143話 ある女生徒の訴え
「えっ?」
京子が立花
そして、さらに怯えるような様子に変化して、急に不安そうに身体を震わせるような仕草になる。
京子は、その柚子の姿に接して、どうやら北条麻美の訴えが「事実」であることを確信した。
また、それにより、かっと頭に血が急激に上昇するのを感じた。
だが、懸命に冷静さを装う。
いまは、事実関係を正確に把握することだ。
ここで京子が逆上しても、目の前の可哀想な女生徒を助けることはできないのだ。
それにしても、どこまで本当なのだろうか……?
あの三年生に編入してきた坂本真夫という男子生徒が中心になって運営されている「Social Sciences 研究部」、通称「SS研」という課外文化部同好会が、実は生徒間で破廉恥行為を隠れて行う秘密クラブのような実態だということは、少し前から漠然と学園内で噂にはなっていた。
京子もその噂に接して、まさかとは思ったが調査のようなことをしようとしたのである。
しかし、ほかの教師たちに相談しても相手にはされず、それどころか、その「SS研」には手を出すなという忠告、場合によっては脅迫に近い対応しか受けられなかったのである。
わけがわからなかった。
唯一、話にのってくれたのが、最近になって理事長代理という肩書で学園に常駐するようになった顧問弁護士の工藤玲子であり、彼女はその一件については、自分が中心になって動くのでしばらく静観するように指示された。
とりあえず、動いてくれそうだということで、京子は安心したものだ。
だが、それから数日後になる今日になって、そのSS研について、京子に対して新たな話が訴えられた。
訴えたのは、いま京子と一緒に、この立花柚子の寮の個室を訪問している彼女のクラスメートの北条麻美である。
麻美とは、京子が顧問をしている陸上部の部員と指導顧問という関係であり、今日の練習のあと、京子は深刻そうな表情をした麻美に相談をしたいことがあると、突然に話を持ち掛けられたのである。
それは、とんでもない話だった。
目の前の立花柚子という一年生の女生徒が授業中に淫具によりいたぶられていたという常識では考えられないような内容だった……。
ましてや、それを主動して行う者の中に、あの理事長代理の工藤玲子が含まれているということであり……。
それを偶然に目撃をしたのが、横の一年生の陸上部部員の北条麻美なのだ。
簡単には信じることなどできないような話に、京子は愕然となったものだ。
だが、まだ数か月とはいえ、麻美が嘘をついたり、浅慮な勘違いを軽はずみに言いふらすような浅はかな女生徒でないという信頼はあった。
その麻美が訴えるのであれば、おそらく、彼女が眼にしたのは事実なのかもしれない。
でも、とても本当とは思えなかった。
なにしろ、彼女の訴えは、目の前の立花柚子がおそらく、淫具のようなもので授業中に悪戯をされていたというものであり、さらに、彼女は授業中にほかのクラスメートの前で失禁をさせられ、騒然とした教室に突然に登場した理事長代理の工藤玲子に連れ出されたというものだったのだ。
もちろん、それだけであれば、まだ京子の驚愕と動揺はこれほどではなかった。
しかし、麻美が訴えたのは、授業中に連れ出された柚子が、その工藤玲子に廊下でスカートを脱がされ、まるで犬のように首輪をつけて四つん這いで歩かされていたということだった。
しかも、間違いなく、柚子はその玲子に脅されていた気配だということだったのだ。
京子に、SS研という文化部同好会の調査を約束した工藤玲子自身が……?
あまりの話に愕然となってしまった。
だが、工藤玲子という理事長代理の美女がどうやら食わせ者であるかもしれないというのは、事実かもしれないということを思い始めてきた。
なにしろ、今日の放課後になり、突然に、その工藤玲子から職員に対して、最優秀生徒ということで、特別枠のAクラス生徒だった目の前の立花柚子がDクラス生徒となり、クラス替えになるので手続きをするように指示が与えられたのである。
理由は、あの金城光太郎の従者生徒に、柚子が指名されたからというものだった。
だが、学期途中のクラス替えなど異例だ。
なにか裏があると思うしかない。
それもあり、京子は放課後の自習時間になるのを待ち、ほかの教職員、特に理事長代理の工藤玲子が帰宅するのを待ち、柚子のクラスメート……いまは、元クラスメートということになるが……を連れて柚子に直接確認することにしたのだ。
そして、結果として、京子は麻美の訴えがおそらく事実であることを確信したというわけだ。
京子の言葉に対する柚子の怯えの様子は尋常ではない。
「立花さん、さっきも言ったけど、絶対に秘密は守るし、あなたを守ってみせるわ。だから、正直に教えて──。あなたは、あのSS研の部員、それと理事長代理からいじめのようなことを受けているの?」
京子は柚子の両手に手を伸ばして握る。
いま、京子たち三人は、柚子の寮の個室の床で向かい合うように腰をおろしていた。
京子と麻美は陸上部の練習後であったこともありジャージ姿だ。一方で、柚子はまだ制服を身に着けている。
ただし、柚子の制服は、Aクラス生徒用のものではなく、従者生徒であることを示す灰色のものだ。
