玲子は困惑の極致にいた。
持ち前の演技力で精一杯の平静を装っていたが、実際のところ、内心の動揺を表に出さないようにするので必死だった。
これから、このホテルの最上階の「特別室」で、この少年に抱かれることになる。
そう思うと、どうしても緊張で脚が小刻みに震えてくる。
恥ずかしいが、どうやら自分はこの少年にすっかりとのまれているらしい……。
そう思った。
どう見ても、目の前に座っている少年は、特に美男子というわけでもなければ、際立って「男」を感じさせるなにかがあるわけでもない。
外見は平凡。
言葉使いも丁寧で、物腰はどちらかと言えば静かな感じだ。
態度も妙にへりくだったり、逆に威圧的になったりするわけでもなく、あるいは、背伸びしたような気取った態度をとるわけでもない。
あくまでも自然体。
それだけに、玲子は、なぜ自分が会ったばかりの少年に対して、ひどく落ち着かない気持ちになるのかが不思議だった。
魔王の血──。
やはり、それだろうか。
あの龍蔵理事長は、若い頃には多くの女を調教して妾として囲い、女扱いにかけては、「淫魔」とまで称されたほどの性豪だったと耳にしたことがある。
顔は似ていない。
それなのに、玲子はこの坂本真夫という少年に、あの龍蔵に感じるものと同じものを感じていた。
あるいは、玲子の調教係だった秀也だろうか。
いや、それ以上のなにかの不思議な力だ……。
とにかく、女を支配し、屈服させ、自分の奴婢にしてしまう「淫魔の血」……。
それをこの少年にも感じる。
これまで玲子は、この少年の生い立ちや、ひそかに採集した血液からDNA鑑定などをして、この真夫と龍蔵の関係を調べてきた。
その結論は、限りなく、この真夫は龍蔵の子に間違いないということだったが、いま、ここで実際に目の前で話をして、玲子ははっきりとわかった。
この真夫は間違いなく、龍蔵の血を継いでいる──。
あの魔王の血を……。
玲子は確信した。
「奴隷契約書? 面白い人ですね、工藤さんは……。なにかの冗談ですよね」
真夫は驚いた表情でしばらく玲子の作った書面の内容に見入っていたが、ふと頬を緩めて、書類を玲子に返した。
玲子はどきりとした。
この不思議に人を圧倒するような気……。
これは天性のものだと思った。
生い立ちは異なるが、龍蔵と同様に、生まれながらにして持っているものに違いない。
玲子は真夫が差し出した書面を引き取り、鞄に戻した。
こんな小細工が恥ずかしくなったのだ。
「奴隷契約書」なんてものを作ったとき、玲子は、こんな悪戯をぶつけることで、まだ十八歳の少年を困惑させ、驚かせ、あるいは、興奮させることにより、交渉を優位に進めることを考えていた。
だが、真夫は、玲子が真夫に奴隷として仕えるという文面に接し、少しは驚いたものの、それほどの動揺を示した感じではない。
それよりも、これがどういう意味であるかということを冷静な態度の下で懸命に量っている様子だ。
やはり、彼は龍蔵の子なのだと思った。
「確かに、この奴隷契約書は、わたしの冗談でした。でも、わたしがあなたに仕えるということは冗談ではありません。すなわち、ふたつ目の条件というのは、あなたがわたしを抱いてくださることです。すでに部屋は確保しています。先ほど、先に恵さんに先に行ってもらったのが、その部屋です」
玲子はきっぱりと言った。
胸が痛くなるほど、心臓が鼓動するのがわかる。
玲子は緊張しているようだ。
これからやることは、玲子という女を真夫が受け入れるように説得することだ。
ここにやって来る前は、玲子が真夫に抱かれたいと申し出れば、おそらく真夫は拒否などしないと思っていた。
正直にいえば、玲子は自分の外見の美しさに自信があったし、相手は十八の少年だ。
断るわけがない……。
そう考えていた。
しかし、真夫に接することで、そんな自信は完全に消失してしまった。
もしも、真夫が玲子を受け入れてくれなかったらどうしよう。
ここに来る前に、身体を洗い、念入りにメイクをしてきたものの、せめて、通っているエステに行っておけばよかった……。
そんな後悔が走る。
なんで、そんな風に考えるのかわからない。
だが、この少年に気に入られたい……。
せめて、嫌われたくない。
そればかり、考えてしまう……。
