが、真夫様としても、気心の知れた方がいいでしょう?」

 

「えっ、あさひ姉ちゃんをメイドに?」

 

 突然の話でびっくりしてしまった。

 

「なにしろ、随行のメイド等とは、同じ寮室内で生活をともにすることになるんですから……。無論、真夫様がお許しになれば、メイドとしての仕事をこなしながら、いままでどおりに、恵さんが大学に通うことも可能です。通学用の車両は学園のものを使ってもらって構いません。恵さんは自動車免許を持っておられますから、ご自分で運転できるでしょうし」

 

 真夫は唖然とした。

 この工藤玲子という顧問弁護士の女性は、本当になにからなにまで知っている。

 

 本当に何者……?

 

 さすがに、恐怖のようなものも感じてくる。

 あさひ姉ちゃんのお父さんのことまで知っているなど、いくらなんでも知り過ぎだ。

 だけど、確かに、この小切手があれば……。

 

「……それで、これを受け取るにあたって、俺になにを要求するんですか?」

 

 真夫は言った。

 こんな大金をただで理由もなくもらえるわけがない。

 これは怪しい金だ。

 それは真夫でもわかる。

 だけど……。

 

 これがあれば……。

 

「察しがいいですね。さすがは真夫様です。これを受け取る代償はふたつです。ひとつは、白岡かおりという女生徒のことです。あなたを痴漢の冤罪にしたあの女子生徒です。当学園の三年生になります」

 

「ああ、あの娘……」

 

 真夫は思い出した。

 昨日、あの駅前で声をかけて、冷淡な態度をされたあの娘は、白岡かおりというのか……。

 そう思った。

 

「その白岡かおりを学園内で調教レイプしてください。それがひとつ目の条件です」

 

「は、はい?」

 

 あまりもの意外な言葉に、自分の声が裏返るのがわかった。

 それとも、いま、なにかの聞き間違いをしたか?

 

 調教レイプ──。

 

 そう聞こえたのだが……。

 

「助けようとしたあなたを冤罪にするような性悪娘です。遠慮なく調教してください。真夫様がなにをしようとも、その女生徒がどこにも訴えられないようにしますので安心してください。それについては、心配することはありません」

 

 工藤さんは言った。

 やっぱり、聞き間違いではないようだ。

 だが、女生徒を調教レイプ──?

 

 なんだ、それ──。

 真夫は絶句した。

 しかし、工藤さんは、驚いて口を開けない真夫に構わず、鞄から再び一枚の書類らしきものを出した。

 

 

 “奴隷契約書”

 

 

 その書類の表題はそうあった。

 

 そして、さっと、目をやると、目の前の工藤玲子さんが、真夫に奴隷として仕えるという内容のことが書かれている。

 

 なに、これ?

 

 真夫はびっくりした。

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