「いじめって……」
柚子は当惑している表情だ。
京子はさらに膝を接するくらいに柚子に身体をにじり寄る。
「柚子、お願い、話して。この京子先生は必ず味方になってくれるから」
麻美もまた横から口を挟む。
それに対して、柚子は少しのあいだ、京子と麻美の顔を交互に見るようにして、ちょっと迷うような態度を示した。
そして、首を静かに横に振る。
「……なんのことかわかりませんが、いじめなんてありえません。問題ありませんよ、伊達先生」
柚子が京子の顔を見てにっこりと微笑む。
だが、その笑顔がなんとなくぎこちないものであるかのような印象を京子は受けた。
「それよりも、麻美、せっかく来てくれたんだから、消灯までは時間があるし、シアタールームに行かない? 最近、クラシックに凝っているのようね。音楽でも聴きながら話しようよ。クラスが変わると、あまり話しできなくなるかもしれないし……」
その柚子がこれで話は終わりとばかりに、京子から握られていた手を解いて、麻美に語り掛けた。
ちょっと違和感のある話題の変え方だった。
「シアタールームって……?」
突然の柚子の提案に、麻美は困惑した表情だ。
シアタールームというのは、このA級生徒用の寮の一角に備え付けられている防音設備もある個室である。
カラオケルームのような場所であり、ソファーがあり、ディスプレイがあり、そこで様々な映像データを視聴することができるのだ。
シアタールームという名称だが、実際、カラオケ代わりに使用する生徒も少なくない。
D級生徒になったとはいえ、寮についてはまだ移動指示はないので、まだこの柚子はA級生徒用の寮なのだ。
まあ、金城光太郎の従者になるということであれば、数日中にはS級寮に移動するのではあろうが……。
京子としては、男子生徒の部屋に従者生徒とはいえ、異性である女生徒が一緒に住むというのは問題があると思うのだが、これもまたこの学園の慣習だ。
だが、考えてみれば、あの坂本真夫も、編入の際に同行してきた女子大生と、真夫の編入と同時に彼の従者生徒になった白岡かおりと同居している。
これもまた、理事長代理の工藤玲子による特別処置だったか……。
「よかったら、先生も一緒にどうですか? よければですけど」
柚子が京子に顔を向ける。
そのとき、京子は柚子が何気ない仕草で本棚から英語の辞書を片手で開いたことに気が付いた。
そして、開いた英語辞書に左手を置いた。
はっとした。
“monitor”──。
柚子が辞書に置いた指先が伸びていたのは、その単語だった。
“monitor”──。つまり、“監視”──。
もしかして、監視されているということ?
京子はびっくりした。
「いいでしょう、麻美──。先生も?」
柚子が立ちあがる。
まだ返事はしてないが、決定事項かのように京子たちを連れ出そうとし始めた。
だが、この部屋は監視されている──?
もしかして、柚子はそう言っているのか?
だから、強引に場所を変えようとしているのか──?
「ちょ、ちょっと待ってよ、柚子……。まだ話は……」
麻美は柚子を引き留めようとした。
だが、その麻美を京子は止めた。
「いえ、たまにはいいわね。音楽ってなに? ポップスとか?」
京子もまた勢いよく立ちあがる。
柚子はおそらく、場所を変えて、京子になにかを訴えようとしている──。
京子はそれに気がついた。
「あくっ……」
そのとき、京子は胸から拡がった刺激に、小さな声をあげてしまった。
立ちあがったときの反動で、乳房が揺れて。そこから甘い刺激が全身に駆け抜けてしまったのである。
この数日、なぜか異様なほどに乳房が敏感になって、着替えのときに布かこすれたり、いまのように激しく動いたりすると乳房が揺れて、強い疼きが走るのである。
急に始まったことであり、どうして突然にそんなことになったのかはわからない。
しかし、乳首だけでなく、乳房全体がちょっとした動きだけで、まるでクリトリスを刺激されでもしたかのように、強い衝撃が走る。
いままで、そんなことなかっただけに、京子は突然の体調の変化にわけがわからないでいた。
気にしないようにはしているが、京子は他人よりもかなりの巨乳であるせいで、どうしても身体を動かすと、乳房が揺れるのである。
その揺れのたびに、疼きが駆け巡り、当惑の日々が数日続いている。
「ちょっとシアタールームの使用手続きをします。先に廊下で待っていてくれますか?」
一方で柚子が京子と麻美を部屋の外に促し、彼女については机の上のノートパソコンでキーボードを打ち出した。
生徒用のページにアクセスして、シアタールームの利用手続きをするのだろう。
京子たちが廊下に出ると、すぐに柚子が追ってきた。
「お待たせしました。予約は一時間にしました。夜の九時まで、三番ルームを利用可能です」
柚子が麻美と京子の腕に触れて、移動を促す仕草をした。
そのとき、素早く柚子が京子の手の中に、紙片を滑り込ませてきた。
京子はそれを手に中にぎゅっと握る。
すでに、柚子は麻美とともに、並ぶように京子の前を進みだす。
京子は手で覆い隠すようにして、歩きながら、握らされた紙片を用心深く開いた。
“お願い。助けて”
その紙片には、走り書きのような文字でそう書いてあった。