玲子の緊張はどんどんと高まっていく……。
「……つまり、俺はあなた方から、一千万という大金を貸してもらい……」
「貸すのではありません。それは譲渡です。返済の必要はありません」
玲子は急いで言った。
真夫は頷いた。
「……では、こんな大金をもらい、その代償は、学園のひとりの女生徒をレイプすることであり、あなたを抱くということという……。なんでです? さっぱりわかりません」
真夫は首を竦めた。
玲子はその態度から、この少年が非常に明晰に頭を動かしているということがわかった。
いや、むしろ、信じられないような困惑する内容に面食らい、それが真夫の心を逆に平静を保たせているのだろうか。
そんな感じだ。
とにかく、この少年に小細工はしない。
玲子は決めた。
「……これは、非常に大きな力を持った老人の道楽と思ってください」
玲子は言った。
「道楽?」
真夫は眉をひそめた。
その表情は、龍蔵というよりは、秀也を連想させる。真夫の年齢が龍蔵よりも秀也と年齢が重なるからだろう。
なんとなく、玲子はそれをおかしく感じた。
「そうです、道楽です……。まず、わたしのことを話します……。わたしは、学園の顧問弁護士であり、理事でもあると申しました。でも、もうひとつの肩書があります」
「肩書ですか?」
「はい。わたしは、学園の理事長であって、
玲子は言った。
さすがに真夫は、眼を大きく見開いた。
「豊藤財閥……。歴史の勉強で聞いたことはあります。でも、財閥なんて、もうなくなったものだと思っていました」
やがて、真夫はそう言った。
「いまもあります。影に隠れているだけです。特に豊藤財閥は、闇に隠れ、世界中の財閥をさらに操る国際的にも並ぶもののない巨大財閥です。その総帥が増応院龍蔵であり、学園の理事長です……。これはほとんど知られてはいないことですが……」
増応院龍蔵、すなわち、豊藤龍蔵が、事実上の引退をして隠居の場所として学園の理事長をしているというのは、実は秘密中の秘密だ。
これだけの財閥だ。
国際的にも敵は多い。
実際、龍蔵の父親は、当時の政敵だった男が雇った暗殺者の凶弾に倒れている。
だから、その頂点に君臨する龍蔵の存在は、可能な限り、余人には知らせないようにしていた。
しかし、この真夫には、玲子はできるだけ隠し事をしたくなかった。
龍蔵が真夫の父であるということは口止めされているので、喋ることはできないが、それ以外のことはできるだけ包み隠さずに教えるつもりだ。
実際のところ、話す必要のないことは喋る気など皆無だったのだが、真夫に会って気が変わった。
真夫にはできるだけ、なにもかも知らせたい。
少なくとも、情報を小出しにして、真夫を操るようなまねは、大変に失礼なことだ。
そう考えるようになった。
「その龍蔵という方の道楽が、俺があなたを抱くことなんですか? ご自分の愛人のあなたを?」
真夫は言った。
「……それが、わたしに与えられた命令です。わたしは龍蔵様には逆らうことはできません。そんなことは思いもよらないことです。その龍蔵様に、わたしは、これからは、真夫様に奴婢として仕えよと言われました。だから、実のところ、真夫様にわたしを受け取ってもらわないと困るんです」
「奴婢?」
「性奴隷です」
玲子ははっきりと口にした。
「……お気持ちはわかります。こんなことを馬鹿馬鹿しいとお考えになるのも無理からぬことと思います。だから、これは、龍蔵氏の道楽だと申しあげました。自分の愛人をまるで“物”のように、誰かにくれ与える。そんな行為で、わたしを蔑むことに嗜虐的な悦びを感じるのです」
「はあ……」
真夫はさすがに唖然としたようだ。
玲子は続けた。
「そればかりではありません。おそらく、わたしが真夫様に抱かれろと指示を受けた部屋には、隠しカメラがあると思います。龍蔵様は、わたしが、会ったばかりのあなたに身を預ける映像をどこかで観て、愉しむのだとも思います。ご自分の性的欲求を満足させるために……」
龍蔵がすでに不能であり、自分以外の男を使ってしか、女を犯すことができないというのは、今朝秀也に教えてもらったことだ。
だから、準備されているこのホテルの部屋にも、隠しカメラがあるだろうと……。
秀也にそれを言われたときには驚いたが、考えてみると、いろいろと合点がいくところがある。
そのとき、目の前の真夫が突然にくすくすと笑いだした。
これには、玲子はちょっとびっくりした。
「……なんとなく道楽というのは納得ができる気がしてきましたよ。あなたを抱くのも、あるいは、白岡かおりという女生徒を調教レイプしたりするのも、その龍蔵さんという人の身代わりなんですね」
「身代わり? あっ、いえ、そうかもしれません」
多少は異なるが、なかなかの推察だ。
玲子は、それに乗ることにした。
「ご自分は、破廉恥なことをしたい。女を凌辱したい。だが、立場もあるし、もしかしたら、年齢的なものもあるのかもしれない。だから、それをなんの関係もない、ひとりの孤児の少年にやらせて、それを代償行為として受け入れる。そういうことなんですね」
「そう……ですね」
「うんうん。そして、たまたま、俺という生徒が手に入った。だから、白羽の矢を当てたということです。つまり、龍蔵さんは、ご自分のやりたいことを俺にさせたいんですね……。そして、それをすれば、俺はあさひ姉ちゃんを助けることのできるお金がもらえると……」
真夫は言った。
玲子はすぐに口を開く。
「そして、こう考えてもいいと思います……。龍蔵様の好色を満足させるように、白岡かおりという少女をレイプしてください。それで、さっきの恵さんは救われます。でも、あなたは犯罪者です。決して捕まることのない犯罪ですが、ひとりの女生徒を繰り返し強姦するんですから、間違いなく犯罪者です。その代わりに、わたしという女も、あなたにお仕えします。それと、申し述べますが、わたしも共犯することを付け加えます」
「応じなければ?」
真夫は言った。
なんとなく、真夫はこの会話を愉しむ気分になっているようだ。
「恵さんは救われず、見知らぬ男性に抱かれる人生が待つだけです。おそらく、二度と日の当たる生活はできないでしょう。いまの借金は一千万ですが、一年後には倍になっているでしょう。甘いことを言っていても連中はそういうことをします。真夫様のところに戻ることはあり得ません。だけど、あなたの手が汚れることもありません。あなたひとりのことですが、清廉潔白な暮らしができます」
「選択の余地はないですね」
真夫はテーブルの上にあった小切手を手に取ろうとした。
だが、玲子はそれを制した。
「よければ、わたしがこの小切手で、わたしが連中と交渉しましょうか? こういうことには、慣れているんです。もう二度と、恵さんには手を出さないように処置します。それと、お父さんが恵さんに近づかないようにもします。恵さんのお父さんについても調べましたが、ああいう男は、味をしめれば、また同じことをします。今度は、もっとたちの悪い闇金に恵さんを売るかもしれません。そうならないように処置した方がいいと思います」
すると、真夫は頷いて、小切手を取ろうとした手を引っ込めた。
「そうですね。そうしてください……。でも、お父さんのことはあさひ姉ちゃんには黙っていてくださいね。俺から、お父さんは助かり、二度と近づかないと約束させたと伝えます」
「承知しました……。それと、これからは、どんなことでもわたしを便利にお使いください。大抵のことには役に立てると思います」
「わかりました。よろしくお願いします」
真夫の言葉に、玲子は頭をさげた。
恵の借金と父親についての処置……。
これは、真夫から初めて与えられる玲子の仕事になる。
なんとしても、きちんとやり遂げて、自分が有能であることを示さねばならない……。
心からそう思った。
とにかく、テーブルの上にものを片付ける。
「ほ、本当にいいんですね?」
玲子は最後に念を押した。
真夫は、随分とあっさりとしたものだ。
もっと、説得にはてこずるかと思っていただけでに、あまりの潔さに、逆に心配になったのだ。
「いまさら、なんです。まさか、怖気づきましたか?」
真夫が不思議そうに言った。
「い、いえ、違います……。あ、あの、恵さんのことです。彼女は同意してくれるでしょうか? つまり、わたしのことですが……」
玲子は不安になり言った。
実際のところ、玲子にとっての一番の心配はそこだった。
あの恵は、真夫の恋人だろう。
それにも関わらず、真夫は玲子という新しい女を引き受けることになるのだ。
そして、さらに白岡かおりについても……。
「あさひ姉ちゃんは、俺が説得します。そうするしかないんだから、拒否はさせません。だから、あなたにも、俺でいいのかとか、見知らぬ男子高校生に性奴隷として下げ渡されるというような屈辱は平気なのか、というようなことは訊ねません。それ以外に、あさひ姉ちゃんを助ける方法はないと思います。だから、あなたには、無理矢理にでも俺の奴婢とやらになってもらいます」
真夫は断言した。
玲子はなぜか、真夫に押されるものを感じて、すぐに口を開くことができなかった。
「……ところで、最初に言っておきます。抱くと決めたからには、俺も欲情を押さえませんよ。実のところ、俺はエスなんです。あなたのことも、容赦なく扱いますからね。縛ったり、辱めたり……。もちろん、いまさら、嫌だとは言わせませんけど」
その顔は柔和に微笑んでいる。
玲子はどきりとした。
「……だ、だったら、わたしも最初に申しておきます……。わ、わたしは、エムです……。それはもう……徹底的に……エムです……」
玲子は言った。
すると、真夫がにんまりと笑った。
「………を脱いでください」
「はっ?」
玲子は驚いて声をあげた。
聞き間違いかと思ったのだ。
「ここで下着を脱いでくださいと言いました、工藤さん。気がついていなかったと思いますけど、さっきのあさひ姉ちゃんも、スカートの下はノーパンだったんですよ。俺の女になるんなら、命令には服従です。さあ、こっちに寄越してください。ストッキングもです」
真夫はしっかりと玲子を見ながら言った。
玲子はびっくりしてしまった。
そして、思った。
やっぱり、龍蔵の子だと……。
それはもう、間違いなく……。
あの鬼畜趣味の好色男の息子だ……。
「さあ、脱いで」
真夫は手を差し出した。
そこには、なぜか絶対に逆らえないというなにかがある。
逆らえない……。
玲子はくらくらと目まいのようなものを感じた。
「わ、わかりました……」
玲子は立ちあがった。
いつも装着させられていた革の下着は、今朝、秀也から外された。
いま身に着けているのは、ごく普通の絹の白い下着だ。
「どこにいくんですか?」
真夫が声をかけた。
「な、なにって……トイレに……」
「俺はトイレに行っていいと言っていませんよ。あさひ姉ちゃんだって、駅ビルの階段の踊り場で脱がせたんです。工藤さんもそうしてください。ここで脱ぐんです」
「ええっ?」
玲子は声をあげてしまった。
だが力が抜けて、くたくたと腰をソファーに沈めてしまった。
抵抗できない……。
この少年の言葉には、玲子に逆らう気を失わせるなにかがある。
間違いない……。
心を操る能力を抱く者が持つ圧倒的な説得力だ。
「さあ」
有無を言わせぬような真夫の言葉に玲子は観念して、スカートの中に手を入れた。
ガラス壁の向こうには、大勢の客や店員がいるが、こっちを見ている客など皆無だ。
いまなら……。
玲子は急いでスカートの中に手を入れて、腰からスッキングと下着をまとめて引きおろした。
あとは難しくない。
脚に添わせるように一気に足首までさげるだけだ。
片脚ずつ引き抜き、小さく丸めると、真夫に差し出した。
どきどきしていた。
龍蔵や秀也の調教は、心が凍りつくような恥辱と屈辱の繰り返しだったが、たったいま真夫にさせられた行為にはわくわくするような興奮を覚えた。
それが不思議だった。
「じゃあ、行きましょうか、工藤さん」
真夫は満足そうに笑うと、受け取ったストッキングと下着を鞄に入れて立ちあがった。
玲子は慌てて立ちあがり、真夫を追う。
「……ところで、真夫様」
真夫が個室のガラス戸を開いたときに、玲子は真夫に追いついて小声でささやいた。
「なんです?」
真夫が振り返る。
「……このわたしに、丁寧な言葉遣いはやめてください。呼び方もただの玲子と……。困るんです。わたしは奴婢ですから……」
すると、真夫がにやりと笑った。
「だったら、あえて、工藤さん……いや、玲子さんがいいかな……。とにかく、そう呼ばせてもらいます。俺はあなたの困る顔がたくさん見たいですから。さあ、行きましょう、玲子さん」
真夫の言葉に、玲子はなぜかかっと身体が熱くなるのを感じた。